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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 以前自ら口にした通り、藪紫の仕事、彼女の出来る事はもう終わっている。 拠点を作り、戦力を集め、補給を確保し、兵を最高の状態で戦地へ送る。これ以上、藪紫に出来る事は無い。後は結果を待つばかりだ。 しかし、そう頭でわかってはいても、周囲の皆が必死の形相で走り回り今正に命を賭けて戦っている中で、自分一人暢気にしてられる程藪紫の神経は太くは無い。 後悔は無い、なんて事あるはずもなく。 皆にはわからぬようにしているが、何度も予想を外され、万一に備えていた準備を放出させられているのだ。 皆には、当然こうなる事は予想済みでしたよ、なんて顔をしているが、何とかやってこれたのは皆よりほんの少し用心深かっただけだ。 それすら届かぬ失策も何度もあった。朧谷が睡蓮の城の所有権を主張してきたり、黒幕が犬神だと朧谷にバレたり、最たるものは志体を持つ傭兵達の死だ。 彼等には睡蓮の城で得た経験を元に、魔の森侵攻のスペシャリストとして今後魔の森へ攻め入る際の教導的立場に立てるよう育てるつもりであったのだ。 だが、蓋を開けてみれば、中途採用含めても残るはたったの四名のみ。しかも内の一人は空専属だ。 まだ魔の森に慣れぬ間はと用心の為に招いた開拓者達にも、結局最後まで居てもらうしか無くなってしまった。 兵装も、人員も、充分過ぎる余裕を持って備えていたはずが、余裕なぞ何処にもありはしない。 偶然と幸運から手にした二人の英雄を駆使して尚、この体たらくである。落ち込むなという方がおかしい。 英雄、風魔弾正と朧谷の錐は、もう藪紫からは何も言う必要が無いぐらい、頼れる人材だ。 しかし、と藪紫は錐を思う。 彼が朧谷の里を、里の兵を背負うのは今回が初めてであったはず。それは、藪紫にも経験があるが、ひどく辛い事である。 戦友に優劣なぞをつけるものではないが、それでも、幼い頃から同じ社会、同じ土地で育って来た者達を、死地へと追いやらねばならないのは本当に辛いのだ。指揮者たるシノビは誰しもが通る道であったとしても。 多分、錐は、これを辛いと思う人間だと、藪紫は思うのだ。 必死さは時に心を鈍くする。 やらねばならぬ事があり、今の錐はただその為だけに邁進しており、陰殻の地を守る為という名分は朧谷のシノビ達にも深く共有されており、そこに指揮者である錐と兵であるシノビ達に差異はない。 その共有感が、錐から指揮官の苦悩を取り除く役割を果たしていた。いずれ後になって気付き傷つくとしても、今そうならずに済むのはやはり幸運な事であろう。 対アヤカシ城戦の混乱も収まらぬ中、遂に敵首領奇鬼樹姫が睡蓮城内に侵入して来たのだが、藪紫が表に立ちそれぞれの軍の指揮官にこれを取りまとめるよう指示しつつ、姫には手出し無用と厳命する。 現在、侵入して来た奇鬼樹姫には、藪紫が集めた精鋭中の精鋭がこれに当っていた。 元卍衆、風魔弾正。朧谷の錐。初代犬神最強、犬神疾風。犬神三傑、幽遠、華玉、宗次の三人。 更に、睡蓮の城の傭兵で常に最前線にありながらここまで生き残った猛者達、正邦、新平、藤枝ゆみみが加わる。 軍の最高指揮官級を前線に置くなぞ正気の沙汰ではないが、純粋に、奇鬼樹姫との戦闘に耐えうる戦力というものが極めて少ないのだ。 藪紫は、対奇鬼樹姫戦への援軍を決して許さなかった。 ある程度の実力者でなければ、例え志体をもっていようとも奇鬼樹姫に瞬時に殺されてしまうだけで、意味が無いと考えたのだ。 この辺りは軍人ではなく商人の発想であろうが、城の中庭を戦場としており、また大アヤカシとはいえ奇鬼樹姫は人間の女性程度の大きさしかない為、下手な人数突っ込んだ日には逆に攻撃しにくくなるだけであろうし、そもそも動く場所を味方の兵士達に奪われては、シノビ達は戦いにくくて仕方が無かろうて。 結局、十人弱が一度に戦うに適した人数であろう。 彼等が戦闘している間に、藪紫は第二陣、第三陣の準備を整える。 第二陣は岩団扇で招いた開拓者に任せる。第一陣には奇鬼樹姫を削る役目の他、その手の内を晒させる役目もある。 そして注意すべき点を確認した上で第二陣が第一陣と入れ替わり攻撃を開始する。 睡蓮の城の開拓者達は、この第二陣が後退した後に第三陣として奇鬼樹姫に攻撃する。 一応、第三陣の後詰として、第一陣と第二陣の中から比較的消耗の少ない者を集め第四陣とする予定ではあるが、奇鬼樹姫を相手に二度の戦闘は厳しかろうし、一回り目での決着を予定している。 「いやぁ、人間は強いのう。結局わらわにまで出番が回って来おったわ」 「アヤカシ城なんてモノまで作っといてコレですからねぇ、黄泉様や天荒黒蝕様には聞かれたくありませんよ」 「うぬっ、あーあー、聞こえぬー、何も聞こえぬのじゃー」 「またそういう事言って……もう私もいなくなるのですから、しっかりして下さいよ」 「わかっておるわかっておる。……ではな」 「おさらばでございます」 そう言うと、絶海の全身が塵となって消え失せる。完全に、消滅してしまったのだ。 そしてこの事により、絶海の術の効果が完全に切れた奇鬼樹姫は、本来持っている全ての力を余す所なく発揮出来るようになった。 同時に、姫は片眉をしかめる。その狂気と暴虐を抑え込んでくれる者も居なくなってしまったのだから。 「やはり、少々キツイのう。ま、それでもこうして、ものを考えられるだけマシになったと思うかの」 奇鬼樹姫は愛おしげに城の窓から外を眺める。 「ああ、楽しみじゃのう、人間。お主らは強いのであろう? しかもここはお主等の拠点じゃ。きっとあの時のような、わらわの前に立てる者がわんさとおるのであろうな。なあ人間よ、ならばわらわも本気を出して良いであろ?」 天守閣付近から、奇鬼樹姫は窓の外へと飛び出した。 「黄泉や天荒黒蝕! 奴等大アヤカシとはやってはいかんと言われたが! 人間相手ならば構わぬであろう! さあ行くぞ! わらわの全力受けてたもれや!」 第一陣に参加した錐は、はたと気がついて目を覚ます。 ともかく一時後退に成功した後、意識を失っていたようだ。 大慌てで外を見ると、奇鬼樹姫は睡蓮の城の開拓者達と戦闘の真っ最中。 錐は正邦、新平、ゆみみが身動き取れないのを確認すると、救護の兵にこの三人を縛り上げて戦闘に参加出来ないように指示する。 その上で自分は首を振って意識を覚醒させ、再び、奇鬼樹姫との戦闘に向かう。 「これ以上! 一人だって死ぬんじゃねえ! ちくしょう! ちくしょう! 次々殺しちまいやがって! ふざけんな! もう絶対! 死なせてたまるもんかよ!」 中忍としての覚悟が出来たと評価された錐であったが、やはり彼の本質は変わらぬまま。 何時でも、何処までも、友を、仲間を大切にしたい、その為に強くなったんだと自分に言い聞かせる、青臭いガキのままなのだ。 |
■参加者一覧
秋桜(ia2482)
17歳・女・シ
久我・御言(ia8629)
24歳・男・砂
ジークリンデ(ib0258)
20歳・女・魔
ジャリード(ib6682)
20歳・男・砂
アルバ・D・ポートマン(ic0381)
24歳・男・サ
土岐津 朔(ic0383)
25歳・男・弓
水瀬・凛(ic0979)
19歳・女・弓
ナツキ(ic0988)
17歳・男・騎 |
■リプレイ本文 土岐津 朔(ic0383)はアルバ・D・ポートマン(ic0381)の背を一つ叩く。 「最後の戦いだな、ヘマすんじゃねぇぞ、アルバ」 何時も通りの気安い調子であったが、答えるアルバの表情はらしくもない憂いを見せていた。 「この戦いが終わったら酒でも飲みにいこうぜ。……なァ、相棒」 朔はもう一度背中を叩く事で返事とし、二人は死地へと赴く。 「諸君! ここが正念場である!!」 第三陣は前中後衛がはっきりとわかれている形になる。 それだけに、前衛であるアルバとナツキ(ic0988)の二人が奇鬼樹姫の攻撃範囲に留まり続け、この攻撃を凌げるかどうかが重要になってくる。 ナツキはこれまで皆の戦いを見る中で、既に覚悟を決めている。 「今度こそ退くもんか、やってやる!」 不退転の決意と、不退転である為にどうすればいいのかのイメージはナツキの中にある。後はこれを具現化するのみ。 「決して怯まないでほしい。怯えは萎縮を招くのだから。震えがきたなら思いだしたまえ、この戦で散っていったかけがえのない仲間を!」 アルバはかなり入れ込んでいるナツキを見て、そのフォローと連携に気を配る。 手にした魔刃エアの脈動を確かめると、自ら意識して血の気を上げる。 戦闘前から戦闘の最中であるような精神状態にし、開戦直後よりの全開戦闘を可能にするのだ。 「思い出せたかね? そうとも! 忘れられる筈もなかろう! 私ですらおぼえているのだから! 彼らの勇士を! 有りようを! そう、忘れることなどできはしないのだ!」 秋桜(ia2482)は不用意な踏み込みを自らにきつく戒める。 第一陣は全てシノビ、第二陣にも風魔弾正再参戦と、シノビの動きにはいい加減姫も慣れていると思われるのだから。 慎重に、確実に、しかして、怖じず、恐れず。 失われた仲間がそうしてきたように、一陣二陣の皆がこなしてきたように。 「彼らが命を賭し、支えてきたものはここに結実する! それはなにかわかるかね?」 ジークリンデ(ib0258)の術が鉄の壁を作り上げる。 瞳術使用時の盾とする為であり、第二陣がその為使用したアーマーは半壊状態なのでジークリンデが自前で手配するしかなかった。 怜悧な風貌は表情をあまり表に顕さず、淡々とといった形容がぴたりと来る調子で術式を唱える。 「砦? 違う。大アヤカシ? とるに足らない。あのようなモノと彼らでは命の重みが違う」 土岐津 朔(ic0383)は近接組が近寄る前に、瞳術を恐れず早々に攻撃を開始している。 動きは見たが、矢を射た時の感触は直接自分でなさねば得る事は出来ない。 これを一刻も早く把握し、弓術師にとってすら命中が困難な姫に、確実な打撃を与える為に。 「そう、答えはここに生き残った君たちだ! ここに生きている全員の為に彼らもみなもここで戦ったのだ!」 水瀬・凛(ic0979)もまた朔同様恐れる気もなく矢を射続ける。 最初にこの城を訪れた頃は、ただ空を飛ぶ標的というだけで何度か外したりもしたものだが、今では大アヤカシを相手に、命中を期待されるポジションを任される程になっている。 もちろん凛も何としてでもこの役目を果たしきるつもりだ。 「私だって、伊達にここで皆と戦いつづけてきたわけじゃないのよ!」 「では! 彼らに報いるのはなんだ! それは勝利だ! 勝利の結果、これ以上ここで命を落とす事がもうないというきっちりとした証だ」 最初は久我・御言(ia8629)が、陣形を組み指揮を執る事を任される。 まずは堅牢な陣を敷き、皆が奇鬼樹姫の動きになれる事が先決。 御言は序盤の戦いを、前衛二人がジークリンデの治癒を受け続ける事で、無限に戦えるかもしれないと姫に錯覚させる事を第一としていた。 「この私、久我・御言は僭越ながら皆に命じ、そして願う。『決して死ぬな。全員生きて凱歌をあげよう』。以上だ!」 ジャリード(ib6682)は、ふと開戦前の御言の演説を思い出す。 ああいったストレートな士気高揚は自分にはまるで向いていないと思う。 同じ砂迅騎として、全く同じ思考に至る事もあれば、このように正反対なあり方もする。 そんな相手とずっと一緒にやって来れた事は、きっと色々と勉強になっているのだろうな、と何とはなしに思う。 ジャリードは御言の演説の言葉を反芻する。 『ああ、皆で生きて戻ろう』 「全軍……進撃せよ!! 我ら、今ここに無敵を表現する!」 姫の瞳術が炸裂する。 しかし第二陣の攻撃により片目を傷つけられていた姫の瞳術は範囲がより狭くなっている。 もっとも前衛はまず回避不可であるし中衛位置に居る者も難しいのだが。 ナツキは姫渾身の正拳と瞳術の二連撃に内臓に至るまでの深い傷を負う。 しかし、すぐさま飛んで来たジークリンデ治癒術により傷はみるみる癒されていく。 もう一人の前衛アルバにした所で状況は一緒で、腕が上がらぬ程の痛打をもらった肩も、ジークリンデの魔術一つであっさりと完治する。 姫曰く。 「……気持ち悪いぐらい治るのぅ」 だそうで。 もらってる二人にとっても驚きの回復なので同感な部分もあれど、もちろん口に出すような失礼な事はしない。 その永久機関っぷりに、姫は瞳術の多用へと方針を変更する。 しかしこれもまた主たる狙いである後方の者達へは効果が薄い。 ここまでは御言の狙い通りだ。 秋桜は早口に術を唱え、姫へこれで何度目になるかの火遁の術を向ける。 陽動の意味も含めて、秋桜は姫の反応を確かめることにした。 「随分と、大アヤカシらしからぬ戦い方をしますね」 「ん?」 先の戦闘を見て秋桜は、自らが予想していた事が事実であろうと確信した。 奇鬼樹姫は、元より強力無比なアヤカシであったわけではないと。 「下から見上げる戦い方ですよね、それ」 姫は気を悪くした風もなく答える。 「如何にも。わらわは他大アヤカシ達のような大雑把な戦い方は好かん」 姫が突き出した正拳。拳に瘴気をまとったこの一撃は、大気を伝って秋桜へと至る。 泰拳士の技は全て使うもの、と構えていた秋桜は、全身をよじり柳の木のように揺れかわす。 「護大のお味をお聞きしても?」 「この世のものとは思えん。口直しに人を百人は喰らいたい気分じゃったよ」 この会話が聞こえていたナツキとアルバは心中のみで呟く。 『不味いのか』 感じ方はきっとアヤカシそれぞれであろうて。 ともかく、ジークリンデの治療術により何とか前線を維持する事が出来ている開拓者達。 朔はこの間に少しでも多くの損害を与えるべく、常に姫の背後を取るよう心がけつつ矢を射続ける。 矢が手を離れ、標的を射抜く感触がある。 物理的にありえぬ言い草であるが、如何に敵に刺さったかを目にすれば、それが有効であったか否かをまるで触れたかのように感じ取る事が出来る。 朔が放つ岩をすら射抜く一矢。しかし、姫の体表に当れば刺さらずして弾かれる。 姫はこれを厭う様すら見られない。避けると決めた時は避けるが、当って微動だにせぬ時もある。 戦闘を始める前、秋桜は奇鬼樹姫の大アヤカシにしては奇妙なあり方を朔達に説明してくれた。 その言に従ってこれを見、朔の勘が判断するに、朔が放ち続けた矢は生きている。 姫の身中に、朔の矢は確実に傷を残しているのだ。 これを続ければ、と考えていた朔は舌打ちしながら前方へと駆け出す。秋桜とナツキが同時に吹っ飛ばされたのだ。 今前に居るのはアルバのみ。流石に、一人で姫を抑えるのが無理がある。 シャムシールを抜きかけた所で、その脇を風が一陣抜きぬける。 「任せろ」 「錐さん!?」 錐が前衛の援護に駆けて来たのだ。 アイアンウォールに叩き付けられていた秋桜を、ジャリードが助け起こす。 「まったく、あの方は……」 「錐を下がらせる。キツイだろうが前を頼む」 「了解です」 秋桜が駆け出すに合わせ、ジャリードもまた両手に二丁の銃を持ち、後衛位置から前へと踏み出す。 朔も任せろの言葉を無視して近接間合いへ飛び込む。色々言いたいアルバであったが、今この時ばかりは文句も言えない。 「あーもう仕方ねえ! 無理だけはすんなよ朔ちゃん!」 錐の三つ身分身からの逆袈裟は、既に数度錐との交戦経験のある姫に、完璧に読まれていた。 カウンターの上段回し蹴りをもらいかけた所で、ジャリードの銃弾が、何と振り上げた姫の足を撃ち抜く。当然弾は弾かれるが振りの速度は落ち、錐は何とかこれを回避。 更にジャリードの合図に合わせた秋桜の飛び込み袈裟は、姫をしてカウンターの余地の無い鋭い一撃、しかもこれはジャリードが間を図っての連撃であり、姫も回避しきる事は出来なかった。 アルバはこの姫に対して、剣ではなく体当たりを試みる。ともかく錐から距離を開けさせる事が肝要だ。 そして錐の側に辿り着いた朔は、恨みがましく言ってやる。 「貴方が死んだらダレが俺たちの給料払うんです? アルバと一緒に里訴えますよ」 「いや! しかしだな……」 そこに、銃撃をしながらジャリードも走りよって来る。 「おい錐。前にも言ったがお前は頭だ。頭突きするな。殴れ、蹴れ。俺たちが手足なんだから、そう命じろ」 錐という稀有なシノビの最大の弱点である、何でも自分でやろうとするという欠点を指摘され、ぐうの音も出ない錐。 少し離れた位置に居る秋桜からも注文が来る。 「せめてもシノビらしい活躍を期待します」 「えいくそ、引けばいいんだろ引けば。弾正様程とはいかんが、俺の影縛りも捨てたもんじゃないって所見せてやる」 凛は後衛に位置し、瞳術を避ける為の鉄壁も用意されている。 それでも鉄壁の強度も無限ではなく、遂に崩れ落ちる段になってもまだ姫は健在。 ここまでで凛は相当数の矢を姫へ命中させていた。 それも都度狙う部位を変え、少しでも弱い箇所を見つけられるようにしながら。 開戦からひたすら姫に集中しその挙動を見続けて来た。しかし、人の集中は、決して永久に続くものではない。 狙いは少しづつズレていき、苛立ちが生じ、更に狙いは的を外れる悪循環。 不意に、凛の目が中庭の建物の壁についた矢傷を見つける。 これは初めて城内での戦闘となった時、凛が的を外してつけた傷だ。 この時からそれほど経ってはいないが、この時の自分より、間違いなく今の自分の方が優れているとわかる。もっと遡り、城に来たばかりの頃の自分の技量は、本当に遠い昔のそれであるようだ。 直後、瞳術をまともにもらってしまう凛。 集中力が切れた状態での一発だ。致命傷に近いはずであるが、凛は睡蓮の城での出来事を思い出せば、何度だって立ち上がれると思えた。 「この、くらい……!」 そして何度だって矢を番え、これを放ってやれるんだと姫を睨みつける。 ジークリンデのララド=メ・デリタの術は、おおよそ防ぐという事がなしえぬシロモノだ。 有象無象の区別無く、当れば根こそぎ削り取る。そんな術であったのだが、姫にはこれが直撃しても表皮すら削れた様子は無い。 これが大アヤカシか、と一人納得するジークリンデ。 前衛の二人も治癒しきれぬ分が溜まって来ているようで、攻撃防御のバランスをどう取るか考えかける。 しかしジークリンデはこの思考を途中でやめる。放棄したのではない、ジャリードと御言に任せるのが最適であると考えただけだ。 すぐに今は指揮を担当している御言から、防戦主体でとの指示が来る。 指揮と支援は似ているようで違う。後衛職はこの双方を任される事が多いが、どちらかで済むのならその方が見せにくい所で優位に動けるのだ。 これによりジークリンデの判断速度は上がり、詠唱感覚は縮まる。類稀な天才の能力全てが、ただただ強き術の為だけに振るわれるのだ。 指揮が御言からジャリードへと切り替わる。これが、最後の攻勢だ。 ようやくジークリンデの強力無比な攻撃術が、と思いきや、ジークリンデは動きの鈍った姫の周囲に鉄の壁を改めて作り直し、その動きを阻害にかかる。 結局最後の最後まで、ジークリンデは心憎い程に沈着で、冷徹であった。 これほどの技量、魔力を有していながらそう出来る心のあり方こそが、彼女が数多持つ武器の中で最も優れたものなのであろう。 荷が重すぎた。 ナツキが姫と相対しこれを抑え続けるには、まだ力量が不足していた。 それをオーラの力で無理矢理引き上げ、ジークリンデの治癒術にて強引に維持し続けた。 そのツケがナツキの全身を蝕み始めている。 オーラの使用を前提とした立ち回りで全てを組み立てていた為、練力が切れるとナツキはただの一撃すら姫の攻撃を防ぐ事が出来なくなる。 何度も、もう倒れてもいいと思えるような一撃をもらった。 それでも膝が折れてくれなかった理由は、ナツキにも良くわからない。 もう姫の輪郭もぼやけており、何となくそれっぽいのが居る所に大剣を叩き付けている。外れたり、当ったりだ。 自らの全ては剣にあり、これを当てるかこれで受けるかしかナツキの世界はありえない。 色も、音も、痛覚すら失われ、何も感じず、ただ剣をふるうだけの何者かに変貌したナツキ。 そこまでに至れる程剣を振るわなければならない理由も、今は何だったのか思い出せない。 白い輝きがナツキを包み込む中、ナツキは頭上高くに大剣を振り上げた。 そして、気がついたら大剣の先が地面に刺さっていた。 眼前には満身創痍の奇鬼樹姫の顔がある。 この間合いだと、きっとどうしようもない一撃をもらう。そんな距離でありながら姫はぴくりとも動かない。 姫の後ろから声がした。 「ナツキ、意識はあるか? ああ、今ジークリンデに確認した所だ。奇鬼樹姫は倒したぞ」 ジャリードの銃が姫を撃ちぬいていた。ジャリード指揮の下一気呵成の集中攻撃であったが、これが尽きれば後は無かったのだ。 きっちり倒しきれて一番安堵したのはジャリードであろう。 ふと、先ほどみた姫の顔を思い出す。 満足気、なんてものではない。悔しくて口はへの字に曲がっていて、そんな顔をしていた。 その強さに惹かれた事もあったアヤカシだったが、身近な親しみを感じたのは、この時が最初で最後であった。 回収した護大の欠片はその日の内に高速船で送り出す。 そこまですると、錐は忙しなく事後処理を続ける藪紫に問う。 「聞かせろよ。今回の侵攻作戦、本当にお前が全て考えたのか? 犬神、いや北條の企みではないのか?」 「魔の森に乗り込んで大アヤカシを倒し、アヤカシの領土を奪還する、なんて言って金を出す人が居るもんですか」 それを、本当にやり遂げてしまう奴の方がよほど珍しいだろうに、と錐は苦笑する。 「おい、ここにはお前しか居ないから正直に言ってやる。俺は、今後絶対に、お前と事を構える事はしない。絶対に勝てないからな」 |