【藪紫】朧谷六鬼衆
マスター名:
シナリオ形態: シリーズ
危険
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/01/29 15:33



■オープニング本文

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 錐は、梶川清次の遺体を回収すると、城壁の修復を指示しつつ、次の作戦に向け準備を始める。
 またこの合間に、朧谷の里へ清次が亡くなった旨とこれを回収に来るよう連絡を行う。
 清次が何故、誰に、殺されたのかはまだ不明のまま。そも錐は犯人探しのような真似を一切していない。
 アヤカシに殺された? あの激戦の最中に清次を隠密裏に殺せる戦力がありながら、清次だけを殺す理由がわからない。
 城の人間に殺された? 怪我をしていたとはいえ、治癒術も受けていたのだ。その清次に報せすらさせず殺しきれる技量の者なぞ城には二人しか居ない。
 錐はもちろん自分がやったわけではない事を知っている。ならばこれが可能なのは残る一人、犬神の宗次のみ。
 龍との戦闘中ではあったが、何せ凄まじい巨体を相手に乱戦を行っていたのだ。犬神三傑の宗次ならば、その隙を縫っての殺害も可能であろう。
 しかし、錐は決してこれを口に出さず、少なくとも表面的には、淡々と仕事をこなしている。
 城中から疑惑の視線を向けられているとわかっているだろう宗次も、錐からの指示に従い偵察任務をこちらも淡々とこなしていく。
 錐は、今この状態で犬神と袂を分かつ事が出来ない。
 朧谷の里から死守命令が出ているが、守れませんでした死んでお詫びします、なんて結末を迎えたとしたらそれはただの任務失敗なのである。
 睡蓮の城を守れて始めて、錐は任務をこなした事になるのだが、現状、犬神の雇った傭兵達、開拓者達の助力無しにこの城を維持するのは不可能だ。
 ならば、何が起きようとも、錐は犬神に兵を出させ続けなければならない。例え、実の弟のように可愛がっていた清次が殺されたとしても。
 そんな錐の決して表に現れぬ苦悩が、思わぬ形で解決するのは翌日の事である。

 錐は彼等が城を訪れるのを城門にて迎える。
 茫然自失の様でありながら、機械的に歓迎の言葉を述べ、城内の高級客室に案内し、ここまでの旅を労う。
「いや錐よ、お前は良くやっている。流石はその年で中忍を任せられるだけはあるというものだ」
 そう言って錐を称えている男は、大河内秀麻呂。錐と同じく朧谷の中忍である。
 また彼が配下として引き連れて来たのは、六人のシノビ達。
 朧谷が誇る切り札の一つ『朧谷六鬼衆』だ。
 それぞれが優れた武力を持ち、隠密能力もさる事ながら、その戦闘能力の高さを誇る者達である。

 大河内秀麻呂は、犬神の里に騙され、それと知らず犬神の息のかかった傭兵を用いて睡蓮の城を奪取した一連の事件の、責任者であった。
 これを仲介した葦花の里の小宮山という男を殺し落とし前をつけたのだが、里の責任追及の声は未だやまぬまま、という話を聞いている。
 その大河内が、錐に声を潜めて言った。
「実はな、この睡蓮の城の処遇を巡って犬神と揉めておってな。ここで犬神側の代表者と話し合いの場を持つ事になったのだ。ほれ、犬神の、最近売り出してきた若手、藪紫といったか。アレと約束をしておるのだ」
 大河内の目を見た錐は、それだけで、彼が意図する事を察した。
 そして、錐はようやく、彼の弟分を殺した者が誰なのか、確信したのであった。


 大河内はこの話し合いの場で犬神の藪紫を殺害、ないし拉致するつもりだ。
 でもなくば六鬼衆を連れて来る理由がわからない。彼等は護衛より攻撃にこそ使われる駒なのだから。
 そして大河内はこの騙まし討ちの責任を、錐一人に被せるつもりなのだろう。錐の側について証言するであろう清次を殺したのはその為だ。
 もちろん清次殺しの責任も、錐に被せるつもりだろう。その上で藪紫を殺害出来れば、更に言うならば拉致しその情報を得る事が出来れば、莫大な利益が朧谷の里にもたらされよう。
 これをもって、大河内はこれまでの件で下手を打った埋め合わせとするつもりなのだ。
 実際、有用度のみ見れば、錐と清次二人の犠牲で藪紫を消せるのであれば、充分ワリに合うだろう。
 だが。錐は大河内の前を辞すと、自室に戻って思案にふける。
『……大河内様は、犬神の、いやさ藪紫の力を侮っている。今、アレに手を出したならば、朧谷の存続に関わる程の問題となろう』
 この城で目の当たりにした藪紫の経済力。これらは、朧谷の本里では把握しきれていないものである。既に里一つの規模などではない。
 一国が税金を割り振って行う規模の事業を幾つも抱えているのだ、あの女は。
 当然、ソレが拉致されたとなれば、彼女の取引先達は皆こぞって救出に動こうし、もし殺害されたとなれば、今後予想されていた彼女との取引の結果生じる利益によっては、より厳しい追求の的となるかもしれない。
 朧谷の里の全収入を持ってしても、藪紫のそれと比べて半分にも満たぬだろう。ケンカを売るのがそもそも間違っている。
 かといって、それを大河内に情理を尽くし説明した所で、決して聞き届けてはくれまい。
 錐は自らの犬神に対する所感を里長に送ってはいるが、これの裏を取るのはかなりの時間が要るだろうし、どの道里長に中止命令を出してもらうのももう間に合わない。
 大河内は弟分の仇であり、政敵であり、事あるごとに錐を貶めにかかってきた恨みがある。
 しかし、それとは別に、錐は朧谷のシノビとして、朧谷の未来に対して責任がある中忍の一人として、大河内秀麻呂の殺害を決めた。


 藪紫が城に来る前にケリをつける。
 とはいえ犬神の人間である宗次はもちろん、これに雇われた傭兵達を用いるのも問題がある。犬神が大河内を殺したとなれば、錐はこれを問題としなければならない立場なのだから。
 なので、錐が個人的に頼んだという形を取れる開拓者達のみが、今回の作戦に使える戦力の全てとなる。
 錐が大河内を殺る。
 手の内の全てを知られている相手であるし、『トカゲの秀麻呂』と呼ばれ尋常ならざるしぶとさを売りにしてきた男だ。恐らくてこずる。
 この間、錐は残る六鬼衆の相手を開拓者に依頼する。
 大河内を殺した後、まだ戦闘中であったなら錐が中忍の権限でもって彼等を制するので、それまで堪えていてくれればいいという話。
 錐はここで言いたい言葉を一つ飲み込む。
『六鬼衆は朧谷の大切な財産だ。何とか命は取らずに居てはもらえないか』
 当然六鬼衆は本気で殺しに来る。そんな相手に、加減しろなぞととてもではないが言えるはずがないのだから。


 犬神の宗次が偵察内容を書類にまとめている所に、錐は音もなく現れる。
「……何か?」
「すまん。お前を疑っていた」
「あの時点では当然の判断です。にも関わらず貴方は激発を堪え、怒りを態度に出さなかった。それだけで充分です」
「……お前であってくれれば、とも、思った」
「本当、正直すぎる人ですね、貴方」
 書類から顔を上げる宗次。
「藪紫が錐君を信頼する理由、ようやく理解出来ましたよ。さあ、行って貴方の為すべき事を為して来なさい」


■参加者一覧
秋桜(ia2482
17歳・女・シ
久我・御言(ia8629
24歳・男・砂
ジークリンデ(ib0258
20歳・女・魔
ジャリード(ib6682
20歳・男・砂
アルバ・D・ポートマン(ic0381
24歳・男・サ
土岐津 朔(ic0383
25歳・男・弓
水瀬・凛(ic0979
19歳・女・弓
ナツキ(ic0988
17歳・男・騎


■リプレイ本文


 突然の襲撃にも即座に反応するのは、流石に錐をして朧谷の大切な財産と言わしむるだけはある。
 しかし六鬼は対応出来たが、大河内はそうはいかない。
「き、錐が私を!?」
 驚き慌て、挙句六鬼を置いて即座に逃げを打つ大河内。
 久我・御言(ia8629)が手際良く皆の配置を指示しながら叫ぶ。
「いきたまえ、錐くん。君の本分を果たしたまえ!」
 六鬼は捨石にされた形だが、誰一人文句も言わず、この逃走を助け錐を防ぎに動く。
 だが、そこで開拓者の近接組が襲い掛かる。
 そのまま一気に乱戦に雪崩れ込むと、誰も早々に離脱を果たした大河内、錐を追う事が出来なくなる。
 どうしてもとなれば、相手を殲滅する他ない。六鬼は、そうする事にした。

 窓から外へと飛び出した者の一人に、橙鬼がいた。
 水瀬・凛(ic0979)がこれを追い同じく外へと飛び出しながら矢を放つ。
 足止め目的の矢を、橙鬼は小さい跳躍を繰り返し走る。
 突然、その跳躍が大きくなり、橙鬼は空中高く飛び上がりつつ、反転し逆さまになりながら弓を構え、背後の凛目掛け矢を射る。
 咄嗟に遮蔽を取れる場所に転がり込む凛。
 すぐに橙鬼の位置を確認すると、彼もまた荷車の後ろに隠れこれを遮蔽とする。
「あー! 隠れるなんて卑怯よ!」
 一度視界の外に出てしまえば、シノビの詐術で凛を撒き、忍んでの射撃も可能だったかもしれない。
 だが、凛はすぐに対処する。
 番えた矢を引き絞りながら、腕を伝い手を辿り、今正に飛翔せんとする矢に練力を注ぎ込む。
 とはいえ射出の瞬間までは常と変わりはしない。
 矢が凛の手を離れた瞬間、渦を巻くように疾風が矢を包み、砂埃を巻き上げながら標的へと向かう。
 荷車は盛大に吹っ飛ばされ、その奥に居た橙鬼も巻き込まれる。
 しかし、これは失策でもあった。
 衝撃波に巻き込まれながらも、転がった荷車の影を伝って橙鬼はその身を隠す事に成功したのだ。
 凛は闇雲に射るような真似はせず、遮蔽を取った位置でじっと耳を澄ます。
 狩人と、獲物と。
 獲物は忍び足に長け、狩人に気付かれぬよう移動し、構え、射る。
 狩人は獲物の思考を読む。武器は弓、隠密に長ける、ならきっとアレが位置する場所は、左方建材置き場の屋根の上。
 橙鬼の矢を身をよじる事で急所を外しながら射返す。暗闇に吸い込まれた第一矢が命中。甘い。
 微修正しての第二矢。闇と同化したこの矢は、その鋭さで橙鬼の大胆な行動を封じる。
「私も余裕ないから。武器を捨てないならそのままいぬくわよ」
 降伏勧告。しかし橙鬼から返事は無い。なら、と橙鬼の行動を封じるよう足止めにかかる。
 凛は錐含む仲間の優位を、信じて疑っていなかったのだから。

 極めて静かな戦いである凛と橙鬼とは対照的に、安眠妨害この上無い騒々しさなのが、ジャリード(ib6682)対紺鬼だ。
 銃撃の音は物静かな深夜の城に殊更に響く。
 紺鬼の装填もクソもない連射に、ジャリードは屋内の廊下を駆ける。勝手知ったる城だ、遮蔽の取り方も心得ている。
 程なく、紺鬼が乱射を控え始める。
 弾切れ、というよりはジャリードのスタイルに合わせたのだろう。
 ジャリードは部屋の中から、低く座り込み顔と腕のみを廊下に覗き出す。
 ここで撃っておかないと突入を許す。
 案の定、身を乗り出していた紺鬼も銃撃を。
 紺鬼の肩を銃弾がかすめ、ジャリードは近くを弾丸が跳ねたせいで身を縮め顔と腕を引っ込める。
 低い位置で、しかも顔と腕しか出さぬ極めて狙い難い撃ち方をした分の差が、この損害の差である。
 すぐに移動するジャリード。程なく先ほど座り込んでいた場所を、壁越しに紺鬼が撃ち抜いて来た。
 壁に空いた穴の大きさから、銃の威力を類推し、何を用いれば遮蔽となるかを確認する。
 ジャリードは室内にあった大きな執務机を扉から廊下へと放り投げ、この後ろに転がり込む。
 発射音、跳弾。
 机の影から顔を出したジャリードは、思わず噴出してしまった後、大慌てで机から飛び出し先の部屋へ。そこから更に奥の窓を突き破って外へ。
 飛び出した空中で、背後から盛大な爆音を聞く。
 ついでに爆風に煽られバランスを崩し、中庭を盛大に転がりまわる。
 何処に持っていたものか、魔槍砲まで持ち出して来ていたのだ、紺鬼は。
 煙を突き破り、紺鬼は接近銃撃戦を挑みにかかる。が、踏み込み迎え撃ったジャリードの手がこれを跳ね上げ、逆手の銃にて肩をぶち抜く。
 紺鬼は改めて銃を二丁構え、同じく二丁構えのジャリードと対する。
 ガンナー対決は、まだ終わっていない。

 騒々しさでは負けていないはずの久我・御言(ia8629)対闇鬼だが、実はこちらはさほど音を立てるような事は無い。
 屋内での闇鬼の凄まじい移動速度に、御言がこれを捉えきれないためだ。
「ふむ、見事な立体機動」
 闇鬼は、誘い、引き寄せ、招き入れて城の中庭へと飛び出す。
 広い空間さえ確保出来れば、砲撃をかわすのも難しくないとの判断だ。これには御言も異論は無い。
「とはいえ、それだけでは負けてはやれんがね」
 魔槍砲を槍というよりは棍のように振り回し、脇の下へと納め構える。
 シノビの戦闘は非常に間合いの出入りが激しい。
 これを如何に見極めるかが肝となるのだが、御言はその凄まじい動きを見てこれを読むのを放棄する。
 なので空振り上等で激しく魔槍砲を振り回し、ともかく接近を防ぐ。
 闇鬼は丁寧に出入りを繰り返す。オーバーワークにより御言の動きが鈍るのを待っているのだ。
 そして、振るわれた槍先から力が失われていくのを確認してから、踏み込み魔槍砲を強く弾く。
 跳ねた魔槍砲の槍先が真後ろに向いた所で、御言はこれを発砲。
 闇鬼は一瞬のみ動きを止めるも、だからどうだと刀を振るい、失策に気付く。
「ぬかった!?」
 御言は背後に閃光弾を放っていたのだ。もちろん、疲れて見せたのも誘いの一手。いや本当に疲れてもいるが。
 輝きに半ば目をやられながら、御言の追撃を避ける。下がる。飛ぶ。
 ここで初めて、御言は魔槍砲の砲撃を撃ち放つ。闇鬼は跳躍中、更に身をよじる事でこれを回避しつつ、後方の木に着地。
 しそこねた。御言の砲撃は、この木を薙ぎ払っていたのだ。
 転倒した闇鬼の眼前に、御言の魔槍砲がつきつけられた。
「さあ、どうするかね?」

 紅鬼は窮地に陥っていた。
 まずどうやっても振り切れない、秋桜(ia2482)の存在。
 次に、要所要所で術攻撃を仕掛けて来るジークリンデ(ib0258)によって。
 ジークリンデの術は直撃こそ避けているものの、ただの一撃で石造りの壁に、綺麗にすっぽりと穴が開くのだ。人の胴なぞ一飲みにしてしまう大きさの。
 これで警戒しない方がおかしい。
 術者の視界に入らぬよう走りながら、その上で秋桜を相手取るのは至難なんてものではあるまい。
 紅鬼はひたすら逃走に専念しつつ、秋桜とジークリンデが一直線上になる好機を待つ。
 ならない。なら、する、まで。
 秋桜より放たれた手裏剣を、自らの眼前で素手にて掴む。手の平が切れるも毒は無し。
 そのまま肘より先のみにて投げ返す。かわす秋桜。その挙動で、ジークリンデからは秋桜の体が遮蔽になる位置に動かす。
 後は近接戦。奥襟を掴みにかかる紅鬼。秋桜、これを構わず掴ませながら、肘を振り上げる。
 秋桜の肘を紅鬼は腕力のみで掴み、引き手を確保。これで組み手十分。
 投げに移る直前、秋桜の肩より暗器がせり出し、これを紅鬼の胴に。
 この不意打ちに紅鬼は対応しきれず、投げを失敗し体制を崩す。それは、ジークリンデに対して致命的な隙、つまり、術の行使を許したという事。
 それでも紅鬼はジークリンデを睨む。回避の余地ある術を使う僅かな可能性に賭け。
 しかし、こない。ジークリンデは術を行使せず、紅鬼は立ち上がり刀を構える。
 そこでようやく気付いた。本来あるべき刺すような殺気がこの戦場に満ちていない。
「どういうつもりだ」
 ジークリンデは淡々と答える。
「錐様のお仲間と聞きました」
「錐の指示だと?」
「いえ。こちらの判断です」
「……確かに、残る開拓者も貴様等二人と同技量なら、我等を捕縛する事も可能かもしれん。だが、命を賭して挑めば、僅かなりと勝機はある」
 そこで秋桜が口を挟む。
「ではその前に一つだけ。この暗殺で、錐様の里でのお立場はどうなるでしょうか」
 紅鬼は、僅かに躊躇した後答えた。
「わからん。錐が大河内様に逆らうなぞと、恐らく里の誰も想像だにしていないだろうからな」
 ここまでの話で、ジークリンデは紅鬼の立場を察した。こんな話をシノビが敵に聞かせるというのがおかしい。
 きっと紅鬼は、錐のあり方に敬意を持っているのだろう。そしてこの戦いに敗れ大河内が倒れたならば、錐を助ける事こそが朧谷の為になると考えているのだろう。
 ジークリンデは、ゆっくりと手を前へと翳し出す。
「錐様は朧谷の中忍。なら、あの方の力になるのは、私よりあなたの方がより相応しいでしょうに」
 不覚っ、紅鬼はそう思ったがもう遅い。眠りの術にて紅鬼は昏倒するのであった。

 ナツキ(ic0988)は室内を走り回る翠鬼の動きについていく事が出来ない。
 見る、視界の外に瞬時に消える。
 聞く、流石にシノビ。音を誤魔化す術すら身に付けている。
 匂いと味はこの場合役に立たない。
 触覚、触れられないから目と耳を凝らしているのだ。
「いや、そうでもない、かな」
 大剣を石の床へと勢い良く突き立てると、そのままこの剣から手を離してしまう。
 両腕は前後に伸ばし、肘を僅かに曲げて腰を落とす。
 膝は出来る限り柔らかく。強い受けの姿勢も必要だが、反応が遅れれば急所を射抜かれるのだから、とにもかくにも、反応速度を上げられる姿勢を。
 目の効かない後方から、これは逆に読めた。
 後は音も無い歩法なれど、強い一撃には踏み出しの一歩が不可欠で、これだけを聞き逃さなければ良い。
 鋭い刃が皮膚に触れる。
 神経を研ぎ澄ましていると、これが感じられてしまうのが物凄い嫌なのだが、感じられねば致命的でもあるので我慢する。
 体を回すと、伸びた刃が急所をずれながら、痛いというか冷たい感覚が自らの体を切り裂いていくのがわかる。
 そのまま裏拳一発。大剣では当たらぬ間合いでも、拳ならば問題ない。これで崩して大剣にて、と考えていたのだが、敵もさるものすぐに体勢を立て直す。
 これにより、再び掴まえる所から始める事になる。背中から滴る液体の感触が気持ち悪いし、何より痛い。
『……錐さんは、清次さんの件でもっと我慢してたはずだ』
 そう思えば、もう一度これをやる恐怖も、容易く乗り越えられる気がした。

 蒼鬼の剣を受け止めた時、アルバ・D・ポートマン(ic0381)は相手がシノビであるという事を忘れた。
 一度秋桜に目をやると、そちらは紅鬼を抑えてくれるようで、ならばとアルバは防戦に徹する。
 蒼鬼の切っ先だけでなく剣の半ばまでが歪んで見えるのは、変幻自在の剣筋と剣速故か。
 一合打ち合う度に冷や汗が出る。
「こりゃシンドイわ」
 しかし、この間に相棒が配置につく事が出来た。
 土岐津 朔(ic0383)の矢が蒼鬼を射る。これが入り出すと、当然ではあるが目に見えて蒼鬼の動きが悪くなった。
 おかげで一息つける。後五合も打ち合えば、アルバの受けが破綻する所であった。
 危急の時であった事は、回りこんだ朔も理解していた。
 自ら剣を用いる事は少ないが、相棒の表情を見れば今がどんな有様なのかは一目でわかる。
 激烈ピンチ。
 慌てて援護射撃を開始したのだが、一方的に撃ちまくれる位置を取る余裕が無かった。
 なので、時期に蒼鬼はアルバを蹴り飛ばし、朔の方へと向かって来た。
 朔はシャムシールを抜き放つが、アルバがぎりっぎりで抑えていた剣士を相手に、これでどうこう出来ると考える程朔は愚かではない。
「いいぜ、来いよ。剣でお相手してやるよ」
 言うが早いか、朔はシャムシールを矢代わりに、これを番えて弓を引いたのだ。
 これには蒼鬼も驚きを隠せず。勢い良く放たれるシャムシール。かわしずらい、太い矢を外すべく大きく動く蒼鬼であったが、朔は当然最初から、蒼鬼もすぐにそれと気付く。
 こんな奇怪な形状の金属の塊が、まともに飛ぶはずがないのである。
 数にして四歩分、遅れを取らされた蒼鬼は朔へと斬りかかる。
「っと、危ねぇなバカ! 死ぬだろ!」
 と喚いた後、無理矢理かわしたせいで盛大に崩れた姿勢のまま、すぐ後ろまで来ていた相棒に言ってやった。
「おい、アルバあと頼む……!」
 追いついてきたアルバの剣を受け止める蒼鬼。
「……はいそこまで。手前ァどこ向いてやがんだ」
 と言われた所で、蒼鬼は矢を番えだした朔からも目を離す事が出来ないまま。
 完全に挟まれた蒼鬼は、ここでこれまでにない動きを見せる。
 凄まじい移動速度に加え、小刻みに足を動かす事で、何処にどう動くのかがまるで予測が出来ない。
 アルバと朔は、申し合わせていたかのように、互いに背を合わせ背後を庇いあう。
 何故か朔は上機嫌であった。
「後ろは任せろ、アルバ! 楽しく行こうぜ」
 そしてアルバもまた。
「あんま前出ンなよ。毎度気が気じゃねェっての」
 注意を促すような事を口にしながらも、口の端は上がったままだ。
 蒼鬼は朔を斬りにかかるが、するりと前後が入れ替わり、アルバがこの刀を受け止める。
 そのアルバの肩口の上、超至近距離から朔の矢が放たれる。蒼鬼はこれをかわすも肩先からは血の筋が。
 さあここからだ、アルバも朔も、そして蒼鬼すら勢いこんだ所で、待ったがかかった。
「そこまでだ! 剣を引け六鬼!」
 弓を下ろしながら朔。
「お早いお帰りで」
 剣で自分の肩を叩きながらアルバ。
「よう大将、仕事は終わったか?」
 錐が大河内の首を見せると、蒼鬼は剣を引く。
 すぐに他の者にもそうしたのだが、六鬼全員が生きている事に錐は驚き、そして皆に背を向けたままで一言呟いた。
「……面倒を、かけたな」



 秋桜は迎えに行った彼女、藪紫に問わずにはいられなかった。
「暗殺される事になったとしても、錐様が里に忠誠を誓わねばならぬのですか?」
 藪紫は静かに答える。
「私達陰殻のシノビにとって、里とはそのまま故郷でもあるのです。そう容易く、捨て去る事は出来ませんよ」
 それに、と悲壮さのない明るい口調で続ける。
「私もしばらくは睡蓮の城に入ります。今後直接攻撃は私の護衛がほぼ防いでくれるでしょう」
 その護衛だが、秋桜はいまだ見つける事が出来ていない。
 秋桜をすら出し抜く熟練の者、一体何者かと思った秋桜は、不意に姿を現したその護衛を見て、驚き硬直するハメになる。
「久しぶりだな」
 彼を指差し、秋桜は叫んだ。


「あ、貴方は……訓練された変態っ!」