|
■オープニング本文 かつて朧谷というシノビ里を、乗っ取らんとする企みがあった。 最後の最後で企みは露見し、しかし既に事態は最終局面。両里代表者による仕合にて決着をつけるべし、となる。 敵は武闘派として名高い犬神の里。しかし、一人の男が、犬神の代表者を破り朧谷の里を守った。 彼の名は錐。陰殻中で一躍その名を轟かせた、朧谷の英雄である。 以上の結果、錐は若手シノビでありながら朧谷の中忍の役を受ける事となった。 そのせいで、何をしても何処へ行っても、嫉妬の嵐に巻き込まれる。 今回、朧谷が担当する事になっている陰殻と冥越との国境の砦に、少数の兵と共に赴く事になったのも全てコレのせいだ。 補給は滞る、援軍は来ない、挙句反乱騒ぎが起きたらその騒動で亡くなった上官ではなく全てを錐のせいにされ、どうでも良い雑兵を適当にあてがわれ砦を引き続き防衛するよう命じられる。 十人の雑兵と錐とで、一週間、砦を支えた。 一生の内で最も頭を使った一週間だったと錐は後に述懐している。 そして一週間目に、ようやく待望の援軍が砦へと入って来たのだ。 「おいおい、古臭ぇ砦だな。大砲はねーのか大砲は」 「うひゃひゃ、でもよう、女は居るみてーだぜ。いいねぇいいねぇ」 「アホか。どーせお前は女だろーと男だろーと一緒じゃねーか」 「うるせぇぞてめぇら! これから旦那に挨拶すんだ静かにしてろ! ……って事で補充要員だ。せいぜい楽させてくれや大将」 三十人の男達。皆、見るからに鍛え抜かれた体をしており、放つ気配が只者ならずと主張してくる。 しかし、シノビの里からの援軍のはずが、何故かサムライやら志士やらがぞろぞろと。というかどう見ても正規軍には見えない。 「……もしかして、傭兵、か?」 つい先日傭兵に裏切られたばかりの錐は、とても苦い顔をしている。 そんな錐に補充兵の隊長が、朧谷の里より預かってきた錐への命令書を渡す。 中を確認し、思わず錐は声を荒げる。 「馬鹿な!?」 隊長はぎらりと目を光らせる。 「馬鹿な? そいつは、その命令書にアンタは従えねえって話か?」 怒鳴り返してやりたかった錐だが、隊長の表情から察するものがあったのか、まず先に問い返す。 「だとしても、お前はそれをどうこう言う立場には居ないだろう」 「生憎と、アンタが命令違反するようなら、構いやしねぇから斬り殺せと朧谷の方からお達しがあってね。で、どうすんだ? 今ここでおっぱじめるか?」 命令書には、三十人の傭兵達と共に、最前線であるはずのこの砦より更に前、半ば以上魔の森に没しており放棄された城を奪取し、これを維持せよとあったのだ。 隊長のドスの効いた声に、しかし錐は微動だにせず。 「お前等が俺を斬る? 笑わせるな、たかだか三十人程度でこの俺が止められるとでも思っているのか」 隊長は、おどけながら肩をすくめる。 「おお怖ぇ怖ぇ。で、どうするね旦那」 「どうもこうもあるか。シノビが里長からの命令に背けるはずなかろう。行くぞ、睡蓮の城へ」 恐れる風もなくあっさりと決断した彼を見て、隊長以下傭兵達は錐への態度をほんの少しだが改める気になったらしい。 十人の雑兵に砦を任せ、錐達は城へと向かうのだった。 傭兵を率いる隊長、鬼瓦三衛門は、概ね錐への評価を終える。 とかく自分が前に出たがるのは指揮官らしからぬ振る舞いであるが、彼個人の能力が極めて高い為、それこそが最も効率的な手法である事が多いので必ずしも指揮能力に欠くといった意味ではない。 又その窮地に追い込まれる事が多かった境遇故か、土壇場での安定感があり、今作戦において彼を指揮官に迎える事が出来たのは思わぬ僥倖であったと考える。 これを記した手紙を、鬼瓦は錐の目をすら盗んで城まで辿り着いたシノビに託し、本当の依頼人へと届けさせる。 「さて、一緒に出した救援要請だが、間に合うかねぇ」 睡蓮の城奪取に成功した彼等であったが、散発的なアヤカシの攻撃が、近頃組織立って行われてくるようになってきていた。 城壁がぐるっと取り囲み、堀が更にその外を流れる。 そんなありきたりな城であるが、城壁の高さは三間弱(約5メートル)、堀の幅も同じぐらいあり、その深さは二間程(約3.5メートル)になる。 この堀いっぱいに広がっていた睡蓮が城の名の由来となっていたが、今は緑の藻がたゆたうのみ。 城門は全鉄製で、鎖を用いた仕掛けで内側から開く以外、重すぎて動かしようがない。 また防ぐのは城壁まで、と見切り、壁の内側はほとんどが兵士の居住空間となっている。 武器弾薬庫が地下に作られているのは、如何にも対アヤカシを考えて作られた城と言えよう。 厩のみならず、龍用の厩舎まで多数備えてあるが、現在は強行偵察用に一頭が居るのみ。 この城の中を、三十と一人が、現在あちらこちらと走り回っていた。 「新平! お前は西へ行け!」 「そいつは無茶だ錐さん! こっちは俺が抜けちゃもたねえ!」 「俺が半刻だけ前に出る! 東はどうだ団十郎!」 「だーめだ! 後一刻! それ以上は堪えきれねえ!」 「南の鬼瓦に応援を頼め! 北側の攻勢を粉砕したらすぐに俺が向かう!」 もうあっちもこっちもそっちもどっち、といった敵だらけである。 食料やらの備蓄に問題は無いが、そもそも、腕利きとはいえ三十人では少なすぎるのだ、人員が。 と、空の影に気付いた錐が、背筋に冷水を突っ込まれたような顔で空を見上げる。 今上から攻められたら、洒落にならない。 しかし、空に居たのはアヤカシではなく龍。城内に向け降下して来た龍達から、縄をたらし滑り落りて来るのは人間達である。 「何だあれは!?」 錐の声に、新平と呼ばれた男が喜色満面で応えた。 「すげぇ! マジで来た! 鬼瓦隊長が言ってた援軍、開拓者っすよ連中! こんなクソみたいな戦場にまで、まったく、バッカじゃねえのかアイツ等! ハハハ!」 城は東西南北四つの部署に分かれており、それぞれに指揮を執る者がいる。 最も敵数の多い最激戦区であり、敵首領と思われる中級アヤカシも居る北側には、朧谷の里最強シノビの錐が。 兵の数は錐を合わせて十二人。錐の他に志体持ちは騎士ロッドと魔術師ザカーが居る。 水棲アヤカシばかりで堀が無効化されている南側には傭兵隊長、サムライ鬼瓦が。 ここも兵は八人。志体持ちは鬼瓦の他に、巫女真吾が居る。 堀を挟んですぐの所はまだ木を切りきれておらず視界がすこぶる悪い東側には、冷静沈着な泰拳士正邦が。 兵は六人。志体持ちは正邦とシノビの団十郎が居る。 一番敵数が少ないが、その分人員も五人しか居ない西側には下品さに定評のある志士新平が。 ここは志体持ちは新平のみである。 |
■参加者一覧
秋桜(ia2482)
17歳・女・シ
久我・御言(ia8629)
24歳・男・砂
ジャリード(ib6682)
20歳・男・砂
熾弦(ib7860)
17歳・女・巫
アルバ・D・ポートマン(ic0381)
24歳・男・サ
土岐津 朔(ic0383)
25歳・男・弓
水瀬・凛(ic0979)
19歳・女・弓
ナツキ(ic0988)
17歳・男・騎 |
■リプレイ本文 新平は西側を共に担当してくれるという開拓者二人の内、久我・御言(ia8629)の持つ武器を見てまず何より先に一言。 「なんだそりゃ?」 斧槍というか、先端部の菱形の意味がまるで理解出来ぬ長物である。 御言はこれを肩に担ぎあげ、砲身に目線を揃えるようにして狙いを定め、引き金を引いた。 城壁の上からこれを撃ち放つと、凄まじい轟音と共に標的アヤカシが砕け散る。 「ま、魔槍砲かよそれ……」 「私に見とれていていいのかね? 敵はまだまだ来るのだよ?」 新平はムキになって怒鳴り返す。 「わ、わかってるっての!」 敵の数が少ないとはいえ、あくまで他所と比較しての話であって、押し寄せてくる敵の数は西側に居る人数の数倍は居よう。 御言も練力消費を考えてか、得物を砲としてではなく槍として用いる。 同じく西側担当となった熾弦(ib7860)は、完全に治療に徹している。 御言も熾弦も無理に敵を減らすではなく、防戦が安定するように努める。 もちろん新平もそのつもりであり、程なく防戦は安定し、そして、故に、油断をした。 「へ?」 と新平が言った時にはもう遅い。城壁上端、修復が完全でなかった場所にそれと知らず新平が乗った時、敵の射撃がこの部位へ集中したのだ。 かなりの高さからの落下になる。しかし、新平もまた志体持ちに相応しい体術でどうにか受身だけは取ってみせる。 あまりの唐突さに、皆が呆然としたままであったが、何処か他人事のように兵の一人が口を開いた。 「あー、あれ、もう駄目じゃね?」 城壁に拠っているからこそ耐えられているのだ。これを失い、たった一人で攻城真っ最中の敵のただ中に落ちたとあれば、確かに、その結論は正しかろう。 御言は目で熾弦に問うと、熾弦は力強く頷き口を開く。 「慌てないで、皆はそのまま陣形を崩さないで。こちらで何とかするから」 と、言うが速いか彼女もまた、臆する事なく城壁外へとその身を投げ出したのだ。 何してんだアホか、といった顔の兵士達を、御言は強く叱咤する。 「生き残りたければ戦いたまえ!」 その口調にカチンと来たのか、兵達はまた慌しく動き出す。 一人一人に細かい指示を下しながら、堅陣を作り上げ維持する。 そして、軽い口調で嘯く。 「案ずる事は無いのだよ。我ら開拓者は人を見捨てたりなどしない。そして私には仲間がいるのだから。そうだろう?」 これを好機と見てとったアヤカシが一斉に押し寄せてくる。 そんな中でも、御言の指示は淡々と出され続ける。最初こそ眉根をしかめながら聞いていた兵士達だったが、指示をもらう度皺の数が減っていく。 ふと、油を流しながら兵の一人が、思い出したように御言に問うた。 「そういや、アンタの名前。聞いてなかったよな俺等」 確かに、と御言は改めて名乗る。 「私の名前は久我・御言。宜しくしてくれたまえよ、諸君!」 偉そうな態度云々が影響するのは戦いが始まるまで。 戦闘が始まってしまえば、兵士達の信頼を得られるかどうかは単純に、彼が優れているか否かだけが判断基準となるのだ。 落下すれば後は無い。それを理解していた新平は、にやりと笑って刀を抜くが、そのすぐ脇に熾弦が飛び降りてくる。 「飛ぶよ」 「ちょっ! お前どうして!?」 文句は一切聞かず、熾弦は新平を小脇に抱えたまま飛び上がる。 風を切って、ぐんぐん空が近づいて来る。 「お前、巫女じゃなかったのかよ」 「最近の巫女は、空も飛ぶのよ」 綺麗に城壁上へと着地した熾弦と新平を、兵士達は呆れたような、今にも笑い出しそうな顔で出迎えた。 熾弦は新平に問う。 「どう? 怪我は無い?」 「むしろ気持ちよかったし」 そう応えた新平は、熾弦の胸をじーっと見つめていた。 今度は兵士達も遠慮はしない。一人一人順番に、新平をドツいてから持ち場へと戻っていった。 誰もが自分の役割を心得ていて、迷う事なく走り続ける。 そんな東側城壁の中にあって、一瞬だが水瀬・凛(ic0979)は、自分の立ち居地を見失いかける。 首を振って準備を整える。ロープを城壁上に結び、備えあればと構えると、これを見た兵士が声を上げる。 「おお、その手があったか!」 彼もまたロープを結び、逆側に一抱えもある岩を結びつけて投げ落とす。そして、城壁の影に隠れながら縄を引き上げ、再び落とす。 「城壁下に取りに行くよかこっちのがはえーよ、これなら無くならねーし。アンタ頭良いな!」 凛は、彼の自由闊達な発想のおかげでか、逆に落ち着きを取り戻せた。 「……引き上げる時、敵に岩捕まれないよーにね」 「おうよ!」 ナツキ(ic0988)は、わらわらとよじ登って来るアヤカシ達を相手に、飛び出して斬ってやりたいのを堪えながら城壁上での防戦に徹する。 何時までも続くこの作業にも、東の正邦は動きを見せぬままであったが、突如、森の最中から龍アヤカシが飛び出してくると、正邦は重々しい口調で告げる。 「開拓者。あれを頼めるか?」 龍に驚くより、この奇襲にもまるで動じない彼にちょっと驚きつつ、ナツキは大剣を抜き放つ。 「上等だ、やってやる!」 凛も即座にこれを了承、矢を番え弓を引く。 「こっちに引き付けるわ。皆、離れて!」 城壁の上の一角より凛は龍アヤカシの頭部目掛けて矢を放つが、移動中の、それも空を飛ぶ者の急所を射抜くのは容易ではない。 一射、外れ。 集中を途切れさせず二射、命中。しかし、これは偶然だと凛は断じる。 龍アヤカシは、城壁上で最も自分へと意識を向けている相手、つまり凛へと真っ先に飛び掛った。 にも関わらず、微動だにしない凛に、驚いたナツキが飛びついて伏せさせ、龍の爪をかわす。 胴にナツキの両腕が巻きつき、体は真横に倒れた姿勢で、凛は無防備な龍の真下よりの視界を確保する。 「落とすわ! 後はよろしく!」 城壁に背が付く直前、凛より放たれた矢は、龍アヤカシの翼を射抜き、これの上昇を防ぐ。 片翼の羽ばたきを阻害された龍アヤカシは、バランスを崩し城壁端の城楼に突っ込んでしまう。 既に、ナツキは起き上がり走り出している。 その辺りの身体能力の高さは流石前衛、と凛も身を起こし矢を番え弓を構える。 走るナツキに、龍の首が伸び迫る。 転がり滑る事でこれをかわしたナツキであるが、首に注視していては死角になる方向から龍の尻尾が迫る。 ナツキは大剣の背に片手を添え盾とし防ぐ。読んでいなければ出来ぬ芸当だ。 ここで、満を持して凛の矢が放たれた。 自分でも驚く程に大きな会へと至れたのは、ようやく戦場の緊張がほぐれてきてくれたせいか。 「片目、貰うわよっ!」 相手がアヤカシである以上、そこが絶対の急所とは言い切れないが、それでも形状が似ている場合はそうである事が多い。 放った瞬間命中を確信出来る程、会心の弓射であった。 龍の首が上空へと大きく跳ねる。ナツキは好機と踏み込むが、龍は何と口を大きく開いて炎を吐き出してきたではないか。 咄嗟に踏み出す一歩を大きくし、前方へと身を投げ出す。背中とか足裏とかがめちゃくちゃ熱いのは、命中したせいか熱風のせいか判別がつかない。 どっちでもいい、とナツキは前転一つで立ち上がり、大剣を腰溜めに突き出す。 龍は、苦痛の叫びと共に城壁外へと落下していった。 凛とナツキがちらっと正邦を見ると、彼は愛想もクソもない無表情で二人に一つ頷いて返すのみ。 それが彼独特の、お褒めのアクションだとわかったのは戦闘が終わった後の事である。 アルバ・D・ポートマン(ic0381)の陽気な声に、返事するだけの余裕を錐が取れるようになったのは、開拓者達がこの城に来て一刻以上経ってからの話だ。 「よォ、大将。いつぞやぶりだな。……で、状況は」 錐はもちろんアルバに気付いており、自嘲気味に言う。 「笑ってくれ。あんな目に遭った直後だってのに、もう傭兵使ってるんだからな」 「……相変わらず苦労が耐えないねぇあんた」 「言ってくれるな。最近はそういう星の元生まれたんだって諦める事にしてんだから」 それでも、と兵士達の動きを一通り確認し終えたアルバは笑って言ってやる。 「何だよ、あの時の奴等とは比べ物にならねえじゃねえか、今の連中は」 「ああ、せめてもそれが救いだ」 と、土岐津 朔(ic0383)が不機嫌そうに口を挟んで来る。 「おいアルバ、挨拶もイイけど仕事しろ。アホみたいに湧いて来るぞ、アイツら」 へぇへぇ、と湧き上がる敵への対応に向かう。 しばらくの間ひたっすらに敵攻勢を防ぐ作業が続く。これが、思っていたよりシンドイので、アルバも朔も、自らの仕事につきっきりとなる。 なので、 「んじゃ、そろそろ行くか。後を頼むぞロッド」 と部下の騎士に指揮を任せ、城壁から飛び出した錐への対応が凄まじく遅れてしまう。 それでも、気付いてからの動きに迷いは無い。 アルバは城壁を、敵の用いる梯子を上手く使って駆け下りながら、後ろにへらず口を叩く。 「朔ちゃんは後ろから援護でいいんだぜ」 「言ってろ。アルバだけじゃ心もとねえんだよ」 すぐに大声を張り上げる朔。 「錐さん! 動きたいように動いてください! 雑魚は俺が頭から食います!」 そして続ける。 「行けよアルバ。クソアヤカシ共、ぶった斬って来い」 「任せな朔ちゃん!」 駆けるアルバ。 彼の先に立ちふさがるアヤカシに、朔は静かに狙いを定める。 その集中を乱す鈍痛に眉をしかめるが、矢先にブレは一切無い。 「その飾りみたいな頭、あってもなくても一緒だろ?」 自分が頭痛を抱えるせい、というわけでもないだろうが、アルバの進路を塞ぐ形になっているアヤカシの頭部を一矢で射抜く。 実に狙いやすい角度なので、城壁にたてかけられたはしごの半ばで弓を構え、次の矢を番う朔は、梯子のたもとに来たアヤカシを見て舌打ちする。 「触んじゃねぇよ、叩き潰すぞクソが」 矢で串刺されたアヤカシはきっと言いたかったろう。潰してから言うなと。 錐の剣は、シノビらしい体術を交えた虚実を操るもの。 これに加え、正面より剣術を用いるアルバが対する。 流石にしぶとい、そう感じたアルバは、片手に持っていた銃を懐にしまい、剣を両手に握る。 錐のアホみたいに素早い動きからの攻撃に、中級アヤカシの動きが乱れた瞬間、アルバが大地より撃ち出された。 ゼロ速度からの爆発的な加速は、撃ち出されたとしか表しようがない。 剣を突き出した姿勢のまま、勢いあまって敵を通り過ぎ、その先に居た別のアヤカシの眼前へ。 「おっと」 これを蹴り飛ばした反動でようやく止まる。 振り返ると、中級アヤカシは倒れてしまっており、アルバはありゃりゃと頭をかく。 「わーりぃ大将、俺が殺っちまったわ」 錐は苦笑しているだけだ。アルバは、何とか片付いたか、と戦場にすら持って来ていた酒を懐から出そうとして、眼前を通り過ぎる矢に脅かされこれを引っ込める。 「冗談だって、そんな怒るなよ」 「いいからさっさと戻って来い!」 ジャリード(ib6682)と秋桜(ia2482)が現場に辿り着いた時、城壁南側は、正に混乱の極みであった。 兵士達は各々が怒鳴り合い、連携は取れているようだが、少なくともジャリードの目から見る限りは、改善の余地がある動きである。 というか、と秋桜が感想をまとめる。 「これ、指揮する方がいらっしゃらないのでは?」 兵に尋ねると、南側を指揮する者は、たった今敵の遠距離集中攻撃を受け、倒れてしまったという事だ。 これの治療に巫女はつきっきりで、城壁を支えるは志体を持たぬ者だけ。 「なるほど、修羅場だな」 ジャリードは一人一人に声をかけながら、細かな指示を伝える。 そして自らは銃を構え、城壁から筒先のみを突き出す。 「続け」 そんな言葉と共に撃ち放つと、そういった指示であったのか、兵達もタイミングをずらしながら射撃を開始する。 次弾を即座に装填。弓を番うのと同等の速度でこう出来るのは、銃に慣れた者のみだ。 銃声と弓の弦を弾く音とが規則的に続く。 またこの間に城壁から落とす岩や油を準備する他兵士。少しづつ、南側城壁も落ち着きを取り戻していく。 『効果は短時間、粘るには不向き。つまり何か大物が来た時の為だったが、気付けに使うとは思いもしなかったがな』 ジャリードの指揮術は、戦陣と呼ばれる砂迅騎特有の技術であった。 また、これと平行して秋桜も動く。 城壁上で、端に向かっていきなり駆ける。 充分に勢いがついたなら、胸壁を蹴ってその反動で急旋回しつつ、胸壁の上へと飛び上がり、でこぼこになっている胸壁の上を走り出したのだ。 胸壁の上は下からも視界が通る。敵は射撃を狙い始めるが、秋桜は数歩走ると胸壁を蹴り、城壁の内側に飛び降りる。この時駆ける速度は落とさぬまま。 すぐに胸壁上に再び跳んで戻り、そして下方へと手裏剣を放つ。 胸壁沿いにはこちらの兵も配置しているのだが、これを丁寧に避け飛び越えつつ、眼下の敵を次々屠る。 秋桜の胸壁上と城壁上を移動する速度があまりに速すぎて、二人の秋桜が駆けているようにしか見えない。 挙句、胸壁上の秋桜はロクに目線も向けぬままに、疾走しながら眼下のアヤカシを正確に射抜いていくのだから、意味がわからない。 兵士の一人が、指揮を受け持っているジャリードに問う。 「あの女、何者だ?」 ジャリードはにべもなく答える。 「開拓者だ。それ以上は知らん」 彼は、妙に納得した顔で頷いた。 鬼瓦の治癒を行っていた巫女の真吾が、ジャリードと秋桜の二人を呼び出す。 戦況も落ち着いた所なので、言われるままにそうすると、そこには、明らかに余命幾許もないとわかる有様の、鬼瓦が居た。 「……ひき、つぎだ」 息を呑み口元に手を当てる秋桜と、やはり無表情を崩さぬジャリード。 「錐、さんに。敵は、オレと知って狙い打った。角二本の、アヤカシに、気をつけろ……」 これで、言うべき事は伝えたと安堵した鬼瓦から、急速に、命の火が失われていく。 彼はうわ言のように、言葉を紡ぐ。 「ああ、ちくしょう、これまでかよ……オレも、あの人の作る世界、見て、みたかった……な」 意識が混濁し出した鬼瓦は、秋桜の顔を見るなり、腕を掴み強く引く。 「なんだ、よ。アンタ、やっぱ来たのか……」 秋桜は驚き身を引きかけるが、意思の力のみでこれを堪え、黙って彼を見つめる。 「いいか、敵は、こっちが……思う以上に、狡猾、だ……まあ、それでも、アンタが負けるとは、思わんがね、……なあ、やぶ、むら……」 そこで、鬼瓦は事切れた。 鬼瓦戦死が伝えられると、錐は見てわかる程に動揺するが、他兵士達は特に気にした風もなく、次の隊長は暫定で正邦を、と冷静に次を決めるのであった。 |