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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 養父が自分の元に訪れたのは、何ヶ月振りか。 確か、去年末の大掃除依頼後に自宅に不法侵入してきた時だから、もうすぐ半年といったところか。 開拓者ギルドの受付で養父と向き合いつつ、皆道標はそんな事を思い返していた。 標の養父である皆道千尋がギルドに入ってきた際、当初何処の誰だか分らなかった。別に顔を忘れたとかいうわけではなく、千尋の容姿が頭の上から足の先まで転換していたせいである。彼は普段、徹底的に『女性』にしか見えない姿をしているのだが、今日はどういうわけか男物の服装をしていた。化粧はオておらず、長い髪も縛っている。元々の容貌が女顔なので、そういった格好をされると逆に『男装の女性』に見えてしまう。 「孤児院を引っ越した? 神楽に? 何でまた」 「あの土地を使って商売をやりたいという方が居まして。その方から引っ越しの資金や手配、此方の借地、それから定期的な寄付金を提示頂きまして。心とも相談して、悪い話ではないだろういう事に」 「心は次の近くに住めるのが嬉しいだけじゃないの? で、他の支援者の方は?」 「勿論相談しました。止める方も居ましたけど、最終的には皆さん快諾してくれました。流石に、今後の支援は難しいようですけどね」 それはそうだ。地元にあるからこそ支援をしていたのだ。それが去るというなら、支援をする理由は無い。それでも惜しくない程、その定期寄付は安定した額だったのだろうか。 「それで、ギルドに来た理由は?」 「貴方への報告?」 「事後承諾なのは腹立たしいけど、それは置く。そんな理由だけで仕事場に顔を出さないでしょ」 支援で成り立つ孤児院を運営している為か、これでも千尋は必要以上に気を使う傾向がある。その彼が、義娘の職場で個人的な話だけをしに来たとは思えない。 「――それ、何?」 標が指し示したのは、千尋の腰にある太刀と小太刀。標も千尋直々に手ほどきを受けた以上、彼がそれなりに腕が立つ事は知っているが、得物を持って外出するというのは記憶にある限り初めてだ。まして、女装を捨ててまで。 「刀は敵を斬る為のものでしょう」 「荒事の依頼‥‥ここまで、荒事の気配など何処にも無かったのですが?」 業務用の口調に切り替える標。その義娘に苦笑いを向け、千尋は肩を竦めた。 「孤児院に、乳飲み子居たでしょう? 漸く乳離れしたのですが」 「居ましたね。と言うか、名前いい加減付けたらどうです?」 「それもこれから話す事に関係してくるのですが」 「それで、あの子がどうかしたのですか?」 「あの子、志体持ちです」 「‥‥は?」 「一年前、預けに来た夫婦がそう言っていたのですよ。皆には秘密にしていましたが」 あの孤児院で育った者――標自身を筆頭に全て捨てられた子供である。その為、あの赤子もそういうものだと思い込んでいたが、違ったらしい。 「その夫婦は?」 「真夜中に孤児院を訪ねてきた時点で傷だらけでした。迎えに来なかった以上、何処かで死んでいるでしょうね」 恐らくその夫婦は追われていたのだろう。子供を抱えては逃げられないと思ったのか、それとも子供だけは助けたかったのかは分らないが、兎に角、目に付いた孤児院にあの子を預けた。そして現在に至る、と。 「‥‥あ、ひょっとして名前を付けていないのって」 「ええ。きちんとあの子にも名前はあるのですが。それを定着させてしまうと、両親のごたごたに巻き込みそうな気がしまして。かと言って、私が名付けて良いものかとずるずると」 それにしたところで、一年放置は無いだろう。変な所で思いきれない男である。 「‥‥成程。ひょっとして、あの子の所在がばれましたか?」 「確定ではありませんが。此方に移って来てから孤児院の周辺を嗅ぎまわっている連中が居ます」 「‥‥役所は無理ですか。疑わしいだけですしね」 「それで、貴方が居ない時にギルドに相談しましたら、開拓者の方に実家を紹介して頂きまして。要は養子に出そうかと。 残念ですが、あの子一人の為に他の子を危険に晒すわけにもいきませんから。それに‥‥」 「‥‥孤児院と志体持ちの家を比べたら、後者の方がマシですか」 孤児院出身というのは、死ぬまで離れない称号の様なものだ。子供の内はまだ良い。だが、独り立ちすればそれが様々な所で圧し掛かってくる。これは当人が気にしなくとも、世の中の構造が否応無しに押し付けてくるモノだ。 「具体的な依頼の中身は?」 「あの子が養子になる当日までの、施設の警備。これは最優先。 次いで、嗅ぎまわっている連中の確保と目的の明確化。此方は無視して頂いても構いませんが、本当に預けて行った二人があの子の親なのか疑わしい部分が無いわけでもないですし」 (もし正当な引き取り主であるというなら、堂々と姿を現すだろうね) その可能性は低いな、と標は思いつつも口に出すのは止めておいた。 |
■参加者一覧
陽(ia0327)
26歳・男・陰
伊崎 紫音(ia1138)
13歳・男・サ
秋桜(ia2482)
17歳・女・シ
鈴木 透子(ia5664)
13歳・女・陰
支岐(ia7112)
19歳・女・シ
メグレズ・ファウンテン(ia9696)
25歳・女・サ
此花 咲(ia9853)
16歳・女・志
天笠 涼裡(ib3033)
18歳・女・シ |
■リプレイ本文 ●威嚇 国境を跨いでまで引っ越したのだから、相応の建物だろうと思っていた。 が。 開拓者達の眼前にある家は前と前と大差無い。引っ越し前の施設を知っている伊崎 紫音(ia1138)や秋桜(ia2482)、鈴木 透子(ia5664)や陽(ia0327)からすると、経緯は聞いていてもこれは引っ越す意味があったのか、と思わざるを得ない。 「敷地だけは前より広くなっていますけどねぇ‥‥」 開拓者達を案内してきた皆道標も苦笑い。その表情のまま回れ右。あっさりとしたその様子に、秋桜が首を傾げる。 「寄っては行かれないのですか?」 「今日は仕事ですし。明後日が非番ですから、その時に改めて顔を出します」 「あの‥‥大丈夫とは思いますけど。標さんも身の周りには注意して下さいね」 孤児院が嗅ぎ回られているとすれば、出身者である標も張られている可能性はある。開拓者ギルドの受付に手を出すような者も居ないだろうが、それでも紫音は注意を促した。 頷いた標は人込みの中に。見送った開拓者の背後から少女の声。 「‥‥あ、開拓者の人」 皆道心が孤児院の入口から顔を出していた。片付けをしている最中だったのか、煤や埃の汚れが見受けられた。開拓者達を認め、頭を下げる。 「ご無沙汰しています。千尋さんは居らっしゃいますか?」 「居る。こっち」 相変わらず最低限の言葉だけを告げて、先導を始める心。元々こういう娘だが、今は事情を知っている故の緊張が伺える様だった。 「ご足労頂き有難う御座います。綺麗とは言いかねる場所ですが、足を崩してどうぞ」 心に案内された最奥の部屋。板張りに人数分の座布団、へたっているが施設の性質上仕方あるまい。 男装の女性にしか見えない皆道千尋の姿。刀を腰に差した姿は相当の警戒心を伺わせるものだ。 「‥‥父さん。他の部屋の畳外して持ってくる?」 「居間と寝床に入れたら、持ってきたのは全部尽きたでしょう。簡単なお話をするだけですし、そこまでしなくても良いです。それより、片付けは今日中に終わります?」 「多分終わる。次が小さい子の相手してくれたから」 「宜しい。その調子で」 気を使ったらしい心に、千尋は幾つかの指示を出して退出を促す。 「あの子を養子に出す事。志体持ちである事。嗅ぎ回っている者が居る可能性。そして、養子に出す日まで警備を雇った事。全て子共達に話しました。中には理解出来なかった子も居ますが‥‥なので、子供達に遠慮する必要はありません」 「‥‥外は? 周りには民家も御座いました。施設の性質上、ご近所に不審を与えるのは宜しくないと思われますが」 支岐(ia7112)が疑問を挟む。やたら畏まった物言いだが、これは彼女の素。次いで、メグレズ・ファウンテン(ia9696)も手を上げた。 「私も同じです。何分、このように上背があり目立ちますので、不都合があるのでしたら」 メグレズの背は7尺に及ぶ。何処でも目立つのは変わりないので当人も隠れる気は無いが、それが依頼人の不都合になるなら話は別だ。 「構いません。ご近所には標がギルド職員と知られていますから、伝手で引っ越しの片付けを雇ったと言ってありますし」 「目立っても良いのですか? 目立たないようにするべきかと思っていたのですが」 此花 咲(ia9853)が疑問の声を上げる。彼女と共に透子も頷いている。 「開拓者が出張っていると分れば、不用意に手は出して来ないでしょう」 養子に出す当日まで問題が起きないよう努める。周辺民家は多数、この施設だけでも二桁の子供。開拓者が立ち回るには不都合が多い。勿論、解決出来ればそれに越した事は無いのだろうが―― 「ま、いいや。その辺りは此方でも合わせる。何かあるとすれば夜だろうし、私は目立つ昼間は基本的に寝てます」 割に気楽な様子の天笠 涼裡(ib3033)。千尋が考慮する点は、不確定の相手にも当て嵌まる。涼裡の言う通り、昼間はそう気を張らないでも平気だろう。 「とりあえずはこんなところ? じゃ、赤ん坊の顔でも見に行ってくるわ」 以前にも遠目に見た事はあったが確認しておくべきだろう、と陽が頃合いを見て腰を上げ、秋桜も続く。 「護衛兼世話役で手間も省けるでしょうし‥‥」 「‥‥そういえば貴方。あの子に胸――」 要らない事を口走ろうとした千尋の口を、秋桜が塞ぐ。一同、何が起こったのかという表情だったが、あの時の仕事を共にした透子が思い当たる節があったのか、一人頷く。 因みに、同じ仕事をした陽や紫音が分らなかったのは、両者男性だからである。 ●外 (何と言うか‥‥平和なものですね) 薬売りに扮した透子の正直な感想。決して気を抜いているわけではないが、孤児院を囲む光景は何でもない日常そのものに見えた。 透子が薬売りとして日常に紛れこんでいるように、相手も恐らくは同じようにしている可能性が高い。が、紛れたところで限度はあり違和感が出るもの。千尋が感じたのもその辺りなのだろう。 何度か孤児院を出入りしつつ、嗅ぎ回っている者が喰い付きそうな幼児の話を広めてみるが、今の所手ごたえは無い。その相手に悪意が無いのであれば反応がありそうだが。 (それなら、嗅ぎ回ったりしない、か) 悪意が無いのであれば既に接触している筈。それが無いのであれば、善くない意味での事情があるのだろう。若しくは千尋の誤認、という可能性もあるが‥‥預けられた状況がその可能性を否定している、 (そういえば、一度ギルドにも顔を出さないと) 養子先がギルドから紹介された開拓者の実家だというのは聞いたが、そちらにも手が回っている可能性はある。最悪、養子の話が潰れ以後も同じような事が続き、最後は孤児院で育てざるを得なくなる。不安定な孤児院運営で、別の不安要素を抱えさせるわけにはいかない。 先に標に頼んでおくべきだった、と思いつつ、透子はギルドへ足を向けた。 「現状、不審な所は無し‥‥居るのか居ないのか分らないモノを警戒するのは何とも‥‥しかし、ここ」 通行人は言うに及ばず、物音や足跡にも気を払いつつ巡回する咲は複雑な表情。この周辺、先に民家多数と述べたが、孤児院とタメを張れるものが軒を連ねている。有体に言えば、住民の生活水準が低いのだろう。 「あの、そこのお譲さん」 咲は自分に向けられたとは分らなかったが、『お嬢さん』に該当するのが自分だけと気付き、声の主に顔を向ける。 そこに居たのは巫女姿の女性、咲より幾分年上か。整った容貌。どう見てもこの場にそぐわないのは姿だったが、咲は警戒心を隠して応えた。 「何か?」 「いえ、私は各地の孤児院などを慰問している者なのですが。お嬢さんは、あの施設の方で?」 「寧ろ、貴方に近い立場ですが‥‥御用でしたらご案内しますが?」 「いえ。まだ越して来たばかりで忙しいでしょうから、後日に。では」 追うべきか判断に迷っている間に、巫女は人込みの中へ。 (慰問としての訪問‥‥口実としては有効。注意はしておくべきか) そういえば名前を言わなかったな、と気付く。名乗らなかったのは偶然か故意か―― ●中 恐らく、直接関係無いのだろうが、確認するべき点が残っている。 「以前の土地を買われた方‥‥ですか?」 「そ。え〜っと受付さんの、お父‥‥ん? お母さん?」 男装だろうが女装だろうが困る相手だ。いっそ、女装してくれた方がマシというのも悩ましい。陽はその千尋にここに来る事になった発端について確認していた。 もしその相手が元凶だとして、神楽に移動させる意味は無い。寧ろ面倒が増えるだけだ。そういう意味で、陽も疑っているわけではないのだが、確認だけは取っておきたかった。 「向こうで支援して頂いていた方の一人です。孤児院にも度々顔を出していましたから、名前を出せば標からも話を聴けると思いますよ」 「受付さんが知っているって事は、結構前からの知り合いかー。だったら、気にする必要は無いな」 陽が納得したところで、千尋が話を切り替える。 「ところで、あの子はどうしました? 貴方、先程まで遊んでいたような」 「あー‥‥べろべろば〜したら思い切り泣かれて、秋桜に怒られて、挙句育児権を奪われたのですよ」 おどける陽の様子に千尋も笑う。陽は風貌で子供に忌避される事が多い。幸い、この施設の子供は彼を怖がる節は無いのだが、流石に赤子は例外だったようだ。まして、陽の舌には怪しげな文字まである。 尤も、今後も志体持ちの家で暮らすのだから、怪しげな風貌の一つや二つなど早い内に慣れておいた方が良いのかもしれない。 「おま‥‥これ‥‥無理‥‥」 「私の子供世話する時の予行演習」 一方の居間。一日中子供達の相手をして遂に力尽きた皆道次。だがしかし、子供達は構わず彼に群がる。傍らで仕事をしている相方に助けを求めるが、相方たる心はどさくさ紛れに将来設計の宣言をするのみ。 「大丈夫なのですか? アレ」 「あの程度なら平気」 眠る赤子を抱えた秋桜が縁側から声を掛けるが、心はにべもない。そこで部屋に入ってくる紫音。 「‥‥?」 「夜食の為ですよ。施設の食材を使うわけにもいきませんし」 無表情に首を傾げる心に、照れたように笑う紫音。米、塩、海苔、梅干――何が出来るか一目瞭然。 「もう寝ちゃったんですか」 「散々泣いていましたけど、落ち着くのも早かったです」 紫音が赤子に話を向け、抱く秋桜は微笑む。物心付くまであと少し。泣くのも笑うのも、眠るのも思うがままにやればいい。赤子とはそういうものだろう。 ――夜が警備の本番の為か、今は落ち着いた雰囲気。外を張っている咲から、妙な巫女の女性に会ったという報告はあったが、微妙なもの。 「そろそろ晩御飯の支度」 「「手伝いましょうか?」」 「‥‥紫音だけ。秋桜さんはそのままその子見てて」 「‥‥その前に俺を助けろ‥‥」 立ち上がる心に秋桜と紫音が同時に手を上げるが、心は紫音だけを指名する。当然のように次の救援要請は無視。 ――因みに、夜食を見た咲が歓喜と落胆を往復し、涼裡は豆腐を期待していたという余談があるが――個々人の嗜好は好き好きだろう。 ●刺客 そんな日々が数日続き、その日の夜。 今日は非番だった標も訪れ、養子に出す日が翌日と決まった事で夕食時はちょっとした大騒ぎ。尤も、余裕など欠片も無い孤児院の事。傍から見れば貧相だったが。 「‥‥おいでになりましたか?」 夜闇の中、周囲を警戒していた支岐の目に此方に歩いて来る影が入る。 「あー、上からだと尚更見えますねー‥‥一人?」 同時、屋根の上で備えていた涼裡もその影に気付いた。 影は施設の前で止まると、建物を見上げ頷いた。その前に立ち塞がるメグレズ。 「この様な夜中に、何のご用でしょうか?」 影は大柄かつ鍛えられた体躯を持つ壮年男性、これといった目立つ容姿をしていない。 「この施設に居る赤子を回収に来た。退け、大木女」 ――その言葉で、敵性確定。突如、男の足元から針が吹き出し貫く。鮮血が舞うが、男は一切頓着しない。続け様にメグレズから不可視の圧力が発せられるが、何事も無かったように男は踏み込んで来る。 「この人――?!」 無造作に放たれた蹴りを避け、メグレズは眉を顰める。威圧が通じなかった事ではなく、何ら警戒する事無く踏み込んできた事に対する驚きだ。 「頑丈な事で――!」 再び支岐の針。再度鮮血が舞うが、表情が変わる様子すらない。また一歩、踏み込んでメグレズに拳を放つ。棘を備えた盾が迎え撃つが、盾毎弾かれ後退させられる。 「‥‥少しは躊躇しては如何です?」 「ここで躊躇するくらいなら最初から顔など出さん」 表情、声も重い。問答を拒否する様全開だったが、それでも支岐は尋ねてみた。 「‥‥何故、今日なのです? 機会は幾らでもあったでしょうに」 「相方が我慢出来なくなった。明日養子縁組が成立した直後にやる予定だったのだがな」 期待していなかった答えがあっさりと返ってきた。相変わらず重い声だが、僅かに苦笑いの気配がある。しかし、相方――? 「――巫女、見付けた!!」 ここまで戦闘に介入していなかった涼裡が声を上げる。屋根の上という絶好の場所で周囲を警戒していた彼女の目が、裏側から孤児院に入り込もうとしていた巫女を捉えた。 「「巫女?」」 支岐とメグレズ、同時に首を傾げる。一目見て巫女と分る姿――忍び込む服装ではない。男を見ると今度はあからさまに苦笑していた。 「巫女服以外着ようとせん。俺も変だとは思っていたが、やはり変か」 どう考えても変である。 「あいつに根負けした俺の負け――逃げても良いか?」 「それを了承すると――」 「――思っていますか?」 「思わん。だから勝手に逃げる」 男はそう言うと即座に身を翻した。勿論、逃がす気など欠片も無い。支岐とメグレズは追跡を開始した。 ●新しい家へ 翌朝。 結果を言うと、逃げられた。男も巫女も三人の追跡を見事に潜り抜けた。男の方は志体持ちだろうから不思議ではないのだが、問題は巫女の方。追跡した涼裡が見る限り、只の人間だったようだが。 「何て言うか‥‥対応が上手かった。志体持ちを熟知しているって感じですね、アレ」 その説明を聴き、標が眉を顰める。志体持ちを熟知する巫女服の女――心当たりがあった。 「差実‥‥?」 「誰です、それ」 「ギルドにも似顔絵が貼ってありますが、手配中の大量殺人犯」 依頼の紙に埋もれつつある手配書。 標と同じく面識のある、陽と秋桜が何とも言えない顔をする。 「‥‥何にせよ、昨夜は有難う御座いました。お陰さまで、養子縁組の当日を迎えられました。彼らの話ですと引き渡した直後も危険のようですが、相手方は昼には此方に来ます。その時まで御滞在頂ければ」 千尋が話を切り頭を下げる。過去二度、只人の身で開拓者と相対し逃げ切った差実がどういう経緯でこの件に関わったかは謎だが、それはとりあえず置いていいだろう。 「あの‥‥出来ましたら、この子の本当の名前を呼んで頂きたいのですが」 秋桜が願い出る。それは彼女の心に引っ掛かっていた事。どういう形であれ、赤子には名前がある。それを呼ばれないままなのは―― 「お断りします」 ――きっぱりと千尋。標、心、次も眉を顰めているが、それは千尋に対してではなく秋桜に対してのものだ。 「‥‥何故?」 「今日の午後からこの子は別の家の子になります。物心付いているならともかく、赤子であれば余計な荷物は不要です。名前についてもそれは同じ。 ‥‥何よりも、子供を捨てる親に名前を呼ぶ資格などありません」 穏やかではあるが完全に拒絶している。前半は赤子への気遣い、後半は自嘲――現れた千尋の地金に、秋桜は言葉を引き取るしかなかった。 |