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■オープニング本文 前回のリプレイを見る そこは地下室であるのだが、湿気の篭ったじめじめとした気配が無いのは通気をしっかりとしているせいだろう。 しかし室内には清浄な空気はなく、得体の知れぬ香の香りが漂う。 月明かりすら入らぬこの部屋を照らすのは、燭台に立てられた数本の蝋燭のみ。 ほんの僅かな光が照らし出すこの部屋には、夥しい数の人形が置かれていた。 「‥‥ふふ、おにいちゃん。どうしたの? おなか、すいたの?」 鎖に両手両足を繋がれた青年の前に、少女があどけない様で立っていた。 天儀では珍しい、服の裾という裾にフリルをあしらった黒いワンピースを身にまとい、青年の頬にゆっくりと手を伸ばす。 「ほら、おにくだよ。しっかり食べないと、おにいちゃんも死んじゃうよ」 青年はぐったりとしたまま身じろぎすらしない。 当然だ。彼の腹部は瘴気に冒され、内側よりどす黒く変色しているのだ。 黒の領域は腹部のみならず、胸部の下半分をも覆っており、これが何であれこんな肌の色をした人間が生きていられるはずがない。 少女は手に持った血の滴る生肉を後ろ手に放り投げる。 床にべちゃっとついた生肉は、液体を飛び散らせながら、薄黒い煙を吐き出しつつ、じゅっと消滅する。 「あれ? もしかして、もう、死んじゃった?」 口元に人差し指を当て、小首を傾げた後、少女はとある名案を思いつき、逆側の壁に、同じく鎖で繋がれているもう一人の青年に向け嬉しそうに声をかける。 「ねえ、仁おにいちゃん。しんせんなおにくだよー。えへへ、仁おにいちゃんはわたしの本当のおにいちゃんだし、壊したりなんて絶対しないんだっ」 仁と呼ばれた青年の側に、ゆっくりと歩み寄る少女。 「ねえ、おにいちゃん‥‥わたし、おにいちゃんのこども、欲しいなぁ‥‥」 それを口にするには、少女はあまりに幼すぎた。 そしてこの言葉を受けた青年はというと、焦点の合わぬ目で虚空を見つめたまま、何事かを繰り返し呟いている。 「‥‥こんなの魅優じゃない、こんなの魅優じゃない、こんなの魅優じゃない、こんなの魅優じゃない、こんなの魅優じゃない、こんなの魅優じゃない‥‥」 再び小首をかしげる少女。 「それ、おまじない? 効果あるのかなぁ、今度試してみよっと」 薮紫は調査結果を資料にまとめると、苦々しい顔で方針を立てる。 ギルド係員、栄は険しい顔で薮紫を睨みつけている。 「‥‥どの道、ろくちゃんは狙われ続けると思います」 「だから囮にするってか?」 「連中の背後はまだ不明のままですよ? そんな相手から、どうやって確実にろくちゃんを隠すんですか」 敵の実働部隊を六にひきつけている間に別働隊を編成し、連中の根城を強襲するという薮紫の案に、栄は否定的であった。 大まかな所しか敵の戦力を把握出来ておらず、しかしこちらの戦力は敵に知られているというサ状を考えるに、栄の意見ももっともであるのだ。 「それまでの方々に加え、更に開拓者を追加します。こちらも手一杯なのは知っているでしょう」 迎撃に関しては虎の子を出すので、どうか理解して欲しいと語ると、栄は渋々であったがこれに納得した。 栄は薮紫言う所の虎の子を見上げながら、呆然としていた。 「‥‥これ、城じゃね?」 「そこまで立派でもありませんけどね。水を張った堀の深さは一間程(約二メートル)、城壁の高さは二間強(約五メートル)、木製の城門に本丸が付いているだけですし。周りは平地ですからね、並みの城と比べると流石に見劣りしますよ」 「すっげぇなおい、見た所各種兵装も揃ってるし、いやこれ本当にアンタが好きにしていいのか? そりゃ要衝からは離れた場所だが‥‥」 「里とも関係ない私の個人所有物ですから」 アヤカシでも見るような目で薮紫に視線を送る栄。薮紫は涼しい顔でこれをスルーした。 「ここなら相当無茶な戦力でも押し寄せて来ない限り、何とかなると思います」 さんざ考え込んだ後、耐え切れずに口を開く栄。 「なあ、これどうやって手に入れたか聞いていいか?」 「教えてあげませんっ♪」 やっぱりコイツとは友達で居るべきだと、栄は改めてそう思うのだった。 「ん、わかったよおじいちゃん」 少女魅優はそう言って老人からの頼みを快諾する。 老人はいかつい顔に似合わぬ笑みで、そうかそうかと孫娘の頭を撫でてやる。 「敵も聞かずに二つ返事とは流石我が孫じゃ。黒沙の者はこうでなくてはな」 「えへへっ、わたし頑張ってくるね」 「おうおう、魅優ならば何者が相手だろうと敵では無かろうて」 微笑ましい老人と孫のやりとりを、何ともいえない顔で見守っていた炎邪は、隣で緊張しきっている風水にこそっと耳打ちする。 「あれが無骸老とその跡取り魅優か? 噂に聞く程恐ろしい人物にはとても見えんが‥‥」 風水は小声で喚くという器用な真似をこなしながら炎邪の口を塞ぐ。 「ば、ばかっ。てめっ、そういう台詞は無骸老の拷問見てから抜かせ。それに俺はあの魅優ってのがただの一撃で志体持ちをチリにすんの見た事があんだよ。滅多な事言うんじゃねえ」 声が聞こえたのか、老人、無骸老が二人に声をかけてくる。 「で、劉からの通達は、その六というのを生かしたまま連れて来いという話であったな」 ちょっと焦りながらだが、風水は即答を返す。 「ええ、何でも洗脳が自然に解けた初めての例らしくて、色んな意味で危険なんで回収してくれとの事です。調査もしたいそうなんで、くれぐれも生かしたままでって言ってましたぜ」 「保証しかねるな」 「そんな」 「劉の失敗をワシが拭ってやるだけでもありがたいと思え。同時に出荷した残り五つはどうした?」 わざとらしく風水は両手を広げて見せる。 「買い取り主である重三共々、みーんな殺られちまいました。開拓者ってなハンパねえっすよ」 「処理の手間が省けて良かったではないか」 「いやはやまったくで」 魅優はとことこと風水の前に歩み寄る。 「おにいちゃん達も来るの? 別に構わないけど、邪魔したらヤだよ?」 「邪魔になんねえよう端っこで見てるとしますよ」 それは魅優の意に沿った返答であったのか、ならいいよ、と同行を許す。 出立の準備の為魅優は立ち去り、風水、炎邪の二人も部屋を辞すが、炎邪は途中の廊下で風水に問う。 「気付いていたか? あの小娘、返答次第ではお前を殺すつもりだったぞ」 「あんだけ無茶な殺気垂れ流してりゃ嫌でも気付くっつーの。くそっ、狂人の孫は狂人ってか? どいつもこいつも‥‥」 含むように笑う炎邪。 「これでこそ黒沙だろうに」 |
■参加者一覧
天津疾也(ia0019)
20歳・男・志
柳生 右京(ia0970)
25歳・男・サ
桐(ia1102)
14歳・男・巫
劉 厳靖(ia2423)
33歳・男・志
痕離(ia6954)
26歳・女・シ
狐火(ib0233)
22歳・男・シ
花三札・野鹿(ib2292)
23歳・女・志
クリスティーナ(ib2312)
10歳・女・陰 |
■リプレイ本文 狐火(ib0233)は矢継ぎ早に志士に指示を下す。 敵の巫女が前衛の兵士達に治癒を飛ばし、これにより怪我を恐れる必要が無くなった兵士達は我先にと城壁に迫る。 二人がかりの弓射も足止めになってくれない。 ならばと仕掛けをしておいた弩、投石を放つ。 狐火は数が少ない不利を補うために、縄をそれぞれの発射機にくくりつけておき、遠くからでも放てるようにしてあったのだ。 もちろん狙いは推して知るべしであるが、牽制としては充分だ。 ここで一発、壁外に身を乗り出して反撃と行きたい所なのだが、敵の陰陽師は虎視眈々とこちらの隙を伺っており、どうしても動きが制限されてしまう。 そう相手に信じ込ませた上で、狐火は敢えて動いた。 大きめの銃眼より身を乗り出し、まるで曲芸のように城壁に片手片足をひっかけながら、堀を越え、城壁をよじ昇ってくる兵士を直接斬りつけ叩き落す。 当然陰陽師は待ってましたとばかりに狐火を狙うのだが、実は、こちらにも巫女は居るのだ。 追い返すのが目的の攻撃ではなく、倒す為の斬撃。 風をまとった鎌が振るわれると、小さな悲鳴と共に兵士の一人が首筋を斬り裂かれ落下していく。 慌てて陰陽師は引くよう命じるが時既に遅し、ここぞとこちらの志士も集中攻撃を仕掛け、この攻撃にて四人を仕留めきる。 城壁外にはりつくようにしていた狐火は、敵が退却すると中に戻り、志士、巫女と手を打ち合わせる。 「これで引き上げてくれるでしょうか?」 巫女の言葉に、狐火はちらりと外を見た後、肩をすくめて答える。 「まぁ向こうさんも退くに退けないンでしょうかねぇ」 何処からか、ながーいはしごを引っ張り出して来た敵を見て、どうやら一休みはまだまだ先になりそうだと狐火はこれを迎え撃つ準備に入った。 遠くから聞こえてくる騒々しい戦闘音。 翻って北側はひっそりと静まり返ったままであった。 痕離(ia6954)は、その南、東、西から聞こえてくる喧騒との落差に、端正な顔を曇らせる。 「‥‥何だか不気味だ。凄く‥‥嫌な予感がする」 嫌そうな顔をしているのは隣に居る劉 厳靖(ia2423)も同様である。 「俺もだ。妙に嫌な予感はするんだよなぁ。当たらなきゃいいが」 無理でした。 どよどよとおどろおどろしい霧が、城壁側に迫り寄って来る。 「! ‥‥おいでになったみたいだ‥‥敵、前方から来るよ!」 何が来ても良いように、弩をそちらへと向ける痕離。 「あれ。よーどーに引っかかってないー。頭いいねーおじちゃんとおねえちゃん」 霧の最中には、少女が一人、一人だけで居た。 黒一色で染め上げられ、各所に花や蔦をあしらった意匠を凝らした帷子に身を包む少女は、見るからに重っ苦しそうなその帷子も苦にしている様子は無かった。 彼女の子供らしい透き通るような声が、甲高い女の悲鳴に聞こえてくるのは、少女の漂わせる雰囲気によるものだろう。 「いやはや、嬢ちゃん、おっかねぇ殺気だねぇ」 霧から逃れる事は出来ない。 何故ならそこを離れれば、少女は容易く城壁へと辿り着けてしまうからだ。 しかし霧がどんなものであれ、向こうが術ならばこちらには弩がある。 二人は弩を操り、撃ってくれと言わんばかりにふらふらと歩いている少女を射抜く。 「悪いが簡単に通すわけにゃいかねぇんだよな」 二人が狙い定めた矢は正確に少女を捉え、そして音高く帷子の表面にて弾かれる。 この弩ならば下手な鉄板だってぶちぬけそうな威力があるのだが、衝撃をすら防ぎきったのは帷子の力か少女の体力か。 「むむっ、ちょっと痛かったかも。えーい、反撃ー‥‥‥‥わっ、ここだとまだとどかないや」 弩は構造上再度の発射に時間がかかる。 それでも複数回射るだけの時間があったのだが、少女にさして痛痒を感じた様子は無かった。 「ふんだ、そういう事なら本気でやるもん」 術が来るか、そう身構えた痕離は、すぐ隣で立った大きな音に驚きそちらを見る。 床に広がる真っ赤な血溜まり。 その中心に頭部を横たえ、苦しそうに胸元をかきむしっているのは、ほんの少し前までは無傷のまま何時もの口調で話をしていたはずの厳靖であった。 「劉殿!?」 術らしきものが放たれた様子はなかった。 しかし、厳靖程の男がただの一撃で前後不覚になるほどの、強烈な術はそこにあったのだ。 一体何が起こったのかさっぱりわからぬ。 だが、そんな中でも厳靖は冷静さを失ってはいなかった。 「‥‥あ、とり‥‥銃眼から、絶対に‥‥顔、出すんじゃねぇ‥‥これだけの術、そう何度も使えるとは思えんが‥‥こっちも二人しかいねぇ‥‥んだ」 皆まで言わせず、痕離は神経を聴覚に集中させる。 「顔を出さなければいいんだね?」 少女の位置は大まかにだが把握出来た。 後は銃眼から顔を出さずに、弩を操り放つのみ。 苦しそうにしながら身を起こした厳靖も別の弩を用意する。 「狙いは僕が修正する。だから苦しいだろうけどお願いっ」 「‥‥はっ、アレに突破されちゃ苦しいも何も無くなっちまうだろ」 二人がかりの弓射が功を奏したのか、時期に少女の気配は北側城壁より離れていった。 痕離は、肺の中いっぱいにたまっていた息を一度に大きく吐き出す。 「‥‥生きた心地しないよ」 「まったくだ。一発でこうされたんじゃ、正直お手上げだぞ」 天津疾也(ia0019)は、それを見た時、全身が凍りつくような悪寒に襲われた。 雲間に隠れて見えなかった影は、上空警戒も怠らなかったはずの皆の注意をすりぬけ、弩すら届かぬ超高空より城に迫っていたのだ。 あんな高さを飛んだら乗ってる人間が凍り付いてもおかしくない。 敵は二騎、あの高度を飛ぶという事は、相当な手練か、ただの馬鹿かのどちらかだ。 「アカン! こないな手でド本命ぶちこんで来よった!」 主力を城壁に張り付かせ、その間に腕利きが六の護衛を斬り、龍にて連れ去る。 敵の段取りが見えた疾也は階段を駆け下り、本丸へと向かう。 「右京! ここは任せるで! それと桐! 右京と麗が暴走するようやったらおまえが止めえや!」 桐(ia1102)は右のSATSUGAIオーラ全開な柳生 右京(ia0970)を見て、左の女とは思えぬ血生臭い気配を漂わせる女サムライ麗を見る。 無駄に晴れやかな顔になれた。 「うん、この二人止めるとか無理っ」 合図にしていた笛の音に、花三札・野鹿(ib2292)は本丸二階部の窓より上を見上げる。 この笛の鳴らし方は龍に抜かれた合図。 しかし、何処にも龍の姿は見えない。 まさかと見上げた直上。そこに、二騎の龍が見えた。 本丸直上よりの急降下突入。 それも弩の届かぬ程の高度よりの侵入は、よほど龍を操り慣れた者でも二の足を踏む程、難易度が高い。 落下と同義のこの動きは龍すら嫌がり、これを無理にやらせつつ、更に寸前での引き起こしを失敗すれば地表に激突し、龍ともども確実に死ぬからだ。 引き起こし失敗しろーと心の中で祈りつつ、野鹿はクリスティーナ(ib2312)と六を連れて一階に向かう。 ずんっと重苦しい音が響いたのは、おそらく引き起こしを失敗した音ではなく、衝撃波による攻撃だろう。 何処かに六を隠そうと考えたのだが、敵がわき目も振らずこちらに向かってくるのを見て、野鹿はその手段を断念する。 恐らくこちらの位置を特定する術があるのだろう。敵はシノビか、志士か。 「懲りぬ奴らめ‥‥必ず、六は守って見せるぞ。うむ!」 当然のごとく一人、前に出る野鹿。 その隣に、クリスが並ぶ。 「クリス?」 俯き加減に、両肩を小さく震わせている。 今更敵に恐怖するようなクリスではないと思うのだが、どうにもこの子の動きは読みきれないと野鹿は小首を傾げる。 すると、癇癪玉は盛大に破裂した。 「‥‥ああああああ!!! ろくちゃんイヤがってんのに何で連れてこうとすんのよ!! ムカつくなこの野郎! さっさときえろよっ!!」 クリスの怒鳴り声に応え、眼前に現れ出た半透明の人型が、音にならぬ声を発する。 元より志士達も加減をするつもりはない。 彼等は二匹の龍と共に、襲い掛かって来た。 激怒したクリスの暴れっぷりは凄まじく、こちらの戦力の分断を狙った龍の一匹は、瞬く間に鬼の姿をした式により屠られてしまう。 「だいじょぶだよ、ろくちゃん。クリスが代わりになるから」 「え?」 六は六で志士の一人を率先して引き受けているが、敵が手強いせいか、迷いでもあるのか斬り倒すには至っていない。 「ろくちゃんがやらなきゃいけないぶんも、クリスが代わりにころしたげる!」 クリスの激怒時以上に驚いた顔でクリスを見る六は、慌てて首を横に振る。 「だ、だめだよっ! 人殺しって大変だよ! そんな事‥‥」 「大丈夫っ! コレもクリスがころしたげるからっ!」 「く、くりすがやるんなら私もやるっ!」 子供二人のやりとりを聞いた野鹿は、対峙している志士の刀を槍で体ごと払い、距離を取って呼吸を整える。 「二人共、良く聞け。文字の勉強だ」 「え?」 「ん?」 「人という文字を思い出すんだ。二つの棒が支えあっているように見えるだろう」 どういう流れかわからぬ志士は、警戒しつつ刀を中段に構える。 「人とは、互いを支えあって生きていくものだと、そう文字が教えてくれているんだ」 龍の首がぐらりと揺れる。 背後よりの飛び蹴りにてこれを崩した痕離は、無防備になったその首に、鱗と鱗の隙間に刀を突き立てる。 飛沫のごとき血潮が舞い散るが、そのまま一息に横へと引き斬ると、半ばより垂れ下がるように龍の首が落ちる。 疾風のごとき勢いで志士へと迫る疾也に常のおどけた様子は見られず、納刀したまま駆け寄る姿に一分の迷いも無い。 その切っ先の鋭さは、刀にて受けようとした志士にはすり抜けたとしか思えぬ程であった。 そして鎧すら役に立たぬ必殺必倒の斬撃秋水は、既に損傷を追っていた志士に耐えうる攻撃ではなかった。 「痕離、お前本丸に応援に行け」 厳靖の言葉にも、即座に頷くなど出来ようはずが無い。 巫女の治療も頼めず、重傷を負ったままの厳靖一人に北側の防御をやらせるなど以ての外だ。 しかし、冷静に状況を見据え、高空よりの奇襲こそが本命と見た厳靖は、北側には例の少女を見せる事で警戒を強めさせ無為に戦力を置かせるつもりであったと読む。 ならばここは最低限の戦力で他に回るべきだろう。 感情的には色々と言いたい事もあったが、実際、北側には結局あの少女が来たのみで、その後敵の姿は無い。 「敵が来たら無理せず引く事。約束してくれないと僕は行かないよ」 「ああ、約束する。だからさっさと行ってこい」 「ギリギリ、間に合ったみたいやな。いろんな意味で」 急な増援と一瞬で戦況がひっくり返った事に驚くクリスと六。 これあるを察していた野鹿は、残る志士へと踏み込んでいた。 志士は驚き慌てながらも刀を振るい迎撃する。 その手首を、閃光のごとき素早さで野鹿の槍が切り裂く。 更に半身になる事で完全に刀撃をかわすと、槍を持ったまま志士に対し背を向け、わきの下を通し槍を突き出す。 十全な手ごたえと、どさっと倒れ伏す音。 「いいか、子供である二人を支え守るのは私達の役目なんだ。同様にお前達にはお前達にしか出来ぬ別の役目がある。だから、全てを自分達で背負い込み、自ら率先して斬らねばならぬなどと、そんな悲しい事を言ってくれるな」 疾也の予感は、桐にとっては不幸この上無い事だが、見事的中する。 かなりの数が押し寄せる南側であったが、万全の備えでこれを防ぎきっていると、業を煮やしたのか一人の男が戦場に出て来たのだ。 サムライ、炎邪。 待ちかねたぞと右京は喜色を顕にし、そして麗は銃眼より身を乗り出して叫ぶ。 「炎邪あああああああ!」 二人共、とても嬉しそうであったのだが、標的が被っているとわかると、途端剣呑な雰囲気に包まれる。 「こちらが先約でな。事情は知らんがお前は引っ込んでいろ」 「あ? それ私に言ってんの?」 周囲の空間が歪む程の殺意と鬼気。 そこに、何処の馬鹿がやったのか、轟音という合図が送られてしまう。 味方だの、戦闘中だの、敵がすぐ側に居るだの、そんな事はどうでもいいと刀を抜き斬りかかる麗。 対する右京も、来るなら来いとばかりに驚く事すら無く悠々と迎え撃つ。 「私の邪魔をする奴は皆死ぬ事になってんのよ!」 「奇遇だな。こちらもそうだ」 とても刀同士を打ち合わせてるとは思えぬ重苦しい音が鳴り響く。 「ちょ、ちょっと落ち着いて下さい! 敵が見ている前で同士討ちなんて攻めて下さいって言ってるような‥‥」 慌てて敵の様子を確認した桐の目が点になる。 先の轟音は、どうやら何処からか現れた黒帷子の少女が、炎邪に術をぶちかました音らしい。 激怒した、にしては笑っているようにも見えるが、炎邪は少女に斬りかかり、これに少女も応戦している。 あちらで止めに入る不幸な役回りを背負った男、風水と目があった。 『苦労するな、あんたも』 『いえ、そちらこそ』 そんな目線でのやりとりがあったとかなかったとか。 しかもっ、外でやりあってるのを見た右京と麗は、馬鹿らしくなったとあっさり刀を収めてしまう。 「貴方、思ったよりヤルわね」 「お前もそれほど悪くはない」 だそうである。 結局、特に恨みがあるでもない麗が引き、どっちか勝った方とやるという事で話は丸く収まった。 どっと疲れが出てへたり込みそうになる桐を、一体何処の誰が責められようかっ。 疾也は攻撃が完全に止んだのを確認すると、他所の様子を確認すべく一番手薄な西側に向かった。 と、城壁の内側に巫女と志士の二人が倒れているのを見つける。 驚き駆け寄る疾也に、何事も無かったかのように狐火が声をかける。 「他所はどうです?」 良く見ると、二人は荒い息を漏らすのみで特に大きな怪我を負った様子はない。 「あ、ああ、一段落っちゅー所や」 「こちらは後突撃三回ぐらいは耐えられましたが、案外敵も淡白な様で」 ぶっ倒れた二人から、まだこき使う気かー、おにー、あくまー、的な視線が送られるが狐火はこれを黙殺し、淡々と防戦の準備を再度整える。 たった三人で防ぎきるのはかなり厳しかったはずなのだが、狐火も汗こそかいているものの、手ぐしを一つ入れるだけで端正な顔立ちを彩る波打つ髪はあっさりと整ってくれる。 「色々と小細工をしてはみましたが、今回の戦でこちらの総数もバレたでしょう。次は少々配置変えした方がいいかもしれませんね」 読むのが至難であった奇襲はさておき、攻城戦においてはほぼ万全の備えであった為、こちらの被害はゼロ、敵方には相当の損害を与える事が出来た。 しかし、と狐火は夜の城外を見渡し、暗視を用いて一部の隙も見せじとこれを見張る。 城を覆う不穏な気配が、未だ去っていない事に彼は気付いていたのだ。 |