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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 錐の前に佇む女性は、あまり女性の容姿に頓着の無い錐の目から見ても、美しいと思えた。 そんな彼女は、巫女装束に似た衣服で、たっぷりとした袖口を見せながら錐へと手を差し出す。 「ほれ、そう怯えるでない。せっかくこうして戦の場に出たのじゃ、わらわに剣の冷たさをあじあわせてたもれ」 なんて言われても、ほいほい手なぞ出せるはずもない。 錐の目には、彼女が羅刹か仁王かといった姿に見えているのだから。 「うーむ、ならばほれ、これならどうじゃ?」 そう言って女性は、両手を大きく真横に広げた後、その目を閉じてしまう。 「これなら怖くないであろう。ささ、思い切ってかかって来るが良いぞ」 何を言われた所で、コレを相手に余計なプライドなぞ発揮させてる余裕なぞない。 外面に惑わされる事なくそれを見抜ける程度には、錐も修羅場は潜っているのだ。 しかし、足止めが仕事であるが、コレの力を見極める必要もある。それはきっと錐にしか出来ぬ仕事であると自らに言い聞かせ、錐は動いた。 正面より迫り、側面へ飛んでからの突き。脇腹を貫くこの一撃で、忍刀は一寸程しか刺さってくれず。 「うーわー、やられたのじゃー」 よろめいた後、その場に座り込む女性。 ふう、と一息つきながら錐は、会話を試みてみる。 「……やる気が無いんなら、何処かに消えてくれないか?」 「何を言うか、わらわがやる気を出したら人間なぞあっという間に死んでしまうではないか」 「だったら、試してみたらどうだ?」 女性はきょとんとした顔を錐に向け、上品に口元を押さえながら笑う。 「ほほほ、愉快な人間よな。その蛮勇に免じて、わらわも一軍を失う覚悟で相手をさせてもらおうかの」 次の瞬間、錐は自らの体が宙を舞っている不思議に驚く。 すぐに平手打ちを両腕で防いだ事を思い出す。その後に襲ってきた衝撃に、どうやら錐は一瞬だが意識を失っていたようだ。 『どーいう威力だコイツ!』 空中で半回転しながら着地。足を踏ん張るも飛ばされた勢いを殺しきれず、大地に二本の溝を刻みながら滑り下がっていく。 そんな錐の眼前に、彼女、奇鬼樹姫が迫る。 やはり手は平手の形のまま、まっすぐ前へと突き出して来た。 手を潜るように屈み込み、そのまま奇鬼樹姫の後方へと抜ける。何やら背後から凄まじい破壊音が聞こえたが、見た所で怖くなるだけなので無視。 脇を抜ける錐に、奇鬼樹姫は逆の腕を裏拳の形で薙いで来る。 最適解は下がる事だが、錐は直上へと飛び上がって腕を外す。振り返りざまの裏拳を真上に飛び上がってかわすなどと、錐程の反射速度が無くば出来ぬ芸当だ。 そんな危険な真似をした甲斐はあったようで、奇鬼樹姫が薙いだ腕から衝撃波のようなものが発生し、大地を深く削り取っていく。 そう、このぐらいの真似が出来ねば、極めて強い姿勢で受けたはずの錐が吹っ飛ばされるなんてあるはずがないのだ。 「やるのうおぬし!」 奇鬼樹姫の連撃は続く。 中空で身動きの取れぬだろう錐に、奇鬼樹姫の平手が振るわれる。錐は全身で身をよじり、上半身の部分でこの平手を受けられるように位置する。 受けた瞬間、独楽のように回転する錐。しかし半回転目で、錐が伸ばした足が奇鬼樹姫の側頭部を直撃する。 張り飛ばされた勢いはその蹴りのみでは殺しきれぬようで、錐はまたも大きく吹っ飛ばされるが、二度目は流石に意識は保ったままだ。 『マズイ、か?』 二度受けた両腕は、痺れて上がらなくなっている。 今はこれが回復するまでひたすら逃げるしかない。 奇鬼樹姫はそんな錐の都合がわかっているのか、それまでのやる気の無さが嘘のように猛然と襲い来る。 矢継ぎ早の連撃を、錐は背筋が凍える思いで一つ一つ丁寧にかわしていく。 もちろん都度、錐の背後では大地が砕かれ抉れており、錐は生きた心地がしない。 しかし戦闘の最中、奇鬼樹姫へと全神経を集中してた錐は彼女の動きが当初と比べ変化している事に気付く。 攻撃は徐々に鋭く、威力はより激しくなって来ているのだが、代わりに彼女の上から目線が失われているような。 そしてその広範囲に及ぶ打撃は、錐のみならず周囲に残っていたアヤカシすら打ち倒すようになると、錐はまさかと彼女から大きく距離を取る。 すると奇鬼樹姫は錐には目もくれず、より近くに居たアヤカシを標的に暴れ始める。 「…………相手は何でもいいのかよ」 ともあれ、これ幸いと後退する錐。 後で確認した所、彼女は結局生き残った周辺のアヤカシ全てを砕き尽くし、ついでにそれまであった平野を三倍の広さに拡張した上で存分に耕した後、いつの間にか何処かに消えていたのである。 「あの地に城を建てるだと!?」 と思わず怒鳴ってから、自身の失礼さに気付き慌てて謝罪する錐であったが、風魔弾正は気を悪くした風もなく、むしろ同情するかのように言ってきた。 「私も最初に聞いた時は同じ反応だった。だが、これが雇い主からの依頼だというのであれば、私に否やは無い」 ついては陰殻から城建設予定地までの『道』の確保をするように、との要請である。 建設予定地は先日の戦場。魔の森ど真ん中であり、陰殻からここに至るまでにある三箇所のアヤカシ拠点を同時に粉砕せよ、という作戦だ。 それぞれ三箇所の敵拠点には、周辺の下級アヤカシを糾合出来る実力者がおり、これが同時に失われれば、周辺一帯のアヤカシは当分の間組織立った行動が取れなくなる。 攻略が同時でなければ、残った拠点のアヤカシは、周辺のアヤカシを片っ端から呼び集めるだろうし、撃破には多大な労力と戦力を擁しよう。これを防ぐ為の同時攻略だ。 建材を軍規模で運搬するというのなら、確かにこれでアヤカシ支配領域を突破する事も可能かもしれない。 しかし、当然こんな前例は何処にも無い。渋る錐に、弾正は言った。 「これを考えた者は、あのような巨大戦艦を引っ張り出す奴だ。まともな神経でないのは今更であろうに」 ああ、アンタを雇うなんて確かにまともな神経じゃ出来ないだろうな、とは口にしない錐であった。 錐は手にした手紙に火をつける。 既に真幌砦防衛任務は犬神の里に引き継がれたという、ただ、睡蓮の城に関しては、何故か朧谷の里が所有権を主張して揉めているらしい。 このせいで、錐への引き上げ指示が下りて来ないのだ。 文面から、手紙を送ってくれた梶川が激怒してるのが見て取れる。 何が笑えるかといえば、前線で犬神がこれだけの大きな動きを見せているのに、朧谷の里では何一つそれを掴んでおらず、そも、興味すらない模様。 朧谷の里は錐に、何も望んではいない。 翻って犬神の里は、何故か錐に最も重要な役割を任せてくる。錐の立場を考えれば、与えられた任務を放棄するという選択肢もありえるのにだ。 首を横に振って嫌な考えを追い出す錐。 「仲間の為に、俺は戦う。今はただ、それだけでいい」 |
■参加者一覧
久我・御言(ia8629)
24歳・男・砂
ジークリンデ(ib0258)
20歳・女・魔
ルゥミ・ケイユカイネン(ib5905)
10歳・女・砲
ジャリード(ib6682)
20歳・男・砂
アルバ・D・ポートマン(ic0381)
24歳・男・サ
土岐津 朔(ic0383)
25歳・男・弓
水瀬・凛(ic0979)
19歳・女・弓
ナツキ(ic0988)
17歳・男・騎 |
■リプレイ本文 久我・御言(ia8629)と水瀬・凛(ic0979)の二人は、御坂十三達龍使いと共に目標点へと向かう。 途上、何度か地上に降り、凛はそこに幾つかの仕掛けを施す。 凛達は撤退の時も龍を使うのでそれほど気にしないでもいいのだが、他のルートの皆は地上を逃げ戻らなければならない。 その助けになるようにと、撤収の際彼らが用いるルートに罠を仕掛けて回っているのだ。 こちらも龍を使うのであちらこちらと仕掛けて回るのには都合が良い。 更に更に、大掛かりな資材が必要な罠も龍で運ぶ事が出来るので、結構洒落にならないものまで仕掛ける事が出来た。 この上で、秋桜が各所の撤退支援に回る予定なので、撤収作業にはそれほど不安は無い。 あの圧倒的な機動力は、俺に任せて先に行け、をやった後でも簡単に先行した者に追いついてしまうレベルだ。 十三は空の上でぼやく。 「しかし、あの人も何考えてんだかわからん人だな」 この言葉は藪紫の築城に関する事であろう。 御言は、揶揄するでもなく、率直にすぎる意見を述べる。 「なかなか素敵な考えの持ち主だね。頭は大丈夫なのだろうか」 「知るか。まっとうな神経でないのだけは確かなんだろうが」 何処か否定的な十三であったが、御言は別の意見があるようで。 「だが、面白い」 「……本気か?」 ただ、誰にでもわかる形で面白いと評せるには、超えなければならない問題が多いのも事実なので、御言はこれ以上の言及は避ける。 目標点近くまで行くと、御言と凛のみが地上に降りる。 攻撃時間は概ね決まっているが、細かな襲撃タイミングは地上に居て判断するのが一番効果的なのだから。 標的を発見したのは、やはり弓使いである凛であった。 一見すると木そのものにしか見えぬのだが、枝の伸び方や何より根が地面の中へと伸びていないのが不自然すぎる。 擬態か? と御言が問うが、自然に生まれた擬態はもっと出来が良いものだよ、と凛が言うと、妙に納得した様子で頷く御言。 上空高くから、遠眼鏡を用いて十三達は御言の指示を待っている。 「では、始めるとしようか。ファーストアタックは君だ、凛くん! ゴー、アヘッド」 木の幹の中央にある顔と思しき凹凸、その眉間に位置する場所へ、凛は矢を放つ。 アヤカシであるのだが、木の幹を叩くような軽快な音がした。 すると、ぎょろっと瞳を開き、トレントが動き始める。 やたら長い魔槍砲を抱えた御言は凛の前へと踏み出し、正面からこれを迎え撃つ。 「後方注意を怠ってはいけないな」 わけもなく。トレントの死角になる位置、上空後方から、十三達龍使いが襲い掛かってきたのだ。 こちらもまた完全に不意打ち紛いの形になり、木の幹に、すたたたたたたたたん、とやはり小気味の良い命中音が響く。 すぐ後に、こちらは乗り手ではなく龍自身からの炎が見舞われ、ソロ山火事のような有様になりはてるが。 怒りの声と共に振り向くトレントに、御言は一気に接近しつつ魔槍砲の砲撃を叩き込む。 「なるほど、先に出て来ていた敵達と比べると数段劣るね」 龍炎の着弾と比べてすら派手に聞こえる炸裂音と共に、トレントはその大きな体を震わせるが、それでもここらの主軸アヤカシであるだけにこれだけでは倒れてはくれない。 それどころか、その枝をこれまた不自然に伸ばしながら反撃をしてくるではないか。 枝の伸びっぷりは尋常ではなく、攻撃の為接近した龍達にすら届く程の長さにまで伸びる。 当然御言もこの標的になるが、これもまた想定の範疇の内であり焦りは無い。 凛は龍使いより遥かに楽に射撃が出来る地上組だ。 なので一つレベルの高い標的を狙う。 飛び回る龍達へと伸ばした枝、これを支える部位を矢にて射抜き崩そうというのだ。 一騎の龍を追って伸びる枝。これをまず射抜き折る。枝の内には緑が見え、それが枯れ木ではなくしなやかな強さを持つ若木であるとわかる。 その千切れっぷりから、一射で折れるだろうギリギリの太さを予測し、ちょうどそれに見合った太さの枝を狙う。 今度は御言へ向けて伸ばした枝だ。距離が先とは全然違うので、枝の太さの見え方もまるで違うのだがそこは弓術師、遠近差による見え方の違いは当人が意識せずとも自然と出来てしまうものだ。 再び伸びた枝を千切り折った凛。折れ口がささくれ立っている事から、ここらが一射で折れる限界だと見極め、後はこれに従って攻撃を続けるのみ。 戦闘が終わるまでこれを延々続けていた凛は、そこらに落ちまくった枝を見ながらあまり意味の無い事を考えていた。 『これ、薪とかにならないかな?』 アヤカシが燃料になるかと。 その砦は、既に砦としての機能の大半を失っており、辛うじて森の中の目印ぐらいにしか役に立ちそうにない場所であった。 こちらに集まったのは全部で五人。 ジャリード(ib6682)、土岐津 朔(ic0383)、ナツキ(ic0988)にロッドとザカーだ。 前3後2で、相手が単騎というのはかなりバランスが良い。 ジャリード、ナツキ、ロッドの三人が砦の半ば以上崩れ落ちた柵を蹴倒し突入する。 居た。砦の中央に、小さな木の椅子に腰掛けた武者姿のアヤカシは、首を三人へ向けると無言のまま立ち上がり、刀を抜く。 もとより、最大火力での速攻を狙っていた開拓者達は止まらず、まずはナツキがその剣を振るった。 「悪いけど、ゆっくりしていられないんだよな!」 駆け寄る勢いをも乗せた剛の剣。 これをアヤカシは片手のみで持った刀で捌きにかかる。 その受けの形から、ナツキはこれでは弾かれると判断、瞬時に左の肩を入れ込んで力のかかる向きを変える。 敵が構えた刀に対し、流されぬよう直角に力がかかる形に持っていく。綺麗すぎるほどに綺麗な受けの構えに、構えを外させる事が出来ないナツキにはこれが精一杯だ。 すぐに武者鎧もこれに対応し、後ろ足を引く事でより強い姿勢を作り出し、激突に備える。 派手な金属音。 受けた刀ごと薙ぎ斬る構えのナツキに対し、アヤカシとも思えぬ冷徹な構えと受けで対処する武者鎧。 ナツキの腕からかえってくる感触は、さながら大地深くに根ざした巨木、或いは見上げんばかりの巨岩であろうか。 『押し、きれないっ』 ならばせめても最低限の仕事はしなければ、とナツキは大剣を握る手に更に力を込める。 鍔元まで剣先をずらしながら強引に鍔競り合いに持ち込みにかかる。弾きそらしたい武者鎧だが、最初の受けを深くそうしてしまったせいで、容易く流せぬ形になってしまっている。 これでどうにか、ジャリードが作らんとしている流れを維持する事は出来よう。 続きロッドが反対側から武者鎧を狙う。 これを見た武者鎧は、瘴気を刃に滾らせる事で強引にナツキを弾き飛ばし自由を取り戻した体でロッドの剣撃を動き外す。 しかし回避もそこまで。 前衛が仕掛ける間、じっと弓を引いた姿勢のまま構えていた朔が動く。 かわす動きをしたせいで一瞬見えた武者鎧の内腿へと、朔の矢が放たれる。 矢は、射放った瞬間命中外れが直感出来るもので、今回も朔は腿のどの部位に辺り、それによってどう動きに影響があるかまでを事前に予想できていた。 だからそれが、ほんの僅かであっても外れた事に驚きを隠せない。 武者鎧は命中矢を内腿中央から辛うじてだが内腿外側へとズラしてみせたのだ。 つまり奴は、朔が矢を放ってから動いたという事。その凄まじき反射神経もそうだが、接近戦の最中にあって射撃の一瞬を見逃さずこちらを注視していた事も驚きである。 すぐにザカーの氷の槍が、回避しようなどと考えすら及ばぬ速度で片足へ突き刺さる。 それが常のザカーの術より効果が薄く見えるのは、やはりアヤカシならではの抵抗力のせいか。 この四連撃。実は、ジャリードが巧妙にコントロールしたものであり、敵に反撃の余地を与えぬものであると同時に、最後の最も高い火力を持つ魔槍砲を確実に命中させる為の布石にもなっていた。 着氷の衝撃で揺れているはずの武者鎧の視界。これに被せるようにその視界の端を移動し、凶悪無比なその兵装を構えるジャリード。 個人携行武器としては最大級の大きさと火力を持つこの魔槍砲という武器は、一発打つだけでかなりの練力を消耗する。それこそ駆け出しの開拓者ならば一発しか打てぬ程の。 だが、その瞬間火力は魅力的であり、特に今回のような速攻を旨とする戦いにおいて活躍する武器だ。 長槍かポールウェポンにしか見えぬ長大な砲身を、威嚇するように武者鎧へと突き出し、腰溜めの姿勢のままで狙いを定める。 戦場をコントロールできる事の利点は、こうした大仰な武器を構える時間が取れる事だ。 万全の姿勢でその時を迎えたジャリードは、溜めに溜められた力を解き放つ。 閃光が武者鎧を貫く。爆音はその後だ。吹き上がる煙は武者鎧の周辺から巻き上げられた土砂で、これが最後に吹き付ける。 並の敵ならばここまでの連携でしとめている所なのだが。 煙が晴れる頃にはこちらの損害がはっきりする。 近接しきっていたナツキとロッドがきっちり二発づつもらっている。 ジャリードは再度指示を出し直し、まずはザカーの魔術が、そしてロッドが牽制剣を強く打ち込む。 そして続いてジャリードが懐深くへと接近していく。 消耗激しい魔槍砲だが、ジャリードならばまだ打てる。 爆発煙が邪魔にならぬよう、砲撃が貫通するようなイメージでこれを打ち込んだジャリード。 その狙いは口に出さずともナツキへと伝わってくれた。 二度の砲撃でガタが出始めた武者鎧の前面鎧を、打ち砕く事こそがナツキの仕事だ。 再びご意見無用の大剛剣を振りかぶるナツキ。狙いは頭部、面打ちの基本形。 この軌道を、手首の位置をぎりぎりで落とす事でより下へと急変化、胸部を上から叩き斬るイメージで大剣を振り下ろす。 鈍い音と共に、武者鎧の胸当てが歪みズれる。 そして朔だ。さっきの間では外される。もっと、早く。 そんな朔が引いた弦よりを手を離さんと意識したのは、ナツキの大剣が振り下ろされた瞬間だ。 集中しきった朔の目は、ナツキの大剣が鎧にゆがみをつくる様を克明に刻みつけ、矢がすり抜ける幅が出来るや否や、矢を射たのである。 武者鎧の思考では、朔が矢を射るのはナツキの剣の後。さもなくば鎧で防げるとの確信があった。 だから、反応が遅れる。 自らの体内深くに侵入してきた冷たい金属の鏃を、武者鎧は信じられぬ思いで見下ろす。そこには、矢羽の根元まで突き刺さった矢が見えるのみ。 「頑張れば何とかなる敵、か。なるほど、これならそれほど恐ろしくは無いか」 アルバ・D・ポートマン(ic0381)は、うわぁ、といった顔をした後、ふと仲間の反応が気になってそちらに目を向ける。 新平、笑い出しそうなのを堪えている。 ゆみみ、何故か目がきらきらしてる。可愛いものでも見るよーなソレっぽい。 正邦、何だその感心したよーな顔は。 そしてジークリンデ(ib0258)の反応が一番理不尽に感じたので、アルバは小声で問うてみた。 「……あんた、アレ見て思う所無いのか?」 「特には」 アヤカシが自分で火を起こした挙句ドヤ顔する様なんてものを見ておきながら、ノーリアクションを通す彼女が、一番理不尽に思えたアルバである。 ともあれ、正邦指示の元、一行は洞窟人へと攻撃を開始する。 幸い刀サイズでも取り回しが出来、多数が立ち回れる広さが洞窟にはあったので、前衛四人は一度にこれへと飛び掛り、攻撃を続ける。 が、この洞窟人。恐ろしく頑丈な上にしぶとい。しかも何処からどう知らせたかまるでわからないが、洞窟入り口から次から次へと増援が入り込んでくるのだ。 しかしこの危機的状況を、あっさりと崩して見せたのがジークリンデである。 最後尾に位置していた彼女は、後方から奇声を上げて突っ込んで来る下級アヤカシに向け、最初の攻撃時と全く変わらぬ淡々とした口調で詠唱を始める。 正邦の指示でジークリンデの護衛に入ろうとした新平を、ジークリンデは目線のみで止める。 「え? おいおい、そんな目で見つめられちゃ照れるぜ」 尚、意図は通じていない模様。 ならいいか、とそのまま視線を敵アヤカシへと向ける。 練力が誘うは雪と氷の精霊。 それも最初に洞窟人に四本もぶち込んだ氷の槍のような収束したものではなく、無造作に、無秩序に、精霊の思うがままに放たれるともすれば味方をすら巻き込むだろう吹雪の嵐。 開いた手の平から噴出したのは風。 これがアヤカシへと至る頃には大気中の水分を氷結させ、氷の結晶を伴ったものへと変わっている。 思わぬ冷気にアヤカシが身震いした瞬間、一帯の空間が豪雪に覆われた吹雪の最中へと変化した。 その強力無比な攻撃力に、アヤカシ達は逆に決死の形相でジークリンデへと殺到するも、再び放たれた吹雪の嵐に、完全に沈黙してしまう。 一緒に新平も沈黙しているが、それはさておき。 ザカーも吹雪や氷の槍の術を用いるが、本来これらは消費の激しい術だ。おいそれと連続使用なぞ出来るものではないのだが、ジークリンデは惜しげもなくこれらの術を披露し、疲れた様子一つ見せない。 それでも、洞窟人はしぶとく粘る。 その強烈な反撃により、新平と正邦が一時後退を余儀なくされるほどだ。 逆に今回ゆみみは動きが慎重で、堅実に前衛を維持し続けている。 多分出発前にナツキに言われた事気にしてんだろーなー、とアルバは思ったが、おかげで助かってる部分もあるのでつっこみはなしで。 ジークリンデの活躍で増援を完封してるとはいえ、練力も無限ではあるまい。 アルバは腹をくくって攻勢を強める。 既に皆の全力攻撃を受けた後の洞窟人であるが、動きに乱れはまるでない。 アルバもまたゆみみ以上に丁寧に一撃一撃を捌き、洞窟人の力任せな棍棒を凌ぐ。 逆手の爪は、牽制程度の深さではあるが、洞窟人の伸ばした腕やすれ違いざまに足を薙ぐなど、細かく攻撃を加えていく。 洞窟人の動きが変わる。より激しく攻め立てる他の者への対応に力を注ぐように。 「だからアヤカシ程度だってんだよ」 稲妻のような速さで魔刃が洞窟人の足を切り裂く。 驚いた洞窟人は慌てて剣の動きを警戒するが、やはり爪への警戒は薄いまま。 「そらよ、お疲れさん!」 剣を囮に引っ張り出した棍棒を持った腕をアルバが爪で削り落とすと、それで勝敗の趨勢は決するのだった。 「アー? あー、…思わず可哀想な物を見る目になるぐらいにゃァすげェ嬉しそうだった」 アルバがドヤ顔の感想を皆に聞かせている最中、ナツキは一人自分の手を見下ろしている。 「大丈夫、やっぱりなんでもないじゃないか。敵を前にして動けなくなるなんて何かの間違いだったんだ」 |