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■オープニング本文 前回のリプレイを見る ●永い時を からくりが一人で暮らすには広い家。 動きは鈍く、言葉さえもとぎれとぎれになったからくりを運び込めば、小さな一間が姿を現した。 寝台と、書き物机と椅子、小さな本棚。家の補修と同じく素人仕事のそれは、大事に使い込まれ、時の流れを感じさせる。家具一つ一つにも、幾度も補修のあとが感じられた。 からくりを寝台に横たわらせて、開拓者達は改めて部屋を見渡す。 一番新しく思えるのは本棚で、そこには何冊かの本のようなものが置かれていた。これも手作りだ。 書き物机にも、書きかけらしい一冊が開いたままで置かれている。書かれている文字は、天儀の物とは違っていて、読むことができない。 「‥‥それ、は‥‥」 視線に気付いたからくりが説明しようと、起き上がろうとする様子。 「私が、ずっと‥‥書きた、め‥‥」 「そんなことは後でいいだろ!」 「貴方の調子を戻す方が大事です」 「‥‥今一度言おう、我らと共に外の世界に来ないか?」 腕のいい技師を知っているからと、誘いの言葉をかける開拓者。 「記憶‥‥も、欠‥‥て、い、る‥‥」 陶磁器のようなその体だけではなく、内面にも破損があるという事だろう。 からくりは、古代遺跡から発掘される機械人形。体の修復は今の天儀の技術でも可能だが、コアの修復は行えない。そのコアに影響があるとするならば、開拓者達の伝手ではどうすることもできない。 「でも、箱庭なら? ここにならあるんじゃないのかな?」 一人の言葉に開拓者達が息をのむ。まだ話せるうちにと、からくりに尋ねる。 「貴女の修理が、出来る物があるのではないの?」 「‥‥ど‥‥、か‥‥忘‥‥」 言葉が途切れる、休眠状態になったようだ。 忘れた、と聞こえた気がする。その場所さえも、記憶が欠けてしまったという事か。 「でも、あるんだな?」 ひとりの呟きが、部屋に響く。からくりは『無い』とは言わなかった。『忘れた』その一言に賭ける価値はあるのではないだろうか? 「だったら、探すしかないんよ」 聞きたいこともある、知りたいことがある。けれど、それ以前に。孤独に過ごしていたこのからくりが、こんな最期を迎えてはいけないと思うから。 「探そう! また、笑ってもらうために!」 ●広さの理由 奥に続く扉の先には、たくさんの本棚と、そこに並ぶたくさんの書物。丁寧に管理されていたようで、多少の埃はあれど整頓されている。年代別に並んでいるのか、奥に行くほど本棚から本の装丁から、古さが一見して分かるようになっていた。 からくりの眠る部屋にあった本と同じように、やはり読むことはできない。 記号のような文字や、同じような並びから、書物の大半は日記のようだと感じ取る事はできるのだが。からくりの修復を無事に終えることができれば、より詳しい話が聞けるだろう。 (けれど、ここから手がかりを得ることは難しそうだ) この部屋の探索は切り上げようと口にしかけたところで、別の声が上がった。 「奥に、もうひとつ部屋があるみたいだ」 奥にあった扉と小部屋の様子に、見覚えのある者達がいた。 御所の地下にある、『夢語り部の間』‥‥その小部屋の一つに非常によく似ているその部屋は、神代の少女の力がないはずなのに機能しているように見えた。 この部屋で眠れば、過去の追体験ができるだろう。けれど、その過去がいつのことなのか? 情報源がない今、それは行ってみなければわからなかった。 (壊したはずの設備の中で、ここだけが生きている) その意味を考えてみる。様々な情報源を破壊していったのは姉弟だと聞いた。からくりの意図したものではない。だとしたら‥‥想像は尽きない。 「他に有力な手がかりもないことだし、行ってみるしかないのかな」 この島をまるごと探し回るよりは、懸命なことに思えた。 ●欠片を探して 「・△・」ぴー? 広がる荒野。 (^O^)ぴっ? 花畑。 「・△・」(^O^)ぴぴっぴー? 開拓者達の記憶よりも、木々の勢いが控えめな箱庭。見回せば、多数の杏仁豆腐。 『‥‥あれ?』 にゃぁぅ? 自分の声の代わりにケモノの鳴き声が聞こえる。毛むくじゃらの手、いや前足? に、尻尾が言葉を話せない自分達。 同じように右往左往するケモノ達を近くに感じ取り、本能的に仲間達であるとわかる。 『ねえ! もしかして‥‥!』 グワォー わんっ チチチッ ぴー! 『通じるような、そうでもないような‥‥』 多分龍があの人で、犬が彼女で、鳥が彼で‥‥なんとなくだが、判断することはできる。 この儀には、からくりの他に『話す』生き物が居ないことは分かっていたので、人の姿のままではないことは予想出来ていた。 だが、せめて仲間内での意思疎通ぐらいは、どうにかできなかったのだろうか‥‥? (でももう、来てしまった) やり直しができるかもわからないのだ。今はできる限りの手を尽くして、手がかりを見つけなければならない。 「どうしたんですか?」 からくりが、集まっているケモノ‥‥開拓者達に近寄り、声をかけてくる。 動きも滑らかで、言葉も濁りのない元気な様子。 チチ‥‥ 小鳥がからくりの肩にとまった。 「つきあってくれるのですか? ‥‥じゃあ、いきましょう」 今日は植物園のあの区画です、と指し示しながら歩いていく。 現代であれば木々に埋もれてしまっているはずの、探すのは難しいその場所に。 陽の光を反射して、きらりと光る、半球のカプセルのような何か。 常に持ち歩いていたはずのそれは、ふとした拍子に零れ落ちていたのだった。 カァー! 烏が見つけ、拾い上げて‥‥持ち帰る。揚々と、悠然と。 その巣もまた、時が経てば朽ちて、集めた物も転がり落ちて。別の場所に入り込んでしまうことだってあるだろう。 木々は育ち、蔦にまみれ、陽を遮られて‥‥隙間も、穴も、入り口も、すべてが自然の一部として、隠されていく。 からくりが忘れてしまうほどの時間をかけて、どこかに。 |
■参加者一覧
天河 ふしぎ(ia1037)
17歳・男・シ
久我・御言(ia8629)
24歳・男・砂
フェンリエッタ(ib0018)
18歳・女・シ
針野(ib3728)
21歳・女・弓
緋那岐(ib5664)
17歳・男・陰
蜂矢 ゆりね(ic0105)
32歳・女・弓
リーズ(ic0959)
15歳・女・ジ
鏖殺大公テラドゥカス(ic1476)
48歳・男・泰 |
■リプレイ本文 ●いつかのケモノ達 全員が入り江の周辺に居たおかげで、互いの状況を確認できた。見覚えのある山岳が遠目に見える。東の島、しかもからくりの家からそう離れていない場所だと判明する。 ケモノ達の記憶のおかげで、本来の生活圏の地理も自分の居場所も違和感なく認識できる。小部屋に入る前、からくりの資料からみつけた地図と、自分達の持っていた地図も照らし合わせた効果が生きるかは探索の結果が教えてくれるだろう。 「たくさん集めてくれたんですね」 小石や木の実、龍や蛇の鱗。 雀や鴨が集めた拾い物を見たからくりは小さく笑みを浮かべる。どれもパーツとは似ていない。 「手伝ってくれて嬉しいです、ありがとう」 伝わったのだろうか、ケモノ達の様子もどこか落ち込んでいるように見えた。 「私はそれほど、困っているように見えるんですね」 言葉は通じないとわかっていても、どこか答えてくれそうな気がして。肩の上に登ってきた小猿に尋ねたり、足元に寄り添う、足先と尾先が白い茶色の犬の頭を撫でて目を細めた。 何を思ったのか、小猿が机の筆記用具を手に差し出してくる。 (可能性は低いけれど、でも) 何もしないよりはいいかもしれない。からくりは探し物の形を絵にしようと受け取った。 ・靴下犬と鷹 からくりの匂いを覚えたリーズ(ic0959)が痕跡をたどる。ずっと持ち歩いていたはずのパーツだからこそ、からくりと同じ匂いがするはずだ。いつも世話をしている花の香りや、書き物のインクの匂い。インクの匂いが強いおかげで、日がたっていても追うことができた。 『ここまでみたい』 ワウッ! 匂いが途切れている場所で一度鳴く。ついてきていたからくりが周囲を見渡し、小さく肩を落とした。 「世話の間に落としてしまったんですね‥‥」 上空をフェンリエッタ(ib0018)が旋回している。影に気づき見上げたからくりは、羨ましそうに呟いた。 「飛べたら‥‥いいえ。私には、ここが限界なんですね」 (未来で、見つけてみせるから) からくりの呟きを心に抱く。島の地形把握に努めていたフェンリエッタは、水中遊歩道の出入り口や管理施設の位置を脳裏に刻む。 ここからが自分の役目だと神経を研ぎ澄ます。 『食べ物でも棲家でもない、パーツを探しているの』 縄張りの奪い合いかと様子を伺いに来た他の鷹や鳥達にいかに的確に伝えるか。これを仕損じると縄張り争いに発展しかけ消耗してしまうのだ。 箱庭全体が厳しい自然環境ではないおかげだろう。意図が通じれば、ケモノ達は態度を軟化させ、時には知っている情報を応えてくれるようになった。 ・杏仁豆腐と雀 (・△・)ぴー? 『丸くてキラキラ、知らないかい?』 現在よりも数の多い杏仁豆腐の一匹となった蜂矢 ゆりね(ic0105)は、その数を生かして情報網を形成しようと聞きこむ。 かつて閉じ込められて居たドームから解放された杏仁豆腐達は皆自由な考え方を持っていて、聞きこむ対象としてあまり向いていなかった。その日その日を謳歌することを重視している人為的なケモノは、その記憶容量も多くなかったのだ。 『あっちでみたかもー?』 『本当かい』 「・△・」ぴっ 話すだけで気が抜ける。それでも貴重な情報だ。すぐ近くで狼に聞きこんでいた針野(ib3728)に一声鳴いて走り出した。 (実際になってみても、この走り方は全く理解できないねえ) このぷるぷるの形状でどうしてすばしっこく走れるのか、謎は尽きない。 『森で珍しいもの見なかった?』 ゆりねの情報と共についてきたものの、その場所に目的のものは見つからない。リーズが匂いを辿った先とは違う場所だ。既に何度も移動しているという可能性が浮かぶが、そうであってほしくないと首を振り根気よく聞き込みを続ける。 からくりの絵を見る限り、一度見たら印象に残る形のはずだ。拾ったケモノが大事に持っている可能性を信じる他に道はなかった。 ・鴨と小猿 『キラキラな物拾ったとか、そう言ってる奴居なかった?』 光り物ならば烏の可能性がある。そう考えていた天河 ふしぎ(ia1037)はあえて別の鳥の姿だ。烏の姿であれば、他の烏の宝物を狙う強欲なケモノに見えただろうが、鴨の姿のおかげで警戒心を弱めることができたらしい。それでも『鴨のくせに烏みたいなこと言うな』と鳥達に思われたようだが。 相手はケモノだ、言い回しを選べば伝わらないし、かといって簡潔にすれば直球で伝わる。機微を読み取らせること自体が難しい相手なのだ。 『あれか‥‥』 珍しい宝物を見つけたと自慢していた烏が居たとの情報にすがり巣の傍に向かう。幸いにも留守のようで、頷き合った後、緋那岐(ib5664)が樹を登っていく。 『‥‥違った!』 覗き込んだ巣の中にあった『宝物』は向こう側が見通せるくらい透き通った鱗。確かに珍しいと思えるほどに大きくて状態がいい。 『聞き取り、またやり直しだな』 身振りで不発だったことをふしぎに伝える。 クワー! 『‥‥でも、あきらめないんだからなっ!』 肩の代わりに頭を地面につくほど下げてから、振り切るように気合を入れた。 ・皇帝ペンギンと炎龍 久我・御言(ia8629)を乗せた鏖殺大公テラドゥカス(ic1476)は一路水辺を目指す。地形把握の中でも特に水中を重視していた彼らだが、食物連鎖の観点から見てもチグハグな組み合わせだ。腕を組もうとして長さが足りず様にならない御言はペンギンの本能でテラドゥカスに怯えていたし、食欲に慣れていないテラドゥカスは肉食の本能が御言に牙をむかない様、食べ物を見つけ次第口にするようにしていた。 (今、水中にないことが一番だ‥‥だが長い年月をかけて、落ちないとも限らない) 魚達と戯れながら潜水していく。水中の地形も時間とともに変わる。だからこそ移動が起きないはずの水中通路を基準として今の様子を記憶しておく。 (今見つかる方がいいのは確かだ) この過去のタイミングと現代まで、どれだけの年月があるのかもわからない。水中に落ちた後、陸に戻る可能性だってゼロではないのだ。 『探索済としておくぞ』 泉のまわりに茂る樹木に爪で印をつけるのはテラドゥカス。ここが記憶の再生された世界だからこそ可能な方法だが、仲間達と手分けする目印は地形把握、島を網羅する点で役立っていた。 ●最初の隠し場所 一度で正解に辿り着くことはできなかったものの、調査を繰り返すことで範囲を狭めた開拓者達はついに、探し物を見つけることができた。 烏の巣の中に収められたそれは、宝珠に似た輝きを持った、けれど薄い半球状。その大きさや形を確認してから、改めて調査を再開する。 今この世界に居るからくりにパーツを届けることは容易だ。しかし現代の結果が変わるわけではない。 『ここは本当の過去ではないからな』 烏の巣がある樹木が正しくどの位置にあるのか、自身の歩数を利用してテラドゥカスが計測していく。 陸地の大岩、直線状の河川、水中通路の入り口など、経時変化の少なそうな目印から、何か所も。 『樹ばっかりだね』 目線を高くしようとテラドゥカスの背に乗ったままゆりねは周囲の地形を見渡す。東の島の森林の中、かろうじて山岳が見える程度だ。覚えるとするならばどんな樹が多いか、その葉の形や枝ぶりを覚えておくしかないだろうかと視点を変えて、記憶する。 針野とふしぎは周囲を飛び回り空からの把握に努め、リーズと緋那岐は周辺の坂や穴の有無を確認していく。 改めて烏の巣周辺を行動範囲にしているケモノ達をチェックするフェンリエッタは、近くにある水中通路の入り口を改めて見つめた。 『ここに入り込んだとしたら‥‥』 記憶によれば、現代では川の水が流れている場所。つまりこの水中通路はいつか水没する。 『強風が吹けば、近くに落ちる可能性もある』 勿論落ちない可能性もあるけどね。察した御言が入り口の扉に触れる。‥‥ペンギンの力では開かなかった。だが風化し隙間ができる可能性も捨て置けない。 見つけた手がかりはあくまでも起点に過ぎないから、可能性をしらみつぶしにあげて、出来る限り覚えて現代に戻るしかないのだ。 この時間に居られるそのギリギリまで。 ●変わる世界で変わらぬ物 小部屋の天井を見て、安堵のため息をこぼしたのは誰だったか。頭では長い時間を過ごしたように思えても、体の痛みが少ないことを思えばそう長い時間ではないのだと知る。固い床でさぞ強張っていると思われた体が無理なく動かせることを確認し、御言は仲間を振り返った。 「ふむ、戻れたようだね」 「やっぱりしゃべれるっていいな」 しみじみとした声は緋那岐。鳥類になっていた4人は互いに会話ができていたが、別の姿になっていた者達は心細さもあったかもしれない。 「面白い情報がないとは言わないけどね」 杏仁豆腐の真実を垣間見たゆりねは満足そうだが、やはり知能が低い相手との会話には疲れもあっただろう。 「貴重な体験には違いなかろう」 血の通う生き物になったことそのものがテラドゥカスにとっての新感覚。 「行こう、命を救う宝探しに!」 ふしぎの急かす声に呼ばれ、8人は起点の場所へと向かった。 まだ若かった幹も太く、枝ぶりも広く、そして高く。 「この樹で間違いないぞ」 目印からの確認を終えたテラドゥカスの太鼓判。かつての様子は見る影もないその樹に同じ烏の巣があるはずがなかった。 それも予想していたことだ。森の木々の密度さえ違っていたことを開拓者達は知っていたのだから。 「どんだけの時間が経っているんさー‥‥?」 十年でも百年でもない、千年はゆうに超えているがっしりとした根本に触れる。考えるだけで眩暈がする。ずっと同じ場所にあるとは思えない、移動を繰り返すであろうその可能性に。 「それでも探すしかないんだよ!」 目星をつけていた地形がある可能性に賭けて、早速リーズは周囲を見回す。目はあきらめていない。 勿論それは全員同じだ。驚きも呆れもあったけれど、諦めようという者はいなかった。 「そのために、覚えてきたんだものね」 考えたあらゆる可能性全てをもとに、逆の手順をとればいい。言葉でいう事は簡単で、行うことは容易くないけれど‥‥それしか手段がないのなら、やるしかない。 ●ただ一人のためだけの 蔦や樹木で封鎖された入口を開放し、風化の始まっている扉をこじ開ける。起点の場所から近い順に、水中遊歩道等の施設や穴を確認していく。 既に開放してある場所もあり、改めて解放する数はそう多くない。過去と比べて自然に埋もれてしまった場所を記憶を頼りに探し出し、一つずつ暴いていく。 キラッ 絡み合う蔦の合間に陽射しを受けて光る何かを見つけた時、開拓者達は互いに顔を見合わせた。 惰性のように繰り返すだけだった手足に活気が戻る。我先にとかきわけた先に、烏の巣でみつけた時と同じパーツが見つかった。 「これで、彼女を直せるんだね!」 リーズの尻尾が大きく揺れる。 「早く持って帰ろう」 急ぎたくて仕方ないふしぎの声。 「‥‥おおお落ち着こうわし‥‥」 「何、もう見つかったのだ」 「大丈夫よ」 パーツを抱えて感動に似た緊張の声を漏らす針野に、御言とフェンリエッタが微笑んだ。 テラドゥカスの記憶にもないパーツだったが、形状から宝珠もしくは関節に触れさせる可能性しか考えられない。 「触れさせるだけでいいのか‥‥?」 既に消耗が大きいからくりを、無理に休眠状態から起こすわけにもいかない。 緋那岐の手を借り自分の体で試したが、修復が不要だからなのか、それともパーツ自体がこのからくり専用なのか、パーツの性能を確かめることはできなかった。 「これ以外に方法がないなら、答えもひとつじゃないか?」 緋那岐の言葉に意を決し、宝珠に被せるように置く。 カチリ 小さな音と共に、はまり込んだパーツが淡く光りだす。 (辛い記憶ばかりではないといいね) からくりの目覚めを待ちながら、ゆりねは小さく祈った。 ●思い出と名の礼に 「お手数をおかけしました」 口調も動きも滑らかになったからくりに、開拓者達は呼び名を考えてきていた。 「いつまでもからくりと呼ぶのは、貴方の個性を認めていないような気がして」 翡翠、緑、結、瞳、フィオーレ、永遠、時庭偲、黒魅亜‥‥各自の理由も聞いた上でからくり自身が選んだのは、緑。 「どの名も私には勿体ないものばかりで、身に余るほどです。けれどこの言葉は、私のこれまでも表しているような気がしたのです」 ありがとうございます。改めて謝辞を述べる。 「お礼になるのかはわかりません。皆さんの疑問に対して不足していた答えを、どうかこれからお話しさせてください」 幸い、やり取りの記憶は残っている。書き溜めていた資料を使えば、知る限りのことを答えることができるのだと緑は申し出た。 「修復が終わったばかりで大丈夫なのかい?」 「無理させるわけにはいかないよ!」 情報は嬉しい、けれど急がせるつもりもない。口々に告げる開拓者達に笑みを向ける。 「大丈夫です。主達の残したこのパーツは、それだけの効果がありますから」 緑自身、世界派そのものの思想は知らない。 「この箱庭が世界派の流れを汲んでいることは存じていますが、私には不要なことだからと教わっておりません」 知っているのはこの箱庭と、共に暮らしていた主達の事。 仕えていた主達は『監視者』と名乗っていたこと。お互いに呼びあうことは稀で、固有名詞は記号同然。 遺伝子プールである箱庭の維持と管理の他に、定期的に外の世界――天儀のことである――に出かけ、世界の情勢データをとっていたこと。 緑は些細な補佐だけで、技術そのものには造詣がないこと。 高い技術力を持っていても、世界の混乱等には手は出さず、ただ人々に紛れ、監視するだけだったこと。 「いつかくる時の為に、あらゆるものを蓄えておくのだと、聞いたことがあります」 監視者達の存在理由は『世界再生の後に穏やかな永遠の世界をもたらす』こと。 だからこそ不老不死で、特別な力を持ち‥‥非常に上から目線の思想を持っていた。 「けれど、あのお二人‥‥特に弟のルタ様はその考え方に反感を持たれたようです。理由はお伺いしませんでした。あの頃の私は自我が弱く、業務外の事を尋ねることはありませんでしたから」 姉のシイ以外の監視者を殺し、培養室の予備の体も装置ごと壊し、文明や技術、全てのデータをバックアップごと破壊。監視者としての管理下にあった、いうなれば巻き込まれたケモノ達を管理施設から解放し自由にさせた上で、彼は姉を伴いこの場所を後にした。 「私はケモノではありませんが、ケモノ達と同じように自由にしていいと言われました」 箱庭を出ることも、このまま住むことも。姉弟と共に行くことも選べた。 「初めて選べと言われて‥‥はじめて自分で考えて、残ることにしたのです」 |