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■オープニング本文 それは冬も始まるような、そんなころだった。 色鮮やかだった落ち葉はくすみ、たわわに柿を実らせていた木は裸の枝を晒すのみ。ふわりふわりと雪虫が飛ぶところを、ひとりの女が突っ切った。風に煽られて雪虫がふわりと漂う。 ここ最近通い慣れた家。おとずれた女を、出迎えたのはひとりの男だった。 「できたか」 喜色を隠すこともなく、男は手を差し出す。女はそこへ、長いものを乗せた。布に巻かれたものだった。 「わたしも満足よ。いい仕事、できたと思うわ」 「お前がそう言うのなら、よほどの業物だろうなぁ。見てもいいか」 「どうぞ。でも、傷はつけないでよ。やり直しはごめんだわ」 「まさか。丁寧に扱うさ。‥‥おお」 現れたのは黒く塗られた鞘。音もなく刀身が引き抜かれる。薄い、藤色をした刀身だった。陽を照り返し、白く光を弾く。 「これは‥‥、ああ、よくやってくれた! 本当にあの金額でいいのか?」 「利潤は出てるわよ。失礼ね。わたし、お人よしじゃないわ。 ただちょっと、つい三割り増しで真剣になっちゃっただけ」 「はは! それは幸運だったなぁ! なあ、息子と会っていってくれ。紹介したい。夜には帰ってくるだろうし」 「顧客が増えるのは歓迎するけど。もうここでの仕事は全部、片をつけたの。行くわ」 「惜しいなぁ‥‥」 「どうせそのうちまた来るわ。機会はいつでもあるじゃない」 「近いうちに寄れよ。達者でな」 ひらり、と手を振り、女は踵を返す。庭を突っ切る途中、ひとりの男が入れ違いに門をくぐり、やってきた。女にとっても顔なじみの男だった。 「あら、久しぶりね」 「‥‥あんたか。仕事で?」 「それ以外の用はないわ。あなたじゃあるまいし」 「嫌味かよ、てめー」 「ひねくれてるのね。ほめことばよ。包丁の調子はどう?」 「切れ味よすぎだ。何やったんだお前。指までスッパリ行くぞアレ」 「鈍い鈍いっていうからやったのに。まあいいわ。大事に使ってよ」 「ああ」 すれ違うところにいた雪虫が、左右から煽られる。ゆら、と、戸惑うように揺れた雪虫。 その雪虫と同じ雪白の髪を翻し、女は門へと消えていった。 夜も暮れたころだった。 (父上‥‥どこ行ってたんだ、まったく!) すこしばかり苛立ちながらも、行灯を手に青年は帰路を急ぐ。立て込んでいた仕事のおかげでだいぶ遅くなってしまったが、それもこれも、今日来なかった父のせいだ。けれども父のことだから、独自になにか手がかりを掴んで行動していたのかもしれない。が、それならそれで一報くらいほしかったと思う。 ため息つきつつ帰宅する。明かりもついていない。――まだ父は帰っていないのだろうか? 用事があるから今日は遅く出勤する、とは聞いていたけれど。 「‥‥?」 門をくぐり玄関に着くと、わずかに戸が開いていた。なんだって無用心な‥‥、そう思いつつも手をかけ、開く。 気づいたのは――どっちが先だっただろうか。 立ち込めた血臭にか。それとも、掲げた行灯が照らす――父の、姿にか。 「‥‥父上‥‥?」 どうしようもなく動転した意識の中で、ああ、この傷は刀傷だろうと。――ひどくあたりまえのように、検分していた。 「依頼を。お願いに来ました」 年のころは十代の後半、二十にはまだ届かなさそうな青年が、ギルドをおとずれた。 「私は十河孝也。ある町で自警団をしています。父と同じ職場です。 ――その父が何者かに殺害されました。事実調査と犯人の捕縛をお願いしたいのです」 眠っていないのだろうか。かすかに、目の下に隈ができている。態度には出ない動揺を見て取り、受付は相談室に彼を促した。ついでに同僚を捕まえて茶の用意をしてもらう。 待つ間にも、孝也は喋った。 「先日、父は用事があるので遅れて出勤する、と言っていました。私は先に行きましたが、結局、父は職場に顔を出さなかった。 帰宅してみると、玄関で‥‥、倒れていて」 骨張った拳が、膝の上で握り締められる。そろりと顔を出した同僚から、湯飲みを受け取った。ひとつを孝也の前に置く。小さく謝辞が聞こえた。 標準より長めに見える指が、ゆっくりと湯飲みを包む。一口含み、それから続けた。 「身体は冷え切っていました。血もほとんど乾いていて。少なくとも午前中には‥‥もう、ああなってしまったのでしょう。 凶器は見つかりませんでした。他、不審物も。傷口は刃物によるものでしょう。返り血を浴びているはずだと思ったのですが、それらしい遺留品もありませんでした」 「室内は?」 「荒らされた形跡も、なくなった物もありません。少なくとも私の知る限りでは。 恨みの線で考えたのですが‥‥。父は穏やかな人ですから。私怨とは、あまり思えず。仕事上での逆恨みも考えましたが、それらしい人は一様にシロでした」 「‥‥困りましたね」 「ええ。正直、私たち自警団は今、別の事件にかかりきりなんです。手が回らない。 なので‥‥お願いします。どうか」 どうか、真実を日の下に。 |
■参加者一覧
風雅 哲心(ia0135)
22歳・男・魔
そよぎ(ia9210)
15歳・女・吟
グリムバルド(ib0608)
18歳・男・騎
真名(ib1222)
17歳・女・陰
鹿角 結(ib3119)
24歳・女・弓
橘(ib3121)
20歳・男・陰
ディディエ ベルトラン(ib3404)
27歳・男・魔
マルカ・アルフォレスタ(ib4596)
15歳・女・騎 |
■リプレイ本文 「お待ちしていました」 開拓者を出迎えたのは、目下の隈がだいぶ濃くなった青年だった。 「陰陽師の真名。よろしくね」 真名(ib1222)の挨拶に、疲れた笑顔が返る。それを見上げて、彼女は続けた。 「‥‥犯人、見つけましょう」 「お願いします」 「その調査の前に、ひとつ確認を」 簡単に孝也と挨拶を交わし、橘(ib3121)は切り出した。 「調査の段階で孝也さんの名を出しても、支障はありませんか」 「ええ、構いません。それくらいではかどるなら、どうぞ」 色よい返事。続けてディディエ ベルトラン(ib3404)が質問を投げた。紫藤の当日の様子についてである。 「当日‥‥、用事がある、としか」 「依頼人様に御伺いします、用事とは一体何だったと思われますでしょうか?」 「そうですね、個人でなにか手がかりを掴んだ、と考えるのが自然です」 きわめて客観的な意見だった。孝也にもあまり思い浮かばないらしい。 「お辛いところ、申し訳ありませんわ」 マルカ・アルフォレスタ(ib4596)の前置きに、いいえと緩く首が振られた。 「お父様の最近のご様子を伺えますか?」 「落ち着かないように見えました。仕事のせいでしょうね」 「沈んでいらっしゃったとか、うきうきしていたご様子は?」 「時々妙に機嫌がよさそうなときはありましたが、普段と大きく違った、とも」 「ご趣味はどのような? 集めていたものですとか‥‥」 「蒐集癖はありませんでした。趣味‥‥、母が早くに亡くなったものですから、料理が趣味みたいなものでしたね。使用人を延々と雇うのは厳しくて」 寂しく微笑む孝也。すこし、自分を重ねた。マルカの両親も何者かに殺されている。 「立て続けに申し訳ありませんわ。ですが、あとふたつ。 出入りの商人のようなものは、いらっしゃいますか?」 「いえ、家を空けていることが多いので、滅多に利用しません。買い物は私と交代で行っていました」 「では、ご近所で仲のよい方は?」 「ご近所づきあいの範囲で親しくしていました。特別に仲がいいなら‥‥。迅先生ですね。あまり近くではありませんが、私もお世話になりました」 鹿角 結(ib3119)は頭の中でその話を整理する。 (物盗りでもなく、怨恨でもない‥‥愉快犯、というのも考えにくいですが) 広く浅く他人と付き合い、親切で穏やかな紫藤。親しい、と名の上がったのは唯一、迅のみ。出入りの商人もいない。 (親しい、しっかりとした身分の方を、疑っているようで申し訳ありませんが) 「そのご友人、どちらにお住まいですか?」 「裏通りの寺子屋です」 そうして話しながら、家の敷地に入る。そよぎ(ia9210)はそこで、瘴索結界を張った。 「全部アヤカシのせいにできれば気が楽になるんだけど‥‥残念、瘴気はなし、か」 わかってはいても、確かめずにはいられなかったのだろう。その事実だけを確認して、孝也を振り向く。 「紫藤さん、最近大きな買い物をしていなかった? できれば、文箱や家計簿を見てみたいのだけど‥‥」 ないと思いますが、と言いつつ孝也が裏口に回り、出してきたのは家計簿だった。一番新しい頁を開く。 「‥‥あ。ありました。夕霧‥‥?」 首をかしげる孝也。文箱も開いてみるが、それらしきものはない。 「なにかしら、三万二千文もしているわ」 何を買った? 眉をひそめる孝也。すぐにわからない、と頭を振る。思考を断ったのを見て、真名は尋ねた。 「貴方のお父さん‥‥いえ、貴方達が追っているっていう事件について教えて」 孝也はお恥ずかしい話ですが、と前置きする。 「ちょっとした利権問題で、‥‥その、店同士の嫌がらせが、すこしばかり。治めるにも証拠を掴みあぐねるし、どちらの店も町としては歓迎したいところで。折り合いが‥‥というやつです」 孝也は苦笑を滲ませた。 「現場はここです。では、私は‥‥仕事に戻りますので」 家の表玄関に案内してから、孝也は仕事へ向かった。 (‥‥御自身の御役目を優先されるのは‥‥御父上を尊敬なさっている証しなのでしょうね) 橘は内心呟き、孝也の背を見送る。その背は門の向こうに消えていった。 それからばさり、と、かぶせられた布を取る風雅 哲心(ia0135)。その下に、一人の男が倒れていた。橘は手を合わせ、状況を検分する。 「‥‥横向き、ですか。犯人の位置が特定しにくいですね」 紫藤は、玄関に足を向け、頭を家の奥に向けて倒れていた。玄関から奥へ向かった場合、ちょうど右側を向いている。血のほとんどは土間の玄関に吸い込まれていたが、赤黒く変色したあとが見受けられた。 哲心は遺体のそばにかがみこみ、傷跡を確認する。胸に線のような傷が残っていた。刀の太さと合致する。 「貫通しているな。凶器は、少なくとも貫通させる程度の長さはある、ということか」 ほかに傷はなく、特に争ったようでもない。遺体を動かした形跡もないので、事件現場は間違いなくここだろう。 「あら?」 真名が小さく声を上げた。隅のほうを夜光虫で照らし出していたのだが。 「どうしました?」 橘の声にも振り向かず、手で皆を呼び寄せる。 「何かしら、これ」 「‥‥?」 彼らはそこを覗き込むが、特に何も‥‥いや、あった。 玄関から奥へと向かった場合、左側。土間の地面が斜めにえぐれている。棒を壁に立てかけたら、ちょうどぴったり同じ溝になりそうだ。皆の視線が哲心の腰に注がれる。刀「鬼神丸」、鞘ごと外して立てかけた。 溝にぴたりとはめると、壁にはすこし届かない。だいたい指二本程度の太さくらいだ。 「ここに刀が立てかけてあった‥‥とかかしら?」 「依頼人様は、なくなった物はないと言っていましたねぇ‥‥夕霧以外は」 「夕霧が刀で、事件当日の朝受け取ったもの‥‥と考えるのが自然か」 「もしくは犯人が自分のものをここに立てかけていたか‥‥」 「少なくとも、刀を引き抜いたのはこちら側から、と見てよさそうですね」 それ以上の明確な答えは、現場には残されていなかった。 冷たい風の吹きつける中、十河家周辺にて。あまり愛想の良くない、親切でもない通行人たちに――聞き込みはすこしばかり難儀していた。 「悪いんだか、何日か前にここで――」 声をかけた哲心を、一瞥するなり「失礼、急ぎですので」、取り合ってくれない。 「なんなんだ、ここは」 一人二人ならまだしも、道行く人が片っ端から同じ反応。困りものだ。 「あたしもあんまりいい顔されなかったわ。なんとか話を聞くことはできたけど‥‥」 「俺が男だから返事をしない、とか?」 「それはないんじゃないかな、あ、マルカさん、どうだった?」 一度十河家に戻るところだろう、通りすがったマルカを捕まえると。 「皆様親切に教えてくださいました。それでわかったのですが‥‥」 親切? 思わず顔を見合わせる哲心とそよぎ。記憶を手繰るマルカは二人の反応に気づかない。 「事件当日。朝、お二人の人物が十河様のお宅に入ったそうです。お一人は白髪の女性。普段は見かけないそうですが、ここしばらく不定期に通っていたようですわ。もうお一人は迅様。こちらは皆様ご存知で、お父様と仲の良いご友人だと伺いました」 「あたしも白髪の人の話は聞けたけど、それくらいかな」 「こっちはさっぱりだ」 「そうですか‥‥、わたくし、一度戻りますわね」 「あたしは大通りに回るわ」 「俺はもう少し続けるかな」 そうして別れると、橘がやってくるのが見えた。 「どうだ?」 「哲心さん。お昼ですし、一度戻ってしばらく待機しようかと」 「そうか‥‥、情報は?」 「そうですね、白髪の女性が出入りしていたそうです。近所の方々には馴染みがない女性らしいのですが、しばらく通いつめていたようで。当日は布に巻かれた長いものを持っていた、と。 哲心さんはどうでしたか?」 ひょいと肩をすくめる。 「さっぱりだ」 橘は首をかしげ、それからああ、と思い当たることを口にする。 「もしかして、不審に思われたのでは? 孝也さんのお名前を出すといいと思いますよ」 「なるほど、そこか」 住宅地というところは、すこしばかり閉鎖的だ。そしてここはほんのすこし、気位と警戒心の高い人間が多い。マルカは細やかに丁寧だったため、好意的に受け入れられたのだろう。孝也の名前を出すのも効果的だ。哲心には、すこしばかり肌に合わない地域だったかもしれない。 同じく十河家周辺で情報を集め、‥‥やはりそれなりに苦労したディディエ。けれど、このあたりの人々の使う店を割り出すことができた。大通りの隅にある、格式ばった戸を叩く。顔を出した女将に、 「使用人の方に御話しを窺いたいのですが」 単刀直入、尋ねた。かすかに眉をひそめる女将。 「なんのご用でしょうか」 「十河さんの事件について、調べているのです」 「‥‥、十河様の」 女将はディディエを招きいれ、裏口に連れてくる。車に商品を詰め込む男たちがいた。女将に紹介されてから、ディディエは尋ねる。 「御仕事中にですねぇ、十河さんの御屋敷を訪問する人の姿を見たり、助けを求める男の声など怪しい物音を耳にしませんでしたでしょうか?」 男たちは互いに顔を見合わせた。「知ってるか」「いや」「あのあたりの担当は」「あ、私です」一人の男が進み出る。 「十河様が‥‥亡くなられた朝のことですよね?」 「ええ、事件当時の御話をと思いましてねぇ」 「当日ではありませんが、白髪の女性が出入りするのを見かけたことがあります。私らのように商品を運び込むそぶりもないし、かといって‥‥十河様は亡くなられた奥様一筋でしたから、そういう風にもね。ご子息の、と言うには、すこし歳が離れすぎに見えましたし」 「御幾つくらいに見えましたか?」 「二十の中ほどか後半か、いえね、ずいぶん落ち着いた雰囲気のお人ですが、肌艶がよくてはっきりとは。そのわりに手は荒れてるものだから、よくわからん人でした。なんせ十河様はあまり私らをご利用くださることはありませんので、よく知らないんですよ」 こんな話くらいですがと、男は締めくくった。 大通りで聞き込みをしていたのは、グリムバルド(ib0608)だ。紫藤が出かけていたのならその足取りを、と調査をするも、一向にそれらしき情報は手に入らない。同じ線で当たっていた真名も同様だ。 (こうまで手ごたえなしだと、外出したってセンは薄いか) 「俺、一度戻るわ」 「わかったわ。情報があったら回してもらえる?」 真名に頷き、戻る。マルカや橘が家にいて、互いの情報を交換した。 「そうですか‥‥、こちらも御父上が外出された、という話はありませんでした」 「かわりに迅と白髪の女の出入りか。どっちかだな」 現時点じゃどっちがクロだかわからねぇな、口の中で呟く。 「わかった、俺は白髪の女について調べてくる。目立つ髪色だ、記憶に残ってるヤツもいるだろ」 「どちらで調べますの?」 「大通りに戻るわ。ずっと親父さんの行方追ってたからな、その関連、詳しくなっちまった」 行きつけの店だのなんだのが主に。そうして戻り、真名と手分けして先ほど尋ねたあたりを再度洗いなおす。 「おう、さっきのニィちゃんじゃないか。え? 白髪の? ああ、最近までこのあたりにいたね」 「十河の親父さんと会ってた、とか、そういう話はないか?」 「さぁねぇ。でも可能性はあると思うよ、腕のいい研師だからね」 「研師?」 「野研ぎもやってくれるから、わしらも包丁持って行くんだよ。紫藤さんが懇意にしててもおかしくないねぇ、迅のやつと野菜を買いに来ていたこともあったなぁ」 野研ぎ――、刀以外の研ぎのことだ。つまり、専門は刀ということか。 「その研師は?」 「何日か前に町を出たね。数ヶ月か一、二年すれば戻ってくるけど、行き先は知らないねぇ。流れ者の行方はわからんさ」 何件目の宿屋だろうか。そよぎは看板を見つけて、ちょうど受付をしていた少年に声をかける。 「すみません、聞きたいことがあるのですが‥‥」 「いらっしゃい! 一泊二食で百文だよ!」 聞きたいことが違った。 小さく笑って、改めてたずねる。 「しばらく逗留していて、何日か前に出立した人はいないでしょうか」 「しばらく‥‥? ああ、ならあの人くらいだ。おねーさん、開拓者か何か? それとも料理人? 大工とか、そっちじゃないよね」 料理ができない、などとは知らない少年は、あたりまえのように尋ねた。砕けた口調の少年につられ、そよぎも地が出る。 「開拓者だけど、なぜ料理人や大工なの?」 「研ぎに来たんじゃないの? 研師だよ、あの人」 「名前や‥‥行き先はわかる?」 「匂霞さん。暮谷匂霞さんだよ。行き先は知らないけど、髪真っ白だし‥‥馬車持ってたから、見つけやすいかもな」 いつもうちを贔屓にしてくれる、流れの研師だよ、と少年は言った。 そこには、ほとんど子供しかいなかった。 「すみません、何日か前の話ですが‥‥」 結が通りすがった女性に尋ねると、彼女は困惑したように眉尻を下げる。 「私、ここはあまり通らないの。子供たちなら知っていると思うわ」 言われて対象を子供に変えてみれば、それはそれで。 「‥‥ねぇちゃん、どこの人?」 なんだか警戒されている。 「開拓者です。十河さんのお宅に向かう方か、紫藤さんを見かけなかったかと」 「‥‥知らない。行こうぜ」 あれは知っていそうだ‥‥、と思うのだが、いかんせんその警戒心がとけないことには進まない。ぞろぞろといなくなる子供たち。そっとその背を見送り、耳を澄ませた。 「ねぇ、あのおねーちゃんだれだったの?」 「知らない。京助の見舞いに行こうぜ、俺、家からりんごくすねてきた」 「りんご!」 わいわい子供たちが遠ざかる。 (京助‥‥?) 関係はあるのか、ないのか。わからないが、結はその名を記憶に留めた。 孝也が帰ってきたのは、日もとっぷり暮れたころ。彼はまず紫藤を奥の部屋に移した。それから、 「うちのお母さんが作った煮物なんだけど、よかったら食べて」 そよぎに出された鍋に一瞬ぽかんとして、それから相好を崩す。 「‥‥ありがとうございます」 火にかけて暖めつつ、開拓者の話を聞く。 「白髪の研師については、初耳です。 迅先生は‥‥、正直、疑いたい人ではありません。父はまんべんなく優しい人ですが、先生は特別でした。兄弟のようなもの、と言っていたくらいです。 先生自身も情の深い人で‥‥、まあ、すこし短気ですが。病弱な拾い子の面倒を見ているくらいですから」 病弱。不意に結の記憶が呼び起こされる。 「子供たちが、京助という子供の見舞いに行くと‥‥、もしかしてその子では?」 「京助君? 先生の子です。‥‥また熱でも出したのかな‥‥、治ればいいのですが」 明日は早めに切り上げて見舞いに行こうかなと、孝也は小さく呟いた。 |