【X】選択
マスター名:KINUTA
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: 普通
参加人数: 4人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/07/16 01:15



■オープニング本文

前回のリプレイを見る


 スィーラ城。
 広間の、回廊の、あるいは階段の片隅にて密やかに交わされているのは、現在機械ギルドの所有となっている謎の遺物についての囁き。
 目下解析が進んでいるらしいが、その情報は皇帝以下一部の高官にしか明らかにされていない。王宮に出入りしている人間であっても、市井に出回っているより多くのことを知っているものは、ほとんどいない。
 関係者一同に箝口令が敷かれているさなか、それでもぽつぽつと漏れてくる話に耳をそばだて、皆あれやこれや憶測をたくましくする。

「一瞬で山の形を変えるほどの攻撃力を持っているということだ。開拓者ギルドの筋から聞いた話によると」

「まあ恐ろしい…そんなものをこの帝都に運び込んで大丈夫でしょうか」

「どうやら兵器らしいぞ」

「機械ギルドが制御する方策を見つけたらしいが」

「陛下は、あの代物をどうなされるおつもりであろうな」

「むろん、王宮に献上させるおつもりだろう」

「軍に組み込むことが可能なら、それは大きな力になるぞ。対アヤカシにも効果は大きいだろうが、他国に対してもよい牽制材料となろう」

「まあ、殿方はいつもそういうお話ばかり。イヤですわねえ…私、実は兵器ではないという噂も耳にしましてよ。なんでも人間相手に話をするとか…」

「では精霊?」

「いや、カラクリだろう」

「はて。街に運び込まれてきたとき、人の姿はしておりませなんだが…」



 暗がりに浮かび上がる無数の窓の前、その奥にある黒い物体。
 堅い靴音を響かせ行ったり来たりするファティマの尻尾は揺れている。機嫌が悪い証拠だ。

「どうもあたしとしては納得しがたいんやけど。ほんまにこれを再起動させえいうんか?」

 ボスコイはそれを重々承知しているが故に、口調を押さえて言った。

「ああ、そうだ」

「今見えてるもん、全部パーになんで。ごっつ勿体ないやん。神代の時代のあれこれとか、もっと調べたい思わへんの?」

「それよりも現実の脅威の方が先ということだろうな」

「脅威? 脅威てなんやの。アヤカシかいな。でもこれそれ以外のもんにも使えそうやなー。大帝はん、いくさ好きやしなー。こわいなー」

「言っても詮無いことだろう」

「…わかっとるわ」

 むっと口を押し曲げたファティマは、物体Xーー「アスワッド」ーーに近づき、なめらかな冷たい表面を撫でた。

「ボーちゃんは別に不満ないんやな」

「そりゃ、俺は大帝からの命を受けてこの仕事をしているからな」

「はいはいせやった。当然のこと聞いてすんませんな」





■参加者一覧
鈴木 透子(ia5664
13歳・女・陰
成田 光紀(ib1846
19歳・男・陰
霧雁(ib6739
30歳・男・シ
ラグナ・グラウシード(ib8459
19歳・男・騎


■リプレイ本文

 X――アスワッドの機体に刻まれているのは数字。

 ラグナ・グラウシード(ib8459)はひんやりした物体の前にしゃがみこみ、背中の友たるぬいぐるみ『うさみたん』に呼びかける。

「何だろうな…なあ、うさみたん?」

 穏当に考えて数字というのは記録に使われるもの。年月日、番号、あるいは量数。それはこのアスワッド自身を示すものなのか。

(それとも別の何かなのか)

 彼が考えている場所から少し離れ、鈴木 透子(ia5664)は、映像を再度点検していた。もしかしてそれらにも数字が入り込んでいはしないかと。実際既に出てきていた表には、それぞれ数字が書き込まれていたのだからして、あっておかしくはない。
 幾度も画面を再生させ、変わり映えせず流れてくる文字以外にくまなく注意を向ける。
 一つの画面だけでは比較が難しいので、同時に二つの画面を見比べる。

(ええと、数字が出るなら多分同じところに…)

 目を皿にしていたところ動画の右側上方に、小さな点があるのを発見した。
 下手すると背景に紛れそうな目立たなさ。そこに指を置いてみれば、ぱっと半透明の文字――いや、数字が浮かび上がる。

(やっぱり!)

 はやる心を抑え彼女は、早速考古学者に聞いてみる。

「これは年月日とか通し番号とかではないでしょうか?」

「待て待て、今読んでみるでな…ええと、2・5・9・…1・5…」

 前回絵として記録したものの上に、読み上げられた数字を書き加えて行く。もし時系列的に並べることが可能であれば収穫となると期待して。

「正直、拙者の頭はおーばーひーと気味にござる」

 霧雁(ib6739)は熱心と言えない程度にゆるゆる窓を点検し歩き回っている。

「難しい事なぞ考えず、日がな一日昼寝をして過ごしていたいでござる」

 などとあくび交じりにぼやいた後、成田 光紀(ib1846)に話しかける。

「光紀さん、先程からずっとその窓を見ているでござるが、気になることでもあるのでござるか?」

「そうだな…とりあえずこのようなものが映っているということは、矢張り人間が作ったと見るべきか…と考えていてな」

 彼が指し示すところには、例の、何か言っている人間の姿があった。
 他が全部儀に関係したものを映しているのに、これだけが違う。
 彼らは一体どこの誰なのか。
 悩みながら別の窓に目を向ける。
 そこにあるのは、人気が全くないジルベリアの姿。

「資料によるとジェレゾの原型が作られたのは、およそ300年前のこと…良港であるからして、人自体はそれより前から住み着いていたとかなんとか…首府として正式に定められたのはベラリエースの統一がなってから…」

 とくればここにある姿は、ざっと見積もってもそれ以前。

「相当古いな…古代の遺物であるのなら、今は失われた希儀の姿も見られるか?」

 光紀の一人語りを邪魔せぬよう離れた霧雁は、アスワッドを撫でる。昼寝の際相棒にしてやるように。

「Xさん、あなたはどこから来たのでござるか」

 だが内心は外見ほど呑気にしていない。
 ここのとこ研究施設には、これまで見なかった人々が出入りしている。小耳に挟む会話、あるいは相手が持ち合わせている雰囲気から察するに、軍関係者であるらしい。

(…ボスコイさんとファティマさんも、朝からおられぬし…)

 忍びとしての嗅覚を働かせ何となしのきな臭さを思うところ、当の2人が戻ってきた。
 お互い微妙に距離を取っている――ファティマが離れているのだ。彼女は珍しく難しい顔。おふざけもやらない。

(おや、喧嘩でもしたでござろうか)

 原因が定かでないにしろご機嫌斜めなのは確かである。
 透子が声をかけた際はいつもの調子で、にはっと表情をゆるめはしたが。

「ファティマさん、来てください。ちょっとすごいかも知れないです」

「お、なんやの透子ちゃん」

「はい、それがですね。どうやらこの部分が通し番号とか、そういうものであるらしくて――」

 から始めた彼女の論調は、段々熱を帯びてくる。

「――この儀が浮かび上がっていく映像ですが、すごく気になります。私は前回の合戦から『それぞれの儀は龍脈で繋がっているのでは?』と何となく感じてます。元は一つのところで繋がっていた名残かもしれないと」

 聞いているファティマも乗ってきたと見え苛立ちを消し、体を乗り出してきた。

「ほう、面白い。今ある儀は、どれも本来一塊のもんやったちゅうんやね? それが長の歳月を経て分かれてきたと…天儀移動説とでも名付けるべきやろかねえ」

「はい、これはその証拠かしれません!」

 言い切った彼女に頷いたファティマは、ぱっとボスコイの方に顔を向けた。

「聞いたボーちゃん。アスワッドの存在によってやな、早くもこないに独創的な新説が生まれてるんやで」

「新説というか、単なる思いつきだろう」

 にべもないボスコイの言葉に、透子は軽く落ち込む。確かに言われた通りだったからだ。

「あんなー、全ての説は思いつきから始まるねんで。それが正しいかどうかありとあらゆる手を使い立証していくのが学術研究ちゅうもんやろ。ジルベリアは技術の進歩を何より貴ぶお国柄やなかったんかいな。学問の進歩無くして技術の進歩もありえへん思わへんか。今この段階で再起動とか、どんだけ筋肉脳やねんな」

「何度も言うがなファティマ、これは決まったことだ。お前は学者だから惜しいと思うのかもしれないが、現実的に考えるとしたら、軍の方が保管先として確かだろう」

「過去について知りたいとか、思わへんの」

「…さほどは。俺は現在目の前にあるものを相手するほうが好きでね」

「ほんまに職人やなボーちゃんは。でもな、もちょっと突っ込んで考えてみたってええんやない? アスワッドの記録はあらゆる儀全体の貴重な財産やろ。それを一国で勝手に処分してええんか? 加えてあんた、こないなもん軍に組み込んで、なんと戦う気やの――先々対象がアヤカシだけじゃすまへんようになるで。銃は持ったら撃ちたくなるもんやさかいな」

「あのな、お前はあくまでもこの件に対して部外者の立場だ。あまりうるさく言わんほうがいい。研究メンバーから外されるぞ」

「ほーん、そいつは脅しやろか?」

「単なる忠告だ。俺にはお前さんをどうこうする権限なぞないしな」

 不穏な空気にうろたえる透子。
 光紀が手のひらで膝を打つ。瞼を半分押し下げ、姿勢を変えずに言う。

「なんだ、なにやら愚かな判断をしている者がいるようだな。こやつは今なお得体の知れないモノであるからして、希望通りの働きをするとも限るまい」

 優先すべきは調査。確保すべきは己の好奇心への権益。その思いを胸に秘め、続ける。

「まだ叩けばいくらでも何やら出そうなものであるからな…ただの兵器として以上の価値を持つかもしれんのだぞ? 巨神機とやらと起源を同じくするものだとしたらどうするね。目先の事だけで判断するべきではない」

 ラグナが見たところボスコイは、特に心動かされる様子もなかった。この手のことに決定権があるのは彼ではないのだから当然かもしれないが。

「そんなこと、俺に言われてもな」

(軍か…あの光線の威力を知れば、すぐにでも使えるようにしたいというのは人情だろうが…)

 だが本当にそれでいいのか。あれは、ひょっとしたら別の大いなる何かを得る鍵かもしれないのに。大体今すぐ再起動することは相当リスキーではないか。
 そんな危機感の元、ラグナも会話に参加する。

「…まだ危険は去ったわけではないのに、そう急くこともなかろう。帝国軍に引き渡す前に、もっとよく調べるべきではないか? 私たちがこれをここに運んできたとき、それはもう細心の注意を払わねばならなかった。よしんば兵器にしたとしても、使い勝手は相当悪いぞ。下手すれば先に味方陣営を消滅させかねん。本当に兵器にしたいなら…『仕組み』を解明するべきだ、…アーマーなどに応用できるように…だから、そう急がずともよい。情報は再起動するときに『消える』らしい。だが、それは…木端微塵に吹き飛んで『消える』のかもしれんのだぞ?」

 ボスコイは反論を述べる。

「もちろん仕組みは解明されねばならん。が、これは今のところ一台きりしか見つかっていない。おまけにあの破壊力だ。解体してしまうことは危険で出来ん。それに、再起動して木っ端みじんというのはないかと思う。そうであれば『再起動』などと言わず、『危険』や『触れるな』という警告が出るはずだろう」

 霧雁はさりげなく周囲へ視線を走らせた。話がこう来ている以上監視の可能性が十分あったからだ。
 ファティマにこそっと近づき、声を潜めて話しかける。

「…アスワッドさんを素直にジルベリア帝国軍に引き渡すのが拙いのは、拙者にも分かるでござる。ファティマさんが仰る事は勿論にござる。さらに言えば、再起動して引き渡したとして果たして帝国軍が完全に制御できるのでござろうか、という懸念もござる」

 向こうもそのあたり了解しているのか、潜めた声で返してきた。

「今のままやとむつかし思うわ。やってアスワッド、たださえ傷み気味なんやで」

「なれば、下手に弄って暴走させた挙句多大な犠牲者を出し、内戦の引き金になるが如き展開は避けねばならぬでござるなあ」

 そこに透子も寄ってくる。まだ話しているボスコイたちの方を、ちらちら窺いつつ。

「あたしも、記録を消すのは反対です。何とかしたいです」



 通し番号が消えているものを除外し、既に見慣れているものを排除し突き合わせた結果、おおむねこういう流れであることが分かった。


『何か言っている人』→『雲間に浮いて行くかのような儀の姿』→『無人のジルベリア』
→『緑のアル=カマル』

 無人のジルベリアがはるか過ぎ去った過去、まではいい。その前が問題だ。儀が浮くというのも深く考えれば摂理に反している気はするが、人の方がよっぽど不可解である。
 数字が年代を表しているという前提が正しいとするならば、これはもう途方もなく昔。神代の時代や巨神機や神砂船を作ったのと、同一の人々ではないのか。

「今まで古い過去の記録は王朝とかに独占されていたように思います。何故かよくわからないのですが、秘密主義的に守られている印象で…」

 そこで言葉を切った透子は周囲を見回した。
 場所はファティマが所有する中型飛空艇の中である。機械ギルドでの調査作業の帰り、彼女が全員を呼んだのだ。ちょっと話の続きがしたいからと――秘密裏に。

「その真相が分かったとしたら、王朝は、隠したがるかもしれないです。ジルベリア皇室はわからないですが…」

 ファティマは耳の裏をかき、少し考える。それから霧雁に言う。

「…霧雁はんの出身は、あそこやったかな。王朝がやばそうな情報隠蔽しとるてほんまか?」

「まあ、大体あってそうでござるな。クリカラノカミから少々小耳に挟んだのでござるが…」

(朝廷は滅びを隠している)

 物騒な言葉を頭で反すうしながら、霧雁は言葉を継ぐ。

「…ひとまずアスワッドを預ける先としては適当ではないでござろうな」

 このまま放置すれば軍に接収されるのは時間の問題。ここは研究を続けて時間を稼ぎつつ、密かにアスワッドを運び出す算段をした方がいい。

「偽物を作ってすり替え、偽物は研究中に爆破し、暴走して跡形もなく吹き飛んだ事にする、とかどうでござろう」

 それには光紀が待ったをかけた。

「無理ではないか? 何しろあの大きさだ。ジェレゾから移動させる段階で絶対誰かが気づく。どうしても渡したくないなら物理的にでも不可能にするほうがよかろう。よく似た三角形の金属片でも作りすり替えて再起動出来ずとでも言ってみるのはどうだ――ばれでもしたらどうなるか知らんが」

「まー例外なく豚箱やろ。スィーラ肝入りでやってはるし。ちゅーかすり替えは無理やね。はめ込んだものへの拒絶反応起こすさかい、一発でバレるわ」

 ファティマの言葉に沈黙し、嘆息を宙に吐き出す。

「では正攻法か? それなら上に嘆願書でも叩きつけてくるのだな」

「そうやねー。ボーちゃん動く気全然ないし。まあ、ああいうとこ昔からやけどー。仕事人間やわー」

 投げやりな台詞と裏腹にファティマは、尖った歯を見せている。
 そこに宿る不穏当な意志を、霧雁もすぐ読み取った。

「帝国軍は多大な関心を寄せていると思うでござる…運び出すのであれば慎重に、隠密裏に事を運ばねばならないでござるな」

「せやね」

 透子が恐る恐る聞く。

「何かされるおつもりですか?」

「ひとまず搦め手かな。『あれはまだ調査の余地がある』ちゅーことをやな、説きに説こうかと…あんたらはどう思う?」

 一拍置いて透子の胸が、ぐっと張られた。

「アヤカシの関係は自分たちの領分とお師匠様に教わりました。アヤカシとこの世界の成り立ちは関わりが深いっぽいことと、ただ倒すだけだと良くないらしいこと。アスワッドは、それらを解決する手掛かりになるかもしれないです――世の役に立たせましょう」

 霧雁と光紀は肩をすくめる。

「止め立てはしないでござるよ」

「俺もだ。特にジルベリアに義理がある訳でもないしな」

 遅れてラグナも言った。長らくこのアスワッドにかかわってきて、少しずつ感じるようになってきた脅威を胸に。

「出来得るならば…その記録や技術を取り出した後は…」

 人の手から、アヤカシの手から、遠ざけるべきかもしれない…。



 その翌日。機械ギルドでは早速悶着が起きていた。

「おいファティマ…これは一体なんだ…」

 書類の束を手に問い詰めるボスコイにファティマは、ずれた眼鏡を治しながら答える。

「いや、試しに作った報告書」

「試しにだと!? お前これはアル=カマルの王宮への報告書だろう!」

「やってあの鍵アル=カマルから出たものやし、ほんなら少しは知る権利があるやろ」

「そんなことをしたら、向こうからスィーラに問い合わせが来ることは目に見えてるだろう!」

「なら説明したらええやん。あれは危険なものちゃうよって。破壊するだけの兵器やあらへんよって。アヤカシにしか使わへんしって」

「…お前、もし本気でこれをやるとしたらただではすまんぞ…お前は確かに他国者かも知れないが、皇帝の命によって行われているプロジェクトに参加しているんだ…十分処罰対象になるんだぞ…軽くても投獄懲役は免れんからな…場合によっては処刑までいかんとも限らんのだぞ…」

「ほうか。それはおっかないな…やめとこかな…」

 汗をかいて身震いした彼女であったが、どうもそれは演技だったらしい。直後ボスコイの耳を掴み返し、大声で吼えたからには。
 
「…あんたがあたしに、スィーラへ直接嘆願書を出す許可をくれるならな! その権限はあんたにあるんやろ! あたし知ってんねんで!」

「…っ…お前何するつもりだ!」

「もちろん、研究続行の猶予期間をもらうんや! こんな中途半端に切り上げとか、絶対ありえへんからな!」