【水庭】自我と選択
マスター名:石田牧場
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/10/16 16:10



■オープニング本文

前回のリプレイを見る


●誘い

「私達と共に、来ないかね?」
 もう一度繰り返されたその言葉に、緑は戸惑っていた。
(ずっと、動けなくなるまでこの箱庭に居るのだと、そう思っていた)
 誰に届けるわけでもない記憶。自分にやさしくしてくれた主達の事を、自分が持つ記憶をこの場所にとどめておくために。残ることを選んで、これまで過ごしてきていた。
 それが自分の選んだ道で、それが自分の幸せなのだと思っていた。
(幸せ? ‥‥って、なんだろう)
 今まで、考えたことがあっただろうか?
 初めてのような気がしていた。
(記憶が中途半場だからかな)
 修復用パーツは、失くすより少し前までの記憶のバックアップも兼ねていた。それまでの記憶は完全に取り戻している。
 パーツを失くした後の記憶は、残っているものとそうでないものどちらもあって曖昧な部分が多い。
(そのための日記だった)
 記憶が欠けてしまうことは予想できていたから、それまでは簡潔に作業記録だけで済ませていた日記に、些細なこともすべて書くようになった。それらを全ておさらいすれば、欠けた記憶を補完することはできるだろう。
(量は多いけれど‥‥必要なのかもしれないし)
 自分を助けてくれた目の前の開拓者たちは、主達の情報を欲していたようだから。お礼はしてもし足りなくて、出来るだけのことを返したいと思う。

(名前も、考えてくれた)
 自由に飛び立てるように、出会いへの感謝に、未来に繋ぐ者として、見守ってきた者として、花を守る者として、ずっと在る者として、昔を偲ぶ者として、魅力的と呼んでくれた髪のこと‥‥
(皆、私の事を知った上で、考えてくれた)
 これまで必要を感じなかったけれど、実際に名前を得てみると世界が違うものになったような気がする。
 名前を呼ばれること、自分を示す特別な言葉があるということ。そのことは緑にとって新鮮な感動を与えてくれたのだ。
(‥‥箱庭の、外‥‥か)
 外に出たら、もっとさまざまな感動があるのだろうか?
 自分自身で選んで、これまですごしてきた生活。これを捨ててもいいものだろうか?
 確かにこれまでは、外に出るという選択肢すら思いつかなかった。そもそも出る方法が思いつかなかった。この箱庭はずっと、閉ざされていたのだから。
 望んでもいいことなのだろうか?
 いや、自分が選んだ道はここに残る事だったはずだ。
(わからない‥‥)
 どうしていいのか。
 何を考えればいいのか。
 選ぶこと、選ばないこと。そもそも選択肢はこの二つなのか、そうでないのか。
(混乱してきた。‥‥混乱?)
 また自分は故障してしまったのだろうか?
 修復用パーツを、宝珠にあてがう。何の反応もない。なら自分は今正常だということだ。
(どうして決められないんだろう)
 一度、落ち着かなければならないと思う。
 落ち着き。情報の整理。現在の再認識。自分と言う存在の確認。
(そうだ、まずは今を知らなくちゃ)
 自分を、居場所をこの箱庭を。

●迷い

「‥‥皆さん、お願いがあるんです」
 黙り込んで考えに耽っていた緑を、心配そうに伺う開拓者達。彼らの視線に答えながら、緑はたった今思いついた考えを声に出す。
「私、この箱庭をぐるりとめぐって、今の様子を確認したいと思っています」
 自分が今どこにいるのか、自分は何をしたいのか、それを知る手がかりとするために。
「皆さんさえよければ、それにお付き合いいただけませんか?」
 私の知っていることであれば、ご案内も出来ると思います。
 そう言って、緑は開拓者達に頭を下げた。


■参加者一覧
天河 ふしぎ(ia1037
17歳・男・シ
久我・御言(ia8629
24歳・男・砂
フェンリエッタ(ib0018
18歳・女・シ
針野(ib3728
21歳・女・弓
緋那岐(ib5664
17歳・男・陰
蜂矢 ゆりね(ic0105
32歳・女・弓
リーズ(ic0959
15歳・女・ジ
鏖殺大公テラドゥカス(ic1476
48歳・男・泰


■リプレイ本文

●植物園

「じゃあさ、緑がここを案内してよ!」
 緑のお願いに目を輝かせた天河 ふしぎ(ia1037)が快諾し、皆も頷く。
「わぅ、冒険心がうずくよ!」
 リーズ(ic0959)の尻尾がぶんぶんと揺れる。緑のお願いは渡りに船だったのだ。
「ボクももう一度探検したいなって思ってたんだっ♪」
 でも、とその後に続く言葉は同じくらいの情熱が伴っていて、けれど箱庭に対するのとは少し違うもの。
「緑ちゃんの昔の思い出とかも聞かせてくれると嬉しいな♪」

 菊浬を連れてきた緋那岐(ib5664)。彼の手にひかれてやってきた少女は緑を見るなり近寄って、ちょこんと小首を傾げて挨拶。
「会えて嬉しいの。遠足、一緒に楽しみにしてたんだっ」
 差し出される小さな手の意図がわからず戸惑う緑。
「手をつなぎたいらしいから、つきあってくれるか」
 妹分みたいなもんだという緋那岐の言葉に、ぎこちなくその手を取る。確かに黒髪同士、姉妹のようにも見えた。

 鏖殺大公テラドゥカス(ic1476)を押しのけて緑に近づいたビリティス。
「ビリィ様だぜ! よろしくな緑!」
 緑のまわりを検分するように回る。
「おー綺麗な髪してんじゃん! テラドゥカス、お前惚れたか?」
 ぎゃははは!
 笑い声をあげるビリティス。テラドゥカスが控えめに告げた。
「‥‥こういう奴だがよろしく頼む」

「天儀ではこういう子達もおるんよー」、
 針野(ib3728)に背を押されたのは銀髪の少女型人妖。
「緑のお姉ちゃん、はじめまして! シヅはしづるって言いますっ。よろしくお願いしますなんだよー」
 箱庭には瘴気はないみたいだけれど、と針野。
「わしの大事な家族っさね。一緒に、快気祝いも兼ねてつきあいますさー!」
 前の調査では時間切れだったことを思い出す。また回れると思うと楽しみだ。

「うぉー! 宝探しだー!」
 緋那岐が勇んで管理施設の中に入っていく。破壊されていても貴重な場所には変わりない。研究用の設備らしき雰囲気が緋那岐の探求心をくすぐる。
 言魂で部屋の隅々まで調査していく。透明な鉱物の欠片や、焼かれて墨のようになった書物。化石と見まごうほどに硬くなった小さな粒は、植物の種だろうか?
 懲りずに掌に念を込めもしたが、瘴気は集まってこない。
(この箱庭が、あの瘴気に満ちた旧世界を‥‥再び緑溢れる地に戻さんが為のモノなら、そう思ったんだけどさ)
 緑の話を思い出す。穏やかな永遠の世界をもたらすこと。監視者達本来の考え方とは違うが、人を失わずにそれがなされる可能性があるというのなら。
(そうだったらいいよな)

(きちんと動いてた時は、植物の育ち方とか種類とか細かく調整しとったってことなんかな)
 思いついた考えを吟味する針野。
「‥‥アレ? 管理から解放されたってことは、ここの植物達は、長〜いこと自力で生きてきたってこと?」
 言いながら、動物達もそうなのだと気づく。緑が頷いた。
「植物園の一角だけは、私が整えたりして手を入れていましたから、違うかもしれませんが」
 お察しの通りとの太鼓判。聞いた針野はほうと息をはいた。
「じいちゃんばあちゃんも言うとったけど、自然の生き物達って強いっさねえ」
「私もそう思います。休眠を繰り返していた頃、起きるたびに同じ種の子が居たりすると、嬉しくなったりしました」

 「・△・」ぴー!
 ひょこりとあらわれた杏仁豆腐を指し示してふしぎが尋ねる。
「本当の名前ってあるのかな。ここで初めて見る生き物だから、気になってて」
 監視者達が何と呼んでいたのか。杏仁豆腐、はあくまで今の時代の人間がつけた名前だから。
「確か、人工精霊334号プリンだったと思います」
 更に謎が深まった気がする。

●空から

 皆が緑の願いに答え、声をかける様子を久我・御言(ia8629)は冷静に眺めていた。
(己を知る、それは何者であれ良い事に違いない。緑君の判断を喜ぼう)
 思考を纏めるには冷静たるべきと、それが癖になっている。
(彼女の主の痕跡、或いはここを出る時に通る必要のある場所。彼女に見せるに良い場所はどこなのか‥‥考えてみたいものだね)
 情があるからこそ、真剣に取り組んでいる証だ。
「緑君、君の主‥‥二人がここを旅立った時、何に乗っていたか教えてくれないか」
 考えが徒労に終わる可能性もあるが、何かを示せると信じて尋ねる。
「情勢データをとる際にも使っていた、小型の飛行船です。一艇しかありませんでした」
 私の仕事には不要で、空を駆けることはありませんでした。
「皆さんには、助けられてばかりです」
 緑の言葉に、御言は自分の考えが意味を持つことを確信した。

 空の散歩を提案したのはフェンリエッタ(ib0018)。
「今日は大切なお友達も一緒よ、空の案内をお願いね」
 紹介の後、アウグスタの体を撫でる。
「‥‥友達?」
 首を傾げる緑に、手を差し出す。
「さあ、お手をどうぞ‥‥しっかり捕まってて」
 旋回しながら上昇し、高く登っていく。
 風に乗って、空を混ぜるように。そして島が見える場所で改めて声をかける。小さくなった儀へ手をかざして、掴むように握りしめながら。
「見て。探検し甲斐のある箱庭も、手の中に収まるくらい小さくなった。儀で生きる私達は更にちっぽけで、大きな力で踏みつけられちゃうと、ひとたまりもない」
「天儀は、此処よりもっと広いのですよね」
 主達の手伝いで天儀を見たことはあるけれど、箱庭を見下ろしたのはこれが初めての緑である。
「離れて初めて分かる事もある。地上で見上るよりも空は途方もなく広大で‥‥気持ちいいでしょ?」

 ゆりねが用意した休憩用のお茶とお菓子を囲みながら、皆で一息。
「雛祭りに食う菱餅と雛あられもってきたぜ! あたしはお雛様になった事あるんだ! テラドゥカスも雛壇になったんだぜ!」
 詳しく説明するビリティス。
「お内裏様ではなく、雛壇なのですか」
「緑も外に出たら、実物も見られるぜ!」
 語るビリティスは無邪気な笑顔で、その様子に緑にも笑みが浮かんだ。

●遺跡

「そういえば、からくりの歴史も古いんだなぁ」
 古代人の遺産かな、と緋那岐が思い出したように呟いた。
「皆、一度だけ聞いたことがあります。からくりは皆、同じ一族に作られたそうです」
 テラドゥカスも菊浬も、緑も皆、からくりであればその出所は同じなのだと。

 仲間達の後方で、これまでに得た情報と自身の推測を思い返していた蜂矢 ゆりね(ic0105)は、この箱庭そのものの将来も案じはじめていた。
「箱庭もいつかは落ちちまうのかね‥‥」
 この箱庭も儀の一つであることには変わりない。ならば落下の危機は同じはずだ。監視者達は世界の破滅を見越して、その先にある世界のために箱庭を作った。それは天儀も箱庭も全てひっくるめた「浮いた儀」の存続を想定していないことになるのではないだろうか。
 姉弟の言葉、緑の言葉も反芻する。世界派に作られた監視者がもつのは、神代と同様の力。箱庭にあった予備の体は壊されている。
 昔、酒天童子に嫁ぐはずだった少女は穂邑そっくりで、今、神代の力は穂邑が持っている。
(天儀、石鏡付近等にはまだ、生きている世界派の遺跡が遺っている、かもしれない)
 独自に導き出した答えはこれだ。そしてそこに、この箱庭が崩壊を免れるヒントもあるかもしれないと希望を見出したかった。
「その遺跡が在ってはじめて実証されるんだから。仮説のままになるかもしれないね」
 けれど。緑にも、今ここに居る仲間達にも伝えておいて損はないかもしれない。その考えをもつ者が増えれば、それだけ可能性を現実として手に入れる誰かが現れるかもしれないのだから。

●水辺

「西の島にある湖に行ってみたいんだ」
「初めて来たときは滝口から眺めたんだけど、水龍みたいな影を見たんだっ」
 その影がなんなのか、本当に龍だったのか。もっと近くで確かめたい欲求がずっと心のどこかにあって、リーズはその気持ちを大事に持っていたのだ。
「あの時は、箱庭の事全く分かっていなかったけど、今はまた違うでしょ? 水中遊歩道が使えるなら、もっと近くで見れるんじゃないかなって思うんだ」

「うっひゃーすげーな!」
 何を見ても感動の嵐のビリティス、特に移動経路として選んだ水中遊歩道でその様子は最高潮だ。
「素直に答えてくださると、嬉しいです」
 これがやり甲斐と言うのですねと緑。
「テラドゥカスさんも、菊浬さんも。楽しそうで‥‥幸せに過ごせているのがわかります」

「この箱庭について、もう一度聞いてみたいんだ。緑にとって、ここはどんな思い出が詰まった場所なのか」
 記憶が欠けていても自我のあった緑だから、記憶とは別の何かがあったはずとふしぎが尋ねる。緑にとっての世界は、この箱庭だけだったと知っているから。
「もう一度この土地を巡ってる今、新しい発見はあった? 周りって少し目を離すと、色んな変化を見せるよね。外の世界は、ここよりもっと変化があるし色んな人達が居るよ、もしまだここが気になるなら、世界を見て回ってからまたここに帰ってくる、そんな旅でもいいんじゃないかな? 故郷は故郷、大事な場所だから」
 緑が主達のように外に出ても。その先もずっと彼らの道を踏襲する必要なんてどこにもないのだ。

「ここに住んでる子たちは下の世界に居た子たちなのかな?」
 瘴気に溢れた旧世界を思い出すリーズ。動物も植物もいつか、死に絶える土地。
「瘴気がなくなれば、こんな風に自然一杯の世界に戻るのかなぁ」
 そうなったらいい。ううん、そうなるべきだと思う。

「‥‥ほええ、すごく大きな滝だね」
 水面ギリギリまで顔を近づけて、何かいないかと覗き込むしづる。
「お魚さん、いるかな?」
「シヅー、前、前見るんさー!?」
 水面に波紋が広がって、やっと針野の声に気づいた。
「うにゅ?」
 自分の視界にかかる影につられ、見上げた先。水が滴り虹色に光る鱗が視界いっぱいに広がって‥‥しづるを飲み込めそうな顔がこちらを見下ろしている。
「ふにゅっ!」
 食べられる!? 危機感に襲われたしづるは涙目で、針野の元へ戻った。

●足跡

 御言が見つけたのは「意図して遺したものはない」と言う事実だった。緑本人こそが遺された唯一と言っても過言ではない。それは緑自身の意思によるものではあるけれど。
 緑の暮らす家の小部屋だけが例外かもしれない。今はもう過去を見れないその部屋はなぜ破壊を免れたのか。
(緑君のため‥‥か?)
 意図した本人に聞くことが出来なければ知ることは適わない。だから御言がその答えを得ることは不可能だ。疑問が残るというのはすっきりしないたちの御言だが、この一点に関しては、このままでもいいような気がしていた。

 御言が緑をある場所へと連れ出す。
「ここが、君の主が見た風景だ」
 姉弟が旅立つ前、最後に立ったであろう場所。そして、最後に見たであろう箱庭の顔。気付いた緑は、ただ無言でその風景を見下ろす。
「彼らと同じで違う景色を、見てはみないかね?」

「世界を広げることって悪いことじゃないと思うんだ」
 知らないことを知るのってすごく楽しいし、今まで考えもしなかったことも考えられるようになったりするんだよと、自分が冒険を好きな理由と重ねながら話す。
「それに箱庭から離れても、ちょっとした長い旅行で、また帰ってくればいいんだしっ。緑ちゃんにとっても、緑ちゃんの主さんにとっても大切な場所なんだから。ボクも緑ちゃんと一緒に、箱庭だけじゃなくて色んな場所に冒険できたら嬉しいな♪」

「緑、あんたのいま一番の願いは何だい?」
 ルタとシイの記憶にもう一度会ってきたのだと前置いて、ゆりねが尋ねる。
「二人とも、緑が箱庭を護り続けてるのを聞いて嬉しそうだったよ」
 見たままの表情を伝える。
「自由にしろって言ったのに、そうとも言っていたよ」
 あたしが思うに、選ぶのは一度きりじゃなくていい、そういう意味じゃないのかね?

「行動の拠点をどこに置くか、で考えようぜ?」
 考え方を変えればいいと緋那岐。故郷ってのは、いつか帰りたい場所で、大切な居場所の一つだ。捨てる必要はないんだよと。

「もっと軽く考えていいんだぜ? 帰りたくなったらまたここに来ればいいんだしよ」
 ビリティスが緑の肩に座る。
「あんたは‥‥いや、あたしらは誰でも生まれながらに自由なんだ! ちょっとでもやりたいなって思ったらやってみようぜ♪」
 少し前までチョコ食いたかったけど、今は塩大福を食いたい、なんてしょっちゅうだと自分を例に出すビリティスにテラドゥカスが突っ込む。
「その度に買いに行かされるわしの身にもなれ」
「おめーが小遣いくれねえからだろ!」
「お前に渡すと全部博打ですってしまうではないか!」
 テンポの良い掛け合い。
「‥‥そんときは絶対勝てるって思うんだよ! 仕方ねえだろ!」
 テラドゥカスもビリティスも本気のやりとりではないとわかるから、緑の笑みが深くなった。

(決めるのは、やっぱり緑さん自身に任せたいんよね)
 だから針野は皆のように多くは告げなかった。けれどひとつだけ。
「この島に留まるならまた遊びに来るし、外に行くなら喜んで案内しますさー!」
 友達だと思ってるんよ、と。

 徐々に夕焼け色に染まる空と、その色を背にした箱庭。改めて緑を空へと誘いながらフェンリエッタは言葉を紡いでいく。
「ここに残ると決めた過去の貴方も、誘われて悩んでる貴方も本当。悪い事なんて一つもないわ」
 状況は絶えず移ろい、選択肢も変化するものだから。
「この箱庭は貴方の大切が詰まった宝箱ね。例えどこへ行くとしても、また帰って来る事もできる。それが故郷というもの」
 一つの事に進む道もあるけれど、戻ることができると知っていてほしい。
「色んな事を知って、考え続けるといいと思う。‥‥貴方も名前を得た。それは一個の人格を持った人として自己を確立し、呼ばれる事で他者に承認されるという事」
 だから私からこの言葉を贈るわ。視線を合わせて、まっすぐに見つめる。
「おめでとう。緑さんがいま本当に望むものを選択できるように、私も応援してるわ」

「外に、出てみようと思います」
 外を知ってから、またこの場所を選ぶことも教えてもらえたから。可能性を増やすことは、肉体年齢のないからくりのみである緑にとって利点でしかないと教わったから。
「それじゃあ‥‥これを。冬への備えと出会いの記念にね」
 フェンリエッタが持参の品を緑に渡す。
「開拓者ギルドに登録したらいいと思うよ」
 それで日銭を稼げば暮らしていけるからとゆりねも勧めた。

「主達の記憶ではなく、この箱庭の話でもなく。私自身から皆さんに贈れるものは、私の気持ちくらいしかありません」
 居住まいを正す緑。
(自己満足かもしれない、でも)
「これも、私が決めたことです。‥‥ありがとうございます」

 あなた方は、私にとって――