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■オープニング本文 前回のリプレイを見る ●妖志乃の父・妖王(ようきみ) 妖王という名のアヤカシは、階級が付けづらい。通常、下・中・上・大とアヤカシには階級が存在している。単純に力で階級を決めるのならば、上級アヤカシと言えるだろう。 だが妖王の厄介なところは、憑依能力にあった。憑依能力を持つ妖王は、自身では攻撃するような力は使わない。しかしひとたび本気になれば大勢のアヤカシにケモノ、そして人間や開拓者など、命あるものなら全て操られてしまう。 何かを破壊する強大な力よりも、目に見えない厄介な力を使うそのアヤカシは、自ら名乗らなかった。 ゆえにそのアヤカシを慕って集まってきた従属達が、いつの間にか己の主をこう呼ぶようになった。 妖(アヤカ)シの王――【妖王】様、と。 ●妖王の一人娘・妖志乃 妖志乃が住む屋敷は、人間もケモノも足を踏み入れられない秘境にある。太陽の光さえ差し込まぬほどの深き森の中に、派手で大きな和の屋敷があった。 屋敷の主である妖志乃は上座に座り、蝶蝶模様の鉄扇を何度も開いたり閉じたりしている。肘掛に寄りかかる妖志乃は今、思案中であった。 妖志乃が言葉を発するのを、下座にいる二体の中級アヤカシはジッと待つ。 「……ふむ。開拓者達はそろそろ、我と直接戦いたいと申しておるのじゃな?」 「気にすることはないぞ、妖志乃。お前がわざわざ表に出る必要はない。開拓者の戦いを見たいなら、俺が出る」 「麻牙巳の過保護もそろそろうんざりじゃのぉ」 「なっ!?」 筋肉質な体付きと端正な顔立ちをしている麻牙巳はしかし、赤ん坊の頃より育てている妖志乃には滅法弱い。 「ここしばらく顔を見せておらぬ親父殿から我の育成を頼まれているとはいえ、我はそろそろ一人前ではなかろうか? のお、衣羽魅よ」 「妖志乃様は既にご立派に成長なされております。麻牙巳は子供扱いしすぎなんですわ」 麻牙巳の隣に座る妖艶な美女の衣羽魅は、着物の袖で口元を隠しながらクスクス笑う。 そんな衣羽魅をギロっと睨んだ後、麻牙巳は真っ直ぐに真剣な表情で妖志乃を見つめる。 「確かに俺と衣羽魅は元々、お前の父である妖王を主としていた。だからお前を育てていたというのも、間違いではない。しかし今ではお前こそ主と思っているから、余計に心配に……」 「アラ、まあ。いつの間に頭の中までその肉体と同じく、ガチガチに固まってしまったの? 妖志乃様を閉じ込めて外に出さないなんて、随分と独占力の強いこと!」 衣羽魅の明らかに挑発的な言葉に、麻牙巳は眼をつり上げた。 「それは貴様にだけは言われたくない。妖志乃を甘やかして育てた貴様には、な。……それに貴様はただ、妖志乃にアヤカシとして目立ってほしいだけだろう? 妖志乃の身の危険も考えずになっ!」 「言葉が過ぎるわよ、筋肉脳馬鹿が! わたくしが妖志乃様の身を危険にさらすわけないでしょう? それに妖志乃様は歴史に名を残せるお方! 活躍を望んで何が悪いというの?」 「ええ加減にせんかーっ!」 妖志乃の怒鳴り声のせいで、屋敷が右へ左へと揺れる。 至近距離で妖志乃に怒鳴られた麻牙巳と衣羽魅は、青い顔色で両耳を手でふさぎながら畳の上に倒れた。 「……ったく。我は別に、アヤカシとして名を世に広めたいわけではない。ただ人間の……いや、開拓者という存在が知りたいだけじゃ」 妖志乃は「はぁ〜っ」と重く深いため息を吐くと、鉄扇を広げて自らを扇ぐ。 「しかし我はともかく、開拓者はそれを許そうとは思っておらぬようじゃのぉ。どうあっても我を倒すつもり、か……。正直弱ったのぉ。我はまだまだ開拓者を観察したいのじゃが」 今まで挑戦状を送り付けていた妖志乃は、開拓者達の反応を全て見続けてきた。そのせいでもっと開拓者を知りたくなっている――これはどうにも父親譲りの好奇心ゆえに、妖志乃自身も困ったものだと考えつつ止められない。 「開拓者はどういう形であれ、我を倒さなければ気が立ってしょうがないようじゃのぉ。あまり警戒されるのも、観察しがいがないというもの。……さすれば仕方あるまい」 妖志乃はパンッと音高く鉄扇を閉じると、麻牙巳と衣羽魅に美しく微笑んで見せる。 その笑みに思わず見入ってしまった二体のアヤカシだが、次の瞬間、妖志乃の口からはとんでもない言葉が出た。 「では望み通り、我は開拓者と戦おうぞ」 「……本気か?」 「妖志乃様の御心のままに」 渋い表情を浮かべる麻牙巳に対し、衣羽魅は嬉しそうだ。 「ああ。しかしその前に、――ドール、おるかの?」 「はい、妖志乃様」 名を呼ばれて、妖志乃を主と慕う中級アヤカシが部屋の隅に姿を現す。短い銀髪の髪に血のように真っ赤な眼、十四歳ほどの少女の姿をしたアヤカシの名はドール。白いフリルとレースがたっぷり付いている黒いワンピースとつば広帽子を身につけている姿は、異国風である。 「そなたは我と共に、美叶娘(みかのこ)の所にゆくぞ」 従属のアヤカシ達は、主が言った上級アヤカシの名に険しい反応を示す。 「何の冗談だ? 妖志乃」 「美叶娘と言えば、妖志乃様の邪魔者ではありませんか」 麻牙巳と衣羽魅が言う通り、美叶娘と妖志乃の仲は悪い。 かつて瘴気が充満した土地に無知な人間達が生贄を差し出せば浄化できると考え、同じ人間を含めた命ある生贄達が数え切れないほど多く犠牲になった。そして数々の死体と瘴気が混ざり合い、美叶娘というその土地を領域とした上級アヤカシが誕生したのだ。美叶娘は自らの領域からは出られないものの、しかしその場で使う力は強い。 その為、自らの領域を大事にしているので、他のアヤカシが近付くのすら難色を示す。 妖志乃は自由奔放な性格をしているが、美叶娘は厳格とも言える。 お互い妙齢の美しい娘の姿をしており、上級アヤカシであり、それぞれアヤカシを従属として持つ主であった。 あまりに近すぎる存在ゆえに、どちらかともなく互いを避けるようになったのは最近はじまったことではない。 「確かに美叶娘と我の仲はあまり良くはない。しかし美叶娘と開拓者ほどではない。あやつは開拓者を邪魔に思うておるからのぉ。ここは協力して、開拓者を罠にかけようと思うておるのじゃ」 「……しかし美叶娘が大人しく、妖志乃様の言葉を聞きますでしょうか? 美叶娘は妖志乃様より長く生きている分、矜持だけは高いようですし……」 「くくくっ。言ってくれるのぉ、ドール。しかしだからこそ、そなたを同行させるのじゃ」 心配顔だったドールはだが、妖志乃のその一言で自分の役目を理解する。 「……なるほど。妖志乃様もお人が悪い。望まれるのでしたら、わたしの力などおいくらでもお使いくださいませ」 ドールは妖志乃の前に出ると、恭しく土下座をして深々と頭を下げた。 「うむ。期待しておるぞ」 |
■参加者一覧
朱華(ib1944)
19歳・男・志
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
ファムニス・ピサレット(ib5896)
10歳・女・巫
Kyrie(ib5916)
23歳・男・陰
クリス・マルブランシュ(ic0769)
23歳・女・サ |
■リプレイ本文 ●美叶娘が支配する土地 妖志乃(iz0265)の最後の挑戦状に書かれていた日時に、指定された場所へと訪れた開拓者達は、あまりの瘴気の濃さに顔をしかめる。 人里から遠く離れ、見渡す限り自然が続いているこの場はしかし、アヤカシの領域と言うに相応しい禍々しさがあった。天気は曇りの昼間だが、濃厚な瘴気のせいか視界が悪い。 挙句には挑戦状に書かれていた通り、広く大きな沼には十メートルほどの大きさの大怪蛇が三匹、空には一メートルほどの大きさの怪鳥が十羽、地上には二メートルほどの大きさの鎧武者が八体いる。 「この光景を見ると、最終決戦って感じがするな。ヤレヤレ……。こんな派手な舞台を用意してくれなくてもいいのにな」 朱華(ib1944)は瘴気とアヤカシの存在にうんざりした顔付きで、重いため息を吐く。 「まあ相手はあの妖志乃だからねー。でもどんな敵を用意されても、今回で決着をつけるよ!」 リィムナ・ピサレット(ib5201)は気合を込めて、二時間は痛覚が麻痺する効果がある安定判を自らの素肌に押す。 リィムナの隣にいる双子の妹のファムニス・ピサレット(ib5896)は不安げな表情で、空を見上げていた。 「凄い瘴気ですね……。……上空にはアヤカシの朧車が浮かんでいますけど、御簾が下がってて妖志乃の姿は見えません。……本当にあそこに妖志乃がいるんでしょうか?」 「まあ一筋縄ではいかないアヤカシであることは間違いありませんが、この場をこのままにしておくわけにもいきませんからね」 遠見の眼鏡を装着したKyrie(ib5916)は、周囲を警戒しながら見回す。 「まったく……。アヤカシらしい場所で、仕掛けてきたものですね。この瘴気の濃さには、息が詰まりそうになります。とっとと全てのアヤカシを退治して、このうっとおしい瘴気を払いましょう」 クリス・マルブランシュ(ic0769)が刀・長曽禰虎徹の刃を鞘から引き抜いたことで、四人の顔付きも真剣なものになる。 「とりあえずアヤカシは、一体ずつ確実に倒していこう。奇襲には各々気をつけろよ」 朱華も腰に下げていた刀・長曽禰虎徹の柄を掴み、刃を引き抜いてアヤカシ達に向けた。 「そうだね。特に空からの攻撃には気を付けよう」 「はっはい……! 頑張ります……!」 リィムナとファムニスも目の前にいるアヤカシ達を睨みつけ、闘志を燃やす。 「こちらから奇襲をかけるというのは、ちょっと難しそうですね。アヤカシの数がこちらの人数の倍以上いますし、上空には妖志乃らしきアヤカシがいますから」 Kyrieは残念そうに、肩を竦める。 クリスは柄をしっかり握り締めると、真っ直ぐにアヤカシ達を見つめた。 「単純に、アヤカシは全て倒せば良いだけですよ。――それじゃあ覚悟を決めて、参りましょうか!」 ●アヤカシ対開拓者 「それじゃあファム、危険な役目だけどよろしくね。あたしが使うスキルは射程内に入らないと、敵に届かないからさ」 「大丈夫、リィムナ姉さんのことはちゃんと守るから……!」 ファムニスはベイル・ホーリーガードを手に持ち、前に構える。その後ろに、リィムナが続く。 「お二人の進行方向は、私が声を出しながらお教えします。万が一の時はちゃんとお守りしますから、安心してください」 Kyrieは大怪蛇がいる沼から離れた場所に身を隠すが、ちゃんとその視線はアヤカシに向けている。 双子の姉妹は無言で頷くと、一気に駆け出した。ファムニスは盾を前にして、視線を大怪蛇からそらすようにして走っている。リィムナはファムニスの両肩を掴みながら走っており、同じく目線をそらしていた。そんな二人に、Kyrieが進行方向を声で指示を出す。 「ファムニスさん、右に少し寄ってください! あっ、神経毒を吐き出すようです! 立ち止まって、後ろに身を引いてください!」 まともに状態を把握できない二人は、それでも必死にKyrieの言う通りに動く。 「あっ、そこです! リィムナさん、射程内に入りましたよ!」 「待ってました!」 リィムナは立ち止まると、ファムニスと盾越しにスキルの黄泉より這い出る者を発動させて、大怪蛇に向けて放った。 大怪蛇は血反吐を吐き、バタバタと暴れまわる。そのせいで、沼の水が周囲に飛び散った。 水はファムニスとリィムナの所にも届き、盾で防ぐものの、周囲が水浸しになっていく。 「ううっ……! もう一回スキルを使いたいところだけど、水攻撃を受けているとできないよ〜!」 「……Kyrieさんも、隠れて避けているみたいです」 ファムニスの言う通り、Kyrieも沼の水を浴びないように身を伏せている。 思わぬ攻撃で、三人とも動けずに戸惑う。 だが沼の中では仲間がやられたことを理解した二匹の大怪蛇が、怒りに眼を輝かせていた。一匹が大きく口を開き、ファムニスとリィムナを丸呑みにしようと向かって行く。 「させませんっ!」 二人と大怪蛇の間に、クリスが入った。刀で大怪蛇の牙を受けるも、その力強さに顔をしかめる。大怪蛇はギロッと眼を動かして、クリスを睨みつけた。 「かっ体が動きません……!」 金縛りに合ったクリスの横を通り、リィムナのスキルの一つ、黄泉より這い出る者が大怪蛇に命中する。 「ファム! あたしが盾を持って二人の前に出るから、クリスさんの治療をお願い!」 「はっはい……! クリスさん、今すぐスキルの解術の法で金縛りから解放しますね」 「おっ……お願い、します……」 リィムナが盾を持ち構え、その裏でクリスの治療をファムニスが行う。 「女性ばかり活躍されては、男の顔が立たないな」 「ですね。残りは一匹ですし、私達男性だけで頑張りましょう」 朱華とKyrieは、残り一匹になった大怪蛇を睨み付ける。今ならば大怪蛇の視線も気も、三人の女性開拓者に向いている。 こちらに気付いていない間に、決着をつけた方が良い――。そう考えた朱華は柄を握り構えながら、素早く駆け出す。 しかしその気配に気付いた大怪蛇は沼から尻尾を上げると、そのまま朱華に向かって振るう。 だがぶつかる寸前で朱華は身を低くして、攻撃から避けた。 「おっと、危ないな。でかいってのは、それだけで厄介なもんだ。その尻尾攻撃はできれば他のアヤカシを巻き込んで吹っ飛ばしてほしかったが、そう簡単にはいかないか」 大怪蛇は尻尾を何度も振り回して、朱華を押し潰そうとしたり、巻き付いたりしようとするが、紙一重で避けられてしまう。しびれを切らしたのか、今度は顔を朱華に向けて口を開き、唾液を噴出した。 「うわっ、これはマズイ!」 空中に飛び上がっていた朱華は咄嗟に動けず、眼を見開く。 「朱華さん! 壁の後ろに隠れてください!」 しかしそこへ、Kyrieのスキルの結界呪符・白が発動した。神経毒から守るように、大怪蛇と自分の間に作られた白い壁の裏に朱華は身を隠す。 「ふぅ……、危機一髪だったな。Kyrieさん、良い援護だ。……しかしいつまでも籠城はできないな。唾液が尽きるか、あるいはこの壁が壊れるのか、どちらが早いかが問題だ」 だが大怪蛇が放つ唾液は何度も噴射されるものの、それでも命中率は低かった。時には朱華から遠く離れた場所に当たったり、横にそれたりする。やがて唾液が尽きたのか、大怪蛇は牙を剥き出しにしながら朱華に襲いかかってきた。 「この時を待っていた!」 朱華はギリギリまで壁ごと呑み込もうとしている大怪蛇を引き付けると、突如壁から身を出してその首を切り落とす。 「壁がなければできなかったな……っとと。……毒が回ってきたか」 「朱華さん、神経毒に当たっていたんですか?」 Kyrieが慌てて駆け付けると、朱華は少し辛そうな表情で震える指で足をさした。太ももの辺りが濡れており、どうやらそこから神経毒が回っているようだ。 「少し……な。流石に空中じゃあ……上手く、動けなかった……」 地面にガクッと膝をついた朱華を、Kyrieはすぐに支える。どうやら壁に隠れる直前に、大怪蛇の唾液を受けてしまったらしい。 「ファムニスさん、スキルの解毒を朱華さんにかけてください! 私はスキルの閃癒で、みなさんの傷を癒しますから!」 「はっはい!」 大怪蛇を三匹全部倒した後、五人は合流した。しかし沼の向こうから武器をそれぞれに手に持つ八体の鎧武者が、こちらに向かって歩いて来ることに気付く。 「鎧武者は任せてください。地上戦なら得意ですから」 金縛りから解放されて傷を癒したクリスが、鎧武者達に向かって走って行った。 鎧武者達は近付いて来るクリスを見つけると、立ち止まって武器を構える。 まず刀を持った鎧武者が、クリスへ衝撃波を放つ。だがクリスはそれを寸前で避けると、スキルの払い抜けにて鎧武者の胴に一撃を叩き込んだ。 「大怪蛇や怪鳥に比べたら、まだ戦いやすい相手ですね。敵の数は多いですけど、妖志乃に比べたら雑魚アヤカシです。こんなところで、時間も手間もかけていられません!」 次に斧を振り下ろしてきた鎧武者に対しては、刃で受け止めて武器を弾き飛ばす。そして鎧武者を、肩から斜め下に切りつけた。 「……しかし相変わらず、妖志乃の考えは理解できないです。何でいつもこんな面倒なことばかり起こすのか……。アヤカシの考えなど分かりたいとも思いませんが、いちいちめんどくさいんですよね。最初から妖志乃自身が姿を現していれば、私がこんなに悩むことなんてなかったはずなのに……。しかしこれで最後だと思えば、全力で戦えます! 妖志乃、覚悟しときなさい!」 眼に強い意志を宿したクリスの背後から、一メートルの槍を持った鎧武者が襲いかかろうとする。 「おっと、お前の相手はこっちだ」 そこへすかさず回復した朱華が鎧武者に駆け寄り、一気にその胴体を刀で切り裂いた。 「生憎と、俺も地上戦が得意な方でな。腕を振るわせてもらうぞ」 朱華を後ろから刀で切ろうとした鎧武者の攻撃を、身を低くすることによって避ける。そして朱華はスキルの隠逸華を発動させて、鎧武者の刀を掴む両手と足を一本ずつ刀で突いた。 突かれた鎧武者の体にはヒビが入り、瘴気が出てくる。そして両手が壊れた為、地面に刀が落ちた。 「鎧武者に痛覚がなくても問題はない。両手で武器を使えなくさせた上に、動きにくくする為に足を潰せれば上々だ。……ああでも念の為に、武器は遠くへ飛ばしておこう」 地面に落ちた刀を蹴り飛ばすと、朱華は鎧武者の体を斜めに切り落とす。 だがその隙に刀を持った鎧武者が朱華に向けて、衝撃波を立て続けに二発放った。 「朱華さん、危ないっ……!」 咄嗟にファムニスが動いて朱華の代わりに盾で衝撃波を受けるも、その強さに押されて後ろに数メートル下がる。 「ううっ……。結構強い衝撃波ですね……」 「庇ってくれて、ありがとな」 朱華はファムニスの頭を軽くポンッと叩くと走り出し、衝撃波を放ってきた鎧武者を下から斜め上に切り裂いた。 だが続けてファムニスは斧を持つ鎧武者に襲われて、刃と盾がぶつかる金属音と火花が生まれる。 「きゃっ……!」 「ファムニス殿、少しの間、耐えてください!」 そこへクリスが駆け付けて、地面を蹴って飛び上がり、その勢いのまま鎧武者の頭のてっぺんから下に向かって切った。 「クリスさん、ありがとうございます……」 「残りは二体ですから、頑張りましょう」 地面には切られた六体の鎧武者が、瘴気を発しながら消滅していく。 しかし余計に濃厚になる瘴気に、開拓者達は顔をしかめずにはいられない。 「アヤカシ達はどうやら順次に、我々開拓者を襲うようにしているみたいですね。一気に攻め込まれないだけマシですけど、……何だか遊ばれている気がします」 アヤカシ達の動きを観察していたKyrieは、悔しそうにギリッと歯噛みをする。 明らかに何者かの意志を感じるアヤカシ達の動きに、自分達が盤上のコマになった気がするのだ。 「Kyrie殿、考えていても仕方ないですよ!」 「とりあえず、目の前のアヤカシを倒すことが大事だ!」 クリスは槍の攻撃を避けた後、朱華は刀を弾き飛ばした後、ほぼ同時に鎧武者の胴体を切る。 八体の鎧武者は全て倒せたが、クリス・朱華・ファムニスの顔には疲労が浮かんでいた。 だが間もなく十羽の怪鳥が、開拓者達の頭上を飛び回り始める。 「Kyrieさん、みんなに閃癒をかけてあげて。その間の時間は、あたしが稼ぐから」 「分かりました。お気を付けて」 リィムナが怪鳥の群れに向かって駆け出すと、一羽が気付いてこっちに飛んで来る。 「まったく、次から次へとうっとおしいよ!」 鋭い嘴と鉤爪を向けてきた一羽の怪鳥に、リィムナは黄泉より這い出る者を放つ。 血を吐きながら地面に落ちてきた怪鳥を見て、朱華は眉間にシワを寄せながら唸る。 「うーむ……。敵が空中にいるのが厄介だな。俺達の刃が届かないのが、正直言って悔しい」 「そうですね。せめて飛び上がって届く場所にいるといいんですけど……」 刀を持つ朱華とクリスは、忌々しげに怪鳥を睨みつけた。 「怪音波も厄介です……。嘴や鉤爪ならば、私の盾で防げるんですけどね」 ファムニスは残念そうに、持っている盾に視線を向ける。 仲間達に癒しのスキルをかけていたKyrieは、ふむ……と考えを巡らせた。 「……少々ダメージを負うことをいとわないのであれば、作戦があります」 Kyrieはリィムナを呼び寄せて、自分が考えた作戦を説明する。 「アヤカシ達は、私達を狙って攻撃してきます。しかも好戦的であり、積極的に。それを逆に利用して、私達自身を餌にして誘き寄せます。ある程度近付いたところで、私のスキルの結界呪符・白を使い、真正面から激突させます。そうすればビックリして体勢を崩すでしょうから、その隙に倒すというのはどうでしょう?」 Kyrieの作戦を聞いて、リィムナは真面目な顔付きで深く頷く。 「なるほど。この場合、餌役と奇襲役が必要だね。あたしはすばしっこいから、餌役になるよ。嘴や鉤爪の攻撃なら、避けられるしね」 「リィムナ姉さんが餌役をするなら、私もします……! 怪音波以外の攻撃は盾で防げますし、リィムナ姉さんと一緒にいます」 「ありがと、ファム。心強いよ」 決意を固めた双子の姉妹を見て、朱華とクリスは真剣な表情で口を開いた。 「俺は奇襲役になる。壁を使えば、空中にいる怪鳥も切れそうだしな」 「私も奇襲役になります。敵を切る早さなら、自信がありますから」 「――決まりましたね。私はスキルを至近距離で発動しなければいけませんから、餌役になります。それでははじめましょうか」 Kyrieも餌役になることを決めて、それぞれ動き出した。 奇襲役の朱華とクリスはそれぞれ別の方向へ素早く走り、いったん木の影に身を隠す。 そしてリィムナとKyrie、盾を構えたファムニスは二人とは別方向へ駆け出すも、その行動は怪鳥達に気付かれるように行う。 狙い通り、怪鳥達は三人を追いかけ始めた。時折嘴や鉤爪で攻撃してくるも、ファムニスの盾で防がれたり、または素早く避けられる。怪音波を放って強い頭痛を与えるも、走っているせいで射程内から三人はあっと言う間に逃れてしまう。 やがて三人は、高い岩壁がある場所まで来た。つまり、行き止まりだ。 怪鳥達は追い詰めたと思い、喜びの鳴き声を上げながら三人に急接近をする。 「狙い通りで嬉しいですよ」 Kyrieはゾッとするほど美しい笑みを浮かべながら、スキルの結界呪符・白を発動した。 急に現れた壁を避けきれずに、怪鳥達は激しい音を立てながらぶつかっていく。 「さあ、俺達の出番だ!」 「全て切ります!」 壁にぶつかり落ちてくる怪鳥二羽を、こっそり後をつけてきた朱華とクリスは地面を蹴って飛び上がり、切る。 そして地面に足がつくと、数瞬後に壁にぶつかって落ちてきた怪鳥二羽も刀で切った。 「残りは五羽!」 「逃しません!」 怪鳥達は罠にかかったことに気付いても、既に時遅く。引き返そうとした二羽は、壁を走り伝って飛び上がった二人に切り落とされる。 空中で体勢を整え直しながら地面に降り立った二人はしかし、壁の向こうからぶつかり合う音を聞いてハッとした。 「しまった! 何羽か壁を越えたかっ!」 「流石に九羽全ては、不可能でしたか。急ぎましょう!」 悔しそうに言いながらも、二人はすぐさま壁に向かって走り出す。 壁の向こうではリィムナとKyrieを庇いながら、ファムニスが盾で怪鳥達の攻撃に耐えていた。 「敵は前にばかりいるんじゃないぞ!」 「こっちに来なさい!」 突然現れた朱華とクリスに驚いている隙に、二羽は切られる。 「これで最後ですっ!」 クリスが最後の一羽を切り、ようやく怪鳥を全て倒せた。 ●妖志乃の最期 美叶娘が支配する土地に解き放たれたアヤカシは全て倒せたものの、上空には未だ妖志乃を乗せたアヤカシの朧車が存在している。攻撃してくる気配はないものの、それでも警戒しながらファムニスが仲間達に声をかけた。 「……妖志乃のことが気になりますが、まずはスキルの閃癒でみなさんを回復しますね」 「あっ、あたしもスキルの瘴気回収で練力を回復しよう。何が起こるか、分からないしね」 「では私も瘴気回収を使いましょう。皮肉なことですが、瘴気が満ち溢れているこの場ならすぐに回復しそうですね。相手は一癖も二癖もある上級アヤカシですから、用心はしておいて損はないはずです」 リィムナとKyrieはそれぞれ瘴気回収で練力を回復して、ファムニスの閃癒で全員が傷を癒した。 だが次の戦闘準備が整っても、五人はなかなか動けずにいる。 「妖志乃の言うことを信じることはできないし、倒すしかないとは思っているけど……。なぁんか怪しいよね」 「リィムナ姉さんの言う通りだと、私も思います……。妖志乃は憑依能力があるようですし、朧車の中にいるのは偽物かもしれません」 「……そうですね。それに護衛が誰もいないというのは、どうにも解せません。まあ今までなかなか姿を現さなかったので、これまではどうだったのかは知りませんが……。それでも、たった一人で私達を迎え撃つようなアヤカシとは思えません。ファムニスさんの言うように何かに憑依しているのか、あるいは死を偽装するつもりなのか……」 リィムナ・ファムニス・Kyrieは自分の意見を言うと、腕を組んで「う〜ん……」と唸る。 その近くでは、クリスが朧車を忌々しげに見上げていた。 「そもそも素直に倒される敵とも思えませんが……。上空にいつまでもいられると、こちらも手が出せませんね」 「そうだな。せめて空から降りてきてもらいたいんだが」 朱華は困り顔で、朧車を見上げる。 未だに御簾が下がっているせいで本当に妖志乃が乗っているのか分からない上に、下に降りてくる動きもない。 膠着状態が続くも、あちらから何かをするつもりはなさそうだ。 「……まっ、とりあえずいつまでも見下されているのは気分が悪いし、そろそろこっちに来てもらおうか」 リィムナは深いため息を吐いた後、黄泉より這い出る者を朧車に向けて放った。 するとスキルは命中したものの最後の足掻きなのか、朧車は開拓者達に向かって突進してくる。血反吐を吐きながらこちらに向かってくるものだから、朱華以外の四人は顔をしかめながら後ろに一歩下がった。 「ああ、降りてきてくれると助かる。――攻撃が当たるからな!」 一人冷静な朱華はスキルの秋水を発動させると、横真っ二つに朧車を切る。 すると朧車は岩壁にぶつかって壊れ、瘴気となって消滅していく。その中から妖志乃が、体を引きずりながら出てきた。 「くくくっ……! これで満足かえ?」 上げた顔にはヒビが入っており、そこから瘴気のモヤが出ている。どうやら朱華に切られたのと、朧車が岩壁にぶつかったことにより、体にダメージを負ったようだ。 それでも余裕の笑みを浮かべる妖志乃を、開拓者達は不気味に思いながらも取り囲む。 朱華はほんの少しだけ哀れみを込めた眼差しで、妖志乃を見つめる。 「人とアヤカシの間に生まれたのが、【妖志乃】なんだよな。アンタはどちらにでもなれる。俺達、開拓者を知りたいのならば、開拓者ギルドを利用すればよかっただろう。一般の人達を巻き込むのは感心しなかったし、遊びたかったらそう言えばよかったんだ。人間でも開拓者でもアヤカシでも、試されながら観察されて喜ぶヤツなんていないんだからな」 「ふふっ、何を世迷言を。開拓者ギルドが、上級アヤカシの依頼を素直に受けると思ったのかえ? こういう方法をしなければ、ギルドは動かなかったじゃろう?」 一理ある妖志乃の返答に、朱華は言葉に詰まった。 「じゃあ何で開拓者に興味を持ったのさ? あたし達はそんなに執着する存在だったの?」 「そうじゃのぉ。こればかりは父の代より引き継いだ『好奇心』としか、言い様がないの」 リィムナは妖志乃の答えに、いまいち納得できないという表情を浮かべる。 「あのっ! 開拓者が気になるのなら、一般の人々に危害を加えない方法で観察し続けてはどうでしょう? その……人に無害なアヤカシならば」 「ファムニス殿、それは無理でしょう。確かに死者こそ出てはいませんが、傷付いた人々は数多くいます。金で解決できることでもないですし、きっちりアヤカシとして幕引きをするべきです」 クリスのきっぱりした意見に、ファムニスは気圧されたように口を閉じた。 その間に、Kyrieはこっそりリィムナに声をかける。 「リィムナさん、どうですか? 妖志乃は本物に見えます?」 「ほんの数回しか会ったことがないから、何とも言えないけれど……。でも消滅の仕方は本当っぽいよ」 妖志乃は形を崩していくほどに、瘴気を濃く発していく。 以前、愛鬼姫という中級アヤカシを倒した時も、似たような状態になった。その状態に近いということは、本当に妖志乃は消滅しかけているのだろう。 「ですが万が一ということもあります。スキルの心悸喝破を使ってもらえませんか? もしかしたら美叶娘とやらを操っているのかもしれないので、憑依が解ければ別の姿が現れるはずです」 「そう、だね。それじゃあ……」 リィムナはKyrieの意見を聞き入れて、心悸喝破を妖志乃に向けて発動させた。しかしボロボロと形を崩していくも、その下からは黒い瘴気しか見えない。 その様子を見て、Kyrieは眼を細める。 「……本物、なんでしょうか?」 「じゃあ最期は派手に、散ってもらおうか!」 続いてリィムナは、黄泉より這い出る者を発動させた。 妖志乃は血反吐ではなく、瘴気の塊を「ごぼっ……」と吐き出した後、真っ白になる。そして黒い瘴気を上げながら、消滅した――。 あまりに呆気無い最期に、開拓者達は呆然と立ち尽くす。 しかしいち早く我に返ったKyrieは、慌てて首を横に振る。 「まっまだ気は抜けません! 念の為にスキルの瘴気回収で、練力を回復させておきましょう」 だが朱華とクリスは顔を見合わせると、それぞれ刃を鞘におさめた。 「随分とあっさりした最期だったな。……だがヤツらしい。無駄に足掻くことはなく、自分が決めたルールに従ったんだからな」 「……最期まで理解できない敵でした。ですがこれで、私が悩まされる日々は終わるようですね」 ファムニスは妖志乃がいた跡を注意深く見ながら、不安げに姉に声をかける。 「リィムナ姉さん……」 「……これで本当に、終わりなのかな?」 呆然と呟いたリィムナが手を差し伸べた先には、何も残っていなかった。 アヤカシの朧車も妖志乃も消滅した為、戦闘の形跡しかない。 分厚い雲が流れて、五人の開拓者に太陽のあたたかな陽射しが降り注いだ。 ――その後、開拓者ギルドに妖志乃からの挑戦状が届くことはなかった。 ●妖王 妖志乃の屋敷に、一人の青年が訪れる。妖志乃に似た顔立ちの青年は、一見は彼女の兄に見えるだろう。 しかし実は父親である青年こと妖王は、紫色の両目と赤い唇以外、全てが真っ白だった。髪の色も着物も全てが白で、その存在感は薄くて儚い。 妖王は屋敷の門を通ると、庭に妖志乃の三体の従属の姿を見つけて近付く。 「久しいの、麻牙巳に衣羽魅。そしてドールとやら」 「……本当に、久し振りだな」 「ご無沙汰ですわね。相変わらず一ヶ所にとどまることが、お好きではないようで」 「お元気そうで、何よりでございます」 妖王の気配を察していた三体のアヤカシは、真面目な顔付きで深く頭を下げた。 「風の噂で聞いたのじゃが、我が娘・妖志乃が開拓者達と戦ったそうじゃのぉ」 声は男性だが口調は驚く程、妖志乃と同じである。 麻牙巳は困り顔で、衣羽魅とドールは無表情で、これまでの経緯を簡単に説明した。 「……なるほど。美叶娘が支配する土地の瘴気が薄れているのは、それが原因なのじゃな。しかも開拓者達と戦わせたアヤカシ達も全て、美叶娘の従属だったとは……。我が娘ながら、大胆不敵な行動をするものじゃ」 妖王が呆れてため息を吐き、肩を竦めた時、切れ長の眼に金色の動くモノが映る。 ――それは一匹の金色の蝶々が、庭に飛んでいる姿だった。 「はあ……。ヤレヤレじゃのぉ。出迎えにも来んで、こちらから来いということか」 蝶々は美しい金色の鱗粉を撒き散らしながら、屋敷の中へと入っていく。御簾の間を通って蝶々が向かった先には、強いアヤカシの気配がした。 「お主ら、茶と菓子の用意をせい。長い話になりそうじゃ」 「「「はっ!」」」 妖王は命じ終えると、屋敷の中で待つ者の所へ向かった。 【終わり】 |