|
■オープニング本文 ●謎の島 不思議な島だった。 まるで楽園か、感情を排するならば自然の縮図と呼んでも良い。 なだらかな丘陵、広がる森、深い密林、険しい山岳、澄んだ湖、咲き乱れる花――その島は、まるでありったけの自然を詰め込んだかのような島だった。 そうした環境に応じてか、生息する生物も不思議な妖精から荒々しいケモノまで、まことに千差万別であった。その種類の豊富さたるや、魚ひとつとってもまるで都の魚市の如き様相を呈していた。 一方で開拓者たちは、遂に水中遊歩道とでも呼ぶべき透明な通路を海中や湖中に発見すると同時に、密林に埋もれた中には廃墟と貸した遺跡までも発見したのだ。 「‥‥妙だ」 どこか、違和感があった。 島には豊かな自然のみならず確かな人工物も発見された。しかし同時に、まるで人間が生活していた痕跡が感じられないのである。まるで、この島は人が暮らす為のものではない、とでも言うように。 やはり、何かがあるのだ。この楽園には、隠された何かが―― ●目覚め 「‥‥、‥‥‥!」 声が聞こえた。 (誰‥‥?) 遠くから、聞こえてくるような気がする。 深く深く沈んでいた意識を、上昇させようと強く念じた。 「‥‥っ。‥‥‥‥‥」 もう少し昇ったら、あと少し上にあがれたら聞こえるような気がする。 (もっと、もっと高いところに行かなくちゃ‥‥) あの声を、誰の声かを確かめなくてはいけないのだ。 「‥‥‥! ‥‥‥!!」 もうすぐ、あとほんの少しで聞き取れる―― 『俺たち二人と一緒に行くか、ここに残って過ごすか。お前が自分で決めるんだ』 あの一連の出来事の発端でもあり、最後の監視者でもある姉弟。その弟の方が私にそう告げたのはどれくらい昔のことだったのだろう。 『私達はきっと長い旅に出ることになるわ。とてもとても長い時間、旅をして、人々に触れて、また離れて‥‥でも、貴方にそれを強要するつもりはないの』 姉の方もそういって、私の答えを待ってくれた。顔色の変わるはずがない私を気遣うくらい、やさしい人だった。 そして私はここに残ると決めた。そう答えたあと、あの二人は外へと出て行った。 それから、私はここで一人で暮らしている。 稼働状態を続けていくことが難しいとわかってからは、細切れに、不定期に、戯れに目を覚まして、箱庭の様子を見回りながら時を過ごした。 それから、どれくらいの時が経ったのだろう? すぐに思い出せないところから察するに‥‥もう私の記憶領域にも、欠損があるのかもしれない。 体を動かすのも、思い通りにいかなくなっている気もするから。 私の終わりはもう、近いのかもしれない。 ここを去る前、あの二人は何て言っていただろうか。 『お前が残ると決めたなら、それでいい。ここで特に何かをしていろとは言わない。俺達はここを捨てていくんだ。お前は俺達を待ってはいけない。ただ‥‥好きなように生きろ』 『私達がここに戻ってくることはないでしょう。貴方を残していくことも忘れたふりをするでしょう。でもね、あなたの居るこの場所が、私達の故郷であることは変わらないし、忘れないわ』 そうだ。自我なんてほとんどなかった私にも、彼らは親身に接してくれたのだ。 自我がなかったからこそ、だったのかもしれないけれど。 (思い出した‥‥) なぜ私がここに残ろうと思ったのか。 ここは、あの二人のただ一つの故郷だからだ。 私一人くらいなら、彼ら姉弟のことを覚えている存在が残っていたっていいと思ったのだ。 例え、この場所が誰の記憶にも残らない『箱庭』だとしても。 だって、彼らはそれを許してくれたのだから。 私の中に芽生えた小さな自我を彼らは認めてくれて、そして自由をくれたのだから。 ●一対の双眸 開拓者達が島の探索をはじめてからどれくらいが経ったのか。 自然にあふれ、動植物の数も多く、何よりアヤカシが存在しないこの場所は、開拓者たちが過ごす一時の休暇にふさわしかった。 今も島のあちらこちらでは、楽しげな開拓者たちの声が聞こえてくる。 パキッ 枯れ枝を踏んだような音が聞こえた気がして、あなたは音のした方を振り返った。 (‥‥なんだ?) けれど、そこには誰もいない。さっきまで、誰かが居たような、視線を感じたような気がしたのに。 だからあなたは一度、仲間たちを振り返った。 「ひい、ふう、み‥‥やっぱり、8人だ」 「どうしたの?」 様子に気づいた仲間が、声をかけてくる。あなたは首を傾げながら、言葉を紡いだ。 「いや、さっきあのあたりに誰かいた気がしたからさ」 二人の様子に気づいて、他の仲間たちも寄ってくる。 「皆、こっちにいたぜ?」 「あんたが一番端にいたんじゃないか」 「‥‥って、言ってるけど?」 一人がまとめた。誰もその音は知らないと。 「でもな、枝の音が聞こえたんだ」 皆が頭を突き合わせる。 「‥‥この島って、もう全部探索が済んでいるんだっけ?」 「全部ではない、とも言っていたような気がする」 「じゃあ、人が居る可能性はゼロじゃないんだね!」 一人の声を大きく叫んだ一言に、皆がはっとする。 「探しに行ってみるか?」 「面白いものが見つかるなら、儲けものだね」 そうして、音の聞こえたその先へと開拓者たちは踏み出していったのだ。 ●動揺 (つい、逃げ出してしまった‥‥!) あの姉弟が帰ってきたのかもしれないと、心のどこかで期待していたのかもしれない。 (直接見に行かないと、誰が居るのか確かめられなくなったのは、不便だな) あの二人ではなかったけれど、確かに人だった。彼らと同じような人間だった。 (耳があったり、角があったりもしたようだけど‥‥気のせいだったかな?) 何人もの人が居ることに驚いたのは不覚だった。どんな人が居るのか、観察する時間を十分に取れなかった。 なにせずっと長い間、一人で過ごしていたのだ。会話なんてどれだけしていないのだろう。 (そうだ、声なんてもうずっと出していない気がする) 機能は失くしていないはずだけれど。会話するような相手にはもうずっと会っていないのだ。 (でも‥‥本当に、この『箱庭』に人が来るなんて‥‥) 自分はどうすればいいのだろう。姉弟は『好きにしろ』と言っていたけれど。 あの見知らぬ人間たちも、ここで何をしているのだろう。 (気になる‥‥けれど、どうしていいのかもわからない) 起き抜けに焦ったのがいけなかったのだろうか、体の動きが少し鈍くなった気がした。 (とりあえず、家に戻ろう) 一人になってからずっと暮らしている、植物園の傍に建てた我が家に。 |
■参加者一覧
天河 ふしぎ(ia1037)
17歳・男・シ
久我・御言(ia8629)
24歳・男・砂
フェンリエッタ(ib0018)
18歳・女・シ
針野(ib3728)
21歳・女・弓
緋那岐(ib5664)
17歳・男・陰
蜂矢 ゆりね(ic0105)
32歳・女・弓
リーズ(ic0959)
15歳・女・ジ
鏖殺大公テラドゥカス(ic1476)
48歳・男・泰 |
■リプレイ本文 ●探検の続き 「もっとこの島のことを知りたいなー‥‥と思ったら、第一島民発見ですさー!?」 枝の音について、改めて言葉にした針野(ib3728)はその事実に慌てた。 「あわばばば‥‥って、アレ? もうどっか行っちゃったん?」 見回すが、それらしい気配はない。 「追いかけよっか、人なら草木を踏んだ跡とかもあると思うしっ」 まだ探検できてないところもあるからね、と音のした方を指さし言うリーズ(ic0959)。 痕跡を探しながら、小鳥型の式を出現させる緋那岐(ib5664)は心の内をこぼした。 「そうか‥‥杏仁豆腐が島民じゃなかったんだ」 不思議な場所だから、それがここでの常識でもおかしくないと思っていたのだった。 「まるで世界の森羅万象を集めたかの様な儀よの。おらぬのは人とアヤカシ位ではないか」 「『人』のくくりも、どこまでなんだかねえ」 彩り豊かな自然を鑑賞する鏖殺大公テラドゥカス(ic1476)と、皆で楽しもうと準備していた大荷物を抱える蜂矢 ゆりね(ic0105)は追跡や探索をする仲間達の後を追うように進んでいた。人手は十分に足りていたこともあるが、二人はこの儀は初めてで、まだまだ不慣れでもあったから。話は聞いていても、実際に見るのとではわけが違う。 「‥‥二足歩行‥‥だけど」 耳を研ぎ澄ませていたフェンリエッタ(ib0018)が分析する。調子が悪そうな走り方に疑問を浮かべ、心配になる。 (吃驚させちゃったせいかな) 「この様な環境で同じ人間とは考えにくい」 痕跡を探しながら進む久我・御言(ia8629)は一つ別の手がかりを見つける。瑞々しい果物を実らせた果樹にも、もぎ取った様子が見られない。 (食事の不要な存在、と見るべきであろうな) 「あれ、ここって‥‥」 辿り着いたのは、東の島の北の方、入江の近く。 地図を確認した天河 ふしぎ(ia1037)は、その場所に一つの書き込みを見つける。 目の前にあるのは、古い遺跡に少しずつ人の手を加えて修繕が繰り返された『家』だ。大きな樹木が傍に在り、家の殆どが木陰に隠れるようになっていた。上空からも見えにくいはずだ。 「この近くの植物だけ、人が手を入れたみたいに見えるね」 リーズが見渡す先には、並びを考えて植えられたらしい、花畑が広がっていた。 ●歩み寄る為に 扉は閉じているが、鍵となるものは見当たらない。水中遊歩道や古代遺跡のように高度な技術という可能性が開拓者達の脳裏をかすめはしたが、杞憂だろうと結論づいた。あちらこちらに施された修繕や増改築の様子は原始的で、まさしく人の手によるものだったからだ。 (まるで現実感のない島。なのにここだけは人の手の温もりがあるなんて) 標本として隔離され守られていたような印象で、管理人や番人が居ても驚かない。フェンリエッタ自身足を踏み入れ手を付けるのをためらっていたこの儀に、この家だけは親しみやすい何かを持っていた。 (魔神のような番人ではないみたい‥‥きっと大丈夫) 「いきなりお家に大勢押しかけるのも、警戒してそうなのに逃げ場が無い状態よね」 相手のペースに合わせる提案に、皆頷いた。 「それじゃ、ノックからだね?」 コンコンッ、とリズミカルに叩くリーズの後ろで、息をのみ、耳をそばだてる。 『‥‥っ!?』 ふしぎとフェンリエッタの耳に聞こえるのは、慌てたような小さな足音と、声になりきらない音。だが、息をのむかすかな音は聞こえない。 「呼吸がないってことはさ?」 「食事もしていないはずだ」 ふしぎが確認するように口にして、御言が後を引き継ぐ。煮炊きの煙を逃がす窓がないことを示しながら。 各々が気付いて、ゆりねと準備をしているテラドゥカスに視線が集まった。 手近な石を組んでいた彼はなるほどと頷く。 「わしと同胞の可能性があるのか」 「御免下さいなんよー」 「こんにちは。私達は外から来た人間なの。お庭で休憩させて貰っていいかしら」 針野やフェンリエッタが扉越しに声をかける後ろで、緋那岐が、道中に見かけた小鳥を模した式を呼び出している。 「いきなり見知らぬ人間の姿を見たら驚くだろうし、警戒されるよな‥‥うーん」 窓はあいている。視覚的にも相手の様子を知るためだからと、皆に合図を送ってからそっと式を家の中に入り込ませた。 花畑が見えて、日差しもあまり強くない木陰を選んで茣蓙を敷く。ゆりねが用意してきたのは重箱弁当に、パンプキンパイやリンゴのタルトのデザート。リーズが用意したクッキー、緋那岐の手作りお菓子、針野が用意したお餅とクッキーも一緒に並べて。 手伝いもあって、お茶のための湯を沸かす支度も手早く整った。お茶会は、すぐにでも始められる。 「あんたが踊るのかい?」 テラドゥカスの持つ楽器に視線を留めてゆりねが尋ねる。 「ビリティスの奴が、誰かと仲良くなるなら陽気に歌って踊るのが一番だと言っておったのでな」 髭のようなパーツに触れながら照れくさそうに答えた。 フェンリエッタの軽快なフルートの音に合わせて、テラドゥカスが踊る。タンバリンとベルの音が、その動きに合わせて軽やかに鳴る。 「やあ! そこの人! こっちに来ないかい?」 「どうしてだーい」 「楽しい歌と踊りがまっているよ!」 「まっておーくれー」 無理やりに笑顔を浮かべ、口調もがらりと変えたテラドゥカス。見た目に反した機敏な動きと低音の濁声が響く。 ゆりねの合いの手も合わさって、自然と笑いを、笑顔を誘った。 「‥‥っ!」 あの二人の声ではないけれど、人の声。きっと、さっき見かけた人達なのだろう。 逃げてしまったのは自分だから、追われるのも仕方がないのだけれど。 (どうすればいいんだろう) 呼ばれているし、尋ねられている。どう答えるのが正しかったっけ? (‥‥あの子は) 空いた窓から、見覚えのある小鳥が飛び込んでくる。前に見た親鳥の子か、その孫か‥‥どれくらいぶりだろう。 「ね‥‥ねぇ‥‥?」 声が出せた。少しだけ、練習のつもりで話しかける。 「よくわからない、けれど‥‥自分で、決めなくちゃいけませんよね? これも‥‥」 宝珠に手を添えて、扉の外から聞こえる声を、音楽をじっと聞く。 「呼びかけには、答えなくては」 私はからくり。人に仕えるのが本来の役目だから。落ち着いた動きで、扉に手をかけた。 ●一人きりの 「出てくるよ」 皆の予想通りにからくりであったこと、そして話す言葉が同じだと、緋那岐は皆に伝えていた。 からくりと実際に顔を合わせるまでは、踊りも音楽も止めるわけにはいかない。 (この島の心地良い風に似合うように‥‥) 歌っていたフェンリエッタの髪を、風が舞い上がらせる。その風に乗って髪に辿り着いた花びらを手に取りながら、扉を見つめる。 (身振りまでいらないならなによりだね) 茶のおかわりを注ぎながらほっと息をつくゆりね。茣蓙を敷いたのは、家の入り口から見える場所だ。すぐ目の前にしなかったのは、家を出てすぐの場所に皆が寄り集まったことで相手を怯えさせないようにとの配慮だった。 テラドゥカスは自身の威圧的な外見を自覚しているからこそ、特に下がった場所に居た。 (心証は良い方がいいに決まっている。この儀の王、ないしは所有権を持つ者であったらと思えばこそだ) 相手は同胞だとわかっていても。からくりは相棒であったり開拓者であったり‥‥その立場はさまざまであったから。 カチャリ 「「「‥‥」」」 長い黒髪に緑の目、体型の分かりにくい服装をしたからくり。出てきたはいいが言葉は出てこず、場が一気に静かになる。ならばと御言が口火を切った。 「お嬢さん。私の名前は久我・御言。知っているかは判らないが、天儀と呼ぶ別の儀より参った者だ」 これを皮切りに、皆が自己紹介を始めた。 「僕は天河ふしぎ、もし吃驚させちゃったならごめん、でも危害加えたりするつもりは全くないから‥‥ただ僕達は、君と話をして、もし良かったら仲良くなって貰いたいだけなんだ」 「えっと、わしは針野って言いますさー。生まれも育ちも理穴の弓術師なんよ。この島に来たばかりで、知らんことだらけなんよ」 「あたしゃ、ゆりね。蜂矢 ゆりねだよ」 からくりに近い順に名乗っていく。フェンリエッタは自分が名乗る前に一呼吸あけて様子をうかがう。じっと話を聞いてくれる様子に安堵する。 「私はフェンリエッタ。出てきてくれてありがとう」 再び逃げないでもらえたことが嬉しい。 「緋那岐だ。甘いもの好きか? ‥‥作ってきたから、食べてくれると嬉しい」 小鳥の式はそっと解除しており、にゃんすたーを動かしながら話す。 「鏖殺大公テラドゥカスと言う。そなたに会えて嬉しいぞ」 無理やりではない口元だけの笑み。自然な表情で同胞を見る。 「リーズだよっ! きみの名前も教えてくれると嬉しいなっ」 最後のリーズが、皆の疑問を一手に引き継いだ。 「箱庭にようこそ、天儀に暮らすみなさん。固有名詞はありませんから、私の事はからくりと呼んでください」 休憩もご自由にどうぞと続く。 「堅苦しい話はお茶でゆっくりしてからでもいいだろう? あんたも一緒しないかい」 ゆりねが新たに茶を入れながらからくりを誘った。 ●濃い目のお茶うけ からくりが場に慣れるまではと、花を愛で菓子や弁当に手をつけて、お茶会を楽しむ面々。 ゆりねやリーズが頭部を気にするからくりに気づく。 「ツノ? ああ、あたしゃ修羅って種族だからね」 「ボクは犬の獣人だよっ? 珍しいの?」 「聞いたことはありますが、実際に会うのは初めてです」 「そういえば、同胞も‥‥他のからくりは居なかったのか」 テラドゥカスが訪ねる。 「別の土地には居ると知っています」 「うちにもからくりが居るよ、菊浬っていうんだがこれが好奇心旺盛な奴でさ」 合わせてみたいなと言う緋那岐と、主を持たず自由に振る舞うテラドゥカスを見て、からくりは微笑みを浮かべた。 第一島民発見という事実に張り切っていた開拓者達にも緊張はあったのだ。次第に互いの表情がほぐれ、空気が和んだところで再び御言が口火を切る。 「不躾ですまないが‥‥貴女の事を聞かせてくれはしないかね?」 気になることは多い。時間も多いわけではない。だが動きにどこかぎこちなさがあるからくりに、無理をさせないことも皆の共通認識だ。聞き出すのにいい順番というものはあるはずで、皆互いの出方を伺いながら、少しずつ尋ねはじめた。 「まずは問いたい。ここは貴女の所有かね?」 「私はここで暮らすだけの身です。所有者‥‥主は、別の場所に」 「あんたしか見ないけど、ずっと一人暮らしなのかい?」 「君はずっとここで暮らしているの? 他の住人さんが居たんでしょう?」 「初めて目覚めた時から箱庭に暮らしています。不老不死の主が数名いて、その方達にお仕えしてました」 まずは個人的な話から。不調に見えていたからくりは今はそんな様子を見せず、御言に、ゆりねとふしぎに。丁寧に答えていく。 「その主とやらはどんな人物で、何処にいったか聞いても構わぬか」 「どんな‥‥生き残った二人は、私に対して優しかったと思います。先に逝かれた他の方が私に厳しいということではないですが、からくりである私も同じように扱ってくれました」 テラドゥカスの問いに思い出すようなそぶりを見せて、からくりの表情が緩む。 「何処か目的地があるとは聞いていません。ただ、天儀を巡ると出て行かれました」 天儀を巡ると出て行った二人。ゆりねとふしぎの記憶に引っかかるものがある。 「ひょっとしたら‥‥といっても、僕が直接会った訳じゃないんだけど」 「もしかして、こんな風体じゃなかったかい?」 夢語り部の部屋で出会った姉弟――始祖帝と、その姉の慕容――の容姿を伝えれば、頷くからくり。 「お元気にしてましたか」 逆に尋ねられる。 「旅をしてる間の事なら少し、知ってるよ。素敵な人達だった。かっこよくて、強くてさ」 ふしぎの言葉に続けて、ゆりねがかいつまんで二人のその後を伝える。 弟は普通の人間の寿命になって結婚。王朝を築いて始祖帝と呼ばれ、いまも都に子孫が居る。 姉は慕容の名で弟と別れても旅を続け、旅の途中で騙されたという話を。 「護大のせいで長いこと浮かばれなかったけど、先頃ようやく安らいだって聞いたね」 「あのお二人が‥‥そう、ですか」 けれど血はまだ連なっているんですねと、からくりは俯きかけた顔をあげて感謝を述べた。 明るい話をと、リーズが声をあげる。 「いいところだよね、この島って。景色も綺麗で見たことがないものが沢山あるし、冒険のし甲斐があるよっ! もう居なくなっちゃった人達も、ここで探検したり、遊んだりしてたのかな?」 「箱庭に関する主の業務は維持と管理でした。時々、管理設備に赴いて生態系をチェックしたり。主達がお休みの間は、時々お手伝いすることもありました」 「もしかして東の島で見つけた廃墟って、その管理設備とかいうのの一つだったりするん?」 地図を広げて針野が示せば、からくりが頷く。 「そこは植物園専用の管理室でした。今はもう、中に入ることも難しいですし、壊してあるので必要もありませんから」 「けども、ここは自然豊かで杏仁豆腐とかセイレーンとか動物いっぱいなんよね。アヤカシが出ることはないん?」 「護大派が生み出した存在がここに居るはずはありません。ここは世界派の流れを汲んで作られた遺伝子プールでしたから」 世界派。未だ詳細があかされていないその言葉に、開拓者達に緊張が走る。 「今は主が去るときに破壊していって‥‥残っているのは住み着いた者達だけです」 私と同じように。 聞きたいことは山ほどあるのに、どう聞けばいいのか。戸惑いが広がる。 「‥‥貴方にとって、ここはどんな場所?」 フェンリエッタが沈黙を破る。過去のこと、それもずっと大昔のことをとやかく言っても、今は何も変わらない。知る事は大事なことだけれど、話を聞く限り、この場所は本来のあり方と変わってしまっているようだから。ならばこの場所に残されている想いに触れることが先なのではと思ったのだ。 「私の唯一の場所です。大事な思い出と一緒に、長い時を共に過ごした、離れられない、大切な‥‥でも、それもきっと、もうすぐ‥‥」 (このままここに留まるつもりか) 同胞だからこそテラドゥカスにはわかった。目の前のからくりは今、修繕が必要な状態だ。 「あんた、そんなに長いこと稼動してて体は大丈夫なのかい? アヤカシの欠片を食べて分析できる古いからくりが居るらしいけど、それだって最近まで休眠してたって聞くよ?」 ゆりねの言葉を切っ掛けに、抑えていた言葉を告げることにする。 「一時的にしろ、我らと共に外の世界に来ないか? ‥‥体の調整も出来ると思うぞ」 「それ、なら‥‥」 からくりの手が、家を指さした。 一人で暮らすには、広い家。 |