【狂刃】まことを知る
マスター名:茨木汀
シナリオ形態: シリーズ
EX
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/01/31 20:25



■オープニング本文

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 匂霞が運ばれて、何日かを数えた日だった。
「孝也さん‥‥」
 水の入った桶を運び入れようとしたとき。
 呼ばれて振り向けば、京助が不安そうに見上げてきた。
「京助君。熱はいいのかい?」
「あらかた下がりました‥‥、あの、ありがとう、ございます」
「いえ、気にしないでいいんだよ」
 礼だけかと思えば、京助はなおも、あの、えっと、と言いよどむ。拾い子だからか、性格は迅に似つかない。先生ならはっきり言うのになと、ぼんやり思った。
「‥‥京助君?」
「あ、あの‥‥。匂霞さん‥‥。怪我の具合、どう、ですか‥‥?」
「だいぶ良くなってきたよ。そういえば、知り合いかい?」
「はい‥‥。父さん‥‥と‥‥、仲、よかったから‥‥」
 うつむく京助。話が続かない。
「い、忙しいですよね。お疲れ様です‥‥」
 言葉を選びあぐねているうちに、ぱたぱたと部屋に引っ込んでしまう。いろいろなものを乗せて、孝也はため息を吐き出した。

 髪の白い女が、眠り続ける。青ざめた顔色なのに、額は熱い。濡らした手拭いを取り替える。
(もう一度、状況を整理したほうがいいのか‥‥)
 思考を、あの朝へと戻した。
(朝。私は出勤した。父は、用がある、と言って残った。
 私が出た後に、家に来たのは二人。先生と研師だ。どちらが先か後か、よくわからないが――。
 たぶん、そこでどちらかに殺された。
 研師はそのあと、馬車で北の街道に向かった。先生も、向かった。
 そこで何かがあって、先生は死んだ‥‥、藪の中で。他の足跡もなく、血痕だけが馬車に続いていた。――刀が浮いていたというなら、先生の殺害犯は、たぶん刀。そのまま研師を襲い、研師は森へ‥‥。
 ‥‥どうして、研師は町に逃げなかったのだろう)
 流れ者が、町の被害を考慮するものだろうか。それとも。
 ――町に近づけないで。
 開拓者が間に合わなければ、間違いなくあの研師は死んでいた。研師は、孝也が開拓者を雇ったなど、知る由もないだろう。なら、自力でどうにかするつもりだったはずだ。少なくとも、森に逃げ込んだ段階ではどうにかできると思っていたはず。
(私の手形と、刀の設計図も‥‥あった)
 刀工でもないただの研師に、刀の製造を依頼した‥‥、父と研師は、気心の知れた間柄なのだろう。本来の仕事ではないものを頼める程度には。‥‥集めてもらった証言でも、それが裏づけできる。馬車を見た限り、研ぎ以外の腕はなさそうだから、製作には他の職人も携わるのだろうが。
(でも、なぜすぐに倒さず、時間稼ぎのような真似を)
 ――孝也に知ってほしいの。
(何を‥‥? 刀が父の形見だと、そんなことを? そんな感傷なら、アヤカシを討伐してから浸ればいい。そんな、感傷程度なら‥‥)
 知らなければいけないことは、なんだ。
 ぴくりと。睫毛が震えるのが、見えた。

「目が覚めましたか」
「‥‥痛い」
 第一声は、実に正直なひとことだった。
「あなたは‥‥暮谷匂霞さん? 研師の」
「ええ」
「私は十河孝也。十河紫藤の息子です。
 あなたと父の関係は‥‥」
「客よ」
 ひとことだ。孝也は眉をひそめる。
「客‥‥、刀の、ですか」
「そう」
 返事をするのも億劫なのか。呼吸が浅い。焦点の定まらない瞳を、女はもう一度閉じた。だが、眠ったわけではないのだろう。
「‥‥聞きたいことが、たくさんあります」
「ええ」
「頑張ってくれますか」
「そっちがね」
 一瞬、なんのことかとぽかんとして。
 すぐに、気づいた。
 額に浮かぶ冷や汗。浅い息。引かない熱。呼吸するにも痛いのだろう、傷が。
 出血量も多かった。ようやく昏睡から目覚めたばかりで、脳も働いていないはず。
 けれど、自分はすぐにでもかなうかぎり大量の情報が欲しい。
 なら、どうするかと言えば。
「質問を、考えろということですか」
「そう」
 彼女にはこちらの質問の意図を汲み取って会話する、その余力がまったくないのだろう。問われたことに短く答えるのが限度。だからこそ。
 一問一答。それが匂霞の譲歩だった。

「研師が目を覚ましました。が‥‥」
 集めた開拓者たちを前に、孝也は言葉を濁し――そして、先程のやりとりを伝えた。
「刀について、父について、迅さんについて。
 知っているとすれば研師でしょう。ただ、私も何から聞いていいのか‥‥わからなくて。皆さんのほうが、実際にいろいろ目にしていると思うのです。調査の一環として、事情聴取をお任せできますか」
 彼女の意識がしっかりと戻るまで待つには、アヤカシの脅威は無視できないのだろう。
「すみません。正直、ひとりでは冷静に話す自信もないのです。‥‥お願いします」
 彼は、頭を下げた。


■参加者一覧
佐上 久野都(ia0826
24歳・男・陰
グリムバルド(ib0608
18歳・男・騎
真名(ib1222
17歳・女・陰
鹿角 結(ib3119
24歳・女・弓
ディディエ ベルトラン(ib3404
27歳・男・魔
マルカ・アルフォレスタ(ib4596
15歳・女・騎


■リプレイ本文

「陰陽師の真名よ、よろしくね」
 真名(ib1222)は挨拶を交わし、佐上 久野都(ia0826)へ簡単に状況を告げた。それから、アヤカシに対する考察を口にする。
「今までできなかった事を学習してる節があるの。知能は高いと思う。知能があるって事は意思も存在してるって事よね‥‥?」
「そうですね‥‥。その点も気になりますが、感知されたアヤカシが憑依型ではないかも疑問です」
 久野都は、もうひとつの懸念を告げた。
「というと?」
「森の中に落ちていた、折れた刀があったと聞きましたが‥‥あれはありますか?」
 孝也が頷き、それを用意した。
「握ってみてください」
 促され、柄を持つ孝也。
「‥‥? 細い、ですね」
「細い?」
「ええ。普通の刀よりも少しだけ。女性用に研いだんでしょうね、これは。
 刀身も薄く軽量、だから脆いのでしょう」
「ってことは、匂霞が自分用に持ってたってわけかしら」
「おそらく。新品同然ですし、ほとんど威嚇用でしょうね」
「確かに設計図とも違いますね。これが夕霧ではと思ったのですが」
 しばらく調べたものの、それ以上はわからない。
「ここにいたんですか。もうすぐ始めますよ」
 鹿角 結(ib3119)が、通りすがりに声をかけていく。
「先に調査をしておきたかったのですが‥‥」
「もっともですが、いつまでも匂霞さんが起きているわけでもないでしょうから‥‥」
 一旦中断して、三人は席を立った。

 まだ真名たちが挨拶をしているころ、グリムバルド(ib0608)は京助の部屋を訪れた。
「よ。京助、だよな」
「あ‥‥はい。お、お世話になってます」
 ロクに喋ってもいなかったからな、内心苦笑しつつ挨拶を口にした。
「グリムバルドだ。よろしくな?」
「は、はい。あ、あの、京助です‥‥」
 おろおろする子供に、気を遣って軽く問いかける。
「紅白大福でも一緒に食べないか?」
「だ、大福‥‥ですか?」
 ‥‥お兄さんが? ものすごく不思議そうな目。それを見下ろして、あ、と気づく。
 ――グリムバルドの風体である。
 高い背丈にしっかりした体躯。その上軽々と持ち運ぶ片鎌槍。
 甘いものとは、容易にイコールでは結びにくい‥‥、いやコレは逆に使えるか、と金の瞳を細めて笑った。
「そ。お前が一緒に食べてくれたら、言い訳も立つだろ?」
 ゆるりと京助の表情が和らぐ。
「じゃあ‥‥ぜひ」
 躊躇いがちに頷いて、お茶を入れる京助。饅頭にかじりついたところで、ディディエ ベルトラン(ib3404)が顔を出した。お茶を入れようとする京助に、質問だけですから、とやんわり制して本題に入る。
「迅さんと匂霞さんは親しかったとお聞きしましたが〜、どの程度親しかったのでしょう」
 どこか独特な韻の踏みかたに、京助は戸惑いつつも記憶を引っ張り出す。
「え、えと‥‥、遠慮しない間柄‥‥ってやつだと思います」
「家に来られた事もあったのですか?」
「は、はい。紫藤さんが、たまに連れてきて。一緒に夕ご飯を食べたりしました。包丁研いでもらったり」
「包丁‥‥ですかぁ? 研いでもらったあとはどうでしたかねぇ?」
「すごく切れ味がよかったです。本刃をつけた、って言っていました」
 本刃? 問い返すディディエに、京助はわたわたと慌てて言葉を続ける。
「えと。たしか、普通の包丁を、もっと薄く研ぐ、みたいな‥‥。切れ味は上がるけど、刃こぼれしやすくなるから気をつけなさいって、何度も何度も言われました」
 それはかえってよくないのでは‥‥? ディディエが少年を見下ろすと、彼は小さく笑う。
「父さんが、なまくらだって騒ぐから‥‥。匂霞さん、刃物を冒涜するな、って問答無用でやっちゃって」
 言葉から緊張が取れている。楽しかった過去への思い出に触れるうち、ディディエへの身構えがほどけていったのだろう。情報収集の一環とはいえ、いい兆候といえた。
「それで遠慮しない間柄、ですかぁ‥‥。喧嘩するほどなんとやら、でしょうかねぇ。
 それだけ仲がいいのでしたら〜、付き合いは長いのでしょうかぁ?」
「数年越しだとは‥‥思うんですけど‥‥、記憶がちょっと」
 小さいころの記憶は、さすがに薄いのだろう。そればかりは曖昧な返事だった。

 皆が集まってから。部屋へと入り、聴取のための準備を整える。久野都は孝也に止血剤を渡した。
 そうして準備を整えているさなか、マルカ・アルフォレスタ(ib4596)は小さな気配に立ち上がる。そっと襖に指をかけて。
「っわ!」
 するりと開いた襖に驚き、しりもちをついた京助がいた。まったく気づかなかった孝也がぽかんとする。
「‥‥京助君?」
「京助様も真実をお知りになりたいのですか?」
 孝也の顔色をうかがいながらも、おずおずと京助は頷いた。
(体調を考えると寝てた方が良いんだろうが)
 病み上がりの体調を考えるが、それでもグリムバルドは京助を呼んだ。
「こっちで一緒に聞こう」
 迎え入れるグリムバルドに促され、引け腰のまま部屋へ入る。
「ご、ごめんなさい‥‥」
 か細い謝罪。
「聞きたいんだろう。遠慮するな」
 ぎくしゃくとグリムバルドの影に隠れる京助。一方マルカは襖を閉めるなり、孝也へにこやかに微笑みかけた。
「手をお繋ぎくださいまし」
「え」
 困ったような顔がますます困惑を深める。
「わたくしとではなく、京助様と」
「‥‥あの、でも、私は怖がられて‥‥」
 なんだかもごもごと、言い訳みたいな何かを呟いている。しかし、マルカは鮮やかに笑顔でスルーした。
「あの‥‥はい」
 折れた。
(‥‥強いなー)
 力関係のよくわかる構図である。感心しつつ、グリムバルドも隠れた京助をゆっくりと前に出す。
「え、あの、お兄さ‥‥」
「好きなところに座ればいい」
 逃げ道だけ残してやる。おっかなびっくり、孝也が京助に手を差し伸べた。
 ぎこちなく手をとる京助にほっとして、グリムバルドは声をひそめてマルカに問いかける。
「よくけしかけたな?」
 見るからに危なっかしいのだ、どっちにしても。マルカは小さく微笑む。
「身を触れ合い感じあえば、お互いの事がわかるのではないかと‥‥」
「なるほど。‥‥でも、気をつけたほうがよさそうだな」
「そうですわね‥‥。体調も含めて」
 がちがちに緊張する二人を、そっと見守った。

 質問の口火を切ったのは、マルカが最初だった。
「迅様とお会いになられましたか?」
「いつ?」
「事件の朝です」
「会ったわ」
「ではどちらが先に帰られましたか?」
「わたし」
「刀は誰の、何の為に作られたのですか」
「全部、孝也のためよ」
 淀みない回答。続けて久野都が問いかける。折れた刀を差し出して。
「これと、森を彷徨う刀の材料は同じですか?」
「ええ」
 よく確認もせずに肯定する匂霞だが、刀はほとんどの場合、素材に大きな差異はない。ほぼ即答であった。
 刀関連、とグリムバルドが尋ねる。
「刀の狙いを知っているのか」
「どういう意味」
「きっとここに来る、って言ってただろう?」
「空腹ゆえね」
「本当に?」
「恨まれる筋合い、ないもの」
 少なくとも、本人としては誰かの恨みを買った覚えもないようだ。が、ぽつりと。
「‥‥しつこかったわ」
 淡白な応答の中で、やけに実感のこもった言葉だった。
 次いでディディエがたずねる。
「例の刀ですが〜なぜ町に近付けてはいけなかったのでしょうかぁ」
 匂霞は視線だけで先を促した。すらすらと、用意してあった疑問を投げる。
「大量に犠牲者がでるからですか〜?
 それともですねぇ、町の特定の誰かを刀が襲うからなのでしょうか?」
「いちおう、前者」
「一応、ですか〜?」
 ディディエの視線に、目だけで頷く。
「‥‥憶測よ」
「聞かせて頂けますかねぇ?」
 視線が孝也と京助を捕らえる。
「どっちか。狙われてる、かも」
 びくりと震える京助。繋いでいない孝也の片手が、キリ、と握り締められた。
「それ以上は?」
「知らないわ」
 あくまでも可能性の一端。狙われていない保障がないだけで、狙われているとはかぎらない。そもそも会話しない相手の思考を鑑みるなど、直感と閃きと想像と、あとは行動から推察するより他がない。この場合、完全に匂霞の想像の範囲内の話である。なにを元に想像したのかは知らないが。
「一応自己紹介。答えなくてもいいわ」
 反応するかどうか。名乗って様子をうかがうために、じっと匂霞を見つめる。
「私は真名。陰陽師よ」
 彼女は黙って目で頷くだけだ。
「あの刀、どう打ったの?
 ‥‥いえ、これではダメよね‥‥」
 刀の物理的な製造方法を、問いたいわけではない。言葉を選び、問い直す。
「貴方は陰陽師か瘴気を繰る術を持っていてそれを使っていたんじゃない?」
「違うわ」
 匂霞は真名を見つめた。
「わたしに、力はない。なにより。‥‥刃物にそういうこと、したくないわ」
 ゆっくりと真名が頷く。詰めていた息を吐き出すのと同時に、匂霞の額から汗が噴出した。
「無理をさせたわ」
 いいえ、と目で伝える匂霞に、頷いて返す。
 最後に、真名は賭けにも似た問いかけを投げた。
「あの刀は‥‥『誰』?」
「わからない」
 アヤカシだというそれ以上は知らないのだと、含んだ言葉だった。
「ただの、刀にしか‥‥見えなかった」
 紫藤に渡したときのことだろう。真名は、その表情を丁寧に読み解いた。――嘘では、なさそうだ。だが、すべてを語っているわけでもない。
(‥‥個人的なことか、可能性の話か、ってところかしら。どっちにしても、解決の糸口じゃなさそうね)
 人間に対してはともかく、刃物へは誠心誠意接している。その点だけは信じるに値するだろう。刃物にそれをしたくない、そう言ったときだけ目の色が違った。おそろしく真剣な色は、他の問答では見られなかったものだ。
 思考に沈む真名が沈黙するのを見て、結が問う。マルカの質問と被るものでもあるが、もっとはっきりした答えを求めて。
「紫藤さんを殺したのは匂霞さんですか?」
「いいえ」
「匂霞さんは、夕霧がアヤカシ化したのを追って森に入ったのでしょうか?」
「違うわ」
 では。結は、三つ目の問いかけを投げた。
「匂霞さんは、夕霧を持った迅さんを森まで追い、そこでアヤカシ化した夕霧と遭遇した、とか」
「近いわ」
 結に導かれ、まとまらない思考をどうにか引き出す。
「気配が、したの」
「気配‥‥?」
「馬車を、降りたわ」
 あの街道でのこと、だろう。
「人が、倒れて。
 刀だけ、飛んで、きたの」
 まだたくさんの語るべき言葉があるかのように、何度か口を開き――結局、匂霞はそれ以上を語らなかった。複雑な思考をまとめる余力は、やはりないようだ。
「その、倒れた方は?」
「迅に‥‥似てた、わ。
 ‥‥死んだの、迅」
 確認の問いに、頷く結。そう、と相槌が返る。
「夕霧‥‥迅が、持ってたわ」
「鞘を握り締めて、発見されました」
「そう‥‥。
 なら、紫藤も」
 孝也が答えるかと一拍待つが、口を挟む気配はない。結は続けて答えた。はっきりと、明白に。
「はい。玄関で亡くなっていました」
「‥‥そう」
 感情の漣を、丁寧に包み隠す。怪我への懸念もあるが、結は毅然とした態度を崩さない。
「迅さんは夕霧を奪う為に紫藤さんの命を奪い‥‥」
 そっと。京助を見やる。
「その目的は、やはり‥‥?」
 気づいた孝也が奥歯を噛み締めた。匂霞はそれを把握する余力はなかったようだが、結の言葉を拾って答える。
「お金」
「馬鹿を言わないでください!」
 激昂したのは、孝也だった。今にも掴みかからんばかりに身を乗り出す孝也を、久野都が牽制する。
「孝也殿。落ち着いて」
「先生は! 先生はそんな人じゃ‥‥!」
「迅、借りてたわ。紫藤に」
「そんな記録はどこにも‥‥」
「紫藤の、たんすの‥‥裏」
 孝也は京助を振り払って部屋を出る。
 ごめんなさい。かすれた声で、京助が呟く。そのわりに取り乱さないのは、ある程度の覚悟ができていたのか‥‥あるいは、その事実を感づいていたのか。
 結は匂霞を見下ろした。
「あなたは、知っていたんですね。借金のこと」
「‥‥わたし、だけよ。
 迅の体面、気に、してた‥‥」
 だんだん覚束なくなる言葉。体力が、もたないのだろう。
 眠ってしまう間際に、マルカは最後のひとつを問いかけた。
「紫堂様と迅様、お二方は、それぞれのご子息を愛しておられましたか?」
「‥‥はなしの、八割‥‥息子じまん、よ」
 それこそやたらと自慢げに、言うなり目を閉じた。

 出てきた借金証明書は、たしかに迅のものだった。いっとき孝也は取り乱したものの、時間を置くことでそれも落ち着く。
「すみません、取り乱して」
 謝罪の際には、かえってつき物が落ちたような顔を見せた。まだ不安定さは残るものの、ずいぶんとすっきりしたようだ。それにすこしほっとして、真名はたずねる。
「そうだわ、匂霞の家、知らない?」
「このあたりではないと思いますよ、宿屋の宿泊記録があったわけですし‥‥」
「あら、そうだったわね‥‥」
「何かありましたか?」
「仕事道具とか見せて貰えないかと思ったのよ。刀の材料とか」
「馬車の中、くらいですね」
 念のため馬車を覗いた。大量の砥石に始まる仕事道具はあるものの、特別に変わったものはない。瘴気回収をしてみても、回復量はさしてなかった。

 一方、久野都は裏路地に来ていた。
「すみませんね、京助殿のお友達はいませんか?」
「‥‥なんだ、にーちゃん」
 じろじろとぶしつけな眼差しを、久野都は涼やかに受け流した。ひらり、と一枚の書付を見せる。
「京助の字だ」
 そこには、友人への協力を願う文面がつらつらと。
「わかったよ。で、何がしてぇの?」
 少年の問いかけに、にこやかに久野都は問いかける。
「迅殿と京助殿の暮らしぶりはどうでしたか?」
「あー、ン、言っちゃ悪いけど、呆れたな」
「呆れた?」
「‥‥センセー、京助に甘かったからな。いつもイイモン食わせてたし。自分の分、削ってさ。でも、削ったからって薬代にメシ代にって、よく捻り出せたもんだと思うぜ? 親ばかもあそこまで行くとな」
「そうですか。‥‥よく来ていたお客人は?」
「十河の旦那は時々メシ作りに来てたよ」
 それから、医者を探して京助の薬を頼む。
「なんだ、またあの坊主のか。今度はどこだい、肺か、喉か、頭か?」
「そんなに悪いんですか」
「ん? ああ。
 あれはどこが悪いってより、もとが虚弱なんだろうなぁ。治す端から次を患って、手に負えんのさ」
 とりあえず熱が落ち着いたばかり、と話すと、じゃあこれだ、と三日分を処方される。五百文、妥当な値段だろう。
「迅のやつは治るって、信じてたけどなぁ‥‥」
 その虚弱さを治すための、いい食事だったのだろう。功を奏したかは――わからないが。
「いっそ、ぼったくりの医者だったほうが楽なのですがね‥‥」
 話を聞けたはいいものの、まだ解決、とは言えなかった。