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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 城に五百の新手との報せを聞いた薮紫は、驚きと怒りを顕にする。 「最悪の手よ、それ‥‥」 側に控えていた男シノビ、幽遠が理由を問いただすと、薮紫は搾り出すように口を開いた。 互いの正体が見えぬ状況で、下手に片方が大戦力などを出した日には、余程そもそもの戦力差があるでもなければ、もう片方も相応の戦力を出さざるを得なくなる。 結果、無為に戦線が拡大し、引き上げ時すら見失ってしまう恐れがある。 「かといってここで引くのか? お前、それ開拓者達見捨てるって話じゃないだろうな」 「それで済まない事態になってるから困ってるのよ。今更引いた所で、連中も五百もの拍oして来た以上、振り上げた拳の落とし所を見つけてやらないといけない」 もちろん、それも話し合いの糸口あればこそ。 現状、お互い正体不明のままではどうしようもない。下手をするとこのままずるずると総力戦になりかねない。 「どの道、ここで弱気は見せられないわよ。他所ならいざ知らず、ウチなら五百が相手でもどうにかなる。後は、今回の戦で何としてでも敵の正体暴いてやらないとね」 「よし、やれ」 六を保護する事に決めた薮紫は、犬神の里長に正体不明の組織とぶつかる可能性があると報告した所、里長は二つ返事でこう答えたのだ。 「多少の損害、不利益には目をつぶってやる。皆殺しにして恨みを買おうと一行に構わん。犬神と揉めるという事が、どういう事か存分に思い知らせてこい」 賭け仕合に敗北した影響から、犬神の里を侮るような言動がそこかしこで聞かれるようになっていた。 この世界は、見くびられたら終わりなのだ。 「背後に四大氏族の影が見えても絶対に引くなよ。話が纏まるまでの間に、一人でも多く地獄に叩き落せ。若手だけでなく、本里から人を出しても構わん。徹底的に、完膚なきまでに磨り潰してやれ」 「なーんて威勢の良い事言ってたけど、里長多分、今回の敵を何処かのシノビ里規模だと思ってるのよねぇ」 馬を走らせながら、薮紫は幽遠にそう漏らす。 「他所の国の犯罪組織、っぽいんだが‥‥何か普通と違うよな、連中」 「或いは、虎の尾を踏んだのかも、ね」 薮紫は、大きなため息をつきながら開拓者達を迎える。 五百を相手に、城に篭って必死に耐えてるかと思いきや、早々に勝てぬと見切り、自力で包囲網を突破した挙句、敵方の情報をすら入手しているというのだから最早言う事などあるはずもない。 「‥‥状況はわかりました。皆さんには引き続き、例の五百を潰す手伝いをしてもらいます。特に若水と鏡花は必ずここで倒さねばなりませんので、みなさんには特にこの相手をお願いしたいと思います」 薮紫の言葉に、彼女が率いてきたシノビ達から僅かな不満らしき声が聞こえてくるも、薮紫はこれを黙殺する。 シノビの援軍を最も喜んだのは風水であった。 若水、鏡花の配下でこの場に来ている注意すべき人物やら、兄の用兵の癖を薮紫に伝え、少しでも有利になるよう全面的に協力する。 兄にした他愛の無いイタズラ(風水談)のせいで、これまでかなりの苦労を負わされていた模様。超がつく自業自得である。 麗は悪びれた様子もなく白状する。 「ああ、私も黒沙の出よ。随分前に街を出る許可もらって、そのまま開拓者ってのをやってるわけ」 黒沙で街を出る許可が下りるのは、外でもやっていける程度にはまともな神経を持っているか、黒沙での常識を外でも押し通す程の実力があるか、もしくはその双方を持つ者のみ。 麗の世代では、特に彼女達のように単独で動き回る許可が下りているのは、風水、炎邪、麗の三人のみであった。 麗は、何時もより少しだけ声の調子を落として言った。 「私は、さ。骨の髄まで黒沙の人間だけど。黒沙って街が、吐き気がする程大嫌いなんだよ。だからかな、昔馴染みだけど、私がどうしても風水につく気になれないのは」 風水からの情報により、敵の中で特に注意すべき人物がはっきりする。 自称天儀一のシノビ小五郎。元陰殻のシノビ、それも薮紫と同世代とあって、薮紫も彼の事を聞き知っていたが、あまりに無法に暴れ過ぎたせいで陰殻にいられなくなった男である。 冷風の斬月。人斬りサムライ。それ以上でも以下でもない、ただただ人を斬るためだけにこの世に存在する男。 それぞれ若水、鏡花子飼いの中で特に優れているのがこの二人であるが、それ以外に風水は危険な存在があると忠告する。 「第十二期生が来てやがった。檻を引っ張ってたから間違いねえ。クソ兄貴が好きそうな、目的を果たす為に不要なモノ全てを消し去ったケダモノ達だよ」 六達同様洗脳を受けた中で、十二期生は趣が異なる。 どのような処置を施したか、生徒達は皆人間性を欠片も残しておらず、言葉すら忘れケモノのように唸り、吠える。 全員が一様に額に大きな傷を持ち、主とされた人間が指し示す相手に襲い掛かるのみしか出来ぬ。 「お前等どうやら六を治療しようとしてるみたいだが、十二期生にはそんな余地すら残ってねえよ。俺も詳しくは知らねえけど、頭いじって人間でないモノに仕立て上げたらしいぜ。普通そんな事思いつくもんかねえ。天才とやらの考える事はようわからん」 そんな十二期生が、恐らく三人居るだろうと。 乱戦が予想されるので、どうしても立ち行かぬ時は仕方が無いが、出来ればこれらの名の知れた者達は開拓者で始末して欲しいと薮紫は語る。 彼女はシノビ同士の連携では決して為しえぬ、開拓者ならではの力を期待している。 薮紫は、一人つまらなそうに隅っこで下生えを蹴って遊んでいる魅優に、他人には聞こえぬ小声で話す。 「‥‥前後の事情は聞きました。恨み怒りもあるでしょうが、ここは一つお互いの為‥‥」 皆まで言わせず口を開く魅優。 「協力して戦えって?」 「いいえ。貴女には、是非黒沙との架け橋になっていただきたく」 目をぱちくりと閉じ、開く魅優。 「へぇ‥‥それを、私に言うんだ。って事はおねえさん、もしかして今回のくろまく?」 直接的にすぎる言葉に、思わず苦笑する薮紫。 「そんな所です。若水と反目する幹部も居るでしょう。その方に話をもっていけば話し合いの余地は出てくるはずです」 魅優は笑う。おかしくてたまらぬと。こみ上げる笑いが堪えられぬと。 「あはっ、あはははは、おねえさん黒沙と五分で付き合える気なんだ。あははははははは、面白いよおねえさん。うん、ここ最近じゃいちばん面白いおはなしだよ。おじいちゃんが死んだって話よりずーっと楽しいっ」 魅優がくるりと体を翻すと、鎖帷子がじゃりと音を立てる。 「いいよ。ちょうどいいのが居るから、その人に話しといてあげる。でもね、おねえさん‥‥」 「はい」 「相手の機嫌のとり方、もう少し学んだ方がいいかな。じゃないと、殺されちゃうよ。信じられないって顔したまま、この世の不条理に押し潰されて」 「‥‥肝に銘じておきましょう」 |
■参加者一覧
天津疾也(ia0019)
20歳・男・志
柳生 右京(ia0970)
25歳・男・サ
桐(ia1102)
14歳・男・巫
劉 厳靖(ia2423)
33歳・男・志
痕離(ia6954)
26歳・女・シ
狐火(ib0233)
22歳・男・シ
風和 律(ib0749)
21歳・女・騎
花三札・野鹿(ib2292)
23歳・女・志 |
■リプレイ本文 花三札・野鹿(ib2292)は薮紫の言葉に従い右翼後方に移動する。 何でも本陣は囮にするとかで、シノビの考える事は時折理解を超えるので困る。 戦前の喧騒に、六は不安気に野鹿を見上げる。 そんな六をきゅっと抱きしめてやる。 「心配するな、私がずっと側に居てやるからな、うむ」 風水は馬を進めながら、併走する天津疾也(ia0019)に文句を垂れる。 「なあ、この役割分担に関して、すっげー言いたい事があるんだが」 「聞こえへん」 「聞けよ。くっそ、せめて前の晩に桐が付き合ってくれてたってんなら、囮でも特攻でもこなしてやるってのによ」 桐(ia1102)は実に良い笑顔で答える。 「私、男ですから。それと、えっちぃのはいけないと思いますよ?」 「お前みたいな男が居るかっ」 即答する辺り、女と信じて疑っていない模様。男でもいいとか言い出さないだけマシであろう。 狐火(ib0233)の険しい視線が右翼の方向へと注がれる。 「負の螺旋に子供が踏み込むものではない‥‥と思うんですけどね。或いは、既に‥‥」 たくさんの笑顔を持つ六を守るのに、あの子がこれからもずっと笑っていられるようにするのに、必要な事が敵を斬らせる事だとはどうしても思えないのだ。 桐が狐火の側へと馬を寄せてくる。 「やはり、六さんが参加するのには反対ですか?」 「はい」 即答の後、桐と視線を合わせぬまま呟く。 「そもそも、あの年の子に『敵』が居るのがおかしいんですけどね。現実という奴は何処までも底意地が悪く出来てるものです‥‥」 痕離(ia6954)は出陣前に聞いた魅優の言葉を思い出していた。 彼女は、厳靖の話を随分楽しそうに聞いていたように思える。 贔屓目抜きにしても、魅優は、厳靖を気に入っているだろうと。 だからこそあんな事を言ってきたのだ。 『この戦から早く手を引いた方がいいよ。おじちゃんと一緒に何処かに逃げちゃって。魅優のおすすめー』 考え込んだ顔を、劉 厳靖(ia2423)が覗き込んで来る。 「どうした?」 「ううん、何でもないよ」 すぐ前に居る風和 律(ib0749)は気合十二分な顔で敵陣を睨みつけている。 「道を開く役は受けたとはいえ、騎士たる身に撤退の屈辱を味あわせてくれた礼は、きちんとさせてもらおう‥‥!」 良い所で気合を見せてくれたと痕離は気を引き締める。 今は何よりもまず、生き残る事だと。 戦端が開かれる。 各所で剣撃の音が響く中、自陣の動きも敵の対応も知った事かと我が物顔で戦場を突き抜ける一筋、いや二筋の血風。 馬上より剣の暴風を四方に放ち、悪鬼の突撃にて死を八方に撒き散らす修羅が二人。 柳生 右京(ia0970)には一つ疑問があった。 炎邪は突撃の後方にあって、積極的にではない参加をしていた。自身で声をかけた事であるし、これはわかる。 しかし、麗がこうまで付き合う理由は何であろうかと。 彼女も右京同様血煙に塗れながら、そこに暗い喜びは見られず、何処か、春の野を駆けているように見えるのは何故だろうと。 力こそ全てと振るう自身の剣と同質と思っていた彼女の剣には、今は他の数多の剣士達と同じ陽の輝きが見て取れる。 それでいて、併走し、交錯し、戦場を突き抜ける二人がこうも噛み合う理由が、右京にはわからなかった。 内なる声が吠え猛る。 斬れ、全てはそれからで、それだけで、それまでだ。 疑問はすぐに塗りつぶされる。そこにあるのは、要るのは、身を焦がす様な殺意のみである。 風水の情報通り、突破口となるべく小五郎は最前線に飛び込んで来ていた。 「最強無敵の伊達シノビ! 小五郎様のお通りだ!」 犬神の面々はすんごい微妙そうな顔でこれを迎え撃つが、微妙なのは顔だけできっちり前線を維持しているのは流石であろう。 そもそも忍耐と言う単語と無縁であるのか、速攻で業を煮やした小五郎は馬上より空高く飛び上がる。 「くっそー! 見やがれ! これぞ必殺‥‥」 「戦場での迷惑行為はご遠慮願えませんかね」 この機を伺っていた狐火が、空へと手裏剣を放つ。 「紐? ええい鬱陶しい!」 手裏剣に紐をつけ、投擲にて小五郎の体に巻きつけ終わると、狐火は前線を術にて援護している桐に後を任せる。 桐は、満面の笑みで言った。 「自慢の業見せてもらいますね、自爆してください♪」 「ちょ! おまっ! 何ばしよっとかっ!」 桐の術にてぽっ、ぽっ、と小五郎に火がつくと、火は紐を滴る油を伝い、その全身に行き渡る。 ぼっかーん。 空中高くで実に派手に炸裂した。 狐火は予想していたより遙かに大きな爆発に、何と言っていいやら言葉に迷う。 「‥‥これで人に突っ込もうとしていたんですか? 正気を疑うとかいう段階を超越してますね‥‥」 桐は、べちゃっと大地に落っこちた小五郎の様子を見て、しみじみと語る。 「ある意味潔いのかもしれません‥‥あ、起き上がった」 むくっと立ち上がった小五郎は叫ぶ。 「死ぬわぼけえ!」 顔を見合わせる桐と狐火。 「戦場で平然と笑い取りに来る人、初めて見たかもです」 「アレにやられたら死んでも死にきれませんねぇ」 小五郎にも突破出来ぬ前線に、十二期生が投入されると同時に律、厳靖、痕離の三人も最前線へ。 犬神軍の突破を信じて、三人はこの手強い子供達の相手を引き受ける。 剣を交える前に、厳靖はきっちり精神を切り替えておく。 敵が子供であろうと、容赦せず戦えるように。 厳靖は牽制の突きをまず一撃。 懐に引き寄せるようにしつつ、脇の下を通してこれをかわす敵志士。 片腕で刀を逆袈裟に振り上げるも、突きを中途で止めた厳靖は刃の根元でこれを受ける。 「洗脳ねぇ、気の毒っちゃ気の毒だが‥‥」 彼我の体力差を活かし、体全体で刀を押し出し敵志士の体勢を崩す。 「悪いが手心加える気はねぇ」 疾風怒濤の連撃が、敵志士をじりじりと追い詰めていく。 通常こうやって攻め立ててやれば焦る等の反応が返ってくるものだが、この相手には意味が無い。 ならば一息にと、厳靖の刀が紅蓮に燃え上がる。 「さぁ、来いよ。‥‥次で終りにしてやる」 敵志士が駆けると、厳靖も真っ向よりこれに飛び込む。 最後の踏み出しは両者同時。狙うは共に突き。 半身になりながら相手の正中線を狙う二人の突きの軌道が重なる。 二つの刀がぶつかりあったのは一瞬にすら満たぬ時間であるが、この時こそが両者の生死を分ける。 敵志士は、胸部に真っ赤な花を咲かせ倒れる。 厳靖が僅かにでも押しのける事が出来た差は、年の功か意志の力か。 いずれ、この子供達には決して越えられぬ差であろう。 痕離と敵泰拳士の戦いは厳靖のそれとは対照的に、互いの刃が触れ合う事はほとんどない。 初撃で厳靖との連携を見せると、敵泰拳士はこれと距離を取って戦うように動く。 互いの必殺の斬撃は、薄皮一枚すら奪う事なく虚しく空を切る。 まず、敵泰拳士が速度を上げる。 痕離もまたこれに倣うと、再度敵泰拳士が加速する。 体が小さい事もあり、とんでもない速度で周囲を回る敵泰拳士に、痕離は最小限の動きのみで対応する。 丁寧に一つ一つの動きに対処しつつ、この速度に目を慣らし、動きを読む。 踏み込みの出足を払い首を狙った一撃を敵泰拳士へ。 必死にこれを避ける敵泰拳士は、しかしかわしきれず胸に横一文字の傷を負う。 それでも後退すれば速度差から安全域へと逃れられる、そう敵泰拳士は考えていたのだろうが、痕離が一枚上手であった。 首を背後よりがっちりと固められながら、敵泰拳士は最後までこれが眼前より突如消え失せた痕離の攻撃だと理解出来ぬままであった。 痕離は、この瞬間の為、敢えて速度を上げずに敵泰拳士と剣を交えていたのだ。 トドメを刺し、崩れ落ちた敵泰拳士には最早目もくれず、痕離は周囲の戦況を確認する。 「‥‥さて、次。‥‥未だ敵は引いてないから、ね」 騎士とサムライの一騎打ちというものは、往々にしてがっぷり四つに組んだガチンコ勝負になりやすい。 重装甲大火力で正面より粉砕する形は、どちらも一緒であるのだから。 律の大剣が、下より唸りを上げて振るわれると、敵サムライの太刀がその正面より叩きつけられる。 大剣の威力がありすぎて、普通に受けるだけだと防ぎきれないのだ。 弾かれた大剣の剣先が大地に落ちる。刃が傷むのを承知で落着の寸前に叩き付けるように力を入れると、大剣は跳ね上がり再び敵へと迫る勢いを得る。 もちろん、こんな暢気な事してる間に敵の太刀は律へと向かっている。 踏み込みが三分の一歩足りないと見切り、大きく体を後ろに逸らしてかわす。 仰け反る形、位置は万全‥‥でもなく、出来ればちょい右が好ましかったが、まあこれはこれで良しとする。 律は、大剣を腕ではなく、足先で蹴り上げて敵へと振り上げた。 脇の下から胴を削るような軌道の大剣に、脇腹を抉られ敵サムライは三歩、下がる。 今度は小細工抜き、大上段に振り上げた大剣を降ろす。 受けるには受けたが完全に体勢が崩れる敵サムライ。だが、こちらも再攻撃には時間がかかる。 次撃、敵の受けが間に合う。問題なし。また砕くのみ。 三撃、やはり上手く受け流しにかかる。構わない。必殺の意志を宿した刃は、そう容易く受けきれるものではない。 四撃、五撃、六撃‥‥反撃もあった。しかし剛剣を一切緩めず、律は最後まで押しに押し切って敵サムライを倒したのであった。 斬月は、胸元からどろりと滴る血の流れにも、さして意識を払っているように見えない。 それは右肩に深い斬り傷のある右京も同様だが、何を思ったか右京は刀を鞘に収めてしまう。 大気が凍る。 腰を落とし鞘に手を沿え、逆の手は柄に触れるか触れぬかの位置でぴたりと止まる。 喧騒の最中にあって、そこだけ切り抜かれたかのように空気が重く、風さえ通り過ぎるのを遠慮しているようだ。 その体勢のまま、じりじりとすり足にて斬月へと迫る。 ただ待つのみの構えなど、この男が取るはずもない。 鏡花の援護は、麗が見事に封じている。 後方彼方からのんびりと追って来ていた炎邪が、ようやくこの場に姿を現す。 舞台はこれで、完全に整った。 「良く見ておけ、炎邪。霞に沈む夢幻の刃を‥‥」 炎邪にこの技を見せんが為、わざわざ戦場奥地へと誘ったのだ。 対する斬月は、これが危険にすぎると知りつつ前に出る他無い。 抜刀術の速度は恐るべきであるが、刀の軌道が読み易いという欠点もあるのだ。 後数歩で間合い、そこで斬月は、全身丸々巨大な虎の口に咥えられているような錯覚に囚われる。 下より逆袈裟。居合いとくればこの軌道しかないが、実に受け難く、満を持していた右京の豪腕が乗っている事もあり、斬月の体が浮き上がってしまう。 斬月は、冷静に、それを見つめる。 『此は幻か?』 上より刃にて押さえ込んでいるはずの右京の刀が、真っ向幹竹割りに、右袈裟に、左袈裟に、上より無数に分裂して襲い掛かってきた。 どれ一つにすら対応できず、斬月は斬り伏せられる。 右京は炎邪を見つめる。炎邪も右京を。 先に口を開いたのは炎邪だ。 「良くわかった。確かに、潮時だな」 疾也は構えた刀ごと、その全身が宙を舞う。 細身に見える若水の剣は、泣きたくなるぐらい強烈であった。 ぶっ飛ばされた疾也は、風水の元へ突っ込んでしまう。 折り重なって倒れる二人に、若水が迫る。 「こりゃあかん、風水バリヤーや!」 「何お前俺の後ろに隠れって押すなてめえええええ!」 両腕を交差させつつ、若水の剣撃を篭手で受け止める風水。 上手く両腕で刀を挟んで動きを封じると、疾也が脇をすり抜け深手を負わせる。 かと思えば、刀を抜いて距離を取ろうとする若水を逃がさぬ為、効果範囲に疾也が居るにも関わらず、風水は崩震脚で一緒くたに吹っ飛ばす。 それでも最も重要な部分だけはお互い弁えているようで。 若水の顎を蹴り上げた風水は、同時に振るわれる刀を敢えてかわさずその身に受ける。 風水の体を介していれば、背後より迫る疾也への対応が遅れてくれるからだ。 もちろん疾也の為に身を投げ出したなんていう殊勝な話ではなく、ここで決めてもらわないと、風水も疾也も後が続かない程ぼっこぼこにやられているせいだが。 「こないだばら撒いた俺の銭の恨みを思い知るがええ!!!」 「年貢の納め時だぜクソ兄貴! それとアレは俺の金だ!」 疾也の剣速が可視しうる限界を超える。 この域になると、最早見て避けるのではなく感じて避ける必要が出てくるのだが、それが可能な若水も、それまでの消耗と風水の妨害により回避なしえず。 更に続く風水の玄亀鉄山靠連撃、目と鼻より血を噴出した若水に、疾也より秋水の刃が飛んでトドメとなった。 見るからに出血の激しいシノビの前に立ち、六は敵への壁となりシノビの後退を助ける。 苦しそうにしながら礼を言うシノビを他所に、そのまま前線に飛び出して行きそうになる六を野鹿が横から抑える。 上目遣いに、行かせてと主張する六。 野鹿は首を横に振りながら、内心で嘆息する。 いきりたつ六を宥めるのも一苦労だ。 こういう時見られる六の人死にへの抵抗の低さは、野鹿をやるせない気分にさせてくれるのだが、せんせーはそのぐらいでは挫けない。 迫る敵兵を蹴倒し、六と一緒にせーので負傷者を後方に放り投げ、武器が砕けた味方に向かって槍投げたら当たりそうになって、今夜はだぶる志士だと二人で飛び蹴りくれて。 幽遠率いる右翼部隊が次から次へと色んな所に斬り込んでくれるおかげで、もの考える余裕すらない程忙しかった二人は、戦が終わる頃には剣を交えてた面々に劣らぬ程疲れ果てていた。 良くやったと、野鹿はぽんと六の頭に手を置く。 六は不安そうに、野鹿を見上げる。 「せんせー‥‥私、役に立った?」 「もちろんだ。もう少し落ち着いたら、きっと幽遠にも褒めてもらえるぞ、うむ」 素直な反応が返ってくると思ったのだが、六は顔を伏せ、ここではない何処かに目線を向ける。 「でも、もっと頑張らないと‥‥」 「いや、充分に‥‥」 「ダメだもん!」 急な怒鳴り声に驚く野鹿。 「全部、全部私が始まりだもん! だから、私が終わらせないとダメなの!」 今にも泣き出しそうな顔で、ぽつりぽつりと言葉を漏らす。 「こんなに‥‥大きな事になるなんて思ってなかった‥‥私、ただ、いっぱい遊びたかっただけなのに‥‥」 「六! それは‥‥」 「せんせー、ねえ、どうしよう‥‥私、こんなにおっきなせんそう、どうしていいかわかんない‥‥」 続く六の言葉に、野鹿は肺腑を抉り取られる思いであった。 「たすけて‥‥私じゃ、終わらせらんないよ‥‥せんせー、助けてよ‥‥」 |