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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 天儀において、巫女が着るような装束を身にまとった女性は、白を基調とした汚れの目立つ服装であるにも関わらず、岩が盛り上がっただけの椅子の如きものの上に気安く腰掛ける。 「報告を」 彼女の前で跪いているのは、こちらは天儀ではなくジルベリアのものに近い衣服を身に着けた男性である。 いわゆる『執事』とでも言うべきであろうか。その立ち居振る舞いも何処と無く執事のそれに似通って見えなくも無い。 「滅より、敵将の一人を討ち取ったと。残る一人は思っていた以上の難物らしく、少々手間がかかるそうで」 巫女装束の女性は、典雅な所作で嘆息する。 「……やはり、人間とはわらわが思っていた以上に手強いようであるな」 何か察する所があったのか、執事男は問い返す。 「天荒黒蝕様から何か?」 「予定通り、との話がな。ふん、予定通りとはな。万紅と天狗達まで引っ張り出し、挙句珍しく自ら出向いておいて予定通りか。笑わせてくれるわ」 執事男は偉大なる大アヤカシに対し、彼女のように失礼な言動は出来ない。 「天荒黒蝕様は慎重なお方です。無為に戦力を浪費するような真似はなさらぬでしょう」 「ふん、一々癇に障る奴よ。アレは本当にアヤカシか? わらわは小ズルイ人間を見ているようでならぬぞ」 執事男は嗜めるように名を呼ぶ。 「奇鬼樹姫(きききひめ)そのような放言、どうか外ではお控え下さいますよう」 奇鬼樹姫と呼ばれた巫女装束の女は、ふいっとそっぽを向いてしまう。 「知らんっ、それにアレの言う通り、こうして陰殻を攻めてやってるのだから、文句を言われる筋合いなぞないわ」 「では、引けと言われれば引くので?」 「ありえぬ」 「ですなぁ。どの道、侵攻の準備は整っておりましたし、あの申し出はただの渡りの船でしかありませんでしたから」 奇鬼樹姫はよっこらせと岩から立ち上がる。 「蒼にも手伝わせ、早々に例の城を落とせ。人間が何のつもりか知らんが、何時までも我等が森の中に人間なぞ置いておくでないぞ」 「ははっ」 鬼瓦が倒れた衝撃から錐は、表面的にはだが、半日も過ぎれば立ち直っているように見えた。 実際その後もひっきりなしに敵アヤカシの襲撃があり、これらに対処しなければならないという状況もあり、何時までも呆けている訳にもいかないのだ。 開拓者にも手伝わせ、どうにかこうにかこれらを撃退していると、ある日、彼方の空に複数の龍の姿を見つける。 またもアヤカシか、そう身構える皆であったが、どうもその龍はアヤカシではなく本物の龍である模様。 それが何と二十体も並んで飛んで来るのだから、一体何事かと出迎える錐。 龍小隊を率いてきた隊長、御坂十三は、手にした書類に印をと錐に願う。 「……おい、これは一体……」 「朱藩製新式砲『怒号』十機、確かに渡したぞ。お前が鬼瓦か? さっさと印を寄越せ」 二十騎の龍が運んできたのは、十門の車輪がついた見るからに高そうな大砲と山ほどの弾薬であった。 「ちょ、ちょっと待て。いや確かにありがたいが、こんなもの何処から……それに鬼瓦はつい先日戦死した」 「何? ふん、では、ここの指揮官、確か錐とか言ったか? そいつでいいからさっさと認め印を押せ。こんな地獄の只中に何時までも居たくは無い」 正直、ここでこの十門がもらえるのなら、悪魔の書にだって印押してやるぐらいの勢いがあった錐だが、確認せずにはいられない。 「だから誰がこれを寄越したと聞いている! 里からこんな、こんな凄い支援がもらえるはずがないだろう! ここには俺が居るんだぞ!」 自分で言っててものすごーく悲しくなってくる錐である。 「残念ながら依頼人は、その無情なはずの朧谷の里だ。里内部でどんな動きがあったかまでは俺の知った事ではないがな」 やはり納得いかないままの錐であったが、では持って帰るか? と問われればふざけるなと受け取り印を押すわけで。 去り際に、御坂はほんの僅かにだが表情を崩して言った。 「おい、実戦に使う前に一度試しておけよ。せいぜい威力と射程見て腰でも抜かすがいいさ」 言われるままに全砲を試してみた所、錐だけでなく他の兵士達も空いた口が塞がらなくなるような、こんな場末の最前線に来るはずの無い、最新鋭大砲であったそうな。 滅、という名の二つの角を持つ鬼型アヤカシは、突如倍に増えた自らの軍を見て気分良さげに鼻を鳴らす。 「これなら色々考えるまでもない。全方位から攻めたてれば容易くあの城は落ちよう」 蒼、という名の一本角の鬼型アヤカシは、これに異を唱える。 「そういう短絡な手は、人間相手に最もやってはならんやり方だと何度も言ったろド低脳」 「相変わらず癇に障る奴だな、お前は」 「やかましい。その癇に障るって言い回し、奇鬼樹姫の口癖パクってんだろ。そーいうのみっともねーからやめろボケ」 「……俺はこれから何度、このクソブチ殺したいと心の底から思うんだろうな……」 二体はこんな間柄なので、密接な連携など望むべくもなく。 滅の隊が正面より仕掛け、これに釣られ戦力を正面に寄せた所を、背後から蒼が攻めるといった段取りだ。 「そういえば蒼、お前の所、空戦アヤカシがかなり居なかったか? 見る限り鬼型アヤカシばかりに見えるが」 「……わかってて聞いてんだろ。ぜーんぶ天荒黒蝕様の所持っていかれたんだよファック」 とはいえ、蒼は切り札まで渡す程間抜けではない。 隣に経つ、案山子にしか見えぬ細身虚弱なアヤカシが、今回の蒼のとっておき。 「いいかカカシ、まずは敵の巫女を潰せ。なるべく姿を隠しながら、な」 実に安直なネーミングであった。 正面からの滅の部隊の突撃。 これを迎え撃ったのは、滅が想定していたものより遥かに遠い距離を攻撃してきた、新式砲『怒号』の一斉射であった。 「な、何だあれは! あんなものこの間は無かっただろう!」 とはいえ、作戦もあり引くに引けない滅。隊を大きく広く展開させながら睡蓮の城を目指す。 錐は、新式砲の盛大にすぎる威力に気をよくしていたのだが、シノビの団十郎の言葉に仰天する。 「錐さんやべえ! 敵がもう一隊後ろから来てやがる! 数は正面とほぼ同数!」 錐の顔が真っ青に染まる。 まさか、先日攻められた時からさして日も経っていないというのに、これほどの戦力増強を行っていようとは。 しかも、砲は全部正面に持ってきてしまっており、後背には人を回す以外に手がない。 「えいくそ! こっちは正邦に任せる! かなりの人員引っ張ってくが、大砲で何とかしてくれ!」 |
■参加者一覧
秋桜(ia2482)
17歳・女・シ
久我・御言(ia8629)
24歳・男・砂
ジャリード(ib6682)
20歳・男・砂
熾弦(ib7860)
17歳・女・巫
アルバ・D・ポートマン(ic0381)
24歳・男・サ
土岐津 朔(ic0383)
25歳・男・弓
水瀬・凛(ic0979)
19歳・女・弓
ナツキ(ic0988)
17歳・男・騎 |
■リプレイ本文 盛大な号砲が同時に十発。 滅が大きく目を見開いた瞬間、その周辺ごと『怒号』の砲弾が炸裂する。 ナツキ(ic0988)は、後ろも見ずに敵陣の最中へと飛び込んで行く。 「ここは頼みました!」 正邦はちら、と残る二人の開拓者、久我・御言(ia8629)とアルバ・D・ポートマン(ic0381)に目をやる。 二人共心得たもので、ナツキの後を追うようにこれに続く。 ナツキはその標的を敵指揮官滅に絞っており、立ちはだかる敵のみを順に蹴散らしていく。 とはいえ、敵も鬼型。特に大きな体を持つアヤカシがナツキの大剣を強引に金棒で受け止め、侵攻を止める。 この間に、周囲を取り囲むべく動く鬼。 フォローに入ろうとするアルバを、御言は目線だけで制し、自らが抱える大槍をナツキを阻む鬼型に叩き刺す。 「邪魔はさせんよ!」 言葉の語尾に、練力の収束音が重なる。 槍撃のみならず、そこから放たれた衝撃波は、大型の鬼アヤカシを一撃で吹き飛ばす。 これにより、出来かけていた包囲の一角が崩れる。 「いまだ! ここを逃すな! ゴー、アヘッド!!」 ナツキとアルバの二人がこの間に包囲をすり抜ける。残る御言は、砲撃に驚くアヤカシの中でも反応の早いアヤカシを防ぎに走る。 アルバの刀が右方のアヤカシを斬り、崩れた所にナツキの大剣が叩き込まれる。 これを叩き斬った威力をそのままに、ナツキは一回転して更に速度を上げた大剣を左のアヤカシに。 受けはしたものの、その威力に姿勢が崩れたアヤカシを、アルバが一刀で首を刎ね飛ばす。 二人は互いに位置を入れ替え立ち代りつつ、一直線にその元へ。 瘴気漂う薄気味悪い下生えに包まれていた大地は、砲撃により抉れその下の濃い茶色がむき出しになっている。 周囲には、アヤカシであったものの残骸。そして、中心に、足元のおぼつかぬままの、敵指揮官滅の姿を見つける。 ナツキは右より、アルバは左より、同時に斬りかかる。 滅は、ナツキの大剣は歩法で外し、上半身を大きく崩しながらも下半身の体勢の強固さでこれを補いつつ、アルバの刀撃を自らの剣で受け流す。 アヤカシの中にも、稀に、極めて優れた剣術を用いる者がいる。 それと知っているナツキとアルバは、攻めっ気を抑えお互いの立ち位置の調整から入る。 同時攻撃を二回。 どちらも、防がれた。 ナツキは歯噛みするように呟く。 「二本角のアヤカシ……!」 と、二本角の滅は口を尖らせ音を鳴らす。すぐに、周囲のアヤカシがわらわらと寄って来る。 一体ずつがそれぞれナツキとアルバを抑え、滅は大きく、そう怒号の射程の外にまで後退する。 実にちょこざいな動きに対し、後方にて戦っていた御言が、一言告げてやる。 「逃げるのかね? 無様なものだね。君にはこれで十分だ」 御言が頭上に狼煙銃を撃ち放つと、これを合図に、最長射程であったはずの距離より更に奥にいた滅へ、怒号の砲弾が降り注いだのだ。 御言は最後の一手として、怒号十門の内一つを、より遠くへ届く城楼の上に移動するよう頼んであったのだ。 滅が後退しながら新たに組んだ陣形は、この最大射程を考慮に入れたものであり、この前提が崩れた事により、滅は大きく動揺する。再び直撃も食らってるし。 眼前の敵を屠りながら、御言はきっと聞こえていないだろう滅に向かって言ってやった。 「アヤカシにしては珍しい指揮官らしい指揮官であったし、部下も良く統率されていた。しかし、やはりアヤカシの浅知恵の域は出ないな。つまり、かかったなバカめ、という話だよ」 指揮さえ止まってくれれば、いつまでも一体や二体のアヤカシに止められているナツキでもアルバでもない。 まずはナツキだ。 小手先の剣術が得意な相手なら、こちらは力で突破する。 胴を横薙ぎに。体重を乗せきり、同時に、極めて避け難い場所へと剣を振るう。 滅はこれを剣を立てて防ぎにかかるが、片腕で防がれる一撃ではない。 そう見抜き、ぎりぎりで滅は逆腕を剣に添える。インパクトの瞬間、ナツキは剣先を僅かに上へと向ける。これは下より掬い上げるような形にするため。 滅の全身が、ナツキの重い一撃により僅かにだが浮き上がる。 この状態の滅に、一歩踏み込みナツキは頭突きをくれてやる。重心が高い位置にある今こうされては、さしもの滅も崩れずにはおれぬ。 背中側をぐるりと回し、今度は逆側よりナツキの大剣が滅を襲う。 先端が胸板を薄く斬り裂く。しかし、滅の後方への跳躍が間に合った。 そこに、アルバが飛び込んだ。 跳躍した姿勢のまま、右手の刀が滅の首を狙う。 滅は、自らの首元に剣を添え、剣の後ろを額で押さえつつ、首の捻りと腕の力のみで何と、アルバの剣をいなして見せたのだ。 完全に殺った間合いを外され、アルバの刀は振りぬかれてしまう。 「こなくそっ!」 と、アルバは空中で更に半回転。残る左手、そこにはこれまでずっと隠し続けていた爪の付いた手甲「血禍」がある、を薙ぎ払ったのだ。 驚き見開かれた目は、滅のものだ。 その驚いた顔のまま、滅の首は半ばまで斬り裂かれ、がくりと力なくその場に崩れ落ちるのだった。 荒い息を漏らしながら、滅を見下ろすアルバ。 「……ハ、一瞬の油断が命取り……ってなァ」 錐は、ジト目してる土岐津 朔(ic0383)に言い訳がましく言葉を返す。 「だーから! まさか敵の数がいきなり倍になってるなんて思って無かったんだって!」 すぐに騎士のロッドが呟き答える。 「鬼瓦のおっさんなら、恐らくは……」 「そーいう事言うか!? お前等もーちょい俺に気を遣えよ!」 そんなやりとりを戦闘の前にしてしまえる程度には、気心は知れている模様。 新平は、秋桜(ia2482)とジャリード(ib6682)に声をかける。 「飛び降る時ぁド迫力だ。ビビんなよ?」 ジャリードは無言で受け流し、秋桜は気をつけましょう、と笑みで返す。 少し無言の新平は、まじまじと秋桜を見つめ言った。 「……なあ、戦闘の時こんだけ薄着って事は、平時はもっと生地のすくなーい服を……」 錐、ロッド、ザカー、真吾、後ついでに兵士達数人に殴られる新平。 ともかく、近接組は城壁外へと飛び降り、戦闘は開始された。 城壁上には朔の他に同じく弓術師である水瀬・凛(ic0979)と巫女の熾弦(ib7860)、同じく巫女の真吾に魔術師ザカーが居る。 城壁上から攻撃、支援を行える極めて優位な体制であったのだが、これがただの一撃で崩れ去る。 朔のすぐ隣から地表に向け治癒術を使った真吾が、今度は逆側だとそちらに向かいかけ、そこで、ぱたりとその場に倒れた。 視界の隅にその姿を認めた朔が、放心から開放されたのは、戦場の騒がしさの中では微かにしか聞こえぬ彼の体が石畳を叩く音を聞いた時。 「真吾さん……!」 急ぎ駆け寄る朔。事態を理解した凛は皆に注意を促す。 「長距離からの狙撃よ! 皆、隠れて」 基本、術攻撃は視界の通らぬ場所に撃つ事は出来ない故だ。 凛もすぐに真吾に駆け寄るが、彼の体から既に生命の息吹は失われてしまっていた。 ただの一撃で、志体を持つ者を絶命せしむる攻撃。その恐ろしさは敢えて口にするまでもなかろう。 しかし、朔は怒りからか、城壁上に昂然と姿を現したまま睨みつけるように術者を探す。 朔はほんの僅かな違和感をすら見逃さぬ鋭い視線で敵陣を睥睨するも、そこに怪しき気配を見出す事は出来ず。 その代わりに、城壁上をまっすぐ見据えるアヤカシを一体発見する。 鬼型。一つ角。薄青の体表。造詣は基本的に人間ベースであり、故に、浮かべた表情は恐らく人間のそれと同義であろうと類推される。 焦り慌てる城壁上を見て笑っている、後方に位置する恐らくは指揮官アヤカシ。 大空を駆ける荒鷲のように、大きく広く、弓弦を開く朔。 この距離、長弓ですら命中矢は難しかろう。そんな道理を、押し曲げて進むが志体持ちよ。 矢を、射放った瞬間には、敵も動いていた。 敵アヤカシ蒼の眼前一寸の距離で、鏃はぴたりと止まっていた。 朔の視線を、矢を掴み取ったアヤカシは真っ向から受け止める。 蒼は、朔の宣戦布告を確かに受けて取ったのである。 ジャリードは、降りるなり自然と皆の配置や移動を指示するようになる。 この辺り、錐が指揮官であるのは疑いようの無い部分であるが、砂迅騎の特性を良く理解している錐は、こういった部分はむしろ自ら進んでジャリードに任せてしまう。 そう忌憚無く出来る錐に対して、思う所が無いでもないが、だからとそうそう表に出すジャリードでもない。 こうして敵の最中に飛び込んでみると良くわかる。錐含め、皆べらぼうに強い。 堅陣を一度組めてしまえば、容易くは崩されまい。更に言うなれば、遊撃に一人エース級を抜いたままであるのだ。 そう簡単には、と思っていたジャリードであったが、城壁上からの支援に乱れが見えた。 真吾が倒された、そう聞いた瞬間、改めて連携の確認、陣形の維持を伝えると今そう口にする意図を皆了解してくれたようで、城壁下での混乱は無かった。 しかし、とジャリードは一度城壁上に視線を送る。 強力な術攻撃と聞いたのだが、その割に、城壁に隠れるでない者が幾人か見える。 その内の一人の挙動が変な事に、ジャリードは気づいた。 真吾が倒れた後の熾弦は、あれやこれやと忙しなく動く事を強いられ続ける。 これまでは眼下のアヤカシが錯乱するような支援術を主と用いてきたのだが、治癒役をも引き受けるようになったためだ。 その上で、熾弦は目のみによらず瘴気の流れをも見てとれるように術を用い、真吾を一撃で屠った危険な敵の捜索を続ける。 しかし、それでも見つけ出す事は至難。敵は全員が瘴気溢れるアヤカシであるのだから。 いっそ狂想の術の影響でも受けてくれれば楽なのに、そう思った直後、天啓の如きひらめきが。 真吾を一撃で倒す程の術を使う術者ならば、鬼アヤカシにはほぼ確実に通じるこの術が、きっと間違いなく通じないであろう、と。 熾弦は索敵術を狂想曲へと切り替え、眼下を混乱に誘いながらも敵陣の最中に目を凝らす。 居た。鬼アヤカシとさして変わらぬ人型の容姿、しかし、注意してみれば明らかに細身にすぎる。 そしてアレも、気付かれた事に、気付いている。 細身のアヤカシは、ゆっくりとその手を熾弦に向け掲げ上げた。 ジャリードが気付いたのは、熾弦のその異様な表情である。 あれは、覚悟を強要されている時の顔だ。 そう思った瞬間体が動いてくれた。 宝珠銃を天空へと掲げ、練力を込めて引き金を引く。 「目を閉じろ!」 直後、太陽が頭上に舞い降りたかのような眩しい閃光が周囲を強烈に照らし出す。 これが間に合ったのかどうか、ジャリードが確認出来るのは少し経った後である。 城壁上でも、凛が熾弦の表情の変化に気付く。 凛は、反応速度が取り立てて遅い人間ではないが、しかし熾弦の表情一つだけで大きく動ける程様々な事に確信を持って生きているわけではない。 それでも駆け出せたのは、直前に真吾が倒れていた事が大きいだろう。 すぐに空が凄まじい光に包まれる。 自身もまた眩い光に目を奪われるも、記憶を頼りに足は止めぬまま。 勢い良くそこに居るはずの、熾弦へと飛びついた。 大地を真横に飛び、何か柔らかいものを掴んでそのまま倒れる寸前、凛は背筋が凍えるような、何やら薄ら寒い嫌な気配を感じ取る。 たった今通過したその空間に、とてつもなく不吉な何かがあったかの如く。 凛は嫌な予感を首を振って追い払いながら立ち上がる。どうやら熾弦も特に傷は無いようで、ほっと一息。 「私が立っていた場所の直下、特に細身のアヤカシよ」 「わかった、後は任せて」 城壁から身を乗り出すようにしながら、同時に弓を引き絞る。 指定地点のアヤカシ達の、およそ三分の一程が閃光の影響を受けているように見える。 その蠢くアヤカシ達の中に、言われた通り細身のアヤカシが。 「そこよ! 皆、おねがい!」 放ったのはただの矢であるのだが、そうあつらえた矢であるように、盛大な音を立てながら飛び行く。 刺さった瞬間、一際大きな音がした気がする。 朔もまた凛の合図を見るなり細身アヤカシに狙いを定めている。 そしてコレが勢い良く逃走しだすのを確認した熾弦は、ようやく支援術の安定した行使環境を手に入れるのであった。 「やるだけやって、はいさようなら……は通りませんよ」 秋桜の声が聞こえた事で、既に数本の矢をその身に受けていた細身アヤカシは足を止め振り返る。 その背中を深く刃が斬り裂いた。 すぐに振り返る。 振り返ったせいで顔が後ろを向いていた為、二撃目は背後を取られ胴前面を斬られるという不可思議な事態に陥る。 しかし流石に三度目はない。 ようやく細身は秋桜の姿を視認するも、既に秋桜は忍刀を振り上げており、自らの胸板をまっすぐ刺し貫いていくのを目にするのみであった。 歯を食いしばりながら、細身は腕を伸ばして秋桜の眼前に手の平をかざす。 秋桜が体重を乗せかかりながら切っ先を捻ると、細身は口から黒い瘴気を吹き出す。 そのまま、ずるずると崩れ落ち、細身の体は塵と消えていった。 戦いが終わる。 細身が倒れると蒼は軍を引き、滅側は散々に打ち減らされ散り散りになっていった。 どうにか山は越えたと安堵する錐は、疲れた顔をしている熾弦に声をかける。 「よう、聞いたぞ。随分と無理させたようだな」 熾弦は勝利の後だというのに浮かない顔のままである。 「増援に来た先で人死にを出してしまった……」 「戦場だろ?」 「それでもよ。こうなるともう仕事だけの話ではないわ」 弓を後ろ手に持ったままふらりと現れた凛は、錐の目を覗き込みながら問うた。 「ねえ、そもそも戦場ってこんな頻度で志体を持つ人が……その、倒れたりするの?」 錐は即答出来ない。錐にとっても、二人が倒れたのは予想の外であったのだから。 「……部隊が新しい持ち場に着いた後、その戦場に慣れるまでは人死にが出やすい。そう、俺は鬼瓦に教わった」 「じゃあ、もう落ち着いた?」 「さてな」 秋桜もまた、不満げな顔で話に入ってきた。 「こんな嫌がらせの為、そして今回は見栄の為に、尊い生命が散り行くのは、もう御免です」 錐は、思わず苦笑を漏らす。 「任務の裏を考えすぎるのは、シノビや傭兵らしくはないんだがな。開拓者は違うのか」 秋桜は敢えて口は開かず錐を見据えるのみ。 「……わかってる。流石にコイツはちと尋常じゃない。何とか、調べてみるさ」 錐がそうまとめると、新平が最後にこちらへと駆け寄って来るのが見えた。 「ちょ! 何それ錐さん女の子いっぱいはべらしてずっこい! 俺も混ぜれ!」 もちろん殴られた訳で。 |