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■オープニング本文 前回のリプレイを見る ●異質の村 いまは梅雨時、もう夏も近いというのに、何故か急に肌寒さを感じる。 急ぎの使いを頼まれた男は、目的の村へ着いてすぐ、その異様さを感じ取っていた。 そこにあるのは、貧しい小さな農村。 まだ陽も高い昼間にもかかわらず、表へ出る村人はほとんどなく。 遊ぶ子供の姿も、ない。 降りしきる雨のせいもあるかもしれないが、それにしても不自然で。 それでも仕事である使いの役を果たすべく、用心しながら一軒の農家の戸を叩いた。 力のない応対の声がして、のろのろと戸が引かれ。 顔を出した百姓らしき主人は、虚ろな目で男を見る。 「すみません。この村に住んでいる娘の事で、聞きたい事があるのですが‥‥」 村へ訪れた目的を成すべく男は村人へ用向きを伝えるが、当の相手は返事もせず。 ぞっとするような生気のない目で、まばたきもせず男をじっと見返していた。 「歳は、18あたりの娘です。ご存じない、ですか‥‥?」 容姿と歳を伝えても、相変わらず村人は答えず。 ただ虚ろな穴のような黒い目が、じっと男を捉えていた。 その目を見ていると、どうしようもない薄ら寒さを感じる。 訪問の無礼を詫びる言葉もそこそこに、男は家から離れた。 その後も数軒の家を回ってみたが、住人達はみな一様に『虚ろ』だった。 近くの村で何か聞けば、多少は得られる話もあるだろう‥‥と、微かな望みを繋げ。 早々に、男は村を離れる事に決める。 急いで村を離れる男を、村はずれに立ち並ぶ木々の陰から一人の若い女が見つめていた。 もしこの場に、神楽の花街であった毒盛り騒ぎの場へ居合わせた者がいたら、その名をこう呼んだだろう。 ――おゆう、と‥‥。 男の姿が見えなくなると、元遊女はふぃと木立から離れ、雨に打たれるのも気にせず。 村の奥の、その先へと歩き出した。 形のよい口唇に、薄ら寒い笑みを浮かべて。 ●不達の文(ふみ) 引き抜いた朱色の刀をじっと確かめた後、静かに再び鞘へ納める。 扱い慣れたソレを、肩から垂れた掛け金にかけた。 宝珠刀には、何も変わりない。 ただ馴染んだ重さが何故か、いつもより重く感じられただけだ。 顔見知りの店主へ礼を告げると、ゼロは質屋を後にした。 魔の森から戻って以来、アヤカシはほとんど現れなくなっていた。 だが、苦い懸念が幾つも浮かんでは消える。 神楽へ戻って早々に、ゼロは馴染みの仲介屋へ使いの紹介を頼み、ある人物への手紙を託した。 届け先は武天の小村、水来(みなき)の村。 そこに暮らす、おゆうという名の元遊女だ。 誰かが言った‥‥毒盛り騒ぎは、朱刀を彼の手から遠ざけるのが目的だったのでは、と。 だとすれば、一番近くで一枚噛んだ元遊女もまた、危うい可能性が高い。 故郷へ返したおゆうの身を案じ、念のために手を打ったのだが。 手紙を運んだ使いは、手紙を届けず戻ってきた。 教えられた村に、おゆうらしき女の姿はなく。 それどころか逆に、村の様子がおかしいという。 人々には生気がなく、無気力な感が村に蔓延し、どこか死の臭いが漂い。 村全体が、そんな有り様だという話だった。 急ぎ戻った使いの話を仲介屋から聞いたゼロの脳裏に、まず浮かんだのが『アヤカシ憑き』だ。 死者ではなく生者にアヤカシが憑き、生きたまま内側から喰らっていく。 厄介なのは、憑いたアヤカシが決して落とせない事と、見た目は生者のままだという事。 中身の『ヒト』は死んでいるくせに、『アヤカシ』が生きているフリをする。 生身はそのままである為、アヤカシを倒そうと斬れば肉と骨の手応えがあり、血を流す。 それが、村一つに蔓延していたなら‥‥。 顔見知り達を辛い面倒事へ巻き込むのは、避けたかった。 もし自分の予感が正しいなら、行けば相当な『汚れ仕事』にぶち当たる。 あいつらはたぶん酷く哀しむだろうし、傷つくだろうし、気遣うだろう。 そもそも、これは自分の勝手が元凶であり。 そのせいで、無用の迷惑をかける事も――既に巻き込んでおいて、虫のいい話だが――本意ではない。 「ゼロの旦那、いけませんや。いくら旦那が強いお人でも、独りで乗り込んじゃあならねぇ」 「うっせ。まだ、そうと決まってねぇだろ」 ただならぬ表情から何事かを察したか、止める仲介屋との話をゼロは一方的に切り上げ。 「ほんの様子見、下調べだ。口外は無用だからな」 背を向けたサムライはすぐに駆け出し、人の流れへ姿を消した。 「やれやれ‥‥こっちも商売だ。旦那に何かあっちゃあ、困りますや」 頭を掻いてうめいた仲介屋だが、職業柄ゼロと関わりのある者達の顔と名前程度は覚えている。 「おぅ、そこの坊主ら。小遣いをやるから、ちょいと使いを頼まれとくれや」 すぐに使いを頼めそうな子供達が遊んでいるのを見つけると、仲介屋は気さくな調子で声をかけた。 |
■参加者一覧
椿 奏司(ia0330)
20歳・女・志
有栖川 那由多(ia0923)
23歳・男・陰
以心 伝助(ia9077)
22歳・男・シ
アグネス・ユーリ(ib0058)
23歳・女・吟
透歌(ib0847)
10歳・女・巫
テーゼ・アーデンハイト(ib2078)
21歳・男・弓 |
■リプレイ本文 ●急ぎの出立 「それで、話とは?」 小柄な中年男と距離を取った椿 奏司(ia0330)が、用心深く問う。 使いの子供から『ゼロに関わる火急の用』と伝えられ、急ぎ集まった場所には仲介屋が待っていた。 開拓者の中には、裏の仕事を扱う仲介屋との関わりを避ける者もいる。奏司もそのクチだが、ゼロの名を聞けば、捨て置く訳にもいかなかった。 先の魔の森での一件を思い出すと、嫌な予感が肌を粟立たせるのだ。 その間も、手短に男はゼロの手紙を頼んだ使いの話をするが。 「ゼロさん‥‥っ」 全ての話が終わる前に、息を呑んだ透歌(ib0847)が身を翻す。 「ちょっと、待つっす!」 素早く以心 伝助(ia9077)が脇を抜け、少女の行く手を塞いだ。 「今から追っても、間に合いやせんぜ」 「でも一人で行っちゃうなんて、ズルイです!」 「そうだな。皆で、ゼロに文句を言ってやろう」 奏司は笑んで、優しく肩へ手を置く。 「乗りかかった船だ、私も付き合わせて貰うよ。おそらくは、集まった全員が‥‥巻き込まれたくて巻き込まれたんだろうしね」 「ったく。一人で何とか出来ると、思ってんのかよ」 大きく嘆息したテーゼ・アーデンハイト(ib2078)が、ぽしぽしと銀髪を掻いた。 「しかし、村におゆうが居ないってどういう事だ?」 深々と頭を下げ、神楽を去った少女の後姿は記憶に新しい。 「何かが、起こってるのよね。でも、確かな事はひとつも‥‥あああ、気持悪っ!」 モヤモヤした感覚に、アグネス・ユーリ(ib0058)は束ねた癖のある黒髪を振り、手近な壁をげしっと蹴る。 「それにしても、ゼロ! 格好つけてんじゃないわよッ」 荒れる様子に苦笑していた仲介屋だが、改めて頭を下げた。 「今回は個人の頼みで、ゼロの旦那の手助けをお願いしまさぁ。あの人は確かに強ぇが、どうにも人が良くていけねぇ。単なる勘ですが、嫌ぁなキナ臭さがプンプンしやがるんでさ」 「でも、今からゼロに追いつける?」 眉をひそめる有栖川 那由多(ia0923)に、仲介屋は指を立てる。 「じきに出る乗合馬車が、実は旦那に先回りできる場所を通るんでさぁ」 「そっか、助かるよ。ゼロが村に着く前に、追い付かないと‥‥絶対に」 「でも、あまり時間はなさそうね。ぐずぐずしている暇はないわ」 準備を促すアグネスに他の者達も頷き、街へ散った。 目的の馬車は客も少なく、集った者達は次々に乗り込む。 だがアグネスは外に留まり、道行く人に何度も視線を走らせていた。 「もう少し、待てるかしら」 御者に尋ね、困った相手が渋り出す頃。 息を切らして走ってきた友人の姿に、彼女も駆け出した。 合流すれば、二人は言葉を交わしながら馬車へと戻る。 「ありがとう、リーディア。伝言があれば、預かるわよ」 躊躇う様にリーディアは馬車へ乗り込んだ友人から目をそらし、同行する者達を見た。 しかし、意を決したのか。 「あの‥‥ッ」 手でベールを押さえながら、身を乗り出した相手の耳元で短い言伝を託す。 「‥‥うん、分かったわ。必ず伝えるから」 「出しますよー!」 痺れを切らせた御者が告げ、がくんとアグネスの身体が揺れる。 「皆さんも、ご無事で‥‥!」 残るリーディアは精一杯の声をかけ、小柄な姿はすぐに馬車から見えなくなった。 ●去来 「あのさ。よければ周りの村へアヤカシの警戒をする様、伝えてもらえるかな。必要なら依頼料、払うから」 「そこは、お互い様ですよ。アヤカシ、頑張って倒して下さい」 被った傘の端に手をかけてテーゼへ会釈した御者は、手綱を打った。 「じゃあ、急ぎやしょう」 また走り出しそうな透歌の様子に、伝助が仲間を促す。 既に、細い雨が彼らの上に降り注ぎ。 ぬかるんだ道を、一行は急ぎ足で進み始めた。 「‥‥くそ。あいつに、何かあったら‥‥いや、そんな事はさせない」 眉根を寄せた那由多は、自分の腕を何度もこする。 寒い訳ではない。魔の森で感じた嫌な感覚を思い出し、それが消えないだけだ。 「大変だったのね」 馬車で話を聞いたアグネスが、那由多の仕草に目を伏せる。 「こっちは大した話もなくて、申し訳ないわ」 浮かぬ顔で謝る吟遊詩人に、テーゼは首を横に振った。 「そんな事ない。助かったよ」 アグネスが伝えたのは、リーディアに頼んだ情報‥‥事の発端である遊女屋の話だ。 おゆうが店にいた日数は短いが、その間に店の者や他の遊女に馴染む事はなかったらしい。 その後、店は毒盛り騒ぎによる悪評も立たず。特に店を辞めた者も辞めさせられた者もなく、変わりないという。 「もし、村人がアヤカシに憑かれているなら‥‥厄介だな」 道の先を真っ直ぐ見据えた奏司は眉をひそめ、時おり那由多は周囲を窺う。 「ゼロは俺らの事を考えて、こうしてくれたんだよな。きっと」 「『汚れ仕事』か、確かにそうだろうな。だがそれは、ゼロにとっても同じ事‥‥彼は哀しまないか? 傷つきはしないか? ならば私とて、同じ事だ」 「うん。その辺、俺も腹は括ってる。友の為、そしてアヤカシに食われた人の為なら」 血に塗れても‥‥と、覚悟は決めてきた。 真剣な那由多の様子に、伝助もまた険しい表情で考え込む。 陰穀のシノビには、『汚れ仕事』なぞ今更な話だ。 ――現に人の姿したもん斬るのに大して抵抗もないのは、良いのやら悪いのやら。 だが伝助には、ずっと気がかりな事があった。 「そういやあっし、人型アヤカシと交戦した事あるんすけど‥‥おゆうさんが関係なけりゃあ、いいっすね」 抱く疑念を今は明かさず、疑いのままで終わればと願う。 「村へ行って、はっきりすればいいんだけど」 心配そうに、ぽつりとアグネスは呟きを落とした。 やがて道は、別の道に行き当たる。 分かれ道で少し待てば、別方向から人影が一つ、急ぎ足でやってきた。 「あれ、ゼロさんですよね!」 水を跳ねて走り出す透歌を、今度は誰も止めず。 「何でてめぇら、ここに‥‥」 目を丸くした相手に、ある者はむっすりと表情を返し、ある者はにやりと笑って。 複雑な表情で仲間の顔を順番に見た後、ゼロは大きく息を吐いた。 「何と言われようと、ついて行くからな」 ゼロが口を開くより先に、テーゼが釘を差す。 「透歌ちゃんみたいな娘を連れて来たくないのは、同意する。けど、一人で行ったなんて聞いたら心配じゃねえか。それに俺も、おゆうの事は気になるし」 「うん。それにこないだ俺、言っただろ? その時は、勝手に手伝う‥‥って」 那由多もまた、有無を言わせぬ瞳でじっとゼロを睨んだ。 「諦めれ。こうなったからには、意地でもついてくぜ? ゼロのにーさん」 一歩も引く気のないテーゼに、他の者達も黙って首肯する。 「この間のが借りなら、それ返すまで勝手に逝くのは許しやせんからね」 冗談めかす伝助に、がしがしとゼロは髪を掻いた。 「ココまで追っかけて、帰れとか言えるかよ。それに、容易く死んでやる気もねぇ」 不承不承の体だが、それを違える相手ではない。 ニッと笑った伝助は、すぐに真剣な顔で声を落とした。 「‥‥というかゼロさん、何か隠してやせん?」 「何かって、何を」 怪訝な顔をするゼロだが、自分へ集う視線に口をつぐみ。 逡巡し、言葉を探す様に視線をさ迷わせた末に、頭を振る。 「じゃあ、仕方ないっすね。にしても、使いの人が村で無事だったのが不思議っす。統率者とかいるんすかね」 「行きゃあ、分かるだろうよ」 あっさり引いた伝助にゼロは短く答え、合流した者達は雨の中を足早に進んだ。 ●水来村 道の両脇に広がる畑は次第に痩せ、その先に集落が見えた。 村の外れにある林で、透歌は『瘴索結界』を使うために意識を集中し、アグネスはブレスレット・ベル、テーゼは理穴弓を手にする。 「本来、村の名前ってのは、土地に由来する事が多いよな。水来‥‥何故、枯れた土地にそんな名がついたんだろ。元は、豊かな水源があったとか?」 「多分、逆だな」 ふと那由多が疑問を口にすると、ゼロは腰を落とした。 「元はコッチだと思うぜ」 雨で柔らかくなった土に『水』『来』と文字を書き、それから間に『無』と加える。 「みなき‥‥水無来?」 「験を担ぎ、名を変えた。水が来るよう願ってな」 手を払って立ち、字を足で消す友人の横顔を那由多はちらと見。 「ゼロは、『何』を下調べに来たんだ?」 「俺は単に、おゆうが元気か気になっただけだ」 「彼女は、村にいるのだろうか‥‥?」 質素な家々に奏司が懸念を呟き、主に心の準備を終えたテーゼが切り出す。 「そろそろ、始めるか」 「その前に、少しいい?」 アグネスはゼロへ手招きすると、緊張をまとう仲間から少し離れた。 「ナンだ?」 「どうか、ご無事で‥‥お気をつけて」 予期せぬ言葉に相手はきょとんとし、その胸を軽く小突けば手首の鈴がちりと鳴る。 「リーディアからの、伝言よ」 「俺に? そんな‥‥心配されてんのか?」 「本人に聞けばどうかしら。ともあれ、確かに伝えたわよ」 戸惑うゼロへ悪戯っぽく片目を瞑り、アグネスは背を向けた。 雨にけぶる侘しい村に、人影はない。 辺りを埋める雨音に、ぴぃんと弦の音が響いた。 理穴弓を構えたテーゼが、鳴らす『鏡弦』に耳を傾け。 アグネスもまた、細い腕を天へかざした。 そのまま腕を振り、円を描いて舞う様に、ブレスレット・ベルを鳴らす。 だが鈴は、開拓者には聞こえない。 聞こえる耳を持つのは、『特定の相手』‥‥アヤカシだけだ。 ガタンと、戸が音を立てた。 青ざめた表情で、透歌は短い黒髪を左右に振る。 確かめるようにテーゼはもう一度、弓の弦を弾く。 だが、結果は変わらない。 何も変わらない。 共振からズレた音は、そこここに。 瘴気の塊もまた、そこここに。 そして『怪の遠吠え』を耳にして、姿を現した村人達も――そこここに。 「心眼を使っても、これでは難しいな。数が多過ぎる」 隠れる者がいたとしても探り出せないと、奏司がうめいた。 「ちょ、ちょっと待ってください。術が、失敗しちゃったかな? どうしてアヤカシの気配が、周り中に‥‥」 「簡単なこった。こいつら全部がアヤカシ、それだけだぜ」 動揺する透歌にも、淡々とゼロは応じ。 「テーゼ、透歌を村外れまで連れてやってくれねぇか? 那由多もだ」 「ゼロ、お前‥‥ッ!」 「違ぇよ、そこで守ってくれ。やっぱ人斬りは見せたくねぇが、一人にするのも危険だ。てめぇら二人なら、相手を近付けずに何とかできる。だろ?」 次々と現れる村人から視線を外さず、ぞろりと朱刀を抜く。 「頼む」 「‥‥分かった」 議論する時間はないとみて、渋い表情で那由多は託すゼロに頷いた。 「待ってくださいっ。もしかすると、『解術の法』とかで治るかもしれないじゃないですか!」 「気持ちは分かるけど、今は行こう」 懸命に訴える幼い巫女に、落ち着かせようとテーゼは頭を撫で、手を引く。 「すまねぇな、勝手して。けど、てめぇらも無理するなよ?」 「構いやせん」 三人が離れる気配を聞きつつ伝助は刀を手にし、奏司もまた業物の鯉口を切り。 「アヤカシ憑きでない者がいる可能性は、捨てたくないが。確かめるにも、ここを切り抜けてからだな」 「せめて‥‥少しでも、背中を押すわね」 パンッと一つ手を打って、アグネスは舞踏のリズムを変えた。 今度は、弾むような鈴の音が三人の耳へ届く――勇壮な、『武勇の曲』が。 村人達は農具や小刀、包丁の様な手近な武器を、のろのろと振り上げ。 「ヒトの尊厳を‥‥傷つけるなッ!」 静かな怒りと共に奏司は業物を抜き放ち、逆に伝助からは人懐っこい表情が失せる。 次の瞬間、水溜りが跳ね、三人は一気に間合いへ踏み込んだ。 ●刻ミシ、一ツ 「皆さん、きっと悪いアヤカシに操られてるだけなんですよ。ゼロさん達を、止めないと!」 「そうだね。アヤカシがいないか、俺も探してみるよ」 訴える透歌へ頷き、『人魂』の式を那由多が放つ。 周囲に様子を窺う存在がないか、それが気にかかっていた。 だが、ここが魔の森ではないせいか別の理由か、魔の森で感じた程の『異常』はない。 「あれ‥‥おゆうさん?」 人魂へ意識を凝らす那由多だが、不意にテーゼの声がそれを遮った。 「大丈夫でしたか?」 「透歌ちゃん、待った!」 見覚えのある元遊女へ近付く透歌を、慌ててテーゼが止める。 「でも、おゆうさんですよ? 村の人たちがおかしくて、悪いアヤカシがいるかもしれなくて、近くで変なものとか見ませんでしたかっ?」 「あ‥‥あ、もう‥‥」 必死で尋ねる透歌に、どこか虚ろな声が答え。 「‥‥中、身は‥‥食べ、ちぁ、ゃった‥‥」 微笑んだ顔の、薄い『皮』がパキリと剥がれた。 「お、ゆう‥‥さん?」 「見ちゃ駄目だ!」 とっさにテーゼは呆然とする透歌を背に庇い、理穴弓を引き絞り。 陰陽采配を握った那由多は、身を強張らせる。 おゆうの失せた顔からは蔓(つる)のようなモノが伸び、花のように咲き開いていた。 「おゆうさんじゃない‥‥こいつは、アヤカシだ!」 握った陰陽采配を翻し、那由多は呪縛符を打つ。 式が捉えた四肢の皮膚が裂け剥がれ、蔓が捩じれて蠢いた。 「この‥‥ッ!」 素早くテーゼは『即射』で矢を番え、放つ。 びぃんと突き立った矢が震え、続けざまにもう一本。 鈍い動きで振り回す蔓に、那由多は距離を取り。 「すぐに、眠らせてあげるから‥‥」 少しだけ辛抱をと詫びて、更に『火輪』を喚ぶ。 火の輪に焼かれつつ、それでもアヤカシは蔓を振り回した。 「効いてるのか、こいつ!」 「分からないけど、倒すしかないっ」 それが弔いだと何度も矢を放ち、式を打てば。 ようやくアヤカシは崩れ去り、跡にボロボロの着物が残る。 「無事か!?」 奏司の声に那由多が顔を上げれば、濡れる事も構わず仲間達が急ぎ駆けて来た。 「あのさ、時間あるかな?」 沈んだ表情で全てを伝えたテーゼが、遠慮がちに切り出した。 「村の人を、ちゃんと弔ってやりたいんだ」 「そうだな。俺も幾つか、確かめたい事はあったが‥‥どうやら無理そうだ」 じっと残った着物を眺めるゼロは、急に朱刀をボロ布へ突き立てる。 一瞬、着物の間から、禍々しく赤い色が見えて。 「‥‥ラ無名ノ、‥‥ハ‥‥」 軋む様な小さな音が耳に届くと同時に、それもまた塵と消えた。 「今のは?」 伝助の疑問に、刀を納めたゼロは首を左右に振る。 「村の連中も心寒いだろうし、風邪をひく前に済ませるぜ」 重い空気を払拭するかの如く、明るい調子でゼロは雨の中を駆け出すが。 いくらも進まぬうちに不意に足を止め、振り返った。 「どうかしたの、ゼロ?」 その様子に、首を傾げてアグネスが問えば。 「いや、忘れるトコだった‥‥ありがとな、色々」 ひっくるめたぶっきらぼうな礼を付け加えてから、再び踵を返す。 顔を見合わせた者達は、胸中に様々な思いを抱えながら、今はその後に続いた。 |