|
■オープニング本文 開拓者ギルドで保護された少女は、当初錯乱がひどくまともに会話すら出来なかったという。 事の始まりはお節介な開拓者が、通りで暴れている少女が居ると聞き取り押さえた所から。 この時志体を持つ開拓者すらてこずる程の力を発揮した少女に、これは何かあると官憲ではなくギルドに彼女を連れて行ったのだ。 毒見までしてみせて警戒を解き、何とか食事と睡眠を与えると、少女は少しづつ冷静さを取り戻して行った。 事情を聞くまでには至らなかったが、それでも少女との意思疎通が可能になってきた一週間目、彼女はギルドを脱走した。 最早意地になっていたギルドの係員は、その後三日で少女の行方を突き止める。 またも街中で暴れていた少女に係員が声をかけると、乱暴はぴたりと止んだらしい。 食事や寝床の面倒を見てもらった事に感謝をしていたのだろう。 その後、ギルドに連れ帰るとようやく、少女は事情を話してくれた。 「あのね、四を連れてこなきゃだめなの。四はね、私と一緒でね、人を殺したくないの。だって、やりかえされたら痛いでしょ。痛いのヤなの。もうそういうの嫌なの。他の子達みたいにいっぱいいっぱい遊びたいの。隠れんぼ楽しいの。鬼ごっこも楽しいの。だから四と逃げるの」 風水と呼ばれる男がいる。 営業を担当する彼は、先方より上がってきた製品の出来の悪さに、思いつく限りの悪態をつきたおしていた。 顧客の新規開拓は想像も出来ぬ程の困難を伴う。ましてやモノがモノであるのだから。 それでもどうにかこうにか六体もの納入を済ませほくほくであったのが、ものの半年もせぬ間に不良報告が上がって来たのだ。 客は凄まじい剣幕で、これは即座の対応を求める為の演技であると思われるが、風水に証拠隠滅の対応と新たな商品仕入れを要求してきており、これの手配もしなければならない。 先方から人を回してもらおうと思ったのだが、どうにも時間が足りなさそうなので、風水は自身の別のツテを使って人を集める。 集まった面々を見て、風水は改めてそれらの優秀さを再確認する。 扱いずらいなんてものじゃない荒くれ、というより最早狂人達六人。 しかしこんな奴等でもなければ、そもそも仕事を引き受けたりはしないだろう。 護衛に入るであろう開拓者ギルドの人間をブチ殺し、十才程の子供を殺せなど、まともな神経で受けられる仕事ではない。 後はこいつらが好き放題暴れられるよう、風水がきっちり段取りするだけだ。 係員は頭を抱えたまま、その筋の専門家であるシノビの話を聞いていた。 そのシノビも若い女性であるが、話す内容はまるで容赦が無い。 「最低五年、世間から完全に隔離する設備と条件を整えられるのなら可能です。それと、あそこまで完成度の高い子を作り出すためには相応の試験がこなされてるかと」 「試験?」 「何処までやれば壊れるかを平均を出せる程に実地で試した、という言い方が恐らく一番理解が得られやすいでしょうね」 「っ! ‥‥全て志体を持つ子供達でか?」 「志体を持つ者とそうでない者とで、精神面における差異はそれほど大きくないというのがこの分野における一般的な見地です。でしたらそういった不経済な真似はしないかと」 「‥‥すまん、少し休憩を取らせてもらっていいか? 整理する時間が欲しい」 斬った張っただのの話は聞きなれている開拓者ギルド係員ですら、聞くに堪えない話である。 「誤解の無いよう言わせてもらってよろしいでしょうか」 「ん?」 「私も、今にも眩暈起こしそうなぐらい頭に来ているんですよ。一族のシノビでもない者を、何処かしらからか引きずって来て当人の覚悟すら決めさせず、洗脳なんて手段で人生そのものを奪うような畜生達は‥‥」 女シノビは普段は温和な彼女らしからぬ冷徹な視線を係員に向ける。 「生かしておけません。いいですよ、この間の借りもありますし、必要な事はこちらで調べておきます」 何時までも開拓者ギルドで預かり続けるのも拙いと、女シノビは六を引き取りシノビの里に連れて行こうと申し出た。 ギルドの係員は了解したと告げるが、その後の女シノビの言葉に仰天する。 「それとろくちゃんの事探ってる連中がいるみたいですよ。かなり危険そうなので人出していただけませんか」 係員は、では道中の護衛にと言うが、女シノビは首を横に振る。 一度襲撃させて返り討ちにしてやれば、もしかしたら連中の背後が探れるかもしれないという話だ。 尋問や背後関係調査、返り討ちの段取りなどの裏方は全部女シノビの方で引き受けると言うと、係員は怪訝そうな顔で問い返す。 「大盤振る舞いだな、おい」 「調査費用は何時もの半額でいいですよ。後、返り討ち用の戦力整えるのはそっちでお金出して下さいっ♪」 そこまで言っといて金出すのこっちかよ、とかつっこみたかったが、彼女がやるというのであればかなりの腕利きシノビを揃えてくれるだろう。 六を引き受けてしまった以上、いずれやらなければならない事なので、こうして割安で手助けが得られるというのであればギルド側としても悪い話ではない。 「わかった、段取り他はアンタが全部仕切ってくれるっていうんなら、こっちとしては文句は無い。ろくの奴の面倒も含めてよろしく頼む」 |
■参加者一覧
天津疾也(ia0019)
20歳・男・志
柳生 右京(ia0970)
25歳・男・サ
桐(ia1102)
14歳・男・巫
劉 厳靖(ia2423)
33歳・男・志
痕離(ia6954)
26歳・女・シ
狐火(ib0233)
22歳・男・シ
花三札・野鹿(ib2292)
23歳・女・志
クリスティーナ(ib2312)
10歳・女・陰 |
■リプレイ本文 天津疾也(ia0019)が屋敷の入り口から陽気に声をかける。 「まいどー! 御依頼の品持ってきてやったでー!」 ぱたぱたと歩く音が奥から聞こえてくる。 「はいはーい」 現れたのは桐(ia1102)である。 疾也は玄関口にどっかと腰を下ろし、小声で桐に問う。 「‥‥で、仕掛けの方はどや?」 「全て完了です。六さんも聞いていたよりずっと大人しいですよ」 破顔する疾也。 「そかそか、何よりや。んじゃ良い子にしてる六にお土産でも渡してくるか」 そう言って荷物の中から取り出したのは竹とんぼだ。 くすっと笑う桐。 「きっと喜びますよ」 可憐な笑みと可愛らしい仕草。 これが世に言う男の娘といふものかと、何となくその素敵すぎる魅力の片鱗を理解出来た気がする疾也であった。 花三札・野鹿(ib2292)の前に、クリスティーナ(ib2312)と六の二人が正座している。 家庭教師というふれこみの野鹿は、これを演技のみではなくきちっと行なうつもりであった。 「‥‥何でわたしまでー」 クリスの抗議にも野鹿は動じず即答する。 「友達も一緒の方が勉学は楽しいものだ。六‥‥共に頑張ろう、うむ!」 六はというと、さっきまでクリスと楽しげに遊んでいた雰囲気はなりを潜め、うってかわって真剣な表情である。 野鹿が本を読んで聞かせると、一字一句全て記憶してやるぐらいの勢いでこれを聞き取る。 一冊を読み終えた所で、クリスが何の気無しに口を開く。 「ろくちゃんは、おべんきょう大好きなんだね」 六はじっと野鹿を見つめたままであった。 野鹿も怪訝に思い必死な訳を問うと、六は少し目を伏せる。 「‥‥わたし、頭良くないから。こうしないと、全部覚えられないの」 「一度で全てを覚えろなどと無茶は言わんぞ」 「でもでもっ、そうしないと毒飲まないといけないし。そしたら次の日もっと覚えらんなくなっちゃし‥‥」 小首を傾げるクリスと、言葉の意味に気付き愕然とする野鹿。 つまり、六にとっての勉強とはそういうものであったという事だ。 野鹿は一言謝罪し、今日の勉強はこれまでと後をクリスに任せ、逃げるように部屋を出る。 廊下に出た野鹿は、無邪気に笑い遊び始める二人の声を背に聞きながら、あまりの不憫さに目頭を抑える。 「‥‥本当に、気に食わん事だ、うむ」 今回の依頼人の一人である女シノビ、薮紫は人目を忍んで屋敷に来ていた。 劉 厳靖(ia2423)はこの話を、酒を飲みながら暢気に聞いている。 「で、背後ってな調べがつきそうなのか?」 痕離(ia6954)が厳靖の酒をひょいっと横取りし、自分の杯に注ぐ。 「僕は敵の数やらを知りたいけどね」 柳生 右京(ia0970)は無言のまま座っており、肩に乗せた刀からは決して手を離そうとはしない。 「風水。そう呼ばれる男が動いてるようです。泰拳士であると思われますが‥‥」 厳靖は酒を痕離より取り返し、体を挟んで反対側に置く。 「それだけか?」 音もなく背後に回った痕離の手が、酒を更に取り返す。 「この辺で人雇おうと思ったら私に調べられないはずはないんですが、網に引っかかってくれないんですよね」 酒を注がれる前に、厳靖は痕離の杯を奪い後ろ手に放り投げる。 「六みたいなのを引っ張り出してくるって事か」 「そこまで簡単に揃えられるものではない、と思いたいのですが」 仕方なく徳利のまま酒をあおろうとする痕離の首筋を、厳靖がつつーっと指先でなでると痕離は堪らず噴出してしまう。 じとーっと二人を見る薮紫。 「‥‥私の話、聞いてます?」 はははははと笑って誤魔化す厳靖と痕離。 そこで初めて、右京が口を開いた。 「いずれにせよ、六を斬るつもりなら六以上の手練を用意してくる道理だ」 たった一言でこの場が引き締まるような、剣呑な気配がその声には含まれていた。 「その通りです。‥‥右京さんは随分自信がおありのようですね」 六の技量はかなりのものであると聞かされているはずなのだが、右京に動じた様子は無い。 「邪魔をするなら斬る‥‥ただそれだけの話だ」 厳靖と痕離も既に笑っておらず、さりとてこの話に怯えている風もない。 来るなら斬るまで、そう言葉によらず語っている。 薮紫は居住まいを正す。 「失礼しました。また新しい事がわかりましたら連絡します」 痕離は六に食事を運びながら、廊下の一角で小声を漏らす。 「‥‥や、お疲れ様。どうだい? 様子は」 すると、何処からともなく声が聞こえてくる。 「異常無しです」 声のする方へと視線を送る事もなく、しずしずと歩を進める痕離に、声は報告事項を述べる。 「逃げ道の方は確保しました。いざという時は直衛のお二人に六を誘導するよう伝えて下さい」 「了解っ」 こうしてシノビ二人は、誰に気付かれる事もなく別れる。 終始姿を現す事のなかった狐火(ib0233)は、屋敷中にある仕掛けを確認しつつ、敵の侵入に備える。 敵は外道、なればどのような手段ですら取り得る。 どれほど外道かは、先程部屋で勉強をしていた六の様を見れば良くわかる。 「やれやれですね」 それで自分の仕事が成り立っている面もある、と考えた後、あまりに不毛すぎるのでそこから先を考えるのは止める事にした。 敵は、とても正直な連中であった。 日も暮れきった頃、ちょうど夕飯を終えた時に、四人が堂々と正面から現れたのだ。 最初に発見したのは、使用人のフリをして一人で周辺を巡回していた右京だ。 中に知らせる必要は無い。こんな異様な気配を見逃す面々でもなかろう。 先頭を歩く男が口を開く。 「お前はここの使用人か」 「そうだ」 男は堪えきれぬと噴出す。 「貴様のような血生臭い使用人が居るか。俺達を前に大した度胸だ」 「‥‥慣れぬ事はするものではないな」 「当たり前だ。おいお前等、俺はコイツを気に入った。中はお前等で勝手に始めておけ」 勝手にしろよ、と残る三人は屋敷へ向かう。 残されたのは二人。 「数人纏めてでも構わなかったんだが」 「馳走は独り占めせねば気がすまんタチでな」 「さて、おいでなすった」 厳靖は懐に手を入れたまま男達を出迎える。 男達は、剥き身のエモノをぶら下げながらせせら笑う。 「死ぬには良い夜だぜ」 「やってみろよ」 すらりと刀を抜いた厳靖に、二人が同時に斬りかかる。 片方は厳靖が受けるが、残る一方には手が回らない。 「‥‥すまないね、其方へ行かせる訳にはいかないんだ」 そんな声と共に、何処からか痕離が現れこれを受け止める。 痕離は二刀を既に抜いており、優しげな口調ながら、ぴんと張り詰めた弦のような緊張感がある。 何やら薄気味悪いものを感じた男が飛びのくと、雅さすら感じさせる所作で痕離は二刀を構える。 「君の相手は僕だよ、‥‥かかっておいで」 桐はちょうど六から四への伝言を手紙に記し、友人の元へと伝書鳩を飛ばした所であった。 鳴子の音に急ぎ六の元へと。 まだ敵は辿り着いていなかったが、護衛の野鹿とクリスは既に臨戦態勢である。 そこに、ぬっと姿を現したのは色黒の大男。 「あん? 話よりガキ多くね? 三人も居るんだけどどいつだよ」 おっそろしい強面なのだが、クリスは怖じずににぱーっと笑って答えた。 「さて、だれでしょー」 ごきり、と肩を鳴らす音。 「誰だっていいや、どうせ皆殺しだしな。おいそこのねーちゃん」 一人大人に見える野鹿を指しての言葉であろう。 「知ってるか? ガキってな腹をえぐってやると痛み以上にビビって声も出なくなるんだぜ。やかましい時にゃオススメだ」 移動しながら何とか六を逃がそうと隙を伺っていた野鹿だったが、まるでそんな隙など見出せない。 反吐の出るような言動はさておき、恐るべき手練である事だけは間違いない。 『せめて、六だけでも』 疾也は内心でだが派手に舌打ちしていた。 表口に現れた数から別働隊の存在を読んだまでは良かったが。 「大した腕やな、あんた」 眼前の泰拳士は、疾也をもってすら容易い相手ではなかったのだ。 更に背後を取っている敵魔術師、こいつが鬱陶しいなんてものではない。 「そりゃどうも。なあ、俺もこんな所で時間食ってても仕方ねえんだ。ここは一つ金で解決といかねえか」 「額による」 思わず即答する疾也。彼の左腕には深い裂傷が走っている。 「こんなもんで」 指を三本出す男。男の肘からは血が滴っている。 「アカン。こんな感じや」 疾也は五本を開いて見せる。 「おいおい、そりゃがめつすぎだろ」 三本と半分を上げる男。 「話にならんな。そもそもあんた即金持ってるんかい」 「当然だろ。襲撃に金持ってかねえ奴が居てたまるか」 やる気充分、気合入りまくった疾也は、口の中の鉄味をぶっと吐き出す。 「よっしゃ。んじゃあんたぶっ殺してそいつもいただくとしよか」 ヒドイ話である。 敵泰拳士の縦横に飛び回る動き方は、後方に守るべき者を抱えている場合、配慮が必要となろう。 が、そんな事を敵泰拳士はまるで考えていなかった。 『守られるべき敵巫女も、そうであるのが当然といった顔だね』 なら遠慮はいらない。頼れる相棒は必要なら防戦もきっちりこなせる男だ。 痕離は動く。 敵巫女の目からは、突如痕離が巨大化したとしか映らなかったであろう。 それほどの踏み込みで近接し、思わず腰の引ける敵巫女の上半身を肘で押しつつ、足をひっかける。 あっさりと顕になった急所に剣を。 巫女の存在は彼等の生命線に等しいのだが、何と敵二人は巫女を守るより、厳靖に攻撃を集中してきた。 考えられぬ悪手。 確かに、こちらが弱兵ならばそれも適うだろうが、生憎と厳靖はそんなヤワな男ではなかった。 鎧を覆った聖霊力にて二人の攻撃を丁寧に受け流し、持ち堪えてみせる。 その間に痕離は悠々と巫女をしとめると、地力に勝り、相互を信頼しあえる厳靖と痕離、二人の敵ではなかった。 桐は六を連れて屋敷の廊下を駆けていた。 悔しさに歯噛みしながらも、役目を果たすべく最善を尽くす。 桐は逃げながら六に語る。 「六さん‥‥自分の身は自分で守る方が私は良いと思うんです、私達は六さんを守るために集まりましたし守るつもりですが絶対なんてこの世にはありません、ですからもしもに備えておいてもらえませんか」 六はその場に足を止める。 「じゃあ、きりも戻らないと」 「え?」 「えっとね、きり、すごく辛そうなの」 辛いに決まっている。 色黒の敵泰拳士の力は、桐、野鹿、クリスの三人がかりで拮抗状態を作る事すら出来ぬ程であったのだ。 それゆえ、全てを覚悟の上で野鹿は逃げろと告げたのだ。 「六さん‥‥」 「わたしも手伝うっ。だから、ね」 桐はぎゅっと、六を抱きしめた。 野鹿はただ一人、色黒敵泰拳士と相対していた。 敵の連撃が一段落ついた時、正直立っていられるのが不思議な程であった。 しかも今は巫女の治癒も望めない。 次、来たらきっと耐えられない。 「んじゃな、間抜け」 色黒泰拳士は一人残った事を言っているのであろう。 自他共に認める最後の連撃は、しかし放たれる事はなかった。 「えーいっ」 あどけない様でクリスが腕を振ると、轟雷が色黒泰拳士を襲う。 驚いたのは野鹿である。 「クリスティーナ!? 何故戻った!」 クリスはまるで悪びれず、やはりいつもどおりにぱーっと笑う。 「野鹿のお姉さんが前衛なら、クリスは後衛だもん」 何処までわかっているのか、緊迫感の欠片も無いクリスの言葉に、野鹿は文句を言う気も失せてしまう。 それで彼我の戦力差が変わるわけでもない。 色黒泰拳士は襲撃者達の中でも特に腕の立つ三人の内の一人であるのだ。 と、後数撃で朽ちるであろう程積もり積もった野鹿の怪我が癒えていく。 「なっ!? まさか‥‥」 桐が何を言うより先に、武器も持たぬ六が元気に声を張り上げる。 「せんせー、くりすー、わたしもやるよー!」 色黒泰拳士は大笑いであった。 「馬鹿じゃねえのお前等。ガキ一人増えた程度で‥‥」 要でもある野鹿に向け一足で踏み込む。 すると、突然屋内の照明になっていた行灯が消える。 「増えたのは一人じゃないんですよ。これがまた」 敵全ての所在と戦力の偏りを確認してきた狐火であった。 暗闇の中にあって尚、色黒泰拳士は座視出来ぬ怪我を狐火に負わせるも、辛うじて位置のみ確認した桐がこれを癒し、当たったらごめんねーとか抜かしながらクリスが術を叩き込む。 これには色黒泰拳士もたまらず逃げ出そうとするが、本来開くはずの戸板は、事前にしていた狐火の仕掛けにより封じられたまま。 そう、逃げ道をすら狐火に誘導されていたのである。 これを突き破る余裕も持てぬまま、色黒泰拳士は討ち果たされるのだった。 疾也の刀に、魔術師が遂に沈む。 「‥‥今宵の清光は血に飢えとるからな。冥土の土産が欲しいんやったら、来いや」 残る泰拳士に向けそう言い放つと、泰拳士は驚く程あっさりと身を翻す。 「逃がすかい!」 泰拳士の身の軽さは大したもので、疾也は必死に追いかけるがじわりじわりと距離を広げられ、そして、見失った後でずぼっと妙な音が聞こえる。 「アホが! かかりよった!」 疾也が仕掛けた落とし穴は足首が入る程度のものであったが、中には撒菱を撒いてあり、足に怪我を負ってしまえば捕らえるのも難しくないはずだ。 案の定、落とし穴の跡からは血痕が続いており、これを追いかけるとそこには三人の男が居た。 右京はこれ程の剛剣の持ち主にはついぞ出会った事が無かった。 信じられぬ事だが、右京の斬撃をすら上回るだろう剛剣により、受けすら貫き幾度も痛撃をもらってしまう。 「信じられぬ! 俺の剣をこれ程までに受けきった男はこれまで居なかったぞ! はははっ! 見ろ! この俺の肌が貴様の剣への恐怖に泡だっておる!」 右京は膂力のみの男ではない。 その強烈な斬撃に目を奪われがちだが、敵の攻撃に対する反応速度は並の剣士を遙かに凌ぐ。 修めた剣の術理は奥深く、その全てを余す所なく使いこなす才に恵まれている。 だが、それらをもってすらこの男を凌駕する事適わず。 真正面から同時に打ち込み合い、心底許せぬ事だが、力負けして壁に叩き付けられてしまう。 そこに邪魔者が現れた。 「炎邪! 何時まで遊んで‥‥お前、もしかして怪我、してないか?」 片足を少し引きずるようにしながら現れたのは、疾也より逃げ出した風水であった。 「ああ、今日は最高の夜だ。風水、良く誘ってくれたな、礼を言うぞ」 「てめぇにこんだけの怪我負わすなんざコイツ本当に人間かよ‥‥ってそれ所じゃねえんだ。さっさと逃げるぞ」 後を追って疾也が姿を現すが、右京の姿を見て二人の追撃を諦める。 「おい右京! しっかりせえ!」 右京は壁にもたれかかったまま笑っていた。 「同感だ。今宵は‥‥実に素晴らしき夜であった。この礼はいずれ必ず、してやらねばな」 |