|
■オープニング本文 前回のリプレイを見る 「のぉぉぉぉっ!」 「ひょぇぇぇぇぇっ!?」 ある日。 流和の作った茶巾絞りを食うなり、師匠は唐突に叫んだ。もちろん流和、びびった。 「な、な、なに!?」 師匠はしわしわの拳を握り、ひどく思いつめた顔で、 「井月屋のまんじゅうが食いたい‥‥!」 がくり。 思わず畳に突っ伏す流和。 「こ、このじーさんはっ‥‥!」 「流和‥‥、これは、そう。ひどく大事な話なのじゃ。 この村には――甘味処がない!」 「当然だってば」 「当たり前だと享受してはイカン! 心の底からの愛と情熱によって、こんな辺鄙な村でも甘味が食べられる日が来るかもしれん。それを! ただのうのうと、待っていてはいけないのじゃ‥‥!!」 「‥‥よくわかんないけど‥‥、ようするに欲求不満なんでしょ。いつも食べてたのが食べられないから」 「うむ!」 はー、と深くため息をつく流和。 わからなくはない。流和は量重視でさほど味に固執しないが、佐羽はどちらかといえば師匠と同類だからだ。食べ物へは執念深い。 「じゃ、お買い物に行く?」 「それでは一時しのぎにしかならんではないか!」 「ならどーしろと!」 「引っ越すぞ、流和!」 「村での修行が契約でしょーっ!!」 「世界は動くのじゃ! すべてが今のままなどありえん!」 「約束守れ! くそジジィ!」 「弟子のくせに師の言葉を聞けんのか!」 「それオーボーって言うんだよ!」 「ぐぬぬ!」 「うぬぬ!」 互いに青筋浮かべてにらみ合う。たいへんレベルの低い争いだが、当人たちはわりと真剣だった。 しかしまぁ、大人げのない老人である。食べ物が変化するとストレスだとはいえ、村で修行をつけられる人物、が条件だったのに。 「なら勝負しようよ! 戦闘とかじゃなくて、あたしにも勝ち目があるやつで!」 「うむ、あいわかった。ならばあまよみじじばばを連れて来ようではないか!」 またしても、流和の修行は迷走するようである。 「ってわけで! お願いおねーさん、開拓者さん派遣して!」 流和の言葉に、いつもシビアな受付嬢はふらりと眩暈を起こした。 「おねーさん?」 「‥‥すみません。私があのひとを派遣したのに、こんなことになって」 「いやまぁ‥‥、心底アホだな、とは思うけど」 「ですよね‥‥。あれでも、けっこう強いんですけど‥‥。約束もきちんと守りますし。 食欲にだけは勝てなかったみたいですが‥‥」 「でも、勝負持ちかけたのはあたしだし。我を通すには、ハッキリ白黒つけるのが手っ取り早いし」 「そう言っていただけると‥‥。 それで、どんな勝負です?」 「お天気予報」 「‥‥」 受付嬢は、ふたたび眩暈を起こした。 「あ、えーとね。 師匠のお友達に、巫女のおじーさんとおばーさんがいるんだって」 「いますねぇ‥‥」 「あたしの組と師匠の組に分かれて戦うんだ。巫女のおじーさんとおばーさんはひとりずつ配属。 で、先にあまよみして、天気を当てたら勝ち」 「なんです? それ。 あまよみなんてほんの短時間、空見て集中すればいいだけじゃないですか」 「うん。だから。 お互いがんばって妨害工作するの」 「ぼうがいこうさく‥‥」 「食べ物で釣るとか、美形をけしかけるとか、水ぶっかけるとか。 戦闘行為は禁止だけど」 「‥‥」 「あたしだけじゃそれでもやっぱり勝てないから、仲間になってくれる人がほしいの。 あと、あまよみじーさんとばーさんの情報も、あれば欲しいなぁ」 「わかりました。しょうもない話ですが、あのジジイをぎゃふんと言わせなくてはいけませんから。 料金はあのジジイにつけておきます。ただ、こんなしょうもない話ですと‥‥、確実な開拓者の派遣が成るかは、ちょっとわかりませんが」 「はい。とりあえず、よろしくお願いします」 こうして、奇怪な依頼がギルドに並ぶこととなった。 |
■参加者一覧
秋霜夜(ia0979)
14歳・女・泰
礼野 真夢紀(ia1144)
10歳・女・巫
橘 天花(ia1196)
15歳・女・巫
明王院 未楡(ib0349)
34歳・女・サ
マルカ・アルフォレスタ(ib4596)
15歳・女・騎 |
■リプレイ本文 早朝。礼野 真夢紀(ia1144)は、朝飯とお弁当の準備にかかっていた。朝食と昼食分の同時進行だ。 同じく明王院 未楡(ib0349)も、お饅頭と水羊羹、濃い目のお茶を準備している。 「お師匠様の我儘にも困ったものですわね!」 言いつつマルカ・アルフォレスタ(ib4596)が作るのは、その師匠向けのお弁当だった。 塩が分量を超過して投入され、ありえない調味料がなぜか混ざり込み、がっしゃんがららららんと調理器具が踊る。 別にわざとやっているわけではないのだが、かといって好意でやっているわけでもない。 (取り付かれているなら妙な精霊でも活用しなければ) 家事全滅の精霊。まさかそんなものいるわけないだろうが、ほんとにいるんじゃないかと信じたくなる光景だった。 見た目を普通にして取り繕い、あら熱をとってから蓋をしめる。 こうして一見普通のお弁当、その実「おいでませ天国♪」の招待状付き弁当が完成した。 真夢紀はご飯と、豆腐とじゃが芋、油揚げを入れた味噌汁をよそう。お漬物は胡瓜を塩と昆布で漬けた浅漬と沢庵。焼き魚はあじの開きだ。 村の養鶏家から分けてもらった卵を生のまま並べ、きゃらぶきと、梅干しと一緒に漬けた紫蘇の葉の乾燥粉末も出す。箱膳に個々人の食事を並べれば完成だ。 「では、わたくしは流和様を起こして参りますわ」 「もうできたので、ついでに全員呼んでもらえます?」 「わかりましたわ」 台所から出て、だいぶ慣れた流和の家を歩く。いつも開拓者が使う大部屋のふたつ手前。部屋へ入ると、布団の中の蓑虫一匹。声をかけると、あーとかうーとかうめき声が聞こえた。 「早く起きなければわたくしの作った食事しかお食べになれませんよ」 がばっ。 一発だった。 「え、えーと‥‥、その、あたしマルカさんは好きだけど‥‥、それとこれとは話が別っていうか」 「ぎりぎりでは食事も取れませんし力が出ませんわ。せっかく礼野様がご用意くださっているのですから」 「あ、そっか。真夢紀ちゃんかー」 あはは、とごまかし笑いする流和だった。 カラコロ♪ 楽しげに下駄を鳴らしてやってきたのは、秋霜夜(ia0979)だ。 あほらしい対決の詳細を聞き‥‥。 「ほむ‥‥なるほど。さすがは師匠。 要人警護と敵への妨害工作を一度に学ぶ実戦形式の修行ですねっ☆」 たいへん前向きに解釈し、にこりと明るく微笑んだ。 「え、えええ!? そ、そりゃあ確かに‥‥言われてみれば、そんな気がしないでもないけど‥‥。 で、でもなんかおかしくない?」 動機が動機である。修行にはなるかもしれないが、師匠の根性が変わるわけでもない。 「正面からだけが戦いではない、とお教えになるお積もりなのですね。勝負であればより真剣に相対するでしょうし、アヤカシや盗賊には通念に囚われぬ対処が必要と自ら示されると拝察致しました。 御心を無駄にせぬよう、全力を以って挑みましょう!」 「う、うーん?」 そうかな。そう言われるとそんな気もしてくる流和だった。 朝食を取り、ついでとばかりに村長を審判役に引っこ抜きにかかる。 「流和さんが村を護りつつ修行する為に師匠を迎えたのですから、今回の対決は落とせません。 村長さんも理解して貰えますよね?」 意味ありげに首をかしげる霜夜。さらに未楡が駄目押しをした。 「村の未来を願って来て頂いたお師匠様が、簡単に約束を反故にするようじゃ困っちゃいますし‥‥ね」 やんわりと、暗に仄めかすようにして。 「まあ‥‥考慮しよう。あまり横暴なことはできんが」 味方、ゲット? 更に霜夜はあまよみじーさんに釘さした。 「師匠と裏で取引とかしてませんよね?」 ニコニコ笑顔。つまり圧力。霜夜の笑顔はとても明るいが、後ろ暗い人間にはこの上なくおそろしい。 ぎぎくぅっ! じーさん、肩が震えた。 「も、も、もちろんじゃともっ!」 冷や汗拭いつつ肯定する。どっからどう見ても怪しかった。 「無事に勝った際には、お茶会を開くのですがお爺様も如何ですか?」 「ほ、ほ。お茶会ですか! それはそれは」 「素敵な旗袍やアル=カマルの衣装が手に入ったので、流和ちゃんに他の地域の雰囲気が伝わるように、着て見せてあげようと思ってるんですよ」 適当に丸め込み、且つ鼓舞する未楡。 「ひょぉぉぉぉっ!? 旗袍とな‥‥! 秦の服じゃったのぉ、あれはぐらまーでないすばでーな未楡さんにぴったりじゃのぉ! アル=カマルについてはまだわしゃー詳しくないんじゃが、これまた異国情緒あふれる美麗な服じゃろうのぉ‥‥。ひょひょひょひょひょ!」 謎テンションに突入するじーさんに、流和はドン引きする。しかし。 「もちろん、無事に勝てたら‥‥、の、お話になるのですが」 にっこりやんわり、牽制かける未楡。 「ひょ‥‥」 妄想に水差されたあまよみじーさん。う、うむでもしかし、勝った暁には! 自分で自分に気合を入れなおしてみる。そんなわけで、ちょびっとマトモになった。そんなあまよみじーさんと、きわめてまっとうな村長に挨拶をする橘 天花(ia1196)。 「お初にお目に掛かります、梅宮橘朝臣天花と申します。この度はよろしくお願い申し上げます」 深々と頭を下げる。うむ、と村長は頷いた。 「これはご丁寧に。私はこの村を代表する、大桐(だいどう)と申す。いつも孫たちが世話になっているようだ」 未楡に夢中なあまよみじーさんほっといて、村長は静かに微笑んだ。 そんなわけで村長の見守る中、戦いの火蓋は切って落とされた。 「それでは――始め!」 「精霊様‥‥」 真っ先に神楽舞「脚」を舞う天花。霜夜と未楡へそれぞれ舞い、精霊の力を与える。それを受けて、霜夜は下駄を脱ぎ捨て迷わずダッシュ。村長宅にまっしぐら。 「――なに!? くっ、板を狙うか!」 流和の友達のくせして鋭い奴じゃ! などと、あきらかに弟子をコケにした台詞を吐いて追いかける師匠。 ざっ、とその前に、竹箒片手に立ちはだかる未楡。 「ふん、たかが箒で‥‥げほごほぐほっ」 力いっぱい地面を掃いて立てた土埃。さすがに視界を遮るほどではないが、思いっきり吸い込んでむせたようだ。その隙に、霜夜は残りの道程を走破する。罠がないか、周辺に目を光らせた。 「特にない‥‥かな?」 かたり。板を取り上げる。同時に。 ばったーんっ! 「っわ!」 なんと玄関の壁が倒れてきた。咄嗟に飛び退る霜夜。大きい上に単純すぎる仕掛けで、見破るのがちょっと難しかった。実際には壁が倒れてきたわけではなく、壁に、壁と同じサイズの板をぴったりくっつけて‥‥、それを回答用の板で支えていたらしい。 壁に油を塗っていたマルカが、あらわになった本当の壁にもう一度油を塗る。霜夜も気を取り直し、師匠に向かって宣言した。 「取ったぞー」 「なぬっ!」 その隙にあまよみしているじーさん。師匠、不利である。 「うぬら‥‥、ならば!」 道端の雑草の中から、おもむろに桶を取り出す師匠。迷わず目前の未楡にぶっ掛けた。さすが腐っても泰拳士。動きが早い早い。ついでに、板に水や墨をかけてくることは想定していたが、自分が対象になるとは思っていなかった未楡。 「っ‥‥」 「ははははは! 友よ見よ! これぞ雨も滴るいい女じゃ!」 「うっひょーい!」 「外套着ています!」 「肌に張り付く髪! 滴る水! 眼福じゃああああっ!」 天花の突っ込みもなんのその、あまよみじーさんは暴走する。 「どうじゃ! ワシにつけば美人のぎょーさんおる店に」 「のひょーっ」 「美人の殿方のお店でしょうか?」 がくし。天花の声であまよみじーさんが気を削がれた。その隙に綿を丸め、耳に詰め込む。ちっ、と師匠の舌打ちが聞こえた。まったく聞こえないわけはないだろうが、聞こえ辛くはなっただろう。 「ならばこれはどうじゃ!」 師匠はじーさんめがけて袋を投げつける。箒で叩き落とす未楡。元々口の開いていたそれの中から、飛び出してくる――カメムシの一群。落下の衝撃を受けたせいか、纏う臭いが強烈だ。 慌てず騒がず、天花は至極冷静にカメムシを払いつつ、梅花香を焚いたり、扇いで臭いを散らしたりした。見た目のわりに虫に強い天花に、ぐぬ、と呻く師匠。 「ならば!」 戦いは、まだ続く。 みんなが師匠と攻防を繰り広げる中、真夢紀がやるのはあまよみばーさんへの妨害工作だ。小銭をたくさん準備する。 「お金? 何するの?」 流和が首をかしげた。 「もったいないなら、使える物を捨てたら絶対に拾おうとするかなって」 ばらまく予定のようだ。ふーん、と流和は頷き――。 「あ。じゃああたし、ちょっと川端行ってくる。大きさの似た石がたくさんあるから、一緒にばら撒いちゃえ!」 ずた袋を抱えて走り去る背中。 「‥‥じゃあ、まずお裁縫箱にしますかね」 お裁縫箱を取り出す真夢紀。あまよみばーさんは、ただいま道端で空を見上げているところだった。もれなくあまよみ中である。 そのあまよみばーさんの前で、お裁縫箱をひっくり返す真夢紀。ほとんどは音も立てずにばらばらと落ちたが、細々とした道具のいくつかががしゃんと音を立てた。 「あらあら、なんでしょう」 あまよみばーさんが顔を真夢紀に向け、空っぽの裁縫箱に目をやり、最後に地面を見た。 針に糸に、あれやこれやと細かい道具が。 「まあまあ! なんということかしら。お嬢ちゃん、転んじゃったの? さあ拾いましょうね」 わっせわっせ。しゃがんで拾い始めるばーさん。真夢紀が今回、敵側だということすら気づいてないようである。とことん自分の興味以外には無頓着のようだ。 が、まばらに草の生える村の道。まともに舗装されてるわけもなく、きちんと均されているわけもなく。裁縫箱の中身の救出作業は難航を極めた。思う壺である。 そこへ、お湯と湯飲みを持ったマルカがやってきた。 「お疲れでございましょう」 にこやかに桜の花湯を淹れにかかる。 「あらまあ、ご親切に‥‥」 あまよみばーさん、言葉が止まった。 「まあまあまあ! 手順はそうではないよ。まず湯飲みにお湯を入れて温めてだね」 「こうでしょうか」 「いやいや、違うよ、そうではなくてね」 「あっ」 「ああ! 零すなんて。もったいない、もったいない! せっかくのお茶はおいしく淹れないと」 そこへ戻ってきた流和。石を担いで、すごく不思議そうに真夢紀を見る。 「‥‥お茶の淹れ方講座?」 「妨害工作です」 そのとき。 「ああ、やっと淹れられたね」 ずずっ、とお茶をすするばーさん。あ、と思ったときにはもう遅い。 ばたんきゅー。 「え、えええええ!? そんなに破壊力あるの!?」 「お歳だからじゃないですか? 味が強烈で目を回されたとか」 「‥‥よ、用意周到」 真夢紀が取り出した薬草に、脱力する流和だった。 とりあえず一時休戦して、お昼にする一同。鮭寿司のお握りを真夢紀が出し、冷たくしたお茶も配った。 「あれ? 師匠だけ違うの?」 「うむ。そこな娘がワシにと。敵ながらよい心がけじゃ」 無駄に深く頷く師匠。流和はちょっぴり引きつったが、何も言わないことにした。 「わー、おいしそう」 さっそくもきゅもきゅと頬張る流和。にこにことマルカが見守る。 「むぐぅっ!?」 一口食べて呻く師匠。 「む、娘。盛ったのか‥‥!」 「そのようなこと。致しませんわ」 「そ、そうだよ。マルカさんだけは、絶対にないよ!」 必要ないもん! 文字通りの意味で念押しする流和。 「ぬ‥‥? そ、そうか‥‥? 疑って申し訳なんだ‥‥」 言いつつ、お弁当を処分しようとする師匠。すかさずばーさんが、 「おやまあ、好き嫌いはいけないよ。もったいない。そんなことするならあまよみせんよ」 「ぬ、ぬう‥‥!」 師匠、お弁当完食。甘味のためにはなんでもやる老人である。 多すぎた食事は流和がいてすら若干余ったが、真夢紀の予想を斜め上に裏切り、ばーさんはもったいないと言いつつお握りをお持ち帰り用に包んだ。ちゃっかり氷霊結で氷を作り、冷やしておく。そういえばあっちも巫女だった。 食事を終え、師匠だけがふらつきつつ、試合再開。 さっそくばーさんの前で転ぶ真夢紀。べしっ、と小さな真夢紀の身体が地面にぶつかる。じゃらんじゃらんと盛大にぶちまけられた小銭。 「まあああ!」 「あ、あたしも拾うの手伝う――うわあ!」 さらに石をぶちまける流和だった。 一方あまよみじーさんは。 「わたくしもあまよみを修得しておりますが、未だ黄口の身。長年の経験による業の冴えを間近で拝見出来るのが楽しみです!」 目を輝かせる天花に、そーかそーか? とにやけていた。華奢な少女に興味はないようだが、単純に褒められて嬉しいのだろう。 「ならば見せねばならんのー」 マルカが防衛に加わったおかげで余裕が生まれ、師匠も本調子ではなく、あまよみをする時間が生まれていた。 数分後。 狼煙銃を使い、さらに呼子笛で霜夜に合図を送るマルカ。結果をじーさんから聞き、地面を蹴って玄関へ向かった。 その動きに反応し、未楡を振り切り、マルカを追い抜く師匠。マルカは師匠に井月屋の饅頭を投げた。ちなみに、真夢紀が準備していたものである。 「てやっ!」 犬のごとく飛びつき、猫のごとく着地してまた駆け出す師匠。 「甘味を投げるとは何事じゃ!」 文句言いつつ、やおら懐から板を取り出す。既に――板には、あまよみの結果が記されていた。流和がそれに気づく。 「ず、ずっこーいっ!」 「使いたくなかった手じゃが‥‥」 にやり、笑みが浮かんだ。ルールには、事前にあまよみしちゃダメ、なんて書いてない。天儀に秦にジルベリア、もしかしてアル=カマルの菓子だってあるかもしれない。都会に行けば愛しの甘味が待っている。これでワシの勝ちじゃ‥‥! 確信を持って板を立てかけた。 が。 ツルッ。 「のぉぉぉぉぉっ!?」 滑った。思いっきり滑った。 慌ててミゾ掘って立てかけようとする師匠。慌てず騒がず、手持ちの板に何かを書き込む霜夜。 滑り止めの施された板を、無造作に玄関裏に立てかけて。 「試合終了」 村長は言った。がばりと顔を上げる師匠。 「なぜ‥‥! 結果は、まだ――お主は知らんはずじゃ!」 師匠の言葉に、外を指差す霜夜。そこには、一番初めに脱ぎ捨てた下駄が一足、それぞれ勝手な方向に転がっていた。 「子供にも出来るあまよみですよね?」 真っ白になる師匠。霜夜のきわめて落ち着いた声音が、完全無比に師匠の夢を砕く。 「うむ。霜夜殿の勝ちだな。 履物を投げただけでは話にならんが、あまよみと言い張れば、まあ、あまよみだ。玄関裏も玄関には変わりがない」 村長は追い討ちをかけた。 「わしの‥‥わしの甘味‥‥わしの‥‥」 「これで我慢してくださいまし」 マルカが差し出した正飴を握り締め、師匠は涙を飲んだ。 |