【北の国から】門
マスター名:KINUTA
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/01/30 23:26



■オープニング本文


 鈴を鳴らしてソリが行く。
 乗り込んでいるのは少女2人。
 片方は赤毛できつそうな顔立ちをしたミーシカ、もう片方は金髪で優しげな顔をしたエマ。
 それから少年も2人。
 こっちはどちらも黒髪。いかついケインと、気弱そうなトビー。
 4人はアーバン渓谷にあるヤーチ村から一昼夜かけ、この北海沿岸までやってきた。炭を売り、塩だの魚だの仕入れてくるために。
 つい最近ヤーチ村はアヤカシの襲撃を受けた。死者こそ少なかったものの、主立つ大人たちが多数負傷した。
 そのため彼らが、早めの社会訓練を兼ね、遠方への交易に赴くこととなったのである。
 風景といえば冬の習いで荒涼としており、特に目新しいものもないのだが、見慣れぬ土地となれば万物が新鮮だ。
 同年代ばかりということもあり、ちょっとした小旅行をしている気分。緊張するが楽しくもある。歌も出てくる。

『雪降れ雪ゾリ鳴らせよ鈴を 矢の飛ぶように走れトナカイ…』

 時刻は夕まぐれ。
 厚い雪雲のせいで夕日は見えぬが、徐々に暗くなってきた。
 御者台のミーシカはソリの速度をゆるめ、エマはカンテラに明かりを灯す。
 荷台に陣取りケインと周囲を見張っているトビーは、心配そうに言った。

「日が落ちるまでに着くかな」

 すかさずミーシカから返事が返ってくる。

「峠降りたら3キロくらい先に川があるんだよ。そこ渡ったらすぐだと。爺様そう言ってただろ」

「う、うん。でも、それは夏の間のことだろう。今は冬で、この雪だし、道がふさがってることもあるんじゃないかなって」

「考え過ぎだろ。ここに来るまで順調だったじゃないか」

「獣とか、アヤカシとか、出るかも。そしたら」

「そのために弓も山刀も持ってきてるんだろ!」

 怒鳴り声で返されて、トビーはしゅんと黙ってしまった。
 ケインが横から口を挟む。

「まあそうきつく言うな。トビーの言うことももっともだ。獣はともかくアヤカシは手に余る。お前もそれはよく知ってるだろう。村に来た奴らは、切っても突いても死ななかったじゃないか」

 エマは彼に同意する。

「そうよ。アヤカシは素人じゃ手に負えないんだから。ミーシカも殺されそうになったじゃないの。今度見つけたとしても、もう無鉄砲に立ち向かっていかないでよ」

「あー、分かった。そうするよ。あんたがまた襲われそうにならない限りはな」

 と、急にソリが止まった。

「――っと、なんだ」

 トナカイは道の脇に頭をたれている。
 ミーシカはソリから降り、変な顔をする。変なものがいたので。

「ガギガガガ」

 大きさは15センチほど。
 全身カクカクし頭から針金を突っ立て目を点滅させている――土偶ゴーレムである。



 ジェレゾのいち工房に務めている自立貯金箱土偶ガー介は、この度仕事の都合で工房の人達とともに、この地方まで遠征してきた。
 しかし途中馬車から落ちるというアクシデントに見回れ、大変難儀していたのだ。
 キャタピラ型の足は遅すぎる。
 目的地についたときには仕事が終わっているかと思われたので、ヒッチハイクを試みていたのだが、小さすぎて気づかれず素通りされてしまうばかり。
 でもやっとこさ行く先が一緒らしいソリに拾ってもらえたので、一安心。

「あそこの領主は――確かババロア侯だったか?」

「違うよ。ババロア侯は何か問題を起こして、もっと遠いところに転封させられた。今ここは皇室直轄領のはずだ」

 あれおかしいな。自分たちを呼んだのは確かババロア侯のはずだが。
 前払金を持ってきた代理人は、そう言っていたはずだが。
 疑問を覚えるガー介は、ほどなくして少年少女たちとともに、障害へ突き当たった。
 黒く凍った川には橋が架かっていたのだが、その手前と奥に、閉じた大きな門が立ち塞がっている。
 もちろんそれでは通れない。ミーシカとエマはソリから降り、手前の門を叩いて呼ばわった。

「おーい、開けてくれよー!」

「すいませーん、開けてくださーい」

 警笛の音が響いた。
 門についていた小窓が開き、人相の悪い親父が顔を出す。

「うるせえ、失せろ! 日の入りから日の出まで通行禁止だ! 張り紙が出てるだろうが!」

 ガー介は目を光らせ、門のあちこちを小さく照らした。
 確かに端の方に張り紙がしてある。

「明日出直してこい!」

 小窓がバタンと勢いよく閉まる。
 腹を立てたミーシカが扉を蹴り、エマの手を引いて、ソリのところに戻っていく。
 川は凍っている。橋など使わなくても、そこを通って行けばいいと思ったのだ。
 その手綱をトビーが押さえた。

「待って! あれ…あそこ!」

 よく見れば向こうの岸辺には、川に沿った柵が作られていた。
 そこを逍遥している人影が複数。銃だか弓だか、とにかく何か武器らしきものを身に帯びている。
 ケインが弓を構えたまま、小声で促す。

「一旦下がろう。射程距離に入ってるぞ、多分な」





■参加者一覧
鈴木 透子(ia5664
13歳・女・陰
レイア・アローネ(ia8454
23歳・女・サ
フィン・ファルスト(ib0979
19歳・女・騎
マルカ・アルフォレスタ(ib4596
15歳・女・騎
ユウキ=アルセイフ(ib6332
18歳・男・魔
アルバルク(ib6635
38歳・男・砂
八壁 伏路(ic0499
18歳・男・吟
サライ・バトゥール(ic1447
12歳・男・シ


■リプレイ本文

「ごきげんよう。また明日」

「また明日」

 ジェレゾ城北学園の前で級友たちと別れたマルカ・アルフォレスタ(ib4596)は、バルト工房に立ち寄った。アーマーの定期点検を頼もうと思って。

「ごめんくださいまし」

 店に入ってみればがらんとしていた。数名の職人しかいない。

「あのもし、皆様お休みされているのですか?」

「あー、違うんだよ。出張に行っているんだ。ババロア侯とおっしゃる方から、至急領地まで来てほしいと言われてね」

(…ババロア侯?)

 その名についてなら兄から聞いた覚えがある。
 公金関係の不祥事を起こし、極北の地アバシリー島へ左遷されたとかなんとか。

「アバシリーは遠いですのに大変ですわね」

「いや? アバシリーなんてところじゃないよ。北海の沿岸地帯で…」



「夜間通行禁止だと? そんな話は聞いていないぞ! 領主の方針か!」

 レイア・アローネ(ia8454)が幾ら声を張り上げても無駄だった。門は開こうとしない。
 ユウキ=アルセイフ(ib6332)は肩を落とした。

「困ったね…、ココを通らなかったら、目的の街に辿り着けないんだよね…」

 相棒の龍に乗って移動すれば良かったと思っても、神楽の都で留守番させている。加えて今の時間では精霊門も使えない。

「どうしようもないね…」

 彼はレイアとともに、一旦門から引き返す。そこには同じく門前払を食わされた人々がいた。
 ソリの上でミーシカがじたじたしている。

「もういい、あんな奴らに炭は売ってやんねえ!」

 なだめているのがケインだ。

「落ち着け、短気を起こすな。炭を売って帰るのが今回の仕事だ。それをないがしろには出来んだろ」

 ミーシカたちのソリに同乗していた八壁 伏路(ic0499)はコートの袖に両手を突っ込み、サライ(ic1447)相手に愚痴る。

「ジルベリアの気候なら閉門時間の方が長いであろうな」

「でしょうね。何時から何時までというならともかく、日の出日の入りときては…」

 アルバルク(ib6635)がタバコをふかす。

(皇帝領で、あるはずのないことが起きてるってなあ……こういうアヤシイ奴らがいるから仕事には困らねえな…)

 門の閉め切り、過剰な警備。こんな田舎に不釣り合いな物々しさ。

(夜間の出入りを禁じてるってのは、俺のやり方で言えば、表向き怪しまれない程度に往来はさせといて、侵入を防ぐ以上に出したくない奴を出さないようにするための手口なんだが…)

 フィン・ファルスト(ib0979)と鈴木 透子(ia5664)が場に現れたのは、ちょうどそのときだった。

「あれっ、ミーシカさんたちじゃないですか。お久しぶりです」

 ソリに近づきお辞儀した透子は、伏路の膝上に風変わりな土偶がいるのを見た。
 懐かしさに思わず抱き上げ、握手する。

「ガー介さんもお久しぶりです。どうしてここに?」

「ガーガ」

 そのガー介に物珍しげな目を向けてから、フィンが尋ねる。

「あなた達、こんな所でどうしたの? と言うか、あの門は? あたしが前に来たときは、あんなものなかったんだけど…」



「ババロア侯爵領を任された執政? 確か財務関係の役所にいた…名前はそう、オランド・ヘンリーだったか……どうしてそんなことを聞くんだい、マルカ」

「実は本日…」

 工房での一件を手短に説明したマルカに、兄が少し驚いたような顔を見せた。

「それは妙な話だね。間違いなくババロア侯の名前を使っていたのかい?」

「ええ、そうです。しかもババロア侯爵の領地だったところに呼ばれたのだそうです。ババロア候が勝手に戻っていても、執政として派遣された方が候を騙っていても、どちらにしても問題ではありませんか?」



「まあ聞いてくれ。さっきは私も言い過ぎた。しかしどうしても早くこの領内に入らねばならんのだ…ただでとは言わないから…だめか?」

 袖の下を念頭に再度門番に挑戦したレイアだったが、結果は不首尾。
 アルバルクとサライが設営した仮設テントの所まで引き返してくる。

「駄目だな、規則だからどうあっても通せないの一点張りだ」

 レイネの次に門へ赴いたユウキは、疑問をぶつける。

「どうして通行に制限を掛けているんです。皇帝からのお達しでもあったんですか?」

「あったんだろうよ。現実に執政様からこうしろという命令が出ているんだからな」

「…何の為に?」

「もちろん見張るためよ。全く最近は油断ならねえ。アヤカシも何に化けてくるかわからねえからな」

 一体それは何のことか。
 聞き返そうとした途端後ろの門が開き、複数の声が上がった。

「黙らんかいビル! あれこれくっちゃべるのが許されてねえぐらいわかってるだろうが!」

「上の耳に入れば、俺たち全員罰を食うだぞ!」

 ビル、と呼ばれた男はどなり返す。

「ここにいる誰かが触れて回らにゃ、向こうの耳にも入らねえはずだがな!」



「倉庫の鍵開け?」

 聞き返す伏路にガー介は、上体を倒して頷き、ガーガー声で説明した。
 一週間前店にお金を持って来たのは、いかにも使者といった感じの、身なりがいい人。
 仕事内容は城にある倉庫の鍵を開けてくれというもの。
 何でも特殊なからくりがしてあって、専門家でなければ開閉出来そうもないのだという。
 いつまでと期限は特に言っていなかった。鍵を開けたら帰っていいということだった。

(…ますます話があやしくなってきおった。流氷なぞどうでもよくなってきたのう)

 手を擦り合わせた伏路は、ガー介にブレスレットベルを渡す。

「潜入するなら使ってくれ。これを持つと、よりおもちゃに見えるでな。ここを押さえておったら音は鳴らん…さて、わしは風邪をひかん内に引き返す。ミーシカ殿らもいかがかな? 予定がないなら体を休める方がいいぞ」



 透子は、フィンから全身墨を塗られて真っ黒になったガー介に、心配そうな眼差しを向ける。
 ガー介によれば『自分は手伝いとして一緒に行くことになったので、正式には名簿に入ってなかったはず』だそうだが…用心しておくにこしたことはない。

「フィンさん、ガー介に工房の名前を書くのは止めておきませんか? 見つかったとき、かえって注意を引いてしまうかも知れませんから…」

 会話の途中でこってりした匂い。
 サライがテント近くでシチューを作っているのだ。
 彼は大鍋から容器によそい、まず仲間内に配る。

「皆さん、どうぞ。あったかいですよ」

 口に入れても問題ない食べものだと門の向こう側に示してから、愛想よく呼びかける。

「門番さん、寒い中ご苦労様です。おすそ分け、どうですか?」



 宿を取った伏路は熱いスープと焼きたてのパンで腹を満たしながら、おかみに世間話を持ちかける。

「いやはや、難儀しましたぞ。まさか門が出来ていようとは思わんかったのでなあ」

「でしょうねえ。あたしらも不便してますよ」

 ミーシカはスープに入ったニンジンを細かく砕き、エマに食べさせてやっている。
 ケインとトビーはそれをちょいちょい盗み見ながら、パンを齧っている。

「それはそれとしてかの地には、新しい執政が来られてますようで。どのような方ですかな?」

「ええと、オランドと言われましたか…ジェレゾでお役人をしておられたとか。とても真面目な方だそうですが…」

「何か気になることでも?」

「いいえ、気になるというか、ちょっと変わった話というか」

 お喋り好きなおかみは、確かにちょっと変わった話を披露した。

「いえね。あたしも又聞きなんですけど、何でも執政様がお国入りされた翌日、また執政様が来たそうなんですよ――何から何まで一緒な姿の。片方はアヤカシが化けてたんだそうでね、早々に退治されたとか」

「…どっちが偽物だったのですかな? 先に来た方? 後に来た方?」

「さあ、そこまではなんとも」



 オランド・ヘンリー/男/32/平民出身/独身/ジルベリア大学を卒業した後、財務官に就職。勤務態度良好。無遅刻無欠席。こつこつ大過なく勤め上げ着実に官位を上げ、この度周囲の推薦を得、執政に就任した。
 仕事ぶりは至って真面目。悪い噂が立ったことはない。

「特に怪しいところはございませんわね…」

 役所での調査を終えたマルカは、想像していた人物像とのずれに首を傾げる。
 果たしてこんな人がババロア候の名を語ったりするだろうか。

(とすると、ババロア侯の方に問題が?)

 しかし、アバシリーは北海の彼方。海が氷で埋められる時期には一部陸続きになりはするのだが…だからといって気ままに抜け出せるものかどうか。距離はあるし、環境は厳しい。

(そのあたりに住んでいる部族ならともかくも…)

 とはいえ彼の現動向について、いまいちはっきりしない。
 つてを頼ってあちこちに聞いてみても、これぞという答えは得られなかった。
 …でも考えてみれば当たり前かもしれない。アバシリーまで手間と時間をかけ危険を冒し親しくもない人を尋ねて行くなんて、普通誰もやらないだろう。



 夜にかすかな明るみがもたらされてきた。
 見張りも交替の時間。合図の鐘が鳴らされ夜番たちが引き上げて行く。昼番たちがやって来る。
 一晩かけ彼らとコミニュケーションをとったサライは、これまでに分かったことを整理した。

(門番と見張りは領内の人間。
 出身階層はそんなに高くない。百姓か町人。
 武器の扱いはそこそこうまい。
 ガー介が侵入する際注意をそらすため、フィンさんが強硬突入するふりをしたのだが、そのとき飛んできた銃弾はかなり正確だった。
 同じ目的でレイアさんとユウキさんが行った八百長乱闘に飛んできた分も。
 門を作った理由についていうと、アヤカシを想定している…らしい)

 思案は急な銃声によって遮られる。

「おい、どうした!」

「通用門のところうろうろしてたのがいたんだ」

「何、どこ行った」

 見張りたちのさざめきに耳をすませる透子は、新雪で顔を洗うアルバルクに話しかける。

「伏路さんでしょうか」

「多分な」

 フィンは事前に作っていた穴へ昨晩使った装備を隠し、仮面とコートを身につけた。以前依頼でこの地を訪れた関係上、顔を覚えられている危険性がなくもなかったからだ。一般人はともかくババロア侯の関係筋からは、十分恨まれている可能性がある。

 最初の陽光が山の端から差してきた。

 レイアとユウキは先に門のところまで行ったが、昨晩の騒ぎを警戒されたか、集中的に職務質問をされた。
 遅れてミーシカたちのソリが来る。皆眠たげな様子だ――何食わぬ顔で、アブヤドゥを脱いだ伏路が同乗している。



 門の内側に入っても侘しげな冬景色。
 6人乗りのソリが行く。

「くそっ、何で待たされた上に通行料とか言われんだよ」

「よいではないか。全員の通行料、わしの手持ち品だけでいいということになったしな。いやまあ、アルバルク殿やサライ殿もヴォトカを提出しはしたが。ああ、礼はいらん」

「恵んでもらういわれはないぞ」

「そうふくれるなミーシカ殿。恩を売るのは嫌いではないのだ、気の強いおなごもな」

「はぁ?」

 ミーシカと伏路の会話を楽しく聞いていたアルバルクは、嘴を挟む。

「おごるって男が言い出したら、素直におごらせてやんな。下心込みでも」

「駄目だ。私にはこいつがいる。諦めろ」

 ミーシカは横にいたエマをギュッと抱き締める。
 慣れているのかケインとトビーは何も言わず、御者として背を向けたまま。

「案ずるな、わしもそこまで多くは望まん。後で手料理でも食わせてくれ」

 町に至るまでの道筋一行は、黒い腕章をつけた妙な連中が、3〜10人程の単位であちこちうろうろしているのを見かけた。
 市場にもそれらがいた。徒党を組んでぶらついている。
 アルバルクは炭を売り始めた少年少女から離れ、他の商人らに尋ねて回る。あれは一体何かと。
 よそから来た人間という気安さからか、皆声を潜め教えてくれた。

「あれは保安隊ですがな」

「なんだいそりゃ」

「あっちこっちに顔出して嗅ぎ回っちゃ、お上に告げ口する奴らでがす」

「…ここには前からああいうの、いるのかい」

「いいえ、侯爵が追い出されなすってからで。治安維持のためだそうですが、正直かなわんですわ。大きな声では言えませんが、商売の邪魔ですよ。何を話していただのなんだの、ああだこうだ聞き回るんですからな」

 目線で保安隊を追っていた商人の1人が、顎をしゃくった。

「ほーら、あんたさんとこにも来ましたぞ」

 炭売り一行のところに数人が近づいて行く。
 アルバルクは急いでそちらに戻った。ミーシカが早くも声を荒げ始めていたので。
 しかし彼が行き着くより先にサライが割って入った。
 たおやかに礼をして一曲演舞。芸人らしいやり方で、対峙者を煙に巻く。



「ガー介くん、ガー介くん」

 門から入ったフィンは周囲に気を配りながら、第一潜入者を探す。
 『門を出て最初にある一般住宅』が待ち合わせ場所だ。
 陰気臭い門番小屋と見張りの詰め所を通り過ぎてしばらく、ほそぼそ煙突から煙を上げている農家を発見した。
 周囲に誰もいないのを確認し近づくと、鈴の音色。
 家の周囲を取り囲む薪の山に近づく。
 ガー介が陰から顔を出した。
 急いで拾い上げ外套の下に隠し、道に戻って聞く。

「…大丈夫だった?」

「ガギ」

 そこから道々聞いた話は、以下の通りである。


 自分は柵の間から入り暗いところを選んで、そろそろ進んで行った。
 雪が上から随分降ってきて埋もれそうになったので、ひとまず小降りになるまで詰め所の陰で休んでいたのだが、そのとき中で交わされている会話を少し聞いた。こんなことを言っていた。
「ババロア侯が戻ってきとるちゅうが、結局なにしてなさるんだ。とんと姿も見えねえが」
「なんもしとらんじゃろ。別に…」
「…なあ、今いる執政様が本物なんだよな? 後から来たのが偽物で間違いなかっただよな?」



 技師の安否を確かめるためユウキとレイアを伴い、ババロア城まで来た透子であるが、彼らに会わせてはもらえなかった。仕事が終わるまで外部との接触はまかりならん、という理由で。
 だが殺されたりはしてないらしい。彼らの仕事が終わったときには連絡をしようと向こうから言ってきてくれた。
 もし殺しているなら「帰った」と突っぱねるだろう。
 完全には安心出来ないが、抱いていた不安は多少緩和された。
 しかし謎は膨らむばかり。

「倉庫って、なんの倉庫でしょう」

「城にあるというなら、ババロア候が引き継いだか作らせたかしたもののはずだな」

「そもそもババロア侯…帰ってきたらまずい立場なんじゃなかったかな…」

 ひとまず皆のところに戻り、意見を突き合わせてみた方がよさそうだ。



 執政について調べ得る限りの個人情報を仕入れたマルカは、旅装を整えながら、苦笑している兄に言う。

「気になるものは仕方ないのですわ」

「そうかい。ま、気をつけてお行きよ。またこの前みたいなことにならないとも限らないから」

「重々存じております。では行ってきますわ、お兄様」