【気紛れ義侠】虚実の館
マスター名:咬鳴
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/01/07 02:19



■オープニング本文

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「おお・・・・どうすれば、どうすればよい・・・・」
 右往左往しながら呻く若い貴族は冷泉主殿允。領主でありつつ山賊と結託し、上納を得ていた張本人である。
「事が露見すれば麿も罪人。何とかせねば。そもそもあの賊め、普段調子の良いことを言っててんで弱いではないか・・・・」
「殿、その山賊の首領が約定に基づく逃亡手助けを求めておりますが」
 主君に声をかけるのは冷泉家家令。汚職貴族仲間から聞いた山賊の利用を、全く具体案の浮かばない主殿允に代わって実行に耐えうる体裁を整えたのはこの男の手腕である。
「・・・・奴は自分以外は皆死んだとのたまっておったな?」
「はい。ですが、所詮捕まった後の状況判断。信じるには早計・・・・」
「つまり奴の口を塞げば、事実を知るものはおらぬはずじゃ・・・・ふふふ」
「・・・・御意に」

「可哀相にあの首領、着いた翌日には晒し首だ。で、ここまでは予定通りかい?」
 すぐに事が動く、という翠の言葉により依頼の続きとして飛翠庵に詰めていた開拓者が尋ねる。
「はい。私達は書状を得たが主殿允の名はない。賊の身柄を確保はしたが、彼らは主殿允本人とあったわけではない・・・・ですが、彼はその事を知らない。そして、自らの手で情報への唯一の綱を断ち切った」
「相手が知らないのをいい事に嘘でも何でも使って徹底的に脅しをかける。そんなところかしら?」
「折角なので虚を以て真を暴くとかもう少しもって回った言い方でお願いします。それよりも・・・・」
 一通りの作戦を語ったところで翠が言葉を止め、開拓者達を見回す。
「皆様はどこまでを希望されますか?」
「というと?」
「冷泉主殿允は貴族としては小物です。伝も然程広く大きくはなく、本人の悪知恵も至らず、金や武による権力も知れている。故に事が広まれば直ぐに処罰され、更迭されるでしょう」
「回りくどいな。要は次にもっと頭がよくて権力のある悪党が来るよりも無能を居座らせつつ脅して操作したほうがマシ・・・・って事だな?」
 開拓者の言葉に頷くと、翠は既に書き上げてある要求の草稿を開いて見せる。
「租税の減額、領内治安、領民への借米徳政。起請文を日照宗の社に奉納させてしまえば、本人の意思に関わらずおいそれと破る事は出来なくなります・・・・まあ、後任にひとかどの人物が来る事を期待して更迭させてしまうのも手ですけど」

 さらに明くる日、翠は新たに捕らえたという名目で捕虜の存在を明らかにし、その自白と隠し持っていた密書から判明した恐るべき事実を知らせたいと冷泉主殿允へと申し出る。当然ながら、屋敷に上がりこむための方便に過ぎない。
 彼女と共に屋敷へと乗り込んだ開拓者を待ち受けるのは既に顔面蒼白の主殿允と、まるで戦いの前のように殺気立った主殿允の側近達。
 彼らを打ち負かす武器は、断片的な証拠と自分達の舌。武によらぬ戦の始まりである。


■参加者一覧
雲母坂 芽依華(ia0879
19歳・女・志
霧崎 灯華(ia1054
18歳・女・陰
煉(ia1931
14歳・男・志
琴月・志乃(ia3253
29歳・男・サ
風鬼(ia5399
23歳・女・シ
刹鬼(ia8693
27歳・男・志


■リプレイ本文

 やや灯りを落とした屋敷の一室。
 屋敷の主、冷泉主殿允が執務や公式の面会の為に用いる広間である。
 居並ぶ者達の間には緊張が走っている。表向きの用件は改まっての戦勝報告と新たな賊を捕らえた事の報告なのだが、開拓者達と翠が主殿允の不正の糾弾に来ている事は明白。昼日中にあるまじき薄暗さは表情の小さな変化をかき消すための細工であろう。

「さて、ではこの度新たに判明した事実に入りますかな。捕らえた賊が口走っていたのですが・・・・」
 形ばかりの報告を済ませた後、最初に口を開いたのは風鬼(ia5399)だった。
「お心当たりがあるのではないでしょうか?」
「さて、皆目見当がつきませぬな」
 とん、と床に手を軽く打ちつけながら側近の一人が声を響かせる。
(「なるほど、騒がしくして注意を引っ張る魂胆どすな」)
 自分が喋ることを控えて、周囲に意識を集中させていた雲母坂 芽依華(ia0879)は、風鬼の言葉と同時にぴくりと肩の動く主殿允を見逃さなかった。
「この山賊、御家の兵の手をすり抜けるような巧妙な手口で、いままで御家の手に余っていたようですな。それを今回、土地勘の無い私達ががたまたま運よく赤子の手をひねるように容易く砦を攻め落としたのですが・・・・」
「・・・・主殿允様の御前ぞ。言葉をよく選ぶように」
「いえ、御家の兵の無能さをあげつらっているわけではございません・・・・が、無能が原因でないとすれば、ここまでてこずった理由は何でしょうか、ねぇ」
「何よりも幾度と無く村が襲撃されたにも関わらず、兵を二手に分けず同じ愚を繰り返し、しかも成果もあがらなかった山狩りの責任者は処罰を免れんはずだ。そのあたりはどうしたんだ?」
 煉(ia1931)が睨みつける。
「か、彼らは天儀の存亡を賭けた決戦でこそ輝く戦力。かような泥臭い任務では本来の・・・・」
「彼らには既に相応の処分は下しておる。が、主殿允様は寛大ゆえ彼らの今後の働き如何では罰の減免もありうるだろう」
 細々と小声で語る他の者の言葉を遮り、最も上座にいた側近が朗々と喋る。
(なるほど、たった4人でもしっかり派閥や序列があるって事ね)
「それは、今回のことの責任者は外の兵隊で、あんた達のあずかり知らぬ事だったという事でよいのかしら?」
 霧崎 灯華(ia1054)は、先に口を開いた側近が兵を管理する者だと予測しつつ、あえて上座の側近に尋ねる。
「無論。主殿允様や我々の耳に入っておればこのような事にはならなかっただろう」
(「かかった。クスクス、嘘は思いつきでついちゃ駄目よ」)
 灯華が引き出したかった一言。『自分達は関わりが無い』という嘘は後々突破口にできる。
「知らない、では済まんぞ。人を守る意志も力も無い者に権力者たる資格はない」
 為政者たる者の資格と義務。身近でそれらを備えた人物の行いを見てきた煉は尚も厳しく言う。
「然り然り。まこと、貴方様の言うとおりに。主殿允様も貴方の言を糧にして名君となられましょうぞ」
「主に咎無し。本来足らぬを補い教育する立場の老臣共こそ責めを負うべきぞ」
 驚いた事に、下座の二人が煉に同調する。最もその言葉の目的は主殿允の罪をかわしつつ上座の二人を失脚させる事のようだ。
(「お貴族様の世界は怖いどすなぁ」)
(「まだまだ緩い方です。摂関家などは伏魔殿ですよ」)
 芽依華の呟きを聞いていたらしい翠が言う。

(「おやおや、こちらが煽らなくても足の引っ張り合いとはありがたい事ですわ」)
「さて、一切ご承知無いということは、御家の兵の不正もご存じない、と?」
「・・・・不正とは何のことか?」
「さぁ、それをお話しするにはまず先程の質問に是か否かお答えいただかないと」
 風鬼は相手の問いはのらりくらりと答えを出さず、一方的に答えを引き出せる二択の問いかけを繰り返す。
「知らぬ。新たに不正が露わとなれば兵共への処罰も厳しくせねばならぬ」
「厳しく、か。平時の賊行為は死罪だが、しっかりと実行されるのだろうな」
 煉の言葉に、意味がわからないといわんばかりの態度を見せる側近達。
「俺達が根城を落とした際、冷泉家の紋の付いた具足を着た兵を山賊が親しげに招き入れるのを見てたんだ、なあ皆」
 刹鬼(ia8693)の言葉に開拓者達が頷く。尤も、そうやって根城に入り込んだのは具足を着込んだ刹鬼達自身であったのだが。
 一瞬の驚愕、そして怒りの表情を見せた首席側近が表情を戻すまで然程の時間はかからなかったが、発言を控えて表情の観察に集中する灯華には十分であった。
(「そこまで適当な状態だったとは知らなかったようね。首領を殺すまでに殆ど話を聞いてなかった、ってことかしらね」)
「無論。だが命を奪うとなれば万が一にも冤罪があってはならん。慎重に慎重を期させていただこう」
「関係のある兵達を今すぐ呼び寄せろ。俺達が見た顔をすぐにでも指差してやるぞ」
 煉と側近達が睨みあう。


「しかしこの部屋、随分と良い品が多いみたいだねぇ」
 無言での睨み合いの空気を変えるためか、刹鬼がわざと大声で調度品を褒める。
「ああ、これこれ。無闇にさわるでないぞ。最近手に入れた名品で高価なものじゃからな」
 これまでの問答は側近に任せて黙っていた冷泉主殿允が、自分の蒐集品を褒められて気を良くしたか饒舌になる。
「それは都の高名な絵師に依頼して描かせた物、その壷は泰国の品ぞ。いずれもお主では一生かけても買えるかわからぬ品々ぞ、ほっほっほ」
「へぇ・・・・、そんな財が有ったとはねぇ、評判は当てにならんねぇ、八角様」
「それぞれが冷泉家領の税収の数年分。そんな高額の臨時収入を得る方法があるのでしたら、是非私にも教えて頂きたいところですね」
 刹鬼と翠がほくそ笑む。分不相応な品を得る資金の出所の言い訳はその場凌ぎでは中々出来ない。
「あ・・・・え・・・・そ、それはじゃな。我が家伝来の品を商人に買い取らせた金が・・・・」
「さて、そのような名品が市場に出たとあれば好事の徒の口を伝って私の耳にも入りそうなものですが。如何様な品でしょうか?」
「そ、それは・・・・茶碗、いや、刀・・・・」
「主殿允様はお疲れのご様子。続きはしばしの休みを挟んでからという事でよろしいか?」
 側近が主殿允がぼろを出す前にと無理やり話を打ち切らせると、次席の側近に何事か伝え、退席させる。出て行こうとする側近にのみ聞こえるように芽依華が囁く。
「外に兵隊さんを呼んで囲っとこうなんて考えはあきません。屋敷で斬ったはったの後、責任を負わされはるのはあんたさんどすえ?」
 次席側近はびくりと一瞬身じろぎすると、そのままそそくさと歩いていく。
「これで止めてくれはったら無駄な血が流れず済んでいいんどすけどなぁ」

「しかし主人の体調まで察するとは、部下の管理は行き届いていない割りにあんた達は一心同体みたいな関係なのかしら」
「う、うむ。麿はこの者達を親とも兄とも頼り、様々な職責を任せておる。この者達の言葉は麿の言葉も同然じゃ」
「勿体無きお言葉に」
「へぇ・・・・いい事を聞かせてもらったわ」
 主殿允が褒め言葉に弱いと見た灯華はさらに得られるだけの言質を取る。


「話を再開する前に一つ。俺たちもあんたらも互いの名前を知らぬままじゃあ誰が誰に話しているのかややこしくってしょうがない。一つこの辺で名乗っておかないかい?ああ、まず俺は刹鬼」
 刹鬼のこの提案に乗る形で互いが改めて名乗りを行う。側近は上座から順に平、工藤、安達、大伴と名乗った。
「さて、十分に休息はとっただろう。ここまでの俺達の質問にまだ答えていないぞ。まず山賊とお前達の所の兵の繋がり。そしてこの部屋の調度品を買った金の出所もな」
「・・・・そろそろ茶番は止めてもらおう。お主らは詰まるところ、兵ではなく我々を疑っておるのであろう?」
 煉を睨み返した平が、本題に切り込んでくる。
「さて、そのような事は申しておりませんが。何かお心当たりでも?」
「繰り返し言っておるように、我らは何ら後ろ暗いところ無し。が、我らがいかに事の解決を約そうともあれこれと文句をつけ続ける態度を見れば言わんとするは一目瞭然」
 風鬼の挑発にも簡単には乗ってこなくなった。そろそろ次の段階と、風鬼は刹鬼に目をやる。
「ふぅ・・・・正直にいやぁ、その通りだ。下っ端の一存でつい最近まで長々と細工出来るもんだとは思ってないんでな」
「しかし、お主らが思っただけではなんら裏付けの無い絵空事であろう」
 証拠品が無いと高をくくっての平らの言葉。にやりと笑うと刹鬼は言葉を返す。
「いんやぁ。それが、根城を落としたときにとんでもないものを見つけちまってな」
 すっと懐から二通の書状を取り出す。それを見て青ざめる主殿允と側近達。
「ば、馬鹿な。奴はあれ以外は処分したと確かに・・・・」
「た、平。どうなっておるのじゃ。決して麿たちには累は及ばぬと申したではないか」
 開拓者達に聞かれまいと声を落とし、ひそひそと話し合う。とはいえ、その表情や口元の動きを観察すれば凡そどのような会話がなされているか見当は付く。
「これを開けば抜き差しならぬところまでいっちまうんだが・・・・どうする?開けて、読み上げようか?」
「ククク・・・・最早、これまでか」
 平が呻くように笑いながら、腰の刀に手をかける。
(「署名のご本人が最初に実力行使?いや、それにしては殺気があらしまへんな」)
 反応するように刀に手をかけた芽依華だが、そのまま動きを止めて様子を見る。平は鞘ごと刀を自分の前に投げ出し、主殿允に平伏する。
「某、主殿允様の目をたばかり、不敬にもその名を騙って山賊共に呼応し財を得ておりました。今、こうして事が露見した以上はせめて主殿允様手ずから首を討たれることが最期の奉公にしてせめてもの罪滅ぼしと思い、白状いたしまする。この場にいるお歴々が証人にございます」
 そして襟を開き、首筋を露にする。
「・・・・そう来たか」
 独断専行で悪事を働いた家臣を、糾弾しようとする者達の目の前で処罰するというのは主の信頼維持の為にしばしば使われる手法である。平は自らの命で主殿允の潔白と同時にその処断による英明さを喧伝材料とする覚悟なのだ。
「やっすい芝居ねぇ・・・・にしても姫様、普通の手下ってこういう時に命まで張るものなの?」
「主家の存続は自分一人ではなく一族の将来を保障するものですからね。計算した上で自分の首一つなら安いと踏んだのでしょう。どうなさいます?」
「そりゃあ、ねえ。ここまで来て引き下がるって手は無いでしょう」
 灯華は皮肉っぽい笑みを浮かべると、逆賊討つべし、いや生かして償わせるべきなどと芝居がかった内輪の話し合いを続ける主殿允らを嘲う。
「あはははははは!」
「な、何を笑う」
「平一人の差し金、で話を終わらせたいんだろうけど・・・・主殿允様はさっき言ったわよね、平達四人の言葉は自分の言葉も同じって。そして平が主殿允の名前で山賊達に命令したのなら、どんな言い訳をしたところで冷泉主殿允の名前で山賊に関わった事は対外的には立派な事実じゃないの。変な作法を重視したところで、本質はごまかせないわね」
「更に、知らぬ存ぜぬと言った事が嘘だったのだから、先に貴様らが言った『勝手な行為をした兵の処罰』が正に自分達の罪をなすりつけた冤罪であると言ったも同然だ」
 我慢の限界とばかりに拳を固めた煉がつかつかと進み出ると、主殿允の眼前で床を殴りつける。
「ひっ、ひぃいいい!?」
「クズが・・・・自分の懐さえ暖まれば部下の専横も領民の苦しみも賊の跋扈も知らぬ顔か?血筋だけの男に権力者の資格があると思うな」
「はいそこまで。手を出してしまうと後々面倒になりますよ」
 煉の肩に手を置いて風鬼が宥める。
(「迫真の演技ご苦労様ですな」)
(「いや、止められなかったら間違いなく本気で殴っているところだった」)
 煉の呟きを聞かなかった事にして提案する。
「私達も別に冷泉家を取り潰したいわけではないので。ここは一つ二度と今回のような事を起こさないという誓いとして、被害を受けた村人や旅人への償いとして租税減免や領内警備の徹底をするといった内容を定め、それを違えた時は潔く官を退く旨を誓紙にして奉納してはいかがかと」
 今すぐ辞めるかとの二択となれば主殿允達に選択肢などない。一も二もなくしたためられた誓紙は厳重に封印され日照宗の社へと奉納される。これを以て、今回の一件はひとまずの解決とされた。


「ぷはーっ、あんな小難しい顔で回りくどい事を言う連中の吹き溜まりなんて、王朝ってのは大変だねえ」
 屋敷を出て軽く酒を呷りながら刹鬼が笑う。見れば風鬼が自分の頬をむにむにと伸ばしている。無表情を通してたので顔が疲れたらしい。
 一方煉はまだ厳しい顔をしたまま、後ろの屋敷を睨んでいる。
「気に入らんな。あんな紙一枚で奴らは反省するのか?」
「そんなわけないでしょ。でも、はったりで自供させたのがあの紙を書かせる為って事は、それの使いどころを用意してるって事よね、姫様?」
 平然と否定した灯華が口端を吊り上げた笑みを浮かべた顔で翠の顔を覗き込む。
「無官の下級貴族達に誓紙の噂を流します。自分が後釜に座るべく、約束を違えていないか一生懸命監視して、いざと言うときには更迭の嘆願までやってくれますよ」
「それでも少しはまともになってくれたらええことどすねんやけどねぇ」