【黎明】明と闇
マスター名:真柄葉
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: 難しい
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/12/05 18:52



■オープニング本文

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●石鏡
 磨き上げられた檜の床板には、五足星を描く朱なる護符。
 燻し黒ずんだ杉の壁木には、等間隔に配された蒼なる呪符。
 茅葺の高天井に漂う粉雪の如き光の胞子が、翠なる光が瞬き消える。

「ぐっ‥‥!」
 くぐもったうめき声と共に、檜の床板へ一滴の汗が滴り落ちた。
 五芒星の一点を成す一人が、膨れ上がる禍々しい気に膝を折りかける。
「押されるな!」
 五芒星の頂点を成す術士が崩れ落ちようとする一角へ向け、檄を飛ばした。

 日の出とともに始まった術式は、すでに正午を迎え、五芒を成す施術者の誰も顔に疲労の色が滲む。
 社に張り巡らされた固定式の解呪結界は、5人の術者と護符の力を持って悪しき呪いを打ち消す。
 しかし――。

「‥‥負けない」
 五芒の一角を成す幼さを残す開拓者が、ぽつりと呟く。
 大きな瞳が見下ろすのは五芒星の中心正五角形の中には。

 眠る様に穏やかな息を立てる腰まで伸びた赤髪が特徴的な女性は、胸元で手を交差させ祈る。
 結界により無音の世界となった五芒星の中心に、静かに眠るレダの姿だ。

「も、もうダメだ‥‥」
 一角を成す術者の一人が気を失い、白眼を剥いて倒れ込んだ。
「おいっ! くっ、均衡が崩れるぞ! 衝撃に備えろ!」
 術者を取りまとめる指揮者の声に、皆が解呪の法を放り投げ、顔の前に腕を交差させる、と同時。
 五芒星の頂点に据えられた朱の護符が破裂音を上げ、はじけ飛んだ。


 五芒星は力を失い、ただの線へと帰す。
 呪符は効力を無くし、ただの紙へと還る。
 部屋を満たした翠色の光輝は、跡形もなく消し飛んだ。
「ぐ‥‥なんて呪縛だ‥‥!」
「霊薬『千覚冷』の力をもってしても、この呪いを解けないのか‥‥!」
 解呪の緊張から解放された術者達が檜の床に膝をつき、中心で寝むるレダへ苦渋を向けた。
 尽くすべき事は尽くしつくした。
 しかし、何も無かったかのように眠りに着くレダ。
「最早我々の手では‥‥」
 社の中にいる誰しもに諦めの色が浮かぶ。
「‥‥まだ、何か方法があるの‥‥!」
 しかし、4人の高位の巫女が諦めの色を濃くする中、ただ一人幼き術者だけはその瞳の色を失ってはいなかった。

●レア
「‥‥くそっ!」
 激しい戦闘や気流の変化にも耐えられるように船に据え付けられた机は頑丈なものが多い。
 そんな重厚ともいえる机が、悲鳴を上げる。
「なんでダメなんだ!!」
 何度も何度も机に打ち付けた拳からはうっすらと血が滲む。
「くそっ‥‥」
 それはまるで、掴んでいたものがこぼれおちる感覚に似ている。
 一年という長きにわたって囚われたままのレダを思い、黎明は自らに呪いの言葉を吐き続ける。
「何故だ‥‥俺じゃ、ダメなのか‥‥!」
 あの時、何故止められなかった。8年もの長き時を経て現れたあいつの元へ走るレダを。
 レダの気持ちを考えればあの行動は予測ができたはずだ。なのに、どうして‥‥。
止められなかった事を。自分の無能を――。
「‥‥やっぱり、あいつに」
 脳裏に思い浮かぶのは血の滴るような鮮血色をした薄い唇が歪む様。
 死を経て固まった黒い血よりも深い赤を湛える切れ長の瞳。
「いや違う! 何か、何か方法がある筈だ‥‥!」
 まるで目の前にいるかのように鮮明に映し出される幻影を振り払う。
「きっと、きっと何か方法が‥‥」
 しかし、いくら考えを巡らせた所で、方法どころか切欠すらも思い浮かばない。
 まるで大砂漠に放り出された囚人の如き茫然が襲う感覚。
「くそっ‥‥!」
 そんな、自らの無力を呪う様に、黎明は再び重厚な机に拳を振り下ろした。

●霧ヶ咲島
『さぁ、行こうか。そろそろ来るころだろう』
「‥‥」
『そうだ、お前も知っている奴らだ』
 見上げてくる人形の様な虚ろな瞳を物言わぬ返事と取り、亜螺架は薄い唇を歪ませた。
『もう少しでお前に与えた新た『腕』の成果が見られるな』
「‥‥」
 嬉々として人形を見つめる亜螺架の瞳には、ただ好奇心の色だけが浮かぶ。
『早く来い。あの女が――終わらぬまでにな』
 そして、霧のかかる空へうすら笑いを向けた。


■参加者一覧
天河 ふしぎ(ia1037
17歳・男・シ
皇 りょう(ia1673
24歳・女・志
水月(ia2566
10歳・女・吟
黎乃壬弥(ia3249
38歳・男・志
趙 彩虹(ia8292
21歳・女・泰
御調 昴(ib5479
16歳・男・砂


■リプレイ本文

●書庫
 書庫独特の匂いが鼻につく。統一感の無い書の数々が理路整然と棚に並べられていた。
「‥‥」
 埃の積もる棚から天河 ふしぎ(ia1037)は一冊の古本を取り出す。
 手に取り埃を払うと、掠れた文字が浮かび上がった。
「えっと‥‥これじゃないや」
 表紙に書かれた字は神主から聞いた題名ではない。
「きっとお前の正体を掴んでやるんだからなっ‥‥!」
 立っている事さえ困難なふしぎ。しかし、その瞳には何者にも負けぬ強い光が宿っていた。

●遭都
「王朝公認ってのはこんなにも便利なものかねぇ」
「これでも苦労して得た称号だからね」
「ま、おかげでこんな場違いなとこに入ってるんだが‥‥それにしてもここが天儀の中心ねぇ。まったくあるとこにはあるもんだ、金ってのは」
 一般の者はおろか、地方領主程度では到底入れない荘厳な佇まいを見せる内宮。
 物珍しそうに首を右へ左へ。黎乃壬弥(ia3249)は幾度目かの感嘆の溜息をついた。
「で、今回も協力は得られるんだろ? 公認空賊の黎明さんよ」
「‥‥さぁ、どうだろうね。今回は貸しが無いから」
「貸し、か」
 塵一つない石畳を二人は進む。ほどなく朱塗りの門へと差し掛かった。
「お待ちしておりました。どうぞこちらへ」
 門前には礼装に身を包んだ官吏が一人、笑わぬ瞳の笑顔で二人を迎えた。

●社
 床に刻まれた五芒星が仄かな青い光を帯びる。
「これで外界と隔離出来た筈です」
 高等術式を終えた神主は振り返えると、入口に立つ二人に声をかけた。
「‥‥ありがとうなの」
 五芒星の中に静かに眠るレダを横目に見ながら、水月(ia2566)は神主に向けぺこりと頭を垂れる。
「‥‥レダさん、もう少し待っていて欲しいの」
「彼女の身は私が責任を持って護りましょう」
 申し訳なさそうにレダを見下ろす水月に、神主は優しげな笑みを向けた。
「それよりもそちらの方‥‥。よければ治癒術をおかけいたしますが」
「お心遣い痛み入る。しかし、これは私の未熟が招いた事。お手を煩わす訳には参らぬ」
 立っている事さえ辛いのか、柱に背を預けた皇 りょう(ia1673)が神主の申し出を丁重に断る。
「‥‥無理はいけないの」
「大丈夫だ。これ如きで床に伏せる訳にはいかぬ」
 心配そうに見上げてくる水月の小さな頭をりょうはぽんと軽く撫でた。
「それよりも神主殿。知っている事をお聞かせ願いたい」
「‥‥亜螺架っていうアヤカシについて何でもいいの。崑崙の人は神主さんが何か知っている風だったって」
 二人の眼は至極真剣なもの。レダを心から助けたいと思っているのだろう。
 神主は一瞬困ったような表情を浮かべた後、静かに口を開く。
「私も伝承でしか聞いたことがありませんが‥‥250年程も前です」
 いつか聞いた記憶を辿る様に時折視線を天へと向けながら。
「『アラカ』と呼ばれるアヤカシが、当時はまだ国であった冥越に現れたそうです」

●ギルド図書室
 開拓者ギルドの総本山神楽に都の書庫には、見上げるばかりの蔵書が納められていた。
「‥‥うーん、これでもないですね」
 パラパラと流し読みした一冊を閉じると脇に置く。
「次は――これはどうでしょう」
 そして、趙 彩虹(ia8292)は次の一冊を手に取った。
「趙さん、そちらは――って、すごい数ですね」
 姿が隠れるほど積み上げられた本に御調 昴(ib5479)は思わず苦笑い。
「あ、御調様。そちらはどうでしたか?」
「それこちらが聞いたんですけど‥‥って、いえないんでもないです。亜螺架やアヤカシ兵器に関わる本は残念ながらなさそうでしたので、代わりに」
 と、昴は本の山から顔を覗かせる彩虹に一冊の古びた書を差し出した。
「それは‥‥?」
「実態を持たないアヤカシの考察を纏めた本です」
「実態を持たない、ですか。でも、亜螺架は実態を持っていると伺ってますが」
「ええ。見た目は美しい女性の姿をしています。でも、黎乃さんの言うには――霧になると」
「‥‥霧、ですか。では、御調様は霧化するのは術ではなく本来の姿に戻っていると?」
「はい、その可能性もあるのではないかと思っています」
「ふむむ‥‥」
「彩虹さんは何か見つけましたか?」
 口元に手を当て視線を落す彩虹に昴は問いかけた。
「あ、はい、私は――これです」
 と、彩虹が脇に避けていた一冊を掲げた。
「えっと、『首だけアヤカシ大全』?」
「はい。私は亜螺架が使役していたアヤカシ兵器の特徴から追ってたんですけど‥‥追う内に、どうしてアヤカシ兵器には頭が無いんだろうって思ったんです」
「‥‥確かに役目を与えるだけであれば、頭の有無は関係ないですね」
「ええ。ですから、アヤカシ兵器を使う亜螺架は頭だけのアヤカシなんじゃないかって」
「なるほど、頭だけのアヤカシですか‥‥もしそうであれば、アヤカシ兵器は亜螺架の正体に迫るヒント? という事は、首がない、或いは胴と首が断たれたアヤカシを追えば‥‥」
「はい、辿りつけるかも知れません。亜螺架に!」

●書庫
 手に持った巻物を丸め直すと、ふしぎは山の天辺に積んだ。
「ふぅ‥‥」
 書庫に籠って半日は過ぎただろうか。一息つき行燈に照らされる天井を見上げた。
「‥‥本当に倒せるのかな」
 ぽつりと漏れた音は呟きか心の声か。
「ダメダメ、弱気になっちゃ! 倒すんだ必ず。どんな困難だって信じて行動すれば道は開ける。あの人が言ってたじゃないか、諦めた時が本当の終わりだって!」
 これは明確な声。ふしぎはゴーグルに手を当てると、
「そうだよね‥‥白月」
 脳裏に浮かぶ優しげな笑顔の名を呼んだ。
「さて、休憩おわ――痛っ!」
 感傷に浸っていたからか、ふしぎは体の事を忘れ思い切り伸び。
 同時に襲う痛みに思わず呻き身体を丸めた。

 ばさばさ!

 と同時に、崩れる本の山。
「あわわっ! た、大変なことしちゃった!」
 濛々と立ち込める埃にふしぎの顔が青ざめる。
「早く戻さないと――あ、これって‥‥」
 慌てて片付けようとしたふしぎの目に、一冊の本の表紙が飛び込んできた。

●遭都
「なんだありゃ、あれが遭都の役人か?」
「まぁ、偉い奴らなんて大概ああいう感じさ」
 ぶすっと不貞腐れる壬弥に、黎明は苦笑。二人は官吏との話を終え街まで戻ってきていた。
「よく笑ってられんな。『進捗は後日報告します』だぞ? 結局なんの確証も得られてねぇじゃねぇか」
 官吏の見下したような態度を思い出し腹が立つのか、壬弥は物まね混じりに不満をぶちまける。
「いや、あれでもかなり譲歩してると思うよ。天儀王朝としても気にかけているのかもしれない」
「譲歩ぉ! あれでか!? ったく、そんなら聖剣の一本でもよこしやがれって!」
「はは、貸し無しで門前払いされなかったのが奇跡。それに賞金首リストへの追加を約束してくれたんだ。かなりの進歩だよ」
「おいおい、街一つ食ってるアヤカシを賞金首にしねぇほうがどうにかしてんだ」
「‥‥それは俺の不手際だ。遭都へ詳しい報告をしてなかったから」
「‥‥はぁ、暗い顔すんな。こっちまで気が滅入る」
「いや、だけど‥‥」
 申し訳なさそうに塞ぎこむ黎明に、壬弥は二三首を振りあきれ顔。
「だけどもへったくれもねぇよ。いつまでもくよくよと。‥‥ん? ああ、そうだ、俺にいい考えがある」
 と、今確かに壬弥の瞳が光った気がした。
「いい考え‥‥?」
 一瞬見せた壬弥のただならぬ気配に、黎明は恐る恐る伺いを立てる。
「この俺に全てを任せておきたまえ、黎明君!」
「れ、黎明君‥‥?」
「さぁ、行こうぞ友よ! 我等が青春の光を求め!」
 気味の悪いくらい妖艶な笑みを浮かべ、黎明の肩を堅く抱いた壬弥が、明後日の方角を指差した。

●社
「‥‥アラ、カ?」
 知っている単語だがどこか発音が違う。水月はオウム返しに問いかけた。
「はい。『冥越八禍衆』の一体です」
「め、冥越八禍衆だと‥‥?」
 あまりにも突拍子もない話である。冥越八禍衆といえば、冥越を滅ぼしたとされる強大な力を持つ8体のアヤカシだ。
 先の大規模な合戦でも名前が上がった強大なアヤカシ『弓弦童子』『朧大瀧』。それらが属しているのが冥越八禍衆である。
「まさか、亜螺架がその冥越八禍衆の一体だというのか‥‥?」
 開拓者達が総力を挙げて滅した一体と、自らが相手にしようとしているアヤカシが同格かもしれない。
 りょうは驚きのままに問いかける。
「確証はありませんが、何処となく似ているのです。伝承に言われるアラカと、貴方達の言う亜螺架と呼ばれるアヤカシが」
 言葉を選びながらなのだろうか、神主はゆっくりと答えた。
「そもそも謎が多いのです。冥越を滅ぼしたとされる程高名なアヤカシの一体でありながら、冥越戦役以後の記録が全くと言っていいほどない」
「そのアヤカシが今になって復活したと‥‥?」
「あくまで推測ですが。‥‥しかし、冥越が滅びると時を同じくして、消滅したとさえ言われていましたが‥‥」
「‥‥」

 バタン!

 重く暗い空気が支配する堂に引き戸が開く軽快な音が響いた。
「神主さん、見つけたよ――って、あれ、二人も来てたんだ」
 包帯に滲む血で汚さないようにと、大事そうに一冊の本を抱えたふしぎが社に駆けこんできた。
「‥‥ふしぎさん、何を見つけたの?」
「あ、ありがとう。えっと、神主さんに言われた、これだよ」
 水月は足元のおぼつか無いふしぎに手を差し出すと、社へ招き入れる。
「これは‥‥?」
「えっと、呪縛に関する本なんだっ。レダに施された呪縛って、魂を縛っているのかなって思って」
 りょうの問いかけに、辛いのかすぐさま床に腰を下ろしたふしぎが笑みを作り答えた。
「魂を‥‥? そんな形も見えぬものを縛れるものなのか?」
 事、術に関しては不得手であるりょうは、半信半疑でふしぎに問いかける。
「う‥‥えっと、どうなんだろう?」
 ふしぎとてそれほど術に精通している訳ではない。
 助けを求める様に神主と水月へ視線を流した。
「魂かどうかは定かではありませんが、精神を侵食して操る術があると聞いたことがあります」
「‥‥あ!」
 神主の言葉に何か感じ取ったのか、水月は眠るレダの元へ駆け寄った。
「‥‥広がってる‥‥?」
 光り輝く五芒星へ踏み入った水月が呟く。
「‥‥そ、そんな! レダさん、ごめんなさい!」
 と、水月は焦りと共に眠るレダの身体をまさぐった。
 頭。首筋。胸。腹部にまで。服の間からその体を入念に調べ上げる。
「無いの‥‥!」
 しかし、水月が求める『傷跡』は見当たらない。それほどにレダの身体は綺麗だった。
「‥‥黎明さん!」
「‥‥レダの身体に変わった所はないよ。俺も何度も調べた。レダは‥‥あの頃のままだ」
 振り返った水月の大きな瞳をじっと見つめ、真摯に、そしてどこか悲しげに黎明は呟いた。
「じゃぁどうして‥‥」
「何か見えたのか‥‥!」
「‥‥黒い鎖が広がってるの‥‥」
 両肩を黎明に揺すられながら、水月は自失した表情で呟いた。

●書庫
 数多湧いた憶測の中から指標を定め、数えるだけで1年は費やすだろう本の数の中からそれを探す。
 本を見つけ希望を持つと、あっさりと裏切られる。
 無限とも思える作業を二人は文句も言わず黙々と続けていた。
「‥‥はふぅ」
 同時に溜息が洩れた。
「少し休憩にしましょう。御調様は何を飲まれますか?」
 と、彩虹が最初に切り出し、椅子から立ち上がろうとした。
「‥‥亜螺架が出した選択肢は二つ」
 昴が机の上に置かれた本に視線を落し、小さく呟く。
「『自分を倒す事』と『身代わりを用意する事』です。先日の口ぶりや態度から見るに、前者は‥‥悔しいですが、あり得ないとの絶対の自信が伺えました」
 立ち上がった彩虹を見上げる。
「だけど、後者は‥‥理由が正直分かりません。確かに一般人であるレダさんより、志体持ちである我々や黎明さんは戦力的に見て差は明らかです。純粋に操って戦力にしたいのか‥‥」
 そして、再び机へと。
「それとも‥‥遊んでいるだけなのか」
「‥‥アヤカシ兵器の件もあります。亜螺架は自身だけで戦うつもりはないのかもしれませんね」
「アヤカシ兵器‥‥ただの殺戮道具‥‥?」
「‥‥」
 行き詰まり、しばしの沈黙。
「あ」
「? どうしました?」
「もしかして亜螺架は‥‥」
 と、昴は一呼吸置き彩虹を見つめる。
「自分の『身体』を探しているんじゃ」
「身体を、ですか‥‥?」
「‥‥あ、いや、ごめんなさい。こんな話、突拍子もなさすぎますね」
「いえ、可能性は捨てるべきじゃありませんよ。それも踏まえて、調べてみましょう!」
「はいっ」
 二人は休憩の事も忘れ、再び積み上げられた本の山へと向かった。

●街
 人の多い大通りを避け路地を進む。
「‥‥大見得を切ったはいいが」
 腕に巻かれた血のにじむ包帯を見つめ、りょうが呟く。
「この体たらくでは説得力もなしか‥‥」
 ギュッと拳に力を込め握りしめるだけで、震えが全身に広がる。
 りょうは不甲斐ない自らの身体を嗤った。
「‥‥うん? あれは‥‥」
 と、路地の一角を曲がる見知った姿が。
「黎明殿と黎乃殿、それに天河殿まで? 天河殿は重傷の身、それをわざわざ連れ出すなど‥‥一体、何があるのか」
 と、りょうは吸い寄せられるように三人の後に続き角を曲った。

 その店を前に、りょうは大きく眼を見開き頬を朱に染める。
 噂には聞いていた。しかし、実際に見たのは初めてだった。
 赤を基調とした派手な装飾。だらしない笑顔で通行人を呼びとめる丁稚。声をかけられ満更でもない表情で店に吸い込まれていく客。
 漂う空気までもが異様というか異質な街の暗部がここ、遊郭である。
「ま、まさか三人は、こここ、このような場所に!?」
 理性と興味の狭間を行き来するりょうの心をあざ笑うかのように、一人は意気揚々と、一人は少し困った様に、一人は盛大に赤面して、店へと消えた。
「おおお、お好きならば仕方のない事。が、黎明殿まで同伴とはいかがなものか! そもそも、黎明殿はレダ殿をあ、あ、あ――心に決めているではないか!」
 りょうはくるくると目を回しながら矢継ぎ早に言葉を並び立てる。
「浮気は、浮気はいかんぞぉ!!」
 道行く誰しもが注目する程の独り言が界隈に響き渡ったのだった。

 一方、店では。
「――お前らは仮にも一団の長だろ。それがなんだあの体たらく、余裕なさすぎで見ちゃいられねぇぞ」
 遊女の嬌声がそこ彼処から響く中、男三人だけで机を囲む。
「うっ‥‥」
「‥‥」
 図星を突かれたとうろたえるふしぎと、沈黙する黎明。
「長ってのは馬鹿に見えるくらい常にどっしりと構えてねぇとダメだ。――内心はどうあれな」
 壬弥から見れば、二人は弟か子である歳だ。
 そんな若い二人に、壬弥は今まで見てきた世界の有様を伝えた。
「――とまぁ、そういう事で」
 一転、真剣な表情は邪な色を帯び。
「一度しかない人生だ、ぱーっと行こうぜ、ぱーっとな!」
 高らかに人呼びの手を打ち鳴らした――。