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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 脱出すべく西棟の屋上へと向かう開拓者達。 その高さからだと、黒沙に起こった異常が良く見える。 次々城壁外に集結していく軍と、これと対峙する軍があり、この軍の旗を見るなり幽遠は歓声を上げた。 「ははははは! やりやがった藪紫の奴! あそこから犬神動かすとか何やったんだあの野朗!」 両軍の数はほぼ同数。 後は指揮官と軍の実力で勝敗が分かれよう。 黒沙の軍は所謂常備軍であり、戦の為だけに集められ、常にその為の訓練を行なってきたもの。 サムライや志士を中心とした構成であり、シノビばかりの犬神軍と比して、殊に正面決戦となれば有利であると思われた。 だが、黒沙軍に動揺が走る。 まずは犬神軍の両脇に新たな軍勢が。 続いて、黒沙の街全てを包囲する布陣で、東、西、南側にも軍の姿が現れる。 これらの援軍は全て上忍四家の一角、北條の旗を掲げていたのだ。 八王の一人、フランツ・オットーはギルドとの交渉に確かな手応えを感じていた。 伊達男と呼ばれた抜け目無い彼は、もちろんギルド内で利害の重なる者を交渉相手に選んでおり、勝ち目も充分あっての事であった。 しかし、俄かに状況が変化する。 細かな条件を調整する段に至っていたはずが、ふと気がつけば供の者ごと周囲を屈強な兵に取り囲まれる始末。 「‥‥一体、どういうお話ですかな?」 鎧で完全武装した兵長は、せめてもの慈悲と事情を話してやる。 「黒沙は一両日中に陥落するとの事です。である以上、貴方と交渉していたという事実は、こちらに不利になるだけですので」 とても信じられる内容ではなかったが、フランツには言葉の真贋を確認する時間も与えられなかった。 八王のほとんどが失われ、残るは恨王、フランツ・オットー、そして新たに八王を継いだ魅優の三人のみとなる。 内、フランツは交渉の為外へと。 恨王は軍を率いており、街中を治めるべく人物は魅優のみ。 しかし、彼女は事ここに至っても動こうとはしなかった。 黒沙の街への思い入れも無いではないし、死ぬのもご免だと思ってもいた。 だが、黒沙の全てを背負うには、圧倒的なまでに責任感が欠如しており、状況をひっくり返すべく動くのも、面倒すぎてやる気が起きなかった。 そもそも風水が生前言っていた通り、黒沙の街の事を考えて動ける人間なぞ、黒沙の街にすら数える程しかいなかったのだ。 恐慌に駆られ、ああでもないこうでもないと騒ぐ部下を他所に、魅優は一言言い放つ。 「別に、好きにすればいいんじゃない?」 その場の数人は、魅優の首を手土産に生き残らんと彼女に襲い掛かる。 これを返り討ちにし、残る面々が退出した部屋で、魅優はぼへーっと天井を見上げる。 「何だかなぁ」 これだけの窮地にもまるで動こうとしない魅優に、無骸老時代からの宿臣も皆呆れ果て、独自に生カの道を模索し始める。 魅優はただ一人、玉座にて歌を歌っていた。 「こんなの魅優じゃない♪ こんなの魅優じゃない♪ こんなの魅優じゃない♪ ‥‥」 事ある毎に兄が口にしていた言葉を、魅優は何も映さぬ瞳のまま歌い続けていた。 炎邪は麗にしてやられた事を悟るも、別段これを責めようという気にはなれなかった。 いずれ奴がこの地に来ているのは確かなのだから、これと決着をつけ、後は風水と共に何処へなりと落ち延びれば良い話だ。 ふと、心がざわめく感覚を覚える。 「‥‥そうか。逝ったか風水」 どうやら、目的の一つは失われたらしい。 少しだけ、仇を取ってやろうかという気になったが、より以上に自らの欲求が勝った。 炎邪はふらりと建物に寄り、そこで、滅びを待つ黒沙を眺める事にした。 飛空船から降り立った宗次は、何時の間にやら連絡を取っていたらしい薮紫の考えを伝える。 曰く「北條の助力を得て犬神の里長も説得した。かき集めた戦力は黒沙の街全てを焼き滅ぼす為のもので、何時までもそこに居ては危険である。すぐに脱出せよ」だそうである。 施設に残った被験者達は、もう一方の開拓者達に脱出作戦を頼んであるとの事だ。 もし、どうしてもと言うのであればそちらの援護に向かうのもいいが、出来れば顧客リストを入手し即座に脱出してもらいたいらしい。 これは洗脳施設において最も価値のある物で、この去就如何によっては戦後かなりの量の血が流れかねないシロモノであると。 無論これは要請の範疇で、無理強いするつもりは無いとも言っていた。 六は花三札・野鹿(ib2292)が失われかけたという事でひどく動揺していた。 彼女が六を守ろうとするのと同じぐらい必死に野鹿の安全を確保せんとするも、そこで考えに詰まってしまう。 これまで共にあった仲間達も、黒沙の後輩達も、全て失われて欲しくないのだ。 重三の下より逃げ出した時、六の世界はとても狭いものだった。 それが皆と共にある事で、他人との関わりを知り、人としてのあり方を学び、自分以上に他人を大切に思えるようになって、六の世界は何処までも広がっていった。 そんな世界の全てを、六は守りたいと願ったのだ。 人としてごく自然な成り行きであるが、しかし、六を取り巻く環境の厳しさがこれを許さない。 六に出来る事は僅かしかなく、それを自覚した六は生まれて初めて深く苦悩する。 その姿は、十才の少女にはとても見えなかったが、人に操られ言われるがままに生きてきた人形にも見えなかった。 |
■参加者一覧
天津疾也(ia0019)
20歳・男・志
柳生 右京(ia0970)
25歳・男・サ
桐(ia1102)
14歳・男・巫
劉 厳靖(ia2423)
33歳・男・志
斎 朧(ia3446)
18歳・女・巫
真珠朗(ia3553)
27歳・男・泰
痕離(ia6954)
26歳・女・シ
狐火(ib0233)
22歳・男・シ |
■リプレイ本文 斎 朧(ia3446)が滅多に絶やす事のない笑みと共に語りかける。 「他の被験者の子らは別働隊が脱出させるそうですし、黒沙との戦いは張りきっている犬神と北條がしてくださいます」 見るからに不満そうなのは正面に立つ六だ。 「何か出来ないか、何もできないのか‥‥六さん、貴女は重三から逃げて人身売買を知らせ、黒沙の活動を潰すきっかけを作りました、大金星です」 でもと言い出したいのだが、すぐに朧は言葉を紡ぐ。 「貴女の歳なら何もできないのが普通なのですよ。その悔しさをバネに、できない事を出来るようになった‥‥そういう大人達が、この場にいるのです」 反論は先回りして封じられた。 「だから今あなたに出来る事があるとするなら、何かが出来る大人になれるように、生き延びなさい」 とどめである。 まだ納得出来ぬ顔であるが、言い返す事も出来ず俯いてしまう。 狐火(ib0233)は先程手に入れた資料を六に手渡す。 「これで被験者の出身地・名前等が判明すると思います」 間違っても失う訳にはいかない、これさえあれば脱出を計る被験者達が元の家に戻れるかもしれないのだから。 「こんなもの何時の間に‥‥」 薮紫、または栄に渡すよう言われたこれを、六は大事そうに懐に収める。 花三札・野鹿は、ぽんと六の頭に手を載せる。 「どうだ、仲間は頼れるだろう? だから、何かを守りたいと思い、人を想い、失いたくないとおもうなら‥‥今は仲間を信じて船に乗るんだ」 他の皆の勧めもあり、六は一つ頷くと乗船を納得してくれたのだった。 狐火はまず東棟の開拓者達に重傷者を船にて運ぶ手はずがある事を伝え、そのまま東棟を探索する。 幾つかやりたい事はあったが、その中でまず脱出困難者の回収を図るべく動く。 凶暴化した子供達の牢にあったのは十数人分の躯のみ。 次に病床による移送困難者の部屋へ。 そこもまた血の海。 ふと、部屋に乱雑に放り投げられた資料が目に入る。 資料には、この部屋に居た者、凶暴化を果たした者が如何に回復不能かが書かれていた。そも、この部屋に居た者は既に人としての意思、カタチを失っていると。 資料の真偽を考えても今は意味が無いし、明らかに異常であったと思われる遺体の造形を見て、心の内を吐き出した所で何も変わりはしない。 それでも、帽子に手をかけ深く下ろす。 「頼れる‥‥ですか」 自嘲気味にそう呟き、部屋を後にした。 狐火は劉の私室を見つけると、丹念にこれを調べ始める。 触れた指の痕をすら見付だす程精度の高い探索を行なうと、棚の奥に隠され厳重な鍵に封じられた金庫を見つけ出す。 中には、研究日誌が山と詰まれていた。 理路整然とこれらをまとめた資料までもあり、見る者が見れば洗脳技術獲得にかなり有利な条件となろう。 狐火はそれらをまとめ、火を放った。 天津疾也(ia0019)は恐らく狙っているだろう狐火が見つけるより先に、顧客名簿を奪取すべく風水の私室を探していた。 「あのアホが隠すとしたら‥‥っと、待てや」 風水は戦の最中にすら金を持ち歩いていたが、懐の中からこれを取り出す時、妙に大量の金を携えていた。 常に結構な物を持ち歩く癖があるのではないかと、放置されていた風水の遺体の元へ。 やたら賑やかであった風水も、今は沈黙を守ったまま静かに横たわっている。 そこに感じる部分が無いとは言わないが、生きてようと死んでようとコイツに遠慮する気はそもそもない。 はいはいごめんよと懐を漁ると、まず金が入ってなくてがっかりした後、色々と小物をほっぽり出し、中に鍵束を見つける。 「ビンゴ」 後は風水の私室を探し、鎖で十重二十重に巻きつけられた金庫を開く。 この金庫だけで鍵を六本使った。本気で風水はアホだと思ったものだ。 中にあった幾つかの書類の中から、目的のものを見つけてにまりと笑う。 「こういうリストはいいきょうはげふげふもとい交渉の材料になるからたこう売れそうやな」 顧客リストをまんまと入手した疾也は建物の窓より外を見る。 三人組が建物を後に、駆け出していくのが見えた。 「厳靖は確かアイツに殺されかけたんちゃうか。ようやるでまったく」 劉 厳靖(ia2423)、痕離(ia6954)は朧を伴い、魅優が根城としている建物へと向かう。 混乱の最中故か、さして道中は見咎められる事も無いう上に、魅優の屋敷にすらあっさりと侵入を果たしてしまう。 朧は駆けながら問う。 「八王を連れての脱出は困難を極めると思いますが」 厳靖は惚けた口調で答えた。 「関わった以上は放っておくのも寝覚めが悪いからな」 我ながらお節介だがな、と照れ隠しにかそう付け加える。 痕離はというと、もう少し素直である。 「迷う事があるなら、助けてあげたい。‥‥闘うという事以外の道も教える事が出来たなら」 それより、と逆に問い返す痕離。 「斎殿も危険がわかっていながら何故付き合う気に?」 「ここまで来て、犬神はともかく北條に完全勝利を攫われるのも、面白くありませんし」 何処まで本気なのやら。 建物の中、奥に向かうにつれ、不穏な気配が漂ってくる。 漂うは血臭。 まさかと最も血の香り強い部屋へと飛び込む。 噎せ返る程の臭いは、夥しい数の遺体が放つものであり、その中心で、椅子に座ったまま魅優がこちらを驚いた顔をして見ていた。 遺体の山にも動じず、厳靖は部屋の空気に合わぬ陽気な声を出す。 「よう、探したぜ?」 魅優もまた、何時もどおり幼さの残る声で応える。 「そっか、決着つけないとだね」 痕離は周囲の遺体を見回し、そしてこの事態にもまるで動いた様子のない魅優を見て、こう言った。 「‥‥あの時の言葉、‥‥答えは‥‥未だ出ていないみたいだね」 どうかな、と魅優は首を傾げる。 「今ここでこうしてるのが答えになってるような気もする。でも‥‥ふふっ、こうして顔が見れて、凄い嬉しいのもホントだよ」 厳靖は、なんだー、そのー、と頬をかきながら口を開く。 「お前さんに死なれちゃ困るんだよ。まだこの前やられた借りを返してないからなぁ。といっても、今じゃまだお前さんに勝てる気はしねぇ」 きょとんとした顔の魅優。 「だから、もうちょい生きててもらわにゃ困るんだよ‥‥なんてな」 目を大きく見開いているのは、そんな言葉を予想していなかったせいだろう。 首を横に振りながら、搾り出すように口を開く魅優。 「‥‥相変わらず信じられない事言うよね」 痕離は魅優から決して目を逸らさない。 「僕は、君を信じる。‥‥それだけじゃあ、駄目かな」 両手で顔を覆った魅優は、擦れた声で独白する。 「私のお兄ちゃんね、随分前から私の事見てくれないの。優しかったんだよ、私の事心配してくれて、大事にしてくれて‥‥もちろん強かったよ。私が、術を、間違って、撃っちゃっても、全然、平気って顔してて‥‥それが、くやしくて‥‥」 朧は静かに事の成り行きを見守っていたが、それに真っ先に気付けたのはやはり職柄であろう。 厳靖、痕離をさしおき魅優へと駆け寄りその背を覗き込む。 「やはり‥‥既に手傷を」 驚き駆け寄る二人は、椅子で隠されていた背より滴る大量の血を見て、それが致死量であろうと察してしまう。 厳靖が険しい顔で告げる。 「斎治療頼む! 魅優! 死ぬのは簡単だ、今は生きろ!」 右の手を厳靖に、左の手を痕離に握ってもらい、魅優はとても幸せそうに、笑った。 「それは、良く、知ってるよ。だから、おにいちゃんも‥‥おねえ、ちゃんも‥‥ぜったい、死んじゃ、やだ‥‥よ」 魅優は最後の力を振り絞り、一番伝えたかった事を二人に告げ、事切れた。 桐(ia1102)は脱出組の陽動となるべく、単身街を進む。 まずは目ぼしい建物の中に侵入、高所を確保し射程の長い精霊砲を用いて射撃を繰り返す。 流石に悪党揃いの街だけあって、反応は早かった。 かなり広く射角を取っていたので、それでもそこそこは撃てたのだが、時期に建物を駆け上がってくる音が聞こえて来た。 ふわりと、桐の体が宙を舞う。 三階の高さがあるこの建物より飛び降りたのだ。 足は痛いが何とか着地を決め、即座に走り出す。 「とりあえず正門まで突っ切って見ますかね」 見るからに悪党面の連中が、凄まじい形相で迫って来るのが見えた。 「難しそうですが」 それまでの人生で得た戦いの経験をフルに活用して尚、これを凌ぐのは困難を極めた。 街中であるのが幸いし、或いは不幸であった。 追い詰められるまでにかなりの時間を要したのだが、しかし街に慣れた住民の追撃をかわすのは不可能であったのだ。 さて、次の逃げ道はと探し始めた所で、人が一人、桐の方目掛け吹っ飛んで来る。 これをひらりとかわしつつ、奥に居た見知った顔に状況を弁えず声とかかけてみる。 「なにしてるんですか、こんな処で」 斉藤晃は返り血に塗れ蛇矛を振るいながら近寄ってきた。 「てめぇがおるちゅうことは無茶をしれってことやろ?」 「無茶はお互い様ですか」 と、もう一人。 鬼灯恵那がこちらは綺麗に斬り倒しながら桐の後ろに回っている。 戦場に女連れで現れるとは、大層な度胸である。 そして、これで遠近治癒が揃った訳だ。 追いすがって来ていた者をあっという間に蹴散らし、脱出組の援護をすべく三人は大通りに陣取る。 たかが三人にいいようにされてたまるかと迫る敵に、三人は三様の言葉と共に迎え撃った。 「邪魔をする気はないのですが此方も他の方々の用事が終わってないもので、少しの時間付き合ってくださいませ」 「それ以上近づいたら斬っちゃうよ♪ よかったらどうぞー」 「ここは通行止めや。わしはただの悪。通りたければわしを倒してからにせいや!!」 飛空船上にて、狐火より預かった書類を見下ろしながら、六は不意に下ろしていた顔を上げる。 「せんせー、私決めたよ」 「ん?」 「私ね、これ使ってみんなを家に帰してあげるの」 ギルドや犬神が手配してくれるだろうが、恐らく大変な仕事であろうし、辛い思いもたくさんするだろう。 しかし野鹿は、六の持つ明るい口調の中に、常の六にはない物静かでどっしりと深く構えるような重みを感じた。 これならばこの仕事は、六の身体を鍛えたくさんの事を学ぶ上で良き経験となろう。 「‥‥そうか。大変な仕事だが、頑張るんだぞ、うむ」 きっとこの子なら、人を守り、心を守るそんな姿を、野鹿に見せてくれると信じられたのだ。 「うんっ!」 真珠朗(ia3553)は隣を走る犬神シノビの幽遠に向かって、苦言を呈してみたりする。 「ちゃんと苦労人さんにゴメンナサイするんですよ? それがダチって話で」 むぐっと口をへの字に曲げる幽遠。 「‥‥わかってる。それより、何処行くつもりなんだお前?」 いえね、と繋げる真珠朗。 「あたしも、サッサとトンズらこきたいとこなんすけど‥‥八王って方と、まだ一人もヤってませんしねぇ」 眉根をひそめる幽遠を他所に、飄々と真珠朗は続ける。 「手つかずな人が居るくさいすし、ちょいと逢いにいってみましょうかと」 幽遠は、愉快極まりないと大笑いする。 「同じ事考える馬鹿が他にも居るとは思わなかったよ」 恨王は街中に指揮所を作り、手持ちの腕利き全てを各所に散らして街中での戦闘指揮を任せる。 自身はといえば、報告を受け指示を下すので手一杯。 そこに、二人の男が奇襲を仕掛けた。 伝令やら最低限の護衛やらを一撃で吹っ飛ばした真珠朗は、状況を弁えているのかいないのか暢気に歌など歌っている。 「あー愛が無い♪ 愛が無い♪ あたしの想い人は何処に居る♪」 そこに幽遠からの怒鳴り声が。 「こっちもそう長くはもたねえぞ! いいか! 負けたら見捨てて逃げるからな!」 じゃんけんで負けた幽遠は、他の者が指揮所へ入ろうとするのを足止めする役になったらしい。 恨王は少しだけ嬉しそうな顔をした。 「‥‥やはり自ら刀を振るわねば、戦という気がせんな」 「「鬼」の前に立つのは、やはり「鬼」なら「黒沙」の前に立つあたしは何なんすかね?」 返事は、殺意に満ちた刀撃で語られた。 柳生 右京(ia0970)は静かに麗の体を起こしてやる。 「見えるか? お前の嫌った街、黒沙の終わりが」 各所より上がった火の手は消し止める者もなく、街中に広がっていく。 麗の手に刀を握らせてやると右京は動く。 慣れぬ街を、しかし迷う事なく一直線に目的地へ。 まだ火の手が回っていない石造りの建物の屋上に、炎邪はいた。 「沈み行く黒沙。お前でも故郷の最後には感じ入るものがあるのか?」 「さてな。いずれ、これより始まる至福の時と比べれば、瑣末な事だ」 「舞台は整った。最後の血の宴を始めるか」 両者共に袈裟に斬り下ろす。 踏み出した足の振動が建物全体を揺らすも、二人は刀を打ち合ったまま微動だにせず。 両者が全身で込める力圧に、床が耐えかね底が抜ける。 落下しながら三合。 着地と同時に右下より斬り上げる右京と右上より斬り下ろす炎邪。 両者の刀身がそれぞれの刀撃を逸らす。 遅れて降り注ぐ瓦礫。 これを遮蔽に右京は刀を鞘に収め、低く構えを取る。 対する炎邪は、両手に持った刀を背なに触れる程に大きく振り上げている。 「そろそろ幕引きといくか。生き残るのはどちらか───決着といこう」 居合い対大上段。 弓を引くかのごとく全身を反り返らせる炎邪と、体を極限にまで捻り渾身の溜めを作る右京。 動いた。 二つの刀は激突する軌道。 力は僅かに炎邪が上であったが、炎邪は右京の刀筋を見失った分、激突の瞬間を微かにだが読みそこねる。 そのほんの僅かが差となった。 刀ごと体を真っ二つに両断された炎邪は、ありあまる体力故かまだ意識があったが、何処か満ち足りた顔で、静かに最後の時を迎えた。 疾也は薮紫と相対し、入手した顧客リストを買い取るよう言ってみると、薮紫は静かに答えた。 「それは、これを用いて私に払った分の利益を上げろと言うに等しいですが」 「アホか。こんな腐った奴等、銭だけで許してたまるかい」 「そのつもりですよ」 「ふん、ほならええわ」 ぽんと懐より書類を放り投げ、ずかずかと部屋を後にする。 薮紫はため息一つ。 「先を越されたようですね」 室内に潜んでいる者にそう告げると、物陰より狐火が姿を現す。 狐火は劉の私室より偽装してまで持ち出した、洗脳研究に関する資料を薮紫へと手渡す。 「治療に役立つと思います。敢えて言う事でもないでしょうが、管理はくれぐれも厳重に」 そのまま霞と消える狐火。 薮紫は、聞こえてるとも思えないが口にせずにはいられなかった。 「これまでの影働き、見事の一言でしたよ」 六は待っているだろう四の元へと駆けていく。 一緒に遊ぼう、それだけだったのに、今は話したい事がたくさんありすぎて。 手を振って迎えてくれる彼女が、六には何処までも眩しく輝いて見えた。 |