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■オープニング本文 前回のリプレイを見る スィーラ城。 北の獅子と名高いガラドルフ帝が住まう砦。華麗にして峻厳な、石と鉄の砦。 「陛下、機械ギルドからの嘆願書が届いております」 玉座にかけているガラドルフは差し出された書状を手に取りざっと目を通す。 書面に並んだ文字は特徴的だ。踊るようなくせがある。 「…これを書いたのは誰だ?」 「はい、例のプロジェクトに参加しているアル=カマルの博物学者です」 「ふむ…Xの調査を続行させろと?」 「はい。調査班と揉めに揉めたそうで。長のボスコイも認めざるを得なかったようです。いかがいたしましょう、陛下。あまりうるさいようなら解任させてもよろしいのですが。あれを軍に搬入することはもう決まっているのでして。案の定将校たちは、いい顔をいたしておりません。何故よそ者がジルベリア軍の方針に口を差し挟むのかと。そもそもXの価値はその戦闘力にあるのであって…」 話し続ける声を聞きながら大帝は目を閉じる。今し方読んだ文章を頭に思い浮かべて。 ―――――――― アスワッドの戦闘力を有効活用することを否定するものではありません。しかし、そのもたらす情報の価値を今一度思いやっていただきたいのです。 現在神代の時代に関する情報は、ほぼ天儀に独占された状態です。この世界がどこからきて、またどこに行くのか。それを知るのがかの国だけと言う現状は是正されるべきではないでしょうか。 過去の遺物は新技術を生み出す母体です。我々はそれを調べつくし理解する義務と責任があります。もしかするともう二度と手に入らないかもしれない資料を完全な形で保存するために、どうか今少しの猶予をくださいますようお願い致します。 私は思うのですが、アスワッドの力は強すぎます。陛下の威光の及ぶ地はおろか、その他の地からも恐れを持って見られることでしょう。 僭越ながらそれは長い目で見て、けしていい結果を生まない気がします。アヤカシだけに使うということでないのであれば―― ―――――――― ● 「で、どやったんや。陛下からの返答はどないやってん」 うずうず聞いてくるファティマにボスコイは、可能な限りの渋面を作った。 「‥‥説得力のある報告書を出せたら一月猶予を与えるとさ」 「いよしっ!」 間髪入れずガッツポーズをとった相手を、もう我慢出来ないとばかり怒鳴る。 「よし! じゃないだろお前…自分が今どんだけあちこちから睨まれてるか分かってんのか!?」 「分かってる。分かってるからはよ報告書作らなあかん。そこどいてあたしと皆を実験室に入れてや」 「分かってねえだろどう考えても! お前みたいなのをな、研究馬鹿と言うんだ研究馬鹿と!」 「馬鹿で結構や。あたしはあたしのやりたいようにさせてもらう。こんな奴を参加させたのが運のつきと思うてもらおやないの」 「…死ぬぞ本当に…」 「死なへんよ。あたし勘がいいねんで。その前に逃げるわ」 「どうだかな…」 |
■参加者一覧
鈴木 透子(ia5664)
13歳・女・陰
成田 光紀(ib1846)
19歳・男・陰
バロネーシュ・ロンコワ(ib6645)
41歳・女・魔
霧雁(ib6739)
30歳・男・シ
ラグナ・グラウシード(ib8459)
19歳・男・騎 |
■リプレイ本文 「さって…とぉ」 倉庫の重い扉を開けたファティマは、物言わぬ相手に呼びかけた。 「アスワッド、喜んでえな。ちっと猶予がいただけそうやで。あんたのために弁護してくれはる人も、こんだけおるさかいな。まあ大船とは言わんまでも、救命艇を見つけた程度には思うとってくれてもええで」 彼女の言動を成田 光紀(ib1846)は、呆れ半分感心半分で眺めている。 「本当にやりおったか…」 ボスコイとのやり取りを聞いた限りでは彼女、かなり危ない橋を渡っているようだ。 部外者からあれこれ意見されるのを片腹痛しと思う人間がいたって、なんの不思議もあるまい。むしろ自然な感情だ。 だが身辺の危険にまで言及される段階と来ては、なかなか深刻であろう。 彼女を煙たがっているのはこの技術班ではない。多分一段階上の人間だ。 (手続きに待ったをかけられたのが気に食わないか…断を下したのは皇帝だが、そちらに文句は言えんか…) つれづれなるまま推測した彼は、ふっと苦笑を浮かべる。 「よい、せいぜい夜道にでも気を付けるのだな」 「せやな。とりあえずつけられんようにはしとかんとな」 軽口を叩くファティマ。 しかしどうにも心もとないと、鈴木 透子(ia5664)は思うのである。年こそ幼いが、開拓者として何度も鉄火場を経験している彼女は、危険というものがいかなるものか、実感としてよく理解していたのだ。 (…なるべく一緒にいよう) 心ひそかにそう決め、前々からちょっと気になっていたところを確かめる。 「あの、ファティマさん」 「何や?」 「…アスワッドの再起動を決めたのは誰かわかりますか?」 ファティマは薄く笑い、ボスコイに横目を向けた。 「あたしも詳しいところは知らんけど、いっちゃん気にくわんのが軍の偉いさんやろね? 後はその関係者さんちゅうところかな――ま、とにかくどなたも大帝はんに何か言われたら逆らえん立場やよってに、気にせんでもええで」 ボスコイはと見れば、苦り切った表情だ。 「そりゃ大帝には逆らえんな。しかし陰でお前をどうこうすることは十分可能だろうよ」 「んもう、暗いこと言いなやボーちゃん。せっかく皆が盛り上がってるのに。どうこうさせる前に、報告書を上程出来ればええだけやんか」 霧雁(ib6739)はその言葉に、ふむ、と肯首する。 「攻撃は最大の防御と言うでござる。狙われているというのなら、狙う側に行動する暇を与えぬのが得策でござろう」 どれだけ自分が騒がれているかてんで頓着していないアスワッドは、本日もこれまでと寸分変わらぬものを見せ続けている。 「貴方は、おそらくは先史時代の生き証人。記憶を消すのは間違ってると思うでござる」 ラグナ・グラウシード(ib8459)は霧雁の言葉に、これまでの事柄を思い出した。 調査を進めれば進めるほど、正直どこに行きつくかさえ分からなくなってしまった。けれど。 「…」 アスワッドには危険性がある。 それ以前に、「失われた過去の遺物」である。価値の全貌もいまだ確かには見えてない。みだりに戦場に持ち出すなど、不毛と言わずして何と言おう。 「どうしても消すというなら、何もかもきちんと保存してからでないとな。未来を新しく作り出すことは可能だが、過去を新しく作り出すことは不可能なのだから」 「深いお言葉でござるなラグナさん」 何の気無しに口にした台詞に思いがけず称賛が寄せられたので、ラグナはちょっと照れた。ファティマが景気づけのつもりなのか、手拍子交じりに歌うような口調で言う。 「さあさ、ほなら早いところ課題をやっつけてしまお。さんざん啖呵切っといてモノがないんじゃ、納得されへんしな。紙もペンも、慣れへん人には筆も用意し取るさかい、いくらでも使うたって」 彼女はこれまでに溜め込まれた資料を集め、どさりと床に置く。その前に座り込み内容を再点検し、要約してまとめるのが、今回の仕事の大部分である。 気合を入れるため腕まくりにたすきがけをした透子は、そこではたと不安になってきた。 皇帝への報告書とは、一体どのように書けばいいものなのか、実はあまりよく知らない。雰囲気としては開拓者ギルドやお役所に提出する書類みたいなものだろうかとも思うが…故郷でのそれならまだしもここはジルベリア。書式とか決まり事とか異なるかもしれない。 「あの、ファティマさん。皇帝陛下への嘆願って、どういうふうにすればいいのでしょう。あたし、書いたことないです。」 資料をすさまじい早さで再読し始めているファティマは、顔を上げる時間も惜しいのか、そのままの姿勢で答えた。 「あ、それなら気にせんでええよ。まずは自分が一番書きやすいように書いてみてえな。まずいところあったら、あたしが後で修正したげるさかい」 光紀は白い紙面を前に宙を見据え、書き出しを考え中。 霧雁は正座し、すずりに墨をすっている。 「美しい文は美しい文字、美しい文字は精神統一から始まるのでござる」 ラグナはインク壷に羽ペンを突っ込み、早速始める。最初の文字は『アスワッド』だ。 紙に意味のある形を記すと弾みがつくもので、そこからはすらすら手が動いた。 『私たちがこの遺物を見つけた際の状況について既知のことであるとは言っても、記述が漏れていたりすることもあろうから、再度記しておく。場所はジルベリア北部アーバン渓谷の付近。周囲の木々は軒並み倒され、斜面に半ば突き立つような形をとっていた。この一つを取ってみても、明らかに墜落してきたものであると察せられよう。これまで一切この存在が、噂にも上っていなかった事実からするに、飛空船からも発見不可能であるような、高空からであると――』 自分の手が生み出して行く字面を追いながら彼は、一人ごちる。 「願わくば、今の私たちにはわからずとも…後世の誰かが…アスワッドに秘められた謎の記憶を解き明かしてくれれば」 ●鈴木 透子の嘆願書 あたしはこの度縁あってこのプロジェクトに参加しております者です。 特別な専門家でもなんでもありませんから、時折飛躍した論理を展開することもあるかと思いますが、どうかお見苦しき点はご寛恕くださいますようお願い申し上げます。 これは凄い発見です。アスワッドが記録している映像は古くは神代のころからのものです。数字や文字などについては、考古学者さんの手により、大いに解読が進みました。けして理解不能な代物ではないのです。 映像を年代順に並べることにも成功しました。その数は膨大なので、重要なものにだけ絞ります。 1『何かをこちらに向かって話しかける人』 2『雲間に浮いて行くような儀の姿』 3『無人のジルベリア』 4『緑豊かなアル=カマル』 以上となります。詳細は付属しているスケッチ画をご覧くださいませ。 『何かを話しかける人』彼らは一体何者なのでしょう。 『雲間に浮いて行くかのような儀の姿』は? あたしは、すべての儀は元は一つに繋がっていたのではと思っています。龍脈によって。だけれど長い年月を経るごとに力の片寄りが生まれ、現在のように分裂した――すなわち、天儀は移動するのではという気がしてなりません。あたしはこれを仮に「天儀移動説」と名付けました。 『無人のジルベリア』人が居ません。希儀と似ているのかもしれません(もっともこのジルベリアには、アヤカシの姿もありませんでした)。 そもそもジルベリア人は何処から来たのでしょう。これも謎だと思います。移住してきたというなら、一体どこから、どうやって。 最後に『緑のアル=カマル』これは聞いた事があります。本当だったんです。確か、カラクリが作られた年代と重なると思います。であれば、カラクリの謎を解く鍵になるかもしれません。 古い歴史は天儀王朝が、何かのわけで隠しているみたいです。だからこれは貴重な資料です。数字だけでなくて文字も解読できたら、もっと色々なことが分ります。 今の世界の成り立ちとアヤカシたちとは深い関わりがあるのだと思います。 生成姫が倒されたこと、島の一つが落下したこと、アスワッドの墜落。これらが重なったのは偶然でしょうか。狸穴において大アヤカシ炎羅が倒された際に現れた、巨大な指の意味は何なのか。 あたし達は、アヤカシや世界のことを良く知らないと大変なことになると思います。 ●成田 光紀の嘆願書 各開拓者の嘆願書でもすでに述べられていると思われるが、光線砲の安全面に関しての見解は、現時点では制御に余るに至る物であるとの認識を私は持っている。 その最たる原因は、発射の容易性にある。現状においては、触れることさえ適えばその誰彼を問わずして発射に至るものであり、悪意を持って触れる者があれば、その悪意を容易に実現せしめるのである。 ただし、恐らくは防衛機構の一部である外部からの衝撃に対応する形での発射と言う形態は、再起動により失われる可能性もあるが、推測の域を出ず、当該反応が失われた場合には新たな発射手順の研究が求められるものである。 現時点において尚、新たな発見が成されている現時点において、調査の継続は今後アスワッドの取り扱いを行うに当たっても、不利益を生じさせない為に必要であるかと思われる。 年代の特定が進み、かつて失われた巨神機。アル=カマルにて大アヤカシを打倒したオリジナルシップに準ずる可能性を持ち得るアスワッドの映像情報は、今後の学術の為、またアヤカシとの戦闘の為にも残すべき貴重な史料である。 軍への接収を完全に否定するものではないが、今一度調査の為の時間を頂きたく申し上げる所存である。 ●霧雁の嘆願書 アスワッドさんは記録されている映像から考えて、途方もない過去、神代の生き証人なのは間違いなく、他に代えがたい存在でござる。再起動し、その記憶を消し去るべきではないでござる。 また、山の形をも変えてしまう程の威力をもつ防衛機構に関しても、直接的な打撃以外に何かに反応する可能性はあり、常に暴走の危険があると考えられる。今まで何もなかったのは運が良かったのでござる。人知れぬ場所で厳重な警備のもと保管するがよいでござる。 ●ラグナ・グラウシードの嘆願書 アスワッドの光線により、渓谷の一峰は完全に吹き飛ばされていた。 現状存在するどんな武器を使用したとしても、あれだけの規模の崩落を一時に引き起こすのは不可能である。 よく考えてもらいたい。それがこの機体における力の最大値なのかどうかすら、まだはっきりしていないのだ。万一これまでに知られている何倍もの威力を持つ光線を出せるのだとしたら、事態はさらに憂慮すべきものとなる。 このジェレゾに運び込んでくる段階ではや、ただならぬ警戒を要した。 問題の第一は何かと言えば、刺激する側の意図がどうあろうが機械的に反応することである。山腹にあったとき、もし自分たちが駆けつける前に落石などあろうものならどうなっていたか、想像に難くない。 アスワッドをこの不安定な状態で戦線に投入するのは、危険である。攻撃を活かすべく確実に動かすための方法はいまだ不明であり、暴走すれば周囲に甚大な被害をもたらすだろう。アスワッドの持つ兵器をもっと研究し、アーマーの新装備と出来るような兵装を作るための礎とすべきだと思う。 単純に戦闘にアスワッドを持ち出し破壊されることとなれば、この天運がもたらした神器を無駄に葬ることになることを私は危惧する。オリジナルは保存し、アーマー強化のための兵器増産のため、もっと研究を進めるべきだ。 その一方、保存されている文字や画像群については、どのようかにして取り出すなり記録に残すなりして、後世の者が情報源とすることが可能なようにしておくべきであると思う――このジルベリアのみならず、他の儀にもつながる何らかのヒントとなりえるかもしれない。故に、文字の一覧、画像などをすべて紙に書きしるし、残すべきである。 ● 寄せられた嘆願書をすべて読み終えたガラドルフは、居並ぶ重臣たちの顔を眺めた。 軍、内務、外務のトップが集まっている。 「お前達の意見を述べてみよ」 下知に対して真っ先に応じたのが、胸一杯鈴なりの勲章をつけた軍人だった。 「このような意見真っ当に耳を傾けるべきものとは思えませぬ。このファティマとかいう女はともかくとして、他は皆開拓者、なんの肩書があるわけでもない市井のものどもではございませぬか。機械ギルドは引き渡しに前向きなのでございましょう? そも、これは陛下の名により始められた事業です。ならば即刻国に納めさせるべきです。昨今は各方面で、アヤカシどもが跳梁跋扈しております。もしこれに奴らが目をつけ強奪でもしようものなら、それこそ目も当てられません。もう十分研究とやらの時間は与えたはずです。この上手間を取らせるとはいささか僭越に過ぎるというものではありますまいか」 続いては内務高官だ。 「…しかし稚拙ではあっても、各意見に一理はあると思います。特に新しい武器の開発などは、試してみる価値が十分あるかと。我が国は機械技術で成り立っている国です。一層の技術革新がもたらされるかもしれない好機を見過ごすなど、いかにも勿体なきことかと」 軍高官が口を挟んでくる。 「そんなものは我が軍に接収してからでも、十分可能ではないか」 「軍の技術班は機械ギルドの技術班と比べると、練度において劣ります」 「そうならば機械ギルドから人間を呼べばよかろう。大体この嘆願書を企画したファティマ・バクルはアル=カマルの女だろう。何を腹に含んでいるやら。アスワッドについての情報を横流しするため時間稼ぎをしているということが、ないとも言い切れぬぞ」 「それはないでしょう。もしそんな気配が少しでもあるなら、すぐ分かるはずです。公安部もお飾りではありませんから」 「どうだかな」 微妙な空気が両者の間に流れるところで、外務高官が口を出す。 「…私は内務卿に同意します。といっても、理由は異なりますが…神代の時代の史料がこれだけまとまった形で出てくるなど、古今東西稀の稀でしょう。この機会を無駄にすべきではありません。嘆願書にありますとおり、目下この手の情報は天儀の独占状態といっても過言ではなし。我が国がそれを覆すとすれば――」 「くだらん。そんなもの、結局何の役にも立ってはおらぬのだろう。アヤカシが攻めてくるとき古ぼけた古文書が防いでくれるとでもいうのか」 小馬鹿にした軍高官の言葉を受け流した彼は、肩を竦めた。 「もちろんそれは無理でしょう。呪文の書ではありませんから。しかしこの世界の成り立ちと仕組みを解明出来る糸口になるなら――アヤカシなど恐るるに足らない存在となるかも知れないのですよ?」 全ての言葉を聞き終わった大帝は、間を置いて宣言した。 「アスワッドの接収を今少し遅らせよう」 |