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■オープニング本文 前回のリプレイを見る ●行動開始 梁山時代の山寨『白霞寨(はっかさい)』を学問所として再興する。その覚悟を固めた伊鈷(iz0122)と開拓者の一行ではあったが、志だけではどうにもならないことは世の中に多い。 「そうじゃのう‥‥ とりあえず十日もすれば、返事くらいあるじゃろう」 相談を受けた史禅(しぜん)は諸侯への取次ぎを快く請け負うと、早速書を認め使いを出した。 「風信術は便利じゃが、手続きを踏んだ方が早いということもあってな。‥‥何、融通がきく教え子が幾人か居るのじゃよ」 お主らも人の縁は大事にした方がええぞと、老人は小さな体を震わせて大笑いする。 「だからって、返事が来るまで何もしねえのもなぁ」 この辺で名産になりそうな焼き物とかねえのかと問われれば、伊鈷も史禅も首を横に振る。 「‥‥価値があるか分かんねえけど、多分その寨で焼かれた器ってのなら、家に幾つかあるぜ?」 だけどよ、と口を濁しながらも続けたのは、偶々その場にいた計名(けいな)だった。 「毒々しいくらいに真っ赤な器でさ、どうも俺は気に入らないんだよな」 白霞寨へ案内した土偶ゴーレム、錫箕(すずみ)が代々仕えている家であれば、まだ寨の窯が使われていた頃の器が残っていてもおかしくはない。 「なら私は‥‥ そうね、どれだけ生徒を集めることが出来るかを調べておこうかしら」 料理人、いえそれよりも、まずは調達できる食料の確認からかしらと呟く声には、俺も行こうと応えがあがる。 「人手があった方が良いだろうし、情報収集なら任せてほしい。だが、何をするにも村の長に筋を通しておいた方が良いだろうな」 方針が決まると、早速席を立つ一行。 「伊鈷、村長の家へはお前が案内しなさい。‥‥ほれ、計名は残るんじゃ。相談事があったから、こんな時分に来たんじゃろ?」 飛び出した伊鈷に続く一行の耳には、計名が切り出した『次の試験』という言葉が届きはしたが。外から伊鈷の呼ぶせっかちな声に顔を見合わせると、苦笑を浮かべつつそちらに向かうのだった。 ●使者の下山 錫箕が計名の元に戻ってきたのは、それから三日後のことだった。 「計名殿、伊鈷殿は何処ですかな?」 大小二つの樽を抱えて家に戻ってきた錫箕を、居間で書と格闘していた計名が怪訝な顔で迎えた。 「禅爺のところじゃねえかな。開拓者の奴らはこの辺りの歴史が気になるみたいだったし、伊鈷はそいつらに蹴鞠教えるんだって息巻いてたし」 天儀の鞠とかぬいぐるみは攻略し甲斐があると膨れて見せた、出掛けに立ち寄ったときの様子を思い出して苦笑いする。 「そうでござるか。‥‥某、すぐ戻らねばなりませぬ。伊鈷殿には計名殿から伝えてくださらんか? そしてその意味、よく考えてみてくだされ」 錫箕は必要な道具と掻い摘んだ説明を口頭で告げると。白霞寨でお待ちしておりますると結んで家を出た。 昼食時に顔を出した伊鈷は、湯気立つ丼から思わず顔を上げて計名を見入ってしまった。 「だから。『準備が出来たから、六開(ろっかい)を受けてくれ』だってよ。入寨に必要な試練だか儀式だか知らねえけど‥‥」 「ちょっと! 何それ、そんなの聞いてないし、聞いたことも無いよ!?」 思わず机に手を突いて立ち上がった伊鈷に対して、だから今話しているんじゃねえかと計名は平然と麺を啜る。 「ほれ、伸びない内に食っちまえよ。今日も会心の出来なんだから」 だってあんたが、と言い掛けた伊鈷ではあったが。まずは箸を置いて、倒してしまった椅子を起して座りなおすと。計名も呆れるくらいの勢いで丼を空にして見せた。 「大袈裟に言うなら『六つの誓目を開示する儀式』というところかの。人数を問わないというなら目的は選抜ではなく、顔合わせや披露の意味合いが強いんじゃろう」 計名を引き摺って飛び込んできた伊鈷の話を聞くと、史禅は真白い顎鬚を扱きつつ呟いた。 「尚更良いじゃねえか。さっさと行って、済ましてくれば‥‥」 史禅の視線を受けて、何かに気付いたように口を閉ざす計名。だが伊鈷はそれに気付かず、書き出した条件を睨みながら慎重に後を接ぐ。 「二人一組で当たるのが条件なのは良いとして、賽子とか弓とかって何に使うのよ。それに木の実?」 小さい方が良いのかな、それとも大きい方が? と伊鈷は首を傾げる。 「『各々方の得意な武器を含めて』と断っている以上、打ち合いもあるんじゃろうな。‥‥それがこの中の誓目に関連するとも思えんのじゃが」 『智忍厳礼信義』と組み分けに指定された文字を眺める史禅も、そのまま目を瞑って考え込んでしまった。 |
■参加者一覧
花脊 義忠(ia0776)
24歳・男・サ
深山 千草(ia0889)
28歳・女・志
皇 りょう(ia1673)
24歳・女・志
千古(ia9622)
18歳・女・巫
煉谷 耀(ib3229)
33歳・男・シ |
■リプレイ本文 ●試練の零 次瓶の村では、六開の出発に向けて準備が進められていた。 「これで一通り、道具は揃ったでしょうか」 千古(ia9622)が壁に貼られた一覧を見ながら呟けば、細々とした小物を丁寧に梱包していた深山 千草(ia0889)も手を止めて応える。 「そうね。弓は計名くんが使っているところだから、あとは木の実かしら。あら、史禅様?」 杖を突きつつ入ってきた史禅は、水場から聞こえてくる楽しげな声に目を細めつつ、二人に向かって小さな巾着を差し出す。 「準備は滞りなく進んでいるようじゃの。余裕があるなら、これも荷として入れておいてくれんかの」 気休め程度いはなると思うのじゃよと笑ってみせる史禅の言葉に首を傾げつつ、断る理由の無い二人はそれを受け取った。 「これは‥‥ どうやって食べるんですか?」 椰子の実を抱えた東湖(iz0073)が声を掛けた二人は、念のためと称して、用意した木の実各種の味見をしているところだった。伊鈷(iz0122)はその問いに良い音を立てて林檎に齧り付きつつ片手を差し出すが、同じく口に物を頬張っていた皇 りょう(ia1673)はそれを無言で押し留める。 「‥‥‥‥。うむ、季節外れにて一個しか手に入らなかった貴重な実ゆえ、これだけは味見という訳にはいかないからな」 りょうの言葉に頷いて見せた伊鈷はむぐむぐしたまま、椰子の実の天辺に数回、ぴんと伸ばした手を振るって当ててみせる。 「そうそう、中には果汁が溜まっていてな。鉈か何かで一端を削るように穴を開け、藁を差し込めばそのまま飲むことが出来る」 嬉しそうに頷き合う二人の様子に、思わず唾を飲み込む東湖であったが。 「うーん、シーマンズナイフで代わりになるのかな?」 困惑した仕草で口元に指を当ててはみたが、代わりになりそうな道具を探しに一旦水場を離れた。 庭先では、煉谷 耀(ib3229)が縄で網を編んでいた。その傍らでは木刀を肩に担いだ花脊 義忠(ia0776)が、庭の立ち木に向けて弓を構える計名を見つめている。即席の的には数本の矢が突き立っているが、構えを解いた計名の表情は冴えない。 「ふむ、筋は中々良いといったところか」 耀は感心して呟き、義忠も満足そうに頷いてみせる。計名が弓の扱いを教えてくれと頼み込んできたのは、ほんの数時間前。容赦ない義忠の指導は受けきったものの、計名は的に当たらず周りに散らばった矢の数々を苦々しく見つめていた。 「いいじゃねえか、目標が出来たと思えば。なーに、この分なら上達も早いだろうぜ」 俺の保証じゃ不満か、と背をどやしつけて大笑いする義忠に、仕方無さそうに苦笑する耀だった。 ●試練の一 一行は以前通った際に付けた目印を頼りに、滑りやすい足場に気を払いつつ、白霞寨への山道を慎重に進んでいた。だからそれに気付いたのは、そろそろ緊張感が解れてきた上に体力的余裕があり、そして初めて通る辺りの様子に興味を示し始めた計名だった。 「あれ‥‥ なあ、なんでこんな所に鳴子」 一行がそちらを向いた時には既に、縄に手を掛けてカランと鳴らして見せた計名が驚いて飛びずさった後だった。その奥から放たれた何かが東湖と史禅の目の前を通り過ぎ、そして霧の中へと消える。‥‥ぶつりと、縄を切る音を残して。 「任せろ、耀殿!」 急に軽くなった担ぎ棒を跳ね上げ、義忠は荒縄で作った駕籠から零れた大樽へと滑り込んだ。辛うじて突き出すことが出来たのは右手のみ。それでも渾身の気合いと共に縁を掴んでみせれば、それは不自然な傾きのまま、地に落ちる前にその動きを止める。だがもう一つ、鈍い木音を立てて弾む、小樽が宙を舞う。 前を向いていた分、初動が遅れたのは仕方が無い。それでも瞬時に気を通した足で地面を蹴り付け、落下点と思しき場所に耀が走りこんだ。 (「間に合うっ!」) 地面すれすれで縁に掛かる筈の手は、だがしかし空を切る。心積もりが外れた驚きと、樽の跳ねる音が聞こえない安堵に混乱しつつも耀が振り返ると。びっくりした様子のまま片足を突き出し、その甲で小樽を受け止めていた伊鈷と目が合ってしまうのだった。 「おや、随分ゆっくりとした道中だったようですな。途中、食事休みでも挟んできたのですかな?」 千古と東湖が用意していた、お握りにお茶という簡素な昼食を食べてきたのは確かだった。だが白霞寨の入り口で暢気に一行を迎えた錫箕を、伊鈷はじろりと睨みつけた。 「どういうことかな、錫箕。‥‥他に何か、言う事があるんじゃないの?」 思わず手というか足を出してしまった伊鈷は、最初こそ申し訳無さそうに落ち込んでいたものの。怪我人を出し兼ねなかった仕掛けに、徐々に怒りを募らせていた。逆に計名は落ち込む一方ではあったが、聞きたいことは同じだろう。 「全ては『六開』が終わってからでござる。このまま儀式を続けてもよろしいですかな?」 東湖や史禅の姿を認めるとわずかに表情を曇らせた錫箕だったが、それでも何事も無かったかのように先を促す。 「‥‥ただ待つのも辛いって奴だな」 結局一旦村まで戻って小樽を運び直した耀と、それに付いていった計名。義忠は二人を待っている間に告げた言葉を、伊鈷の頭に手を置きつつ再度口にしていた。 ●試練の二 白霞寨の門を潜った先には錫箕が均したらしい、ちょっとした更地が広がっていた。その他に見えるものと言えば相変わらず、雑草と雑木がそこかしこに生え、辛うじて奥へと続く石畳の道があるくらい。荷物を広げた一行が書面を差し出すと、恭しく受け取った錫箕が声に出してそれを確かめた。 「義忠殿、耀殿はお疲れ様でござった。他の方々で残りの試練に当たる訳ですな」 順番の指定が無いなら書いてある順で良いですかな、と皆を振り向いて問う錫箕。異論が出ないことに一つ頷くと、そのまま先を続けた。 「では。まずは器と賽子を用意してくだされ。どちらからでも構いませぬ、先に振られた賽子と同じ目を、後から振る方が一度で出してくだされ。同じ目が出なかった場合、先方から振り直しでござる」 ‥‥つまらん、と史禅がさも残念そうに呟くまで、しばらく沈黙が続いていた。 「わしはこの儀、降りさせていただくことにしよう。何、解決する術は持っておるのじゃがな、どうにもこれは相応しくないと思っての」 一旦預けた巾着から取り出したのは三つの賽子。それを適当に放って見せると、器の中で五のゾロ目を出して止まる。 「コツさえ掴めば、誰にでも扱えるじゃろう。これも荷として運んだものじゃ、わし以外が使っても問題なかろうが。‥‥それに意味があるのかのう?」 自分が辞退したことで、この試練を受けることになる千古と東湖に声を掛けると。史禅は静かに笑って身を引いた。 顔を見合わせた二人は、史禅の賽子は奥の手と意見を一致させたものの。別に用意しておいた賽子をその真っ赤な大皿に並べてから、まずは意見を出しつつ策を練り始めた。 「六面の賽子が三つですよね。出る可能性が有る目の数は、六掛ける六掛ける‥‥」 東湖は宙を睨みつつ暗算を始めたが、感慨深そうに赤い器を眺めていた錫箕がびくりと体を震わせるのを、千古は何とはなしに目に留めていた。 (「‥‥そういえば先ほどのお言葉。賽子の個数について指定がありましたでしょうか? それに、細工した史禅様の賽子を使ってはならないとは、言われていなかったような?」) 墨が乾くまで、少々時間が掛かったものの。全ての面の目が「六」となるように点を書き込んだ賽子を一個ずつ振り合い、千古と東湖は軽々と試練を乗り越えて見せたのだった。 ●試練の三 「次の試練は弓で木の実を射抜いていただくものでござる。ただし的となる木の実は、片方の人物が支えてくだされ」 それはある程度予想していた内容だったが、準備してきた道具を使っても構いませぬ、という注釈には一人を除いて驚いていた。 「包帯に巻いて上から垂らすとか、色々策は練れそうだが‥‥」 そこまで呟いた耀が、義忠に背を突かれて振り向くと。計名が何も言わずに林檎を掴み、広場の向こう端へ歩いていくところだった。 「大きさで言ったら椰子の実なんだろうけどさ。あんたらの腕なら大した違いは無いだろうし、なら刺さりやすい方が良いんじゃねえかと思ってよ」 口調こそいつもと変わりなかったが。計名は道具を一切使わず頭の上に組んだ手へ林檎を乗せ、そのまま静かに一行を見据えた。 「計名くんがそこまで信頼してくれるのなら‥‥ 私はそれに、きっちり応えるまでね」 緊張した面持ちを、ため息一つついて和らげると。千草は袂を取ってから弓を取り上げた。姿勢を正した礼から始まり、射法に従ってゆっくりと構えを作る間は、それを待つ計名に一番堪えたであろう。だが千草の一挙手一投足を見逃さないと決めいていたかのように、瞬き一つ身動ぎ一つせず、計名はその場に立ち続ける。 時間にすれば数十秒に過ぎない、だがその場の誰にとっても濃密な時間は、見事その矢を林檎の芯へと導いた。‥‥勢い余って粉々に砕かれた飛沫を、計名は全身で浴びてしまったものの。一行の歓声と何よりもったいないの大合唱に、その悪態はあっさりと黙殺されてしまったのだった。 ●試練の四 「さて、それでは最後の試練でござるな。お互いの得物を使って、相手に全力の打ち込みを披露してくだされ。振りも外れもなし、勿論手加減も無用でござる」 すっかり緩んでいた空気が、一瞬で凍りついた。 「‥‥錫箕殿。今、なんと申されたか?」 我が耳を疑い聞き返すりょうに、木刀とは良い準備ですな、と平然と頷き返す錫箕。 「おいおい、止めとけ。下手しなくても簡単に死ねるぞ?」 大体禅爺だって辞退したんだぜと茶化してみせた計名だが、伊鈷の思いつめた顔を見て思わず黙り込んでしまう。皆が息を潜める中、踵を返した伊鈷が大樽からブレスレット・ベルを取り出して身につけると、そのまま広場の真ん中へと歩を進める。平らとは言い難いが、何も無いところで何度も転びそうになる伊鈷。だが中央に達するとそこで足を止め、一瞬体を震わせた後、それを振り切って一行へと向き直る。 「参った。心底参ったな、これは‥‥」 伊鈷よりもよほど青い顔をしたりょうは、しばらくその場に立ち尽くしていた。手加減が儀式の意図を台無しにするのは分かる。そしてそれが自分のみならず、相手を侮辱する行為に他ならないとも、理屈では納得できるのだが。 「だ、大丈夫だよ、りょう。千古だっているんだし、その、あの‥‥」 りょうが迷ったのは、そこまでだった。目が合った千草からは、大丈夫よとにこやかな笑みを浮かべて木刀を手渡される。目で合図を受けた耀は、伊鈷の視線に入らぬ位置へそっと移動する。それを見届け、りょうはゆっくりと歩き始めた。何か言い出そうとした計名は、その口ごと義忠に押さえ込まれる。 ほんの数歩離れて向かい合うりょうと伊鈷。 「伊鈷殿。手首を合わせて、そう、そのまま頭の上で構えていてくれないか。怖いかもしれないが、目はつぶっていた方が良いだろう」 笑みを浮かべて告げるりょうの様子に、伊鈷は強張っていた肩の力を抜いて言う通りに構える。伊鈷が目を閉じたのを確かめると、りょうも静かに瞑目し、足の指まで確りと地を踏みしめ、木刀を上段に突き出して動きを止めた。極度の集中は場の空気を凍らせてゆくが、だが事態はそれを軽く凌駕する。構える得物は棒切れと大差ないはずなのに、抜き身の珠刀を越える精霊力が次第に集まり始め、その刀身を煌かせてゆく。 「天辰‥‥」 りょうちゃん本気なのねと、思わず呟いてしまう千草。その意味に気付いて息を詰まらせそうになった千古が、慌てて自分の口を押さえる。もがもが動く計名には、強力すら使って義忠が押し止め、耳元で小さく邪魔をするなと呟く始末。 (「‥‥っ!」) 全力に達した一撃に気合いをつぎ込み、目を見開いたりょうは、伊鈷のブレスレット・ベルのみを目掛けて一刀を振り下ろす。その一撃は轟音と共に地を穿ち土煙を巻き上げ、そして刀身をも粉々に吹き飛ばしていた。わずかに残った握りすら、少し遅れて開いた掌からぼろりと崩れて零れ落ちる。 「伊鈷さま!」 土煙に向かって駆け出す千古は、大事無い、と返ってきた耀の声に心底驚いた。 「えへへ。折角貰った千古に貰ったベル、壊れちゃったよ‥‥」 早駆で飛び込んだ耀を下敷きに、がくがく体を震わせながらではあったが。伊鈷は何とか笑みを浮かべて、一行に向かって返事をしてみせたのだった。 ●六開の儀 山肌に沿って佇む『雲龍舎』。前回立ち入りすら拒まれた一行は、立ち塞がった錫箕本人の先導で二階にある大広間へと招き入れられていた。初めこそ、百名ほどが入れそうな部屋の大きさに圧倒されていたのだが。皆の視線は一番奥の壁で鈍く光を放つ、一抱えもある巨大な宝珠に引き寄せられていた。誘われるように歩を進めれば、その左右には真新しい釘が数列打たれており、丁度そこに掛けられそうな大きさの木札が傍に置かれた机に積み上げられていた。 「某が最後に受けた『六開の儀』とは、この宝珠に『真摯に向き合える願いや誓いを掛ける』というものでござった」 呆気に取られる一行に、錫箕は古ぼけた石造りの札を差し出してみせた。表には【忠戟誓】、裏返した面には【再興迄預】と彫り込まれている。 「この白霞寨、元はといえば王朝に組する者が建てた由緒正しき砦。字(あざな)に『誓』を刻むのも、梁山湖に居を構えた『百八輝』に因んでのことでござる」 まだ事の次第を飲み込めない一行に向かって、錫箕は頭を下げて続けた。 「二重三重に見せていただいた皆様の誓目には感服いたしたでござる。ですが白霞寨の再興に古い儀式を強いたのは、紛う事無き某の我侭。しかも幾度となく皆様を危険に晒してしまいもうした」 悄然としたその様子に、しばらく困ったように顔を見合わせる一行だったが。悪い笑みを浮かべた伊鈷が錫箕から札を掴み取って差し出すと、同じ表情で受け取った計名がそれをぱきりと割ってみせた。 「叶った願はもう不要だろ? それに白霞寨に出入りするには『六開』が必要って、それで良いじゃねえか」 まあ、もう少し危なくない試験にする必要はあるだろうけどな、と問われた一行は。誰一人異論を挟むことなく、笑い声を上げてそれを認めたのだった。 再び掛けられた札は十枚に満たぬ、しかも小さな木片ではあったが。字は各々が示した六開に相応しく、そこに裏書した誓いは真摯な願いそのもの。固めの杯に笑いが零れる一幕こそあったものの、新たな証は立てられ、確かに寨は再び開かれたのだった。 |