【藪紫】奇鬼樹姫参戦
マスター名:
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/11/01 23:21



■オープニング本文

前回のリプレイを見る


 錐はそれを見上げながら、以前自らが吐いた『もう何が来ても驚かない』という言葉を撤回せざるをえなくなる。
 見た事もない巨大飛空船。随所に突き出た砲台といい、龍やグライダーの発着を考慮した構造といい、誰がどう見ても戦闘艦である。
 これだけデカイ船だと、それこそ各国の旗艦クラスに相当しよう。
 そんなものが、対アヤカシ最前線でもある睡蓮の城上空に現れれば、そりゃ誰だってビビル。
 船は城の真上に位置すると、するすると一本の縄を降ろして来た。
 しかし、錐はまだ状況を甘く見ていたのだ。
 今日一番の衝撃は、まだ姿を現していなかったのだから。

「風魔弾正だ。傭兵として今作戦に参加する事となった。ついては作戦の打ち合わせを……」
 錐の眼前には、つい先日陰殻全土を巻き込んだ叛の首謀者、風魔弾正が立っていた。
 硬直したまま動けなくなっている錐に代わって、正邦が言葉を返す。
「その前に聞かせろ。お前は陰殻で反乱を起こした風魔弾正本人なのか? てっきり殺されたものだと思っていたが」
 傭兵である正邦にとっては元卍衆だろうと何だろうと知った事ではない。
「そうだ。私が風魔弾正だと、何か作戦に不都合があるか?」
「いや、無い。卍衆は皆バケモノ揃いと聞く。せいぜい頼りにさせてもらおう……錐、そろそろ正気に戻れ」
 まだ混乱から回復はせぬままだが、ともかく作戦の確認だけは必死にこなす錐。
 陰殻のシノビが元とはいえ卍衆を前にすれば当然の反応である。
 後に錐は語る。朧谷が決して犬神には敵わぬと悟ったのは、正にこの時であったと。
 この巨大飛空船も、風魔弾正も、金があれば手に入るといったものではない。
 それを惜しげもなく前線に投入し、挙句風魔弾正に至っては前線指揮官の一人に任じるなどと、錐は心底からこれを仕掛けたであろう犬神の何者かの正気を疑ってしまう。
 仮にも陰殻を二分する程の勢力を指揮した者に、何でこんな粗雑な真似がさせられるのか。しかも弾正も特に不満に思ってる風もないではないか。
 朧谷の誰であろうと、風魔弾正に前線小隊の指揮官を任せる度胸なんてありはすまい。いや、陰殻中探してもそんな馬鹿何処にも居るものかと。
 驚愕の上に更にもう一つ驚愕を重ねてもまだ足りぬ出来事のはずなのだが、何故か、城の他の皆は平然とこれを受け入れている。
 新平とかいう名のアホは、本気で彼女を口説こうと声をかけようとまでしていた。即座に皆で殴って止めたが。
 錐は深呼吸二つで、落ち着きを取り戻しにかかる。
 政治的な云々はまず抜きにして、弾正が持ち込んできた作戦を考える。
 錐達は後方から来る増援に城を任せ、遂に攻撃に転じる。
 敵陣は瘴気の森を抜けた先にある開けた平野である。ここにかなりの数のアヤカシが集まっており、どうやらそこがアヤカシ達の集積地である模様。
 ここを襲撃し、集ったアヤカシを殲滅する。
 錐達本隊は正面から仕掛け、敵が後方に射撃型や支援型、指揮官を下げて陣を作り上げた所で、弾正達が飛空船にて後方に突っ込み、開拓者と弾正を投下し背後から奇襲を仕掛ける。
 事前調査でわかった敵の数は、この作戦で充分殲滅可能な数であったが、アヤカシは中に稀に居る中級アヤカシの能力次第で軍全体が化ける。
 弾正がそうであるように錐もまた、この不安要素が引っかかるのだ。
 とはいえ、城に篭るでもしない限り、戦いは守るより攻める方が有利なのだ。
 そんな相談をしている中、ふと聞こえた言葉が錐の心に妙に残った。
「しっかし、魔の森ど真ん中で戦い続けるってのも珍しい話だな。ま、村やら町やら守らないでいい分楽っちゃ楽ではあるが」


 大猿アヤカシは、一人の女性がアヤカシ馬が引く馬車から降りて来るのを見て、目を丸くする。
 同じくすぐ隣に居た大狼アヤカシも、犬歯の並んだ口を馬鹿みたいに大きく開いたまま。
 大虎アヤカシは、辛うじて他の者より冷静さを保つ事が出来ており、その降りて来た女性に声をかける事が出来た。
「奇鬼樹姫! な、何故このような場所に!」
 お目にかかる事すら稀な彼等の首領、暴君の異名を持つ奇鬼樹姫は、多数のアヤカシが集うこの地に降り立つと、口元に手を当て上品に笑った。
「いや何、滅、蒼、牙の三人が人間にボロ負けしたと聞いてな。これは一つ、どのような人間達なのかこの目で見てやろうと思ったまでよ」
 大虎は馬車の中を覗き込んだ後、不安そうに問う。
「きょ、今日は絶海殿は……」
「おらん。故に、さほど長居するつもりはないぞよ。早々に例の城とやらを攻め立てい。わらわも出てやるから、安心して攻めるが良いぞ」
 奇鬼樹姫の言葉に、思わず大猿が口を挟んでしまう。
「ぜ、絶海殿抜きで姫と同じ戦場に居よと!?」
 見るからに怯えているのがわかる。この様子に気付いた奇鬼樹姫は、小さく手を振ってやる。
「案ずるでない、本気は出さぬ。おぬしらが人を食う様を眺めて楽しもうというだけじゃ」
 容貌は清にして楚、まとった衣服は巫女装束に酷似しており、そんな彼女がいたずらっぽく微笑む様は、麗しさと可憐さが同居したえもいわれぬ艶やかさがある。
 尤も、そんな彼女を取り囲むアヤカシ達は、皆一様に青ざめたままであり、奇鬼樹姫の美を理解出来ているようにも思えない。
 姫の要望に従い、急ぎ出陣の準備を整えるアヤカシ達であったが、今回はどうやら、人間側に先を越されたようである。


 風魔弾正との打ち合わせが終わると、弾正は天空から下ろされた綱を、手をすら使わず走り昇っていった。
 正邦は、せめてよじ昇るぐらいしてくれれば可愛げもあるのだが、などと考えながら錐に問う。
「大した技だが、どうだ、お前にも出来るか?」
 錐は憮然とした顔のまま。
「やった事は無いが多分出来るだろう。里でもそう言いきれるのは俺ぐらいだろうが」
「なら、お前であの女に勝てるか?」
「やってみなければわからん」
 この即答を聞いて、正邦は彼にしては珍しく噴出しそうになってしまう。
 少なくとも錐の中では、多少なりとも勝機があると思っているのだろう。元卍衆の、慕容王になりかわらんとする程の者を相手に。
 正邦は、つい、余計な事を口にしてしまった。
「錐、お前はシノビには向かん。無情な里なぞさっさと見切りをつけて、こっちに来い」
 錐は、似たような事を誰かに言われた事があったな、と思い出し、その時と全く同じ苦笑を浮かべる。
 そしてそんな自分を省みて、成長の無い事だ、と自嘲するのであった。


■参加者一覧
秋桜(ia2482
17歳・女・シ
久我・御言(ia8629
24歳・男・砂
ジャリード(ib6682
20歳・男・砂
熾弦(ib7860
17歳・女・巫
アルバ・D・ポートマン(ic0381
24歳・男・サ
土岐津 朔(ic0383
25歳・男・弓
水瀬・凛(ic0979
19歳・女・弓
ナツキ(ic0988
17歳・男・騎


■リプレイ本文


 久我・御言(ia8629)に、錐は一時的にだが軍の指揮権を預ける。
 雇われ兵士にそんな真似をするとか正気を疑う行為だが、この辺りの柔軟すぎる対応力は傭兵ならではのものだろう。
 錐は御言の指揮を見ながら、かなり真顔で一つ一つの動きを注視している。
「目の前で指揮してもらうのが一番勉強になるな」
 押し寄せる敵軍に対し、たった一体の突貫すら見逃さず丁寧に処置し続け堅陣を確保するのは、ある種の芸術のようであろう。
 御言は賞賛に対しても顔色一つ変えぬまま返答しつつ、更に皆を鼓舞する。
「是非参考にしたまえ。諸君! 敵は野獣と同じだ! 睨みかえし、威圧仕返したまえ! 人類の力を思い知らせてやろうではないか!」
 戦場においては、ややこしい理屈より、わかりやすい言葉の方が効果的だ。
 やはり勉強になる、と錐は大きく頷いていた。

 ジャリード(ib6682)は、とにかく距離のある内に、両手の銃にて大虎の接近を牽制する。
 流石の四足歩行か、柔軟にすぎる跳躍にて銃撃はかわされてしまったが、突進はどうやら防げた模様。
 そのまま近接を許さぬ展開を狙うジャリードであったが、時期に大虎も慣れたのか、一足飛びに跳躍し、ジャリードへと迫る。
「オラァ!」
 とばかりに、真横からその大虎を斬り飛ばしたのはロッドであった。
「ただの通りすがりだ、邪魔したな」
 そう言ってさっさとその場を離れていくロッド。だが、こんな絶妙のタイミングで割って入る通りすがりなぞいるものかと。
 ジャリードにはこれが前回ザカーを助けた事への恩返しだとわかったが、当人の意向を尊重し、そこにはつっこまないでいてやる事にした。
 そして再び大虎接近の気配。
 銃撃での牽制も、移動しながらの回避も、何時までも上手くいき続けるわけもないのだ。
 しかしやはりそこでまたまたフォローが。
 土岐津 朔(ic0383)の矢が、大虎の跳躍直前の後ろ足を射抜く。
 これで、後ろ足が引っ張られた大虎の跳躍は明後日の方を向いてしまい、ジャリードは悠々と身を翻す。
 大虎はいい加減ジレて来たのか、ジャリードの銃弾にも恐れず突っ込むようになってきた。
 それがわかったジャリードはギリギリまで発砲を控え、大虎が両前足を振り上げた所で、二丁同時に発砲。
 左右の前足を同時に撃ち、これを弾き、そのまま大虎の腹下をくぐり後方へと転がり出る。
 大虎はすぐに再突入を。
 また前足を、否、ジャリードは片方の銃を投げ捨て、一丁のみを両手で構える。
 直接噛み砕きに来た大虎に対し、その口が大きく開かれた瞬間、ジャリードの銃が火を噴く。
 大虎が弾かれたように飛びのいたのは、その銃弾が大虎の口の中へ飛び込んでいったせいであった。

 ナツキ(ic0988)は大剣を盾に、何とか大狼の爪撃を受け防ぐ。
 重く、速い。
 直後、返しの爪撃をもらったナツキはその場で堪える事が出来ず、もんどりうって倒れる。
 挙句鋭いのだから、これを一人で支えるのは流石に荷が重いか、と現状を認識するナツキであったが、もちろんナツキは一人ではない。
 朔の矢が大狼の前足を射抜くと、転倒したナツキへの追撃が緩む。
 その隙に立ち上がったナツキは、怒りの視線を朔へと向けている大狼へ大剣を叩き込む。
「ほら、余所見してんなよッ!」
 威嚇の声と共に噛み付きにかかってくる大狼であったが、ナツキが大剣を盾にかざすと、これを噛むのを嫌がってか首を引っ込める大狼。
 当てるでなく、脅すつもりで剣を振り回すと、近寄れぬと思ったか後退する大狼。
 そこで一段落、ではなかった。
 ナツキは膨れ上がる大狼の殺気を感じ取る。膨れ上がったのは気配のみならず、その体すら一回り大きくなったようではないか。
 朔は、させてたまるか、と矢を連続で射放つ。
 端は許されぬ。その動きを制するには、狙うど真ん中を、かつ強く鋭く射抜かなければならない。
 それでも朔は射る直前まで不安なぞ欠片も持っていなかった。
 特に戦闘の最中にある時は、手を伸ばして物を手にするのと同じ感覚で、狙った場所に矢を飛ばす事が出来る。
 その感覚は、矢を射た瞬間に確信へと変わる。当たらない時は、矢から手を離した瞬間にわかるものだ。
 だから朔が矢から手を離した瞬間から、もう、大狼は大きな動きが出来ぬものと、思ってしまっていたのだ。
「なっ!?」
 しかし大狼は肉や皮膚が千切れるのも構わず、後ろ足を二本とも大地に縫い付けられた状態のままで、その大技を放って来たのだ。
 最大限の警戒を大狼へと向けていたナツキは、そのせいでソレに気付くのが遅れてしまった。
「きゃっ! っとっとと! なんとー!?」
 なんて奇声と共に、ゆみみがナツキのすぐ隣にまで来ていたのだ。
「うわっ、え? 何で?」
「ご、ごめんなさい。その、戦闘に夢中になっちゃって……ってなんか凄いの来たんですけどおおおおおおおおお!」
 運が良いのか悪いのか、ナツキへ向けて大狼が必殺の大技『縦にぐるぐる回りながら飛んで行き牙で敵を食い千切る』が飛んで来るタイミングで、ゆみみは偶然そこに居合わせてしまったのだ。
 こちらはもうロッドと違って完全に偶然であろう。でもなければこんなに驚くまい。
 もっともこの大技に驚いたのはナツキも同様である。
 それでも二人共が戦士であり、この攻撃に向けて受けの刃を振るう。
 ナツキの大剣と、ゆみみの刀が、同時に回転する大狼へと叩きつけられる。
 幸いにして、ナツキもゆみみもこの技を受けて尚、体勢を崩す事もなく受け止める事に成功するが、二人にのしかかるような形の大狼に対して、その姿勢は不利がついていよう。
 再び大狼が動き出す前に、この場で動けるもう一人、朔が走る。
 ナツキ、ゆみみの後ろから走りこんで飛び上がり、何と朔は両足を揃えたドロップキックを大狼の眉間へと叩き込んだ。
 驚いたのと痛いのとで、後退する大狼。
 そして起き上がりながら朔。
「アレを止めたのはお手柄だと思いますけど……」
 これを助け起こしながらナツキ。
「早く戻らないと正邦さんにどやされますよ」
 二人にそう諭されたゆみみは、大慌てでその場を走り去るのであった。


 大猿アヤカシの身の軽さは確かに厄介であったが、熾弦(ib7860)はそれだけが売りならば崩す手は幾らでもある、と単身アヤカシの群れの中を行く。
 周囲から知覚されにくくなる幻惑の術を用いているとはいえ、これには結構な度胸がいるだろう。
 のはずなのだが、熾弦当人は何処吹く風と、飄々とアヤカシ奥地へ踏み込んでいく。
 その場所に辿り着いた熾弦は、一度皆の配置を確認した後、息を大きく吸い込んでから、歌を奏で始めた。
 まず、最初の一音で熾弦の所在がバレる。
 そして一小節が終わる頃には、熾弦のやっている事が敵対行為であるとバレる。
 大猿が周辺の配下と共に熾弦を捻り殺そうと動き始めた時、その場に存在する全ての精霊がアヤカシ達の敵と化した。
 それが衝撃というよりも音波であるせいか、アヤカシ達はてんでに好き勝手に動き出し、完全に周辺の統制が失われてしまう。
 指揮を再び錐へと預けた御言は、ここぞと動き出す。
「待ちわびたよ!」
 魔槍砲の筒先をそちらへ向けたかと思うと、熾弦がそこにいるにも関わらず、一発デカイのをお見舞いしてやる。
 放たれたのは閃光練弾。熾弦はそれと聞いていたのか、発射直後に目を閉じ、暴れだした精霊を宥めるのに集中している。
 大猿含む周辺のアヤカシが皆この閃光の影響下にあるのを確認した御言は、大きく手を振って指示を下した。
「ゴー、アヘッド! 先手は秋桜くん、君に託す!」
 もとよりそのつもりだった秋桜(ia2482)は、目の見えぬアヤカシ達を踏み台に、大猿へと迫る。
 シノビらしからぬ大太刀に、紅蓮の炎をまとわせこれを振り下ろす。
 斬りかかって、切れず。表皮が堅すぎる。
 それならそれで、と今度は頭上で太刀を一回転、二回転。
 勢いつけて、真横から薙ぎ飛ばす。
 大猿の巨体が揺れ、大きくよろめく。
 秋桜が速すぎる為、これに近接が合わせるのは無理がある。
 なので次に続くは水瀬・凛(ic0979)になる。
「足が止まっている今がチャンス」
 更に熾弦の術により、大猿周辺に攻撃を仕掛けても混乱中の他アヤカシからの反撃は現在ほとんど考えなくていいのだ。
 もちろん敵主力が止まっているこの間に、錐達主力は攻勢を強めており、戦況は有利に動きつつある。
「よーく、見て……いけ!」
 矢が体毛のせいで刺さらない。それでも、着矢の衝撃はあると信じて矢を放ち続ける。
 二矢目は、どうにかこうにか刺さってくれた模様。
 この差を見てとったアルバ・D・ポートマン(ic0381)は、充分な助走をつけてから、勢い良く剣を振るう。
 動きが止まっている現状でもまともに刃が通らないとか、これで飛び回られたらどうするんだという話で。
 渾身の一撃は、大猿の体毛を跳ねさせまっすぐな斬り傷を残す。
 試すように二撃目を振るったアルバであったが、こちらは体毛に弾かれてしまった。
 これを見た秋桜が、凛が、御言が、少し遅れて熾弦が、大猿の狙い目に気付いた。
 既に大猿は眩んでいた目も回復し、動き始める気配を見せていた。
 秋桜は、大猿は速攻で倒すと決めていた。
 だからここでの出し惜しみなぞナンセンスだ。
 大猿の動き出した直後、秋桜の大太刀が、その重量からは信じられぬ速度で宙を走った。
 大猿の苦悶の表情。しかし、それでも元体力の高さからこれを堪え、大きく飛び上がる。
 飛び上がった大猿は、まるで身に覚えの無い大きな太刀傷を負っている事に気付く。たった今もらったばかりの強烈な一撃と比しても遜色無い強烈な斬撃だ。
 これは、時の外へと外れた秋桜が自身以外動く物もない世界で、斬りつけた傷である。
 更に凛が大猿への攻撃を続行する。
 思いもかけぬ損傷に驚く大猿の胴中央に矢が突き刺さる。
 大猿は即座に転進。
『大当たり!』
 凛は次の大猿の跳躍を読み、そちらへと弓を構えていたのだ。
 第二射もまた大猿に刺さるが、これはもちろん偶然などではない。
 大猿の体毛の流れに逆らわぬよう射るなり斬るなりすれば、案外簡単にこの毛鎧は抜けるのだ。
 凛はその上でもう一つ、大猿へと攻撃を仕掛ける。
 それは、矢を射られこちらに目を向けた大猿に対し、凛は大猿の右側へと視線を移したのだ。
 当然、そちらに意識を向けられる大猿であったが、これは凛のフェイントで、実際は逆側より御言が迫っていたのだ。
 ここぞとばかりに、相変わらずのアホ火力な魔槍砲をぶち込みにかかる御言。
 これに関してはもう体毛もクソもない。
 凄まじい閃光と爆音が、大猿の全身を包み込んだ。
 たまらず転がるようにして移動する大猿。
 アルバは、今度は流石に勢いつける事も出来ないので、素直に刃に練力を這わせるのみで攻撃する。
 これに被せるように、大猿の爪が迫る。
 いずれが速いか判断が付かない所だったが、アルバは剣を伸ばしながらも逆手の爪で大猿の爪を払う。
 つまり、カウンターを打って来た大猿に対し、これを防ぎながら更にカウンターを返してやったという訳だ。
 口の中に剣を突っ込まれる形になった大猿は、くぐもった苦悶の声をあげた後、ようやく力なくその場に倒れてくれたのだった。


 それが起こったのは、大猿を倒した皆が大狼、大虎とを順に攻め、双方を打ち倒した直後の事であった。
 突然の撤退指示。
 本隊に何かあったのかとそちらを見るも、戦況は圧倒的に優勢な状況。
 下がる本隊に対し、敵は追撃の様子を見せないが、たった一体のみが突出しており、これと錐が対峙しているのが見えた。
 誰が何を言うより先に、開拓者の内三人が動いた。
 アルバは、瘴気のこびりついた刀を下げ、口の端を上げる。
「……挨拶くらいはしとかねェとなァ?」
 その敵の危険さに、気付いていながらコレである。
 朔は心底から仕方が無いといった顔で援護の構えだ。
 熾弦も錐を残して引く気もないのか、殿の手伝いをするつもりで治癒術の詠唱を始める。
「お前っ!」
「……邪魔だと言われても手伝わせてもらうわよ。ここにきて、1人見捨てて下がれないもの」
 秋桜は、敵の姿が妙齢の女性である事から、先にアヤカシより聞いた名を思い出していた。
「まさか……奇鬼樹姫?」
 これを耳聡く聞いていた相手の女性は、驚いた顔で言った。
「ほう、我が名を知っておる者がおったとは」
 アルバはまるで警戒している風もないその女性、奇鬼樹姫に向かって斬りかかっていく。その真後ろから秋桜がアルバを飛び超えつつ上下二段の同時攻撃を仕掛ける。
 奇鬼樹姫は、両手の平をそれぞれの武器に向けゆっくりと動かす。
 ゆっくりと、そうとしか見えぬはずの動きであったのだが、その手の平は正確に二人の剣筋を捉え、そして、手を添えたとしか見えぬ弱い姿勢であったはずの手の平防御は、二人の渾身の一撃を容易く弾き飛ばす。
 すぐに、凄まじい勢いで、二人は後退する。
 二人共、たった一撃入れただけで錐の撤退指示が理解出来たのだ。
 万端整えて尚、死を覚悟せねばならぬ敵。間違っても、もののついでに倒せるような相手ではない。
 吸い込まれるような気がしてならないのは、力の底がまるで見えぬせいか。
 そんな二人、そして熾弦を、御言、ジャリード、朔の三人が強引に引きずり後退していく。
「言いたい事は後にしたまえ! 指令系統を無視しては軍そのものが成り立たないのだからっ!」
「司令官は錐だ! 従え!」
「アルバ! もう満足しただろう!」
 凛もまた熾弦と同じ気持ちであったのだが、どうにか堪えて言葉のみを送る。
「錐も早く!!」
 そんな言葉で自らの心を全て伝えられたとも思えないが、今の凛に出来る事はせめてもそれぐらいだ。
 凛の祈るような声に錐は片手を上げて応えるのみ。
 そしてナツキは、まるで魅入られたかのように奇鬼樹姫から目が離せない。
 何度も何度も奇鬼樹姫の姿を確認しつつ、下がっていくのであった。


「確かにコイツは危険な敵だが、この俺を、朧谷の錐を甘く見るなよ熾弦」
 錐は恐怖に引きつった顔のまま、そんな強がりを溢すのだった。