【気紛れ義侠】賊徒の巣
マスター名:咬鳴
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/12/19 04:24



■オープニング本文

●山賊の出る山
 ある山に、山賊たちが跋扈していた。
 麓の村は山賊達に何度も襲撃し、少ない蓄えを幾度と無く奪われていた。領主に嘆願し護衛と討伐の兵を送ってもらったものの、山賊たちは必ずと言って良いほど兵達が山狩りに出払った時を狙ったかのように襲ってくる。
 変わらぬ襲撃と成果の上がらぬ兵達への供応で、以前にもまして村の暮らしは厳しくなっていた‥‥。

 そんな折、山賊の勢力圏である山道で一台の荷車が山賊たちに囲まれていた。
「おのれ、何奴!この荷は山賊如きが軽々しく奪ってよいものではないぞ!」
「へっへっへ、鼈甲細工に絹織だったか?すっかり噂になってたぜ。お侍様の荷を軽くしてやろうって善意だ。遠慮せず、積荷を置いていきな」
 下卑た笑いを浮かべながら迫ってくる山賊達。
(「この程度の輩に背を見せて逃げるとは業腹だが、御大将のご命令とあらば仕方あるまい」)
「ええい、多勢に無勢とあらば仕方ない。荷よりわが身だ!俺は逃げるぞ、生きたい奴はこっちに来い!」
 護衛の一人が敵味方に聞こえるように声を上げてもと来た道へと走り出すと、他の護衛も荷車の人足達も慌てたようにそれに続く。奪うものさえ奪えればわざわざ命の取り合いをする必要も無い。逃げる護衛たちを罵り嘲笑う山賊達は、彼らの動きに潜む違和感を感じる事も無かった。 

●謀略?いいえ、ただの義侠心です
 数日の後‥‥遠国への進物を強奪した山賊の討伐という依頼を受けた開拓者は、ギルド支部の一室に通される。内密の依頼者の為の部屋だ。
「お待ちしておりました‥‥では、ここでの会話は依頼が解決するまで他言無用でお願いします」
 依頼者である翠は人差し指を口元にあてながらそう言うと、机の上に図面を広げる。図面には討伐予定の山賊のものであろう根城の位置、逃亡用の裏口までが書き込まれていた。
「さて、皆さんには奪われた品々の奪還と山賊の捕縛に加えて、幾つか行っていただきたい事がありまして。一つは、これを着て根城の中に潜入し、ある物を調達していただきたいのです」
 そう言って側近に用意させたのは、三領の具足。八角家のものではない家紋が付いている。
「これは、問題の地を治める領主家の家紋。そして私の部下が調べた限りでは、これを着る者を山賊は根城へと招き入れてくれます」
 扇子で口元を隠した翠の表情からは、腹の内を窺い知ることは出来ない。
「つまりは領主殿はこの山賊と誼を通じている可能性がある。事実であれば賊の背後にいる首魁も、成敗する相手であると思いませんか?」
 頷いて良いものかしばし逡巡する開拓者達。元々聞いていた依頼内容と微妙に違う上に、下手をすれば、いやしなくても貴族の暗闘に足を踏み込んでしまうのではないだろうか。沈黙の中最初に口を開いたのは、翠の後ろに控えていた側近であった。
「ご心配なく。御大将は純粋に義侠心を発揮しておいでなだけで、何か企んでいるように見えるのは単なるポーズです」
「んなっ!?」
 図星を突かれて扇子を取り落とす翠。わたわたと拾って広げ直すが、最早先程までの一癖ふた癖ありそうな冷たい笑みは演出しようも無い。
「・・・・コホン。ど、どこまで話しましたっけ?成敗といっても相手も領主で貴族ですので、武力でどうこうというわけではありません。上表に足る物証を得るか、本人から言質を引き出すだけの状況証拠を集めるかが当座の目的になります」
 扇子の影に隠れた口元が、先程までと違う意味合いを帯びて見えるのが面白い。
「・・・・ニヤニヤしないでください。ああもう、折角思わせぶりな言い回しとか色々考えておりましたのに。もうぶっちゃけて言いましょう。相手を警戒させないよう表向きの理由にはしましたけど、奪われた宝物など、どうなっても構いません。山賊の根城で得たい成果は、領主と山賊の繋がりを示す物品を探し出すこと・・・・まぁ、向こうもそうそう露骨な証拠を残してくれるとは思いませんが無記名のの密書位は残っているでしょう・・・・と、山賊の内首領を含め主だった者達を『別個』に生かして捕らえ、その内首領だけを領主に引き渡すこと」
 強調した単語の意味を説明するように、翠は言葉を続ける。
「領主と、捕らえた首領自身にも『生きて捕縛されたのは首領だけである』と認識させる事。これが出来ると後々何かと有利になります。他にも細々とお願いしたいことはありますが、それは追々ということで。ご理解いただけましたでしょうか?」
 室内で決められた作戦は他言無用。ようやく落ち着きを取り戻し澄ました声で尋ねた翠が、噴き出した開拓者を畳んだ扇子を片手に追いかけ回した事も、勿論他言無用である。
 


■参加者一覧
雲母坂 芽依華(ia0879
19歳・女・志
霧崎 灯華(ia1054
18歳・女・陰
空(ia1704
33歳・男・砂
煉(ia1931
14歳・男・志
風鬼(ia5399
23歳・女・シ
刹鬼(ia8693
27歳・男・志


■リプレイ本文

 三人の兵が、山へと続く細い道を談笑しながら歩いている。
 槍の穂先を外し、刀を他の荷物同様ぞんざいに持った姿は万が一山賊が現れたとき即座に対応できるようには見えない。よほど気を抜いているか・・・・襲われない確信がなければ出来ない態度だろう。
「お客さんらが来はったでぇ。ほな、いこか?」
 心眼で彼らの位置を確認した雲母坂 芽依華(ia0879)が言うが、横で翠は愚痴愚痴とぼやいている。
「予定より一刻も遅いなんて・・・・私の部下なら懲罰ものですよ。変装に際しての細かい部分の差異の調整も出来なかったし・・・・」
「そのせいでこっちが遅くなった分、忍び込んだ人達が大変ですしね」
 軽く囁いた風鬼(ia5399)は、既に斧を手に音もなく動き始める。
「あの調子でへらへら対応されたら時間がかかってかなわん。芽依華、声だけ掛けて足を止めたら一気に仕留めるぞ」
「えぇ〜、折角色々応答をするつもりどしたのに・・・・」
「あの調子なら密書とかもおざなりな持ち方だろう。眠らせて探した方が早い」
 抗議する芽依華に言い放つと、煉(ia1931)も距離を詰め始める。

「迎えに来ましたえ」
 正面に人影を見た兵達は気楽に手を上げて答えようとする。が、その内二人は後ろから殴られ、声をあげる暇もなく倒れ伏す。
 な、と驚いて振り返ろうとする先頭の兵の所に、正面に居た人影が一気に詰め寄ると、刀を一閃し鞘へと納める音のみが響く。自分が斬られたのか殴られたのか、振り返った先に居た人間の数と顔かたちも掴めぬまま兵は気を失った。
「死にはしまへん、峰打ちにしといたさかいな‥‥せやかて、気絶はしてまうやろけどなぁ」

 密書は兵の一人の懐からあっさりと出てきた。内容はいくつかの日付と山、商といった単語のみ。さすがに、誰が書いたかを露骨に表すような事は書かれていない。
 一通り読んだ後密書を翠に渡した煉が問う。
「さて、こいつらはどうしようか」
 こいつら、とは勿論気絶させた兵達である。
「顔を見られてないという自信はおありですね?では、得物を隠して丁重に起こして差し上げましょう。得られる情報は知れているようですし、寧ろ領主と山賊の繋ぎを断って情報を遮断したほうが面白くなるかと」
 翠が笑みを浮かべながら言う。

「起きましたか」
 目を覚ました三人の兵は、自分たちが山賊とは異なる物々しい集団に囲まれている事に気づく。
「私達は八角様の指揮の下山賊の討伐に向かう途中です。貴方達は何者かに襲われたらしく倒れていたようですな」
 風鬼が淡々と言う。嘘は言っていない。
 そのまま彼らが武器を失っている事を告げ、根城攻めへの同行は危険だから翠の部下の一人をつけて近くの集落まで送ると言い含める。兵達は戸惑った表情で互いを見るが、やがて言われるままに従った。
「何か言いたげでしたな」
「つるんでる山賊に密書を届けに行く、とはさすがに言えまい」
 煉は皮肉を込めて笑うと仲間や翠達をせかすように手招きする。
「急ぐぞ。あまり遅れると・・・・潜入した連中が暴れだしかねん」

 一方その頃。領主の兵に変装した三人は、下にも置かぬ扱いで根城の中に案内されていた。
「おぅ、見ねぇ顔だな。新しい使いかい?」
「前のは手ぬる過ぎてこれよ。俺達はあいつ等ほど甘い顔しねぇぞ?」
 空(ia1704)が自分の首を掻き切る仕草をしながら山賊を睨む。おお、怖いと言いながら山賊は違和を持つでもなく、頭の所へと案内してくれる。
(「さっすが空の旦那、悪党が板についてるねぇ」)
(「にしても、杜撰ね。まあ、ちんけな山賊らしいおつむの出来ってことかしら」)
 後に続きながらひそひそと話し合う刹鬼(ia8693)と霧崎 灯華(ia1054)。陣笠を目深に被って口元を埃よけで覆っている灯華を見ても誰も誰何しないのは、領主紋の具足であっさりと信用してしまっているであろう事と、領主と山賊の力関係によるものであろうか。
 首領の部屋が近づいたところで、周囲へもう少しおっかなさを印象付けておくかと空は後ろの二人に怒鳴る。
「てめぇら、さっさとついて来い!いらん事は言うんじゃないぞ!」

 通された部屋では、山賊の首領が値踏みするように三人を見る。
「あんたらが新しい『使い』か。で、新しい文でも持ってきたのかい?」
「それどころじゃねえ。お前ら・・・・最近領主様に渡りもつけず荷車を襲っただろう」
「はっは、さすが金の絡む話には耳が早い領主様だな。銭に換えてくれるなら安く卸すぜ」
 悪びれることもなく言う首領をひと睨みすると空は語気を荒げ、机代わりの木箱をドンと叩きながら言う。
「正体の知れん相手を気安く襲うんじゃねえ!領主様のコネも誰彼にでも通じるもんじゃねえんだぞ!・・・・ったく。こりゃあ、今まで渡してきた文を返してもらうことも考えんとな」
「おいおい、冗談じゃねえよ」
 一方的に怒鳴られていた首領もさすがに言い返す。
「領主さんとのご縁を示すブツがなくなったら、そ知らぬ顔で首を切られっちまう。持ちつ持たれつだろ?」
「そう思うならせめて見つかりづらい場所に隠しておけ。万一お前らが捕まったとき助かるかどうかは領主様次第だとわかってるだろう?それと・・・・荷車を襲った面子でおつむの出来のいい奴らを集めろ。相手の正体を知る手がかりになるかもしれん」

(「やれやれ、慣れねぇ悪党の演技は疲れるぜ」)
(「嘘おっしゃい。本職顔負けよ」)
 山賊たちに聞かれないように嘯く空に灯華が突っ込む。首領が手下に声を掛けるのを傍目に、空は二人に言う。
(「俺はしばらく心眼に集中するからよ。集めた山賊のお相手はお前達でやっておいてくれ」)
 心眼も個々の存在を精密に理解できるわけではない。空は鎌をかけられた首領がどう動くかを追跡するため、目の前に相手が居るうちに心眼を開いて室外に出てからの動きを追尾するつもりなのだ。
 目を閉じて黙りこくった空の代わりに三々五々集まってくる山賊たちに話を聞く役目は刹鬼と灯華がしなければならないのだが・・・・
(「あたしはあんまり喋り過ぎるとまずいし、あいつらの顔覚えるのに集中しなきゃいけないから、あんたが話しかけて時間稼ぎなさいよ」)
(「俺かよ・・・・口が立つのと一緒だから楽できると思ったんだがなぁ」)
 灯華に押し出されるようにして刹鬼がもごもごと口を開く。
「あ〜、集まってもらって早速で悪いんだが、荷車襲ったときの護衛の連中の特徴とか覚えてる奴はいないか?」
「ああ、凄え特徴があったぜ」
 がははと仲間と笑い声を上げながら山賊の一人が答える。
「最初だけ偉そうに何かほざいてたが、ちょっと脅してやったら一目散に逃げ出しやがった。あんな臆病野郎は中々いねぇなあ」
 山賊達が一斉に爆笑する。
「へっへへ、どうせ斬り合いなんぞやった事もない連中だったんだろうよ。もう少し踏ん張りゃあ伊達にしてやったのによぉ」
「お前がやると殺しちまうだろ、ぎゃはははは!」
 特徴というよりはただの自慢話になっている。このままやいやいと喋らせておけば外の襲撃まで時間を稼げるだろうと踏んだ刹鬼は放っておくことにした。


 根城の正面、茂みや岩陰などに身を隠しながら開拓者達が距離を詰めていく。
「どうも、戻りました」
 いつの間にか姿を消していた風鬼がいつの間にか戻って来た。
「何しとられましたん?」
「攻め込んだ際に、それこそ崖を転げてでも逃げるのが居るんじゃないかと道無き道を探してたんですわ」
 事も無げに答える。
「さて、遅くなったしそろそろ仕掛けようか」
 煉がそう言って刀を抜く。
「風鬼さん、先程仰っていた逃げ道、後ほどお願いしますね。・・・・大手門備、懸れ!」
 翠の号令下、堂々と姿を現した部下達が弓を引き絞る。火矢と鏑矢、正面に注意を引く仕掛けである。
「うちは悪断つ義の刃どす!観念しよし!」
 鏑矢の音が響く中、芽依華が名乗りを上げて駆け出すと他の面々も雄叫びを上げてそれに続く。
 油断していた山賊達に切りかかり、そこかしこで剣戟の音が鳴り響く。煉は山賊達の前で刀を鞘に納めてみせると、好機と思い込んで斬りかかって来た一人に雪折の後の先を振るう。派手に血を流しながら悲鳴を上げて転げ回る相手を蹴飛ばすと、たじろぐ残りの山賊達の前で大仰に刀を納めてみせる。
「・・・・さっきまでの威勢はどうした?さっさと掛かってこい」


 根城の中がにわかに騒がしくなる。
「襲撃だと!?どこのどいつだ!」
「さ、さぁ・・・・。ただ、雄鹿の頭の馬印と風変わりな紋の旗が・・・・」
「八角か!お前ら、随分な連中に目をつけられたな!」
 怒鳴るように叫ぶ空にやや慄きながら山賊が振り向く。
「狂暴な私兵集団で領主様の意向も通用しない連中だ・・・・お頭、逃げるぞ。書状の処分を忘れるなよ」
「お、おう・・・・」
 その剣幕に押され、急かされるように小道の奥の隠し部屋の入り口を首領が開いたその時。
「はぁい、案内ご苦労様。ゆっくりおねんねなさい♪」
 突如聞こえた女の声とともに痺れが全身を貫き、首領の意識は闇に沈んだ。
「な、てめぇら!?」
 陣笠を放り投げ、邪魔な具足を外した三人を見て周囲の山賊が色めき立つ。が、山賊が腰の刀を抜くより早く電光石火の勢いで踏み込んだ空がその顔を鷲掴みにし、壁に叩きつける。
「さっきまでので溜まっててよォ、色々遊ばせてくれや、な?」
 そのまま二度、三度叩きつけると動かなくなった山賊を投げ捨て、新たな獲物に飛び掛る。
「弱イ・・・・足リ・・・・ツ、次・・・・次は、手前だぁ・・・・は、ひひ、殺さねェかラ、殺さネぇカラ、絶対ニ!!」
 奇矯な笑い声を上げながら、山賊の胸倉を掴み上げ刀の柄で滅多打ちにする。確かにそう簡単には死なないだろうが、血反吐や折れた歯などが派手に飛び散る。
 腰の引けたまま竦んでいる残りの山賊たちも無事では済まない。
「さあ、楽しい楽しい宴を始めましょうか」
 灯華のその声とともに放たれた式が山賊を切り裂く。傷はいずれも狙って浅く抑えてあるものの、血は派手に出るは痛みは激しく感じるはで恐慌を来たした山賊達は悲鳴を上げながら逃げ惑う。単衣を紅く染めながら灯華が嗤う。
「あははははっ・・・・さあ、次は誰が死にたい?」

 根城の喧騒の中、山賊の一人がこっそりと隠し部屋の中に入る。手にした松明を床に置き、地中から葛篭を掘り起こすと・・・・
「はい、ご苦労さん。手間が省けて助かったぜ」
 山賊の首筋に太刀を突きつけ、刹鬼が微笑む。そのまま葛篭を足で引き寄せ、蓋を開いて中身を見る。
「書状の束・・・・当たり、みたいだな」
 そこまでの気概は無さそうだが、命を捨ててでも焼こうとする前に山賊を部屋の外に突き出す。
「さぁ、逃げるなら早くしないと・・・・俺以外の二人に見咎められると大変だぜ?」
 返り血を浴びながら暴れ狂う二人を見ながら刹鬼がにやりと笑うと、山賊は脱兎の如く逃げ出した。


「この世界に、悪の栄えたためし無しどす!」
 正面側で最後の山賊に峰打ちを叩き込んだ芽依華が、大きく音を立てながら刀を鞘にしまう。内側で潜入組にどのような攻撃を受けたのか、血塗れで倒れる山賊もちらほら居るが、絶命するような一撃は加えられていない。
「それで最後か?・・・・そういえばまた風鬼が居ないな」
 出てくる人影の絶えた根城の入り口を見ながら煉が言う。
「さっき、逃げおおせた山賊はんがおらんか調べ物をお願いしましたえ?」
 芽依華の言葉を受けるように、茂みからがさがさと山賊を背負った風鬼が現れる。
「はあ、戻りました」
「おおきにはばかりさん。後ろの方は?」
「緊急の避難所に使えそうな岩の窪みに隠れてたので連れてきたんですわ。多分、他には居ないはず」

 根城の中から、潜入していた三人が姿を現す。空と灯華の全身を血に染めた姿は世人を驚かすに十分なものがある。
「いやあ・・・・駄目だな、やっぱ。鍛え方が足りないから脆い脆い」
「ほぉんと、殺さないよう手加減しなきゃいけないから余計に苦労したわ」
 その上何か物騒なことを言っている。
「取りあえず、裏口の連中が中で賊をふん縛ってる。ちぃと来てもらえるかい」

 三人に案内されて、根城の中、隠し部屋までやってくる。翠は書状の幾つかを手早く読むと、開拓者たちに投げ渡す。
「さすがに、領主本人の名を記すような馬鹿はしてませんね。首領が鉢金に隠し持っていた切り札の一通にあるのは、あくまで家令の署名。他に至っては署名自体が無し、と」
「何だ、無駄骨かい?」
 やれやれと頭を振る刹鬼にふと笑った翠が指を突きつける。
「例えば、数ヶ月前に書いた覚書きの中身をしっかりと、一字一句違わず覚えていますか?」
「重要なものなら記憶にあるけど、定期的に出す報告なんていちいち覚えようともしないわ」
 答えたのは灯華だが、満足な回答を得た翠は話を続ける。
「ですね。つまり現物を見せるまではあちらは朧な記憶が疑心を招きます。そこが付け込める点の一つ」
 別の書状を首領に持たせると、空の葛篭に火を放つ。
「後はこの男を突き出せば、向こうが踊ってくれるはずです。空様と霧崎様は暫く血は拭わずにお願いします」

 気付けを受けた山賊の首領が見たものは、灰になった葛篭と筵を被せられ血の滴る板に載せられ運ばれる手下たち。
「生かして突き出すのはお前さんだけで十分だからな」
 空が首領に顔を近づけにやりと笑う。
「俺をどうするって?」
「残念ながら、裁く権利を持つのは当地の領主殿ですので。連行しなさい」
 翠の言葉を聞いて、今度は山賊の首領がにやりと笑う・・・・その魂胆を見透かされていることは知らぬままで。

 件の地の領主、冷泉主殿允の屋敷前。付近の住民が騒然とする中、『之者、悪賊暴徒也』と書かれた板を首から提げた首領を引いて開拓者と八角党が通りを練り歩いてくる。
「ま、待たれい!用向きは如何に!」
「主殿允様の領内を荒らしていた賊の首領格を捕らえました故、引渡しに参りました」
「う、む・・・・しばし待たれよ!」
 屋敷から慌しげに数人の家臣がやってくる。
「主殿允様は多忙につき我らが申し次ぐ・・・・捕らえたのは、こやつ一人か?」
「くすくす・・・・私たちを見れば、わかるでしょう?」
 そう言った灯華をはじめ、何人もが乾き始めた返り血で赤黒く染まっている。実際は戦闘終了後に塗りつけて擬装した者たちもいる。
「・・・・八角殿らのご協力に感謝する。他に、渡すものは無いな?」
「何か、思い当たるものでもあるのか?」
「い、いや!言葉の綾だ。忘れられい」
 煉に問われて慌てて訂正する。


「ぷはっ、噴出さないよう苦労したぜぇ」
 屋敷から離れての空の第一声に皆から笑い声が上がる。
「先程の屋敷が後日皆さんに上がりこんでもらう予定の場所です。睨み顔の練習をしておいてくださいませ」
 自身もくすくすと笑いながら、翠は扇子で主殿允の屋敷を指し示した。