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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 炎邪と風水の二人は、戦の最中に姿を消した。 「てめえ! 人を盾にしやがって! もー勘弁ならねー! ぶちのめしてやるから覚えてやがれー!」 手強い敵を協力して倒した後、一触即発となった風水を、炎邪が馬にてひっ抱え逃げる際の捨て台詞である。 ともあれ、戦は大勝利であった。 主力、及び将を失った若水軍は散り散りとなり、勝者である犬神軍は戦場より少し離れた場所に陣幕を張り、戦の疲れを癒していた。 薮紫は、戦を指揮する重圧から一時開放され、水筒の水をすする。 喉を潤す冷たさが、火照った体に心地よい。 勝算があったにしても、やはり戦は水物。ましてや仲間達の命を預かっているとなれば、かかる心労は一方ならぬ。 充実感、達成感、安堵感、色々なものが入り混じった感慨が、その水一口に含まれていた。 あまりの旨さに、では二口めをと口をつけかけた所で本里よりの伝令が届く。 つまる所、彼女の平穏は水一口分だけであったという話で。 「ふざけんな薮紫! そんな話聞けるわけねえだろうが!」 幽遠が薮紫の襟首を掴み上げる。 「‥‥里長の命令よ」 薮紫が受けた連絡は、犬神の出里の一つが黒沙の手の者に襲われ壊滅した事と、前後の状況を鑑みた里長がこの件より手を引く事を決定した旨を告げていた。 「ありえねえだろ! 出里がやられたんだろ!? しかも俺達勝ったんだぜ! 何だってここで引き上げなきゃなんねえんだよ!」 「敵の規模がはっきりと出たのよ。黒沙の街全てを相手にするんなら、ウチも総力挙げてようやく五分よ」 「上等だ! 出里の皆の仇取らずにおめおめ里になんて戻れるか!」 「あんな事件があった後なのよ、総力戦なんて出来る訳ないでしょ。下手すれば里全部潰れるわよ」 「だから殺られても黙ってろってのか!?」 「そうよ」 幽遠は乱暴に薮紫の襟首から手を離す。 「俺は納得しねえ」 「しなくてもいいわよ。黙って引き上げてくれれば」 幽遠の言葉は皆の意見を代弁していたが、それでも、引き上げなければならぬ正しさも理解している皆は、何よりシノビであるが故に、撤退の指示に従う。 薮紫はこれまで戦ってくれた開拓者達に伝える。 犬神軍は撤収、開拓者達も引き上げるようにと。 既に皆相当な所まで深入りしているが、薮紫は何とかして話をつけてやるから、それまで薮紫所有の屋敷に潜んでいてくれと。 犬神軍が撤収準備をしている間に、麗は六に語りかける。 「貴女、このままだと黒沙との取引材料にされるよ」 「ふぇ?」 「犬神と黒沙の話し合いでしょ? 当然向こうも色々条件出してくるだろうけど、犬神側としちゃあんた手元に置いといても得な事なんて一つも無いし」 今まで親切にしてくれた犬神に対し、そういう考え方がすぐに出来ぬ六は目を白黒させるのみ。 「薮紫はそこまで冷血じゃありませんよv 突然声をかけられそちらを見ると、犬神のシノビが一人。理知的な印象を受ける切れ長の目の男だ。 「失礼、私は宗次と申します。そしてこちらが華玉です」 何時の間に現れたのか、実に女性的な体型を持つ女が宗次の側に立っていた。 「でも、やぶっちも万能じゃないしね。里長達に強く言われたら、そこの六っての取引に出すしかないんじゃない?」 麗は眉を潜めたまま、次なる登場人物へと目を向ける。 「おーっす、薮紫に確認してきたぞー。六はこのまま放逐だってさ。やっぱ連れて帰ったらまずいそうだ」 現れたのは屈強な体を持つ男、幽遠だ。 華玉が怪訝そうな顔で問う。 「何よ、もうやぶっちと仲直りしたの?」 「するわけねーだろ。あんな奴とはもうこれっきりだ畜生」 麗は頭をかきながら訊ねる。 「で、どうしろっての? 六連れて逃げろって?」 宗次はやはり静かな口調で語る。 「いえ、貴方達はどうするのかと。六はさておき、私達は黒沙潰しを続けるつもりですので」 「犬神の決定はどうするのよ」 幽遠、華玉、宗次は三人揃って中指をおったてた。 「クソくらえだ」 「クソくらえよ」 「クソくらえです」 呆れ顔で呟く麗。 「‥‥犬神って随分と妙なシノビ飼ってるのね」 と、突然六が身を乗り出して来る。 「わ、私もやるっ!」 麗は六を無遠慮にじろじろと見つめた後、試すように言う。 「その気があるんなら、黒沙の街に私が入れるよう手引きしてあげてもいいわよ。あそこで何かやらかしたら、十中八九死体で出てくるハメになると思うけど」 「そ、それでもやるもん!」 幽遠は愉快そうに笑う。 「ははっ、大したガキだな。俺達は飛空船の手配がつきそうなんで、そいつを使って目標施設のみをぶっ潰すつもりなんだが」 「目標施設?」 「黒沙の洗脳教育施設だよ。出来ればその時、責任者でもぶった斬れりゃ完璧なんだが」 「‥‥‥‥無茶も度が過ぎると清々しく感じてくるわね。たかが船一隻で何が出来るのよ」 「船は逃げる手段だ。黒沙に忍びこんで、施設に火をつけ、責任者叩っ斬って、時間を合わせて船を呼び寄せさっさと逃げる。船に乗れさえすれば、とびっきり足の速い奴だからな、何とかなるだろうよ」 麗はぽんと六の肩を叩く。 「私に任せれば、こいつらよりかはマシな侵入が出来るわよ。その後どうするかは知った事じゃないけど」 六は少し悩んだ後、犬神シノビよりかはまだ見知っている麗についていく事に決めたようだ。 そして麗は開拓者の方を向いて問う。 「で、貴方達はどうするの?」 |
■参加者一覧
天津疾也(ia0019)
20歳・男・志
柳生 右京(ia0970)
25歳・男・サ
劉 厳靖(ia2423)
33歳・男・志
斎 朧(ia3446)
18歳・女・巫
真珠朗(ia3553)
27歳・男・泰
痕離(ia6954)
26歳・女・シ
狐火(ib0233)
22歳・男・シ
花三札・野鹿(ib2292)
23歳・女・志 |
■リプレイ本文 黒沙の街は、事前に伝え聞いた話から想像していたものより随分と規模も大きく、小奇麗な街であった。 ただ、道行く人の目が死んだ魚のようであり、それでいて誰もが武装していたりと不穏な空気はそこかしこに漂う。。 麗の案内によりこの街に足を踏み入れたのは、天津疾也(ia0019)、柳生 右京(ia0970)、斎 朧(ia3446)、痕離(ia6954)、狐火(ib0233)、花三札・野鹿(ib2292)、六の七人。 麗は皆に宿を紹介し、男女で分けた二部屋を手配する。 「私に出来るのはここまでだ。後は好きにしな‥‥と言っても、私もコレといってアテがあるわけじゃないんだけどさ」 街に入る際、麗より受けた幾つかの注意事項は、入るのは紹介さえあればいいが、出るのには相応の者の許可が要るとの事である。 後は問題さえ起こさなければ、他の街とさして変わらないそうで。 ここまで徒歩での道程であった事もあり、一行は早めに休息を取る。 日が暮れると、外が賑やかになってくる。 嬌声、怒声、悲鳴、絶叫、慣れぬ皆は都度身を起こしかけるが、麗はこれを無視するのが問題を起こさないコツだと事も無げに告げる。 「何をするにしても昼間がいい。アンタ等なら夜は外出禁止ぐらいでちょうどいいよ」 犬神駐屯地跡を出る前、狐火は六にどうしたいかの真意を問うた。 「私が始まりだから、私が終わらせるの」 「それは、洗脳を終わらせるという事ですか? 黒沙全てを終わらせるという事ですか?」 狐火の問いにあっさりと口篭る六。 朧は控えめに意見を述べる。 「えぇと、六さん、でしたか。個人的には、何かをやらないと、という心は見ていて羨ましくもありますし、とやかく言う気はありませんけれど。何のために、黒沙を潰されるので?」 朧の言葉に狐火が続ける。 「いずれ現状の戦力で黒沙を全て潰すというのは現実的ではありません。せめても洗脳機関を一時的に使用不能にする程度でしょう」 六は隣に立つ野鹿の服の裾をぎゅっと握る。 「それでも、やるの。一度でダメなら何度でも。それでも足りないなら、もっともっと訓練して、勉強して、絶対に私がやるの」 朧は、少し興奮し始めている六を宥めるように口を開く。 「それは、使命感からですか?」 「だって、いっぱい遊びたいって思ってたの私と四だけじゃないもん。私、卒業生であそこのみんなよりずっと強いから、私がやるの」 手段を知らずとも、その意志は強い。 ならばと狐火は手段を提示する。 「黒沙の真実や犬神の出里の虐殺などの非道を瓦版等を使い広く世間に明らかにして、世論を味方につける。つまり、先生と一緒に神楽に残り、黒沙の生き証人である貴女にしかできないこと〜真実を人々に伝えるというのも立派な戦い方だと思いますよ」 それでも六は頑なに首を横に振る。 野鹿は六の正面にかがみ、目線を合わせて一言一言丁寧に語る。 「六、よく聞いてくれ。 悲しい事だが、前の六のような者はこの世界には沢山いる。 最後まで、自由を知らぬまま死ぬ者も沢山いる。 だから、六はそういう者達の希望なんだよ。 生きて、自由を知って、これから沢山遊んで‥‥それが、六がすべき事だ。 それが、戦いを終わらせる為にも繋がるんだ。 だから生きてくれ、戦いを運命だと思わないでくれ」 六は不安そうな顔で野鹿に問う。 「‥‥せんせーも、だめって言う? 私と一緒に、行ってくれないの‥‥?」 その顔をきゅっと抱きしめる。 「馬鹿を言うな。お前がどうしても行くというのなら、私も共に行くに決まっている」 「‥‥うん」 劉 厳靖(ia2423)は薮紫より紹介された屋敷に向かったのだが、即座にとても面倒な事態に巻き込まれる。 屋敷で世話をしてくれるはずのあやめという女性が屋敷の中で縛り上げられており、事情を聞くと、屋敷で治療を行なっていた黒沙にて洗脳を受けた子供三人が、あやめ達を縛って逃げたとの事。 きっかけは、あやめの彼氏(後に幽遠と判明)が犬神を抜けた旨伝えに屋敷を訪れ、あやめと大喧嘩かました事らしい。 その際、黒沙攻撃用に手配した船の停泊地を聞き、具体的な指針を得てしまったのが原因ではとあやめは申し訳なさそうに語る。 何かこう、再び泥沼に足を突っ込んでるような気もしないでもないが、厳靖は、腕利き三人とはいえ二人がかりなら話をする余地ぐらいはあろうと、仕方なくあやめに同行を申し出るのだった。 近場で馬を手に入れたあやめと厳靖の二人は、並んで駆ける。 「しかし、お前さんとてもシノビとは思えないよなぁ」 「う、うっさいわね! 大体ぜーんぶ幽遠様が悪いのよ、何で私に一言の相談もなく‥‥」 薮蛇であった。以後、延々愚痴を聞かされるハメになった厳靖は適当に聞き流しつつ、心の中だけで呟く。 『‥‥魅優といいこいつといい、女難の相でも出てるのかね』 相棒痕離のありがたさを改めて痛感する厳靖であった。 犬神三人衆、幽遠、華玉、宗次と行動を共にする事にした真珠朗(ia3553)に、華玉は改めてその理由を問う。 「目の前に生きている人間が居て。そいつが死んで悲しむ人間が居るなら、楽しくないんすよねぇ、そういうの」 「ご大層な主張だこと」 くくっと笑う真珠朗。 「それに、あたしは背徳感なく殺戮したいんすよ。誰に恥じようとも、己には恥じる事無く。黒沙の方って素敵な人が多いみたいじゃないすか。「些細な事」が如何でもよくなっちゃうような、素敵な出会いもあるかもですし」 宗次がふいっと口を挟んでくる。 「悪く無いですね、そういうの。気持ちの良い殺し合いって、私も大好きですよ」 幽遠と華玉はそろーりと真珠朗と宗次から距離を置いてたりする。 途中、幽遠が一度別行動を取るも、船を停めてある隠れ家に辿り着くと、何やかやと手間のかかる荷物の積み込み作業を始める。 四人が予期せぬ訪問者を迎えたのは、ちょうどその最中の事であった。 「一、二、五と申します。よろしければ私達も同行させていただけませんでしょうか」 見た目十歳前後の少女が二人、少年が一人。 幽遠は即座に答える。 「ふざけるな。とっととあやめの所に戻れ」 「もしお許しいただけないとなれば、不本意ではありますが腕づくでその船を借り受ける事になりますが」 華玉が真珠朗に問う。 「背徳感無しでいけそう?」 「こんな子供相手にですか? 貴女はもう少し良識を学ぶべきですな」 「‥‥えらいムカツクわ、アンタ」 ごちゃごちゃとしてきた所に、更なる混乱の種が。 「見つけたー!」 馬を駆るあやめと厳靖がこの場に現れたのだ。 まず何より先に、またケンカを始めた幽遠とあやめを遠くにほっぽり出す。 そして真珠朗と厳靖は、子供達三人に目的と理由を問うた。 主薮紫の真意を汲み洗脳機関の機能停止を、恩人あやめの恋人である幽遠の保護、付き合い、とそれぞれの理由を三人は語る。 真珠朗は、わざとらしく嫌みったらしく言ってみる。 「あたしは犬神三人で手一杯、いや足りないぐらいですぜ」 髪の毛をくしゃくしゃと乱した後、泥沼に頭の先までどっぷりつかった厳靖が三人に語りかける。 「えいくそっ、なら俺が代わりに行ってやる。黒紗全部はともかく、洗脳機関ぐらいは何とかしてやるし、幽遠ってのも無事に連れ帰ってきてやるから、それで引き上げてくれないか」 「そこまでしていただく理由がありません」 「あるんだよ、大人にはそういうのが。さあ、そこの賑やかな姉ちゃんと一緒に屋敷に戻りな」 突如、一が刀を抜いて厳靖に斬りかかる。 一の居合いに対し、厳靖は鞘から半ばまで抜いた刀で受け止める。 それ以上一は動けない。 抜刀直後に動いた華玉が二の首筋に刃を向けており、宗次が五の背後へと回っている。 何より、一の首前には、真珠朗が突き出した刀の先があるせいだ。 「‥‥参りました。お任せして、よろしいでしょうか」 「次はもう少し大人しい試し方にしとけよ」 疾也は麗の忠告に従い、昼間の間に街を回る。 開拓者として各地を回っているのは伊達ではなく、初めての街でも洗脳施設と思しき建物の場所や、最近の黒沙事情を無理なく仕入れられた。 欠けた八王に関しては、魅優が無骸老の後を継ぎ、風水もまた新たに八王を名乗っているという。 勢力図が変わる事で若干(あくまで黒沙基準であり、十人前後が殺し合う事件を通常若干とは言わない)の小競り合いが街中で起こった程度だと。 風水の八王就任に不満を持つ男と気が合った疾也は、彼と酒場で酒を酌み交わす。 「大体よぉ、風水がどれほどのもんだってんだよ‥‥道理で言うんなら若水さんか鏡花さんの側近から次選ぶべきじゃねえか」 「そうならんかったんか?」 「目ぼしいのはみーんな風水と炎邪に殺られか取り込まれるかしちまったよ。クソ、街に戻るなり無茶苦茶しやがってよぉ‥‥」 右京辺りが喜びそうなネタやな、と続きを促す。 風水は兼ねてより準備を整えていたのか、あっという間に八王としての基盤を整え、今は同じく八王の劉と共に洗脳施設の件に手をかけているらしい。 適当に話をあわせ彼と別れた後、けったくそ悪そうに言い放つ。 「狙うんが一箇所で済むっちゅーんやったらそら都合のええ話や。せやけど‥‥風水が八王やて? はん、せやったらあのアホ倒せば俺が八王ってか?」 そこらに転がってる石ころを蹴り飛ばす。 「そんなん頼まれたってなってやらんけどな」 痕離もまたシノビらしい方法で黒沙の調査を行なっていた。 男装をし、市井に混じった調査の最中、不意に側面より声をかけられる。 「やっと見つけたっ」 あちらも変装していたらしい幼い少女、しかし黒沙絡みで少女の知り合いとなれば相手は限られてくる。 「‥‥魅優」 「うん、久しぶりっ。ねえねえ、おねえちゃん黒沙慣れてないでしょ。私も忙しいけど、少しなら手伝ってあげれるよ」 魅優は洗脳施設への侵入路の手配、駐在戦力の情報を用意しようと持ちかけて来た。 あんまりの話に痕離が疑わしげな目を向けると、魅優は少しはにかんだ顔で俯く。 「えへへ、実はね。厳靖おじちゃんに頼まれたんだ」 別れ際、厳靖が痕離に語った言葉が蘇ってくる。 『んま、無理はするな。不味くなったら救援を待て。死ぬなよ?』 「私、手紙もらった時すっごく嬉しかったんだ。だって、私に頼むって凄い事だよ。なのに、おじちゃんはそうしたんだよ」 無邪気なだけだった魅優の表情が、優しげなものに見えたのは初めてだ。 「損も得も無しで信じてくれなきゃこの手紙は出せないよ。それが、本当に嬉しかったんだ‥‥」 すぐに少し困った顔に変わる。 「でもね、私もはちおーだから、私の利益を著しく侵害しない程度の助けしか出来ないの。それでいい?」 子供らしい言葉遣いに時折混じる大人びた単語が何とも不思議であるが、この子が八王であるというのはこういう事なのだろう。 痕離は、少し目を閉じ、そしてそれまでの対応を改め柔和な笑みを見せる。 「ありがとう。でもそうしたらきみが困った事になるかもしれないから、気持ちだけ、受け取っておくよ」 この申し出は意外であったのか、きょとんとした顔になる魅優。 「出来れば、私達がここに居る事だけ、見なかった事にしてくれるかな」 「‥‥それだけでいいの?」 痕離は魅優の頭を優しく撫でてやる。 「彼がきみを信じ、きみが彼を気遣うように、僕もきみを気遣いたいと思ったんだ」 大きく目を見開いたまま、魅優は呆けた声を出す。 「‥‥じゃあ、私はおねえちゃんを信じるの?」 「嫌かい?」 ぶるんぶるんと首を横に振る魅優。 痕離は最後に一つだけ問うた。 「きみは、八王である事と、信じてくれる人が居る事と、どちらかしか取れないとしたらどちらを取る?」 魅優は頭の悪い子ではない。痕離の言葉を、その真意を汲み取れるだけの知恵はあるのだ。 「‥‥ごめん。それ、すぐに答え出せないよ‥‥」 六は野鹿にべったりであり、徹底して六の参戦に否やの態度を取る狐火に対し、若干恐れのようなものを抱いているようにも見える。 朧は、真意の読めぬ笑みで狐火に語りかける。 「随分と、損な役回りですね」 いざという時の為の出入国ルートを確保すべく動き回っていた狐火は、ようやく目処がついたのか、宿でお茶をしていた所だ。 「特別な事をしてるつもりはありません。腕が立とうと子供は子供ですから」 「それ以外にも色々と画策なさってるようで」 「金も力も無ければ、知恵を絞り手間をかけるしか無いでしょう。そういうあなたこそ、何故こんな街にわざわざ? 火傷では済まないかもしれませんよ」 何処か他人事のような口調を続ける朧。 「大火傷でも負えば、この心にも何かしら波風が立つやもしれませんね」 諧謔なのか本心なのか、彼女は容易に心底を見せてはくれなかった。 宿にて、右京は麗と二人、遅めの朝食を取っていた。 皆何やかやと調査やらに出かけており、偶々、二人が起きるのが遅かったという話だ。 かちゃかちゃと食器の音のみが響く中、右京がさして大きくもないが、良く響く声で聞いた。 「先の戦場での事だ」 麗も食事の手を止める。 「刃を交えた時には力を求めた狂剣‥‥私と同質の物だったお前の剣が、陽の輝きを放っていた」 意外そうに目を丸くする麗。 「そりゃ‥‥あんたがそう言うんならそうなのかもね」 「‥‥何故だ? 何がお前を変えた?」 麗には自覚が無かったのか、少し考え込む仕草を見せる。 「どう、だろうね。何時もと変えたつもりはないけど、それでも何かが違うとすれば‥‥」 思い至った原因が麗にとって好ましいものであるのか、機嫌良さげに彼女は笑う。 「仲間って、いいよね」 今度は右京が驚く番であった。もっともそれを顔に出したりはしなかったが。 「黒沙の女は、何処までいっても黒沙の女さ。どうしようもなく毛嫌いしても、必死に逃げ出して距離を置いても、やっぱり流れる血は消えてくれない」 返事を恐れるように、おずおずと続きを問う。 「それでも‥‥私、みんなと同じように戦えてたかい?」 「そうだな、あれは他の開拓者のそれに近い」 安堵と自嘲とが入り混じった複雑な顔をする麗。 「きっと、黒沙に無いものを私が欲しがったからだろうね‥‥そうかい、これはそういう類のものだったんだね‥‥右京は、そんな私でもまだ‥‥」 揺れ動いているように見える麗に対し、揺るがぬ大樹のごとくそびえる右京。 「機会があれば、お前とはもう一度、刃を交えたい所だ。お前との決着もまだ、ついてはいなかったからな」 麗は、陽の輝きに相応しい、ひまわりのような笑みで返した。 自身の執務室で薮紫は、今出来る処理を一通り終えると、一人、大きく肩を落とす。 「桐さんのあれ、私に皆を説得しろって事なんでしょうね‥‥」 そのまま机に突っ伏した。 「今に始まった事ではないけど‥‥期待が重いわ、ホント」 |