兇刃、奔る
マスター名:風華弓弦
シナリオ形態: シリーズ
危険 :相棒
難易度: やや難
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/02/27 23:48



■オープニング本文

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●夜討ち
 心の内を映したように、空は暗く重い灰色の雲が覆っていた。
 空気は凍りそうに冷えて、じきに雪も降り出しそうな寒い冬の或る日。
「まだ息があるうちに駆けつけられたのは、僥倖……と、言うべきでしょうかね」
 宥めるような言葉を背黒(せぐろ)がかけるも、渋面のゼロはむっすりと口を「への字」に曲げていた。
「人が一人死んで『僥倖』とか、よく言う気になるな。てめぇ」
「そりゃあ、こちらは辻斬りを防いでくれとも、襲われる者を助けてくれとも頼まれてはいない次第です。動いた上で、こういう結果になって、そりゃあ腹の虫は収まらないでしょうけども」
 肩を竦めた背黒は、ちらと遠くに見える番屋を窺う。
 辻斬りにあった男の遺体は、ひとまず番屋へと運ばれた。死に際に駆けつけた開拓者も同心からの調べを受け、事の次第と『今際の際(いまわのきわ)の言葉』を伝えた末に開放された。その頃には、すっかり夜も白んでいたが。
「向こうも手がかりが欲しいんだ、致し方ねぇさ。てめぇはあの場にいなくて、運が良かったな」
「どうにも、番屋や同心様方は大の苦手で。調べに回っていたのが幸いしました」
 ほっと胸を撫で下ろす背黒は、はたから見ても分かる程に番屋や同心の類を避けていた。
「ま、苦手意識は誰にでもあらぁな。けど、そっちも目ぼしい成果はねぇんだよなぁ……」
「面目ない限りです」
 無造作に髪を掻きながら、へこりと背黒は首だけで頭を下げる。
「いや、謝らなくてもな。単に、巡り会わせが悪かっただけだろうよ。とりあえず、何かの手がかり足がかりを掴まないとな」
 肩を落としたゼロは、重く盛大な溜め息をつく。
 六人目の男もまた独り身ながら「女好きのする『いい男』」で、腰には「赤い刀身の刀」を帯びていた。
「あの刀傷だと、相手も相当に返り血を浴びているだろうが。どれだけ聞き回っても、そんな奴を見た話はついぞ出ねぇ」
「辻斬りが出た時刻は真夜中近くで、場所も場所。柳の下で辻君や蔭郎がゆらゆらしていても、誰も見て見ぬフリを決め込んで通り過ぎるモンです」
 花街にある遊郭とは違い、店を持たぬ私娼が客を引くような暗い川縁が、六人目の斬られた場所だった。金が足りずに『一夜の夢』を見るに見れぬ者が袖を引かれ、安く遊ぶ……思えば他の五人が辻斬りにあった場所も、そういった『袖引き』が居てもおかしくない界隈だったかもしれない。
「だとしたら、今際の際に残した言葉も分かるが。ただ、他の奴らの考えとかも聞いてみねぇとな。こっちの当て推量で動いて、面倒になったら……」
 ――よ、たか……の……、お……。
 濁った息の下で、死にかけた男が辛うじて口にした言葉を思い出す。番屋にいた岡っ引きに聞いたところ、男の遺体は既に調べが済んで葬儀も終わったという。
「六人、か。一体全体、何人斬れば気がすむんだろうな」
 ぽつとゼロのこぼした言葉に、今度は背黒が口をつぐんで眉根を寄せた。沈黙の末に、苦い表情でようやく低く唸る。
「斬りたくて、斬っている訳じゃあない。と、思うんですがね」
「ん?」
「単に斬るのが好きな性質なら、もっとこうズバーッと袈裟懸け(けさがけ)とか、気を晴らすような派手な斬り方があるんじゃないかと……いえ、素人考えですけども。ひとまず、俺はこれで」
 夜の賑わいに話を聞き集めるつもりか、それともねぐらへ帰るのか。再び背黒は頭をひょこひょこ下げ、足早に少ない人の流れに混ざって花街とは逆の道を辿って消えた。
「行きはよいよい、帰りは怖し……か」
 冷たい風にゼロは身を竦め、ふらりと枝垂れ柳の木の並ぶ川縁へ足を向ける。
 葉の落ちた柳は寒々しく、太い枝から無数に垂れ下がった細い枝が風に揺れる様は振り乱された女の髪を思わせた。
「まだ早い、か。にしても、日が長くなってきたな」
 白い息に混ぜて、呟く。
 陽が落ちれば見る間に川縁は暗くなり、対岸に位置する遊郭の明かりと賑わいが幻の如く浮かび上がってみえた。
 その時、ぢゃりっと土を強く踏む音が微かに聞こえ。
 考えるより先に、手が出る。
 ガツッ! と。
 振り向きざま、咄嗟に払った手甲で何かが弾かれた手ごたえがあった。
 だが、相手の刃は見えない。
 辺りは暗く、ゼロも明かりを持っていなかった。
(だが……それだけか?)
 即座に、二撃目を繰り出すつもりなのか。
 さながら喪服のような頭のてっぺんから爪先まで真っ黒い人陰が、暗がりにゆらと動く気配がした。


■参加者一覧
香椎 梓(ia0253
19歳・男・志
有栖川 那由多(ia0923
23歳・男・陰
静雪・奏(ia1042
20歳・男・泰
鬼灯 仄(ia1257
35歳・男・サ
以心 伝助(ia9077
22歳・男・シ
グリムバルド(ib0608
18歳・男・騎


■リプレイ本文

●襲撃
 一撃目を退けた僅かな間隙に、緊張の糸が張る。
「ゼロっ、やっぱりお前が狙われ……っ」
 符「幻影」を抜き放った有栖川 那由多(ia0923)は、それを打つ前に違和感を覚えた。
「待てよ、ゼロを狙ってきた。俺らが居るのに、か?」
 場所、時間、状況……これまで聞いていた話と手口が違う、と。
 嫌な胸騒ぎがして、何故か妙に口がカラカラに渇く。
「気をつけねえと、拙い。それに……もう、俺らに“二度目”はねぇ」
 刹那、張りつめた緊張が爆ぜた。
 地を蹴った襲撃者の刃は見えずとも発せられる殺気は掴み取れるようで、放たれた矢の如く真っ直ぐにゼロへ向かう。
 対するゼロは篭手で初撃を弾いたまま、刀を抜いていない。
「ゼロ!」
 静雪・奏(ia1042)が名を呼ぶと同時に、『瞬脚』で襲撃者の後ろを取ろうと動き。
 迷うより先に、那由多は『夜光虫』の式を放った。
 一瞬だけ宵闇を照らした光る蝶は、躊躇なく突き込む相手の勢いに脆く壊される。
 式に怯まず、周囲の者にも目もくれず。
 後退を考えぬ刃が、振るわれた。
「……ッ!」
 襲撃者はゼロへ体当たりをし、受け止めた長躯がぐらりと傾ぐ。
 否、奏の目には抱えるように黒い着物の背を掴んだゼロが、自ら後方へ体勢を崩したようにも見えた。
 どぶんっ!
 直後、もつれた二人は諸共に暗い川へ転がり落ち、重い水音と飛沫が上がる。
「落ちた? この寒空に、川へ!?」
 襲撃者の動向を窺い退路を断つべく、離れた位置にいた鬼灯 仄(ia1257)とグリムバルド(ib0608)が慌てて岸へ駆け寄った。
「ゼロさん!」
『早駆』で距離を詰めていた以心 伝助(ia9077)も、乱れた水面を覗き込む。
「伝助、ナンでここに……いや、それよりも。ようやく、おいでなすったと思ったら……」
 不意に現れた伝助へ問いかけた仄だが、水辺に残った血の匂いに眉根を寄せた。
「ゼロっ、ゼーーローーッ!」
 即座に次の『夜光虫』を飛ばした那由多は声を限りに呼ぶが、流れる水の奥は暗い。
 短い時間に起きた何もかもが、彼らの予想外だった。
「あー……何だったんだ、アレ。噂の辻斬り……じゃ、なさそうだし。一人で襲ってくるとは勇気あんなぁ。それとも、近くに仲間が居るんかね……」
 周囲を見回すグリムバルドに、呻きながら仄が首を横に振る。
「『心眼』で掴める限り、仲間か関係ありそうな気配はないな」
「あれ? じゃあ本当に、一人なのか。まぁ、何だか知らんけど、捕まえてみれば分かるよな。うん」
「ああ。釣れたのが本命か外道かはともかく、捕まえて情報を吐かせたいところだが……流されたか?」
 花街とこちら側を隔てる川は急ではないが、深さはあるらしい。水紋が消えても、誰も浮かんでこなかった。
「いいや。たぶん『本命』だと思うよ……あの、黒づくめ」
 様子を窺う仄の後ろで、彼の推測を奏が否定する。
「奏さん、怪我したんですか?」
「傷自体は浅いけど、血が止まらないんだ」
 気遣う那由多に答えた奏は左腕を押さえ、その下から滲む血にグリムバルドも息を呑んだ。
「その傷、は……」
 襲撃者が刃を振った際にかすめたのか。手をどければ、浅く斬られた傷口は六人目の腹にあった刀傷と同様に縁が黒く変色している。
「『解毒』するから、少し待て」
 神威の木刀を手に仄は意識を集中するが、傷の疼きや痛みは引かず。何度試みても――那由多が持ち合わせた止血剤を使っても、血が止まる様子はなかった。
「くそっ、無理か」
「仄さんのせいじゃないよ。どうやら、毒ではないようだね」
 効かぬ癒しの術に悔しげな仄へ奏は首を横に振り、顔をしかめる。
「だったら尚更、早くゼロを見つけないと!」
「うん、少し不味い事になりそうだ。川の流れに沿って探すか」
 焦りを覚える那由多の訴えにグリムバルドも頷き、彼らは手分けをして川岸の捜索を始めた。

●問答
「背黒さん。良ければ一緒に、飲みにでも行きませんか」
 同じ頃、ゼロと分かれた背黒を香椎 梓(ia0253)が呼び止めていた。
「や、俺は酒はあまり……」
「そう言わず。もし約束事などあれば、別ですが」
 悩む表情を返した背黒は不承不承に頷き、二人は手近な縄暖簾をくぐる。そこそこに賑わう店の隅で向かい合って腰を落ち着け、頼んだ料理と熱燗が届いてから梓は口を開いた。
「斬りたくて斬ってる訳じゃない……ですか。面白い事、おっしゃいますね」
 恐縮する背黒に酌をし、自分の銚子を手に取る背黒を身振りで止めて、自分の猪口にも酒を注ぐ。
「六人も……何のために、と背黒さんは思われます?」
 ちびりと酒を舐めた背黒は、正面に座る梓の問いに首を傾げた。
「その、あれは単なる素人考えで。思ったまんま、ですから」
「でも意外とそんな直感が、当たるかもしれません。六人目の死に際の言葉は、夜鷹の女……でしたか。腹を刺す、というのは、戦い慣れしていない者の殺し方でしょうかね?」
「さぁ。その辺りは経験を積んだ皆さんの方が、よくご存知と思うのですが。ともあれ、せっかくの酒と料理が不味くなりますから、この話は……」
「金払いの良かったいい男が何故、夜鷹など……と言っては失礼ですが、私娼を相手にするのか……顔見知りだったとか、でしょうか?」
 ただ淡々と問いを重ねる梓に背黒は戸惑い顔をし、小さく肩を竦める。
「辻君や蔭郎も生きるのに必死ですんで。多少は強引でも袖を引き、客を取ろうとするんじゃあないですかね」
「そうかもしれませんね。ところで花街での怨恨の線は、何か情報を得ました?」
「さぁ。どうも、女との付き合いは苦手で……旦那みたいなお人なら、上手く色々と話も出来るんでしょうけど」
 駆け引きなどもなく梓は聞きたい事を投げてはみるが、手応えは如何ともし難く。
「誰か、縁者や他の馴染み客などいたのでしょうか……」
 ぽつりと加えた疑問にも背黒は返さず、「申し訳ないですが、俺はそろそろ」と辞去の言葉を口にした。
「そうだ。シノビは女性に変装したりとか、できます?」
「そんなの、シノビでなくても変装は出来るかと。ただ、見た目の保障はないですけどね。でもきっと旦那なら、そりゃあ別嬪さんに化けるんでしょうよ」
 そして背黒は二人分の勘定を払い、出しなに梓へひょこと頭を下げてから夜の喧騒に消える。
「それも、そうでしたか」
 背を見送った梓はごく真っ当な返答に小さく納得し、酒を口へ運んだ。

●遊郭
「旦那、以心の旦那!」
 抑えているが差し迫った低い声が、花街の側の岸を急ぐ伝助の足を止めた。
 聞き覚えのある声に見回せば、毒盛り騒ぎのあった遊郭の男衆が一人、物陰から手招きをする。
「何か、ありやしたか?」
 急く心を堪えて聞けば、青ざめた相手は夜闇に視線を走らせてから口を開いた。
「うちの若い衆がさっき、偶然に川で拾いモノをしたんです。ですから、お早く!」
 ただならぬ気配に察した伝助は、店へ案内する男の後に続く。
「ゼロさん!」
 裏口より店に入ると、厨房の土間にずぶ濡れのゼロがいた。見世に出る前の遊女らが柱の陰から窺う中、店の者は汚れた着物を脱がし、ゼロの腹を真っ赤な手拭いで押さえている。
「どうにも血が止まらず、いま来れる医者を探してます」
「助かりやす。あっしは連れの者を……すぐ、戻りやすからっ」
 短く言い残し、慌てて伝助は店を飛び出した。

 程なく、伝助から場所を聞いた者が血相を変えて店に駆けつけた。
「医者はまだ?」
「それが……」
 訊ねたグリムバルドに店の男が首を横に振り、悔しげな那由多は拳をぐっと握りしめる。
「しっかりしろよ、ゼロ……!」
 うわ言かと僅かに動く唇に気付いて耳を寄せれば、微かな声が苦しげに告げた。
「……火、くれ……」
「火?」
「傷、焼か……ねぇ、と……」
 まだ火が点いた松明を持つ那由多の腕を掴んだ力は、存外に強く。
「傷を、焼く……ってのか?」
 切れ切れの言葉を理解した那由多は、やや言葉を失いながら周囲の心配顔を見回した。
「ゼロにも何か考えがあるんだろうね。これが毒じゃないなら……例え無茶でも、血がなくなる前に蝕まれた部分を焼くか削ぐのが早いのかも」
 疼く自身の傷を奏が押さえ、言わんとする事を察する。
「うちは構いません。なぁに、叫び声や嬌声なんぞ……廓じゃあ絶えないモンです」
「助かる。暴れるのを押さえてくれるか、グリムバルド」
「俺で手伝えるなら」
 店の主が同意すれば仄が腕をまくり、緊張した表情のグリムバルドも首肯した。
「ゼロを看てやってくれ」
「……お願いします」
 松明を仄へ渡した那由多は土間に膝を着き、少しでも楽になるよう冷たく濡れたゼロの頭を膝に乗せて支える。
「じゃあ、やるぜ」
 宣言した仄は深呼吸をし、腹の黒い刀傷へ松明の火を押し付けた。
「ガっ、あぁ……ッ!!」
「耐えてくれ。少しの間だからっ」
 途端、痛みに跳ねた身体をグリムバルドが押さえた。だが筋肉が張り詰めた腕や足はもがき、押さえ切らぬ力で暴れる。苦痛を押し留める気力も残っていないのか、厨房で響く絶叫に見かねた遊女達が目をそらし、耳を押さえて柱の陰から離れていった。
「舌、噛むぞ!」
「くそっ」
 苦痛に喘ぎ、痙攣する様子に猿ぐつわをする暇も惜しみ、咄嗟に那由多が自分の腕を噛ませた。
「お前の痛みに比べたら、これくらい……!」
 骨まで肉を噛み千切られそうな激痛を、ぐっと歯を食い縛って那由多は堪え。
 険しい表情で仄が傷の具合をみて、松明を離す。
「これで、たぶん大丈夫だと思うが……」
 額に脂汗を滲ませたゼロは力尽きたようにぐったりとしていたが、再び唇を動かした。
「みた……か?」
「見た? 何をだ、ゼロ?」
 耳を近づける那由多に、荒い息の下から途切れ途切れの声が続く。
「あ……かい……いちめ、がさ……の、おんな、を……」
「赤い、市女笠の女?」
 繰り返した那由多は顔を上げて仲間を見るが、誰もが首を横に振った。念のために助けた遊郭の男衆に確認しても、誰もゼロの傍でそんな女は見ていないという。
「お前、何を見たんだよ?」
「……あきら、めて……ねぇのか……あい、つ、ら……」
「お医者が来たっす!」
 そこへ医者を探しに出ていた伝助が、風呂敷包みを抱える老人を連れて戻った。
 ざっと怪我人の具合を調べた老医者は、傷を焼いた甲斐もあって血も止まったせいか、命に別状はなさそうな事。一方で冷たい川に浸かっていた上に失血も多かった為に酷く体力を消耗し、数日は安静にした方が良い事などを一同に告げる。
「後は、奏の傷か。それも、焼くか削ぐかしないと駄目っぽいなぁ」
「そうだね。気は進まないけど」
 何度目かの包帯を替えるグリムバルドに、血が減っているせいか軽い虚脱感を覚えながら奏は頷いた。

●長い夜と依頼の終わり
「一応、本当に念の為に聞きやすけど。ゼロさんは花街関係で、『椿』って言葉に覚えありやせん?」
 主の好意で借りた遊郭の一室に落ち着いたところで、床のゼロへ伝助が訊ねた。
「……」
「知りやせんか」
 返事はないが頭を振る仕草に伝助は唸って頭を掻き、那由多も首を傾げる。
「何ですか、『椿』って?」
「あ、いや……まだゼロさんにしか話してない事なので、少し考えさせてもらえやすか」
「わかりました」
 どうやら独自に同じ辻斬りを追っている伝助だが、彼は情報屋の顔も持つ。何かしら事情があるのだろうと、それ以上は那由多も深く問わなかった。
「しかし。意外と背景が複雑そうっすね、この辻斬り」
「あんま野暮な事、聞きたかねぇけど。お前最近、俺らと依頼の件以外で花街に来たか?」
 むっすりと那由多が聞けば、不機嫌そうにゼロは喉の奥で唸る。
「どうやら、遊んではなかったみたいだよ」
 くすと笑う奏の左腕は白い包帯が巻かれ、治療もあって新たに血が滲む様子はない。
「だけど、せっかくの機会を逃がしてしまうなんてね」
「いえ。奏さんの傷のお陰で、あの襲撃者が辻斬りらしいってわかりましたから。俺の『呪縛符』が、ちゃんと効いていれば……」
「それなら、あっしの『影縛り』も破られたっす。相手には、それだけ切羽詰った覚悟があったって事でやしょう。あっしが見た感じ、おそらく女だと思いやす」
 悔しげな那由多に伝助も重い息を吐き、腰を上げる。
「花街の夜は短いっす。調べ物をしたいんで、あっしも行きやすね」
 場所が花街ならちょうどいいと、既に仄やグリムバルドも聞き込みの為に夜へ繰り出していた。
「調べたい事があるなら、行くといいよ。ゼロはボクが見ているから」
「お願いします」
 親友を置いていくのは心苦しいが那由多は奏の心遣いに頭を下げ、遊郭を後にする。

 夜鷹の女――六人目の被害者の言葉から、それが辻斬りの『手口』だと彼らは見当をつけた。
 確かに五人の男が襲われた場所は夜鷹がいても不自然ではなく、花街に出入りする男が足を止めても不思議ではなかった。また番屋の同心らによれば、辻斬りにあった者の刀傷はほとんどが腹だという。
「つまり……辻斬りは夜鷹に扮し、人目のつかぬ場所で斬る相手の袖を引き。男が油断したところでブッスリ、という訳かな」
「そうなる。後は、刀が赤いのをどうやって知ったか、だな」
 グリムバルドがまとめ、残る謎に仄は首を捻った。
「夜鷹のお姉さん方に、話を聞いてみる……とか? ゼロの事があったから、辻斬りも今日はもう動かないかもだけど。ゼロは覚えてないけど、どこかで川を上がったんだろうし」
「それはいいが、話を聞く前に喰われちまわないようにな。ああいう手合いは、なかなかに手練が多いぞ」
「う……俺も、得意じゃねぇんだよな。それに梓の方でも収穫があったか、聞かないと」
 からかう仄に、那由多だけでなくグリムバルドも言葉に詰まる。
 襲撃者の行方探しを兼ねて川縁を聞きまわるうち、慌ただしい一夜は終わろうとしていた。

「依頼の終了……ですか? 途中経過の報告をしようと思ったのですが」
 翌日に開拓者ギルドを訪れた梓は、受付係の知らせに耳を疑った。
「はい。『開拓者達の働きで「辻斬り探し」は十分な結果を得た故、これにて依頼は終了』と、早朝に文がありました。字や署名から依頼人本人と判断しまして」
「ギルドの判断なら、そう……なのでしょうね」
 異論はあれど反論は出来ず、仕方なく梓は頷き返す。
『依頼完了』の知らせはその日のうちに依頼を受けた者全員へ伝えられ、ギルドからは申し分のない額の報酬が渡された。

「依頼を辿り、やっと見つけ出したと思ったら、気のいい旦那に何故あんな真似を。あの旦那は……化け物だってのに」
 今にも崩れそうなあばら家で、苦い表情の背黒がぽつりと呟く。
 その彼の胸には、光を吸い込むような真っ黒い刀身の懐刀が突きつけられていた。
「ならばお前は、せいぜい化け物からこの女を守ってやる事よ」
 懐刀を握る黒い着物の相手には、一切の表情が窺えず。
 見知った女の口から、知らぬ女の声が彼に命じた。