瘴気、蝕む
マスター名:風華弓弦
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: やや難
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/06/22 22:11



■オープニング本文

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●腐り風、吹く
 人気のない通りを歩けば、澱んだ気配が背後から迫る。
 音もなく、ふわりと宙に浮いたそれは、大きく口を開き‥‥。
 ぞむっ、と。
 開いた口を、白刃が貫いた。
 そのまま、貫いた刃はひと息に斬り跳ね。
 裂かれた頭だけの犬は、ぱっと塵に化して散った。
「ったく‥‥何匹目だ、これで」
 喉の奥でゼロはうめくと、刀を無造作に帯へ差した鞘へ収める。
 帯びているのは、いつもの朱色の宝珠刀ではない。
 あれは先日、身に降りかかった騒ぎの際に、質屋へ預けていた。
 ‥‥まぁ、ゼロにとって、それ自体は特に珍しい事ではないのだが。
 いつもと違うのは、その辺りを境にして身の回りへアヤカシが現れるようになった事だ。
 いま斬った犬の頭だけのアヤカシ『犬首』はもちろん、人の頭だけの『大首』、顔のない『白顔』もそれぞれ一度か二度、斬った。
 こんな事は、滅多にない。
 瘴気の濃い魔の森やそのすぐ傍ならともかく、神楽の都でこう何度もアヤカシと出くわす事なぞ、神楽へ転がり込んで三年以上になるゼロ自身も経験した事がほとんどない。
 経験した事はないが、現に人気のない場所へゼロが足を運べば、何処からともなくアヤカシが襲い掛かってきた、
 しかも面倒な事に、昼夜を問わず、だ。
 開拓者長屋の誰ぞに声をかけた方がいいかとも思ったが、崎倉 禅も弓削乙矢も不在、何やら遺跡が見つかったとかいうのもあるせいか、他の開拓者も何かと忙しいらしい。
 何故か彼を兄と呼んで慕う穂邑も開拓者としての経験を積むつもりなのか、最近ちょくちょくと出回っている。
 ‥‥そうして気付けば、珍しくゼロは独りだった。
 別にそれ自体は気にする事ではないのだが、そうなればアヤカシが音もなく寄って来る。
 おかげでここ数日は、満足に熟睡すら出来ていなかった。
 幸い、現れるアヤカシは、一匹二匹なら手こずる相手でもない。
 急場しのぎに身に帯びている刀でも、対するのに問題はなかった。
 だが扱い慣れた宝珠刀ではないので、やはり勝手が違う。
 預けた質屋は信用できる相手で、流す事はまずない。それでも出来るだけ早く手元へ戻そうと、『表』や『裏』を問わず立て続けに実入りのいい依頼を受けていた。
 今も裏の依頼の一つを終えた途上、また襲われた。
「‥‥アヤカシに好かれても、なぁ」
 独り愚痴ながら、足早にゼロは人の多い通りへ出た。

「報酬のいい仕事なら、ちょうど『魔の森』でのアヤカシ退治の依頼が来てますぜ。出来れば、ゼロの旦那にって指名で」
 通りに面した茶屋の、奥にある座敷。
 卓の向かいに腰を下ろす顔なじみの『仲介屋』は、話を聞くと意味ありげに茶をすすった。
「武天にある小さな魔の森なんですが、最近になって瘴気が濃くなったとかでアヤカシが森から溢れ出しそうな予兆があるそうで。溢れる前に、魔の森に入ってアヤカシを何匹か退治してきてほしいとか。えっと、退治する数は最低限『大口』三体と、『首無し』二体。もっと数を倒せば、報酬を上乗せしてくれるとか」
「ふぅん‥‥武天、か」
 あまり気乗りしない表情で、ゼロは団子をかじる。
 武天へ足を踏み入れるのは、正直言って気が進まなかった。
 気が進まないが、手早く金を稼がなければならない今、あまり仕事を選んでばかりもいられない。
「‥‥よし。受けるぜ、この仕事。でもって、ちっと見ててくれねぇか? やたらこう、眠くてなぁ」
 仲介屋の答えも待たず大きな欠伸をしたゼロは、その場でごろりと寝転んで。
「寝てねぇんですか‥‥大丈夫ですかい、旦那。お顔の色の方も、あんまり‥‥」
 だが答えの代わりにすぐ寝息をたて始めたサムライに、仲介屋はやれやれと苦笑した。


■参加者一覧
椿 奏司(ia0330
20歳・女・志
志藤 久遠(ia0597
26歳・女・志
有栖川 那由多(ia0923
23歳・男・陰
以心 伝助(ia9077
22歳・男・シ
透歌(ib0847
10歳・女・巫
テーゼ・アーデンハイト(ib2078
21歳・男・弓


■リプレイ本文

●一夜の借り宿
「ゼロのにーさん、寝ようぜ!」
「‥‥あ?」
 突然にテーゼ・アーデンハイト(ib2078)が切り出し、ゼロは戸惑い顔で身を引く。
 その脇から、ずぃと透歌(ib0847)も膝を進めた。
「ゼロさん、寝て下さい」
「ちっと待て。ナンだ、ヤブから棒にっ」
 迫られたゼロは、仲間へ説明を求めるが。
「目の効く時間、早朝に動くから‥‥刻限までは寝てていい。俺達で、見てるから」
 囲炉裏端で有栖川 那由多(ia0923)が憮然とし、以心 伝助(ia9077)もまた視線で促す。
「眠れなさそうなら、膝枕しますよ」
 正座した透歌がぽんと膝に両手を置けば、低く唸ってゼロは立ち上がり。
「寝るのくらい、一人で出来らぁな」
 ひらと振った手を襖(ふすま)にかけ、姿を消した。
 が、湯飲みの茶が冷めるよりも早く。
 がたごと騒がしい音に、伝助は那由多と顔を見合わせる。
 勢いよく、タンッと襖を開け放てば。
 霧散する大首に、ゼロが刀を納めるところだった。
「一人になった途端、これか。油断も隙も、休む暇もないな」
 実際の有り様を目にした椿 奏司(ia0330)は顔を曇らせ、志藤 久遠(ia0597)も柳眉をひそめる。
「厄介、ですね」
「てめぇとやりあった時ほどじゃあねぇぜ。こいつらを斬るより、あん時の一挙一動のがずっと厄介だった」
「それは‥‥どうもと、言うべきでしょうか」
 笑って明かすゼロへ、思わず苦笑を返す久遠。
「けどさ。大事なモン、質に入れてんじゃねぇよ‥‥!」
 改めて那由多は頬を膨らませると、ぷいと明後日の方を向いた。
「別に大事でもねぇし、質草にするのも珍しい事じゃあ」
「ゼロの阿呆っ。この間のも解決できなかったのに報酬とか、あれ、刀を担保にした金なんだろ‥‥!」
「ちげーよ。それに俺が頼んだのは、犯人探しじゃあねぇ。店に怪しいトコはねぇって開拓者が調べて明かした、ソレで十分だ」
 見上げるゼロを、まだ納得しない那由多がむっすりと睨み返す。
「ともあれ。不寝番くらいしてやるから、ゼロのにーさんは寝てくれ。万全の体調でいてくれた方が俺としても助かるし、一晩くらい起きてても平気だから。一晩どころじゃなく、寝てないんだろ?」
 自分は荒事に自信はないからと、冗談めかしてテーゼは腰を上げた。
「全く。アヤカシに好かれても、なぁ」
「あ、私もゼロさんのこと好きですよ♪」
 ぼやく言葉へ透歌が無邪気に答えれば、うな垂れたゼロが固まる。
「けど変な話なので、何かあやしい術でもかけられていないか、調べていいです?」
「お願いしやす」
 短く伝助が頼むと、深く目を閉じてから透歌はじっと相手を見つめ。
「‥‥ないですね、何も」
 緩やかに黒髪を揺らし、顔を上げた。
「だけど余計にゼロさんには、ぐっすり寝てもらいたいですね。え〜と、こう、頭が正面になるようにすると、首の座りがいいんですよね?」
「ほぅほぅ」
 枕元へ移動する透歌に、腕を組んでテーゼが感心する。
「下手に膝枕なんざしたら、痺れて立てなくなるぜ」
「いいから、ほら!」
「ちょ、頭を押さえるなっ」
 だがしばらくするとゼロも観念したのか、隣室はようやく静かになった。

 吹き付ける風が、ガタガタと戸を揺らす。
「アヤカシに四六時中付き纏われて、よく今まで無事でやしたね」
 ぽつと伝助が呟けば、久遠も重い息を吐いた。
「町中で連続してアヤカシが現れるだけでも厄介、かつ不可思議だというのに。それが『人気のない時』とは、ますますもって‥‥」
「それを狙ってってのは、つまり作為的って事だよね。『何らかの意図』が働いてるんだろうけど」
 腕組みをした那由多は、何気なく天井を仰ぐ。
「同業サンじゃないと、いいけどな」
「もしアヤカシを操る術があるなら、先日の騒ぎの手掛かりのなさも‥‥いや、考え過ぎっすかね」
 思案する伝助もまた、ぽしと髪を掻き。
「しかしただのアヤカシなら、人は多い方が獲物も多いはずですし、ね。気を抜けませんか。まして、私は‥‥」
 ゼロ殿を屠る片棒を、担がされかけていますし‥‥と、悔しげに久遠は口唇を噛んだ。
 囲炉裏の炭を足した奏司は襖へ近づき、僅かに引いて中を窺う。
「様子は?」
 小声で聞けば、泥のように眠るサムライに膝枕したテーゼが顔を上げ、首肯した。
 眠気に勝てなかったのか、傍らで透歌も寝息を立てている。
「こないだは格好付けやがって、この色男め。睫毛でも数えてやろーか」
 不寝番というより不審番ぽく冗談めかすテーゼに、くつと笑ってから奏司は翡翠の瞳を伏せ。
「時間の許す限り眠って、少しでも体力を回復してもらいたいものだ。どんな場であれ、憔悴した状態で立つのは危険だろうから」
 そしてテーゼに後を頼み、再び襖を閉じた。

●魔の森へ
 翌朝は、何故か平和な空気で始まった。
「お腹がすいてちゃ、力も出ません。お弁当には、おいしいおにぎりを沢山にぎっておきますね」
 夜が明ける前に起きた透歌が、囲炉裏端で交代して睡眠を取る者達へ呼びかける。
 暖かい飯と味噌汁で朝飯を済ませた一行は、宿に借りた寒村の家を出た。

「調子はどうだ?」
 道々、後ろに人影がいないか気にしながらテーゼが聞けば、バツが悪そうにゼロは唸る。
「久し振りによく眠れたぜ。ありがとな」
「よかった。足が痺れ切った甲斐がある」
 そんな会話に、奏司は小さく笑い。
「それにしても私は、君の宝珠刀とはあまり縁がないらしいね」
「あー‥‥そうだな」
 以前の事をゼロも思い出したか、バツが悪そうに髪を掻いた。
 あの時、宝珠刀は子供らの手に『人質』として取られ、今回は質屋に預けられている。
「一度、それを振るう姿も見てみたいものだ」
「その為にも、早く手元に戻してもらわなくてはなりませんね。何者が仕組んだにしても‥‥強硬策に出た時の事を考えて、念のために手は打ってきましたが」
 久遠は預けた宝珠刀の安全を気にかけ、件の質屋付近にアヤカシが出る可能性を触れておいたという。
「あと、ドレくらいの金が必要なんだ?」
「そんな酷い額じゃあねぇよ」
 気にするテーゼにゼロは素っ気なく返し、むすと那由多は口を結んだ。
 ‥‥ただ取り戻す手伝いなら幾らでもと、既に腹を据えてここにいる。
「それにしても、仲介屋云々はともかく、何故ゼロが指名されたのかは気になるね。高名故に、というのもあるが‥‥」
「うーん。ゼロさん有名ですから、そんなに不思議でもないんじゃないかな?」
 奏司の疑問に透歌は小首を傾げ、歩きながらもテーゼが弓の弦の張りを確かめた。
「名指しな辺り、限りなく罠っぽく感じたけどな‥‥そういや、依頼主の評判を仲介屋に聞こうとしたら、駄目だったよ」
「あいつらは金と情報が飯の種、細かい腹と裏は探りっこナシだからな。その代わり、ちゃんと報酬は預かってる筈だぜ」
 驚きもしないゼロに、神妙な表情で伝助が頷く。
「ギルド以上に、金と信頼商売。迂闊な事をやらかせば、自分の命を代償として払う事になるっす」
「まぁ、アレだ。こんな面倒な手伝いに巻き込んで、奏司や久遠はすまねぇな」
「一度縁あった者の困り事とあらば、手を貸さない訳にもいくまい?」
 今更ながら詫びる相手へ奏司は赤い髪を左右に揺らし、久遠もまた頼もしく笑む。
「ええ。気になさらず、ゼロ殿」
「有難い。頼もしい限りだぜ」
 礼を告げてゼロは笑い、座りの悪い腰の刀に手を置いた。

●瘴気満つる森
 目の前には、不気味な森がそびえていた。
 人の目に付かぬよう、長身の青年達の影に隠れていた透歌は、袂からブレスレット・ベルを取り出す。
「これを『目印』にしますね」
「ああ、よろしく」
 同じように、奏司が身につけた鈴をちりと振った。幻影を見せ、同士討ちを誘う『白顔』対策だ。
「ゼロさん。これをお渡ししておきやす」
 呼び止めた伝助が握った太刀「銀扇」を突き出し、じっと相手はそれを見つめた。
「返せる保障はねぇぜ。得物に合わせた手加減とか、出来ねぇからな」
「承知の上で。道具ってのは使ってなんぼですし、それに命より大事なもんはありやせん」
「分かった‥‥じゃあ遠慮なく、借りる」
 真っ直ぐ見返す伝助にゼロは太刀へ手を伸ばし、準備が整った者達は魔の森へ足を踏み入れた。

「来やす。左手から、幾つか」
 一行が倒すべきアヤカシは、大口が三体と首無しが二体。
 その騒々しい襲撃を、伝助は『超越聴覚』で聞き取る。
「大口と首無しは、こちらが。ゼロ殿は、お願いします」
 ちらと託す者達へ目をやった久遠は、奏司と頷き交わした。
「初手から手加減はせず、全力で相対させて貰おう」
「勿論です」
「待てよ、おい!」
 ゼロを置き、二人の志士は露払いの如く率先して前へ進む。
「あまり離れ過ぎないよう、気をつけてな」
 振り返る那由多へ、後ろを守るテーゼが頷く。
 そこへ、メキメキと木々が薙ぎ倒される音が聞こえて。
 巨大な口が、森の奥から飛び出した。
 倒れる木や飛んでくる木片を、志士達は左右へ跳んで避け。
 久遠は刀「蛍」、奏司は業物を同時に鞘走らせる。
 鮮やかな銀の弧が、まず二閃。
 突進の勢いで地面へ激突する大口へ、すかさず那由多が呪縛符を打つ。
 その間に久遠は素早く間合いを詰め、白刃が口だけのアヤカシへ吸い込まれた。
 流れるような太刀筋に、見惚れる暇もあればこそ。
「ゼロさん!」
 透歌の声に振り返れば、大首がガッチリとゼロの刀を噛んでいる。
「こんな所まで、追っかけてくんじゃあねぇ!」
 振り払い、身を翻して蹴り飛ばし。
 すかさず伝助が、撃針を飛ばした。
 それでも大首は再び、ゆらりと宙を漂い。
「硬っ?」
「ここは、魔の森だぜ」
 瘴気の塊であるアヤカシにとって、瘴気の森は格好の地だ。
 迫る大首を、横から放たれた矢が次々と射抜く。
「迫られるのは嫌いじゃないが、あの口でディープなのを貰うのは勘弁したいなぁ」
 苦笑するテーゼに、伝助は手を翻し。
 風を切って飛ぶ細針が、弓術師を掠め、背後の人影へ突き立った。
「白顔でやすっ」
 砂壁で守りを固めた伝助が、警句を飛ばす。
 最も警戒すべきと判断したアヤカシは、針の刺さった顔をぐぃと持ち上げ。
 マヤカシの術を使う前に、その面へ矢が射ち込まれる。
 ぐらりと傾いた人型のアヤカシは、倒れる前に塵と貸し。
 そこへ、唸りを上げて倒木が飛んできた。
「危ねぇ!」
 咄嗟に伝助は透歌を庇い、ゼロがテーゼを突き飛ばし。
 その足に、鋭い痛みが喰らいつく。
 牙を深々と立てる犬首にゼロは身を捻り、足ごと幹へ叩きつけて粉砕した。
 すぐさま『神風恩寵』で透歌が傷を癒し、木を投げた首無しへは奏司が駆けている。
 瘴気の森での攻防は、休む間もなく、絶え間なく続いた。

「大口三体に、首無し二体‥‥こちらが倒すべき数は終わった。戻ろう」
 異形の木々の間から現れる新たなアヤカシを見ながら、数を読んだ奏司が呼びかける。
「こっちも、ひと段落ってとこかな。今のうち‥‥」
「終わってねぇぜ」
 応じる那由多の言葉を遮ったゼロは、未だ刀を納めず。
「倒せるなら、出来るだけ倒さねぇと」
「頼まれた数以上を、ですか? 無理をして、金を稼がなくても」
 表情を曇らせる久遠へ、首を横に振った。
「金なんざ、関係ねぇ」
「じゃあナンだよ?」
 矢を番えながらテーゼが聞けば、刀を構え直してサムライはアヤカシとの間合いを計る。
「いま一匹でも減らさねぇと、遅かれ早かれアヤカシは溢れる」
「‥‥は?」
 何を言っているのかと、伝助は一瞬、呆気に取られた。
「溢れたアヤカシは、森から周辺の野へ散る。鳥を喰い獣を喰い、いずれ人里へ到る。そうなりゃあ人が襲われ、村が襲われる」
「それは分かりやす、けど」
 ゼロの懸念は、『今すぐ』という類の話ではない。
 金が目当てでないなら、一週間か一ヶ月、更に先かもしれない可能性を持ち出す理由が解せなかった。
「とにかく、今は無茶すんなって‥‥! 心配事が増えるっ!」
 同じ理由なら、気遣う那由多の方がずっとシンプルだ。
 その間も倒れた木々を踏み越えて、首無しが近づく。
「ゼロ殿が本調子でない今は、素早く撤退すべきです」
 もう一度だけ、張り詰めた空気をまとった久遠が促した。
 もし、このまま相手が譲らなければ‥‥どうする? と、自問しながら。
 眼前の敵を見据えるサムライは、大きく嘆息し。
「不甲斐ねぇ‥‥刀ぁ一本ねぇだけで、全くもって不甲斐ねぇ!」
 一歩を踏み込んで跳躍すると、ひと息に太刀を払った。

●信と義
「ゼロ!?」
 呼ぶ声をかき消す様にバキリと鈍い音がして、へし折られた樹木ごと大口が断たれ。
 剛力に耐え切れず、鍛えられた刃が、毀れた。
 それにも構わず、一太刀、二太刀と振るう。
 最初の敵が崩れるのを確かめる前に、次の標的へ斬りかかり。
「嗚呼ぁぁぁ‥‥ッ!!」
 群れるアヤカシを斬って、斬り捨てるゼロが、吼えた。
 その度に振るわれる刃は、欠けて落ち。
「ゼロッ! もういい、無茶すんな!」
 符を打ちながら呼びかける那由多の耳に、鈍い金属音が響く。
 だが折れた刃を握って、突き立て。
 残った柄の側も、深く突き刺し。
 それでも足らなければ、既にボロボロの業物も抜き、深く抉り込む。
 どぅと倒れた首無しは、直後に形を失い。
 膝をつき、うな垂れたゼロは肩で大きく息をしていた。
「ここは、人が長くいる場所ではありません!」
 援護できる位置を取った久遠が、以前に対峙した時より明らかにずっと早く消耗している背を気遣う。
「もう、引かねば‥‥!」
 ここは人が暮らす場所とは段違いに瘴気が濃い、魔の森だ。
 長居して身体の芯まで瘴気に蝕まれれば、命に及ぶ。
 駆け寄った透歌がそっと祈り、傷ついた身体をふわりと癒しの風が包んだ。
「いまは帰りましょう、ゼロさん」
「ええ。あっしらにやれる事は、やりやしたぜ」
 伝助が言葉をかければ、きつく握った拳をゼロは穢れた地面へ力いっぱい叩きつけ。

 ――ソノ絶望ヤ無力感ハ、トテモ、トテモ‥‥。

「‥‥ッ?」
 不意に背筋を這い上った悪寒に、那由多は辺りを見回した。
 だが手近のアヤカシはゼロが薙ぎ倒し、奇怪な森には自分達以外の人の姿もない。
「すまねぇ‥‥無様を晒した。てめぇらは、俺を案じてくれてただけなのにな」
 頭を下げる相手へ、奏司が静かに首を横に振る。
「気にしていない。私も、皆も」
「ん。ゼロのにーさんが刀を取り戻したら、改めて討伐に来ればいい。だろ?」
「その時は、勝手に手伝うからな」
 警戒して弓を引くテーゼの提案に目を合わさず那由多が宣言し、いつになくゼロは力ない苦笑を浮かべた。
「立てるっすか?」
 握った拳をゼロは解き、差し出す伝助の手を、掴む。
 そして追いすがるアヤカシを踏み越え、役目を終えた七人の開拓者は魔の森を後にした。

 ‥‥ただ陰陽師の五感には、例え様もなくざらりとした嫌な感覚がまとわりつき。
 魔の森から出ても、それはしばらく離れなかった。