残香、匂ふ
マスター名:風華弓弦
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/02/06 19:07



■オープニング本文

●独り心中
 物の少ない小さな部屋で、行灯の火が音もなく揺れる。
 吹けば消えそうな細い火の元、静かに懐刀を鞘より抜いた。
 ゆらゆらと揺れる明かりを吸い込むような、黒い刀身をしばし見つめる。
 長らく自分の元へ通い、「いつか廓を出たらば、添い遂げよう」と秘密の約束まで交わした相手がいた。
 だがある日を境に、慕っていた男はふっつりと花街へ現れなくなった。
 何らかの理由があるのか、もしや相手の身に何かあったのか。
 交わした約束を破る相手ではないと自分に言い聞かせ、男が訪れる日を待ち続け。
 ……そして、一年と幾らかの時が過ぎた。
 待って、待ち続けて……待ち厭(あ)いた頃。
 他の女達がささやきかわす、風の噂を耳にした。
 恋しい男は町娘を娶って身を固め、それ故に花街へ来なくなったという。
 我が耳を疑ったが、相手からの文すらも途絶えて久しく。それを確かめる術はない。
「袖にするならば、せめて別れの言葉くらい下さってもよう御座いましたでしょうに……憎しい貴方」
 僅かな願いも空しく、この世にはもはや何の未練はない。
 虚ろな表情で、遊女――小椿は懐刀を白く細い首筋へ当てた。

 紅葉舞い散る、秋のある日。
 神楽の都にある花街の、数ある二流の遊郭の一つで、一人の遊女が自刃して果てた。
 遊女の小指には赤い糸が結われていたが、長い糸の先はどこにも結ばれていなかったという。

「椿……何故、自ら命を絶った。もう少し待ってくれていれば、私が……」
 身寄りのない遊女の亡骸を引き取って弔う、いわゆる投込寺。
 無縁仏となった遊女が迷わぬようにと立てられた地蔵の前で、一人の女志士が項垂れていた。
「貴女様は、小椿さんの縁者でいらっしゃいますか」
 声をかけられて顔を上げれば、少し離れた位置に市女笠の女が佇んでいる。
 円錐形の編み笠につけられた赤い薄布のせいで、女の顔はよく分からない。
「白拍子か……廓の者か?」
 問いをかければ薄布は揺らぎ、市女笠が前後に動いたように思えた。
「少し、悩みを聞いたくらいですが。なんでも身受け後の将来まで約束した旦那が、ここしばらく通ってこられないと……酷く塞がれていたので」
「旦那……男の、客か」
「はい。花街の遊女の間では容姿と気風の良さが評判だった、若い殿方で……名前までは存じておりませぬが、腰に帯びた赤い刀で知られておりました」
「赤い……」
「それから。もし縁者の方が現れたなら……渡して欲しいと、小椿さんに頼まれました」
 薄布の下から伸びた細い手が、一振りの懐刀を差し出す。
 受け取った彼女が僅かに鞘から抜けば、弱々しい陽光を吸い込むような黒い刀身が覗いた。

●辻斬り探し
 浮かれた新年の空気も、ようやく落ち着いた神楽の都の大通り。
 商いに精を出す顔馴染みらに軽く挨拶をしながら、ゼロはぶらぶらと開拓者ギルドへ足を向けていた。
「旦那、ゼロの旦那」
 不意に小さく呼ぶ声を聞きとめて見やれば、路地からひょいひょいと小柄な中年男が手招きをする。
「そっちから呼ぶなんざ、困り事でもあったか?」
「いやね。新年早々ですが、ちぃと物騒な話を聞いたんで。旦那のお耳にも入れた方がと、思った次第でして」
 それなりに長い付き合いとなる仲介屋の男は、相変わらず愛想のいい風な体裁でひょこりと頭を下げた。
「物騒な……依頼、か?」
「依頼なら、開拓者ギルドにもう届いてますや。ここ最近、花街に近い界隈で辻斬りが出てるって話は、ご存知で?」
「小耳には挟んだ。花街じゃあ珍しくもないが、花街の外までとは穏やかじゃあねぇな」
 そも、花街は特殊な場所だ。華やかな顔の裏側で、泥臭い騒ぎにも事欠かない。遊女に絡んだ色恋がもつれて刃傷沙汰になる事もあれば、金も払えぬまま遊んだ酔客を男衆が袋にする事もある。
 そんな花街から程近い界隈で、辻斬りが出ているという。被害にあったのは五人ほどで、どれも死んだか瀕死。そのため下手人の話は聞けず、付近で怪しい者を見たという話もないという。
「恋慕に狂ったか、袖にされた腹いせ……といった、花街絡みの恨み辛みでしょうかねぇ。斬られた相手がいずれも、女に好かれる『いい男』なんでさぁ。ただ、いずれも腰に刀を……それも赤い刀身をした、こしらえのいい刀を差していたそうで」
「なら、刀を狙っての辻斬り……か? 刀持ちを狙うなんざ、相当な腕だろうが」
「それが、刀自体は盗られてはないらしく。五人のうち三人は、身を固めて間もないとかで……それを妬んだんじゃないかって噂も、あるんですがね」
 仲介屋が皆まで言わずとも、何かを察したゼロは口を『への字』に結んでいた。
「その辻斬りに関する依頼、既にギルドに出てるんだよな」
 中年男が頷くのを見たゼロは幾らかの小銭を渡し、路地から人の多い通りへ戻る。
 それから微妙にむっすりとした顔で、再び開拓者ギルドへ歩き出した。

 神楽の都にある開拓者ギルドには、今日も今日とて天儀やあちこちよりちょっとした悩み事から厄介困難なものまで、様々な依頼が持ち込まれる。
 賑やかなギルドにゼロは足を踏み入れると、真っ直ぐに受付係へ向かった。
「あれ、ゼロさん。何かありましたか?」
「ちぃと、依頼を探しててな。最近、花街の周辺で辻斬りが出るって奴だ」
「ああ、それなら……」
 ぴらりと、一枚の依頼書を受付係が示す。
 依頼人は信乃という人物で、例の辻斬りを探してほしいという。
「被害者の身内か、その辺か?」
「さぁ……依頼人自身の詳しい話は、伺ってないですからね。被害者の友人か知り合いかもしれませんね」
「ふぅん……?」
 何らかの事情で依頼人側が自身の仔細を明かさないのは、珍しい事でもない。匿名や名を伏せたままであっても、依頼が正当ならギルドはそれを受ける。
「依頼、受けます?」
「ああ……」
「その依頼、俺も受けたいんですけど。いいです?」
 受付係に応じかけたゼロの横から、ひょっこりと一人の男が口を挟んだ。
「そりゃあ、別に構わないが」
「よかったです。あ、俺は背黒とでも。腹黒じゃない、背黒です」
 愛想のいい男は聞かれもしないのに自ら名乗り、ひょこひょこと頭を下げる。
「なにせ、駆け出しなモンで。邪魔にならないよう、皆さんのお後を付いていく事になるでしょうが」
「ま、広い神楽から手がかりや下手人を探すには、人手もいるからな。俺は細かい事が苦手なモンだから、その辺りは他の連中に任せちまうぜ」
「いやぁ、俺も刃傷沙汰はからっきしでして。人を探すなら、手伝えるかなぁといった次第です」
「そうか。ま、よろしく頼むぜ」
 二十代後半くらいの男は駆け出しだというが、身のこなしからは歳相応に何らかの修練を積んだように思えた。ただ開拓者も様々な素性を持つ者がなるもので、別段おかしいところもなく。
「人探しってのは、苦手なんだがなぁ……」
 気になって依頼を受けたものの、面倒そうな予感にゼロは小さくぼやいた。


■参加者一覧
香椎 梓(ia0253
19歳・男・志
有栖川 那由多(ia0923
23歳・男・陰
静雪・奏(ia1042
20歳・男・泰
鬼灯 仄(ia1257
35歳・男・サ
以心 伝助(ia9077
22歳・男・シ
グリムバルド(ib0608
18歳・男・騎


■リプレイ本文

●茶屋の作戦会議
「何だか、厄介そうな依頼だね」
 集った顔ぶれを前に、静雪・奏(ia1042)が苦笑と共に印象を口にした。
「場所は花街に近い界隈で、狙われたのは女好きのされる『いい男』。やっぱ、色恋絡みか何かってトコか。しかし、なぁ」
 言葉を切った鬼灯 仄(ia1257)は、喧嘩煙管を片手にからりと笑う。
「男女のいざこざは女に恨まれたとこで男が悪い。が、それ自体に口出しするのは野暮ってモンだろう」
「野暮かもしれないけど、依頼だからね。一応は」
 花街通いで浮き名を流す『長屋のご近所さん』に、少しばかり困った表情の奏は軽く首を横に振る。
「確かに、ちょっと気になる依頼ですね。いい男が狙われた、というなら、まだわかりますけど……赤い刀も共通しているとなると……」
 口元へ手をやって思案にふけるのは、香椎 梓(ia0253)。脇からそっと置かれた温かい茶に目礼し、冷えた指で湯呑みを取った。
「特定の誰かを狙っての凶行。そして目的の人物の特徴のみしか知らず、犯行を重ねている……とか?」
「辻斬り、辻斬りねぇ……」
 口の中で言葉を繰っていたグリムバルド(ib0608)だが、ふぅっと太い息を吐いて髪を掻く。
「何の理由があってやってるのか知らないが、巻き込まれた人はいい迷惑だ。さっさと見つけて、止めさせねえとな……」
「しかし、依頼は『辻斬り探し』。見つけはしても、止めたり捕まえたりは……どうでしょう」
 気にかかるのか、梓は茶に浮かぶ茶柱を見つめて呟いた。残念ながら茶柱は立っておらず、倒れたまま湯面にぷかりと浮かんでいる。
「まぁ、腹が減っちゃあ戦も出来ねぇ。あ、汁粉もらっていいか」
 ひょいと手を挙げ、茶屋の娘へゼロが頼んだ。
 依頼を受けた者同士、顔合わせを兼ねて茶屋に立ち寄った一同は、如何に辻斬りに当たるか相談していた。甘味を注文するゼロと愛想よく応じる看板娘を、何故かどこかむっすりと不機嫌顔で有栖川 那由多(ia0923)がじっと見る。
「……てめぇも、頼むか?」
「なんでだよっ」
 視線に気付いてゼロが聞けば、ぷっと那由多は頬を膨らませた。
「いや、喰いたくて睨んでるのかと」
 どこかのん気な親友のズレた受け答えに、膨れた彼は口をへの字に曲げる。
「ちくしょう、なんでお前の刀赤いんだよっ!」
「待て。ナンだ、その言いがかりはっ」
 てしてしと容赦なく背を叩かれたゼロが、訳も分からず訴えた。
「……人気者は大変だなぁ」
 しげしげとグリムバルドはやり取りを眺め、「へ?」とゼロが目を点にする。
「何故にそこで、人気者とかいう話になる」
「狙われてるのは、赤い刀にいい男、だろ。多分ゼロさんじゃないだろうけど、これでもかというくらい条件にピッタリはまってんな……って」
「そうなのですか」
 物問いたげな梓もまた、微妙に疑わしげな視線を向けた。
「それほど面識は無いので、事情は分からないのですが……もしや?」
「ありえる話だ。つっても、ここにも赤い刀を差した、女を泣かす男がもう一人いるけどな」
「本当に。仄さんだったら、こんな心配しなくていいんですけど」
「……さらっと、実も蓋もない事を」
 面白そうに奏が忍び笑い、「あっ」という顔をした那由多はバツが悪そうに頭を下げる。
「気を悪くしたらすみません、仄さん。こいつが悪いんです」
「はっは、気にするな。俺とゼロじゃあ、明らかにゼロの方が狙われそうだからな」
 憎々しげにしながらも仄は大笑してゼロの背をばんばん叩き、叩かれた側はげふんとむせた。
「いやはや、斬りつけられそうな……もとい、腕の立ちそうなお侍が二人もいるとは。頼もしいもんです」
 話の流れを見ていた背黒が、へこりと笑う。
「囮にはもってこい……と。ああ、そうだ。泰拳師、静雪・奏。よろしくね、背黒さん」
 改まって自己紹介をする奏に、ひょいと背黒は首だけ上下して挨拶をした。
「それで……悪ぃんだけど、囮……頼める、か?」
 さっきまでの勢いはどこへやら、妙に消沈した那由多がぽつとゼロへ切り出す。
「そりゃあ、勿論だぜ」
「ばっ……即答すんな、少しは悩めよ! いいか? 無茶すんな、怪我すんな、どっか消えんな、以上!」
 ひとしきり言い含めた末に、那由多はぷぃとソッポを向き。
「……別に、お前がどこ行ったって見つけ出してやるけど」
 むすりと付け加えた言葉に、けらけらとゼロが笑った。
「そりゃあ、有難ぇ。頼りにしてんぜ」
 ぽんと叩き返された那由多の背には、半年ほど前に受けた刀傷の痕がある。傷を負わせたゼロは事ある毎に具合を聞き、最近になってやっと口にしなくなった。
「じゃあ、囮は俺とゼロでいいな。ゼロの護衛は那由多がつくだろうし……」
「俺もゼロさんの側へ回ろうと思う。そっちの方が、出易そうだしな」
 話をまとめる仄へグリムバルドが付け加え、「それならば」と梓が口を開く。
「私は仄さんの支援を。辻斬りの出易さについては、本人でないが故に何とも言えませんし……綺麗所でないのは、我慢していただけると」
「確かに、別嬪さんが一緒なら良かったが。この顔ぶれだと、贅沢な話だからな」
 居並ぶ『むさ苦しい顔ぶれ』を仰々しく仄は見回し、からりと笑い飛ばした。
「もし襲撃か何かあったら、呼子笛を吹きますので。よろしくお願いします」
 ひょこと那由多が頭を下げ、申し合わせに他の者達も首肯する。
「奏はどうする?」
「辻斬りにあった人を調べに専念するよ。どこで誰に何を訊ねるかは、考えてないけど」
 確かめるゼロに奏も返答すると、四角く控える背黒を見やった。
「出来れば、背黒さんとご一緒願えたら。どういう調べ物をするのか、参考にさせてもらいたいしね」
「滅相もない。俺こそ今後の為に、手練れな皆さんの後をついていこうかってな感じでして」
 恐縮した風な背黒は自分より年少の奏に対しても、落ち着きのない鶏の如く何度も首を前後させる。
「後の事は、夜になってからだな。それまではまぁ、適当に噂でも集めるか」
 寒がりなゼロは温かい汁粉で人心地ついたか、勘定を置くと腰を上げた。

●泡沫の夢
「それにしても、この被害者さん達。どこかの誰かに特徴が似てやすが」
 昼見世は夜ほど賑わいもなく、廓(くるわ)の遊女達もどこか緩慢と時を過ごす。
 見慣れた花街の光景をぶらりと歩きながら、以心 伝助(ia9077)はいつぞやの『毒盛り騒動』があった妓楼へ足を運んでいた。
 花街の周辺に出る辻斬りの噂が伝助の耳に入ってきたのは、つい最近の事。斬られた者達の風体にまず訝しんだが、思い当たった友人は身を固めた後、すっかり花街通いを止めた筈だった。
「痴情のもつれからの怨み……だと、あっしは思うっすが」
「そんなもの、ここじゃあ石を投げれば当たるような話さ。ねぇ」
 格子越しの向こう側で、どこか投げやりに答えた遊女達はころころと笑い合う。冗談めかした風にも思えるが、笑みの影に複雑な思いが見え隠れしていた。
「でも辻斬りは、去年の暮れ辺りから出てるんでやすよね。何か、喧嘩事があったとか……姐さん方の耳には入ってないっす?」
「ああ、それなら。惚れた男に捨てられたとかで、どこぞの娘が死んじまったっけ。あれは、いつの話だったか」
「確か、紅葉も散る頃だったような。あたいの客がやけに話していた覚えがあるよ。秋なのに、椿の花がぽとりと落ちたとか何とか」
「それで、あの世で一緒になろうって口説かれでもしたの?」
「馬鹿だねぇ。男の方にそんなつもりは、微塵もないものだってのに」
 さんざめく笑い声に混ざった男には耳の痛い話を、適当に相槌を打って伝助は聞き流す。花街での色恋は「本気になった方が負け」という節もあり、遊女達自身が何よりそれをよく知っていた。
「そういえば、斬られた方には何か覚えはありやすか」
「五人、だっけ? 全部の名前を知っている訳じゃあないけど、何人かの顔は知ってるかもねぇ。それなりに金払いがよくて『いい男』なら、掴まえておきたいもんだから」
「どうだい。折角だから、兄さんも一夜の夢を見ていかない?」
「いえ、遠慮しときやす」
 暇に飽かした遊女達の本気か冗談か分からぬ誘いを、伝助は内心の冷や汗を隠しながら丁重に断った。
「遊んでいくといえば。久し振りに顔を見せてくれたのに、ゼロの旦那もつれないもんさねぇ。旦那も知り合いなら、少しは遊んでいくよう言ってやっておくれ」
「ゼロさんが……? でも、さすがにそれは勘弁して欲しいっす」
 窮した風な伝助の返答に満足したのか、からかう遊女達はまた鈴の音のようにころころ笑った。

 いくらか話を聞いて歩けば、悪目立ちする相手はすぐに見つかった。見つけてすぐに袖を掴み、適当な路地へ引っ張り込む。
「もう少し調べてから、警告しに行こうと思ってやしたが……なんでもう自分から首突っ込んでるんすか、貴方は」
「あぁっ!?」
 力なく伝助がツッコミを入れると、状況が分かっていないのかゼロがいくらか狼狽した。
「花街界隈に出る辻斬りを探して欲しいってな、ギルドの依頼を受けただけだぜ。言っとくが、昼見世に出入りしてんじゃあねぇからなっ」
「だから、よりにもよって何でそんな依頼を……」
「仕方ねぇだろ。気になったんだからよ。ま、那由多や仄や、他にも頼りになりそうな連中も一緒だから心配する程のモンでもねぇぜ」
「て事は、心当たりとか……」
「ねぇからな!」
 全力で全否定する相手に、呆れながらも伝助は小さく笑む。
「何か情報があれば、そちらに流しやす。ああ、お代は事件解決したら酒でも奢ってくださいやし」
「そりゃあ、助かる。こっちでも何か分かったら、知らせるからよ。けど……」
「……けど?」
「ナンか、やるせねぇ感じの話しだよなぁ」
 花街の風景を眺め、どこか寂しげなゼロの様子に伝助も「そうっすね」と短く同意した。

「この依頼ですが。辻斬りを捕まえて、ではなく、見つけるだけでよいのでしょうか。ご自身で倒すおつもりなのでしょうかね……強そうでした?」
 開拓者ギルドへ足を運んだ梓は、受付係に依頼人の事を確かめていた。
「ここに出入りしている人と比べれば、何とも言えませんが。何か、依頼に不審なところでもありました?」
「少し、気になったものですから。普通なら、仇を討って欲しいとか……あるじゃないですか」
 逆に受付係から訊ねられ、言外に含みながら梓は苦笑を浮かべる。
「こちらも特に必要がなければ、依頼人の素性を改める訳でもないですし」
 それでも「信乃」と名乗った依頼人について、幾らかを聞く事は出来た。性別は女で、年の頃は二十代半ばといったところらしい。
「後は……梓さんに、少し雰囲気が似ていたかもしれませんね。どこがと言われると、困りますけど」
「……そうですか。ありがとうございます」
 困惑しながらも梓は礼を告げて、ギルドを後にした。
「後は被害者について、ですか。仄さんも当たっている筈ですが」
 誰に何を聞き、どこから何を調べたものかと考えながら、梓は辻斬りがあったという場所へ足を向ける。

「何だかんだで、考える事は皆同じだね」
 辻斬りが起きた花街に近い番屋で、現れた梓に、軽く奏が会釈をした。斬られた者を調べる者達が、自然と顔を合わせるのは当然か。
「斬られた者のうち、生き残ったのは志体持ち二人だけ。襲われた時刻は夜、花街の賑わいが、少し引けた頃と前後しますか。場所はいずれも、人目につきにくい場所……見た者がいない事を考えれば、当然かもしれませんが」
 聞き込んだ事をまとめるのは、グリムバルド。奏と同道する背黒は特に口を挟むでもなく、話に耳を傾けている。
「ともあれ、そろそろ日も暮れます。そろそろ、囮の護衛に行った方がいいですね」
 ひと通りを確認した梓とグリムバルドは奏らと別れ、夕暮れの街を急いだ。

●夜の陰
「話を聞く限りじゃ、花街の女がらみで怨恨か。天気に拘らずとは熱心な事だよな」
 ぶらりぶらりと歩きながら、仄は梓へ冗談めかした。
「刀を扱う連中に聞いたところ、刀を調べにきた者ってのはなかったそうだ。一体全体、刀身が紅いってのはどうやって突き止めたのやら」
「離れていますが、気をつけて。赤い刀を持ったいい男が五人も、暗い夜道を一人で歩いていた、というのも出来過ぎな感がするのです。下手人は、狙った相手をつけて機会を窺っていたのか。もしくは、対象者を呼び出して襲った、という可能性もあるかもしれません」
「もしそうなら、囮は無駄足になるな。それを絞る為にもよーく周りを見ていてくれ。こっちがやる事は、いつもと変わらんが」
 ひらと仄が手を振り、朱天をいつもより目立つように下げて、ぶらぶらと花街へ歩き始めた。

「皆刀で惨殺、だろ? 怖ぇ怖ぇ」
 ぞくりと身を震わせる仕草をした那由多が、ゼロを見やった。
「そんなの、俺じゃ近づけねえから……相手の得物さえ落とせりゃ、勝機は見えるか?」
「ん。まぁ、そこは何とかしてみるぜ」
「無茶だけはするなよ?」
 からりと笑ってみせる相手に、やはりどこか不安を覚える。
 確かに、ゼロは腕が立つ。囮役にしても、ゼロ以上の適任はいないとも思っている。それでも……。
(もう、コイツが襤褸切れみたいになるのは見たくない)
 そんな複雑な心境が、那由多の胸にはあった。
「相手が逃げそうなら、止めますから。いざとなれば、盾になりますし」
「よろしくお願いします。俺は……」
 非力だから、という言葉を飲み込んで、魔槍「ゲイ・ボー」を携えたグリムバルドに那由多も頷く。
 少なくとも、二人ならば心強い。挟み撃ちにも出来る。
 注意を払いながら、そっと二人は顔見知りをいなしながらゼロの様子を離れて見守った。

 時期に精霊門も開くかという、夜も更け切った頃。
 夜闇に、「うわあぁッ!!」と叫びが一つあがった。
「……まさか?」
『超越聴覚』にて夜の騒々しさに耳を澄ませていた伝助は一抹の不安を覚え、すぐさま『早駆』で声の方向へ直走る。
 声のあった場所は川のほとりに柳が立ち並ぶ暗い場所で、そこに見知った顔が幾つもあった……ゼロや仄、そして二人の囮を影から守っていた者達も。
 その無事な様子に安堵しながら、血溜まりとそこに倒れた男に気がついた。
「俺が駆けつけた時には、既に人陰はなかった……遅れて着いた那由多が、『人魂』で探しもしたが」
 苦々しげに仄が説明をすれば、那由多も口を結んで首肯する。
「おい、しっかりしろ!」
 呼びかけるゼロの声にも、顔面蒼白で倒れた男は口を金魚のようにパクパクさせる。
 歳はゼロよりも僅かに上か、背黒より少し下か。
 急ぎ駆けつけた者達の気配に気付いてか、早々に辻斬りは逃げ、襲われた者は辛うじて息が残っていたが。
「よ、たか……の……、お……」
 それなりに身なりの良い男はそう言い残し、腹から血を流しながら、血泡を吹いて事切れる。
 その刀傷は黒く変色し、身を焼いて蝕んだようにも思えた。