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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 「たーいがいにしろよなお前は!」 風水の怒鳴り声にも、炎邪は悪びれた様子も無い。 「先に手を出して来たのは向こうだ」 「子供のケンカか! その勢いでさらっと殺し合いするんじゃねえ!」 炎邪と攻城戦中にケンカしたもう片割れ、魅優はというと、テントを張った中で何やら儀式(厳密には儀式ではないが、皆深く関わりたくないのでそう思い込むようにしている)の真っ最中。 ちなみに二人のケンカを止めに入った風水君、そこかしこに怪我を負ってたりしたのだが、部隊の巫女は尊敬の眼差しと共にアれを治療したそうな。 今回の戦いで部下も三分の一をもっていかれ、切り札の志士二人を討ち取られた魅優なのだが、当人さして焦った様子がないのは勝つ算段がたっているのか、そもそもどうでもいいと思っているのか。 次の戦闘からは炎邪と魅優の二人はバラけさせないと、となし崩しに参戦を魅優に認めさせた風水は考えていたのだが、そんな心配をしている余裕も吹っ飛ぶような出来事が起きた。 魅優は儀式(厳密には略)を中断され不機嫌そうにテントから出て来る。 「‥‥なにこれ?」 外があまりに騒々しいので出て来たら、部隊は大混乱真っ只中。 混戦の最中、二人連れが魅優の前に姿を現す。 一人は優男であるが、顔の片側を縦に三筋の傷跡が走っている。 もう一人は、男により沿うように立つ女。 「ご機嫌麗しゅう、魅優殿」 「えっと、若水、だっけ? 確かはちおー、だったよね。これは一体何の真似?」 見知らぬ兵が魅優の兵に襲い掛かっている様を見れば、友好的な話でないのはすぐにわかる。 「元は無骸老のご機嫌伺い程度の援軍の予定だったのですが、少々状況が変わりまして。この際貴女に消えてもらおうという結論に達し、こうして出せる兵ありったけを率いて来ました」 「それは私達にケンカをうってるって事なのかな?」 「達ではありませんな、もう。無骸老は討ち取られましたよ」 驚きに目を丸くする魅優。 「へ? おじいちゃん負けちゃったの?」 「はい、ですので他の八王にこの事を知られる前に、そちらの利権全て私達で頂いてしまおうと。ああ御心配無く、城攻めの方も我々で引き継いでおきますので心置きなく‥‥」 と、話の途中ですっとんきょうな声が聞こえて来た。 「兄貴!? 嘘、やべ、マジで兄貴だ。って事はこれ全部兄貴の兵なのか?」 炎邪を伴い本陣である魅優の側まで辿り着いた風水である。 「‥‥風水? 貴様、良くも俺の前に顔を出せたものだな‥‥」 「うはははははははははっ! すっげぇ兄貴! マジで怖えよそれ!」 何故か爆笑している風水。 憤怒の気配は、若水よりその隣の女性のものが強い。 「風水です! 奴もこの場で殺しなさい!」 乱戦の最中でも良く通るかん高い声に、周囲の兵達が一斉に襲い掛かる。 こうなると話も何もない。 皆が皆ただ目の前の敵を倒すので手一杯になっていく。 魅優は、至極あっさりと指揮を放棄した。 「うーん、無理っ。みんな頑張って逃げてねー」 だそーである。 あちらもこちらも敵だらけの中である。 風水、炎邪、魅優のような猛者を持ってしても、この乱戦の中を思うように動くのは限度がある。 魅優の兵士も生き残るため、三人の側に必死で引っ付いていたのだが、一人減り、二人減り、遂に戦闘ではなく狩りへと変わって来た頃、風水と炎邪だけとなった二人は恐らく安全と思われる場所まで逃げる事に成功した。 「まさか兄貴も俺が城の方に逃げたとは思わねえだろ」 「おい風水、お前の言う通りにしたのはいいが、ここは、安全なのか本当に? 単に逃げ道無くなっただけじゃないのか?」 城の中からは外の騒ぎを伺う様子が見て取れるが、夜陰に乗じて近づき城の堀の中に二人は身を沈めていたのだ。 深さ一間程(約二メートル)とはいえ、水の中に鎧を着たまま潜むというのは相当な無茶であるのだが、二人共上手い事堀の端に足を引っ掛け隠れ続けている。 「うぅ、お気に入りのいっちょうらがー」 水面から顔しか出ていない、魅優がそこに居る。 「‥‥何であんたもいるんだよ」 「だって、危なかったし」 「まあいっか。都合良いっちゃ都合良い話だ。いいか聞けよ二人共」 二人は縁にはっついたままこくんと頷く。 「兄貴は石橋を叩いて渡るタチだ。事を起こす以上、十割勝てるよう手を尽くして来る。って事は兄貴を出し抜くにゃ、兄貴も考えつかないような真似をしなきゃならん」 「もったいぶらず先を言え」 「城の開拓者達と組むぞ。連中と俺達とで突破にかかれば、兄貴がどんだけ兵を集めてようと何とかなる」 炎邪は微妙そうな顔で、魅優はやる気無さそうに水面に後ろ髪をはわせて遊んでいる。 「‥‥連中、今更乗ってくれるか?」 「あー、おにいちゃん大丈夫かなあ。死んでないといいんだけど。あのおにいちゃんは代えがきかないしぃ」 風水は水を跳ねながら小声で喚く。 「あーうっせえ! 他に手はないんだからしゃーないだろ!」 「聞こえるだろ! 城の中の連中! 風水、炎邪、魅優の三人がお前達の力になってやるからそっちも手貸せ!」 「で風水。お前あの兄貴に一体何をしたんだ?」 「うははっ、兄貴の奴優男で美男なのはいいが、ドスがきかないから困るとか抜かしてたんでな。鉤爪で顔面ひっかいてやったんだ。いやぁ、あん時はもう、兄貴は床を転げ回るし奥さんはブチギレるしでエライ騒ぎだったわ」 「あー、そういえば城の中に確か私の術耐えた人いるんだー。中入れるんなら今度こそころせるかなー?」 「やるなっ! 人の話聞いてんのかあんたは!」 「ふむ、中には確か右京とかいう男と麗が居るんだったな‥‥なるほど、確かに楽しみかもしれん」 「っだー! 人が必死こいてまとめようとしてる話さらっとぶち壊すような事言うんじゃねええええ!」 |
■参加者一覧
天津疾也(ia0019)
20歳・男・志
柳生 右京(ia0970)
25歳・男・サ
桐(ia1102)
14歳・男・巫
劉 厳靖(ia2423)
33歳・男・志
夜蝶(ia5354)
18歳・女・シ
痕離(ia6954)
26歳・女・シ
狐火(ib0233)
22歳・男・シ
風和 律(ib0749)
21歳・女・騎 |
■リプレイ本文 麗はひとまず共闘という事で城に入って来た風水に向かって、あっけらかんとした顔で告げる。 「ああ、私今回アンタにつく気無いから。そのつもりでいなさいよ」 「何いっ!? おいおい、結構アテにしてたんだぜ」 「だってこっちのが良い男多いし」 「おいっ!」 それに、と桐(ia1102)を後ろからぎゅーっと抱きかかえる。 「わひゃうっ!?」 「可愛い子も居るしねぇ」(←性別わかってて言ってる) 「くっ、こっちの可愛い子はアレだし、文句が言えねえっ」(←わかってないで言ってる) アレこと魅優は何を言うでもなく、じーっと劉 厳靖(ia2423)を見つめている。 殺されかけた相手に、どう話を振ったものか困った顔の厳靖であったが、魅優は、溢すようにぽつりと問う。 「怪我、無いの?」 思わぬ言葉に意表をつかれるが、気にしているというのであればと少しおどけて答える。 「治療は済んでる。もう問題は無いさ」 「手とか無くなってないの? 実はおなかに大穴開いてるとか、指で押しただけで倒れるぞーとかっ」 拗ねた顔の魅優。必殺の術で倒せなかったのが余程納得いかない模様。 何でこんな事しなきゃと思いつつも、仕方なしにあった事を正直に教えてやる。 「‥‥治癒で持ち直したが、あの時は本気で死にかけた」 途端、ぱーっと顔が明るくなるのだから現金なものである。 「ほんと! すぐに反撃してきたけど、実は血の海に沈んだりしてたの?」 これはもう比喩でなしにそうであった。 「ああ、ああ、その通りだから自信持っていいぞ」 「えへへー。よかったー」 複雑そうな顔で見守っていた痕離(ia6954)に、厳靖は頬が引きつったままで漏らす。 「‥‥よくねえ」 痕離は慰めるように、ぽんとその肩に手を乗せてやるのだった。 獣の臭いがする。 そう、初めて見た時思ったが、こうして刃を交える相手としてではなく相対しても、やはりその獣臭は漂い続けている。 それが堪らなくそそると思える自分に、思わず笑みが零れる。 「‥‥何がおかしい?」 炎邪がつまらなそうに問うてくる。 柳生 右京(ia0970)は、曖昧に答える。 「さあな‥‥お前達は私と共に脱出の先鋒を勤めて貰う。人手は確かに必要だが、完全に信用は出来ないのでな」 「元よりそのつもりだ。お互い陣の内が似合う柄ではあるまい」 その後は無言のまま。 流れる奇妙な沈黙を破ったのは風和 律(ib0749)であった。 こちらは外から見てわかる程不機嫌そうにしている。 「自分の旗色が悪くなった途端に手を組もうなどと、ふざけるな‥‥といってやりたいところだが、かける命が子供を含めて他人のものとなれば、我を張り通すわけにもいかない。お前達と組むのはそれ以上でも以下でもない。覚えておけ」 含むように、炎邪は笑う。 「いっそ我を通してみてはどうだ?」 「何だと!」 はいはいそこまで、と割って入ったのは狐火(ib0233)だ。 「途中経過はどうあれ、仕事はきちっとしませんとね」 「わ、わかっている!」 でも腹が立つんだと顔中で表現する律を安心させるためかどうかは知らないが、懐より一枚の紙を取り出す狐火。 「協力体制を築くのならば、ちゃんと契約書を結んでもらいましょうかね」 と、突如ぬっと現れる夜蝶(ia5354)。 何事かと目をやる炎邪に筆と硯を手渡し、ささっと再度いなくなる。 去り際にぼそっと律に囁く。 「俺も‥‥同感ですが‥‥命がかかってる以上は‥‥止む終えないという所‥‥でしょうか‥‥」 炎邪は眉根をしかめ、何とも言えぬ顔で右京に尋ねる。 「これを書けばいいのか?」 「知らん」 天津疾也(ia0019)は、安目を売るつもりなぞないと風水を前にふんぞり返って相対する。 桐もまた、何処から用意したのかお茶を飲みつつも、同席している。 「とりあえず、知ってる事全部吐けや」 「‥‥えらく大雑把な質問だなおい。そもそもお前等が何を何処まで知ってるかわかんねえんだぞこっちは」 「一々腹の探りあいも面倒や、せやから全部言うてんのや。まずは順を追って、お前自身の所属からいこか」 所属ねぇ、といった言葉から始まった風水の説明は、以下の通りである。 風水は無骸老一派と取引があったが、直接の部下というわけではなく、外部委託に近い形で自身は営業という形で自由な立場であった事。 今回攻めて来た若水は、奥方である鏡花共々無骸老と同格の組織の幹部であり、三人はそれぞれ利害がぶつからぬシノギを持っている事。 六を含む洗脳者の扱いに関しては、これは常とは違い複数の幹部が関与しているため、今回のような事態になったと思われる。 「んで、その組織の名は?」 「黒沙。‥‥これ、俺から聞いたってのは内緒だぜ」 しかし桐は容赦するつもりはないらしい。 「組織というからには頭が居るでしょうし、その住処もあるでしょう」 「住処、住処ねぇ。そいつを俺の口から言えってか? まるで無条件降伏じゃねえかこれじゃ」 「組織に一緒くたに処理されようとしている貴方にとっても、組織と敵対する私達がより有利になるのは、良い事なのではないのですか?」 肩をすくめる風水。 「可愛い顔して言うねえ。まあいいさ、大将っつーか八人居る幹部の誰が一番上って訳でもねえし、それぞれの幹部は各自のシノギに合わせた場所に住んでるから、これを全部ってな俺にも無理だ。だが‥‥」 「だが?」 「洗脳絡みの育成を管理してる劉さんと、戦争屋の恨王は黒沙に居るさ。会いたきゃ直接行ってこい」 怪訝そうな顔の二人を見て、してやったりと笑う風水。 「黒沙ってな組織の名前なんかじゃねえ、街の名前なんだよ」 陰殻と東房の国境付近にある街、黒沙。 この街は陰殻にも東房にも属さず、独立独歩の道を歩む。 何処の地図にも載っていない黒沙は、天儀中に居場所が無くなった、どうしようもない悪党達が最後の最後に流れ着く場所である。 この街を治めるのは八人の王。 劉、無骸老、若水、鏡花、恨王、カルバリ、フランツ・オットー、すみれ、の八人。 八人の内六人は、仕事の為黒沙を空けている事が多く、よほど高い調査能力のある人間でもなくば所在を掴むのは困難であり、先の無骸老の例には風水も驚いたと言う。 それなりに聞ける事は聞きだしたが、何時までもそんな話をしている余裕も無い。 脱出作戦の準備には結構な時間がかかるのだ。 敵の攻撃前に何とか準備を整えると作戦開始だ。 何せ数が違うので、若水軍は全方位から同時に攻撃を仕掛けて来た。 しかしこちらも、下準備は済ませてある。 城壁北側に仕掛けた爆薬が炸裂し、城壁に内側より大穴を開けると、中から堀を渡れる板がしかれ、大量の馬が飛び出して来た。 幾らなんでも自分の城に自分で穴開けるとか、そうそう思いつくような手ではない。 こちらは攻め手と油断していた兵達に乱れが生じ始める。 報告を受けた若水は、そのふざけたやり口から風水の気配を感じ取り、急遽主力を北側へと向ける。 北側の軍も混乱しているとはいえ、そう容易く包囲網を突破は出来まい。 その間に逃がさぬよう十重二十重に取り囲んでしまえという魂胆だ。 風水は少しバツが悪そうにしていた。 「あぶねっ、兄貴の奴思ったより対応早いでやんの。もし北から行ってたとしたら‥‥ギリギリだったか?」 疾也はジト目でこれを見ている。 「‥‥お前の口車に乗ってエライ事になる所やったで」 「そういう事言うなよ! は、発想は悪くなかっただろっ!」 ぶちぶちとした言い合いを他所に、最後の仕掛けに火をつけると、一行は決死の脱出を図るべく城南門より飛び出して行く。 「はっしゃー!」 魅優の状況を弁えぬ暢気な声と共に放たれた術は、城門前にて指揮を執っていた男をただの一撃でぼろ雑巾に変えてしまう。 こうなるよう魅優を誘導した厳靖は、油断をするつもりはないが、それでもやはり、こういう時は頼もしいと、未だ険しい表情で魅優を監視している痕離程に険のある視線を送る気にはなれなかった。 風水、炎邪、魅優の三人に先陣を走らせる予定であったのだが、誰よりも早く敵陣深くに切り込んだのは律であった。 「騎士の進撃、見せてやろう」 剣であり盾であれという騎士が、戦において後塵を拝すなどという事があってたまるかと、人馬一体となって楔の先端を担う。 その全身を満たす気力のおかげか、数多の斬撃を受けて尚、小揺るぎもせず。 立ちはだかる全ての者を斬り伏せ、吹き飛ばし、蹂躙して血路を開く。 こんな真似をされて、黙っていられないのがサムライであろう。 炎邪、麗もまた競うように前に飛び出し、右京は中陣の狐火に一言断る。 「前で暴れてくる。遅れるなよ」 先陣で剣を振るっている者には、それが例え彼等程の猛者であっても、後方を振り返る余裕などもてない。 彼等はただ切り開く事のみを考えるしか出来なくなるのだ。 「了解しました。夜蝶さん?」 言葉も無く狐火に馬を寄せる夜蝶。 「貴女は戦場の動きを監視していて下さい。それに合わせて私は‥‥」 懐よりまきびしやら火薬やらを取り出す。 「色々と小細工させていただきましょう」 「‥‥わかりました。‥‥やはり、五百という数は‥‥並大抵ではありません‥‥気をつけて下さい‥‥」 初動は完全に一本取った形であったが、それでも、包囲を突き抜け、追いすがってくる追跡を振り切るのは容易な事ではない。 また、中に時折混じっている志体持ちが曲者であった。 無視するにはあまりに手強すぎる相手、しかしこれにかかずりあっていると集団から離れてしまうというジレンマ。 疾也は、風水を監視するようにこれと併走していた。 「おい風水! ええ手がある! お前ぎょうさん金持ってるやろ! そいつ今すぐバラ撒けや!」 「あん!? ‥‥確かに、そいつは妙案だ」 懐に収めていた大量の金子を、風水は気前良く追跡にかかる連中に向けバラまくと、彼等はこぞってこれを拾いにかかる。 「へっ、上手い事考えるねえ‥‥って、おい、お前泣いてんのか?」 「お、俺の銭が‥‥」 「いやこれてめえのじゃねえだろ!」 「後で分捕る予定やったんやから一緒や。くそう、こいつら絶対許さんで‥‥」 「何て事考えてやがんだてめえ! つーかそんな自分勝手な理由で血涙なんつーヤバげなもん目から垂らしてんじゃねえええええええ!」 夜蝶は、走る馬の上に立ち、より先を見通すべく目を凝らす。 これは良い的だと、頬を、腕を、足を、矢がかすめるも夜蝶は微動だにせず。 「‥‥前方、やや左側に‥‥‥布陣の、甘い所が‥‥」 中陣の集団を引きずりながら、前衛を張り続ける化物共が夜蝶の指示に従い、切り込む方角を定める。 狐火はあちらこちらと馬を移動しつつ、追跡を振り切るべく中陣の周囲を回り続ける。 「六さん、出すぎですよ」 「でもっ!」 皆まで言わせず、苦無を六の顔横をすり抜けるように放つ。 苦無は踏み込んできていた男の顔面に命中し、男は無言で大きく仰け反る。 「貴女がはぐれたら、私達はそれを救うために更なる危険を冒さなければなりません。その意味を、良く考えて下さいね」 「‥‥う、うん‥‥」 口論している余裕も無いので、こうして素直に言う事を聞いてくれるのはありがたいと、前衛に目を移す。 あちらは凄まじいの一言だ。 どんなに重厚な布陣であろうと、文字通り腕づく力づくで突破していく。 と、何処から現れたのか夜蝶がぼそりと呟く。 「‥‥あの武勇に、頼りっきりで‥‥突破出来る、状況じゃ‥‥ありません。‥‥出来る限りを、尽くしましょう‥‥」 口にしようとしていた事を先にとられてしまったが、わかっていてくれるのならそれでいい。 「承知っ」 前衛で暴れる右京、律達四人に僅かに遅れて桐が馬を走らせる。 剛勇無双の怪物達の集まりであるが、最も消耗の激しいここにこそ、巫女の治癒が必要なのだ。 しかし、どれ程武勇に長けた者達であっても討ち漏らしは出てしまう。 桐の元へと駆ける騎馬が二騎。 先陣の皆がこれに気付いたが、反応したのは右京と律だ。 馬首を翻しかけて、そこで止まった。 突き出された二本の槍、一本は桐の肩口をかすめ、残る一本を、何と桐は素手で掴み取る。 そのまま馬の勢いを利用して持ち主を馬から引きずり落とす。 「自分の身は自分で守ります! 皆さんはただ前へ!」 そもそも桐にさして興味の無い炎邪は無視して戦い続けており、麗は、何故か戦闘の最中だというのに大笑いしていた。 「あはっ、あはははは! やっぱり私はこっちで良かった! そういうの嫌いじゃないよ!」 「お前さん達は先に行ってなっ! 時間稼いだらすぐ追う」 そう言って殿を買って出た厳靖は、最悪の敵に遭遇していた。 八王の一人、若水。 いつまで経っても止められぬ彼等に業を煮やし、自ら追撃に加わっていたのだ。 共に殿を行なっている痕離との二人がかりでも、その動きを止められない。 遂に若水の剣が、厳靖の馬を捉える。 「劉殿!」 「来るな! お前まで死ぬ事はない! このまま走れ!」 だが、痕離は指示とは真逆に、落馬した厳靖の側まで強引に馬を寄せる。 そんな隙を見逃す若水ではなく、こちらもまた馬を狙い、痕離も乗馬を失うハメになる。 「馬鹿! 何してんだお前は!」 ひらりと大地に着地した痕離は、まるで悪びれた様子もない。 「君一人にいい格好はさせないさ。‥‥それに、君の背中を守るのが僕の仕事だ」 率いるは若水、そんな兵達に囲まれながら、二人は背中合わせに刀を、剣を構える。 「斬りぬけるぞ。意地でもだ」 「ああ、やってやるさ」 中陣に追いすがる敵が少なかったのは、殿が何時までも踏ん張っていたからだと皆理解していた。 一行はようやく包囲を突破したのだが、その殿が、何時まで経っても追いついてこないのを見て、判断を迫られる。 まるで迷っていないのは右京だ。 「この大軍と斬りあうのも悪くは無い」 アホか、と鼻で笑う風水であったが、何故か麗は右京の側にあって自分も付き合うと言葉によらず主張していた。 と、一行の前に一騎の騎馬が現れる。 「どうやって助け出すか悩んでいたのですが、自力で脱出してくるとは‥‥心配し甲斐の無い人達ですよ」 一行の後方より姿を現す追撃部隊。 その女は馬上で腕を組んだまま言い放った。 「犬神、見参」 何処に隠れていたものか、女、薮紫の周囲より無数の影が飛び出し、追撃部隊へと襲い掛かっていった。 てっきり敵の増援だと思っていた集団は、無言のまま若水達へと襲い掛かりこれを退却に追い込んでくれた。 内の一人、集団の中で一際腕の立つ男が、厳靖と痕離の側に来る。 「助かったよ。アイツを追い返すとは、大した腕だな」 男は周囲を見渡し、若水を相手取りつつ厳靖と痕離が斬り倒した者の屍を数える。 「アンタ等にゃ負けるよ」 |