【黒沙】決着の地へ
マスター名:
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/11/06 01:57



■オープニング本文

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 風水は、洗脳施設西棟に作らせた自らの執務室にて、あれしろこれしろと部下に向かって次々指示を下している。
 八王劉の頼みにより、洗脳機関の営業部統括も兼ねる風水は、自らの八王としての地盤を固める作業も行なわなければならない為、寝る間も惜しむ激務にさらされていた。
 無理に仕事を空けさせて、休憩時間を取る風水。
「‥‥死ぬ。俺マジ死んじまうぞこれ‥‥」
 風水の仕事を欠片も手伝う気のない炎邪は呆れ顔である。
「自分で望んだ事だろう。だから八王なぞ止めておけと言ったのだ」
「てめえがもう一人の八王になってくれてりゃ俺はもっと楽出来たんだっつーの!」
「くくくっ、泣き言を言ってないで、せいぜい好きに暴れて敵を作れ。そいつを斬るのが俺の仕事だ。今までも、これからも、俺達はずっとそうだ」
 炎邪は、ふと窓の外、東棟を見やる。
「で、劉とはやらんのか?」
「ざけんな、黒沙の先の先を読んで手を打てるのはあの人しかいねえんだよ。俺が死んでも黒沙に代わりはいるが、劉さんの代わりなんざ存在しねえんだ」
「珍しいな、お前がそこまで他人を買うというのは」
「そうでもないぜ。他にも開拓者ギルドとはこれ以上ケンカするつもりねえしな。ギルドの上には、今フランツの旦那が話つけに行ってる所だ。陰殻がそうしたように、な。こいつがまとまりゃ下っ端が何言おうとケリつくだろ」
 至極つまらなそうに炎邪。
「外の猛者は黒沙のそれと違い、色々と愉快な奴が多いのだがな」
「今は黒沙を牛耳るのが先だろ。お前が言いたい事はわかるが、犬神は手を引いてんだ、例の奴等もお役ご免になってるよ」
 炎邪は苛立たしげに踵を返し、部屋を後にする。廊下に出るとすぐに部下に声をかけた。
「時雨! 小豆玉! 流水! 有坂! クリフォード! 警備の打ち合わせをするぞ!」
 珍しくも指揮官っぽいことを言い出す炎邪であったが、実際に出した命令は『お前等だけで守れ、やり方は任せる』であった。
 何処までも自分勝手に、好き放題に戦うのが炎邪のやり方なのだ。
 一人執務室に残った風水はぽつりと呟く。
「‥‥愉快、ね。確かに、ああいうふざけた野朗が部下に居てくれりゃ、仕事もちっとは面白くなると思わないでもないんだけどよ」


 黒沙、洗脳施設への潜入工作を考えていたシノビ達は、優れた技術により発見される事なく黒沙への侵入は果たせども、洗脳施設へのそれは極めて厳しいと判断する。
 敷地を警備する人員の数から、おそらく手持ち戦力では突破は不可能であろうと冷静に、判断を下したのだ。
 そこで諦めるといった選択肢が出てこないのが、幽遠、華玉、宗次、犬神反骨トリオの反骨たる所以なのだろうが。
 麗の案内により中に潜入している開拓者達がいるかもしれぬという事で、戦力を欲した彼等は黒沙を探してまわる。
 程なくしてこれを見つけ、さてどうするかとなった所で、狐火から既に潜入路の確保はしてあると聞き、三人は仰天する。
 土木工事を担当していた八王カルバリの喪失により、資材搬入路の管理が緩んでいるかもしれぬという彼の読みは見事的中しており、ここよりの潜入で犬神トリオと共に居た開拓者達も黒沙の街への潜入を果たす。
 また、既に黒沙内部に潜入していた皆からの情報を持ち寄って、現在知りうる限りの洗脳施設の情報を整理する。
 洗脳施設を管理する八王の劉は、ここが重要施設だと隠す気はないのか、結構巷にもその話が広まっていた。
 この街での話に限れば、劉に表立って逆らう者もおらぬ以上、有効な手でもあるのだろう。
 集められた兵士達は、外からよりむしろ内からの脱出を警戒している。
 実際に、幾人かの子供が脱出を果たした事があるらしいのだが、黒沙の街を抜けられる程ではなかった。
 ここで六が役に立つ。
 施設で育てられた六は、この内装をある程度であるが知っていたのだ。
 外から見る分には、若干の増築はあるにしてもさほど変化は無いとの事で、六の話を基軸に話は進んでいく。
 六が施設を出てから結構な時が経ってはいるので、警備体制や人の配置は随分代わっているだろうが、内装まで極端には変えられぬだろう。
 心配げな幾人かを他所に、六は皆を助けられると無邪気に張り切っている。
 これに水を差すのは宗次であった。
「いずれ戦力不足は歴然だな。突入は少し待て、アテを一つ当たってくる」
 華玉も口をへの字に曲げているが、彼の意見に反対ではないようだ。
「ふん、まあいいわ。連中も手詰まりだろうし、言えば乗ってくるでしょ」
 アテの内容を問うと、宗次は相変わらず淡々とした口調で告げる。
「現在黒沙に逆らってる唯一の組織、開拓者ギルドだ」

 ギルドと繋ぎをつけ増援の要請を送ると、返答は即座に返ってきた。
 最大で八人、腕の立つ連中を送るので、協力して洗脳施設を破壊せよ、との事である。
 追伸の欄を見て、皆は思わず噴出しそうになる。
『そちらに居る開拓者全員、依頼人より依頼取り下げの申請が出ているが、これをギルドは受理した覚えはない。ギルドの名に恥じぬ戦いを期待する』
 幽遠はこういうのが大好きらしく、にやにやと笑っている。
「依頼継続って事ぁ金も出るって話だろ。随分と気い遣ってくれるな」
 金が入る云々ではなくそういった配慮自体が、心地よく感じられるのだ。

 洗脳施設は、大きく二つに分けられる。
 事務室や管理室、研究所が集中する西棟と、被験者用施設が集中する東棟と。
 これを二手に分かれて攻撃しつつ、それぞれの建物の屋上に向かい、最後は犬神三人組が用意した飛空船にて脱出するという算段だ。
 まともに考えれば成功率なぞ欠片も無い作戦だが、開拓者の武をもってすれば、不可能も実現可能な域に達する。
 こちらは西棟を狙い、管理業務についている責任者や、研究者を斬れるだけ斬る。
 施設の詳細も、戦力ですら大まかな所しかわからぬ襲撃であるが、これ以上の数を黒沙に忍ばせておくのは難しく、黒沙全てを潰せぬ以上、一撃離脱できっちり叩くしかないのだ。
 屋上に船が迎えに来る時間は突入開始よりきっかり一刻後。
 これが、施設外よりの増援を振り切るギリギリの線だ。
 六は、やり方を得、終わらせる為に戦うと剣を抜く。
 敵の配備状況がわからない、そもそも敵総戦力すら確定しきれぬ危険な場所でも、時間をかければ襲い来る増援に踏み潰されるとわかっていても、六は決して怯まぬ不退転の決意を瞳に宿す。
 その姿は、より強き敵を前に怯まず、圧倒的な数を前に恐れず、為すべき事をなすに躊躇せず、好機を決して見逃さず、何処何処までも諦めず戦い抜いてきた、開拓者そのものであった。

 麗は、この襲撃への参加を拒否してきた。
「私は私でやりたい事があるんでね。心配しなくてもあんたらを裏切りゃしないよ」


■参加者一覧
天津疾也(ia0019
20歳・男・志
柳生 右京(ia0970
25歳・男・サ
桐(ia1102
14歳・男・巫
斎 朧(ia3446
18歳・女・巫
真珠朗(ia3553
27歳・男・泰
痕離(ia6954
26歳・女・シ
狐火(ib0233
22歳・男・シ
花三札・野鹿(ib2292
23歳・女・志


■リプレイ本文

「‥‥教えてやるよ、あいつはこの街に居る。逃げられない内に、さっさと見つけ出す事だね」


 西棟へと突入した開拓者達は、途中階段侵攻組と各階を潰す組とにわかれる。
 最も賑やかなのは階段に陣取っている兵達であり、これを突破せんとする天津疾也(ia0019)、柳生 右京(ia0970)、桐(ia1102)、斎 朧(ia3446)の四人だ。
 案外大きな階段であるのだが、疾也と右京が並び剣を振るいながら昇っていくと、これを抜ける者もなく、また止められる者もいない。
 深い位置より投擲を狙う敵には、桐と朧の術が飛ぶ。
 業を煮やした流水は、自らその拳を振るうべく前へと出るが、それが志体持ちであると四人は瞬時に見切り、驚くべき連携であれと思う間もなく倒されてしまう。
 右京は吐き捨てるように言う。
「ふん‥‥数の多さだけが取り柄か? 精鋭を並べていると思ったが‥‥期待外れもいい所だ」
 桐は頬をかきながら。
「二人共、相変わらず非常識に強いですね」
 ただの一刀で雑兵を斬り倒しながら疾也。
「ここでてこずってる訳にもいかんしな。何、厄介なんはこの先や、楽しみにしよやないか」
 それはそれは、と朧は炎で兵を焼き尽くしながら微笑む。
「結構な事でございますね」


「せんせー、これ全部燃やしちゃっていいの?」
 六が書類の束を、面倒になったのか書棚ごと蹴飛ばして積み重ねると、花三札・野鹿(ib2292)は窓の外を眺めながら答える。
「ああ、そうしてくれ。‥‥まずいな、外からの応援がもう来てる」
 真珠朗(ia3553)は二人が居る部屋側の廊下で、散発的に下階から昇ってくる雑兵を相手にしていた。
 通路の奥に目をやる。
 そこに気配を感じ取った真珠朗は、同じく外で戦っている痕離(ia6954)にこの場を任せ、単身通路奥に向かう。
 六より伝え聞いた情報では、真珠朗が見た部屋はこの階では一番広い部屋になっているはず。
 真珠朗は片手で差したままの刀を確認しながら、部屋の扉を蹴り開ける。
 同時に、クナイが真珠朗の頬をかすめる。
 外れた、ではなく外したのだ。
 武器を持つのは全部で四人、それ以外の非戦闘員らしき者が二十名弱。
 どうも人の数が少ないと思っていたが、どうやらこの部屋にまとめて逃げ込んでいたらしい。
 室内に居た誰よりも早い踏み込みで、あっという間に部屋の真ん中に踏み込み、床が抜けない程度に加減した崩震脚を。
「ははははは! 哂え! 嗤えよ! 何もかんもぶっ潰して全部まとめて真っ平らにしてやるよ!」
 敵を呑むつもりでそう言い放ち、多数を相手に戦闘を開始する。
 部屋の中に居た幾人かは、勇敢にもこの戦闘の隙に部屋を抜け出そうとしていたが、真珠朗はさしてそれを問題視していなかった。
 彼等が部屋から逃げ出した所で、ぱたり、ぱたりと倒れるのがわかっていたからだ。
 不意に、敵シノビの背後で爆発が起こる。
 真珠朗への攻撃をこれにより外されたシノビ小豆玉は、後ろ脇腹に燃えるような激痛を覚える。
 背後に居るだろう敵を確認するでなく、すぐに大きく距離を取って退却の決断を下す小豆玉。
 見切りの良さは評価に値するものであったろうが、ぴたりと張り付いて飛ぶ真珠朗の脚力までは計算しきれなかった模様。
 拳打により呼吸が止まった所に、先程から影に潜み、陰働きに徹していた狐火(ib0233)の短剣が突き刺され、絶命した。
 室内に集まっていた事務員、研究員を皆殺しにした後、真珠朗は狐火に状況を問う。
 欲しい書類は顧客名簿以外揃っており、一、二、三階に居た研究員も大まかな所は処理済みとの事。
 この部屋だけ志体を持つシノビが居たので、確実を期す為真珠朗を呼んだらしい。
「外部からの攻撃は想定していなかったようですね。攻撃が開始されると、潜入難易度が一気に下がりましたよ」
「それは重畳。被験者逃走の手配をしてると聞きましたが」
「‥‥脱出路まで辿り着ければ或いは。先導も何も無しでそう出来るのは百に一つだと思いますが」
 狐火がアテにしていた麗は連絡が取れぬままではこれ以上どうしようもない。
 元々、百を越えるかもしれぬ数を引きつれ、黒沙の街中を抜けるのも厳しい話なのだから。
 一息吐いて気を取り直す真珠朗。
「居るっていう訓練生にはまだお目にかかってません。手強いのも。って事は‥‥」
「その前に後続を絶ちましょう」
「では、階段はあたしが。しかし‥‥」
 研究員達の遺体を見下ろす真珠朗。
「黒沙だ何だって言っても同じ「人間」て事すかねぇ。殺せば死にますし」
 ずしんと響くような音が聞こえたのはこの直後の事だ。


 一通りの書類を処理し終える野鹿と六。
 そろそろ上階に行かなければと六が足を踏み出した所で、野鹿は背筋が凍りつく感覚を覚える。
 位置は上。考えるより先に体が動いていた。
「え?」
 何よりもまず護る事を課した野鹿だからこそ、こう動けたのだろう。
 天上から瓦礫と共に降って来た殺意の塊は、正確に六に狙いを定めていた。
 六もまた熟達の剣士であるが、この不意打ちに反応しきれず。
 ただ、野鹿に突き飛ばされるがままであった。
 降り注ぐ瓦礫の隙間に、輝く刃が見える。
 六の目には、野鹿が床に押し付けられ、潰れていく様がコマ送りのように映っていた。
 煙が舞い、視界も確保出来ぬ状態でありながら、天上をぶち破り階上より仕掛けて来た敵サムライ時雨は六へと迫る。
 部屋の外より疾風が踊る。
 シノビならではの瞬足で痕離は、時雨の前に立ち塞がり双剣を構え斧撃を防いだ。
 しかし、威力全てを殺しきる事は出来ず。ならばと逆に背後に向けて六を巻き込みながら飛ぶ。
 着地には恐ろしく神経を使ったが、何とか姿勢を崩さずに居られたので、追撃だけは受けずに済んだ。
「六殿は下がって!」
「せ、せんせー? ねえ、せんせー‥‥」
 舞い上がった土砂が晴れてくるも、そこに野鹿の姿は見られない。
 瓦礫と、どす赤い染み、そして愛用の槍が残るのみ。
 痕離は、熟練の者同士であるが故に、一撃を受けたのみで彼我の実力差を察する。
 野鹿は不明、六も動けそうにないとなれば、この優れたサムライを一人で相手しなければならないのだが、クラスによる差を考慮せずともサムライの方が一枚上手だ。
 背後より六の悲痛な叫びが響く。
「せんせーーーーーー!」

「応っ!」

 床をすり抜け、野鹿が下より飛び出して来た。
 頭上より襲い来た時雨の剛斧は、受けた野鹿ごと床をぶちぬき下に叩き込んでいたのだ。
 開いた穴の端を掴み落下を防いでいた野鹿は、こうして六の声に応え飛び出して来たのである。
 野鹿は床に落ちた槍を拾いざま横薙ぎに払う。いや、払うというより力任せに振りぬいたという方が正しい。
 間合いが近すぎる事もあって、槍先ではなく柄が時雨の脇腹に当たる。
 一瞬だけ、槍が止まる。
 しかし、槍が真紅の輝きを放つと、野鹿の腰が強引に捻り上げられ、時雨ごと背なまで振りぬかれる。
 吹っ飛ばされ、壁面に叩きつけられる時雨。
 野鹿は槍を肩に背負いながら、六の方へと誇らしげに振り向いた。
「私が六を置いていなくなるわけが無かろう、うむ!」


 四階まで辿り着いた階段侵攻組は、その場所で待ち構えていた顔を見て足を止める。
「そうか‥‥そういう事かよ。道理であの女‥‥」
 風水を先頭に、騎士クリフォード、見た目からそれとわかる訓練生であろう幼い少年少女達。
 階段下組はまだ昇ってくる気配はない。
「くそっ、クリフォード。お前と訓練生で右京を押さえろ。コイツは炎邪とガチでやりあえる化物だ、気をつけろよ」
 朧は、現在の位置関係からそれまでとは立ち回りを変化させる。
 階段では幅と敵質の関係で後ろに抜けられる事はほぼ考えなくても良かったのだが、今はそうもいかないだろう。
 交互に、或いは同時に右京へと襲い掛かるクリフォード、訓練生を、右京は良く防いでるとは思うが、全て志体持ちが相手では無理も出て来よう。
 案の定訓練生の一人はシノビらしく、天井を蹴って朧に迫る。
 数歩下がるのとシノビが着地するのがほぼ同時。
 朧が慣れぬ刀に手をかけると、シノビは間合いを一息に詰めにかかる。
 だが、朧もまた数多の戦場を抜けて来た猛者。直接刃を交えた経験こそ少ないものの、優れた剣術体術は星の数程その目にしてきている。
 刀に注意を引き付けつつ、袴の裾を跳ね上げ胴中央に蹴りを放つ。
 突進力をこれで失わせ、更に精霊の炎を。
 仰け反るシノビを一歩軽やかに踏み出しながら再度蹴り飛ばすと、ちょうど右京の間合いに。
「あらあら」
 思わずそんな言葉が漏れる程、元が軽いシノビは右京の斬撃に吹っ飛ばされ転がって行った。
 訓練生達の不幸は、相手が右京であり、朧であった事だろう。
 二人共、それが必要と判断すれば、躊躇無く訓練生を斬れる人間であるのだから。
 ふと違和感を覚え、体を見下ろした朧は、脇腹に走る赤い筋に気付いた。
「こうでなくては、甲斐がありません」
 浮かべた微笑の意味を、理解出来る者はいなかった。


 疾也は片眉を潜ませる。
「あん? そら俺の相手がお前だけ言う事か?」
「そうだよ。八王様が本気で勝負してやるから光栄に思いやがれ」
 飛び込み拳を振るう風水、これを刀で受け流す疾也。
「アホか、百年早いわ。そもそもお前突っ込み芸人なんやから八王やなくて笑王でもなってみろや」
 突如、風水の体が赤く輝く。
 目にも留まらぬ六連撃を、気の流れを察する事で、ようやく半分かわせた。
「笑いで金が儲かるかっての!」
 疾也が刀を押し付けると、風水は両の篭手にて刃を防ぐ。
「大体、自分で王とか名乗って恥ずかしくないんか? そういうのはもっと若いころまでの痛い病気やで」
「その手の文句は黒沙の街にでも言いやがれ!」
 手数の風水、一撃の疾也。
 風水程の回避術を駆使しても、疾也の鋭い剣先から完全に逃れきる事は出来ず。
 しかしそれは疾也にしても同様だ。
 では何処で差が出るかといえば。
「何故、逃げ出したのですか?」
 桐の放つ強力無比な術が風水を捉える。
 肩口にこれをもらった風水は独楽のように半回転するも、続く疾也の斬撃は刀の腹を蹴り飛ばす事で辛うじてかわす。
「逃げた?」
 治癒の術もあり、風水はじり貧かと思われたが、流石にここまで戦いっぱなしの疾也は疲労があり、その攻防は均衡が保たれていた。
「あそこで逃げ出してなければ落とし処を考えていたんですけどね、立場を利用できない商売人とか正直幻滅です」
 風水は踏み込まず、距離を置いた。
「‥‥そういう事、本気だかどうだかわからん目で言うんだよな、お前」
 隣で右京を相手に激戦を繰り広げている部下をさておき、風水は何処かふざけた顔で言う。
「なあ、お前等さ、俺の所来ないか? お前等がいれば、クソ面倒な八王も楽しくやれる気がすんだよな」
 桐は、満面の笑みで答えた。
「ヤです」
「桐なら俺の嫁さんにしてもいいぞ」
「私、男性に興味ないのですよ、男ですし」
 風水はまた言ってるよ的な視線を疾也に向ける。
「何でもええわ。白旗以外は受け付ける気あらへんし、話し合いはこんなもんでええやろ?」
 風水は出血により少し顔色が悪くなっており、疾也もまた桐の治療が追いつかぬ程の怪我を既に負っている。
「しゃあねえな。じゃ、やるか」
 風水は左前の構え、構えた左手に、いやさ全身に気力が漲るのがわかる。
 納刀し右前の構え、右手は柄に添え腰を落とす疾也。
 桐は合図になるのを承知で精霊砲を撃ち放つ。
 撃つのを見てから踏み出した風水は、着弾の威力にも乱れぬまま。
 風水の全てを込めた初撃、これを捌けるかどうかが勝敗の鍵だとどちらもわかっている。
 ひねくれた風水に似合わぬ一直線に伸びる拳。
 身を捩り直撃を避けるも、拳の生み出した衝撃波に弾かれ疾也は床を転がる。
 ゆっくりと立ち上がり、刀を肩に乗せ風水を見やる。
「百年言うたけどあれ嘘や。いいとこ十年って所やな」
「‥‥紙一重の、癖して‥‥良く言うぜ」
 前のめりに倒れる風水。
 桐は思わず手を差しのべそうになるが、結局、風水は誰にも触れる事なく地に伏した。


 時雨を倒した野鹿達三人は、急ぎ階段へと向かう。
 そこでは真珠朗と狐火が下から押し寄せる増援を必死に防いでいる所であった。
 真珠朗が抑えていた男が、突然奇妙な声を上げる。
「幼女来た! 待ってました!」
 幼児大好き志士有坂は、いきなりありえん力で真珠朗を跳ね飛ばす。
 六を狙い一直線の有坂は、しかし立ちはだかる痕離に突進を防がれる。
 双剣で振り下ろす刀を受け止めた痕離は、その姿勢のまま膝を上げ、双剣を下ろしてしまう。
 当然刀は痕離へ迫るがそれより先に、痕離の蹴りが有坂の顎を真下より打ち抜く。
 更に振り上げた足を有坂の右腕に絡め、引き寄せつつ左の剣を首に突き刺した。
「お見事」
 真珠朗が悪びれもせずそう言う後ろを、野鹿、六、痕離は駆け抜け階段を昇る。
 狐火は、頃合良しと仕掛けに火をつける。
 火は糸を伝い、下層に下層に向かって行き、各所の仕掛けに点火、押し寄せる増援達に動揺が走る。
 すぐに上階へと移動を始める狐火と、階段を一撃で踏み抜く真珠朗。
 真珠朗の踏み出した足を中心に、がらがらと階段が崩れ始める。
 当然真珠朗も巻き込まれる位置だが、全てが崩れ落ちる前に痕離が放った縄に捕まり、問題なく上階へと向かう。
 痕離は、途中一度だけ窓の外を見る。
 東棟の入り口付近に敵が溜まっているのを見て、えもいわれぬ不安に駆られたのだ。
「まさか‥‥劉殿ではないよね」


 西棟五階、そこで最後に待ち構えていたのは、麗であった。
 着物を真っ赤に染め、壁に寄りかかるように座り込んでいたのだが、右京を見るなり苦しそうに身を起こす。
「ははっ、悪いね。先に炎邪に挑ませてもらったよ」
「‥‥そうか」
 治療をと踏み出す桐を、右京が遮る。
 右京がすらりと刀を抜きながら前へ出ると、麗も弱々しく刀に手をかける。
「いいねぇ、話が早い」
 二人は同時に青眼に構える。麗の震えは消えていた。
「なあ、私の夢、聞いてくれるかい?」
 麗が座り込んでいた場所の血溜りを見れば、どんな状態かは一目瞭然だ。
「私は黒沙の生まれさ。夢も希望も、何もかも無い。それでも、外に出て、一つだけ、夢が出来たんだよ」
 二人の、とりわけ麗の気に呑まれ、誰も口を出せない。
「生まれが選べないんなら、死に方ぐらい、好きにしたいじゃないか‥‥ねえ右京‥‥」
 二人の剣が、ゆっくりと上段に。
「手加減なんて出来ないからね、これで斬られたら大笑いしてやるよ」
 右京は真顔のまま答える。
「その時は、地獄で続きをするとしよう」
 二筋の銀光が交錯した後、麗はふらりと右京に倒れこむ。
「綺麗だねぇ‥‥こんなに美しい剣、見た、事無い‥‥」