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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 錐は、自分が現在置かれている状況が、まるっきりわからなくなって来てしまった。 「藤枝ゆみみです。以後、指揮下に入りますのでよろしくお願いします」 志体を持つ志士藤枝ゆみみ率いる二十人の傭兵が、増援として睡蓮の城へと送られて来たのだ。 すぐ後ろでこの世の春が来たと言わんばかりに両腕を振り上げガッツポーズしてる新平はさておき。 ちなみにこの馬鹿は、開拓者達の中に女の子が居るとわかった時も同じ事をしていた。 錐は無駄と知りつつ問う。 「朧谷の里からの依頼か?」 「はい、他にも補給物資を一緒に預かっていますので、ご確認願います」 目録に目を通す錐。随分な量が来たと思っていたが、内容を見て納得する。 敵に完全に包囲されたとて、半年は持ち堪えられるだけの物資が揃えられている。 また、この辺りでは入手が困難な、城壁の補強材料やその為の器具なども持ち込まれている。 派遣された志体を持たぬ兵二十人は、専門的な城壁補強作業を行える者達であり、彼等を使い折りを見て城壁を整備せよという話だろう。 「相変わらず痒い所に手の届く配慮だが……こんな丁寧な仕事出来る人、里に居たか? そも、こんな予算何処から引っ張り出して来たんだ?」 目の前のゆみみが困った顔をしているのに気付き、錐は慌てて手を振る。 「っと、すまん。着任を許可する。さっそくだが、あそこに居るロッドと打ち合わせして城壁の整備作業に入ってくれるか?」 「はいっ」 彼女の素直な返事を、とても懐かしく感じる錐。里の若い者達は皆、錐に対しこのような態度を取ってくれていたものだ。 首を振って郷愁を振り払い、正邦を呼び問う錐。 「どう思う?」 「何者かは知らんが、この城に陣取れと命じた奴はこれらの物資装備がこの城に必要だと判断したのだろう」 「つまり、半年近く包囲されたり、城壁を力づくで崩すような敵が出ると」 実際、直前に襲って来た鬼型に長時間城壁を攻撃されたら保たなかっただろう。 もう一つ、と付け加える正邦。 「そいつがそう判断したのは、この援軍を送る前、大砲を送った後の事だろう」 確かに、大砲を送りつける以前からこの援軍を計画していたというのなら、こんなに時間が開くのはおかしい。 確認の為ゆみみに依頼を受ける前後の状況を聞いてみた所、 「本来はもっと後に配属される予定だったと聞いていました。予定変更は、前線で戦力の欠損が発生したせいだと……」 錐も正邦も、押し黙って考え込む。 彼女は嘘を言ってるようにも見えないが、全てを知ってるようにも見えない。 正邦の視線が錐へ問うように向けられると、錐は頭をかきながら答える。 「里の事情は今調べさせてる最中だ。もう少し時間をくれ」 シノビの団十郎は、彼程になると偵察任務も一人で行う方が効率が良くなってくる。 現在睡蓮の城の周辺は、木々を切りきれてなかった東側もようやく全てを処理し終え、また他三方も、城から大砲の射程以上の距離の視界を確保する事が出来た。 この際、ものっそい余裕のある大砲の弾をガンガンに使っていたりする。傭兵達もこんな贅沢したことないと大喜びであった。 完全な更地からは程遠く、倒れた木材が放置されていたりもするが、逆に防衛のみを考えるならこの方が有用であろう。 つまり団十郎はその更に奥を捜索しているという話だ。 団十郎ならば大体三日もかければ要所を確認する事が出来よう、そんな予定の三日目。 気付いた時には、天を見上げていた。 何が起こったのかわからない。団十郎の不意を打つなぞ、城でも錐ぐらいにしか出来ない芸当だ。 そして立ち上がった時、更なる衝撃を受ける。 団十郎の視線の先には、見上げんばかりの巨人が立っていたのだ。 全長は十四尺弱(約四メートル)でその手には団十郎の体よりも大きい石斧を握っている。 これほどの巨体の接近に、気付けなかったなど俄かには信じ難い。 また、正面の敵とは別に三体の巨人が、団十郎を包囲していた。 その足運びから、アヤカシの技量を察する。ただの一体とて容易くは倒せまい。正面のそれに至っては、そも、勝てる気がまるでしてこない。 団十郎は自分が絶望の最中にあると理解するなり、懐から銃を抜き天空へと向け撃ち放つ。 四方よりの殺気に、いよいよ、最後の時が近いと団十郎は生唾を飲み込む。 腹の下から嫌な気配が競り上がってくる。 これら全てを押さえ込み、団十郎は叫んだ。 「教えてやるよ俺達の戦力! てめえじゃ逆立ちしたって勝てやしねえ最強の男率いる、最高に頼れるクソッタレ共の集まりだ! ああ、そうそう、特に開拓者ってのにゃ気をつけるんだな! アイツ等とぶつかったらこの俺様でもまるで勝てる気しねえんだからよ!」 狼煙弾は睡蓮の城からも当然、確認出来た。 顔色を変えた錐は、刀を片手に城から飛び出して行こうとするが、正邦は城壁に人を配しながら止める。 「……錐、言わなきゃわからんか? おい! 東側に大砲配備を忘れるなよ!」 「アイツならどうにかしてる! それにもしかしたら……」 正邦は淡々と告げる。 「団十郎の足ですら、自分の居場所を報せる事にもなる狼煙弾を使わなければならない状況、という事だ」 それほどの即応が必要なのか、団十郎自身が報せに戻る事が出来ないか。 後者であった場合、団十郎は鳩を用いるだろうし、鳩を紛失し移動が困難、なんて状況であったなら、狼煙を上げるのはそれこそ自殺行為に他ならない。 「どうしようもなくて助けを呼んでいるのかもしれないだろう!」 「かもしれん。そんな状況下であっても、錐、お前程の力があれば、どうにか出来る可能性は、確かに存在する」 で、と続ける。 「本当に行くのか、錐」 城壁上からの援護の望めぬ距離まで出向くのは、総戦力不明の敵が居る現状、充分にすぎる注意と相応の覚悟が必要となろう。 もちろんこの話は睡蓮の城全体としての話であり、相応の覚悟というのは、錐を欠いた状態で正体不明の敵を迎え撃たねばならぬ事態を迎える覚悟だ。 全身を震わせながら錐は、全力で城壁に拳槌を打ち付ける。 「……大砲は東と北が三ずつだ! 開拓者はまだ防戦には参加させるなよ! 正邦は北側に回れ! 俺は東を見る!」 そう叫びながら、城壁上へと駆け出す錐。 正邦は、亡き鬼瓦が何くれとなく色々錐に教えてやっていたのを見て、それを不思議に思っていたのだが、少しだけ、彼の気持ちが理解出来た。 三度現れたアヤカシの軍勢。 前回の蒼とその配下アヤカシ達に加え、四体の巨人アヤカシが攻撃に加わってくる。 彼等は攻撃を北側に集中し、鬼アヤカシの攻勢に慣れさせた瞬間、巨人四体を投入してきた。 怒号の砲撃をかいくぐり、その巨体からは信じられぬ速度で急接近してくる巨人に、錐は温存しておいた開拓者を投入する。 「すまん! 援護はキツイ! お前等だけで何とかしてくれ!」 |
■参加者一覧
秋桜(ia2482)
17歳・女・シ
久我・御言(ia8629)
24歳・男・砂
ジャリード(ib6682)
20歳・男・砂
熾弦(ib7860)
17歳・女・巫
アルバ・D・ポートマン(ic0381)
24歳・男・サ
土岐津 朔(ic0383)
25歳・男・弓
水瀬・凛(ic0979)
19歳・女・弓
ナツキ(ic0988)
17歳・男・騎 |
■リプレイ本文 アルバ・D・ポートマン(ic0381)は近くにある松明に、くわえた煙管の先を寄せ火をつける。 周囲では既に戦闘が開始されており、城壁上では皆が忙しなく動いている中、悠々と煙草を楽しみながら城壁端まで辿り着き、下を覗き込む。 目はそちらに向けたまま、片手を挙げ拳を握る。 「後ろは頼んだ。……ちィと鬼ごっこしてくらァ」 土岐津 朔(ic0383)はこれに拳をあわせながら自らが相手する予定の巨人四体を半眼で睨む。 「おう、任せろ。今日の俺はひと味違うんだな、コレが」 何が違うんだか、と目でのみつっこみ、アルバは敵だらけの城壁下へ、恐れる気もなく飛び出していった。 久我・御言(ia8629)はまだ距離がある内に、水瀬・凛(ic0979)に岩砕牙への弓射を頼む。 反応速度を見たいとの事であったが、岩砕牙は手の一振りで容易く矢を払い落としてくれた。 細かい動きも出来るようで、挙句、こちらの姿を確認するなり、走り近寄ってくる速度が跳ね上がる。 思わずナツキ(ic0988)も不平を溢してしまう。 「……あんなに大きいのに速いなんて、不公平だ……」 ナツキに限らず、誰もが頭に浮かんだであろう言葉であった。 三体の巨人アヤカシは、最初から雑魚を相手にするつもりはないようで。 ジャリード(ib6682)が両手に短銃を手にし立ちふさがった時、これを標的とする事に決めた模様。 その巨体に似合わぬ素早さで、アヤカシに見合わぬ連携をもって、同時に三体がジャリードへと迫る。 ジャリードの背後より、秋桜(ia2482)が右、熾弦(ib7860)が左側に姿を現す。 すぐに巨人は標的を切り替える。一対一が三つ。 右の巨人が槍を突き出すと、秋桜は跳躍一つでこれを避け、槍は大地を抉り崩す。 左の巨人は矛を薙ぐが、熾弦は軌道の高さを見切って丁寧にこれを潜る。 中央の巨人は大剣を振り下ろして来るが、これをジャリードは微動だにせぬまま銃撃一発を当て脇へと逸らす。 ジャリードは巨人を見据えたまま、誰にともなく呟いた。 「団十郎を迎えに行く前の、軽い運動だ」 彼我の戦力を考えた時、当初の予定を即座に翻すべしと判断したのはジャリードであった。 予定していたよりも、遥かに、中級巨人が強すぎるのだ。 凛をそちらの援護に回し、ここぞの予備兵力秋桜にもある程度は前に出てもらう形で巨人三体組みはこのフォローとする。 熾弦は、意識の集中レベルを予定より一つ上にもっていく。 巨人の矛が振り下ろされるに合わせ、流水のようにするりと脇へ体を寄せる。 砕かれた大地が跳ね、熾弦の体を叩くも痛打にはなりえない微弱なものだ。 近接(というにはサイズ差から距離がありすぎるが)戦闘を行いながら、全体治癒を受け持つというのは、殊の他疲れるものだ。 特に今回は、と中級巨人に目をやると、かのアヤカシの洒落にならない暴れっぷりが目に入る。 アレを相手にする以上、持久戦も已む無しであろうし、となれば、練力の消耗を計算に入れて戦わなければ、押し切られる公算が高い。 巨人の矛を斜め下へと滑り込みながらかわしつつ、そんな事を考える。 矛巨人はすぐにジャリードがその視界のど真ん中に飛び込んでくれたので、フォローの必要はなし。次の大剣巨人に注意を。 こちらは間合いの内深くに踏み込みすぎたせいか、剣ではなく足で蹴り飛ばしにかかる。 かすっただけでその部位を削り取られそうな蹴りを、前方、大剣巨人の足元を潜る形でかわす。 すぐに槍巨人がこちらへの攻撃態勢に入っていたが、これは秋桜の、どうやってその高さまで飛んだのかまるでわからぬ顔面への飛び蹴りで注意を逸らしてくれた。 「んっきゃあああああああああ!!」 もちろん、この悲鳴は見事に戦いをコントロールしている熾弦のものではなく、城壁上から落っこちてきたゆみみのものである。 秋桜は鋭い視線で上空を見上げ、右を見て、左を見た後、一直線に落下地点へと駆ける。 落下の高さは、志体持ちならば怪我で済む高さだが、何せ体勢が悪い。 飛び上がって空中でこれを受け止めた秋桜は、その瞬間と、着地の衝撃をモロに受ける事となった。 少しの間その場に留まった後、秋桜はゆみみに問う。 「お怪我は?」 大きくくりっとした瞳を更に見開いてゆみみは首を横に振る。 秋桜は微笑を見せ安心させながら、ゆみみをお姫様だっこした状態のまま城壁側まで運ぼうとするが、我に返ったゆみみは大慌てでだっこから飛び降り自分の足で立つ。 「も、ももももも申し訳ありませんっ! お、お手数おかけしましてっ!」 エライ焦っている。と、中級巨人対応に向かっていたナツキも急を察して駆けてくる。 「大丈夫!?」 「はーははははいっ! 準備万端いー天気でございますっ!」 全然だめだめなリアクションに、ナツキは彼女に一呼吸をおかせる事にした。 「ゆみみさん、深呼吸ーっ!」 言われるがままに深呼吸するちょー素直なゆみみ。秋桜はどうやら任せて大丈夫そうだと思い、巨人対応へ急ぎ戻る。 深呼吸効果か、とにもかくにもそれなりに落ち着いたゆみみに、ナツキは勇気づけるよう声をかける。 「俺達もいます、安心してください!」 「は、はいっ。頑張ります」 秋桜が抜けるなり、ジャリードは熾弦と視線を交わす。 熾弦は一つ頷き、皆への治癒術を行使する。少しの間は他所の戦況には目をくれず、巨人対応に集中すると決めたのだ。 三体が二人の小さい人間へ、もう大地の形が変わる勢いで得物を振り下ろし続ける。 さしもの二人も全てをかわしきる事は不可能。 巨人も人間もここぞとありったけの技術を注ぎ込んだ攻防が繰り広げられるも、ジャリード、熾弦を崩しきる事は遂に適わず。 大剣巨人の右膝より下が、突如消滅するという事態が先に発生してくれた。もちろんこれは秋桜の技だ。 崩れ落ちる巨人。その頭上を、飛び越えるはジャリードだ。 真下の頭部へ銃弾を打ち込みながら、正面に位置する矛巨人へ逆手の銃を向け、眉間を一射で射抜いて見せた。 御言の閃光弾が戦場に閃いた。 そして、誰よりも先に、誰よりも速く、中級巨人アヤカシ岩砕牙へと飛び込んだのはアルバであった。 突っ込むアルバのみに注意が向かぬよう、朔の矢が岩砕牙を襲う。 誰もが目を見張った。 よもや、あのサイズの巨体が、朔の矢を受けるでなく身を翻すでなく、全身で移動して外すなどと。 先の凛の矢を受けた時すら、まだ全開ではなかったという事だ。 先行したアルバも、初撃の拳をあまりの速さに受ける事すら出来なかった程。 すぐにナツキがフォローに入る。駄目。裏拳一発で堪える事すら出来ず跳ね飛ばされる。 御言は朔の前に立ち、盾となるべく魔槍砲を掲げるが、岩砕牙は何と、一蹴りで御言の頭上を遥かに飛び越え、更に後ろの朔に向け飛び蹴りを放って来た。 こんな大技喰らってたまるか、と朔は真横に大きく跳びすさる事で回避。 朔が立ち上がると同時に岩砕牙もまた振り返っており、その豪腕を掬うように振り上げる。 「ッ、……弓だけだと思ったら大間違いだよ」 大きなサイドステップと同時に、羽織の内よりシャムシールを抜き放ち、かわしざまに切り上げる。 そこに、ジャリードによりこちらを援護するよう言われた凛の矢が岩砕牙を射抜く。 装甲の弱い場所を狙った巧みな一撃に、岩砕牙は朔を狙うべきかまだ距離のある凛を狙うべきか僅かに迷う。 その隙に、御言が配置を皆に指示し、どうにか体勢を立て直す開拓者達。ついでにアルバは抗議の視線を朔へと向ける。 「ンで今日に限ってそんなモン持ってきてやがンだお前は。なあ」 距離があるので声は聞こえないが、文句を言ってるのは朔にもわかる。 そーいうのは後にしてくれよ、と再度持ち替えた弓にて岩砕牙を射て誤魔化してみたり。 予定は大幅に狂う形となったが、元より戦場で全てが予定通りに動くはずもなく。 御言は最初からそうであったかのように、粛々とプランを組み直し、陣形を適切なものへと変化させる。 「後はアルバ君が鍵になる」 アルバは頭の中で岩砕牙の動きを再編集し、イメージを組み直す。 「……人間、ナメんなよ?」 まるでいきなりその場で巨大化したかのような急接近からの拳槌を、アルバもまた駿足の踏み込みにてかわし、抜き胴と同じ流れで巨人の足首を斬り抜く。 更にそのまま足元をあちらこちらとうろついてやると、岩砕牙はこれを嫌がり、アルバを潰すべく地団駄を踏み始める。 「ほら、手前の敵は目の前だぜ?掛かってこいよ!」 冷や汗が止まらない恐怖の時間でもあったが、アルバはこれをすり抜け岩砕牙から距離を取る。追う岩砕牙。 御言が片手を振り上げると、待ち構えていた大砲『怒号』が岩砕牙を直撃した。 「いまだ、諸君! 群狼……否! 群竜の如く突撃を!」 御言の号令に合わせ、アルバがまず踏み込み再び先ほどの足首を斬る。 これに続いてナツキの大剣が唸る。 「ここは通さないっ!」 殴り飛ばされた時の感触を覚えている。 岩のように硬い肌であったが、全身が吹っ飛ばされる衝撃の中、ただ硬いのみの物質に殴られたのとは少し違う、確かに生物のそれに近い感覚があったのだ。 これ即ち、硬い皮膚の内側には、比較すればの次元ではあろうが、より柔らかいものが詰まっているのだろうと。 だからナツキは構造上弱いと思われる部位に、硬いも構わず大剣を叩き込む。 このアヤカシの急所を抜くというのは、表皮の硬さを抜くのが大前提にある、そう見抜いて。 重苦しい反動がナツキの腕に返ってくるが、これを押し切ると、何時も通りの剣の感触が手の平を伝い腕を登る。 苦痛からか、動きの一瞬止まった岩砕牙に凛の弓が唸る。 べらっぼうに長い射程は、射手に安心を与えてくれる。 この安心感が、弓術師にとっては思っている以上に大きいのだ。 銃のように照準器や照星がある訳でない弓の命中精度は、射手の精神状態に深く関わってくる。 これがどんな時でも当てられるようにするのが優れた弓手なのではなく、どんな時でも当てられる精神状態に持ち込めるのが優れた弓手なのだ。 乱れに乱れた心で命中矢を出すなぞ、達人をもってすら不可能であろう。 その巨体に対し、あまりに自らの矢は小さいと弱気の虫が顔を出すも、直前のナツキの一撃が僅かにでも動きを止めるのに役立った事に光明を見出す。 『私だって!』 ありったけを込めた矢を射放つと、矢はもう何百何千とそうしてきたように、綺麗な弧を描く。 頭部、出来れば目を狙いたかったが、流石にそれは高望みがすぎると口を狙ったのだが、一際大きな音と共に岩砕牙の歯が一本砕け散った。 今度はもうはっきりとした形で、岩砕牙は苦痛を現し、憤怒に顔を歪める。 それでも岩砕牙に恐怖するよりは、やれそうだ、と思えた喜びの方が上であった。 朔もまたこれに続き、岩砕牙の顔面を狙い矢を射る。 確かに速いし強い。が、まるで歯が立たない訳ではないのだ。 と、城壁上から警告の声が聞こえてきた。 反射的に上を見上げると、ちょっと信じ難いものが降ってきている。 「たいほうだぁ!?」 そう、城壁上からゆみみに引き続いて何と大砲までが降って来てくれやがったのである。 しかもご丁寧に、対岩砕牙戦に加わろうと動き出したゆみみの上に。 朔はともかく走る。間に合うか、ぎりぎりの所。どうやらナツキも気付いたらしい。勢い良く駆けて来ている。 二人は同時にゆみみに飛び掛り、それぞれ右と左の腕を引っつかみながら引きずり倒す。と、ものっそい盛大な土煙を上げ大砲が落着した。 腰が抜けかけてるゆみみはナツキに任せ、降ってきた大砲を目に何やら思いついたらしい凛と、朔は互いに目を見合わせる。 二人は一言も交わさぬまま大砲を確認し、朔はこれを筒先側から持ち上げ自らの体を支台となす。 凛は落着の時筒の中から転げ落ちた砲弾を拾い、筒先より放り込み朔に問う。 「これ、砲身よれてて爆発ーとか無い、よね?」 「怖いならやめますか?」 「や、撃つっ!」 ぼっかーんと発射。あの高さから落下して木の台座はともかく砲身はまるで傷が無いというのだから大したものである。 爆笑しながらアルバも岩砕牙へ刀を振るう。 「運が良いんだか悪いんだかわかりゃしねえな」 上半身に命中した砲弾の事もあり、岩砕牙の体が大きく倒れ、地響きと共に転倒する。 この好機を、久我御言が見逃すはずもない。 「決めねばならん!」 揺れる大地を強く踏みしめ、舞い上がる土煙に隠れる視界を推測と経験で補い、御言は一直線に岩砕牙へと走り続ける。 当然、岩砕牙もすぐに起き上がろうとするが、後に続く者、との名称を持つ技術により、御言は逸早く、そしてより効果的な位置へ、自らの魔槍砲を運び込む事に成功する。 槍部の先端に集積していく破壊の輝きは、御言の練力を殺意を持って吸い出す勢いで集めたもの。 今はその殺気を、槍先にあるありとあらゆる物へと向けている。 発射体勢を整え、発射までの僅かなタイムラグ。 毎回毎回この瞬間だけ、何故か魔槍砲の重量が消えうせたような錯覚を覚える。 直後、全身が背後へと引きずられていくある種の爽快感にも似た圧迫を与えてくれるのだが。 大地を引きずる足裏の音。ある時は擦れた砂利の滑る音であり、またある時は粘り気のある泥土を抉る音でもある。 これらの体外情報を一瞬で把握理解しつつ、視線はまっすぐ標的を見つめる。 今度もこの頼もしき破壊的な輝きは、岩砕牙の強大で頑強な頭部の半ばまでを、一撃で削り取ってくれたのであった。 ジャリードは浮かぬ顔のナツキを誘い、城壁の外へと向かう。 錐は、少し咎める口調でジャリードに何処に向かうかと問う。 「団十郎を迎えに行く」 驚き目を見開く錐に、ジャリードは責めるでなく憤るでもなく淡々と告げる。 「「帰ってこられない」のなら、「迎えに行く」のが当たり前だ。仲間なのだから」 僅かに硬直した後、錐は大きく頷き二人の外出を認める。 帰還したジャリードとナツキは、団十郎の亡骸を伴っていた。 城の他の面々は、馬鹿馬鹿しいと言わんばかりの態度で二人を迎えたが、作られた団十郎の墓には、城に居る全ての者が、折を見て一言呟きに向かうのだった。 |