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■オープニング本文 前回のリプレイを見る ●乱麻の如く 五月の、ある雨の日。 山上は沢下組との喧嘩に端を発した騒動の顛末と、市井を騒がせた責を取るとの一筆を残し、三人の友の後を追うように自ら腹を切った。 当主、天見基時を支持する者達数名は調べと処罰の為、当主代行の天見元重へ沢下と波村両名の引き渡しを願う。だが元重は「国を支える者を、無為に失う事は出来ない」として退け、逆に二人を自身の膝元である安康寺へかくまった。 煮え切らぬ基時派は当主への陳情を考えるも、長患いで伏せっていた基時は静養中で、執政が取れる程に回復しておらず。妹の津々と相談した末、使者を立てる事とした。 津々も自ら使者に同行し、元重や家臣達の説得を行おうとするが、元重派は説得に応じず。 天見屋敷へ戻ってきたのは、使者の首のみであった。 基時派は元重派の『返事』を「蛮行」を糾弾し、元重には「謀反の疑い有り」と声を上げる。 だが自身の意思を明かさぬまま、元重は安康寺へ立て篭もり。元重を支持する者達も朱藩より届いたばかりの銃で武装し、安康寺の守りを固めた。 窮した基時派は風信機を用い、開拓者ギルドへ連絡。以前に山下らへ協力したという噂の『炯眼を持つ者』へ、津々の保護と『首謀者』の捕縛を頼む依頼を出した。 それを聞きつけた元重派も、阻止を願うべくギルドへ依頼する。彼らの意を汲んでくれるであろう、『武勇を知る者』に向けて。 ‥‥そう呼ばれる事となった者達の、真意も胸中も関係なく。 ●初夏の嵐に 「また、面倒な事にしやがって‥‥」 仲介屋から数多ヶ原の動向を聞いたゼロは、低く唸った。 「よくある派閥の小競り合いが、悪い方向に転がったってトコでさぁな」 「とはいえ、こっちは手が出せねぇからな」 「依頼は受けないんだ」 脇からの声に、じろりとゼロは人妖を睨む。 「そっちも、相変わらずですかい」 「まぁな‥‥ともあれ、だ。どうするか、俺も考えねぇとな」 「何をどうされるかは、旦那が決める事ですけどね。ただ上客がいなくなるのは辛いところなんで、その辺りはよろしくお願いしまさぁ」 「全く、てめぇも正直だぜ」 腰は低いが油断ならない中年男に、けらけらとゼロは笑った。 仲介屋と別れ、ぶらりと神楽の街を歩く。 ギルドに出されたという依頼は気になるが、いつになくゼロの足どりは重い。 「全く、面倒くせぇ事にしやがって‥‥」 手の届かぬ諍いに、出るのはただ溜め息ばかりで。 「見てるだけ?」 感情の混じらない声へ、恨めしそうなゼロがちらと視線を投げた。 「どうしろっつーんだよ」 「どうしたいかは、自分が一番知ってると思うけど?」 一瞬ぐっと言葉に詰まり、歩きながらもぼしぼしと髪を掻き、唸った末にがくりと頭を垂れる。 「一番手っ取り早いのは‥‥元重の首根っこを引っつかむ事、か。もし本当に、あいつに叛意があるなら‥‥」 「ふぅん。『ない』とは言わない、か」 「あいつ自身になくても‥‥そうしたい者が、近くにいるからな」 「それなら尚更、指を咥えて見てるだけでいいの?」 ぎょっとした様にゼロは足を止め、人妖を振り返った。 「野良よぅ。てめぇは相変わらず、言いたい事を言いやがるな」 だが、面白そうに見る人妖は臆する気配もなく。睨み合っても詮無い事だとゼロは嘆息し、ギルドへ歩き始める。 その開拓者ギルドには、件の依頼が並んでいた。 『数多ヶ原は安康寺に立て篭もり、無為に国を騒がせる者達がいる。 所業を憂いた当主の妹、天見津々様が使者と説得に赴くも、使者を斬り、津々様の身の自由を奪った模様。 寺を守るのは、サムライを中心に四十人ほど。大半が志体のない者達である。 何よりも津々様の御無事を第一とし、安康寺よりお助け願いたい。また出来るならば、国を騒がせた者をかくまい、使者を殺めた者を引渡し願いたい。 なお安康寺には、天見家の先代当主が遺された御子息や御息女が住む。くれぐれも、御子息や御息女に害が及ばぬよう注意を願う』 『数多ヶ原にて、この地を治める天見家と縁のある安康寺を襲撃しようという話がある。 かねてより当主の威を借りて市井を騒がせ、刃傷騒ぎに及ぶ者達。この度も当主代行の采配に納得がいかぬと、刀に物を言わせる始末である。 その数は二十人前後。みな志体のない者達ばかりだが、それ故に人を雇って寺を襲うなどする懸念もある。 安康寺は、今も先代当主の奥方や御子達が住まわれる場所。襲撃から寺を守り、狼藉者を退けてほしい』 ●人知らず 「三枝。津々の姿を見ないが、何か聞いているかい?」 常より人気の減った天見屋敷の奥座敷から、天見基時が力なく尋ねた。 しばらく続いた高熱がようやく下がったものの、病疲れのせいか。大事を取って床についている当主の声色からは、覇気が感じられない。 「津々様は元重様と、領内を見て回られています。この季節、薬ともなる草木も芽生えますので」 「そうか。もう、そんな時分なのだな」 障子の向こう側の、どこか寂しげな呟きが途絶え、代わりに再び乾いた咳が続く。 「お屋形様、お休みになって下さい。ご無理をなさっては、また風邪がぶり返します」 「ああ、そうだね。復調したら、やらねばならない事が沢山‥‥あるのだから。だが元重や津々が戻ってきたら、知らせておくれ」 「かしこまりました」 重く遠くを思うような基時の声に、手をついた三枝伊之助は廊下へ頭をこすり付けんばかりに身を伏せた。 「どういうつもりですか、兄様。屋敷へ戻して下さい!」 安康寺の本坊。その一番奥にある座敷牢から噛み付く妹へ、元重は首を横に振る。 「今は無理だし、理由を分かれとも言わん。ただ今の数多ヶ原の根は決して磐石ではない。日々の暮らしの中、口先の諍いだけでも容易く割れてしまうようでは‥‥アヤカシには勝てぬ。今一度、自らの足の下を踏み固めねば‥‥」 「だからって、斬り合いをしてる場合じゃ」 「相も変わらず、しょうがない子ですね」 「母上」 呆れ返った声に元重が振り返れば、千代が侮蔑の目で津々を見下ろしていた。その傍へ近付いた鷹取が口元を手で隠しながら、二言三言ばかり千代へ耳打ちをする。 「大人しくしているのが、身の為だ」 言い置いた元重がふすまを閉め、座敷牢は薄闇に包まれた。 ※参考資料/数多ヶ原の要所 ・数多ヶ原(あまたがはら) 天見一族が治める武天の地。北と西には豊かな山野が連なり、森には鹿や猪などの獣が住む。 東と南は平野で、稲作や畑作が盛ん。山脈の一部に、僅かだが『魔の森』が存在する。 神楽からは徒歩で四日、馬を使っても二日程度の距離がある。 ・城町 数多ヶ原の中心地である街。西側に当主の基時や元重らが住む『天見屋敷』、東側に天見家の菩提寺『安康寺』がある。安康寺では、千代が成人していない子供達と隠棲している。 ・声無滝 西側の山地、天見家直系の者だけが出入りできる山にある大滝。 少し離れた場所に、小さな庵がある。 |
■参加者一覧
鬼灯 仄(ia1257)
35歳・男・サ
七神蒼牙(ia1430)
28歳・男・サ
嵩山 薫(ia1747)
33歳・女・泰
景倉 恭冶(ia6030)
20歳・男・サ
シア(ib1085)
17歳・女・ジ
ヴァスクリセーニエ(ib6623)
19歳・男・ジ |
■リプレイ本文 ●両派譲らず 基時派は、天見屋敷に近い者の住まいを拠点に集っていた。 縁側や庭で戦う準備をするサムライ達は、武事よりも文事に慣れたといった風だ。 そこへ訪れた嵩山 薫(ia1747)と景倉 恭冶(ia6030)が『助力』を申し出れば、諸手を挙げて喜んだのは言うまでもない。 「貴殿らに来ていただけるとは、正に百人力。山上らの無念を晴らす為にも、なにとぞ力をお貸し下され」 二人を迎えた中年のサムライは、深々と頭を下げた。 「人言を信となし、止戈を武となす――名高き武家に連なる人間であれば、それくらいはお解りでしょう。戦いを止め得る事こそが真の武、力に力で対抗していれば、いずれもどちらの派閥も諸共滅び去るわよ?」 相手を見据えて薫が諭し、静かに男は姿勢を正す。 「さすが、広く見識のあるお方は違う。仰る通りでございますが」 言葉を切ると、沈痛な面持ちで眉根を寄せた。 「山上らの無念。そしてアヤカシに備えた銃にて武装する、公私混同。穏便にと赴いた津々姫様を捕らえ、使いの者は斬り捨てる非道‥‥如何に、元重様が庇い立てされても」 「止める気はないのね」 「元重派の討伐とかやなく、津々や天見の子供達の保護を目的として、依頼を受けさして貰ってもいいかな。しかし、元重はなんで津々を閉じ込めちまってんだ?」 恭冶の疑問に、男は「さて」と首を振った。 「迂闊にこちらが動けぬと思ったか。あるいは常々お屋形様の御身を気遣い、薬湯などをご用意されていた津々姫様がいなければ‥‥」 それ以上の推測を、男は言外に濁す。 「じゃあ最低限、津々と子供や千代は無傷で済ませたいって感じやね」 「左様。今宵、仕掛けます故に、なにとぞ」 手をついて再び深々と頭を下げる男に、恭冶は薫と顔を見合わせた。 「出来れば開拓者で片をつけるか、少なくとも開拓者が先頭に立つ様に誘導して、更に大事にならん様にする必要があるやね。それか、表面上ばれない程度に相手して津々を怪我なく保護する様、打ち合わせるか」 考え込む恭冶は嘆息し、薫が苦笑する。 「私は、恭冶さんに合わせるわよ。津々さんを助けに行くなら、尚更」 「それは有難いやね‥‥出来れば元重派に行く方と、事前に合わせられたら良かったんやけど」 ここへ来る前に、仲間と顔は合わせた。合わせたが、裏で辻褄を合わせる話には到らず。かといって、一方的に策を押し付けも出来ない。 思うばかりでままならず、恭冶は頭を抱えるが。 「率先して扇動してるのは、おらんみたいやな」 「そうね。だけど『広き炯眼』とは、随分と買い被られたもの。話し合いよりも殴り合いが性に合う、私も所詮は武辺者よ」 夜は迫るが良策も浮かばぬまま、薫は肩にかかる赤い髪を払った。 ○ 「二十人相手に大立ち回りってのも、面白れえかもな。相手も正当を叫ぶなら、裏からこそこそ来るまい」 安康寺の正門内側では、鬼灯 仄(ia1257)が煙管を咥えていた。 門は閉じ、土塀の傍には鉄砲隊が備えている。出来るなら外で待ちたかったが、そこまで信用されていないらしい。 「上手く納まりゃいいんだが、動き出した群衆ってのはなかなか止まらんもんだからなあ」 ぼやきながら、ぷかりと仄は紫煙を吐く。 素知らぬ顔で通った二人が、中で上手くやってくれるよう願いつつ。 本殿や客殿、本坊など、庭を歩きながら案内されたシア(ib1085)とヴァスクリセーニエ(ib6623)は、客殿の座敷で足を崩していた。 天見元重と会う機会を期待した二人だが、案内したのは鷹取佐門という男だった。 「大事な人質、いえ捕虜かしら。ともあれ切り札の近くには、やっぱり雇われ者は近付けないわね。逆に言えば、そこに津々がいる可能性が高いんでしょうけど」 考え込むシアに、胡坐をかいたヴァスクリセーニエが壁へもたれる。 「子供達も皆、本坊かな。外にいなかったよな‥‥どうする?」 「正直、戦って被害を増やしても仕方ないわ。それに、この抗争をもっと泥沼化するなら、重要人物が害されるほど問題は大きくなるでしょう。双方がぶつかる前に、津々の居場所を把握して助け出せればいいんだけど‥‥適当なところで裏へ回って、千代と子供達に手が伸びないよう守っておくわ」 「そっか。俺は元重派の人と、ちょっと話してくる。元重の真意が分かれば一番だけど」 勢いをつけて立ったヴァスクリセーニエは、部屋を後にし。 それとなくシアも庭へ出て、人の流れから本坊の様子を窺った。 その日、陽も暮れ落ちた頃。 基時派は夜に乗じて、正面から安康寺を攻め。 土塀越しに迎えた鉄砲の音が、夜闇を切り裂いた。 ●血河は流され 「始まったのか」 響く複数の発砲音に、深編笠の下で七神蒼牙(ia1430)が顔をしかめた。 「友人の為に、俺がしてやれる事はなんだろうな‥‥」 身を照らす月に、蒼牙は改めて思う。友人の力となりたい一心で彼は依頼を受けぬまま、いらぬ横槍が入らぬよう安康寺の周辺を見張っていた。 やがて発砲音を聞いたのか、西から走ってくる人陰が一つ。 「ゼロ?」 深編笠を被った見覚えのある風体へ声をかければ、天見屋敷近辺にいたゼロは顔を露わにした。 「蒼牙か。あいつら、始めやがったのか」 「そうみたいだ。騒ぎの方向から、寺の正門付近だな」 応じる蒼牙も笠を取り、安康寺へ振り返った。 「依頼を受けた奴らは、どっちも正面対決を止められなかったのか」 「分かり切ってたのに」 案じるゼロの背中で、淡々と人妖が口を開く。 「だとしてもだ。馬鹿な真似、しやがって」 「それが人の本質だからじゃない? 血を流し、相手を打ち倒し、力を誇示する」 「じゃあ、どうしろって」 「簡単。より沢山の血を流し、より多くを打ち倒し、より強い力を誇示すれば、抗えない人は曲がる」 「そ‥‥れは、違う。違ってねぇが、手は打たねぇと」 人妖とのやり取りにゼロが頭を振って呻き、蒼牙は怪訝な顔をした。 「手を打つったって‥‥何を?」 「どうしようもねぇ悪手だが、指を咥えてるよりマシだろう」 意を決するように、大きくゼロは息を吐き。 「津々を頼んだ。助けたら、その足で天見屋敷へ駆け込め。すまねぇな、手のかかる一族でよ」 「気にするな。友人だろ」 蒼牙がにやりとすれば、ゼロも笑い返してから身を翻す。 だが背に掴まった人妖の、一瞬だけ目にした薄笑うような表情に、蒼牙は胸騒ぎを覚えた。 「来るよ。地の渇きを満たす赤い滴り‥‥それに誘われて、『彼』が来る」 文机の大きな鳥籠から、唄うような細い声が告げる。 「まさか」 「欺く必要がどこにある?」 小さな影は楽しげにさえずり、口を結んだ鷹取が立ち上がった。 鉄砲での応戦に怯まず、生き残った者達は槌を振って門を破った。 「ここを通りたかったら、俺を倒してからにしな!」 先頭に立った仄へ基時派が斬りかかり、数で勝る元重派も囲むように侵入者を攻める。 自分が率先する事で他を抑えられればと試みた仄だが、元重派は血の気が多いらしい。 瞬く間に、境内は乱戦となり。 「てめぇら、いい加減にしやがれ!」 そこへ、大音声の『咆哮』が響き渡り。 門脇の木がメキメキと大きな音を立て、裂けた。 「何を、面倒沙汰にしてやがる。元より基時は喧嘩なんざ好まねぇし、元重も無為に人が失われるのを望む奴じゃあねぇだろ!」 新手の姿に基時派も元重派も戦いを忘れ、目を剥く。 「あれは、二之若‥‥か?」 「基近、様が、まさか‥‥」 ざわめきと動揺が双方へ広がり、空気を一変させた『元凶』に仄も唖然とした。 「なんで、ゼロ‥‥お前が」 「何? ナンだよ」 話を聞こうと居合わせたまま戦っていたヴァスクリセーニエは、じりじりと下がる者達に戸惑う。 事情を知らぬ彼へ、ゼロが歩み寄り。 「それでも、収まらねぇってんなら‥‥!」 逃げる間もなく、ヴァスクリセーニエの腰をぐいと引き寄せた。 「ちょうどいい」 「ちょっ。ナンで俺‥‥!?」 「仄とじゃあ、マジになっちまうからな。すまねぇが、手を貸せ」 耳元へ口を寄せたゼロが、周りに聞こえぬよう低く囁く。 「手っ?」 「ちっと仕掛けるぜ。演技なんて出来ねぇから、気合入れて避けろ」 「何する気だよ」 「ひと芝居打って、馬鹿騒ぎを終わらせる。俺が出れば、元重も引っ込んでられねぇだろう」 「あんた‥‥」 両派閥の無意味な衝突は、ヴァスクリセーニエとしても阻止したかった事だ。ただ策も手もなく、またしても血は流されてしまったが。 「時間がない、始めるぜ。突き飛ばせっ」 言われるがまま、咄嗟にどんっと胸板を突き、ヴァスクリセーニエは相手を退ける。 緩く捕まえていた手はすぐに離れ、一歩二歩とゼロがよろける様に下がった。 「ナンだ、男かよ。異国の女と遊べる機会と思ったが」 「ハッ、うるさい! 男だろうが女だろうが、『デニ ニデーリ』の者を甘く見てると火傷するぜ」 バラージドレス「サワード」、その艶やかな漆黒のスカートを翻し、振るった鞭「フレイムビート」は踊る炎の如く、風を切って地を打つ。 それを見て、ニッとゼロが口の端を吊り上げた。 「面白い。決めた、俺とコイツとでこの喧嘩のケリをつけるぜ。構わねぇだろ!」 思わぬ事態に呆然とする者達へ一方的に言い放ち、ぞろりと宝珠刀を抜く。 「どちらも手出し無用。邪魔立てする奴はまとめて、このゼロがブッた斬ってやる!」 「いいぜ、受けて立ってやる。かかってきやがれ!」 対するヴァスクリセーニエも銀の瞳を細めて笑み、サムライ達にとっては初めて目にする異国の踊り――『バイラオーラ』を舞った。 「元重様。正門にて、面倒が」 「何だ。開拓者達とお前とで、収まらないのか」 頭を垂れ、障子越しに声をかけた鷹取へ元重が返す。 「はっ。実は、基近様が現れたという報告が」 「控えろ、鷹取。天見にそのような名を持つ者は、おらん」 咎めた元重だが障子を開け、険しい表情で廊下を歩く後に鷹取も続く。 そして足を運んだ正門では、開拓者二人が刃を交えていた。 ●叛意の在り処 斬り込む一刀を、鮮やかにヴァスクリセーニエがかわし。 身を翻しながら次の瞬間、鞭を打ってゼロの腕を絡め取る。 だが逆に、鞭を握る手はぐいっと引っ張られ、細身の身体が前へつんのめった。 引き寄せた相手へ、すかさず朱刀が跳ね上がり。 避けるよりヴァスクリセーニエは前に出て、バグナグ「ナミル」を繰り出す。 鋭い爪を自ら体を崩してゼロが避け、即座に低い位置で足を払った。 一瞬、紫の髪が宙に踊る。 飛び退いたジプシーは判ずるより先に地を蹴り、更に後方へ飛ぶ。 ブンッと、横凪に払った赤い一閃が、一拍遅れて空を斬り。 両者の距離は、再び開いた。 舞踏のような遣り合いに、囲む者達は口も手も挟めず、ただ息を飲んで見守り。 身構えたまま、長く細くヴァスクリセーニエが息を吐く。 一刀ごとに朱刀は鋭さを増し、確かに本気で避けなければと乾いた唇を舐めた。 しかし同時に、湧き上がってくる感情もあり。 掠った浅い傷より流れる血をぐぃと拭い、ニッと口の端へ笑みを浮かべる。 間合いを取り、次の出方を窺いながら、ひらとドレスの裾を翻し。 次の一手を仕掛けるべく、息を詰めた‥‥その時。 「もう良い、止めよ!!」 一喝が、夜気を震わせた。 蹴り出しかけたヴァスクリセーニエが、空足を踏み。 勢いを殺す気もなかったらしいゼロは大きく刀を振るい、気を散らす。 仄が振り返れば、客殿の回廊より元重が二人を見下ろしていた。そこから少し離れた位置に鷹取、そしてやや年配の女が目に入り、それが千代だろうと仄は見当をつける。 「お前は‥‥」 「馬鹿騒ぎを見兼ね、割って入ったモンだ。てめぇが、騒動の頭か?」 宝珠刀を鞘へ納めたゼロが、元重を睨み返した。 「この、謀叛騒ぎの」 「‥‥そうだ」 「元重!」 千代は声を荒げるが、構わず回廊から下りた元重が反目する者達へ進み出る。 「双方、刀を納めよ。街中で刃傷に及んで喧嘩相手を斬った下手人を匿い、使いの者を斬り、津々の身を捕らえたのは俺だ。悪戯に騒動を大きくしたのもまた、この元重の責。よってこれより天見屋敷に出向き、天見家当主の沙汰を仰ぐ‥‥故にこの場は、納めよ」 凛と告げる言葉は争う者達へ向けられていたが、元重はゼロを見据えたまま。 「決して、逃げも隠れもせぬ」 「俺の知った事か。勝手にしやがれ」 眉間に皺を寄せたゼロは青ざめた千代の顔を一瞥して踵を返し、一部始終を面白そうに眺める人妖が後を追った。 「急に、静かになったやね」 正門側の喧騒が絶えた事に気付き、恭冶が耳をすませる。 「騒ぎが収まったのかもしれないわ。急ぎましょう」 鉄砲で武装し、待ち構えた四十人ばかりに対し、弓や刀で攻める二十人余り。 その騒ぎが収まった意味を今は頭の隅へ押しやり、回り込んだ裏門を薫は注意深く押し開く。 直後、青い影が踊った。 突き出された刃を、彼女は腕を打って払い上げる。 相手に怪我をさせぬよう、守りに専心する『八極天陣』の構えで対し。 刀「鬼神丸」の鯉口を切った恭冶が、はっと迎え撃つ者の様子に気付く。 「待った、シアさんやね!」 「恭冶? じゃあ‥‥」 名を呼ぶ声に、仕掛けたシアは脚絆「瞬風」を纏った足を止めた。 「ごめんなさい、シア。急だったから、とっさに」 「いえ。こちらこそ、二人だとすぐに分からず」 謝る薫へ、シアも首を横に振る。 「でも、ちょうど良かった」 振り返ったシアが手招きすると、奥から少女‥‥天見津々が駆けてきた。 「騒ぎの間に探して、座敷牢に捉えられていたのを見つけたの」 「ありがとう、シアさん。助かったわ」 「まずい‥‥誰か来る」 近付く足音に、恭冶が警告する。 だが相手は、聞き覚えのある声を上げた。 「よかったぜ。皆、無事だな!」 「蒼牙さんね」 ほっと薫は肩の力を抜き、息を整えた蒼牙は顔ぶれを見直した。 「彼女が津々か」 「そうよ。ゼロは屋敷の方へ?」 一緒にいるとか思われたゼロがいない事に、答えたシアが聞き返す。 「いや。あの争いを、止めに行った」 「ナンで‥‥」 正門の方を見やる蒼牙に恭冶は問いを重ねようとして、思い留まった。俯いたままの津々も話を聞いて何かを言いかけたが、今は口を閉じる。 「今は津々さんを、天見屋敷まで送るのが先やね」 「そうだな。ゼロも無事を心配してた」 道の先を窺う恭冶に蒼牙も同意し、シアは薫へ目をやった。 「怪しまれる前に戻るわ。他の子供達も気になるから」 「分かったわ」 「気をつけるんやで」 「子供達、よろしく頼んだぜ」 シアに見送られた三人は夜の城町を抜け、無事に津々を連れて天見屋敷の門を叩いた。 当主の基時に目通りは叶わなかったが、肩の荷は下りたと安堵の息をつく。 一方、戻ったシアを待っていたのは、正門に累々と転がったサムライ達の骸と。 謀叛を認めた元重が、自ら獄に下ったという仲間からの知らせだった。 |