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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 砕けた刀の欠片に指を這わせ、その表面を撫でる指。 「‥‥壊れ、ちゃいましたね」 京助がぽつりとこぼす。そうね、気のない返事が返る。匂霞は血のこびりついてとれない表面を、ただそっと撫でるだけ。 「好きなんですね」 「ええ。この子は乱れ刃紋で、そして反りが見事だったでしょう。鎬造りっていうの」 それから匂霞は、とめどもなく夕霧について語り明かした。地肌はどうだ、大筋交に研いだからこうだ、と、京助にはほとんどわからない話だった。 「‥‥長いですよ。話」 「それはそうだわ」 京助の言葉を、ためらいなく肯定する。 「わたしと紫藤と迅の、唯一の共通点だもの」 話の八割、息子自慢よ。そう言った言葉を、思い出す。 「‥‥匂霞さん、僕を、連れて行ってくれませんか」 「どこへ」 「旅に」 「馬鹿言わないで。わたしに葬式させる気?」 にべもなかった。 「お葬式はいりません。ただ、連れていってください。がんばってお仕事手伝いますから」 「無理よ」 「大丈夫ですよ、匂霞さんなら」 「なにそのわけわかんない過信」 「だって平気そうですし」 「平気じゃないわよ。だいたい孝也が引き取るって言ってるんでしょ。そっち頼りなさい」 「それは嫌です!」 「‥‥え」 ちょうどそこへ、京助の薬を持ってきた孝也が入ってきた。まともにはっきりした拒絶を耳にした孝也も、きっぱり否定してしまった京助も、お互い動きをとめる。 「あ、あの、その‥‥」 さっきまでの態度はべろっと剥がれ落ち、ひどく青ざめておどおどしだす京助。 「‥‥その、京助君‥‥? ええと、良ければ‥‥、うちが嫌な理由、とか、‥‥聞きたいんだけど‥‥」 「そ、その、‥‥、やっぱり、孝也さんにはご迷惑が過ぎます、から‥‥」 「‥‥私は別に‥‥、むしろ、彼女のほうが迷惑なんじゃ‥‥?」 「あ、それは大丈‥‥」 「大丈夫じゃないわよ、勝手に決めないで」 会話は平行線を辿った。 夜。京助を寝かしつけ、一日連れて行って攻撃にさらされた匂霞は、さすがにうんざりしていた。それでも手は夕霧の欠片を手入れをしている。 「ほしいんですか、それ」 「いいえ。いとしいだけ。それより京助よ。 なんとかしてくれない、あれ。あなた保護者でしょ」 返事はない。匂霞はため息をついた。どうもこの男は、自分が相手だと心を頑なにするようだ、と思いながら。 「いいわ、その話はあとにしましょう。夕霧量産の件だけど」 「‥‥はい」 「儲けの八割はこちらということで」 「どこのぼったくりですか」 「お金の話には飛びつくのね」 「人聞きの悪い。そもそもあれは父が考えたものでしょう」 「概要だけよ。細かい調整や設計はわたし。職人への依頼なんかもぜんぶわたし。ほら見なさい、わたしに権利があるわ」 「父の依頼がなければ作らなかったでしょうが」 「研師のわたしに持ってくる話じゃないのよね、そもそも。直接刀工にかけあえばいいのに、常連客だからって好き勝手な注文して」 「そのあたりの代金はとっくに支払済みでしょう! ここは妥当に五割は私に譲るべきじゃないんですか!?」 「紫藤の息子も好き勝手な注文するし。そういえば迅も文句の多い男だったわね‥‥、あら、京助もだわ」 なぜかものすごく腹が立った。 「‥‥殴っていいですか」 「だめね」 握り締めた拳が震えた。 「最後にもうひとつ、依頼をお願いしたいのですが‥‥」 なんでかすこしばかり据わった目で、孝也は何度目かの台詞を口にする。笑顔がやけに黒かった。 「例の研師から、ふんだくってほし‥‥すみません、勝ち取ってほしいものがあるんです。 夕霧ですが、父の本当の願いを残しておきたくて。量産しよう、と決めたんです」 けれど、と孝也は続けた。 「あの研師が。儲けの八割よこせと言ってきかないんですが‥‥、せめて四割はこちらで確保しないと、私の収入だけで京助君を養えるか不安で‥‥」 深いため息。 「その‥‥、京助君のことも問題で‥‥。 引き取ると言っているのですが、京助君は頷いてくれなくて。でも先生自身も天涯孤独ですから、私しか引き取り手もいないのですが」 沈み込んだ顔で、孝也は京助と、匂霞との一部始終の会話を伝えた。 「京助君の身体は旅の生活なんて耐えられないでしょう。京助君もわかっているはずです‥‥。だいたい、なんであの研師にだけは我侭なんですか、愛想ひとつないのに! おかしいと思いませんか‥‥!」 そうとうショックだったらしい。京助は迅にもおどおどしていた。孝也もそれを覚えているから、よけい匂霞への態度が不可解なのだろう。 ひとしきり嘆いたあと、孝也は最後にひとつ、付け加えた。 「砕けた夕霧ですが、改めて同じものを作るつもりでいます。 ただ、砕けたそれを打ち直すのか、まったく新しく作り直すのか‥‥、すこし、迷っていまして。よければそのお話も伺いたいと思っています。皆さんならどうするか、主観で結構なので‥‥聞きたくて」 苦笑とともに、よろしくお願いします、と孝也は告げた。 |
■参加者一覧
佐上 久野都(ia0826)
24歳・男・陰
グリムバルド(ib0608)
18歳・男・騎
真名(ib1222)
17歳・女・陰
鹿角 結(ib3119)
24歳・女・弓
ディディエ ベルトラン(ib3404)
27歳・男・魔
マルカ・アルフォレスタ(ib4596)
15歳・女・騎 |
■リプレイ本文 「お怪我も治られたようで‥‥なによりです」 にこやかに出迎えた孝也は、しかし一瞬の硬直ののち、おおいにたじろぐこととなる。グリムバルド(ib0608)の、その姿ゆえに。 「あの‥‥なぜ犬‥‥? いえ、というか、その格好でギルドからここまで?」 ついぽろっと疑問がこぼれる。町中を闊歩する着ぐるみ。町人たちは唖然としたんじゃないだろうか。 「気にするな」 グリムバルドはその疑問をまるごと、たったひとことで片付けた。 「‥‥わふこ‥‥」 最初が最初だっただけに、京助のグリムバルドのイメージは‥‥、雪だるま式に妙な方向へ転がっていく。戦う彼の姿も見てはいるのだが、槍持った格好とふかふかわんこの姿と、どっちが強烈かといえば。――もちろんふかふかわんこだった。あまりにもふかふかなので、わんこというよりわふこといったイメージらしい。 ふわふわおててがチョコレートを差し出すので、思わず受け取る。 (甘わふ‥‥) 京助の中で、グリムバルドが完全に甘党認識された瞬間だった。 室内の一角に陣取る匂霞は、 「あら、いい趣味ね」 グリムバルドに言った。言葉に抑揚がなく本意は計りにくいが、歓迎しているようだ。交渉には不向きだと思ったが‥‥? 「着ぐるみだけ脱いでこようかと」 「そのままで結構よ。おもしろいから。 座るといいわ」 促され、席につく。口火を切ったのは真名(ib1222)だった。 「八割とは言ったものね。腕の安売りはしたくないって所かしら?」 「あら、わかってるじゃない」 「相応の腕があるのは身をもって体験してるけどね」 肩をすくめる真名。匂霞は彼女を見つめて。 「切れ味は自慢だけど、でも。 痛かったわね」 淡泊な声音に、かすかにこもる共感の響き。そうね、と真名も頷いた。 自分が研いだ結果をああいう形で体験するのは、匂霞もはじめてのようだ。あたりまえだが。 「でもそんなにお金必要なの?」 「べつに。あったほうが便利なだけ」 「だったらむしろ恩を売って、雑ごと全部委任しちゃったほうが楽だと思うんだけど」 「‥‥それもいいわね」 案外安い反応。ディディエ ベルトラン(ib3404)はすかさず交渉に入った。 「それではお尋ねいたしますです。 夕霧はどうやって売って回られるおつもりなのでしょう?」 のんびり温和な語り口が、なごやかな雰囲気のまま続けた。 「正直申し上げまして〜。 御商売に向いておられるようには、お見受けできませんです、はい」 びきっ! 匂霞の額に、くっきりと青筋が浮く。 「自覚くらいあるわよ。ほっといてくれない。 かわりに伝手ならあるわ」 夕霧を作る伝手があるのだ。売る伝手があってもおかしくはない。しかしディディエは食えない笑顔のまま続ける。 (たべたらおなかこわしそう) チョコレートの端をかじる京助の感想だった。もちろん、ディディエの端っこをかじる気はない。 「ですが、安定した納入先を確保できるならどうでしょう〜? 例えば自警団ですとか〜」 「実現できたら魅力的だけど、孝也の伝手で? ただのヒラ団員でしょう。保証がないわ」 う、と孝也はうめいた。確約はとれないらしい。かわって、鹿角 結(ib3119)が続けた。 「夕霧が世に認められていけば、『夕霧の設計をした砥師の女性』として匂霞さんの名が広まります」 「名を売る気はないわ」 はて。予想と違う断り口に、結は小さく首をかしげた。 「不必要、ではなく?」 「わたしは天才ではないし、どのみち研師は作品を残すことができないわ。刃物はたとえ飾りだとしても、いずれ研ぎ直さなければならないから。 刀に流しを入れるだけで十分よ」 流し。棟先と、はばき元に入れる線のことだ。流派や研師によって本数が異なり、唯一研師が刀の上に残すサインといえるだろう。ただ、これさえも研ぎ直せば消えてしまうものだが。 意外なほど謙虚な姿勢だが、たぶん刃物に対してだけだろう。ふと佐上 久野都(ia0826)は、思っていたことを口にした。 「流れ込んだ金だけで楽をしていては、優れた刀達に出会う機会が減ってしまいますよ?」 「心にとめるわ。楽をして仕事をおろそかにする気はないけど、わたしはわたしを戒めましょう。どんな刃物とも、いつも誠実に向き合えるように」 「では」 「そうね、三割くらい譲ってもいいかしら」 真名とディディエの言葉も加味した結果なのだろう。それでも三割。 (‥‥ぼったくりだよな) 心の底からしみじみと、グリムバルドは思った。孝也が頭を抱える。 「砕けた夕霧の破片を匂霞さんにお譲りする、といったらどうでしょう?」 焦らず騒がず、結は夕霧を交渉に持ち出した。 「くれるというならもらうけど」 交渉材料としては弱いようだ。けれど案は出尽くしていて、これ以上の交渉はできそうもない。 「もうおしまい? なら、わたしが七割。まあ、まずまずの成果ね」 底意地の悪い言葉に、ふぅ、と結はため息をついた。 「仕方ありませんね。孝也さんが迅さんのように京助君の為に無理をしては仕方ありません」 「紫藤の息子でしょ。なんとかできるわよ」 「京助君が匂霞さんについていけるように、孝也さんを説得しなければ‥‥」 沈黙。 「なっ‥‥!?」 孝也がうめいた。 「なにそれ。わたしに利益がないじゃない」 「七割持っていく対価としては安いのでは? 孝也さんは、四割で養育する、と言っていますし‥‥」 「結さん!? なんでそんな方向に話が行くんですか!?」 援護する機会をじっと待っていたグリムバルドは、結の意図を察して唇を吊り上げた。 「じゃ、京助の旅支度してやんなきゃいけないなー」 「グリムバルドさん!?」 「うるさいわよ」 どんっ、と匂霞は乱暴に孝也を押しのけた。唇が、結に向けて音もなくゆっくりと動いた。 『のってあげる』 (‥‥気づかれていましたか) けれど気に入られたらしい。そのはったりで孝也をおちょくるのに協力しろ、と言っているのだろう、匂霞は。 「では京助殿。かかりつけ医に行きましょう。自分の身を自分で労わらなければなりません。自身の体の事を知っておかねば」 「つきあうわ」 察した久野都が動き、真名も便乗。京助を連れて行ってしまう。 「そうね、しかたがないわ。わたしが十割で手を打ちましょう」 「‥‥!」 孝也が打ちひしがれていた。 が、ほっとくわけにもいかないので、マルカ・アルフォレスタ(ib4596)が活を入れにかかる。 「京助様が暮谷様にご遠慮がないのは、暮谷様が京助様にご遠慮がないからでは?」 孝也へは、負い目もあるだろうからと。 すごくありえそうだった。沈む孝也に、マルカは真剣な顔を崩さすにたずねる。 「貴方様はどう思われておられるのですか?」 「私‥‥は‥‥」 「紫堂様のことは決して京助様のせいではないのだと、そう思っていらっしゃるなら、本気で京助様をお育てしようというのなら、それは家族になるということでございましょう?」 ご自身の本音をぶつけてごらんなさい、と、マルカは促す。 「京助様に必要なのは自分を過保護に扱う方でなく、本気で接してくれる方なのだと思いますわ」 言葉を返せないでいる孝也。マルカは穏やかな笑みを見せた。 「本当の家族とはそういうものでございましょう?」 「‥‥かぞく」 マルカを見つめ、そして、匂霞を見た。 「その程度でなんとかなるなら世話ないわね」 「そこで混ぜっ返すのはやめたほうがいいと思いますけどねぇ、いろいろと〜」 孝也がまたへこたれた。 「へこたれている場合ではありませんわ。きちんと京助様と向き合うのでしょう?」 「‥‥はい、そうですね」 年下の少女に諭された気恥ずかしさを感じる余裕でもできたのか、苦笑混じりの笑みが浮かぶ。 「目標は打倒研師でしょうか」 照れからふざけたような言葉を選んだのだろうが、わりと本気の本心がぽろりとこぼれた。 一方、久野都たちは寒空の下を歩いていた。京助を見る限り、引きずり続けた熱はすっかり引いているようで。 (先日の強行軍も何とか乗り切れましたし、変化や成長も少しずつ出て来ているのでは) 油断はできないが、そう久野都はあたりをつけた。 「でも、いいんですか? お二人とも出てきちゃって‥‥」 「んー‥‥お金の交渉ごとって実は苦手なの。いい言い訳になるわ」 本心か冗談か。真名のそれは、どことなく茶目っ気を出したような言い回しだ、と京助は思った。 「‥‥お父さん‥‥迅さんって、どんな人だったの?」 人によっては無思慮に聞こえてしまいそうな質問だった、けれど。 (気を使われるほうがかえって辛いのよね) 「すこし‥‥孝也さんに似ていました」 「そうなの?」 どちらかというと家族の話を聞くのが好き、そんな自然な振る舞いに、京助は緊張をすこしずつほどく。失礼だとは思うんですけど、と言いながらも。 「‥‥匂霞さんへのつっかかりかたが」 「へえ。まじめだったのね」 真名の思い出にはない、『かぞく』の話。真名が感じるのは、憧憬だろうか、郷愁だろうか。それとも他の何かだろうか。 「不器用な、‥‥とても優しい、ひとでした」 内緒にしてください、と。おそらく孝也を慮ってのことなのだろう。京助は小さな願い事を告げ、通い慣れた診療所の敷居を跨いだ。 医者は簡単に診断する。 「ま、油断しなければしばらくは平気だろ」 それから、久野都の要請に応えて医者は自分の見立てを京助に話した。すんなりと頷くあたり、京助自身もある程度自分で把握していたのだろう。 「‥‥まだ誰かの為に生きなくて良い。 理由が必要なら、未来の自分の為に今を生きて下さい」 帰り道でかけられた真摯な言葉に、京助は困ったように眉尻を下げた。まだ、自分の未来が想像できないのだろう。 「私にも血の繋がらない義妹がいましてね。 可愛いですよ」 「妹さん‥‥?」 「ええ。 きっかけはともあれ縁があって求められているなら、暫く居てからでも、体を作ってからでも遅くない。 孝也殿を励ましてやって下さい」 京助にくらべたら随分と広い掌が、肩に置かれた。 京助たちが帰ってきても、なかなか孝也は話し出せないでいた。かわりではないが、グリムバルドはひとつ尋ねる。 「んで、京助は何で旅に出たいんだ?」 「え?」 「孝也じゃ不満か? 迷惑なんて気にしなくていい‥‥っていうか、かけるだけかけちまえばいいじゃねぇか。多分大丈夫だから」 困ったように眉尻を下げる京助。それを眺めて、ゆっくりと確認の言葉をつむいだ。 「‥‥それとも外に出たい理由でもあんのかね?」 「‥‥ただ」 京助は、小さく、小さく答えた。 「いたたまれない、です。僕さえ、‥‥いなければ今も、きっと」 (説得になるか分りませんがねぇ‥‥) ディディエは、正誤はともあれ仮想の話を唇に乗せる。 「夕霧が次の獲物と見定め執拗にですね、相手を追いまわすのには条件があったように思われるのです。 屠った命と近しい関係にある者が自動的に次の獲物と定まるのではと」 その言葉だけでは理解できず、孝也と京助は首をかしげた。 「つまり〜、まず紫藤さんが亡くなった際、紫藤さんに近しい、孝也さん、迅さん、匂霞さんが標的になった。 実際に迅さんは亡くなられ、彼の死亡で標的がリセットされたのでは〜? 迅さんの親しい、あなたと匂霞さんに」 憎まれていたから狙われたのではない。そう、京助が思えればいい。ディディエは子供に向けて、言葉を続けた。 「迅さんにとって大切な方だったからこそ狙われたのでは〜? 紫藤さんが亡くなられた際、側に考也さんがおられたら最も危なかったかもしれませんですね」 ディディエを映して、京助の瞳が揺らいだ。開拓者に言われるのだから、信じたくなる。京助にとって、それは限りなく優しい言葉だった。 「‥‥でも」 父が罪をおかしたことに、その原因が自分であるということに、変わりはない。 変えようもない現実をつぶやいて、頑なにうつむく。 グリムバルドはただ黙ってそばについていた。取り繕うことのできない問題に、孝也は困りきって沈黙する。 流れた沈黙は長く。ふと、真名は聞きそびれていた疑問をひとつ。なにげなく投下した。 「なんで彼を引き取ろうって思ったの?」 「それ、は‥‥」 戸惑いながら、言葉を探す。 「‥‥あれは、父と先生との問題です。二人の兄弟喧嘩です。 私と君の間の問題ではないと思っています」 ただ、と、言葉は続けられた。 「わだかまりもあります。君を引き取るのも、義理三割、同情四割です」 わりと率直な真名に誘発されたのか、マルカに諭されたのが効いたのか。 「でも、ゆっくり家族になりましょう」 言葉と裏腹に、差し出された手が震えていた。 こう率直に来られると逃げようもなく、京助はつい、真名と久野都を振り向いた。 「私は結構思った事は相手考えずに言っちゃう方だから。その方がお互い楽になると思うし」 潔いほどすっぱりと、真名は言った。 「嫌なら言ってみたら? 思う侭にさ」 とん、と久野都も肩を押す。 「僕‥‥お金、かかります。役に立ちません。すぐ死にます」 「そうですか。でも父曰く私は先生に似てるそうなので、決めたら曲げませんよ」 「おや、よかったじゃないですか。京助殿も、迅殿と孝也殿が似ていると言っていましたからね」 「く、久野都さんっ!」 私は口止めされていませんから。涼しい顔で久野都は言ってのけた。 「なるほど? では問題ありませんね、京助君?」 「〜っ」 たじろいで、戸惑って、結局。 きつくきつく、孝也の手を握りしめた。 「その手を握ってくださる方が見つかりましたわね‥‥」 小さくつぶやき顔をほころばせるマルカに、孝也は微笑みを返した。 「やっぱり紫藤の息子じゃない。手を緩めて損したわ」 「約束ですよ?」 「わかってるわよ、くれてやるわよ四割くらい。あなたも食わせ者よね」 「乗ったのはそちらですから」 微笑む結に、悪乗りするもんじゃないわね、とぼやきが返った。 「ま、いいわ。コレも刀工に卸せば多少の値がつくでしょ」 「形見じゃないんですか‥‥」 「刃物は使ってこそよ」 「夕霧の由来とその名付け親は?」 久野都が顔を出した。匂霞は肩をすくめる。 「それが紫藤殿なら是非孝也殿に」 「いや。くれるって言ったんだから、今更よ」 形見のかわりに、と望んだ久野都を突っぱねる。 後日。 ある無名の刀工に、一振りの刀の発注。同じ刀工の手元には、砕け散った鋼の破片。 ただ錬鉄の現場では珍しくもない光景ゆえに、それが人の口にのぼることはなく。同じく鋼を卸した分の差額も、どこぞの研師の懐に入ったきり。刀の持ち主へは、新品での金額が請求されることとなる。 鋼も金銭も口を開くわけはなく、初代夕霧の行方は闇の中。 |