【霞虎】卯月の雪女
マスター名:機月
シナリオ形態: シリーズ
危険
難易度: やや難
参加人数: 7人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/05/07 23:49



■オープニング本文

前回のリプレイを見る


 不寝番の西渦(iz0072)が出勤して最初に受けたのは、「花見で神隠しが起きた」という報告だった。知り合いとヌシが絡んでおり、何より自分も参加したかもしれなかった席の話と聞くと、直ちに現地に乗り込む手続きを始めた。
「ヌシは助かったのね? ‥‥なら、将虎(しょうこ)ちゃんも無事よ。大丈夫」
 精霊門に飛び込んで飛空船を仕立てる合間に連絡を取ると、現場に残っていた調(iz0121)と直接話をすることが出来た。それによれば、開拓者の捜索は日暮れまで続いたものの空振りに終わったこと。そして黒狼のヌシには外傷も無く、巫女と陰陽師の術により活力も回復したということが新たに分かった。
「ヌシが生きていたのだから、取り憑く類のアヤカシではないわね。精霊術にも陰陽術にも反応して無いから、ヌシに一部が残っている可能性も低い、と‥‥」
 良く分からないのは、頑健な獣から、か弱いお姫様に乗り移った理由だった。縄張りを離れたがらない習性が邪魔だった‥‥では弱い気がするが、ケモノに直接話を聞く事が出来ない以上、事情は想像してみるしかない。
「後は現場に着いてからか。って飛び出して来ちゃったけど、類似する報告が無いか、調べてからの方が良かったかしら」
 幸い、日中なら神楽の都で療養中の依頼調役が捕まるはずだった。慌しく幾つかの伝言を託すと、西渦は快速艇に乗って宗樹へ向かった。

 開拓者による捜索は数日間に渡ったが、何の進展も見せなかった。だが周辺の村落、特に灯実川に沿って、奇妙な噂が流れ始めていた。
「今年は随分、花の量が多いのかねぇ。辺りに桃も桜も無いのに、花びらが空を舞っているのを見たよ」
「お天道さんが照ってる最中、雪が降るのを見たよ。兎の嫁入りって言うんだっけか? それとも、例のお人が探してる『溶けない雪』って奴なのかねぇ」
「真っ白い女の子が、真夜中に出歩いてたんだよ。声を掛けたのに振り向きもしない」
「それ、俺も会った。肩越しに手を掛けようとしたらさ、ふっと消えちまって。‥‥考えてみたら、足元が透けてた気もする」
 アヤカシだったのかねぇ、とその村人たちは見合わせた顔を今更ながら真っ青にしている。
「普段なら、桃とか雪の精霊で済ませるんだけど。花びらでも雪でもないとしたら‥‥ 桃源郷の霞にしては随分杜撰よね」
 今の所瘴気による被害も出ていないが、それも含めて前回の件と符合が合いすぎる。そしてどうやら、灯実川を遡っているのは確実らしい。
「お姫様の事も考えると、山に入る前に何とか手を打ちたいところだけど‥‥ え、山徒(やまと)?」
 地図を辿った先の山岳地帯には、火を嫌うという言い伝えのある霊山の名が記されていた。


■参加者一覧
桔梗(ia0439
18歳・男・巫
趙 彩虹(ia8292
21歳・女・泰
和奏(ia8807
17歳・男・志
羽喰 琥珀(ib3263
12歳・男・志
久坂・紅太郎(ib3825
18歳・男・サ
十 砂魚(ib5408
16歳・女・砲
雹(ib6449
17歳・女・陰


■リプレイ本文

●再び臨む
「まずは宗樹に来るのね? なら‥‥ そうね。こっちはもう少し捜索続けるけど、明日に備えて早めに切り上げるわ」
 精霊門が開くまで、まだ数時間の猶予がある宵の口。西渦から、事態に進展は無いが奏生に中型飛空船の用意が出来たと伝えられた。あとは朋友連れ出しの件について、細かな確認だけで風信術は慌しく切られてしまう。
「足が確保できたのは有り難てえ話だよな、うん。こっちが取れる手も増えるんだし‥‥」
 腕を組みつつ感心したように頷いた久坂・紅太郎(ib3825)だったが。沈んだままの雰囲気に、大きく溜め息をついてみせた。
「おいおい、そこは違うだろ? しょぼくれてたんじゃ、折角の機会を台無しにしちまうんじゃないか?」
 何時に無く静かな羽喰 琥珀(ib3263)の頭を撫で回しながら、紅太郎は皆の顔に視線を向けた。
「その通り、ですね。必ず、必ず将虎殿を助け出すために‥‥ 出来うる限りの手を打ちましょう」
 項垂れていた趙 彩虹(ia8292)は、首を振ってから両手で頬を叩くと。傍を通り掛った職員を捕まえて、そのまま書庫へ引き摺って行く。
「ん、確かに。何もしないよりは、気になること。調べておいた方が良い、な」
 桔梗(ia0439)も何か思いついたように呟くと、彩虹を追って席を立つ。
「‥‥私の顔に泥を塗った落とし前、きっちり付けさせて貰いますの」
 十 砂魚(ib5408)の呟きに顔を上げた雹(ib6449)は、据わった視線を受けて落ち着かなさそうに、その尻尾を揺らしてしまう。
「雹さんは、何か気付いたことありませんの? 何も無い所に、幻なんて現れないと思いますの」
「その‥‥ 身体が消えるというのは、いささか妙に思います。ヌシ殿も姿を現された訳ですし‥‥」
 そう。実体があるのなら、手が無い訳ではない。それに山徒に入ることになったら、火の代わりとなる明かりも用意できる。
(「このまま、終わらせる訳にはいきません」)
 気落ちしている場合では無いと、己を奮い立たせると。雹と砂魚は互いの言い分について、検討を始めた。

 和奏(ia8807)が懐から取り出した紙束を広げたのは、精霊門を渡って飛空船に乗り移り、皆が一寝入りしておこうという時分だった。筆を執って幾つか書き込みをすると、そのまま静かにそれを見つめている。
「どうしたの、和奏? ‥‥何これ」
 上機嫌にそれを覗き込んだのは、和奏の相棒を自任する光華だった。大雑把に書き込まれた川や地名らしき単語を眺めたのも束の間。「徒歩」に括られた和奏の名を指差しながら、声音を低くした。和奏が光華に視線を向け、そのまましばらく見つめる。光華の気勢が削がれて、顔が赤らみ始める頃になってようやく。和奏はぽんと一つ手を打った。
「だって、光華は自分の肩に乗るでしょう? ‥‥荷車引くなんて無理だし」
 一瞬見え見えの態度で視線を逸らした光華だったが。続く言葉に本気で腹を立てた様子で、和奏がどんなに探しても宗樹に付くまで、決して姿を現さなかった。

●急行と聞込と
 将虎捜索の本命は「目撃情報のある夜間」で一致していたが、夜まで何もしないで待つというのも有り得なかった。
「俺はさー。‥‥やっぱり雪だか花だか分かんねーけど、そいつが向かってる山徒が気になるんだよなー」
「ん‥‥ そうだ、な。俺も、おかしな噂が無いのが、逆におかしい、と思う」
 宗樹に着いて西渦が集めた話を聞き終えると、琥珀と桔梗は駿龍の速さを活かして、まず山徒まで向かうことを主張した。空から雪が降る原因を探れれば良し、そうでなくても山の麓にある村へ直接足を運び、自分の目と耳で確かめてみたい。その上で夜を待ち、上流から探索を始める。
「私は‥‥ そうですね。確認しておきたいことがありますから、後から追うことにします」
 彩虹が筆と手帳を構えると、紅太郎と砂魚も調査に賛同する。
「やっぱり旅の商人、智里って言うんだっけか? 容姿に、扱ってる品。どっちも気になるんだよな」
「関係有るのか無いのか、分からない事が多すぎですの。まずはそこの辺り、きっちりさせますですの」
 雹が口を噤んで俯くと。やってられんとばかりに、呼びもしないのに出てきた管狐の氷澄が首を振っている。何度も自問はしたし、それに出来る事がなくなった訳ではない。
「身体の弱いお姫様なら、通る道筋も絞られると思います。自分はその辺りを聞いてから、山徒に向けて出発しようと思います」
「私もご同行させていただけますか?」
 和奏の後に、顔を上げた雹が透かさず続けると。露骨にがっかりする光華には済まないと思い、ぽかんと口を開けた氷澄を突くだけの余裕に。雹自身も少し、驚いてしまった。

(「ヌシが一日中寝ているっていうの、気にはなるけど‥‥ 無事で良かった、な」)
 祠の広場で丸くなっていた黒狼は、声を掛けると耳を動かし、気だるげそうではあったが身体を起こしてみせた。桔梗の桃の枝を譲ってもらえないかとの問い掛けには、ただ穏やかに、うずくまり直すだけだった。
「‥‥?」
 桔梗は不意に身震いを感じた。張り続けている結界に、相変わらず瘴気の反応は無い。だが出発前には霞んでいた山肌に、白いものが見え始めるのに気付いた。
「なあなあ、桔梗。あれって多分、普通の雪だよな? でもどーする、山に入って確かめよーか?」
 この辺りでさえ、確かに宗樹より緑は少ない。琥珀はそれ以上口に出さずに龍の首筋を撫でていたが、顔付きを神妙にしている。
「‥‥麓の村で話を聞いて決めよう、か。春の遅い山なら、まだ雪が残っていても変じゃないから、な」
 琥珀は何度か頷いてみせた。それは到底納得しているようには見えなかったし、桔梗も漠然とした不安は拭いきれなかった。

●木陰に何か
 額に汗を感じて、風が止んでいたことに気付いた。今まで気にならなかった日差しが、急に疎ましく感じられてくる。
(「少し川から離れたせいでしょうか。そろそろ一休みしても‥‥」)
 雹はそう思って驚き、もう一度良く見直してから、そっと隣を振り仰いだ。
「私の気のせいでしょうか。あの木陰に‥‥ 先程まで、何かありませんでしたか?」
 一抱えもありそうな幹の奥に見えた、角ばった木枠と木板。最初は腰掛けを期待したが、寂れた道筋に茶店がある訳も無く、そもそも煮炊きの気配も感じられない。でもあれは荷車か何かで、この辺りを行き来している人が休憩でもしているのかもしれない。
 そこまで考えた雹が、ほんの少し気を逸らした間に消えてしまったように思えたのだった。和奏を見遣ると、あの気位の高そうな人妖を、乗せていた肩から無造作に小脇に抱え直している。 ‥‥そしていつもなら、要領を得ない言葉に悪態の一つも返す管狐が、気付けば腕の中で寝息を立てていた。

 不意に景色が揺らめき、そして和奏が沈み込んだ。踏み込みと鞘走りは同時、それを追って片手で振り下ろされた刃が弧を描いた。それは地を砕く前に刃を返して跳ね上がり、そして宙の一点で止まる。刃先の一寸ほどが、何かに潜り込んでいた。それが欠けても折れてもいないことは、和奏の詰められたままの呼気が語っていた。
「突いては駄目です、和奏殿!」
 和奏は即座に人妖を後ろに放り投げると、両手で掴み直した刀に力を込めた。雹が逆さの人妖を掴み損ねる間に、和奏は刀を引きながらもその何かを切り上げ、雹の隣まで戻っていた。
 切り裂かれた空は、次第にその隙間を広げ始めた。そこから零れるのは、日差しに溶けもせず、地に降り続ける雪のようなもの。その一片を受けるたびに、生えていた草は唐突に鮮やかさを失い、干からび、ぼろぼろと崩れて雪に紛れてゆく。
 だが二人の目を奪ったのは、その先を歩く小さな人影だった。白い長着にすら映える、銀色の髪。その長さにも背格好にも見覚えがある、将虎に間違いなかった。ほんの数メートルほど先を進むそれは、聞いた通りに膝下が透けていた。
「将虎殿! 待ってください、将虎殿!」
 走り寄る和奏を追い越し、雹の符が飛んだ。次第に形を変えて広がり始めた符は、だが和奏の眼前でべたりと、何かに遮られてそれを絡み取ってしまった。一息で和奏がそれを切り裂くと、将虎の姿ごと粉々に砕け、そして雪と変わって視界を流れた。それが晴れると、人影はその数歩先を何事も無かったかのように歩いている。
「これは‥‥ この何かとの、根競べになりそうですね」
 和奏の物言いに、雹の肩からは力と一緒に緊張も抜け落ちた。不思議そうに見返されてしまうと、それ以上追求できないのは志方が無い、とも思う。
「私は将虎殿を狙い続けます。偽物は和奏殿にお任せすることになってしまいますが‥‥」
 こくりと頷く和奏は、既に次と定めた方向から目を逸らさない。雹は抱えていた相棒を出来る限り丁寧に地面に放ると。引き抜いた符を顔の前に立てて念じ、将虎の姿を写す何かに向かって呪を放った。

●幕は白くとも
「もうちょっと、こう‥‥ 何ていうんだろう、儚げな感じだったよね?」
 村の集会場の囲炉裏端。青年団の集まりとなれば、例によって例の如く。流石に昼前から酒は無かったが、串に刺された川魚がそろそろ焼き上がる頃。お茶請けに用意された野菜や果物の漬物も、自慢するだけの品々が並んでいた。
 それは確かに、と筆を取り直そうとしたところで、彩虹は我に返った。
「違います、将虎様は見たことあるんです、皆知っているんです! 私が知りたいのは、智里様っていう商人さんのことです!」
 神威人が好む厚司織を纏っていたというが、耳や尻尾があったかどうかは分からないらしい。その姿が将虎に似ていないか、将虎の人相を描き出したところで脱線してしまった。
「そうは言ってもなぁ。あれだろ、流し目の色っぽい姐さんだって」
「はぁ? 俺は全体くりっとした、可愛らしいお嬢さんだって聞いたぜ?」
「待てよ待てよ! 確かに美人だって聞いたけど、少し薹が立ってるの間違いだろ?」
 何が何だか分かりませんと、彩虹は大きなため息をついてしまった。人の話を聞けば聞くほど、煙に撒かれていく気配しか無い。
「さっきから聞いていれば、みんな人に聞いた話ばかりですの。直接会ったって方はいないんですの?」
 握り飯を持たされたという感じで、砂魚が戻ってきた。彩虹に盆から一つ手渡しながら、この辺りは平和みたいですのと首を振る。と、青年らは顔を見合わせ、互いを窺い始めた。
「俺は信の字から聞いたぜ。困ってる人の手助けがしてえって話でよ?」
「ああ、俺も俺も。‥‥そういや、信の奴は?」
「今朝は何か、そわそわしてやがったな。‥‥実は今頃、どっかで会ってるんじゃねえか?」
 冗談めかした笑いに紛れるように。集会場の裏手から、小さく乾いた音が聞こえた。

「邪魔するつもりはねえんだがよ。‥‥そいつはちょっと、やりすぎなんじゃねえかな」
 紅太郎は槍で自分の肩を叩きながら、のんびりと手に持っていた銃を放り投げた。ゆっくりと振り向いた女は、こくんと何かを小さく飲み下しながら紅太郎を見つめた。口元からかすかに零れたものが舐め取られ、唇の両端が吊り上がる。壁に背を預けていた男は、ずるりと滑って崩れた。
「行き成り人が消えたら、都合が悪くなるでしょう? だから、夢を見ていただくことにしているんです」
 たっぷりとした外套は、その縁に独特の文様が編まれていた。その丈も袖も、手足が隠れるほど長い。その上を腰まで流れるのは、緩く編んで一つにまとめられた銀糸の髪。ほんのりと上気した頬は肌の白さを際立たせ、そして赤く潤んだ瞳は、そのまま紅太郎から視線を逸らす力を、その意思ごと奪い取った。
「あら? あなた、もしかして。‥‥この辺りの方では、ないのかしら?」
 女は首を傾げると。最初は小さく不規則に、だが次第にはっきりと分かるほど。紅太郎に歩み寄りつつ、喉を鳴らし始めた。

 砂魚が銃眼から狙いをつけた先では、女が紅太郎の首筋に袂を伸ばしているところだった。くぐもった声は癇に障るが、会話までは聞き取れない。空に棚引いているはずの狼煙は、不思議と見えなかった。
 女が紅太郎の頤に袂を当てて、わずかに上を向かせた。窮屈そうにしながらも、二人はそれでも視線を逸らさない。不意に女の横顔に、それまでと違う笑みが浮かんだ。後ろから吹きぬけた風に、砂魚は背筋を震わせる。
(「気付かれてますの?!」)
 容赦無く女の頭を狙った砂魚の一撃は、もう片方の袂に遮られた。その死角に棍を撓らせた彩虹が飛び込み、紅太郎の口からも絞り出すような咆哮が迸る。
 わずかに傾けただけで銃身を構え直した砂魚の視界に、厚司織が広がった。彩虹と紅太郎をも覆ったそれは、だが直ぐにへなりと崩れ、そこを風に巻かれて空に舞った。後に残ったのは、寸前の姿勢のままの彩虹と紅太郎のみ。息を呑んだ砂魚が飛び出し、辺りの物陰を銃口をかざしながら素早く見渡す。わずかに揺らいだ景色の先に、何か黒いものが覗いたように見えた気がしたが。目の前にばさりと、影と一緒に着物が落ちてくると、その脇で紅太郎と彩虹も膝から崩れて倒れこんだ。しばらく警戒を続けた砂魚だったが、突然構えを解くと。そこで初めて慌てて紅太郎と彩虹に駆け寄り、二人に声を掛けて揺さぶり始めた。

●山徒にて
 琥珀がその人影を見つけると、傍らでまどろむ龍を叩き起こし、村の入口から飛び出していた。
「将虎じゃねーか! 大丈夫か、怪我してねーか?!」
 疲れ切った和奏の腕の中で将虎は返事もしないが、それでも浅い寝息をしているのは見て取れた。
「将虎さんを捕まえるので精一杯でした」
 言葉少なに応える和奏は、目を閉じて深々と息をはくと。何か言いかけて、ただ小さく首を振った。
「早く皆様と、合流した方が良いと思います。桔梗殿は? 彩虹殿はもう御到着していますか?」
 切迫した雹の言い様に。琥珀は幾つか分かったことを告げることも、雹に抱かれる人妖の機嫌悪さを聞くことも出来ないのだった。