|
■オープニング本文 前回のリプレイを見る 睡蓮の城は本日も平常運転。 「ロッド! お前が東側行って代わりに大砲三台こっちに持ってこさせろ!」 錐の怒声に、ロッドは持ち場を離れ走り出す。 すぐさま錐は城壁上にまで昇って来ていたアヤカシに飛び蹴りくれて、下へと叩き落す。 隣で城壁端にて槍を下に突き出し、昇って来ようとするアヤカシをつついていた新平はアヤカシから目を離さぬまま喚く。 「っだー! キリがねー! コイツ等ホントどんだけ沸いてくれやがんだ! 俺まだ朝飯も食ってねーんだぞチクショウ!」 ようやくこの城の慌しさにも慣れてきたゆみみは、おりゃー、と大岩を外に向け投げながら答える。 「頑張りましょう。この調子なら、きっと夕方までには落ち着くと思いますっ」 「今昼だよ! 夕方までこれやってなきゃならんとか絶望するような事言うなー! 後どーしても頑張って欲しきゃおっぱいもませろマジで」 「えええええええ! そ、そういうの良く無いと思いますっ!」 錐は何とも言えぬ顔で二人を見やる。 「……結構余裕あんのな、お前等」 とはいえ、この城を奪取してから数回あった志体持ちから死者を出すハメになった洒落にならない侵攻と比べれば、防戦が破綻する気配も無い事であるし、あくまで比べればだが楽であるという見方も出来るかもしれない。 それでも先ほどゆみみが言ったように、このまま夕方ぐらいまではかかりそうであり、それまでは気を抜けそうにはない。 一方、正邦指揮する東側でもまた、皆忙しなく防戦に動いているが、戦闘中無駄話始めるような馬鹿二人が西側に居るため、不必要な賑やかさはこちらにはない。 ザカーの吹雪の術が城壁に取り付いた敵アヤカシに降り注ぎ、これを突破してきたアヤカシもロッドの槍にて突き落とされる。 ここまで接近されてしまうと大砲は使えないのだが、城壁の補強は既に全体の五割を終えており、特にこの東側は先の鬼アヤカシ相手でも砕けぬよう補強が完了している。 つい先日来た巨人相手では絶対に無理だが。 ザカーは一度後退し練力の消耗を抑えにかかるが、彼方の空に見えた複数の機影に、表情を硬化させる。 「マサクニ! 空だ! およそ二十騎!」 凄まじい速度であり、ザカーがこれを叫んだ頃には、もうザカーの術の効果範囲に入ってしまう程接近してきていた。 二十騎の龍達は、良くみれば上に人間を乗せている。 更に、即応が必要でないと正邦が判断したのは、弓の最大射程に入った瞬間、眼下のアヤカシに向け彼等が矢を放ったせいだ。 合図だの何だのよりよほど雄弁に、味方だと主張出来る行為であろう。 龍達は次々に降下を始め、炎をアヤカシに叩き込むと龍首を上げ上昇し、再度降下を繰り返す。 龍の炎には、砲撃とはまた違った迫力がある。 敵からの反撃を受けぬ距離を確保しながらひたすら攻撃を続ける。 これを二十騎が整然と行う様には、ある種の絶対性をすら感じえよう。 基本無駄口を叩かぬロッドも、思わず相棒のザカーに言葉を漏らす程だ。 「空からの支援を受けられる篭城は、シュタットフェルト城以来か?」 「思い出すな、あの頃のお前は今の藤枝よりひどかったぞ。確かお前三度城壁から落ちたよな。良く生きていたものだ」 「……忘れろ、頼むから」 彼らの登場により、東側、そして北側の敵戦力を駆逐するのに一刻もかからなかった。 「もー何が出たって驚かんぞ俺は」 錐は城の中庭に着地し、龍より降りてきた御坂十三にそう言い放つ。十三は怪訝そうな顔をした後、報告する。 「後方の真幌砦に配属となった。もちろん、睡蓮の城の支援が目的の配備だ。よろしく頼む」 真幌砦とは錐が睡蓮の城を攻撃する前に居た砦の事だ。 そこで錐は僅かな違和感を覚える。睡蓮の城ならば龍の二十騎ぐらいは置く余裕もあるのに、何故わざわざそちらに行くのかと。 これには隣で聞いていた正邦が答えを出してくれた。 「貴様らが真幌配備という事は、睡蓮の城には更なる増援の予定があると?」 「そこまでは聞いていない。が、俺も同じ事を考えた。しかし……この城とあの大砲があって尚龍二十騎が必要なのか?」 錐は沈んだ表情を隠しきれぬまま答える。 「先日も、志体を持つシノビが一人死んだ。この城を奪ってからこれで志体持ちの死亡は三人目だ」 「そうか……わかった。合図は狼煙を用いよう。今実際に飛んで確認したが、狼煙を見てから城に来るまでにかかる時間は……」 細かな打ち合わせを行うと、御坂は龍乗りを率いて引き上げていった。 錐はその報告を、正邦と一緒に聞くつもりであったのだが、凄まじく疲れて見える報告者梶川清次は、錐のみにしかこれを話すつもりはないようで。 正邦は気を悪くした風もなく席を外し、ここでようやく清次はその口を開いた。 曰く、中忍大河内が手配した今回の一連の流れは、因縁の宿敵犬神の里が背後で糸を引いていると。 「藪紫という女シノビを、錐さんも知ってますでしょう」 「一応、な。だが、ようやく合点がいった。犬神の今の資金状況ならここまでの豪勢な援軍も可能だろう。で、何故犬神はこんな真似を?」 「不明です。里では葦花の小宮山を狩るという話になっていますし、これで犬神の思惑を調べるつもりのようですが、果たして小宮山が知っているかどうか」 シノビらしい、言い訳も予断も無い説明だ。 「いずれ犬神の企みあっての事。錐さん、今すぐ城を離れましょう。犬神が更なる手を打ってくる前に」 「……里長は何と?」 「指示を待っていたら間に合いません! 犬神が絡んでいるとわかった以上一刻の猶予も無いんですよ!」 「それで、ここの兵達はどうする?」 「ここの傭兵は、実質犬神が雇ったようなものです。我等には関わり無き事でしょう」 錐は清次に微笑を見せる。 「お前は犬神が俺を恨んでいると疑っているのだろう? 確かに恨まれてはいるだろうが、それだけでここまでするとは思えん。そいつを見定めるまでは、俺はここを動く気はない」 「しかしっ!」 「里の方は頼むぞ。流石の俺も里からの情報無しじゃ厳しいしな」 その後も清次は錐の翻意を促し続けたが、錐は決して意思を変えようとはしなかった。 清次が城を去ってから、これまでで最大規模のアヤカシによる攻勢が始まった。 三方より迫る敵は、それぞれ三体のアヤカシを指揮官としているようで、前回も出てきた一本角のアヤカシ、また別口の三本角のアヤカシ、そして、 「嘘、だろ?」 アルバが討ち取ったはずの二本角のアヤカシが、角が一本失われた姿で再び現れたのだ。 西側の一本角の軍は三分の一が空戦アヤカシで構成されており、地上の人型アヤカシとの連携が取れている。 東側の三本角の軍は身の軽い猿のような獣が主体の軍で攻撃力自体はそれほどでもない。 南側の元二本角の軍は地上の鬼が主体であるが、今の城壁ならば崩される心配はしないでもいい。 |
■参加者一覧
秋桜(ia2482)
17歳・女・シ
久我・御言(ia8629)
24歳・男・砂
ジャリード(ib6682)
20歳・男・砂
熾弦(ib7860)
17歳・女・巫
アルバ・D・ポートマン(ic0381)
24歳・男・サ
土岐津 朔(ic0383)
25歳・男・弓
水瀬・凛(ic0979)
19歳・女・弓
ナツキ(ic0988)
17歳・男・騎 |
■リプレイ本文 アルバ・D・ポートマン(ic0381)は単身城壁下へと飛び降り、その標的、元二本角の滅を前にしていた。 「よォ、……俺の顔は覚えてるか? それとも一回死んでリセットでもされたか?」 「そいつはいいな。人間に斬られたなんて過去は、消えて無くなって欲しい所だ」 「それじゃまた懲りもせず斬られるだけだろ」 「いいや、次斬られるのはオマエだ」 滅の真っ向唐竹割りを、半歩下がる事で外すアルバ。 前戦った時と変わらぬ、鋭き剣筋、猛き剣力、それがわかっていながらアルバはうそぶく。 「……知ってっかァ。二度目の登場ってのは弱くなるのがお約束なんだぜ。なァ!」 城壁の上でナツキ(ic0988)は正邦、新平と共に押し寄せるアヤカシの対処に追われていた。 戦力が増したとはいえ、三軍による攻撃は厳しく、大砲は常時うちっぱなし、兵は城壁に張り付きっぱなし、正邦も指揮に徹するなんて余裕が持たせてもらえない。 それでも、新平はよじ登ってきたアヤカシを蹴り飛ばしながら叫ぶ。 「行けよナツキ! あれが昇って来たら洒落になんねえ! お前も行って仕留めて来い!」 城壁上の厳しさがわかるナツキは一瞬躊躇するが、新平の表情を見て大きく頷く。 「それじゃ、ちょっと行ってきます!」 城壁下でアルバは、防戦一方に追い詰められていた。 手数も、威力も、更には納得しがたいが技ですら、全て滅が上なのだ。 それでも時間稼ぎに徹し堪えていたが、どうにも、限界は近い。 「っだああああああああ!!」 頭上からの叫び声。 アルバはあまりの速度に反応出来ず、滅は辛うじて剣を頭上にかざす事が出来たが、天から降って来たナツキと大剣を止める事出来ず。 ついでに言うと、そんな無茶な落着であったナツキは当然綺麗な着地なぞ望むべくもなく、地面をごろごろと転がる。 余りの痛さにその場で蹲っていたナツキが起き上がる頃には、その側にはアルバが。 「動けるか」 「……もっ、もちろんっ」 そうかい、と笑うアルバ。 「頼むぜ騎士サマ。今度こそばっちり片付けてやろうや」 二人の視線の先では、滅がゆらりと立ち上がって来ている。 ナツキはその姿を見て、やはり滅であると確信すると問いを放つ。 「俺はお前が倒されたのを確かに見た、生きてるはずがない。一体、誰に生き返らせてもらったんだよ」 滅はコケにするように笑う。 「他のアヤカシをわざわざ生き返らせてやるような酔狂なアヤカシ何処に居るってんだ」 三人の戦いは、序盤こそ技の競い合いであったが、三者共が損傷を積み重ねるにつれ、次第に消耗戦の相を呈してくる。 しかし滅はそれでも他アヤカシを頼らず、城への攻撃に固執し、自身も後退せぬまま。 となれば、これは勝敗を分ける戦ではなく、生きるか死ぬかを問う戦となろう。 アルバもナツキも、倒れていった者達の事が脳裏を掠めなかったわけでは決してないが、それでも剣筋に迷いはなく、ひたすらに、或いはがむしゃらに剣を叩き付ける。 ナツキは、意識が朦朧とするせいで滅の姿がおぼろげにしか見えないので、まず先に打ち込んで見る事にした。 袈裟に斬りかかると、滅もまた剣を叩き付けるようにこれを止める。 剣を伝わる衝撃の強さと向きで、おおよその距離間合いを把握したナツキは、これが本命と即座に走りながらの抜き胴を。 会心の手応えが逆によくなかったか、ナツキはそのまま力が抜けたかその場に膝をついてしまう。 フリーになった滅は、ナツキではなく、剣を大地に突き刺し支えとした格好のままぴくりとも動かぬアルバに狙いを定める。 アルバは、次で最後だと腹をくくっていた。 自らの体を前方に投げ出しながら、剣を両手で握り、全力で振り上げる。 勢いあまって一回転した後、もう何も出来ぬ有様で転倒するアルバであったが、どうやらこれで終わってくれたらしい。 消滅していく滅。その口が動くのを見たアルバとナツキは、うんざりした顔で天を仰ぐ。 『また、来るぞ』 だそうで。 西側は、紛う事無き修羅場となっていた。 上空では疾風と爆炎が荒れ狂い、数十体の龍やらアヤカシやらが入り乱れており、またそれとは別に城壁下からバカスカと射撃が打ち込まれて来る。 何がキツイかといえば、頼みの城壁がほとんど機能しない事だ。 中には、飛行アヤカシに持ち上げてもらって移動するアヤカシまで居る始末。 熾弦(ib7860)は大砲の護衛を続けながら、如何ともしがたい戦況に歯噛みする。 白兵の要にゆみみ、指揮を久我・御言(ia8629)が行い、ここぞの狙撃に土岐津 朔(ic0383)、更に上空には龍小隊が援護に回ってくれていて、熾弦の支援に大砲四門まで揃えておきながら、手が足りないのだ。 錐に至っては、空のアヤカシを蹴り飛ばして移動しながら次々撃破するなんて頭のおかしい真似までしてるというのにだ。 とにかく、一刻も早く敵の頭数を減らさねばならない。 熾弦は支援の歌を、攻撃の歌へと切り替える。 大気が震える。 喉奥から発せられたソレは、熾弦の口から放たれるや全周に広がり空を飛び行く者に無色透明な枷を付ける。 この空間を通過する者は須らく味わわなければならない衝撃と、その後に続く著しい倦怠感にも似た重力。 数体のアヤカシがこの空間に耐え切れず落下し、城壁上に叩きつけられる。 それでも焼け石に水としか思えぬ数に、熾弦は挫けそうになる自らを叱咤し歌を続ける。 そんなギリギリの戦況が変化したのは、戦端が開かれてからかなりの時間が経った後。 城壁下戦場後方に、一本角の蒼が姿を現したのだ。 空中から着地した錐は、この窮地に相応しい表情をしていたが、その隣で朔はまるで状況を理解していないかのような笑みを見せた。 「本当にヤになっちゃいますね、次から次に。全部終わったら酒、一杯行きましょうか」 そう言い残し、朔は城壁下へと飛び降りていった。 アレが上に昇って来たら、今の状況では人死が出かねない。そう判断しての無茶であろう。朔は一人でアレを引きつけるつもりであった。 咄嗟に動いたのは御言と熾弦だ。 次へと繋ぐ動きを大声で伝える御言に、戦士の戦士たる所以を歌に乗せ送る熾弦。 そして、こちらの動きを見ていたか、はたまた自分がそうするつもりだったのか、上空の龍小隊隊長、御坂十三も一本角蒼の元へと向かっていくではないか。 錐は自分がそう動くつもりであったのだが、戦況を鑑みた御言は首を横に振る。 志体持ちが二人減った城壁上も、相当にヤバイ事になっているのだ。 御言が声を張り上げる。 「諸君! ここが正念場だとも!」 この叫びを背に駆ける朔は、こういった場面での鼓舞はやはり御言が一番上手いな、と感心する。 「自分達が苦しい時は相手も苦しい。それは気休めではなく真理であると心得たまえ!」 熾弦は城壁下からの射撃を堪えながら、昇って来た人型アヤカシをぶん殴って叩き落す。 「わかったかね? 分かったなら進撃だ!」 何かを振り払うように錐は再び空へと舞い上がり、空中のアヤカシ攻撃へと戻っていく。 「不安がまだあるならば、ゆみみくんのまろい尻でも眺めながら落ち着きたまえ!」 はいっ、と返事を返した後、ものっそい驚いた顔のゆみみ。 「く、久我さん!? 何か新平さんみたいな事言い出してるんですけど! どういう事ですこれ!?」 城壁上はまあそれなりに堪えられてるようで、朔は蒼とかなりの距離を挟んで対峙する。 「なぁ、宣戦布告、覚えてたか?」 「ああ、覚えてるぜ。クソみたいな人間になめられた記憶を消せるものかよ」 言うが早いか蒼は手を翳し、その先より瘴気の弾を撃ち放つ。 これを大地の凹凸を利用し避けながら、朔も弓を射放つ。 「お前が来るの待ってたぜ、蒼。今回は卑怯な手ェ使ってこねぇんだ?」 「卑怯? そいつは人間のやり口だろうが!」 蒼もまた射撃を旨とするらしく、変な形で二人の戦いは噛み合ってしまう。 幸い、上空から御坂十三という強力な支援を受け得た朔は、十字砲火の形を取れるよう互いに連携しながら蒼を追い詰めていく。 とはいえ、城壁上にやってはならないという制限のある朔側も、時に自らの身を呈する必要も出て来る。 そしてそれが限界点に達し、十三も朔も、これまで、となった所で蒼は悠々と城壁上に向かって行く。 朔は足元がふらつく中、城壁上に至った蒼に向け、ゆっくりと弓を構える。 城壁上へと辿り着いた蒼は、体中を襲う衝撃に見舞われる。 熾弦の歌声が、蒼の全身を縛りつけ、押し潰さんと響き続けるのだ。 既に城壁上の敵はかなりの数が駆逐されており、朔と十三が通したのはこれを見越しての事。 更に、御言の魔槍砲が火を噴く。 「受けたまえ、野牛がごとき一撃を!」 重低音による衝撃でひび割れた外皮を、御言の魔槍砲の槍先が貫く。 そして体内へと差し込まれた槍先から、閃光が噴出し蒼を貫いた。 城壁上から吹き飛ばされ空中を落下していく蒼に、待ち構えていた朔は矢を放った。 「これで、……最後だ……ッ!」 東側は、まず真っ先に、敵指揮官である三本角の牙が城壁上へと辿り着いた。 砲撃の雨を容易くすり抜け、城壁をあっという間もなく無効化したその素早さは驚嘆に値しよう。 この凄まじい速度に、真っ先に反応したのは秋桜(ia2482)であった。 そして、両者城壁上を自在に飛び回る高速戦闘へ移行する。 もちろん他の猿アヤカシもまた、次々とありえぬ速度で城壁を登ってくる。 残る皆はこの猿アヤカシへの対応に追われ、秋桜は単身牙の相手をする事となってしまう。 それでも秋桜は城壁をあちらこちらへと飛び回りながらまったき五分の戦いを繰り広げる。 先に動きがあったのは猿アヤカシ達の方であった。 ジャリード(ib6682)は、城壁側で身を乗り出すように術を放っていたザカーに警告の声をかける。 「上だ!」 ザカーがそうと気付いた時には、既に頭上に撃破された空中アヤカシが迫っていた。 これが衝突したザカーは意識を失う。ここぞと寄って来る猿アヤカシに、ジャリードは閃光練弾を叩き込む。 本来ならばこれでジャリードが彼を引きずり起こすまでに充分な時間が稼げたはずであった。 しかしこれは不運か運命か、ザカーを掴んだ猿アヤカシは目が眩んだままふらふらと城壁端に行き足を踏み外してしまう。 更に猿アヤカシは落ちぬようザカーを掴んだ手をより強く握り、共に城壁下へと落下していく。 ロッドも凛も、位置が悪く走ってザカーに辿り着く距離にはいない。一番足のある秋桜は、牙との戦いで身動き取れず。 駆け寄ろうとするロッドに、水瀬・凛(ic0979)は言い捨てるように怒鳴った。 「右足お願いっ!」 右足って何だよ、なんて言葉をロッドが吐くより先に、凛はその身を城壁外へと投げ出していた。 ぴんと伸びた右足を、大慌てでひっ掴むロッド。凛は左足で城壁を外側から押さえるように踏み体を支える。 「今度こそ……誰も死なせない!」 両手を開けているのは弓を構える為。 そして、ロッドならば不自然極まりない姿勢であろうと、きっと固定出来るだけの腕力があると信じての精密射撃。 凛が放った矢は、落下し始めでまださして速度の無いザカーの襟首を射抜き、そのまま城壁に縫い付ける。 すぐに二射目、今度は脇の下を通し支えとする。 そんな凛のすぐ真下に、よじ昇って来た猿アヤカシが迫る。 「くそったれ!」 ロッドが腕力のみで強引に凛を引きずり上げると、反動でロッドが城壁端へ。 ちょうど昇って来たアヤカシを突き飛ばす事でその勢いを殺したロッド。 凛はしかし、もう一度城壁端から身を乗り出そうとする。やはり矢二本のみで人を支えるのは無理があり、ザカーが落ちかけているのだ。 無理、間に合わない。そう凛が歯噛みした時、駆け込んで来たジャリードが片腕のみでザカーの襟首を掴み上げる。 ジャリードへ迫る猿。これを射抜く凛。 最初の一匹だけ何とかすれば、フォローに走ったロッドが間に合ってくれた。 引きずり上げられたザカーを見て、ロッドは大きな大きな安堵の溜息をついた。 「し、心臓に悪いぞバカヤロウが」 他とは住む速度域が違う。そんな領域にまで足を突っ込んで戦う秋桜と牙。 どちらもが、動きの早さを最強の盾とし、装甲は極めて薄いまま。 ほんの一瞬たりとも気の抜けぬ戦いが続く。 いずれも決定打を得られぬまま、秋桜はふと足を止める。 「……名は、ありますか?」 牙もまた、自らと同じ速度で動く者に興味を持ったのか秋桜に付き合う。 「牙。主からはそう呼ばれている」 「では、此度の強引な攻めも主の意向で?」 「……だったらどうだというのだ」 「いえ、敵首魁の名前ぐらいは知っておきたいと思いまして」 牙はそこで初めて、愉快そうに笑みを見せる。 「知った所でどうにか出来る相手ではない。が、私に勝ったのなら、教えてやろう」 「そうですか、では……」 そこでジャリードから合図の声が聞こえた。 目を瞑り、熱を感じて目を開くと、眼前には閃光に目が眩んだ牙が。 ようやく掠り傷以外の損傷を与えた秋桜は、更にジャリードのフェイクを用いて痛撃を加える。 これで随分と有利を積み重ねた秋桜であったが、それでも油断なぞ出来ようはずがない。 一発のラッキーヒットでひっくり返るのが、この手の薄紙装甲同士の戦いなのだ。 それがわかっている秋桜は更なる仕掛けへと牙を誘う。 凛は城壁の一部を崩れやすくし、それとわからぬよう偽装を施していた。 じりじりと追い込まれている牙は、しかし持久力なら自分が上だと思っていた。 なので大きな怪我を負っていても勝機を見失う事は無かったのだが、不意に足場が崩れた瞬間、牙は勝利への道筋全てが絶たれた事を知る。 凛は城壁側で大きく弓を引き絞る。 「どんなに速く動けても、翼もないなら空で方向転換はできないでしょ!」 頭部を射抜かれ視線が逸れる牙。これを再び城壁上へと戻した時、そこには、大きく迫る秋桜の姿があった。 落下の衝撃を牙の体で防ぎながら、刀を深々とその胸に突き立てる。 当然衝撃全てを殺しきる事なぞ出来ず、秋桜も両足にかなりのダメージを追うが、これで、決着がつけられるのなら安いものだ。 蒸発し、消えていく牙は、にやりと笑いながら言った。 「我が主の名は、『暴君』奇鬼樹姫(きききひめ)だ。せいぜい足掻くといい。また、会おうぞ、人間……」 戦い終えた御言は、城壁の上から沈む夕日を眺め呟く。 「ふむ……ここまで戦力が集中するのはどういうわけかね? 一度戦略的価値を見直す必要がありそうか……」 これに応えたのは熾弦だ。 「そうね。でも、今回で少し、流れが変わった気がするわ」 「そうかね?」 「そうよ、だってようやく、これだけの戦でも人死に出さずに終えられたのだから」 |