【北の国から】影法師
マスター名:KINUTA
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/03/01 23:15



■オープニング本文

前回のリプレイを見る





「ご主人たま。スーちゃんたちいつまでここにいればいいのでちか」

「さあ。どっちがどうなのかはっきりするまでじゃないの?」

 ヤーチ村にてエリカは、「おらんど」の番をしていた。
 全くもって無気力な相手なのだが、何かの拍子に暴れださないとも限らない。対処可能な人間が、必ず見ていなければならないのだ。

「にしても、妙な話ねえ。アヤカシだか人だか分からないとか、あるかしら…」

「おらんど…わたし…おらんど…」

「あのねえ、あんたそれしか言うことないわけ?」

 言った直後エリカはバっと身を引き、剣の柄に手をかけた。一瞬だがおらんどの体全体が影法師のように、黒くくすんで見えたのだ。
 スーちゃんは用心深く主人の後ろに隠れながら、袖を前足で引っ張る。

「ご主人たま、早まってはいけまちぇんよ。もしかするとこっちが本物かも知れないでちからな。人を殺したらいくらご主人たまでもまずいのでち」

「分かってるわよ」

 怖いもの見たさというのだろうか、村の子供たちが戸口の方に固まり中を覗いている。

「アヤカシなの?」

「そうなんだって。つかまえたんだって」

「つかまえてどうするの?」

「ギルドにつれていったら、おかねがもらえるらしいよ」

 心配だったのだろう、ミーシカたち年長組がやってきて、子供たちを追いやる。

「おいお前ら、あんまり近寄るな、アヤカシに噛まれるぞ!」

「さあ、ガー介を持ってお姉さんお兄さんたちと一緒に薪を拾ってこようね」

 皆がばらけて静かになったところで、エリカがまた口を開く。

「どっちが危険そうかって言ったら、明らかに向こうのオランドの方みたいなんだけどね。皆から聞いた限りでは」

「素手で半殺しとか、まるでご主人たまでちな。会ってみれば存外気があうのではないでちか? ぎゃあああああ虐待でち虐待でちいいい」



「水槽に鎖ねえ…外傷が残らない拷問として水責めはよくある手ですが…まあそれはともかく今のところ執政が確かにやったと断定出来ることのどれも、罪に問えるほどのものじゃないんですよ。番兵を寝込むほど殴りつけた。サライくんをもう一息で殺しかけた。侯爵が帰還してたのを知っていながら黙っていた。これだけでしょ」

「それでもう十分じゃないですか」

「十分? 何がです。1番目のは職務怠慢の部下を懲らしめただけと言えば通りますし、2番目は、相手が明らかに不法侵入者ですからね。統治を任せられている身としては生かすも殺すも心ひとつってもんです。最も火種に出来そうなのは3番目ですけど、侯爵に統治への口を差し挟ませたわけじゃない。しかも侯爵は結局ご帰還あそばした。責められるべき部分はあるにしても、地位を失うほどの問題には正直なりませんよ」

「とにかく宮廷にお伝えしますよ、僕は」

「あのねえゲオルグくん、君状況分かってますか。サライくんは君が連れてきたことになってんですよ? 現時点の段階で最も立場がやばいのは君なんですよ? 執政が全面否定してサライくんの件を申し立てたら君の側が罪に問われますから。そしたら僕らも影響被るんですよ。だから動くなって言ってんですよ。理解してくださいよ。その首から上は飾りなんですか?」

「黙れ万年無職」

「は? 今それ関係ないだろ」

 ゲオルグとロータスの間でうろうろするレオポールは、2人からなるべく離れ部屋の隅に座り込む。どっちかというと村にいたかったなと思いながら。



 ガチリ、と音がした。
 職人たちは息をひそめ、それから歓声をあげる。
 やっとカギが開いたのだ。
 それ以上詮索せず執政へ報告に行くと、ねぎらいの言葉と手間賃の残りを貰った。
 皆、早速ジェレゾへの帰還準備を始める。



 執政であるオランドは1人で倉庫の中に入った。
 例の歌手の肖像画やら何やら踏み越えて彼は、擦り減った壁の一隅にしゃがみこむ。そこにある目立たない穴へ手にしたカギを差す。

「この城は私のものだ」

 石が横に滑り、個室が現れた。
 明かりに照らされた金貨、銀貨、宝石の山が、燃えるように輝いた。

「そうとも、私のものだ。全て私のものだ」

 彼の目も輝いていた。たぎるような物欲に燃えて。

「オランドのものだ。私が本物のオランド・ヘンリーだ…こうありたいとオランドは、ずっと望んでいたのだから!」



 アヤカシ隙間女は、平気な顔で北海の氷原に潜んでいた。
 ここから北に向かいずっと進んで行けば、アバシリー。

「…ごめんよと〜言いながら〜タンス預金持ってく〜あなたの横顔〜もう見飽きたわ〜…」

 クレバスの隙間でお気に入りの歌手、島中雪美の新曲を歌い楽しんでいたところに、上から何かが落ちてきた。
 それは彼女がいる場所を通り過ぎ、更なる下へ落ちて行く。 

「……」

 地上へ顔を出してみれば、ソリが彼方へ遠ざかって行くところ。
 もそもそ底へ降りていった隙間女は、意外そうに呟いた。
 高所から落ちた衝撃でぐしゃぐしゃだが、彼女にはそれが誰なのかなんとなく分かった。

「…あら…ババロアさんたち…お久しぶり…痩せたわね…」

 返事はない。
 何しろ双方死んでいる。
 アヤカシとしてはおめでとうと言いたいところだが、なんで彼らがここに来たのかはちょっと気になる。

「…そうだ…ババロア行こう…」






■参加者一覧
鈴木 透子(ia5664
13歳・女・陰
レイア・アローネ(ia8454
23歳・女・サ
フィン・ファルスト(ib0979
19歳・女・騎
マルカ・アルフォレスタ(ib4596
15歳・女・騎
アルバルク(ib6635
38歳・男・砂
藤本あかね(ic0070
15歳・女・陰
八壁 伏路(ic0499
18歳・男・吟
サライ・バトゥール(ic1447
12歳・男・シ


■リプレイ本文


 レイア・アローネ(ia8454)、サライ(ic1447)、そして鈴木 透子(ia5664)は、犬ゾリに乗り、アバシリーへと向かっていた。
 御者はケインだ。ヤーチ村から出張願ったのである。馬車ならともかく犬ゾリともなれば、普段から扱いつけている人物でないと、操縦出来ないので。

「やはりババロア候に事情を聞かねばならぬな…」

 現時点で侯爵を捜す手掛かりと言えば、執政の『アバシリーに帰った』という言葉だけしかない。

「サライさんたちがアバシリーに行かれたときには、おられなかったのですよね?」

「ええ。まだ戻ってきていないということでした。行き違いになった…ということならいいのですが」

 暗く冷たい地下牢を思い出し、サライの声は曇った。
 ババロア候が一旦領内に戻ったのは間違いない――足取りを調べた末の結論だ。さすがに侯爵とは名乗っていなかっが、恐らく彼であろうという目撃情報は多く得られた。

(ただどれも行きの分だけで、帰りの情報がない…)

 彼は手持ちの歌謡集を見る。ババロア侯が入れこんでいた天儀の歌手、島中雪美のものだ。領主が率先して熱を入れていた関係上からなのか、領内のどこの書店に行っても、彼女のものは必ず置いてあった。

(会えたなら何曲か披露しよう。信用を得る取っ掛かりになるかもしれない)

 地は白、空は灰色。寒風にレイアは耳を押さえる。

「それで透子、アヤカシについての見当はつけられたか? 問い合わせをしたんだろう?」

「はい。これではないかと言われたのはありました。ドッペルゲンガー…存在する個人の姿を模して、悪さをするアヤカシだそうです。ただそれは、基本本人には接触してこないものだそうで…」

 そこでサライが人差し指を持ち上げ、しいっと言った。

「何か聞こえてきます」

 一同会話を止め、いったんソリを止めてもらう。
 レイア、透子の耳にも届いてきた。氷の上を渡る不景気な歌声が。

『〜去って行くあなたを〜明日にはきっと〜覚えていない〜親切でいい人〜あなたはそれだけの人〜』

 サライは歌謡集をぱらぱらめくる。

「これは…島中雪美『偶像』」

「あるのかそんな歌…」

「とにかく、あっちです。ケインさん、方向転換お願いします」



『この間のアヤカシが現れた騒ぎもありますし、道中護衛しときますよ。アヤカシは一匹いたら30匹いる、ぐらいに警戒しとかないと』

『おお、それは有り難いな。ぜひ頼みます』



 己の選択が間違っていなかったことをフィン・ファルスト(ib0979)は、身をもって示していた。

「みなさん、あたしの後ろに固まって、速く!」

 空気を切って飛んでくる弾を、身につけている鎧と剣で防ぐ。
 ババロア領内から出てしばらくの後、いきなりこのような襲撃をくらった。
 右左とも木立に囲まれた隘路。
 馬は頭を撃たれ倒れた。馬車は動けない。

「誰だ、姿を見せろ!」

 ヤーチ村へ向かうということで同行していたゲオルグは、護身用の短銃を抜き怒鳴る。
 返事はない。銃撃が続くだけである。

「チッ!」

 フィンは手にした飛礫を、狙撃手が潜んでいると思われる方向へ、片端から投げた。ゲオルグも応戦する。
 職人たちは引っ繰り返った車体を盾にし、攻撃を免れている状態。助けを呼びに行こうにも、そこから出た瞬間に弾かれそうだ。
 ババロアでの調査を終え、単独でヤーチ村に向かっていた八壁 伏路(ic0499)が通りがかったのは、ちょうどそのときだった。

「えーと…」

 自分は開拓者だから撃たれても即死はしない。でも戦闘手段がない。
 この乗っている馬は撃たれたら死ぬ。死んだら移動手段は徒歩。
 以上考え合わせた彼は、馬の首を返した。
 断じて逃げるためではない。助けを呼ぶためである。あの手の連中は騒ぎが大きくなれば引き上げるはずだ。



「お城のオランド様も色々怪しい節がある様子、やはり一度お会いしてみるべきですわね」

 マルカ・アルフォレスタ(ib4596)にロータスが問うた。

「どんな名目で謁見なさるんです?」

「基本は、ハプス財団への協力をお願いする、ですわ。実際にどうにかしたい問題ですし。もちろん、他にも思案はございます。邪道ではありますけれど――」

 彼女のもくろみを一通り聞いたロータスは、にやりとする。

「なるほど、いい目の付け所してますね。そういう見込みがありそうな案なら、僕も協力しますよ」

「あら、珍しいお申し出ですわねロータス様。どういう風の吹き回しです?」

「いや、ね。何かしてないとエリカさんに怒られますんで。ゲオルグが向こうに行ったら、絶対何かしら言いつけると思うんですよねえ…」



 探すべきはババロア侯爵――の足取り。
 もし本当に戻っていたんなら、入出の動きは隠せまい。
 というわけでアルバルク(ib6635)は現在、城下路地裏などぶらぶらしている。

(ま、おおっぴらに出入りできねえんじゃ人目を避けて移動してた可能性もあるからな…もし出た形跡がないとすると、どっかに監禁でもされてるか…死体でご対面なんてこともってか)

 同行している藤本あかね(ic0070)は蝶々のような式を飛ばし、隙間女を求め、あちこち探し回っている。

「なかなか見つかりませんね」

「ま、気長にやろうぜ。こういう後ろ暗い話の近辺には、隙間のねーちゃんうろついてるはずだから。今回の件も、もしかしたら隙間からなんか見てたかもしれねえからな、一応怪しい男がいなかったか聞いといてやらにゃ」

「アルバルクさんのほうが怪しまれそうだけど」

「こんないい男捕まえてなに言ってんだい」

 彼らの後ろを、ひょこひょこレオポールがついていく。

「わふ」



「…ここ…」

 隙間女はするするクレバスの中へ入って行く。
 彼女は実体が無いだけに重みもなく、落下の危険もない。
 蜉蝣の形をした透子の式が後をついて行く。
 氷の壁はほのかな青を帯びていた。
 底の底まで降り立つと、潰れた塊。
 夜光虫で周囲を照らし、見聞を行う。顔などほとんど判別出来ないが、着ているものは上物と見える。数にして2体。
 それらを聞いたレイアは眉根を寄せる。

(…そういえば一緒にいたという金庫番は…?)

 透子を介し、隙間女に確かめる。
 懸念は当たった。

「経理をやっていた側近の人のだと言ってます…一緒になって落ちてきたそうで」

 レイアはロープを手にクレバスの底へ向かう。

「サライ、お前も手伝え。人の下穿きをずり下した分はちゃんと働いて貰うぞ…!」

「は、はいっ」

 2人して底まで降り状態を確認。多少負担をかけてもバラバラになることはあるまいと判断。犬ゾリの力を借り、遺骸を上まで引き上げる。
 待っていた透子は、上がってきた遺骸をまさぐった。何か手掛かりが残っていればと思って。

(伝質郎さんは、金庫番は小心だから記録を残すタイプと見た…と言っていました…)

 しかし、そういうものは一切なかった。
 その原因について、彼女はすぐ理解する。

「…この服新しいです。下ろしたてみたい」

(ということは、後から着せたか)

 唇をなめ、レイアは思案した。
 隙間女から聞いた話とこれを総合してみる限り、転落死ではなく、殺されてから落とされた線が濃厚だ。悲鳴も聞こえなかったし、落ちて行く際あがきもしていなかったというのだから。
 正体不明のソリが一目散に戻って行ったというのも気になる。乗せている人が落ちたなら大騒ぎしてしかるべきではないか。ババロア侯爵は(生前の行いはどうあれ)貴人だ。

(逃げてそのままというのがいかにも不自然だな)

 サライは隙間女へ、自分たちがかかずらっている問題の子細を伝え、聞いた。

「――というわけなのですが、もしかして該当するお仲間についてご存じではありませんか? お教えいただけましたら『じめじめスポットマップ・ジルベリア編』を、完成の暁に差し上げますので」

 アヤカシは目を細めた。さわさわ髪を揺らしている。喜びの表現なのかどうか。

「…多分それ…影法師さん…」

 聞き馴れない名前を耳にした透子は、話を遮って聞いた。

「それはドッペルゲンガーの別名ですか?」

「…違う…似てるけど…似て非なるもの…」



「ガーガーガーギーギーギー」

「おおガー介、無事だったか!」

「心配してたぞ!」

 再会の喜びを確かめ合う職人たちとガー介。

「さあ皆さん、早いところ出発しましょう。ババロア近くから離れた方がいいです」

 フィンは引き続き彼らを護衛し、ジェレゾまで連れて行った(幸いその後は一度の襲撃もなく、全員無事に、目的地までたどり着けた)。


 ヤーチ村に残った人々は、情報交換てがらに話し合い。

「もうアヤカシであってもなくても問題人物なんじゃない、その執政」

「そうだよね姉さん。だから僕は宮廷に報告しようというのに、姉さんのヒモになってるあの男が放置しろ的なことを」

「ゲオルグたま、落ち着くでちよ。ロータスたまが大嫌いなのは分かりまちが、証拠モミモミ消し消しされてるなら訴え起こしても負けまちよ」

 伏路は会話に参加せず、聞くだけに止める。
 ババロア城の警備状況については、外部に見える部分のみ大まかに掴めた。今後もし誰かが潜入しようとするなら、少しは助けになるかもしれない。
 引っ掛かる点と言えば、ババロア侯の金庫番についてだ。

(ジェレゾへ依頼に来たのを最後に、職人の誰1人として姿を見ておらぬとは…)

 地下牢の話からするに、両者ぶち込まれていたのではないかという気がする。
 拷問については未知数としても、ろくな扱いを受けてなさそうだ。

(すまじきものは宮仕えよのう…わし、自営業でよかった…)

 己が身の幸福を噛み締めた後、視界に赤いものが入ってきたので、くるりと首を向ける。
 エマを連れたミーシカだ。

「おー、ミーシカ殿。おかわりしに来た! んまい塩ジャケのウハーもう一丁!」

 そう言って近づいた途端、両手で頬をばちんと挟まれた。痛い。

「おいこらフセ、うちはよろず引き取り所じゃねーんだぞ、なんでもかんでも持ってくんな!」

 何を怒っているのかと思ったら、指さす方向にケイン、サライ、透子、レイア、それにソリに乗せた大荷物。

「なんなのだ、この包みは」

 答えたのはレイア。

「ババロア候と金庫番のご遺体だ」

 伏路は荷物からすすすと距離を取る。死体は個人的に苦手なのだ。

「あーうむ、どうするのだなそれ」

「それをこれから皆で考えるんだ。この事実を口外するかどうかも」



「この度はお目にかかることが出来まして、恐悦至極にございます。本日はババロアにてハプス財団への募金活動を行う許可を頂きたく参上したのですわ。出来れば執政様にもご協力いただきたく――」

 マルカの嘆願について執政は、社交辞令を口にしつつ、あまり興味を示していない。
 慈善に心が動くたちではないようだ。
 マルカは隣にいるロータスに目配せをした後、多々弾んだ声を出した。少し顔を赤らめて。

「――オランド様の事はわたくし達貴族の娘の間でも評判ですわ。若くしてご出世されて、無気力な貴族の殿方よりよっぽど頼りになると。皆どうやってオランド様のお心を射止めようかと思案中ですのよ。かくいうわたくしも…あら、わたくしとした事が。恥ずかしいですわ」

 執政の反応が変わった。姿勢をくつろがせ、格段に愛想がよくなる。

「それは名誉なことですな。貴族の方々にそうも評価されておりますとは」

 ロータスがそこに、更なる追従を入れた。

「いえいえ、ご謙遜を。実際たいした出世だと思いますよ。そのお年で執政という重役を仰せ付かるとは。成果を上げられれば、いずれ叙勲ということもあり得ましょう。そうなればもはや執政ではなく領主です。文字通り一国一城の主ですね」

「まあ素敵。皇帝陛下をお支えする一門がまた新たに誕生するわけですのね。ところでオランド様、不法侵入者を懲らしめられたとか。それほどお強くなったのは何かきっかけがあったのでございますか?」

「ふむ、きっかけねえ…いや、ただ簡単なことですよ。こうありたいと念じることです。そしてその目標に向かって行動すること。それだけですよ。それだけで己を高めるには十分です」



「どうも気になるのだ、こやつ…にしても、また一段と影が薄れおったな」

 おらんどを前に伏路は、両目をすがめた。
 そうしないと定かに見えにくいのである。

「捕まえたときにはまだしもきちんと見えていたのだがの」

 透子が深刻な面持ちで、説明を始める。

「一人の人の中に正反対の思いや動機が同居するのはよくあることですが…影法師というアヤカシはそういうものに同化し、実体化するんだそうです。憑いた相手から生気や記憶、最終的には存在までも奪う。奪われた人は何もかも忘れて新しい『影法師』となり果てさ迷うことになる。誰かに取り付き、その人に成り代わるまでは…」

「なんだか最高にやなループだの。戻る手立てはないのか?」

「…本人が主導権争いに勝つしかないそうです…向こうが人に、こちらがアヤカシになりきってしまう前に…」

 伏路は改めておらんどに向き合い、『ゴールデングローリー』を掲げる。

「どうも気になるのだ、こやつ」

 おらんどのぼやけていた姿が鮮明なものに戻った。
 彼はゲオルグの方を見る。いぶかしげに。

「…ゲオルグ…マーチンくん…書類はどこかね…今期の決算…」

「違います、ここは役所じゃありませんよ! しっかりしてください、執政官!」

 ゲオルグが口にした言葉に、不思議そうな顔をした。

「執政って、だれのことだね。なにをいっているんだ…わたしは、おらんど・へんりー、だ」

 どうやら思考力が持つのはちょっとの間であり、すぐ混濁へ陥ってしまうらしい。



 マルカたちが一旦謁見に戻った後も、レオポールを連れ見回りしていたあかねたちは、やっと目当てを見つけた。
 漆喰の剥げたレンガ壁の隙間にはまり、休んでいる相手に言う。

「おー、隙間のねーちゃん久しぶりだな。どこ行ってた」

「アバシリー…今こっちについたところ…」

「突然だけどお城のじめじめ情報、欲しくないかしら?」

「……あなたたちの仲間から聞いて…もう大体知ってる…」

「え、そうなんだ。えーと、まあでも、ほら、折角だから改めて話してくれたらうれしいかなって」

 あかねは慰みにレオポールをもふりながら、マルカが聞きたがっていたことについて、代理質問する。

「お城の倉庫のコレクションって、見た事ある?」

「…ある…何度か通りがかりに…記念館作れそうなラインナップだったわ…でももうそれ無理ね…こんなことならへそくり…在任中に使い切っておくべきだったわ…ババロアさん…」

「…ちょっちょちょちょっと待てねーちゃん。へそくりってなんのことだ?」

「…ババロアさんが引き継いだババロア家の隠し財産……そういうものがなかったら…あれだけ真摯な追っかけ生活…支え切れるわけない…いくら臨時税かけても…無理というもの…」

 アヤカシに守秘義務は存在しないようだ。