【黎明】奪われた心
マスター名:真柄葉
シナリオ形態: シリーズ
EX
難易度: やや難
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/11/12 17:55



■オープニング本文

●一月前
 横たわるは、船体に穴を穿たれ、つぎはぎと化した鉄の巨体。
 横たわるは、船首を潰され、自慢の翼をもぎ取られた白亜の巨体。
「あちゃぁ、こりゃぁド派手にやったもんだなぁ」
 傷付いた二艘の船体を見上げ、若頭『重種』は感心するやら、困惑するやら。
「直るか?」
 三か月にもわたる激しい戦いの末、ようやく取り戻した家族。
 そして、三か月もの間、家族を救うため文句一つ言わず共に在ってくれた仲間。
 黎明は『二人』を見上げながら、重種に問いかけるた。
「おいおい、誰に聞いてるんだ? 俺たちゃ泣く子も黙る『平賀組』だぜ? 直すどころか、前よりも強化してやるさ!」
「すまない、頼む。‥‥おやっさんは?」
「ああ、今ちょっと武天の方へ出かけてる。気にすんなって、『二人』が無事に帰ってきたんなら、おやっさんも文句はいわねぇよ」
「‥‥そうか。ならいいんだけどな」
 バンバンと慣れ慣れしく背を叩いてくるだらしない笑みに苦笑いを返し、黎明が続ける。
「‥‥頼む。一日でも早く直してくれ‥‥」
 と、重種に向け深く頭を下げた。

●石鏡
 ここは天儀日照宗においても高位とされる寺社の一つ。
「失礼します」
「ようこそお越し――ああ、貴方達でしたか」
 鳥居をくぐった男達を、境内を掃除していた巫女が笑顔で迎える。
「神主様はいらっしゃいますか?」
「はい、社の中に」
 笑みを絶やさない巫女に一礼し、二人の男は境内を奥へと進んでいった。


 深い霧に包まれた屋敷の一室。
「ふむ、では契約は破棄されたという訳か。ならばここに用は無いな」
「ま、待て!」
 何の興味もなさげに部屋を後にしようとした女に、壮年の男が追いすがる。
「『報酬』は必ず用意する! 今お前に去られては、ここの維持が‥‥!」
「お前の事情などこちらは知らぬ」
「くっ‥‥!」
「‥‥そうだな。口約束では信用はならん。代わりに――」
「な、なんだ」
「あの女を寄こせ」
「あの女だと‥‥?」
「何時もお前の横に侍っている女だ。あれは志体持ちなのであろう?」
「なっ!? 法禍を寄こせというのか!?」
「そうだ。あれは実に『美味そう』だ。あれを寄こすのであれば、しばらくとどまってやってもよいぞ?」
「しかし、法禍は我が腹心! そうやすやすと――」
「ならば去るのみ」
「ま、待て! くそっ‥‥法禍!」
「‥‥呼ばれた」
 男の呼びかけにすっと襖が開き、無表情の女が現れる。
「話が早いな」
「くっ‥‥! 法禍、命令だ! この女についていけ!」
「‥‥わかった」
「ははは、では遠慮なく『頂く』としよう」

●社
 奥へと通された黎明と嘉田の前に横たわる見知った顔。
「レダ‥‥」
 清めの為だろうか、真っ白な着物に身を包む赤髪の美女は、どこか神々しくも見える。
「こうしてみると何も変わった所は無さそうなのですけど」
 嘉田の瞳に映る副長は、つい一年前まで共に旅をしていたあの時のまま。
「ようこそおいでくださいました」
 と、そんな二人の後ろから声がかかる。
 部屋へとはいってきたのは白装束に身を包み、紅袴を穿いた壮年の男性。
「神主様、副長の容体は‥‥?」
「‥‥」
 入ってくるなり問いかけてきた嘉田に、神主は首をゆっくりと左右に振った。
「いくつもの解呪や治療を試みましたが、成果は得られていません‥‥彼の書の意識が心の憶測に閉じ込められているのです」
「意識が‥‥?」
 高位の巫女でもある神主が告げた言葉に、黎明は少し顔を顰めた。
「はい。幻視した結果、意識の奥底、自我を保つ部分を黒い鎖が捕えている」
「‥‥すみません。一体どういう事ですか‥‥?」
「彼女の自我はとても強力な呪縛により囚われています。我々も尽力して見て入るのですが、現状では難しい」
「そ、そんな! レダは、レダは助からないんですか!?」
 縋りつこうと腰を上げた黎明を、嘉田が押さえつけた。
「黎明、落ち着きなさい。神主様のお話はまだ終わっていない」
「‥‥くっ」
 嘉田に諭され、黎明は渋々席に着く。
「これほどの呪縛は我々も見たことが無いのです。何名もの高名な巫女が解呪を試みましたが‥‥」
 自らの力の及ばぬ程の呪縛に、巫女の表情にも疲れの色が浮かんでいた。
「それではやはりレダは‥‥」
「いえ、この呪縛は施術者が消えれば消滅する形式のものでしょうから、施術者を見つけ倒すのが一番でしょう」
「施術者‥‥亜螺架か‥‥!」
 脳裏に浮かぶうすら笑みに、黎明はグッと奥歯を噛んだ。
「亜螺架‥‥? どこかで聞いた名ですね。どこだったか‥‥」
「他には方法は無いんですか?」
 亜螺架の名に心揺れ動く黎明に代わり、嘉田が問いかけた。
「‥‥そうですね。非常に実現困難な話ですが、妙薬があります」
「妙薬? 副長の呪縛を解く事が出来のんですか?」
「可能性がある、とだけしか言えませんが‥‥もしかしたら」
「それは何処にあるんだ!」
「黎明!」
 妙薬の話に身を乗り出した黎明を嘉田が押さえつけた。
「『千覚冷』と呼ばれる、幻の秘薬です」
 縋りつくように見つめてくる黎明の視線を真摯に見返し、神主は続ける。
「朱藩が南、霧ヶ咲島という辺境の島にのみ存在するとされる、精神系の病に聞く特効薬です」
「霧ヶ咲島だって‥‥?」
 巫女が口にした言葉に、黎明は思わず問い返した。
「はい。ご存知ですか?」
「ええ、つい先日『所用』で立ち寄った所です」
 と、答えたのは嘉田。
「あの様な辺境にまで‥‥さすがは空賊という所でしょうか」
 感心したように目を見張る神主を置いて、二人は立ち上がる。
「嘉田、行くぞ!」
「ええ」
「お待ちなさい」
 立ち上がった二人を神主が止める。
「『千覚冷』は非常に不安定な薬なのです」
「‥‥どういう事です?」
「不安定ゆえに、輸送ができないと聞いています」
「‥‥それって」
「はい、現地で処方するしかないという事です」
 神主の発した言葉に、二人は、寝床に横たわるレダへ視線を巡らせた。


■参加者一覧
天河 ふしぎ(ia1037
17歳・男・シ
皇 りょう(ia1673
24歳・女・志
水月(ia2566
10歳・女・吟
黎乃壬弥(ia3249
38歳・男・志
趙 彩虹(ia8292
21歳・女・泰
御調 昴(ib5479
16歳・男・砂


■リプレイ本文

●レア
「拝啓、古主の長殿――」
 鰯雲が賑わす海をゆっくりと進むレア。
 穏やかな時が流れる一室で皇 りょう(ia1673)は筆を取っていた。
「――季節も移り変わり――風邪など召さぬよう――」
 武骨ながらも丁寧な文字が紙に踊っていく。
「‥‥うむ。こんなものか」
 最後になんとも可愛らしい猿の挿絵を添えると、りょうは手紙を持ち上げ満足気に見直した。
「りょう、出来た?」
「ん、ああ。今しがた完成した所だ」
 そこへ、待っていたかのように天河 ふしぎ(ia1037)が現れる。
「これを。長殿にくれぐれもよろしくお願いするとお伝えくだされ」
「うんっ! 必ず届けるからっ!」
 そう言って、ふしぎはりょうの手紙を受け取り懐へと。
「あれから一年か‥‥なんだか懐かしい」
「‥‥であるな」
 どちらからとも言わず、二人は窓の外を流れる雲へ目を向けた。

「お! これ何の釦だ?」
「お、おい、おっさん! 勝手にさわんじゃねぇ!」
「いいじゃねぇかケチくせぇな。お、この操縦桿はなんだ?」
 レアの操舵室にどっかと腰を下ろす黎乃壬弥(ia3249)は、目新しいレアの装備に興味津津。
「ばっ! さわんじゃねぇよ!!」
「はっは! いいじゃねぇか、別に減るもんでも無しよ」
「おっさんが触ると減るんだよ!」
「なんだそりゃ、おっさん差別か!? 俺泣いちゃうぞ?」
「き、気色わりぃから、そのポーズやめろ!」
「おっと、そうだ。ガキンチョの相手ばっかりしてねぇと、お嬢ちゃんの見舞いにもいかねぇとな」
「‥‥はぁ、さっさと行け」
 心底疲れ果てた石恢を残し、壬弥はけらけらと軽快な笑い声を上げ操舵室を後にした。

「‥‥レダさん」
 水月(ia2566)は小さな両手で爪の伸びたレダの手をそっと包み込む。
「‥‥貴女はまだ、心を縛られているの‥‥?」
 眠る様に瞳を閉じるレダの耳元にそっと話しかける。
 見える身体のさらに奥、心の深奥に囁きかける様に。
「‥‥あの時に見えた、熱くて優しくて、力強い貴女の心を、もう一度見てみたいの‥‥」
「やっぱり目覚めてませんか」
「‥‥」
 かけられた言葉に、水月は振り向きこくりと頷く。
「レダ様‥‥必ず、必ず元に戻して見せますから‥‥」
 そして、声の主、趙 彩虹(ia8292)は水月の隣に膝を折ると、レダの顔を覗き込むと。
「すぐにお薬をお持ちしますから、もうしばらく辛抱していてください‥‥」
 小さな寝息を立てるレダの頬をそっと撫でた。
「そろそろ着く様です。水月様、レダ様をお願いします」
「‥‥」
 彩虹の申し出に水月は力強く頷く。
「それから代わりにこの子を置いておきますね」
 そして、彩虹はレダに枕もとにとらのぬいぐるみを置き、部屋を後にした。

「お帰りなさい、レア」
 船縁にそっと額をつけ、御調 昴(ib5479)が呟いた。
「何とか貴女は取り戻せましたね。でも、代わりに大きなものを奪われました‥‥」
 と、昴は顔を上げ、雲の彼方にある其処を見つめる。
「‥‥」
 そして、船縁へと手を置いた昴は。
「傾いた天秤をこちら側へ引き戻します。レア、貴女の力貸してください」
 まるで握手をするように、レアの船縁をぎゅっと握った。

●言現山
「雲が厚い‥‥これ以上は降りられねぇぞ!」
 伝声管から響く声に小さな船窓から外を覗く。
「下が見えない‥‥の」
 小さな体で懸命に船窓へと背伸びする水月が呟いた。
「ここから降りるのはさすがにちょっぴり勇気が要りますね‥‥」
 高い所は平気でも、さすがに限度がある。
 そこも見えぬ雲海に突き出た剣岩に、彩虹はごくりと唾を飲み込んだ。
『ハッチ開くぞ!』
 再び伝声管からの声が響き、重苦しい音を立てゆっくりと扉が開いていく。
「皆、何かに掴まれ! 風で飛ばされるぞ!」
 開いた隙間から吹きすさぶ吹雪が一行を襲う。
 りょうは小柄な水月を庇い声を上げた。
『陽動の件もある、長居はしねぇぞ!』
 三度伝声管が響く。
「皆さん、くれぐれもご注意を。何が現れるかしれませんから」
 重装備を身につける採取班三人へ、昴がどこか緊張気味に話しかける。
「‥‥」
「で、お前ぇも行くんだろ?」
 と、壬弥がレダのいる船室を眺める黎明に声をかけた。
「い、いや、俺は‥‥」
「ったく、男がうじうじと迷ってんじゃねぇよ。居てもたってもいられねぇから、こんな辺境まで来たんだろうが」
「お、おい、ちょっ!?」
 黎明の手を無理やり引くと。
「おっかないのが出てくる前にちゃっちゃと終わらせようぜ」
 壬弥が船縁から岩肌へと飛び移った。
「皆、レダをお願い。‥‥それから彼奴に、亜螺架に気をつけて。きっと現れる。そんな気がするんだ」
 山を下るふしぎの最後の言葉に、残る三人は重く頷いた。

●言現山
 垂直にも近い岩肌にへばりつくようにして慎重に崖を下る。
「気をつけて、足場が悪いよっ! 絶対に縄から手を離さないで!」
 先行するふしぎが頑丈そうな岩場に荒縄を括りつけながら、崖を下る。
「ったく、なんて難儀な場所にあるんだ」
「妙薬、霊薬って言うのは、得てしてそんな物ですよ。私の故郷も高い山の上にある薬草とか、滋養強壮に効くとかいって重宝されてます」
 ぶつぶつと文句を垂らす壬弥に、彩虹はくすくすと笑いながら答える。
「次はあの岩まで行くよっ!」
「あんま、遠回りするなよー。帰りの事も考えてな」
「うんっ、任せといてよっ!」
 不安定な足場を荒縄一本を頼りに降りていく。まさに綱渡りの行軍。
「‥‥本当に効くのかな」
「効くと信じましょう。何より、他に方法が無いんですから」
「‥‥ああ、そうだね。今は薬のことだけに集中しよう」
「そうですよ。長たる者、不安を辺りに悟らせてはいけません」
 人差し指を立て鼻高々に語る彩虹に、黎明は思わず目を見張る。
「‥‥って、師匠が言ってましたよ」
 恥ずかしそうにぺろりと舌を出した彩虹に、黎明は合わせる様に微笑んだ。

 ふしぎの先導、壬弥の指示、険しい断崖を4人は一歩一歩確実に下り、ついに深く煙る雲の中へとはいっていった。

●レア
「もうずいぶん経ちますが、皆さん大丈夫でしょうか」
「‥‥アヤカシさんが現れかったら、きっと大丈夫なの」
「はは、現れなかったらですか。それは確かにそうでしょうね」
 雲海とも霧とも知れぬ白い靄に沈んでいった仲間達。
 昴と水月はゆっくりと移動するレアの甲板から眼科を見下ろした。
「‥‥それにしても、黎明殿の雰囲気、どこか以前と違って‥‥はっ! そ、そう言う事か!」
 一方、一人船首に座り込み何やら考え込んでいたりょうが、ハッと顔を上げる。
「‥‥りょうさん、楽しそうなの」
「た、楽しいんでしょうか、あれって‥‥」
 導き出した答えに拳を握ると共に赤面するりょうを、二人は生温かく見つめる。その時――。

『ほう、見た顔もあるな』

「「「っ!?」」」
 警戒は厳に、報告は密に。そんな残った者達の努力を嘲笑うかのように、それはそこにあった。
「‥‥亜螺架!」
 昴が吐き出す様に、現れた鮮血色のローブを纏う女の名を呼ぶ。
「これが、亜螺架‥‥何と禍々しい瘴気‥‥!」
 だらりと力無く佇んでいるというのに、身に纏う瘴気で周りの景色が黒ずむ。
 りょうは刀を構え、気圧されまいと足に力を込めた。
「くっ‥‥これだけ警戒していたのに‥‥!」
 りょうの隣で二丁の魔槍砲を構える昴が苦々しく呟く。
 それもそのはず、亜螺架は昴や他の者達が立てた警戒策を、何事もなかったかのようにあっさりと突破したのだ。
「済んでしまった事を悔やんでも仕方なかろう‥‥それより、今だ」
 亜螺架から視線を外すことなくりょうは、隣の昴に言葉をかけた。

「‥‥石恢さん、すぐに戻って欲しいの」
 亜螺架から所作を隠す様に物影に移った水月は、伝声管に囁く。
『戻る? 一体どうしたって――』
「敵が着たの。早く」
『わ、わかった!』
 短く端的に。今起こっている事だけを告げる。

『なんだ、二人しか――ああ、そこにも居たか。3人の様だな』
 姿を見つけられ、水月も物影から姿を現した。

「‥‥一体何をしに来た」
 戦闘態勢を崩さず、りょうが亜螺架に問いかけた。
 彼我の実力差は、気配だけでわかる。今ここにいる三人の全力をもってしても、太刀打することは難しいだろうと、瞬時に判断できた。
『何をしに、か。ふむ、そう問われれば返答に困るが』
「な‥‥」
 返ってきた答えは意外なものだった。
『そうだな、懐かしい雰囲気を感じたので会いに来た。とでもしておこうか』

●里
「着いた!」
 所々に弱々しい低木が立つだけの、岩の荒野。
 しかし、その荒涼とした地は、ふしぎにとって懐かしい場所。
「着いたって‥‥ここがか?」
 辺りを見ても何も無い、ただ岩と砂の世界に壬弥は訝しげに首を傾げた。
「居住できそうな建物とかは見えませんね‥‥」
「だね‥‥」
 彩虹と黎明も壬弥と同様の反応を見せる。
「大丈夫だよっ! きっとどこかで見てる筈だからっ」
 不安に揺れる三人の顔を可笑しそうに眺め、ふしぎは山へ振り返えると。
「長! 古主の長! 心津の使いでまた来たよ! 姿を見せて!!」
 木霊す山彦を確かめながら、ゆっくりと叫んだ。
「ん? 呼んだか?」
「ひゃっ!?」
 返事をする声は彩虹のすぐ後ろから。
 彩虹は思わず飛び上がり後退した。
「あ、長! 久しぶりっ!」
「おう、ねぇちゃん、久しぶりだな」
「ね、ねぇちゃんじゃないんだからな! 僕はおと――」
 人の子供ほどしかない小さな猿の獣人の元に、駆け寄ったふしぎ。

「こ、これが古主様‥‥?」
「みてぇだな。随分ちいせぇ獣人だ」

「ほんと久しぶり! あ、これりょうからの手紙だよ! 今回は別行動で来てないんだけど、りょうも会いたがってたよ!」
「ほぉ、あの白いねぇちゃんか。懐かしいな。で、今日は何の用だ?」
「うん、また千覚冷を分けて欲しいんだ! 僕の大切な人を助ける為にっ!」
「千覚冷? ああ、いくらでも持ってけ。そこらじゅうに転がってるからな」
 と、長は腰に据えていた金槌を取り出すと、手近な岩へと歩み出す。

「大切な人‥‥? 天河様、もしかしてレダ様の事を‥‥?」
「へ?」
 長を見送るふしぎに彩虹が驚いた様に問いかける。
「へぇ、なるほどな。そう言う事か」
 そして、にやにやとやらしい笑みを浮かべる壬弥がふしぎの肩に腕を回した。
「ななな、何言ってるんだ! 大切な人は大切な人で大切だけど大切じゃなくて――って、そう言うんじゃないんだからなっ!?」
 そんな二人の反応に、ふしぎは力一杯動揺した。
「こりゃ、うかうかしてられねぇんじゃないか? なぁ、黎明よ」
「な、何で俺に振るんだよ‥‥」
 ふしぎの反応を楽しみながらも、壬弥は空いた腕で黎明の肩を抱いた。

「ほら、これ――って、何やってんだ?」
 戻ってきた長が、何ともいい難い空気にかくりと首を傾げる。
「あ、気にしないでください。いつもの事ですから。それよりすぐに服用させたいのですが、薬にしてもらうことはできますか?」
「ああ、そんなのお安い御用さ。ちょっと待ってな」
 そう言うと、長は崖に穿たれた洞窟へと引っ込んだ。

●レア
「‥‥レダさんには会わせないの!」
 船室へと続く入り口の前に両手を置きく広げ立ち塞がる水月。
『別にそこを通らなくとも、呼べば来るのだがな』
 呼べばレダが来る。それが亜螺架の施した呪である。

(御調殿‥‥)
(ええ、何とかなるとは思いませんが‥‥それでも!)
 現れた場所から動こうとしない亜螺架は今水月に意識を取られている。
 昴は二丁の魔槍砲をぎゅっと握り直した。
(待たれよ)
 しかし、りょうが視線で止める。
(ここで散っては無駄死にというもの)
(で、では、どうすれば‥‥!)
(‥‥)
 昴を止めたりょうが、一呼吸置き一歩前へと踏み出た。
『うん? お前が相手をしてくれるのか?』
「わざわざこの船に現れるという事は‥‥そろそろ呪の効力が切れてきた、という所か。いや、それとも我々に呪が解かれるのが怖いか?」
『解かれるだと?』
「今、我々の仲間が妙薬を取りに行っています。この薬と石鏡の解呪の法があれば、いかに貴女が強大な呪縛を施したとしても解呪することができる!」
 りょうの挑発的な言葉に訝しむ亜螺架に、昴が追い打ちをかける様に言葉を続けた。
『ほう、それは興味深いな』
 二人の言葉に亜螺架の表情が変わる。興味へと。
『だが、そんな物で我が呪縛を解けるとでも思っているのか?』
 それは明らかな侮蔑。亜螺架は呆れる様にかぶりを振った。
「‥‥そ、そんなこと、やってみないとわからないの!」
『ならばやってみるが良い。無駄だろうがな』
 懸命な水月の言葉を嘲笑う亜螺架。
「その自信‥‥余程、貴女の施した呪は強力なのですね」
『強力? そうではない。そもそもが違うのだ』
「違う‥‥? 一体何が違うというのだ」
『説明してもお前達では理解すら出来まい。‥‥いやそうだな、なら教えてやろう、その女の呪を解く方法を』
「「「え‥‥?」」」
 亜螺架の言葉に、一同が呆然となる。
『方法は二つある。一つは簡単だ、我を滅する事だ』
 と、亜螺架は自分の胸元へ人差し指を突き立てた。
『もう一つは、身代わりを立てる事』
「身代わりだと‥‥?」
『そうだ、身代わりだ。誰でもよいぞ? そこのお前でも構わぬ』
 と、亜螺架は水月を指差した。
「‥‥」
 指差された水月は、一瞬の間を置き何か言おうと口を開きかけたが。
『代われば、我が呼びかけ以外では一生目覚める事はないがな』
 続く亜螺架の言葉に、自らの言葉を飲みこんだ。
『そうだな、期限は一月。どちらでもいいぞ。我はここで待とう』
「ま、待て、亜螺架!」
 ふしぎが突き出した時にはすでに遅く。
 亜螺架は現れた時と同じように、何の前触れもなくレアの甲板から姿を消した。

●レア
「くそっ! 亜螺架の奴!!」
 ふしぎはわなわなと拳を振るわせ、船縁へ強く打ちつけた。
 船へと戻った4人は、残ったもの達から起こった出来事の詳細を聞きいていた。
「やっぱり現れやがったか‥‥」
 その思いは壬弥も同じ。
「だが、被害が無かったのが幸いって奴だな」
 壬弥が言う様に、船にも乗組員にも被害はない。
「‥‥しかし、単純ですけど簡単でない、とんでもない条件を突き付けてきましたね」
 聞かされた二つの条件に彩虹は俯き考え込む。
「とにかく、巫女殿が仰った対応をすべきだろう」
「そうですね。亜螺架は無駄だといいましたが、やってみなければわからない」
「‥‥私も解呪の儀を手伝うの。レダさんにお薬を飲ませて、急いで石鏡へ」
 いくら無駄だといわれても。ようやく見つけた光明をそうそう諦める訳にはいかない。
 水月は見下ろしてくる皆を力強く見返した。

 この条件を聞かされた、もう一人の当事者が、船内へと向う一行をじっと見つめる。
「皆、この薬でレダが元に戻らなった時は‥‥」
 レダの船室へと向かう一向に、黎明が――。
「俺が身代わりになる」
 そう、告げたのだった。