あいつ【後編】
マスター名:KINUTA
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/11/15 23:41



■オープニング本文

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 ジェレゾの地下を走る下水道は、ここが都と定められる以前から作られ始めた。
 現在に至るまで改築を重ねられた結果大中小の水路が、蟻の巣のように絡み合っている。
 一条の光も射さない地下世界には、様々なものが蠢く。
 不潔さと暗さを好む虫、獣。
 地上から追い出された浮浪者、密かに闇を行き来する犯罪者。

 そして…そのどれにも当てはまらないもの。



「ご主人たまたち、下水道行くでちかー? 臭そうでちなー。ドブ鼠とかわんさかいそうでちー」

 いやそうに耳をぱたぱたさせるぶちもふら、スーちゃん。
 エリカは腕組みして軽く睨む。

「仕方ないでしょ。敵がそこにいるんだから」

「なんかこう、外まで引っ張り出せないのでちか? ロータスたま、いい案はないのでちか?」

 問いを受けてロータスは、肩をすくめクビを振る。

「一応考えたんですけど、反対されましてね」

「どんな案でち?」

「簡単ですよ。10歳以下の子を雇って使うんです。わざとアヤカシについていってもらって…向こうが食いついたところ抑えたらいいんじゃないかと」

「危ないでしょそんなの! 子供を守ろうって話なのに、子供巻き込んでどうすんのよ! 本末転倒でしょう!」



 暗渠。

 アヤカシ隙間女は、わだかまって何か食べているドブネズミ達の上を普通に歩いていく。
 なにしろ実体がないので、踏むこともない。ネズミ側もそれが分かっているのか、知らん顔をし食べ続けている。
 しかしそれが急に、バッとばらけ逃げ散った。
 隙間女は前方からひたひた歩いてきたものに目を向けた。
 ピエロだ。顔を真っ白に塗っているため、そこだけ浮き上がって見える。

『向こうで面白い催しをやっているよ。暇だったら、見に来てくれないかな?』

「…その鳴き声…いい加減バリエーションつけた方が…いいと思うわよ…?」

 彼女の意見をあまり聞いていないのだろう、ピエロは再度同じことを言った。カカカカという妙なきしみ音を交えて。
 ピエロの眼球がいきなり裏返る。
 周囲を真っ赤に塗った口からずるりと、毛むくじゃらの節足が出てきてわちゃわちゃ動く。
 隙間女は半眼になった。
 節足が向かってきた瞬間、壁を殴りつけるような重いラップ音を立て続けに響かせ、囲まれた空間に反響させる。長い髪がぶわりと持ち上がり、地面と壁が細かく振動し始める。

「あなた…私に…喧嘩売ってる…?」

 ピエロが尻ごみし、虫のような動きで飛び跳ね、天井にへばりついた。そして、用心深げにこそこそ引き返していく。

「間違いない…やっぱり馬鹿になってる…赤鼻さん…長の間…地下に引きこもり過ぎたかしらね…」

 隙間女はふと、どぶついた流れの向こうに顔を向けた。
 明かりだ。

「…開拓者…会うと面倒臭そう…」

 呟いた彼女は三センチくらいしかない壁の割れ目に入り込んでいき、場から姿を消す。





■参加者一覧
鈴木 透子(ia5664
13歳・女・陰
和奏(ia8807
17歳・男・志
ニーナ・サヴィン(ib0168
19歳・女・吟
マルカ・アルフォレスタ(ib4596
15歳・女・騎
霧雁(ib6739
30歳・男・シ
松戸 暗(ic0068
16歳・女・シ
多由羅(ic0271
20歳・女・サ
八壁 伏路(ic0499
18歳・男・吟


■リプレイ本文


 調査を終えての作戦会議。
 今回初参加の八壁 伏路(ic0499)が、同行者となる人々に挨拶をする。

「お嬢たっての依頼と聞いてやってき…ましたヨロシクオネガイシマス」

 和奏(ia8807)はテーブルに下水道の見取り図を広げる――役場水道管理の部署から借りてきたものだ。
 その横にニーナ・サヴィン(ib0168)が、劫光の作成した地図を置く。
 鈴木 透子(ia5664)は両者を見比べて言う。

「地図を借りるとき役所に聞き確かめました。商業地になる際、カッツェ通り一円の下水道は拡張工事がなされたそうです。もしかするとその刺激で、今回動きが活発化したのかも知れません」

 伏路が耳をほじりつ、ロータスにこう持ちかけた。

「とりあえず先に言うておくとだなロータス殿、今回はカッツェ通り一円の住民へ、避難勧告なり誘導なりしていただきたい。警邏も一緒だから安全だぞ」

「現場に行った時点で安全じゃないからお断り申し上げときます」

 マルカ・アルフォレスタ(ib4596)は眉をひそめる。

「マクシミリアン様たちは30年前、勇気を振り絞り戦かわれたのでございますよ? 大人が子供に負けてどうなされます」

「あれは勇気というより無謀です。とにかく僕は」

「その程度さえやらないなら荷物まとめて実家に帰って」

 エリカの一言でこの件は片付いた。
 刃物で削った『鍋木』のカスをふっと息で吹き飛ばし、霧雁(ib6739)が一人ごちる。

「これ以上犠牲者を出す訳にはいかぬでござるしなあ」

 松戸 暗(ic0068)は彼の手仕事に興味を示した。

「霧雁様、先程から何を作っておられるのです?」

「アンカーでござる。刺されば少しは足止めになるかと思ったのでござるよ。情報によれば、かなり素早く動くタイプのようでござるしな」

 多由羅(ic0271)は霧雁の近くにある人形に注目する。

「霧雁様、こちらの人形はなんです?」

「それは囮として使おうと思っているものでござる。服は知り合いの子供から両親の了解を得て借りてきたのでござるよ。風呂嫌いな子でござってな、その服を着たときは一週間体を洗っていなかったそうでござる」

 多由羅は抱き上げていた人形をさっと床に降ろした。
 こんなものにアヤカシはひっかかるのだろうか。だとしたら大馬鹿だ。
 思う彼女の前で、暗がすっと手を挙げる。

「その囮について提案があるのですが、よろしいですか?」

 一同が注目したところで彼女は、人差し指を立てる。

「霧雁様の策もそれなりに有効とは思いますが、食いつかせるためなら、まず本物で試してみるにしくはないかと」

「本物ってあんた、子供を使うのは駄目だって話になったでしょう?」

 怪訝そうなエリカに彼女は、ちっちと指を振る。

「勿論。ですが、子供に化けた開拓者を使う分には問題ないでしょう? 忍びの目からしてこの場でその任に堪える人材と言えば…マルカ様をおいて外にはないと思うのです」

「えっ!? わ、わたくしが!?」

「はい。マルカ様はこの中で最も幼く見えるかわいい顔立ちだと思いますのですよ。何よりかにより生粋のジルベリアっ子、敵の目に不審さを覚えさせないことでしょう…否、覚えさせないに決まっています!」



 カッツェ通りの商店は全て閉められ、固く鎧戸が降りている。

 分厚い手袋をしたつなぎ姿の下水局職員。

「この通りに通じる箇所を全て封鎖しました。そこにいた浮浪者たちには一時的退去を呼びかけましたのでね、とりあえずは別のところに移動したものと思います…」

 地上での待ち伏せを担当する伏路。

「警邏の手配も済んだぞ。ここ一帯のマンホールに、人員を配置しておる。霧雁殿のご提案通り、蓋の上にはもれなく重しを乗せておる。とりあえず開いているのはこの、隙間女が覗いていたという場所だけだ。くれぐれも地下で迷って間違えんようにの」

 彼らの言葉を背に残りの一行は、縦穴内のハシゴを伝い、地下へ降りていく。
 光の入らない密閉空間の暗さは、夜の暗さとまた別の代物。
 最深部まで降りてから松明をつけると、明かりが下水の流れに反射した。
 冷たく湿った臭気が充満し、足元はぬるりとしている。
 エリカは南瓜提灯を下げたマルカの顔をしげしげ眺め、吹き出す。

「確かに子供に見えなくもないわ、マルカ」

「エリカ様、笑わないでくださいまし。わたくしも恥ずかしいのですから」

 ニーナは足元を駆けて行ったネズミに、ひゃっと飛び上がる。

「大体こういう場所に生きてるから発想まで暗くなるのよ」

 と、まだ見ぬアヤカシをこき下ろしにかかる。
 霧雁と暗は周囲に目を走らせた。

「…近くにはいないようでござるな」

「そうですね」

 とはいえ「あいつ」にとってこの暗闇と迷路は家そのもの。姿を消し奇襲を掛けるのは簡単なこと。
 承知の上で進まねば。
 息を整え透子は、壁の表面を探る。アヤカシの痕跡はないものかと。
 そして壁および天井に、白い筋が幾筋も走っているのに気づく。

(あれは…なんだか…糸…?)

 両目をすがめる彼女に、和奏が話しかけた。

「ところで透子さん。隙間女というアヤカシは信用出来るのですか?」

「…そうですね。とりあえず…こういう事件は好きだと思います」

「変なアヤカシなのですね…」

 その時、壁を殴りつける音が立て続けに聞こえてきた。
 多由羅が『鬼神大王』の柄に手をかけ、息を詰める。
 狭い空間を乱反射してくる音は、どこから出てきたものなのか目当てがつけにくい。
 だが忍たちは正確に出所を読み取った。

「…どうやら、向こうでござるな」

「然り」



 マンホールの前で待ちの一手である伏路。
 警邏が封鎖しているので、周辺に人気はない。

「さて、奴は囮に食いつくかのう」

 嫌々場にいるロータスは、こめかみを掻く。

「そうですねえ…そこそこいけるんじゃないですかね。30年前も今もアヤカシは、引きずり込む相手以外の子にも姿見せちゃってますでしょ? 子供に火つけられるくらい注意力散漫なら、今回の策にもかかりますよ、多分」

「ふむ。まあ確かにそうだわな。しかし待ちっぱは寒いのう。焚き火せんか焚き火」

 伏路が膝を擦りながらぼやいたとき、マンホールの蓋の透き間からにゅううと白いものが出てきた。
 反射的に油樽へ手をかける伏路。彼を盾にするロータス。
 緊張は数秒で解けた。

「今日は…上も騒がしいわね…」

「ええい、こんなときに紛らわしい真似をするでない隙間女!」



 炎によって作られる影は大きくなり小さくなりして、あやしくゆらめく。
 先頭は囮役のマルカだ。彼女を守る形で暗は闇に忍び、歩調を併せている。
 その後から距離をとり、霧雁とニーナが歩いて行く。例の人形をあやすふりをしながら。
 
「…お手々叩いて歌いましょ 結んで開くはリラの花 実って落ちるはさくらんぼ かわいい嬢やはブランコを 大きく大きくこぎ過ぎて お空のかなたへ飛んでった…」

 ニーナの歌を耳に透子は、ぼんやりした光に照らされる天井を凝視した。
 確信はいよいよ深まる。

(やっぱり、あれは糸です…あちこちたくさんついてる…)

 触ってみてくっつくということはなかったので、罠をかけているのではなさそうだが。

(道しるべ、とか…?)

 思案しながら行くところ、待って、と耳元で声がした。
 和奏だ。
 手にした松明を伏せ気味にした彼は、自分と組んで最後尾にいる多由羅とエリカの足も止めさせる。
 下水道は曲がり角に差しかかっていた。
 その手前で、ニーナと霧雁が立ち止まっている。



「ほほう、あなたピエロと知り合いで?」

「ええ…顔見知り程度だけど…30年前は…もっと…話が出来たんだけどね…」

「アヤカシに馴染まんでくれ、ロータス殿」



 頭の両側に赤い飾り毛。鼻には赤くて丸いつけ鼻。
 ピエロは愛想よく抑揚のない声を響かせる。

『向こうで面白い催しをやっているよ、暇だったら、見に来てくれないかな?』

(完全に目が死んでますわね…)

 距離をとって対峙し、マルカが聞き返す。

「まあ、どんな催しですか?」

 ピエロは笑顔を浮かべたままで、全く同じ言葉を繰り返す。

『向こうで面白い催しをやっているよ、暇だったら、見に来てくれないかな?』

 やり取りによって一同は察する。相手にさほどの知能がないのだということを。
 マルカは口の中で騎士の誓約を唱える。
 佇んでいたピエロの目が、ぐるっと裏返った。
 口から毛だらけの節足が飛び出し、マルカに向かって伸びて行く。
 彼女は提灯を投げ付け、コートを翻した。『闇照の剣』が抜き放たれる。

「罪無き幼い命を奪う者よ、我がアルフォレスタ家の銘と誇りにかけて、この場で貴方を滅しますわ!」

 節足が切り落とされる。
 ピエロはシュッ、と息とも声ともつかないものを吐き、奇態な動きで場から跳ね上がる。
 暗も壁を蹴り宙に跳び上がり、『鴉丸』で一太刀浴びせる。
 革袋が裂けるような感触がした。

 シュッ!

 ピエロの体がいびつに膨れ上がり、弾け、別の何かが姿を現した。

「皆さんお力を…」

 透子が散開させた夜光虫の光で、全貌があらわになる。
 もぞもぞ蠢く毛の密集した長い足。くびれた小山のような体。小さな赤い複眼。
 大蜘蛛。

「…うわぁ…気色悪い…蜘蛛大ッ嫌い」

 ニーナはおぞましさを吹き飛ばそうと、『クーナハープ』を激しくかき鳴らし、仲間の支援に入った。
 人形を背中におぶい直した霧雁は、アンカーにした『鍋木』を蜘蛛の太りかえった体目がけ投げ付ける。

「…アヤカシ死すべし」

 蜘蛛は力を入れ抗う。
 和奏の『鬼神丸』が人をも切り裂く烈風を叩きつけた。
 粘った体液がにじみ出る。
 おぞましい顎が涎を滴らせガチガチ唸る。
 多由羅は『鬼神大王』を振りかざした。

「30年前の因縁、終わりにして差し上げましょう!」



「おい、どうでもいいが隙間女、マンホールからどかんか。邪魔になる」

「…実体無いけど私…」

「なくても見えるだけで気になるんだっつーの」



「せいっ!」

 透子が印を結び直したことにより、出現していた白壁が消えた。
 飛びつき乗り越えようとしていた蜘蛛は下水の流れに落ちた。
 汚水を撥ね散らかしながら急いで這い上がり、壁に張り付き逃げて行く。
 和奏はその前に回り『鬼神丸』で牽制、横道に入って行くのを防ぐ。

「トナカイさん以外にも「赤鼻さん」がいらっしゃるのですね!」

 背後から多由羅が挑発する。

「おやおや、その先は鉄格子が閉まっていますがね! 先ほど脱ぎ捨てたピエロの皮をかぶり直しますか!」

 その声色が、アヤカシの気を苛立たせる。
 蜘蛛が再び天井に張り付き、方向転換して敵に向かう。とびきり長い両前足の二本を振りかざして。
 多由羅は小さな頭の額目がけ刃を振り下ろした――上下逆なのであごから切る形になった。
 刃を打ち合わせた時のような響きと火花が散る。
 蜘蛛は悲鳴を上げたが、頭は中まで切り裂かれていなかった。刺みたいな剛毛を生やした足で多由羅を払いのける。
 彼女が下水の流れに落ちた直後、ニーナが重低音をぶつけ、動きを抑える。
 エリカが口の中目がけ剣を突っ込んだ。
 鋼が牙と牙の間に噛みこまれる。
 蜘蛛はそのままの状態で頭を振り回しエリカを落とした。
 上がる水音。
 マルカは叫ぶ。

「大丈夫ですか、多由羅様、エリカ様!」

「大丈夫です、臭いだけ!」

「後寒い!」

 その声に安堵しつ透子は、『罪業』を懐より取り出す。

「逃がしません」

 これまで死んで行った子供たちの苦しみ、その念。

「お返しします」

 ガラスを爪で掻く音を何倍にも増幅した如き鳴き声が、閉鎖空間に反響する。
 蜘蛛は泡を噴きのたうちぐるぐるその場で回ったかと思うと、一目散に走りだした。
 錯乱し外に逃げようとする。ハシゴを辿って。
 しかし開くはずの蓋が開かない。
 その理由も理解しないまま追い立てられるようにして、次から次に出口であった穴を探って行く。

「逃げてもまた私たちは来るわよ! これ以上子供を犠牲にするわけにはいかないの!」



 ぞりぞりぞりぞりという不吉な物音が近づいてくる。
 伏路は隙間女を乗せたまま、マンホールの蓋をずらした。
 大きな蜘蛛が3本ほど残った足を駆使し、上ってくる。

「おおおおお! タンマタンマ!」

 彼は穴の中目がけ氷咲契を叩きつけ、相手の出端を挫いた。
 栓を抜いた油樽を横にし注ぎ入れ、火花を投げ付ける。
 火だるまとなり猛り狂う蜘蛛は、その身に刺さったワイヤーを下から引っ張られた。

「行かせぬでござる!」

 暗闇に引きずり戻されて行く蜘蛛。
 断末魔の悲鳴が上る。
 脳天を貫くような声に地上の皆が耳を押さえる中、隙間女だけは平気な顔で穴を覗き込み、ゆらゆら手を振った。

「…グッバイ…赤鼻さん…」



 マルカと透子は「子供たち」への報告に赴く。

「…というわけで、アヤカシは滅しました。これもマクシミリアン様の日記があってこそですわ。誠にありがとうございました」

 マルカの言葉にマクシミリアン、ベック、ケティ――30年前の子供たち――は安堵の息を漏らす。
 マクシミリアンがマルカの手を取った。

「いや、本当にありがとう。これでようやく終われた」

 そこで言葉を切り彼は、自嘲を浮かべる。
 透子はその表情と次の言葉に、ある種の物悲しさを覚えた。

「やっと…子供を終われた気分だよ」



 ジェレゾの墓地。
 小さな墓たちに子守歌を聞かせていたニーナは、気配にふと振り向いた。
 伏路がいる。

「あなたもお墓参り?」

「うむ。柄でもないがの。先に被害者方々のご両親へ報告に行ってのう、アヤカシ打倒を伝えてきた。ついでに天儀のおもちゃを遺影に供えてきてな…楽しんでくれるかの」

 彼は懐から線香を出し、火をつけ、墓前に供える。

「ここのやり方ではないか知れんが、ま、ひとまず…」

 ニーナは微笑み腰を上げる。

「これから町の子供たちに、ピエロがいなくなったことを教えに行こうと思うんだけど、一緒にどう?」

「よいぞ。皆、夜中トイレに行けなくなっておろうからの。安心させてやろうぞ」

「ええ。それから知らない人に付いて行っちゃダメなことも、ちゃあんと言っておかないとね。全く、お菓子あげるとか楽しい事してあげるとか、甘い言葉を言う大人が一番怪しいんだから」

「まことよのう」



 霧雁はすすぎを終えた服をパンパンと広げ、物干しに干している。裸の人形と一緒に。

「それにしても頑固な汚れでござった」



 潰れそうな工房の塀と建物の間にある数センチの隙間。
 そこにアヤカシを見いだした多由羅は、まず礼を言う。

「隙間女様、今回は助かりました」

 隙間女はうとうとしているのか、目を半分閉じたまま答えてきた。

「…人間が礼とか…変な感じ…」

 多由羅は返答に苦笑する。

「…アヤカシは滅するのが私達の仕事なのですが…やりにくいですね。最も私の剣では斬る事も出来ませんが…ま、今回は礼を言っておきましょう」

 言い残して立ち去って行く。次の依頼を引き受けるために。