【狂刃】紅に途絶える
マスター名:茨木汀
シナリオ形態: シリーズ
危険
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/12/31 19:54



■オープニング本文

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「はっ、はっ……はっ……」
 もつれる足を必死に動かして、男は走った。手に布の巻かれた長いものを持って。
 ひどく――重たい、気がした。一振りのそれが、そう、ひどく。実際以上に、重いように、感じた。
「し、ど‥‥っ」
 声が震える。手に感触が残っていた。カッとなった。あんなに、よくしてくれた友なのに。――だが、ならなぜ。どうして、今になって自分を見放すような。そんな、こと。
 いや、自分だけならかまわない。のたれ死んでも裏切られても、恨むまい。だが。
「なんで、わかって‥‥くんねかった‥‥!」
 ものは命だ。命なのだ。人生の下り坂にとうに入った自分ではなく、子供の。
 胸からなにか熱いものがあふれてきそうで、それを必死に飲み込む。京助を――。息子を助ける。これで、助けられる。必要だ。だから。
 そう、必要だ。そして刀もそれをわかっている。そんな気がしていた。
 なぜなら刀は、友の胸から勝手に抜け出し、自分の手におさまった。
 いや、きっとそれは都合のいい夢だ。友がしかたがないと苦笑して、刀をくれた気になるなんて。
 ――だが、そんな気がしたのも事実だった。
 必要なんだ。わかってくれ。助けたいんだ。見捨てないでくれ。
 なぁ、友よ。
「はっ‥‥」
 息が切れる。膝が笑っていた。ふと前方に、小さな影が見えた。あれは――。
 がらごろ、とかすかに聞こえる音。のんびりと進む車。
 見覚えのある――馬車。
「っ‥‥」
 かたり、手の中で震えた気のする、それ。心臓が冷えた。
「匂、霞‥‥」
 ぽつり、名を呟く。指先から凍りついたように、動けなかった。

 ――匂霞。
 友人ではなかった。友が懇意にしていた職人だ。腕はなかなかだが、性格が今ひとつ。
 知り合いではあった。自分は彼女の客ではなかったが、友は知人として紹介した。
『おい、迅。お前包丁なまくらだって言ってただろう? 預けてみろ。特別におごってやる』
『なに、これ。どうやったらこんなに刃こぼれするわけ。ノコギリに改造したかったの? ちゃんとノコギリはノコギリで買いなさい。刃物には用途ってものがあるのよ』
『うるせぇ知っとるわ嫌味ったらしい! こら、勝手に台所使うな! あーもう!』
『借りるわ。荒砥からかけなきゃだめね、紫藤、夕飯の準備は?』
『家から包丁持ってきた。気にせず研いでくれ。おい迅、薪出せ、薪』
『お前らここが誰ん家だと‥‥!』
 女が町へ来たときには、よく三人で食事をした。迅の家で、京助を交えて。たわいもない時間だった。
 目頭が熱かった。後悔、したのだろう。きっと。
 それでも。それでも自分は。
 街道を一歩、外れた。藪の中に踏み込む。匂霞と顔をあわせたくない。
 あんなに親しかった知り合いから、こうして逃げ隠れすることになっても。
「待ってろ、京助。これ売って、お前を‥‥助けてやる」
 ちいさな命を、どうしても、捨てられないのだ。
 決意で罪悪感をごまかして。そして。
 そして、男は。
 胸から、紅い花を咲かせた。

 朝。
 早朝に自警団に呼び出されたかと思うと、ややあって孝也は帰ってきた。悪い報せを持って。
「続けざまになるのですが、もうひとつ依頼をお願いに来ました」
 昨日よりいっそう顔色を悪くした孝也は告げる。
「今朝、父の友人が死体で発見されました。現場は北の街道脇の藪の中です。死因は、おそらく胸を一突きにした刃物での殺傷。父と同じく貫通しているそうです。
 被害者は迅先生。布の巻かれた刀の鞘を握り締め、うつぶせに倒れていました。藪の中から街道に血痕が続いており、その先に無人の馬車があった、ということです。馬車は数日前から放置され、不思議に思った行商人による報告で、自警団の者が発見。血痕は注意して見なければよくわからないそうです。遺体も、状態を見るに数日前のものであると推測されます」
 孝也は一息に説明し、そして息をついた。
「私は、放置された馬車は件の研師のものではないかと思っています。馬車の主人をなんとしてでも見つけ出してください。今のところ、おそらく唯一の手がかりでしょうから」
 それと、と孝也は続けた。
「先生の遺体、確認ができたらここに運び込んでくださいますか。今日はできるだけ早めに仕事を切り上げて帰ってきます。ついでに京助君‥‥、迅先生の息子を連れてきますので。
 それから、馬車の回収もお願いします。うちの裏に繋いでください。馬はずいぶん気が立っていて、手に負えないそうです。すみませんが、なんとかしていただけませんか」


■参加者一覧
鬼啼里 鎮璃(ia0871
18歳・男・志
そよぎ(ia9210
15歳・女・吟
ジークフリード(ib0431
17歳・男・騎
グリムバルド(ib0608
18歳・男・騎
鹿角 結(ib3119
24歳・女・弓
橘(ib3121
20歳・男・陰
ディディエ ベルトラン(ib3404
27歳・男・魔
マルカ・アルフォレスタ(ib4596
15歳・女・騎


■リプレイ本文

「騎士のジークフリード・マクファーレンってんだ。ジークでいいぜ。よろしくな」
 ジークフリード(ib0431)に、鬼啼里 鎮璃(ia0871)。合流した二人を孝也は微笑んで出迎えた。
「よろしくお願いします」
 追加で、というより来られなかった友人の代理。そう告げると、孝也は目尻を和ませた。
「ご友人の方に、どうぞよろしくお伝えください。気にかけてくださったんですね」
 そうして戸や布を準備しながら、ざっと事件のあらましを語る。
「何だか‥‥複雑そうな事件ですね‥‥」
「父の件で手一杯だと思ったら‥‥先生までですから」
 せっかく昨日、情報を掴んでいただいたのですが‥‥、複雑そうに孝也は語る。
「そうですか‥‥。とにかく、まずは現場の調査ですね」
「お願いします」
 そうして情報共有がひと段落つくと、家の隅から使われていない桶を引っ張り出してきた、ディディエ ベルトラン(ib3404)がやってきた。
「飼料や牧草はありますかねぇ」
「飼料だったら‥‥、ご近所から分けてもらえると思いますが‥‥?」
「街道に置き去りにされて気が立っているわけですよねぇ。
お腹が空いてないわけは無さそうですし〜用意はしておこうかと、はい」
「なるほど」、孝也は頷いた。同じくそよぎ(ia9210)が、
「にんじんもらうわよ〜」
「あ、どうぞ」
 準備は手早く済んだ。

 馬は怪我もしておらずに、飼料を食み、にんじんをかじり、水を飲んだ。ちなみに水はマルカ・アルフォレスタ(ib4596)提供の岩清水、これで塩があれば完璧‥‥と思ったかどうかは定かではないが、一応落ち着きは取り戻したようだ。現金な馬である。ともあれ、ならばと馬車を調べにかかるが。
「鍵、ですかぁ」
 困りましたねぇ、ディディエは呟いた。
「まあ‥‥。残念ですわね、中を調べられたら、と思いましたのに」
 馬車に鍵をかける‥‥、わりと珍しい部類ではないだろうか。もちろん木製の馬車に鉄の鍵がついているだけ、壊そうと思えば壊せるが。よっぽど貴重品でも積んでいるのかもしれない。そよぎは思わず、
「あなたが口をきけたら、何が起こったのか教えてもらえるのにな」
 もちろん馬は、周辺調査に移るそよぎの背中を見送るだけだった。
 馬車から迅へと血痕をたどるが、迅の周辺はなにひとつ痕跡が残っていない。そう、迅が藪に踏み込んだと思しき痕跡と、自警団の人間が迅のそばに行ったらしい、新しい足跡がひとつずつ。
「うーん、迅さんを殺してすぐに森へ入った‥‥わけではなさそうね」
 考えながら、もう一度血痕を辿って馬車に戻るそよぎ。
「気になったのは現場から街道に向かって血痕があったのに、馬車は放置されていること、ですか」
 結も同じく戻りつつ、首をひねる。
「聞いた限りでいけば、藪の中で迅さんが刺され、犯人はそこから馬車に向かい、逃げればよかった筈‥‥なのに馬車が残っているのは妙です」
 馬車のあたりで足を止める。街道から、森に向かって藪をかき分けたようなあと。付近の幹に、わずかに血が飛び散っているのを見つけた。
「別の場所で刺して、馬車で運んで棄てに来た‥‥にしては、それなら証拠になりそうな鞘を握らせたままにしないでしょうし、やはり馬車が残る理由にはならないような」
 藪を同じくかき分けて、踏み込む。何歩か進むと、そこに。
 切り落とされた、ひと房の白髪。藪に絡まるように落ちていた。
「‥‥匂霞さんが殺されているかは別にせよ。他の意思で移動させられたとみるべきでしょう」
 もしそれが確かなら――、一刻も早い発見を、急ぐ必要があった。

「‥‥手掛かりが見つかったかと思ってたんだけどな」
 遺体を見下ろし、グリムバルド(ib0608)は口にした。
「なぁ先生‥‥子供どうすんだよ。独りって‥‥寂しいんだぜ?」
 返る言葉があるはずも――なく。
「まったく‥‥誰かの親が死ぬのを見るのは辛ぇな‥‥」
 子供の手を引いていただろう手は、ただしっかりと鞘を握り締めている。
「同じですね」
 遺体を調べ、橘(ib3121)は呟いた。そばに不審な足跡もなく、動かした形跡も抵抗したような痕跡もない。紫藤とよく似た遺体だ。死因、傷のつき方まで。違うのは、迅はうつぶせに倒れていた、鞘を握っていた。ただこの二点だけである。
(傷自体は鞘の中身‥‥恐らく夕霧でつけられた傷、其れを所持していたのが彼ならば対峙した相手に何故刀を容易に抜かれ‥‥?)
 ジークフリードと、運搬の準備を整えた。戸の上に遺体を乗せ、布をかぶせる。
「‥‥じゃあ、俺は運ぶから」
「ええ、お願いします」
 運搬はあと一人欲しい。誰か‥‥、
「手伝いますよ」
「サンキュ」
 鎮璃が片側を持ち上げる。肉親に会わせるのだから、と。迅の亡骸は、丁寧に十河家へと運び込まれた。

 森の中は、一種異様な光景が続いていた。
「切り払われたあと、でしょうか。まだ新しいですね」
 橘は木の枝の切り口を見る。肩の辺りの高さから、ばさり、と切り落とされていた。が、下の藪を見れば、別段そちらに行ったわけでもなさそうである。足跡ひとつ残ってはいない。さらに進んで鹿角 結(ib3119)が、
「‥‥転んだ、のでしょうか」
 藪の中に人間が突っ込んだ。あえて言うなら、そんなふうに立ち枯れた草が潰れ、枝が折れていた。さらにその藪を進むような痕跡が。わざわざ道を切り開いたような形跡はない。そんな間も惜しんで、ひたすら藪を突っ切るかのように。張り出した枝に引っかかったのか、わずかに血の付着しているところもある。
「血痕だ」
 木の幹に、多くはないが飛び散ったような血飛沫。グリムバルドはすこしだけ眉根を寄せた。これは、そう、いかにも‥‥。
「‥‥刀を持った誰かに、追いかけまわされて必死で逃げてる‥‥、ってとこか」
 読み取れるとすればそんな光景。
「‥‥最後の手がかりまで、ということはないように願いたいですが」
 結の言葉にマルカも頷く。その先はすこし急な勾配だ。橘は手近な幹に矢印をつけた。

「‥‥なんだか、同じところをぐるぐるしているような‥‥?」
 うーん、と鎮璃は首をかしげた。森の中で無事皆と合流したはいいが、どこもかしこも似たような光景だ。あちこちにいろいろな痕跡があり、加えて変化に乏しい森の中。感覚もだんだん狂ってくる。
「そうだな、なんつーか‥‥、やりにくいな」
 グリムバルドも苦笑した。
「‥‥。さっき来たところです。俺が彫った矢印がある‥‥」
 幹に刻まれた、橘の目印。見間違えようもなかった。今通ってきたところを、もう一度洗いなおさなければならないだろう。捜査の範囲を広めに取り、やり直しだ。
 先ほど通った三叉路の獣道。先ほどは、右に進んですぐに血痕があった。だから右だろうと思ったが‥‥。左に進んでみる。案の定。
「ありました。ここは‥‥これも血痕」
 さらに捜索を進めると‥‥。
「これは‥‥何度も何度も、同じところをぐるぐると‥‥?」
 あちこちについたナイフによる目印が増えていく。マッピングをしていれば、縦横無尽に走る獣道を、網羅するような勢いで痕跡があることに気づいただろう。これで、もし橘が目印をつけなければ延々と堂々巡りに陥っていたかもしれない。獣道どころか藪の中を突っ切ったりもしているのだ。痕跡は、調べれば調べるほど増えていく。
「街道を行くなら馬車を使わない理由はないので、進んだとしたら奥の方」
「でしたら、奥の側だけを調べて‥‥、街道と平行に進むような痕跡は無視いたしましょうか?」
「奥だな? 街道が‥‥」
「あっちです」
「了解」
 調査範囲をしぼる。ややあって鎮璃が、
「ありました。鞘だけ、ですけど‥‥」
 藪の中に放り出された、黒塗りの鞘を取り上げる。
「‥‥、周囲をもう少し調べてみましょう」
 橘は藪の中に式を放った。鼠の姿をしたものが、藪の下をがさがさと動き回る。やがて式はそれを見つけ出す。
「奥に伸びる獣道‥‥、ここから二つ向こうの曲がり角ですね。地面にかなりの量の血痕です」
 案内します、そう言う橘のあとについて行く一行。血痕を通り過ぎ、程なくして崖にさしかかった。そばに生える木を調べると、べろんと木から伸びる蔦が、ばっさりと切り払われていた。下を覗き込めば、切り落とされた蔦がわだかまっている。
 崖を降りると、ディディエは川沿いに沿ってざっと調べた。何度か川に足を運んだような形跡はあるが‥‥。
「衣類もなし、火を焚いたあともありませんねぇ」
 返り血を浴びていれば洗い流すはず‥‥、季節柄、濡れていなくても野営はつらい。しかし焚き火のあとはなかった。
「‥‥いえ、そういえば‥‥?」
 直近の記憶を掘り起こした。紫藤も迅も、返り血を浴びずに殺害するのは難しい状況なのだ。犯人がいれば、返り血を被っている可能性が高い。
「なにかがおかしいですねぇ‥‥。おや?」
 草むらに反射する光を見つけ、覗き込む。刀だ。が、まだ新しいのに‥‥真っ二つに折れている。折れた切っ先は、すこし離れたところに飛ばされていた。大股三歩分くらいの距離だろうか。血糊がついているわけでもなく、それを拭ったようでもない。かすかに刃に草の汁が付着しているが、それだけだ。
「因果関係はさっぱりですが、とりあえず‥‥。
 先ほどの鞘はありますでしょうか?」
「あ、はい」
 鎮璃の差し出したそれに差し込む。刀はぴたりと納まった。

「お待たせしました」
 森から戻ったマルカは、息せき切らせて走ってきた孝也を出迎えた。互いに労いつつ京助を迎えに行く。お聞きしたいことが‥‥、マルカは切り出した。
「十河様は、お父上を殺害した犯人を見つけて、どうされたいのですか?」
 戸惑うように孝也は目をそらした。
「わたくしは両親を殺めた者を探し出し、復讐したいと思っております。ですがそれが正しいことなのか、未だに解らないのですわ」
「‥‥」
「身勝手ですが同じ立場の十河様に、ぜひお聞きしてみたいのです」
 沈黙が続く。足跡だけが二人分、同じ間隔で音を立てる。そばの長屋から子供の笑い声、母と思しき怒鳴り声。
「最初は」
 白い吐息と共に、孝也は言葉を吐き出した。
「最初は、とにかく明かさなければと。本当なら私が調べたかった。自警団ですから。
 でも‥‥鞘は先生が持っていた。
 ‥‥研師が犯人なら、いいと思っています。見知らぬ他人をひとり、憎めばそれで事足りる」
 彼女からの返事を恐れるように、孝也は傾きかけた長屋へ入った。

「孝也さん‥‥、おひさし、ぶりです」
 熱に浮かされた子供が、起き上がろうとする。続けて入ったマルカは、慌てて寝かしつけた。
「お見舞いですわ」
 甘刀「正飴」。喜ぶ――かと思いきや、ひどく居心地悪げに眉を下げる。
「これ‥‥、高い、ですよね。大丈夫です、お気持ちだけ‥‥」
「その‥‥、甘いものは、お嫌いでしたでしょうか?」
「いえ、あの‥‥。‥‥好き、です」
 か細い声が、謝辞を伝え、おそるおそる受け取る。ひどく控えめなそれに、ああ、と思い当たった。拾い子ゆえの引け目が強いのだろう、この子は。手放しで喜ぶのは、得意ではなさそうだ。
「迅先生のことですが」
 孝也の言葉に、マルカは京助の手を握った。小さな手が、かすかな震えを伝えて握り返してくる。
「今朝、亡くなっているのが発見されました。しばらく、君をうちで預かろうと思います」
「え――」
 亡くなりました。孝也は、静かに繰り返した。

 大木があった。根元のうろを見つけ、そよぎとジークフリードは覗き込む。
「‥‥ひどい量」
「続いてるな。あっちだ」
 べったりとしみ込んだ血の色。まだ変色していない、比較的新しいものだ。休んだところを攻撃されたのだろうか。
「匂霞さん! いませんか!」
 血痕を辿るジークフリードの背中を追いながら、声を張り上げる。もうそろそろ、帰らなければならない時間だ。気温が下がり、日が暮れかけている。
「ここもかよ‥‥!」
 そのまま前に進むのと、左右へ進むのと。いくつもの痕跡は追跡を困難にさせる。時間をかけている暇などない。
「匂霞さん! 返事をしてください!」
 そよぎの声が森の静けさに飲み込まれ、消えていく。返事はない――いや、あった!
「――にげなさい!」
 張り詰めたような女の声。すこし遠い、迷わず駆け出し、呼子笛を思いきり吹いた。高い音が響く。
 ややあって――反応が出た。張っていた瘴索結界の端。
「アヤカシがいます!」
 そよぎの警告にカッツバルゲルを引き抜いた。直後。
 藪の中。――たぶん、元は白いのだろう、血のこびりついた乱れた髪の。
「匂霞さん!」
 きらり、刀身がかすかな光を弾く。それは持ち手もいないのに、まっすぐ。匂霞を貫いた。
「っ‥‥!」
 ずぶり、と引き抜かれる。腹から噴出す血飛沫。崩れ落ちる彼女に駆け寄れば、着物もすっかり血と泥にまみれていた。神風恩寵をかける、が、あまり効いた感じがしない。もうすこし早く見つけられれば――少なくとも、あと一歩早ければ。腹の傷はつかずに済んだ。
「‥‥連れて逃げられそうか?」
 ジークフリードは剣を構えて刀を牽制する。ひとりではとても渡り合える気がしなかったが、何もしないよりましだ。背後に向けて尋ねれば、「無理です」、冷静な一言が返ってきた。
 緊迫した睨み合いの中、かすれた声がたずねる。
「あな、た‥‥たたかえる‥‥?」
「ええ、開拓者よ」
 止血薬を塗って包帯を巻いた。刀は一瞬、だれから狙うのか迷うように揺れ――。
 目先のジークフリードに狙いをさだめた、瞬間。
 ざんっ!
 大気を貫き、白いオーラをまとった穂先が突き出された。ひらりと踊るように刀はそれをかわす。
 ひゅん、片鎌槍を振るって構え、ジークフリードの横に並び立つ。金色の瞳がちらりと匂霞を一瞥した。――生きて、いた。
「大丈夫か」
「危ない状況ね。一刻も早くきちんと処置をして‥‥休ませてあげないと」
 グリムバルドは視線を刀に戻す。大気を切り裂き、矢が放たれた。
「早くこちらへ!」
 結の鋭い声。ジークフリードが匂霞の身体をさらって駆け出す。グリムバルドが殿をつとめた。獣道を越えて小川を飛び越え、崖下の縄を掴む。
「引き上げます」
 先に上った鎮璃と橘でジークフリードを引き上げる。結が刀を牽制し、最後にグリムバルドが登った。
「――撒けたか」
 刀は浮いても一メートル。ここは登れない‥‥が、迂回路を探して行ってしまう。
 ともあれ、束の間の静寂がおとずれた。

 泣き疲れて眠った子供を背負い、孝也は夜道を歩いた。京助の肩からずり落ちた羽織を、自由なほうの手でかけ直してやる。マルカのもう片手は、まだ放されてはいない。
 きっと同じように、握ってくれる手の必要なもう一人は――ただ黙々と、歩くばかりだった。