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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 空の彼方から飛んで来る何かに驚かされるのはこれで一体何度目だろう。 そんな現実逃避じみた事をぼんやりと考えながら錐は、御坂十三が輸送を頼まれたと言っていた物を眺めてみる。 「おい、犬神の宗次。お前の所の黒幕は、もしかして何処かの国で王様やってたりするのか?」 宗次も若干呆れ顔である。 「王なんて苦労ばっかり多くてお金にならない事、頼まれたってやりたくありません、と言っていたのを聞いた事があります」 十三が持って来たのは、砲身の長さが二間(約3.6メートル)もある、超巨大な大砲であった。 根元と砲身の先を支える台座の二箇所に、バカデカイ車輪がついていてこれを移動出来る造りになっているが、鋼鉄の塊かっこ二間分かっことじな超重量を、押して移動しようとか狂気の沙汰だ。 十三も鎖で上からつるして、龍三頭が互いにぶつからぬよう上手く鎖の長さを調節しつつ、大変な苦労を重ねてここまで運搬してきたのだ。 そんな十三君に、錐からの無慈悲な一言が。 「ああ、早速発射実験するからこれ城壁の外に運んでくれ」 アンタこれ怒号じゃないんだからそんな簡単に言わないでくれ、と愚痴った所でやらされるのは十三なのである。 備えられた宝珠の数も、専用にあつらえられた砲弾の火薬量も、お前これこの大砲に羽付けたら空飛ぶんじゃねという勢いであり、錐は一応という事で、大砲の台尻を城壁に当てて固定しつつ、第一射の発射を行う。 誰もこんな馬鹿げた大きさの大砲など見た事もない。 兵士達はこぞって見物に集まり、城壁の上から何処まで飛ぶかを賭けていたりする。 そして錐の合図に合わせ発射。 爆音と震動が、予想を遥かに上回る。 錐が遠眼鏡で着弾地点を確認すると、直撃したらしい巨木が数本まとめて薙ぎ倒されており、大地にもありありと着弾の衝撃が刻まれている。 「うーわ、すっげぇなこりゃ。正邦、おい、お前も見てみろって」 遠眼鏡をそう言って彼に渡すが、正邦は、こめかみを抑えたまま言った。 「……錐、後ろを見てみろ」 「は? 後ろ?」 二間の巨砲は、発射の反動で後ろに大きく動いたらしい。その威力と重量は、城壁を半ばまで砕き貫く程のものであった。 下手な攻城槌なぞ比べ物にならない破壊力。これを後数回撃てば、頑強に作り直された城壁すら貫かれるであろうて。 城壁上で見物してた兵士達は、一部を除いて大爆笑。その大砲の威力のデタラメっぷりが随分とお気に召した模様。 そしてまるで笑っていない一部の兵士、その代表である睡蓮城城壁修復責任者野沢某が、頬を引きつらせたまま錐を呼び出した。 「どおおおおこの世界に自分の城の城壁自ら粉砕する大将が居るってんですか! 錐さん! 貴方俺等の修復作業馬鹿にしてるんすか!?」 激怒した野沢にぼっこぼこに怒鳴られる錐。 錐の考えが浅かったせいで彼等の作業が無駄に増えたのだから仕方があるまい。もうホントすみませんとひたっすらに平謝る錐。 さんざっぱら怒鳴られ詰られた後、ようやく開放された錐に、御坂十三が声をかける。 「いや、信じられん威力だったな」 「……頼もしくはあるが、運用はあれ相当面倒そうだぞ。城壁上になんて設置したら発射の度下に落ちるハメになりそうだし」 「あー、そのな、それなんだが……」 そう言って歯切れ悪く十三が切り出したのは、巨砲のオプション装備に関する事であった。 「いや実はな、砲台固定用のアンカー、というかまあ鉄柱な訳だが、これがあったんだが、この鉄柱がもう砲台と変わらない大きさでな、ここまでの物は必要無いだろうと置いてきたんだが……あー、その、取って来た方が、いいっぽいな」 錐の額に青筋が一つ、二つ、三つ。 「バカヤロウ! さっさと行って取って来い!」 最初にソレを発見したのは、城外に出ての偵察を行っているシノビではなく、城壁の上、遠くまで見える視点を確保していた新平であった。 「……あれ?」 目を細めて遠くをじっと見つめる。 その奇行に対し、ロッドがつっこんでやる。 「女でも見えたか?」 「いや、っつーか、何かさ、丘っつーか山っつーかが、動いてねあれ?」 「あん?」 新平が指差す先、遠すぎて良く見えないが、確かに何かが動いているようにも見える。 嫌な感じがしたロッドは遠眼鏡を持ってこさせてこれを確認する。 距離が遠すぎて向きを合わせるのに苦労するが、どうにか、その全体像を目に収める事が出来た。 「…………龍? いやおい待て。何かおかしい、おいシンペイ。お前も見てみろ」 言われるまでもなく新平も自分の分の遠眼鏡でこれを確認する。確かに、龍だ。しかし、それは変であった。 『だってあれ、サイズおかしくねえか?』 二人は同時にそう口にしてから、顔を見合わせ、再び遠眼鏡を覗き込んだ後、大慌てで城壁を駆け下りて行くのであった。 「何だあの、バカげた大きさの龍は……」 距離が遠すぎて大きさがわかりずらいが、側に立つ樹木の高さから考えるに、あの龍、首を上まで伸ばせばそれだけで城壁の上に届く大きさである。 その目標は、考えるまでもない。一直線に睡蓮の城へと向かっているのだから。 アヤカシは大きさだけでその強さを測る事は出来ないが、あれだけ大きいアヤカシが弱いはずもなかろうて。 「ふん、だが運が無かったな。ちょうど昨日、巨砲『轟咆哮』の設置が完了した所だ。木っ端微塵にぶっとばしてやるよ」 やったら長い射程を持つ『轟咆哮』であるが、再装填にかかる時間も並の大砲とは比較にならぬ。 なので、最低射程をその巨龍が割り込むまでに、四発しかこれに砲弾を打ち込む事が出来なかった。 「なんだありゃああああああ! 一体何で出来てんだ奴ぁ!」 新平の悲鳴も無理からぬ。 損害を与えていないとは言わないが、コレを、反動だけで城壁にめり込むような砲の直撃を四発も受けて、まだ動ける存在がある事が信じられない。 錐は志体を持つ全員に集合をかける。 「アレを相手に小細工は意味が無い。志体持ちと『怒号』のありったけを叩き込んで、それでも駄目なら城を捨てて逃げるとしようか」 全員、アレに斬り込むという事がリアルに想像出来ない。 動く城壁に、剣一本持って切りかかる、そんな感じが一番近かろう。 「何、これまでも洒落にならない敵は居たんだ。今回も、何とかなるだろうさ」 そんな砕けた口調で言う錐は、皆とは違ってこの戦いの結果次第で、自らの生死が決まる。 藪紫からの指示はもちろん死守なぞではないが、錐が朧谷の里から言い付かっているのは、何があろうと絶対守りぬけ、例え、命を落とす事になろうとだ、といった死守命令であるのだから。 もちろんこれは誰にも、そう清次にすら言っていないし、言うつもりもない。 そしてもし総がかりで倒せぬならば、皆を撤退させた後、錐は一人で、再びこれに挑むつもりであった。 何故なら錐は、朧谷のシノビであるのだから。 |
■参加者一覧
秋桜(ia2482)
17歳・女・シ
久我・御言(ia8629)
24歳・男・砂
ジークリンデ(ib0258)
20歳・女・魔
ジャリード(ib6682)
20歳・男・砂
アルバ・D・ポートマン(ic0381)
24歳・男・サ
土岐津 朔(ic0383)
25歳・男・弓
水瀬・凛(ic0979)
19歳・女・弓
ナツキ(ic0988)
17歳・男・騎 |
■リプレイ本文 久我・御言(ia8629)は、頭上へと掲げた腕を、力強く振り下ろした。 「諸君! ファイエル!!」 砦上から猛烈な砲撃が炎噴牙に向けられる。しかし、指示した御言にもわかっている。この最新式砲の一斉射撃ですら、足止めにもならない事を。 だが、命中により吹き上がる爆煙も、その凄まじき轟音も、仲間の突入の助けにはなろう。 炎噴牙の頭部を覆い隠すように広がる噴煙は、中頃がオレンジに変色したかと思うと、溶岩の塊のような炎の弾が飛び出して来た。 睡蓮の城の城壁までまだまだ距離があるのだが、この炎弾は最新式砲と同等の射程があるのか、城壁はこの直撃を受け大きく揺れる。 炎噴牙の近くには既にこちらの精鋭が展開しているのだが、どうやら無視らしい。 ナツキ(ic0988)は、よしっと気合を入れると御言に親指を立てて見せる。 「援護頼みますね!」 御言は少々苦々しげな顔を見せながら近接組に攻撃を命じる。 「ええい、私がやってみたかったものを……かまわん! ナツキ君、行きたまえ!」 ナツキを先頭に、近接第一組が炎噴牙への突貫を開始する。 これに続き、ジャリード(ib6682)が近接第二組の突貫タイミングを計る。 「ただでかい、というのも暴力だな」 胴を切るのに見上げなければならない巨大トカゲとか、悪夢にすら出てこないだろう。 土岐津 朔(ic0383)はこれが龍と呼称されている事に疑問符を持っている模様。 「……え、龍なのに飛べねぇの? いや飛んだら困ンだけど、飛ばねぇの? ダサくね?」 飛ばない龍はただの爬虫類だそうだが、空を飛べる爬虫類が飛龍なのでは、と天儀の一部の学者は言うかもしれない。 かけているサングラスをズラし自目で確認しているアルバ・D・ポートマン(ic0381)。 「……ンー、狙い目は左足……いや、敢えて尻尾か」 こちらはもう、どうやってアレを這い登るかしか考えていない模様。 水瀬・凛(ic0979)はあまり驚いても恐れてもいないロッドに訊ねた。 「あなたもああいうの見た事あるの?」 「あるかっ、ましてやアレを封じる作戦なんざ思いつきもしなかったっての」 「だよねぇ」 二人は同時にアレこと炎噴牙を見て、同時に嘆息を漏らす。 ロッドは真顔で凛に問う。 「なあ、俺錐よりヤバイシノビを知ってるんだが、あの龍倒せりゃ、そいつも張り倒せるようになれるかね?」 いきなりな発言に面食らう凛であったが、錐の人間離れした技量を思い出し、至極当たり前な話をしてやった。 「だったらまず錐さんに勝てるようになるのが先じゃないかな」 「……うん、無理」 「だよねぇ」 皆それぞれに思う所あるようだが、ジャリードの合図と共に第二陣が突っ込むと、これを援護する為に、或いは仕掛けの為に走り出した。 秋桜(ia2482)は、何ともいえない顔をしているザカーに訊ねる。 「大丈夫ですか?」 「……それは俺の台詞だ。本当にコレ、上手く行くのか? こんな大規模の、それもここまで大きなアヤカシを封じる結界なんて聞いた事もないぞ」 ジークリンデ(ib0258)は特に気を悪くした風もなく、淡々と答える。 「アレの二回り小さいモノには効果がありました。恐らく、足止めは問題ないでしょう」 「アレの二回り小さいモノと出会った事があるというのにびっくりだよ」 以前に仕掛け成功させたメンバーの一人である秋桜は、ザカーの不安も理解出来るのか苦笑を返す。 「いずれ、結界作成完了までは何があろうとお守り致しますので、どうぞ作業に集中下さいませ」 「……わかった、頼むぞ」 ジークリンデには梶川清次がついている。 「正直、特攻しか手が無いと思っていたが、これが上手くいけば城もほぼ無傷で済む。頼りにしている」 ジークリンデは清次にだけ聞こえる声で言う。 「……ザカー様とは防御耐久能力で差があります。申し訳ありませんが、より危険な場所へはこちらが向かう形になりますが……」 清次は少し驚いた顔を見せる。 「そう、か。問題ない」 更に冗談めかして言葉を続ける。 「生憎、秋桜とは防御耐久能力で差がある、とは言えないのだがな。そこは我慢してくれ」 第一陣近接組が総攻撃を仕掛ける中、ナツキはまず近場の木に登り、ここから飛び降りる形を取る。 とはいえ木のてっぺんまで登っても、辛うじて胴脇に届くかどうかである。 凹凸の激しい鱗状の皮膚のおかげで、どうにか昇っていけそうだ。後、あまりに巨体すぎる為、逆に見つかる心配があまりなさそうだとも思えた。 思ってた以上にするりと昇れてしまい拍子抜けであったが、ともかく龍の背に乗ったナツキは、そこに鱗が変色した部位を見つける。 試しにと、せーのでこれに大剣を突き刺してみた。 突然、炎噴牙が凄まじい勢いで暴れ始めた。 見ると、近接職が次々弾き飛ばされていく。少し離れた位置に居た凛は、更に来る恐怖に気付けた。 「なりふり構わず避難して! あんなのにつきあってたら死んじゃうわ!」 大暴れもそうだが、大きく息を吸い込むモーションも見逃せない。近接は逆に近すぎてこのモーションが見えないのだ。 逃げ散りにかかる皆に首を向ける炎噴牙。凛は自らがその射程内に居るのを承知で、炎噴牙の顔目掛けて矢を射る。 突き刺した大剣に必死に掴まって振り落とされぬようにしていたナツキは、はたと気付いて上を見る。 そこには、多分怒ってるんだろう炎噴牙の顔が。 「そこから撃ったら自分にも当たるぞー。だからやめとけー……って言っても聞くわけないかっ!」 そのとーり。咄嗟に大剣を抜き背中から飛び降りるナツキ。間に合うかどうかは運任せ。 しかし、炎噴牙の目をかすめた細く小さなトゲが、この発射を僅かに遅らせていた。 辛うじて炎噴牙の背を遮蔽に取り、下へと落下したナツキ。 これを確認した凛はほっと一息。とはいかないのが竜退治である。 すぐに炎噴牙はじろっと凛を睨む。 「あ、やばっ」 くるりと後ろを向くなり、ものっそい勢いで走り出す凛。 城壁まで届くのだから射程外まで逃げるのは無理。なら、術と一緒で、遮蔽を取れる場所に行くしかない。 必死に森の中へと駆け込む。背後で爆音が連続している。首だけ振り向くと、城壁からの砲撃が龍の頭部に集中している。 爆煙が上がり、その視界を遮ってくれる。 凛は心の中で大砲隊にありったけの感謝を述べながら、森へと転がり込む。直後、凄まじい炎風と爆煙が周囲を覆った。 それでも、直撃でさえなければ問題は無い。 「……けほっ。シンドイわー、これ」 朔は、弓を引き絞ったまま動かず。 龍が足を止め暴れ始めているせいで、エライ騒ぎになっているもやはり、動かず。 アルバが龍の側まで至った所で、ようやく矢を射放つ。特に頑強な矢を選んだおかげで、龍の鱗を砕き足に突き刺さる。 アルバはこの矢を飛び上がりながら両手で掴み、くるりと逆上がりにて昇り、器用に矢の上に両の足で立って見せる。 更にここから飛び上がり、壁のようにそそり立つ龍の胴に片足を付く。 朔の二矢が飛ぶ。 今度の矢は鏃を潰したもので、その分狙いずらくなっているが、ズレは許されない。 「アルバ! 俺の矢を蹴って上に登れ……!」 聞こえる距離でもないのだろうが、アルバは返事を。 「任せな!」 逆足の裏で、飛来する矢を受け止める。極めてシビアなタイミングだが、この矢に体重を乗せアルバは大きく上へと飛び上がる。 もう一度龍の胴に片足をつき、三本目の矢を蹴り飛ばした所で、龍の背に乗りきった。 ナツキから聞いた変色部位はすぐに見つかる。 「はいよ、大人しく――は無理だな。取り敢えず、ちィと黙れ。な!」 魔刃が深々と突き刺さる。 そしてナツキが言ったように、凄まじいリアクションが返って来た。 朔は次なる狙いを、龍の肩頃から首にかけてに定める、一定の間隔で首元に至るまで順に射抜いていく。 「さて、こんなところか。後は自分で何とかしろ」 ここでも朔の言葉が聞こえていた訳でもないのだろうが、アルバの返事のお言葉が。 「ったー、キッツイ注文してくれるねぇ……いいぜ朔ちゃん! やってやらあ!」 龍の首がこちらを向く前に、アルバは剣を引き抜き、揺れる龍背を、突き刺さった矢を足場に一気に首まで駆け上っていったのだ。 それでも、龍の頭までとは言わず、飛び降りても平気な高さまでしか矢を射ない所が朔らしい、とアルバは内心のみで笑みを零す。 徐々に細くなる龍の首の半ばを斬りつけ、その頭部がこちらを向く前に飛び降りるアルバ。 朔は、両腕の筋肉が痺れを感じる程の勢いで、弓を引き絞っていた。 両足を開き大地をしっかりと踏みしめ、強射の構えだ。 射道は弧を描かず、銃弾のように一直線に撃ち抜くため、意識は標的ではなく標的の奥に置く。 軋み音すら聞こえる矢を解き放ってやると、常のそれより速く深い命中音。これで注意をアルバより逸らす。 しかる後。 「やばっ」 凛同様、一直線に森へと逃げるのである。 ジャリードは宝珠銃をアルバが首筋につけた傷跡に向け連発する。 城壁からの砲撃の後は、出来るだけこうしてあちらに炎弾が行かぬようしているのだ。おかげで、城壁はまだ数箇所表面が溶け落ちている程度で済んでいる。 もちろんその分の代償は支払わなければならない。 炎弾をまともにもらい、火達磨になりながら大地を転がりまわる。 今すぐ逃げ出したくなるのを堪えながら立ち上がり指揮に集中する。 ジャリードは錐と宗次の二人を軸に、強力な攻撃の基点となる首の動きを制しにかかる。 自分が動くではなく皆の連携を促し、目的を果たす。この辺りを御言もわかってくれてるようで、残る皆を引き連れ後方から、側面から、ともかく龍の意識を散らすよう攻撃を指揮する。 御言の指示がジャリードにも聞こえる。 かなり細かい指示であり、それだけに、彼にも余裕が無い事がわかる。 ジャリードも同様だから、良くわかる。既に新平もゆみみも下げてある。かなりの戦力減であるのだが、龍からはまるで弱る気配が見られない。 と、御言の表情が変わるのが見えた。味方、緊急を要する件は無し。では、敵か。 そこでジャリードもピンと来る。どうやら、龍はジークリンデとザカーの仕掛けに気づいたようだ。 ジャリードは大声で叫んだ。 「これから仕掛ける! 皆動けるか!?」 ナツキと、驚く事にロッドが先陣を買って出た。二人は大剣を交差するように、同時攻撃を胴下部に叩き込み、その注意を引く。 ジャリードは右腕で錐の動きを、左腕で宗次の動きを見せてやると、二人はぴたりジャリードの狙い通りの動きをしてくれた。 「正邦! それを打ったら下がれ!」 「わかっている。これ以上はもう出涸らしだ」 正邦の正拳が龍の片足を打つと、龍の巨体が僅かだが揺れる。 そこに、待ってましたと最後の一発を御言が狙っていた。 木の上に陣取り、巨大な魔槍砲を抱えた姿勢で、反撃の炎弾を打つ瞬間を、待ち構えていたのだ。 反動が凄まじく、恐らく木の上の位置を維持は出来まい。 しかし、木の幹に背中を当てる形で、ほんの一瞬だけ、何とか堪えられるよう無茶な姿勢を保つ御言。 ブレスの挙動は数度見た。その時とリズムを変えてくれるなよと祈りながら構える。 龍が首を揺らす、狙いを固定する。大きく口を開き、引き金を引き絞る。反動に全身が引きずられる、体を突っ張って堪える。 神門の一撃は、龍の開いた口の中へと吸い込まれていき、龍は苦悶の叫び声を上げる。 同時に御言は、木の幹がへし折れる音を聞いた後、背中を大地に盛大にうちつける事になるのであった。 そろそろ限界かと秋桜は気を引き締める。 こちらの仕掛けに、時折注意を向けるそぶりをしていた炎噴牙が、とうとう攻撃を仕掛けに動き始めたのだ。 ザカーに先行しながら森の中を走る。その特性上、遮蔽さえあれば龍の炎はこちらに届かない。 しかし、術式を作り上げる為にはどうしても森を抜けなければならない場所がある。これをどうするか。 「どうもこうも、行くしかないんですけどね」 呼吸を整え飛び出すと、はいありがとーとばかりに待ち構えて居た。龍の首が。 「……案外、知能高いんですねコレ」 逃げる。無理。ここで飛んで逃げたら、後ろのザカーに狙いが向くかもしれない。逆に、とどまればザカーには届かない。 両腕を交差し、顔を庇う。 堪えるつもりだったが無理。世界が反転し、展開し、回宙し、上下左右の区別が無くなる。 大地に落下するも、そこが地面と認識出来ない。全身に火ぶくれが出来た挙句塩をぬりたくられたような麻痺感がある。 首を一つ振る。それだけで、意識が明晰に戻り、すぐに立ち上がる。 「逃げますよ!」 「うおっ、って大丈夫かおい」 すぐ側まで来ていたザカーを連れて走る。二発目が来る。 今度は自ら踏み込み眼前に剣を立て、炎弾を断ち割ってやる。 それで損傷が無くなった訳ではないし、極端に痛くなくなったわけでもないが、二度目は、慣れるものなのだ。 ザカーが苦しそうな顔で結界術を行使している。あの必死な顔を見ると、もう二三発ぐらいは耐えてみせようという気になれた。 ジークリンデの見ている前で、清次がブレスに吹っ飛ばされるのはこれで二度目である。 頬を撫でる熱風にも眉一つ動かさず、一つ一つ、術式を作り上げていく。 正確で、精緻で、神妙で、優雅で、美麗で、ただただ溜息の出るような、魔術の知識が無くとも見入ってしまうような、当人にとっては単純な作業を繰り返す。 森の木にもたれるようにしながら立ち上がる清次を見て、彼に手の平を向け伸ばす。 治癒の術により白き輝きに包まれる清次。そして、敢えて目立つように最後の結界地点へと。 炎噴牙の炎弾が迫るもそちらには視線すら向けず、やはり淡々と術を唱え、腕を軽く振って仕掛けを終える。 轟音爆発と共に周囲一体の大地が抉られ、妙に鮮やかな土色が円形に見える大地。 この中心で、ジークリンデは涼しげにその場に佇んでいた。 この様を眺めていたザカーが聞き、秋桜が答える。 「いやほんとアイツ一体何者だって」 「……今度本気で調べてみたくなったかもです」 全ての術式を終えたジークリンデは清次の下に向かうが、清次はこれ以上の治療は不要と言ってやる。 「遠距離射撃に俺は向かん。お前の練力は攻撃に用いてくれ」 「了解しました」 結界は充分に機能した。撃破までに時間はかかったが、それでも結界完成からはほとんど損害を受ける事は無かった。 練力もすっからかんになったジークリンデは、治癒は少し後になる、と清次に伝えようと彼が休んでいる場所へ向かう。 そこには、無数の刀傷を負い絶命している梶川清次の姿があった。 |