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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 睡蓮の城の全員が、その報せを当初信じる事が出来ず、全員が順番にソレを確認しに城の外へと出張っていった。 笑うしかない。 睡蓮の城と同規模の城が、ずりずりとその全身を引きずり移動しながら、睡蓮の城を目指しているという寝ぼけた報せが入ったのだ。 このたわけた妄想じみた話を、当然信じる者なぞ誰もいなかったのだが、主要メンバーはこれを知らせに来た飛空船に乗って確認に向かい、見て絶句した。 この城、城壁はない。 超巨大な天守閣のようなものがその全てであり、建物の外壁が城壁に相当するのであろう。実際銃眼やらはこの外壁に取り付けてある。 何をどうやってこれほどの巨大建造物が動いているのかまるでわからないが、ともかく、動いているのだ。対処はせねばならない。 錐は城へと戻る間に平静を取り戻したのか、幾つかの点を皆の前で挙げる。 「まず、進軍速度が以前来た龍よりも遅い事から、あの時以上に轟咆哮が効果的だろう」 主砲轟咆哮専属の砲兵達はあれから訓練を重ね、あの時の倍近い速度で発射が可能になっている。 また龍の時と同じように、あれだけの質量に突っ込まれたら城が保たない為、あれを迎撃するのなら城に至る前で、という事になる。 幸い岩団扇城の連中も今回の作戦には参加してくれるようなので、戦力は結構なものが用意出来そうだ。 すぐに報告が入る。 岩団扇城の船、ジャマダハルと犬神先行部隊がアヤカシ城に攻撃を仕掛けたらしい。 それによれば城にはかなりの数の機動兵力がおり、これらは必要に応じて城から飛び出してくるようになっている。 城の左右にこうしたアヤカシ乗降用の城門のような扉があり、出撃したアヤカシを回収する時は、城の侵攻を制止させる模様。 いずれ、城を攻めるにせよこれらの機動兵力を削らなければ近寄る事すら出来まい。 錐が藪紫に援軍のアテを問うと、ものすごくあっさりありますと答えてきた。 「とはいえ、時間はかかります。岩団扇の城からの兵力とここの兵でしばらくは持ち堪える必要があるでしょう」 「しばらく? それはアレが睡蓮の城に突っ込む前にどうにかなるのか?」 「今の速度なら間に合う計算です。ただ、何せアヤカシの森を突っ切ってくるのですから、一日二日はずれこむ事を計算に入れておいた方がいいでしょう」 そんな話をした翌日の事。 迎撃の準備にてんやわんやの睡蓮の城で、物見がそれを発見するなりすっとんきょうな声を上げた。 「おい! 人間の軍だぞ! くそっ! まーたシノビかぁ!?」 報せを受けた藪紫は、気を利かした誰かが手早く手配してくれたのだろうと、嬉々として出迎えに向かうが、彼等の姿を見て、もっと言えば、彼らが掲げる旗を見て、もうこの戦始まって以来何度目になるか覚えていない予想外すぎる展開に硬直してしまった。 朧谷の重鎮の一人五社谷忠治は、六鬼衆の紅鬼の報告を受けると、不機嫌そうに眉根を寄せる。 紅鬼は言葉を尽くして錐を弁護し、彼の正当性を主張するが、五社谷はやはり無言のまま。 不機嫌そうな様子は一切なくならぬまま、五社谷は紅鬼を下がらせた。 尚も色々と言いたそうな彼を部屋から追い出した五社谷は、そこでようやく、我慢し続けていた笑みを見せる。 「そうか、大河内を斬ったか錐よ。遂に、やったか」 すぐに直属の部下を呼びつける。五社谷は彼の前では喜色を隠そうともしなかった。 「おい、今すぐ兵の百も見繕って錐の所に送ってやれ。城までの指揮は紅鬼達にやらせ、そのまま錐の指揮下に入るよう伝えろ。六鬼は構わんから奴にくれてやれ」 側近は驚いた顔で五社谷に問い返す。 「錐に、というと睡蓮の城へですか? しかし、錐への援軍なぞ良い顔をせぬ者も多いでしょうに」 「ははは、そんなもの俺が黙らせてやる。いいか良く聞けよ、錐が大河内を斬ったのだ。これを聞けば私に賛同する者も出よう」 驚きに目を見張る側近。錐は自らの高い武力を、味方に用いる事はこれまで決してなかった。 「朧谷の中忍たる者、味方の一人や二人斬れんようでは話にならん。ようやく錐めも根性が据わったと見える。いいぞ、遂に、錐が使える男になってくれおったわ。しかも敵に回ったはずの六鬼まで手なづけおった、いやはや、若い者は成長する時は一気に来るのう」 これは、それが朧谷の為になるかどうか、といった絶対の基準を錐が身に付け始めたという事。そうでもなくば、中忍を斬るなぞとてもではないが出来まい。 もちろん五社谷は、錐が大河内を私怨で斬ったなぞと欠片も思っていない。錐は決して、朧谷の益にならぬ真似はしないと信じている。 錐は下忍としては最高、中忍としては落第、それがこれまでの五社谷の評価であった。 五社谷は兵の手配を側近に任せ、自分は屋敷を出る。 「五社谷様、どちらにおいでですか?」 「決まっている、里長にこの話を聞かせてやらねば。はははは、里長も喜ぶぞ。次の世代を任せられる者がようやく出て来てくれたのだからな」 紅鬼が錐に伝えた五社谷の言葉は、睡蓮の城ではお前が朧谷だ、であった。 翻せば、錐の言動全てを、朧谷のそれとして扱ってやると言ってくれたのだ。 急な待遇の変化に戸惑う錐であったが、紅鬼とは別に五社谷の側近の一人がこれに従軍しており、大河内を斬った事で五社谷は今後錐の将器を認め、その後援を行うと説明すると錐も納得した。 ここで歓喜に震えるのではなく、どちらかといえば面倒が増えたと戸惑うのが錐という男だ。 その辺りがこれまで錐の里での評価が低かった一因でもあるのだが、今この時の増援という点だけならば諸手を挙げての大歓迎だ。 彼等朧谷の兵を前に、錐は宣言する。 「良く来てくれた、歓迎する。だが、今後は犬神との共同作戦も含め、全て俺の指示に従ってもらう。各隊の隊長はすぐに私の所へ、今後の予定を説明する」 犬神との共同作戦、という所で幾人かが堪えきれぬ動揺を見せたが、概ね彼等は諾々とこれに従った。 岩団扇の城からの犬神軍が到着すると、睡蓮の朧谷軍、そして傭兵軍、と三つに分けられ、それぞれ風魔弾正、錐、正邦が指揮官となり、藪紫が後方にて全てを仕切る形でまとまった。 犬神軍、とは言うものの岩団扇のそれはほとんどが傭兵であり、本来の犬神の里の軍は援軍として後から参加する予定だ。 一本角のアヤカシ牙は、姫が笑いながら援軍を出してくれた事を、心から恥じていた。 しかし、朋友の蒼も滅も、最早後が無く出る事は出来ない。牙が単身でやるしかないのだ。 絶海が見繕ってくれた強力なアヤカシを引き連れ、牙は三度、開拓者の前に姿を現す。 |
■参加者一覧
秋桜(ia2482)
17歳・女・シ
久我・御言(ia8629)
24歳・男・砂
ジークリンデ(ib0258)
20歳・女・魔
ジャリード(ib6682)
20歳・男・砂
アルバ・D・ポートマン(ic0381)
24歳・男・サ
土岐津 朔(ic0383)
25歳・男・弓
水瀬・凛(ic0979)
19歳・女・弓
ナツキ(ic0988)
17歳・男・騎 |
■リプレイ本文 ジークリンデ(ib0258)は、霧島法師のまるで迷う気配のない術選択に、感嘆の吐息を漏らす。 開拓者達の装備と初動を見て、一目でこちらの役職を見抜いたらしく、後衛と前衛との間を遮るように陰陽壁を作り上げてきたのだ。 これは前衛と後衛を分断するのみならず、後衛の視界を塞ぎ術の使用を制限させる働きもある。 水瀬・凛(ic0979)はこの壁を右から回り込みに走り出したので、ジークリンデは逆側からこれを抜ける。 ジークリンデの視界が霧島法師を再度捉えた瞬間、足元がふらつき、よろめき、大地の形がお椀のように曲がって見えた。 ほんの一瞬の出来事であったが、一瞬とはいえ、ジークリンデの抵抗を抜き睡眠の術を通しかけたのだ。 何とか転倒を免れると、霧島法師の顔が驚愕に歪むのが見えた。ついでにアルバ・D・ポートマン(ic0381)が霧島法師に近接を果たすのも。 アルバの接敵寸前、凛が放った矢が霧島法師へと突き刺さる。 一本目の命中矢に法師が凛に目を向けた瞬間、二本目が刺さる。法師の目は三本目の矢を既に捉えている。更に次の矢を番え終えた凛の姿も。 法師は他の射手の存在を探す。矢にしては連射速度が速すぎる。 もちろん射手は凛一人。 その技は、弓という武具の造りを超えた挙動を弓に強いる。 番えた矢を引き、これを射放つ。そこまではいい。 この後凛は残心からではない意図で射た後の姿勢をそのまま維持しつつ、勝手を体の脇まで寄せる。すると、跳ねた弦がこの手にするりと吸い寄せられる。 こんな現象、通常は絶対にと断言出来る程にありえぬ事だ。それを、為してしまうのが技なのであろう。 凛は指の間に挟んでいたもう一本の矢を淀みなくこれに添え、僅かな力で弓を引き絞り即座に放つ。すぐまた同じように跳ねた弦を手にすると、更にもう一本の矢を番え放った。 法師は全ての矢を浴びながら微動だにせぬままであったが、この妙技に警戒心を刺激されたのか、凛を潰すべく術を放つ。 これを見たジークリンデの背筋に寒いものが走った。 系統は違えど、その威力の程は良く知っている、あれは、間違いなく凶悪無比な攻撃術、黄泉より這い出る者。 法師の魔力の高さはジークリンデがその身で体験している。即座に、ジークリンデは唱えかけていた攻撃術を治癒術へと切り替えた。 それでもあの魔力では、そんな思いが脳裏をよぎるが、凛とて開拓者、一撃は堪えてくれると信じる。 法師が凛に向けて掲げた腕。それが、大きく上へと弾かれる。 「おいおい、随分とまあ余裕見せてくれるよなぁ」 アルバの剣がこれを跳ね上げたのだ。 法師はアルバを一瞥すると、唱えていた術の矛先をこちらへと切り替えた。 突如、心臓が破裂したかのような激痛が起こり、喉奥からせり上がって来たものを吐き出すアルバ。 「い……」 アルバは前のめりに倒れかけながら、片腕を伸ばし、法師の首を引っつかむ。 「……ってえなこの野郎!」 そのまま思い切り法師の体を引き寄せつつ、膝蹴りを腹部に叩き込んだ後、法師を自らの後方へと突き飛ばす。 つまりアルバは法師の背後を取る形だ。視界が通っていなければ術は使えないという、術者の特徴を抜け目無く利用したのだ。 法師は当然振り返りにかかるが、この動きを読んでいたアルバは更に法師の背後を取るよう移動する。 この辺りは強力なアヤカシとはいえ術専攻のアヤカシと近接職との場数の違いが出ていよう。 とはいえいつまでも単身でこうしていられるはずもない。 なので凛は二人が接近し戦闘を繰り広げる最中にありながら、容赦なく矢を射掛けにかかる。当てぬ自信があるせいか、凛に誤射を恐れる様子は見られない。 もっとも命中率を下げる事になる先の連射を使わないところを見るに、誤射の可能性はそれなりには残っているようであるが。 ジークリンデもまた速攻で勝負を付けるべく、最強術を惜しげもなく披露する。 彼女の放つ灰色の球体は、両腕を上げてこれを防ぎにかかる法師に命中。その表皮を抉り取った。 しかしジークリンデは、ほんの僅かにだが、眉間に皺を寄せる。 この球体に触れただけで、大抵の者は消滅するようなシロモノなのだ。 アルバは、法師の洒落にならない攻撃能力に対し、不注意ともとれる一心不乱の攻撃姿勢を取る。 彼は気付いていたのだ。 法師の弱点が、その稀有な攻撃能力と比して貧弱な耐久力にある事を。 これは実際に刃を通し返ってくる感触が頼りなので、凛にもジークリンデにも察しえぬ事実であったが、アルバが拙速ともとれる攻勢を維持する事で、二人にもその意図が伝わる。 二人の援護を受けたアルバは、会心の片手逆袈裟を振り上げると、半ば以上斬り落とされた法師に向かい言った。 「攻撃は最大の防御って言葉、アヤカシじゃ知らねェか」 土岐津 朔(ic0383)は上空へ向けて矢を放つ。 直後、残心もへったくれもない形で木の裏に飛び込むと、着弾音が三つ響き、内の一つは朔が隠れた木に命中する。 朔は、何とか術を回避出来た事に安堵するも、絶対命中で無い以上、その分威力は高いのだろうなとか他人事のように推理する。 すぐに背後から異音が。 その正体を察すると、すぐさま立っていた位置から走り離れる朔。音は、術に抉られ自重に耐えられなくなった木が音高くへし折れる音であった。 「…………」 推理の正しさが証明されても嬉しくも何ともないのである。 朔はその後も丁寧に遮蔽取りと走りながらの攻撃を繰り返す。幸い、隠れる木々には事欠かない魔の森の中だ。 天狗の榛名は機動力こそあれど基本は空の上、遮蔽も無い以上、速度についていけさえすれば朔にとっては当てるのはさほど難しくは無い。 我慢比べのつもりで朔はひたすら地道な攻撃を続けていたが、どうやら存外に榛名はこれを嫌がっていたようで。 高度を落とし地上に降り立つと、近接地上戦へと切り替えて来た。 しかしそれも、朔への不意打ちとはならなかった。 「さぁ来いよ、一発勝負だ……!」 地表を滑るように飛ぶ榛名。その速度は流石であったが、木々で入り組んだこの場所では、進行ルートも攻撃の仕方すら、簡単に読みきる事が出来よう。 榛名の棍が唸り、朔のシャムシールが走る。 朔は振り返りながら膝を付く。 「っ……蠅を落とすのも最近じゃ一苦労だな。」 その姿勢から射た矢は、狙い過たず榛名の後頭部を射抜いてみせたのだった。 ヘヴィアームズの名に恥じぬ重量を持つ大剣は、突っ込んで来た比叡を迎え撃つに充分なものであった。 ナツキ(ic0988)は人のような外見とは裏腹に、獣の如く突っ込んで来る比叡に対し、自らの大剣ヘヴィアームズを叩き付ける事でこれを受け止める。 叩き付けたのだが、むしろこれは攻撃目的ではなく、比叡の攻撃に力負けしない為のもの。 どうやらナツキの膂力とこの武器で、比叡の攻撃に押し負ける事はなさそうだ。だが、ナツキは集中力をもう一つ上のギアへと切り替える。 凄まじい身のこなしで比叡は連撃を放って来たのだ。 流石にアヤカシ、身体能力は常軌を逸しており、まるで複数の敵に囲まれ袋叩きにされているようだ。 それでも、剣の術理で何とか堪え続けると、比叡はより強く、より速くと攻撃が変化する。 これをナツキは待っていた。 これまでひたすら温存してきたオーラをフルに漲らせ、比叡の突きと交錯するようにナツキも突きを繰り出す。 オーラの威力を知らぬ比叡は、突き対突きの競り合いに負け棍をそらされ、逆にナツキの突きは比叡の腹部を刺し貫く。 更にナツキは止まらず。 いきなりの反撃に比叡が反応しきれぬ内に、突き立てた大剣をそのまま真上へと斬り上げる。 後退しながら損傷を軽減にかかる比叡。しかし存分にオーラを乗せた攻撃は、比叡の動きに深刻な影響を与える。 すなわち、これでほぼナツキの勝利は確定したのであった。 ジャリード(ib6682)は、短銃という得物が騎馬に相性が悪いと思い知らされる。 特にコンゴウ級のアヤカシ操る馬は、もう弾の一発や二発や十発ぐらいではまるで止まってくれそうもない。 しかもジャリードは馬上のコンゴウが振るう槍を、防ぐ手段が一切無いのだ。 せめて森の中で動きが鈍るぐらいの可愛げがあればいいのだが、もうお前馬じゃなくて猿だろっていうぐらいひょいひょいと木々を交わし森の中を突っ走ってくる。 コイツきっと本体は馬だ、と勝手に認定しつつ、ジャリードは森の中を走り、銃撃を重ねていく。 背中に槍をつきたてられる事二回、馬に跳ねられる事三回、かわしたつもりが後ろ足に引っかかって吹っ飛ばされる事一回。 色々と泣きたくなるような被害を乗り越え、どうにかコンゴウの馬を退治したジャリードであったが、馬より飛び降りたコンゴウは、馬上でもなくば扱えぬやたら長い槍を放り投げ、腰に指した剣を抜き、この先端をジャリードに突きつける。 ジャリードは、コンゴウが駆け寄って来ても引き金を引かない。 両腕で銃を保持し、目線の高さにこれを構えてぴくりとも動かず。 発砲は、その剣が頭上に閃いた時であった。 至近距離からの銃弾の威力にコンゴウの剣は止まり、それだけにとどまらず、大きく後ろへ飛ばされてしまう。 仰向けに転倒したコンゴウの腹を踏みつけ立ち上がれぬようにしながら、下方へと向けて銃を構える。この構えは先の構えと、上半身はまるっきり一緒の物である。 妙に乾いた銃音は、トドメの瞬間は特に良く聞こえるのは何故だろう、そんな取りとめの無い事をジャリードは考えていた。 秋桜(ia2482)の姿を認めた牙は、見るからに嬉しそうな顔になる。 「……いい加減にしてもらえませんか」 「してやるさ。貴様等が死んだらな」 両者の体が跳ねる。 秋桜は大地を駆け、牙は木々の間を跳躍する。 三次元的な動きで常に優先攻撃権を確保し、執拗に攻撃をし続ける牙と、地上での機動性を確保し、万全の回避体制を常に崩さない秋桜。 両者共に手の内はわかっており、その戦いは拮抗し容易に崩れないように見えた。 久我・御言(ia8629)が、動かなければ。 この様子を確認した御言は、まずジークリンデに術を一撃頼む。 これを受けジークリンデが術を放つと、大地を割って吹き上がる溶岩が木々をへし折りこれらに延焼する。 更に、手にした魔槍砲を打ち込んでやると折れた木々が粉々に消し飛び、ある程度開けた空間が作り上げられた。 御言はこの上で周辺の雑兵を片付けておいてやると、では、とその時を待つ。 秋桜と牙との戦いは均衡が取れたままあちらこちらと移動し続けるが、御言が更地に変えてしまった場所にたどり着くと、ここで地形による優劣が分かれた。 障害物無く走り回れる有利な地形と受け取れる秋桜と、足場が絶望的に少ない為立体的な機動が出来なくなる不利な地形と取る牙と。 咄嗟にこの場所への侵入を回避にかかる牙であったが、その隙を突かれ秋桜に一撃をもらい、この地に叩き込まれてしまう。 見ればこの広場のような場所に紛れ込んだアヤカシが数体居るではないか。 牙は彼等を盾代わりに広場をするすると抜けていくが、このアヤカシを利するのは牙のみではなかった。 三体目のアヤカシを蹴りどかすと、そのアヤカシはその場に倒れこんでしまう。 何だ、足が無い、元から、手負い。そこまで続いて単語が出た所で、牙はその可能性に思い至ったが最早手遅れである。 崩れ落ちるアヤカシの影から、秋桜が滑るように這い出て来たのだから。 牙のその命とも言える足に、秋桜の刃が深々と突き刺さる。 そこまでやっても、秋桜は勝利を確信した訳ではなく、まだここから逆転の目が山程ある事を良く理解していた。 現にこの一撃を加えた秋桜は直後、反撃の一撃を牙よりもらってしまっている。 色んな意味でしぶといアヤカシなのだ。 そしてそれは、御言も充分良く知っていた。 「つまり、きっちりトドメを刺さないといけないって事さ」 秋桜の攻撃で動きの鈍った牙に、ここぞと御言が攻撃を重ねてきたのだ。 魔槍砲の先端に凄まじい輝きが集うのを見て、秋桜は即座に離脱。逃げ遅れた牙は、放たれた閃光にその身を包まれた。 倒れる牙を見下ろしながら秋桜は言った。 「これで終わってくれますか?」 「くくくくく、心配するな」 そこで一度切って、全身が消え去るタイミングに合わせ、最後の一言を呟く牙。 「次で最後だ」 秋桜と御言は顔を見合わせ、共に盛大な溜息をつくのであった。 未だ乱戦の気配は衰えを知らず。 しかし、戦力の質の差でこちらがかなり押し始めて来たのがわかる。 ジャリードは牙達も蹴散らした事であるし、一度錐の指示を仰ぐかと開拓者達を集めようとした時、それが起こった。 かなりの距離がある敵アヤカシ城から、味方ごと吹き飛ばす勢いで無数の砲撃が放たれたのだ。 咄嗟に身を伏せ難を逃れるジャリードが、噴煙も収まらぬ中聞こえたその声は、悲痛に満ちたものであった。 ナツキが駆け寄った時には、もう、手遅れだと傍目にわかる有様で、ザカーがその場に倒れていた。 あまりの事に言葉も無いナツキに、ザカーは言ってやった。 「今更そんな顔をするな。殺して殺して殺して殺して、最後は理不尽に殺されるのが傭兵だ」 我に返ったナツキがザカーに駆け寄る。 「今治療出来る人を!」 「無駄な事すんな。それよりあの馬鹿に伝えてくれ。お前は……ドジ踏むな、よって……」 また、爆発で転倒した凛はすぐ側から大声で喚く男の声を聞いた。 「クソッ! 目をやられた! 何処だザカー!」 ロッドの声だ。急ぎそちらに向かうと、そこには顔中血塗れのロッドが居た。 「わ、私だよ! 怪我したの!? 目!?」 「畜生! 何も見えねえ! お前リンか!? ザカーは!? 相棒は何処だ!」 凛は周囲を見渡し、そして、呆然とした表情のナツキと、明らかに致命傷を負ったザカーの姿を見つけた。 一瞬の躊躇の後、凛は優しく、静かな口調で言ってやる。 「大丈夫みたいだね、気を、失ってるだけかな」 「そうか、ならいい。おいリン、お前も怪我はねえか?」 「うん、大丈夫だよ」 「そうかい……そいつは、良かった。ザカーにも、お前はせいぜい、長生きしろよって……」 そこまででロッドの首がかくんと落ちる。 ようやくジークリンデが駆けつけて来ると、凛はすがるような目でこれを見る。 しかしジークリンデは静かに首を横に振るのみ。 あまりにも呆気なく、これまで生き残ってきた勇士の命は失われたのだった。 ザカーとロッドの遺体が運ばれていくのを見つめながら、アルバは小さい声で呟いた。 「なあ朔ちゃん」 「なんだよ」 「……死ぬなよ」 「…………お前もな」 |