【北の国から】オランド
マスター名:KINUTA
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/02/16 01:24



■オープニング本文

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「ババロア侯が勝手に領地に戻ってる?」

「かもしんない、という段階ですけどね。そういう噂の欠片をちょいと小耳に挟みまして。アルフォレスタ家のお嬢さんがそう聞いたとか」

「新しい領地を任されたのに、そこほったらかして勝手に戻ってきたらまずいんじゃないの? 前にも不祥事起こしておいてそれじゃ、今度は左遷じゃ済まないわよ」

「ええ、爵位降格、あるいは剥奪とかなるかも知れませんね。本人だって分かっているはずです。だのにそのリスクを犯してなぜそんな真似をするのやら」

「…詮索してみたいわけ?」

「そりゃ、他人のゴタゴタは面白いですから」

 エリカは長椅子に寝転がっているロータスの横顔を眺めた後、その辺に広げてあった新聞を丸め、いきなり振り下ろした。
 当たる前にロータスは身を起こし、避ける。口笛を吹く。

「ハズレ」

 ニヤニヤするなともう一発入れてこようとするのがいつもの流れ。
 しかし今日のエリカはそうでなかった。
 ちょっとばかり感心したように言ってくる。

「…ロータスって、反射神経はいいわよね」

「…ええ、まあ…」

 慣れない反応に不審を抱くロータスを置いて、部屋から出て行く。

(…何だ…?)

 あれこれ理由を考えているところに再び戻り、持ってきたものをロータスに投げ渡す。
 レイピアを縮めたような形の短剣。細身で軽い。

「それならあんたでも振り回せるでしょう。ちょうどいいから、ババロアに行ってきてくれる? ゲオルグと一緒に」

 ゲオルグ、というのはエリカの弟。
 普段あまり接触がない(というか実のところ反りが合わない)人物の名前を出され、ロータスはなお不審を強める。

「そりゃまたどういう次第で…」

「ゲオルグが宮中で財務関係の仕事しているっていうのは知ってるわよね?」

「ええ」

「新しく執政になった人、同じ部署の人だったらしいのよ。最近ね、その人が向こうに行ってから便りがないがどうなっているんだろうって、問い合わせがあったらしいの。家族から職場に」

「単に忙しいんじゃないですか?」

「まあ私もそうは思う。でも『3月に1度も連絡がないなんて、どんなに忙しかったとしてもありえない』って言われたんだって。ちょうどあちら方面に用事があるから、ついでに立ち寄って様子を見てくるそうなのよ、ゲオルグ」

「あのー、それだけなら別に僕が一緒に行く理由はないんじゃ…」

 ぐずぐず言いかけたロータスの額にごちんと、エリカの額がぶつかる。

「今言ったようなことが本当に起きているんだとしたら、あんたの小狡さが役に立つこともあるかも知れないじゃない? 私には私の仕事があるから同行しない。その剣と、後レオポール貸してあげる。たまには自分の身を自分で守ってみてちょうだい」



「またなー、変な土偶」

「今度村に遊びに来てね」

「ギーギーガーガーギーギーガーガー」

 ミーシカとエマはガー介の頭を撫で、見送る衆に別れを告げ、ソリに乗り込んでいった。
 当地での使いを終えたのでいったんヤーチ村に帰るのである。塩、魚といった必需品の仕入れは少なめになってしまったが、致し方なきこと。当地の物価が全体的に高かったのだから。
 前任者の放漫経営のつけを払わされている状態なのだろうからしょうがないと思いつつ、一路アーバン渓谷へ。
 やっと荷が下りた気持ちになったのか、トビーの顔は緩んでいた。

「親切な人達がいて、よかったね。門の前で止められたときは、どうなるかと思ったけど」

「まあな。通行料も肩代わりしてもらったしな」

 ケインにミーシカが言い返す。

「後で何か返すから肩代わりじゃねえよ」

「いいじゃないのミーシカ。そんなに気にしなくても。好意なんだから」

「いーやエマ、あんたがそう言っても私は譲れない。貸しはともかく借りは作りたくない」

 問答を繰り返しつつ山道を急いでいたときである。脇の林の暗がりから、急に何かが飛び出してきた。

「あっ!?」

 反射的に手綱を引くミーシカだったが、間に合わなかった。
 トナカイがそれを踏み倒し、ソリが乗り越える。
 ガスンといういやな感触が乗っていた全員に伝わる。
 皆真っ青になって固まった。
 最初に声を上げたのがトビーだ。

「ひ、人轢いちゃった…どうしようどうしようどうしよう!」

「静かにしろトビー、まだそうと決まったわけじゃないだろ! た、タヌキとかかも知れないじゃんか…なあエマ」

「う、うん、そうかもしれないよね。ちょっと大きめのタヌキだよ多分」

「そんなわけないよ人だったよ、あれ絶対人だったよ!」

「落ち着けお前ら、とにかくまずは安否確認だ!」

 言ってケインが振り返った。
 その目に、荷台の端にかかる手が映る。
 続いて重たげに持ち上げられる頭部が。
 確かに轢いたのは人間でなかった。背中に折れた槍が刺さるだけならまだしも、頭部を矢が何本も貫通してなお生きている人間などいるわけない。
 ボロボロの服、ぼさぼさの髪と髭。濁った目。たどたどしいのたくるような声。

「が…わた、し…たし、が…お、らんど…へん、り…わた、し、が…おらんど…へん、り…」

「あああああああアヤカシだーっ!!」

 飛び抜けるようなトビーの悲鳴に驚いたトナカイは、鞭を待つまでもなく急発進した。
 そのまま彼らはヤーチ村まで全速力で逃げ帰った。後も見ずに。



「…聞かされましたよ姉さんから。ちょっとミスったから、もしかすると子供出来たかもしれないとかなんとか。あの人いつもそうですよ。行き当たりばったりっていうか」

「いいんじゃないですか別に。本人が嫌がってないなら」

「元凶が人事みたいな口利くんですね」

「は? 別に人事とか思ってないですけど。ていうかね、1時間も2時間も延々絡むの止めてくれません? 本気でイラっとくんですけど」

「こっちはイラっとくるどころじゃねえよニート」

「婚約者いるくせに実の姉に執着し過ぎじゃないですか? 気持ち悪」

 馬車の中。
 男2人に挟まれたエリカの忍犬レオポールは、うろうろ双方に鼻を向けていた。とても居心地悪いと思いながら。
 ババロアまでは後、どれくらい時間がかかるのだろう…早く降りたい。



 ババロア城内。

 オランド・ヘンリー執政官は執務室で書き物をしていたが、従者が入ってきたので顔を上げた。

「何かね」

「はい、執政官様への面会申し込みがありました――ゲオルグ・マーチン男爵と仰る方です。いかがいたしましょうか」

「……ああ、ゲオルグ・マーチンか…そう、確か私と同じ課にいた人間だ…構わんよ、通しなさい」



 


■参加者一覧
鈴木 透子(ia5664
13歳・女・陰
レイア・アローネ(ia8454
23歳・女・サ
フィン・ファルスト(ib0979
19歳・女・騎
マルカ・アルフォレスタ(ib4596
15歳・女・騎
ユウキ=アルセイフ(ib6332
18歳・男・魔
アルバルク(ib6635
38歳・男・砂
八壁 伏路(ic0499
18歳・男・吟
サライ・バトゥール(ic1447
12歳・男・シ


■リプレイ本文

 ババロア領の城下町。
 八壁 伏路(ic0499)はロータスを、一緒にヤーチ村へ行かないかと口説いていた。

「おぬしも弟君と面突きあわせるのも癪であろ? 不穏な町より平和な村へ行かぬか?」

「おお、そりゃ願ったり」

 ユウキ=アルセイフ(ib6332)は、声もかけず彼らの横を通り過ぎる。
 情報集めの際は他人同士に見えるように振る舞う――それが仲間の間で決め交わされたことだ。
 気になるのは、ババロア侯の動向だ。左遷されているのに元領内に戻って来て自分の名で依頼をするなど、恐れを知らなさ過ぎる――もっとも後者は本人の意向かどうか疑わしいが。

「ひとまずは聞き込みか」

 アバシリーへ行けば所在は確かになるだろうが…さすがにそこまでやる気はしない。



 北方産の大型馬にハミを噛ませているアルバルク(ib6635)は、ミニ土偶を懐に抱える鈴木 透子(ia5664)に言う。

「ガー介も連れて行くのか?」

「はい、あそこに置いておくのは不安です。職人さんたちに会わせないというのもやっぱり変ですし、それに何かの悪巧みを感じます…アルバルクさんはどう思いますか?」

 ベドウィンの男は少女の質問に、正面からは答えなかった。

「ごちゃごちゃはまあ置いといてだ、適当に小銭稼ぎしないとな。見えてるもんのほうが手早く金になる」

 馬につけられたソリには、レイア・アローネ(ia8454)が寄りかかっている。
 彼らはこれからババロアを出て、アーバン渓谷へ向かう。



 ゲオルグはフィン・ファルスト(ib0979)とサライ(ic1447)から話を聞いた後しばし考え込み、意を決したように言った。

「分かった。それではあなたがたに同行してもらおう」

 それを受けサライは、乗馬用の鞭を彼に渡す。

「もし、僕が隠密行動中に捕まる等して拙い状況になったら、不手際で恥をかかせた制裁で容赦なく打擲し、事態の収拾を図って下さい」

「え、いやしかし…」

「不快な役割を押し付ける事になりますが…僕はシノビですので大丈夫です」

 フィンは自信満々に親指を立てる。

「きっちり護衛させて貰います……ここの一件で上奏文を書いた一人があたしでしてー守ると決めた人はきっちり守るのが家の誉れですっ」



(謎は、我が紋章”紅い瞳のレイヴン”にかけて、きっと説きあがして見せますわ!)

 ぎゅっと手を握り締めたマルカ・アルフォレスタ(ib4596)は、馬車から降りる。
 ここはアーバン渓谷。ババロアは渓谷の向こう側だ。

「この場所にはよくよく縁があるような気がいたしますわね」

 そういえば以前アヤカシに襲われたヤーチ村、あの後どうなっているのか。

(…少し立ち寄ってみましょうか)



『保安隊ですか? 近在から流れてきたもんもいますがね、大体は領内のもんでがす。あんたさんがおっしゃるように、楽でいい仕事だで。他人に偉そうな口叩きたがる連中はどこにでもいますでな』

『おっしゃる通りよのう。ところで、なんでもアヤカシが執政に化け、乗り込んできたらしいな? 奴らは知能が高いほど強力だ。討伐はさぞ大立ち回りであったろ?』

『いいえ、それは執政様が即座に討ち果たされたと聞いて』

『おい、お前達何をこそこそやっている』

『おお、これは保安隊、いえ、保安隊長殿。腕章に燦然と輝く白文字で書いてありますから間違いございませんな。わしはあやしいものではありませぬ。しがない観光客でござり奉り候』


『馬車? ああ、10日かそこいら前にババロア侯が使っていた奴が通っていった。執政が赴任と同時に接収してる奴。紋章は塗りつぶされてたけど間違いねえな』

『乗ってた奴? 保安隊じゃねえよ。確かあれは…いつも侯爵と一緒にいた、金庫番だったと思う…確信は持てねえけどな。えらく人相が変わっていたから』

『侯爵ともども島流しくらってたはずだから、やつれるのも無理もないやな』

 商人、そして門の番人たちと交わしてきた会話を反芻する伏路は、ロータスと馬を並べ雪道を行く。ヤーチ村を目指して。
 後ろからレオポールがひょいひょいついてくる。

「言葉を解するアヤカシを倒すのは、開拓者でも相当難しいんですよね?」

「しかり。まあアヤカシの内容にもよるが…まず無理だ。まして一般人ともなると夢に見るさえ不可能でな」

「では、どっちかしかないでしょうね。執政が人ではないか、もしくはアヤカシがアヤカシではないか」



 ユウキは謁見に訪れていたゲオルグ一行と城の前で鉢合わせし、急遽同行させてもらうことになった。
 彼のもたらした情報はこうだ。

 ババロア侯爵が帰ってきたという話は2カ月ほど前から出ている。
 しかしそこから先、消息が一切知れない。
 城は大きいし部屋もたくさんある。存在が公になるとまずいから隠れているということであれば、所在がつかめなくても別に不自然ではないが…。

(…じゃあなんで自分の名で依頼出したりすんのよって話よね…今のところ、目立つほどの瘴気は存在していない、か)

 フィンはド・マリニーの蓋を閉じ、ユウキともども控室の椅子から立ち上がった。
 執政室に足を踏み入れる。
 先に入っていたゲオルグが、2人を紹介した。

「ヘンリー殿、こちらが今お話しいたしましたフィン・ファルスト、ユウキ=アルセイフです。あなたにお目通りをということで」

 オランド・ヘンリーは柔和な顔立ちをした、見た目普通の人間であった。



 ヤーチ村に通じる細道のとば口で、マルカは伏路たちと鉢合わせした。
 お互い簡単なあいさつをし、ざっと事情を説明しあう。

「まあ、ババロアではそのようなことに…わたくしが調べましたことが、何かの参考になればよろしいのですが」

「何かどころか大分参考になったぞ。のうロータス殿」

「そうですとも。えてして真面目なだけが取り柄という人間ほど、問題起こしやすいんですよねえ」

「それは偏見でございませんか、ロータス様。極楽トンボな方も問題を起こしますわよ。たとえば懐妊騒ぎとか…ところで伏路様、その塩鮭の束はなんでございます?」

「ああ、手土産だ。手持ちの品と交換してもろうてな」

 彼らはほどなくして、先客のアルバルクたちに追いついた。一団となってヤーチ村に向かう。到着してみれば、村人総出で柵を作っていた。
 マルカは馬から飛び降り、挨拶がてら村長に尋ねた。

「お久しぶりでございます。これは一体どうされたのですか?」

「ああ、これはこれは、先日はどうもお世話に…いえ、子供たちが戻る途中でアヤカシを見かけたとか言いよりましたんでな、念のため…」

 伏路は作業の手伝いをしているミーシカ一行を見つけ、声をかける。

「恩を取り立てに来たぞ。メシ食わせろ」

「あ? なんだ、またあんたか。食わせてやってもいいけど…ここ来るまでに変な落ち武者と会わなかったか?」



「あ、ごめんなさぁい、広くて迷ってしまいましてぇ」

 メイドに扮しているサライは城中を歩き回る。
 見た目が幼いせいか、うるさがられたり注意されたりはしても、さほど怪しまれていない。

「ああ、もうこんな時間に。困りますぅ。怒られますぅ」

 時計を見るふりをして、ド・マリニーで瘴気を探る。
 心なし階を下るにつれ、度数が上がっている。
 研ぎ澄まされた聴覚に金属的な音が響いた。話し声も。

『やっと一カ所外れたか…いやあ、なんとも手ごわい』

『…ガー介がいりゃあなあ…手が届きやすいんだが』

 歩を進める行き着いたのは、地下に通じる階段。
 扉は開いているが、番兵が左右に控えている。彼らをどうにかしない限り、先へ進めそうにない。



「私が任についたのは11月の4日だよ」

 ゲオルグが教えてくれた情報と一致している。
 頭の中で確認しながら、ユウキは次の質問に移る。

「城下にてババロア侯が領内に戻っている噂があるのですが、それも執政様はご存じでしょうか?」

「ああ、知っている。あの方が戻ってこられたのは事実だ。ファルスト殿が先ほどおっしゃられたような依頼を出されたことも知っている」

 ゲオルグが焦った声を上げる。

「ち、ちょっと待ってください、まずいのではないですか? 仮にも転任された人間が勝手に戻ってくるなど」

「もちろん、まずい。しかし…まあ、経緯を説明しようか。あの方は2カ月ほど前、急に戻ってこられた。アバシリーの冬に耐えかねたらしくてね、春までここにいると無茶をおっしゃって」

 ユウキは注意深く言葉を選び、問う。

「何故そのことを宮廷に伝えなかったのです?」

「すればなお騒ぎになるだろう。説得して穏便に戻っていただくほうが、本人のためにもいいじゃないかね」

「候は倉庫にご贔屓の歌手についてのコレクションを保管しておられたそうでな。急な転任でここへ置いて行ったままにしていたのが気掛かりだったそうだよ。だから、ぜひこの機会に持ち出したいと。それで依頼を出されたのだ」

「それなら、自分でお開けになればいいだけのことでは? わざわざ人を呼ばずとも…」

「私もそう思った。だがカギを出発のごたごたで無くしてしまわれたそうでな。数年前に莫大な資金をかけ、特注したそうなのだよ、倉庫の扉は。専門の人間の手によらないと、開けられないそうでな」

 執政の話は一応筋が通っている。
 ユウキは最後の質問をした。

「ババロア侯は、ここにまだ滞在なさっているのですか? でしたらご挨拶を致したいのですが」

 フィンの持つド・マリニーの針が、一瞬急上昇し、また急下降する。

「いや、もうおられない。つい先日アバシリーへ戻られた。倉庫の中のものは追ってこちらが届けるということでご理解いただけるまで、実に時間がかかったが…」

 彼がそう言いかけたところで、従者が入ってきて耳打ちした。
 執政は間を置いて皆に言う。

「きみたち、悪いのだがここで待っていてくれ」



 ヤーチ村の空き家屋。
 開拓者たちはぐるぐる巻にしたアヤカシを前に、額を突き合わせている。
 落ち武者を探索発見確保するまで半日は費やした。もう夜なので今日はこのまま泊まり込みだ。

「おいおい、なんでアヤカシ村に連れてくんだよ」

 渋い顔したミーシカが一同へ、ウハーの差し入れに来た。
 それを受け取る伏路は、のんびり答える。

「わしらがおるで暴れさせはせん。もともとえらくファイトのないアヤカシでな」

 彼が言うとおり、アヤカシらしきものは暴れる様子がない。
 表情のないままぶつぶつ独り言を呟き続けている。

「おらんど・・・へんり・・・わたし・・・」

 アヤカシなら倒さねば。
 そう思っていたマルカだったのだが、目下態度を決めかねている。
 レオポールが対象に近づき匂いを嗅ぎ回っているのだ。普通アヤカシならこれだけ接近しないはずなのに。

「ギガ。ガッコンガッキン」

 透子はガー介から『これはカラクリではない』との言葉を受け考え込む。
 水晶の目を通して瘴気のあるなしを確認するも中途半端だった。消えたりついたり、というのが表現として一番しっくりくるだろうか。
 矢を引き抜いて確認を取れば、北方沿岸で一般に使われる型であるとのこと。斧も同様。
 恐らくババロア領内から追い払われたときついたのだろう。

「あなたは執政官のオランド・ヘンリーさんなんですか? 本物のオランドさんなんですか?」

 彼女がそう聞いたとき、「おらんど」の目が少しだけ正気づいた。

「そう、だ、わたしが、本当に…執政のオランドだ…」

「一体何があったんです?」

「……おもいだせない…」

「おい、自分のことなのに何で思い出せんのだ?」

 レイアからの問いに「おらんど」は、途方に暮れた顔をする。

「でも、わたしがおらんどだ…わたしが本物なんだ…」

 ぼりぼり髭を掻き、一人ごちるアルバルク。

「どういうことになってんだ…?」

 矢が刺さって斧が食い込んで死なないなら人間ではない。と、素人的には思う。
 そうくると、ババロアにいる執政官の方が本当の人間なのだろうか。



 酒と手練手管で番兵たちを昏睡状態に陥れたサライは石段を下って行った。
 壁に灯された照明を頼りに降りて行くと、職人たちが大きな扉の前で作業していた。
 皆元気そうだ。
 ひとまずほっとし、続けて話しかける。

「あのう、皆様ジェレゾから来られた職人様たちですか?」

「あれ、嬢ちゃんどこから入ってきたんだ? ここに入ってきたら怒られるぜ。早く帰りな」

「あれ? そうなんですか。すいません、新入りなものでよく分からなくて。皆様何をしてらっしゃるんですか?」

「なーに、たいしたことじゃねえ、カギを無くした扉を開けてるのよ」

 サライは明かりの元で改めて扉を見上げた。
 歯車と部品の塊――飛空船やアーマー等の内部機関を思わせる。
 なるほど門外漢には手がつけられそうもない。

「何が入っているんです?」

「そりゃ知らん。俺たちの仕事には関係のないことだから…ほら、邪魔になるから早く帰りな」

「はーい。あ、ババロア様はどこにおられるんですか? 挨拶をしてこいとご主人様がおっしゃられたので、お探し申し上げているのですが」

 彼の質問に職人たちは、首を傾げた。

「いやー、私らはここに来てからその人に、一度も会ったことないなあ」

「入れ違いにアバシリーへ帰られたとかじゃなかったか」

 サライはふと、照らされていない暗がりに扉があるのを見つけた。
 太い閂がかかっている。
 一旦戻るふりをして、職人たちが仕事に没頭している隙にカギを外し、音を立てないように入り込んだ。
 螺旋階段をどこまでも下っていけば、一条の光も差さぬ空間。
 直感と経験から彼は悟る。城につきものの地下牢であると。
 幾つか鉄格子で仕切られた小部屋。隅に水槽があった。床に埋め込まれていて、かなり深そうだ。
 もっとよく見ようとそちらへ近づいたところ、後頭部へ猛烈な一撃を食らう。
 倒れたところ胸を蹴られ、息がつまりかける。

「お前なにをしている」

(――執政――!)

 悲鳴を上げた。相手が自分を取るに足らないものだと認識してくれるように。

「あぐっ!…ひぎぃっ!…お許しくださ」

 次の瞬間水槽に顔を突っ込まれた。
 暗い水の底に彼は、とぐろを巻いた鎖が横たわっているのを見た気がした。




 次にサライが意識を取り戻したのは、ベッドの上だった。
 まず目に入ったのは、ゲオルグが胸をなでおろす姿。
 ほかの仲間たちも同じ部屋にいる。
 伏路とフィン、ロータスが話し合っていた。

「開拓者をここまでボコれる時点でただ者ではない。職務怠慢の番兵も素手で半死半生にしとるしのう」

「憑依系アヤカシでほぼ完全に当人みたいに振る舞えて、記憶や知識も奪えるのって、あたしが知ってるのほぼ上級だけです。もしかしてその類いとか…」

「可能性おおありです。しかしそうであったとしても、どっちが本物なのかは決めかねますね。双方アヤカシと断定出来る状態じゃなさそうですし」

 透子が壁に寄りかかり、一人ごちる。

「なんだか…乗っ取りっていうより分裂した感じです…」