【妖志乃】魅惑のアヤカシ
マスター名:hosimure
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: やや難
参加人数: 4人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2015/03/23 17:38



■オープニング本文

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●魅惑のアヤカシ

 ――その牛車は、異様な雰囲気を放っていた。
 深夜、月が雲に隠れている間に、ひっそりと現れる。
 存在感が薄い牛はしかし立派な体付きをしており、人を乗せる屋形は貴族が使用するものと同じであった。
 そこへ酔っ払った中年の男が一人、家路を歩いている途中に牛車を見かけて足を止める。
「……何でこんな所に牛車が?」
 貴族の家がある場所から遠く離れ、周囲が畑や田んぼに囲まれた場所に牛車はとまっていた。
 興味を持った男が牛車に近付くと、音もなく御簾が上がり、中から細く白い女の手が出てくる。そしてまるで男を誘うように、手はヒラヒラと上下に振られた。
 男は誘われるままに近寄ると、屋形の中には豪華な着物を身にまとった若い女が一人、美しい笑みを浮かべている。
 男は二ヤっと笑うと、そのまま牛車の中に入ってしまう。
 すると突然牛が動き出す。四本の足には青白い炎がまとい、そのまま空中を歩き出した。


 宙を歩いていた牛はしばらくすると、山奥に降り立つ。地面に牛車が到着すると同時に、御簾の隙間から干からびた体の男がどさっと落ちた。
「相変わらず趣味が悪いことをしているのね、愛鬼(あいき)姫」
 牛車に向かい声をかけたのは、鳥の羽根模様の着物を着た妖艶な美女だ。
「うふふ。上級アヤカシとはいえ、開拓者の血を引く者を主としている貴女に言われたくないわよ。衣羽魅」
 御簾が再び開き、中から愛らしい女性が姿を現す。
 しかし衣羽魅は柳眉を逆立て、愛鬼姫を睨み付ける。
「我が主のことを侮辱するなら、同じ中級アヤカシとはいえ容赦はしないわよ」
「怖いわねぇ。誇り高く、群れることを嫌っていた貴女が、そこまで懐くなんて。妖志乃様も恐ろしいお方」
「いい加減になさい。今日は貴女に復讐の機会を与えに来たのよ」
「妖志乃様のご命令で?」
「ええ、そうよ」
 妖志乃を溺愛し、その存在を至上としている衣羽魅にとって、言伝をする役目は嫌ではないらしい。
 愛鬼姫は深く息を吐くと、改めて真剣な顔付きになる。
「聞きましょうか」
「妖志乃様が開拓者に興味をお持ちであることは知っているわね? そして貴女は一度、開拓者に倒されそうになったものの、妖志乃様の気まぐれによって助けられた。いづれ開拓者と戦わせるおつもりで」
「そういうはっきりしたところ、嫌いではないわ。まあ確かに開拓者には倒されかけた恨みはあるわよ。妖志乃様のおかげで生き延びて、今では大分回復したのも事実。でも開拓者に挑みかけろなんて、相変わらず突拍子もないことをおっしゃるわね」
 かつて愛鬼姫は人間に魅了の術をかけて、その命を喰らって力をつけていた。だがそのことに気付いた開拓者達に、一度退治されそうになったのだ。
 だが運が良かったのか悪かったのか、逃げ延びた先に妖志乃がたまたまいたおかげで、何とか一命を取り留めることができた。
 その後も魅了の術を使って人間から力を得て、ようやく戦う力を回復させることができた。
 しかし以前と違うところは、人間を殺してはいないという部分だ。
「まあ私の兵隊も随分集まったことだし、そろそろ動いても良いかもね」
 愛鬼姫は地面に倒れている男を見ると、不意にピクっとその体が動いた。そしてぎこちない動きで起き上がるも、その目には正気の光はない。
「開拓者は一般人には手が出せないのよね? なら良い盾になってくれそうだわ」
「やり方は何だっていいけどね。せいぜい妖志乃様を退屈させないようにしなさいよ」
「はいはい。それでは復讐劇の幕開けをしましょうか」
 愛鬼姫はゾッとするほど美しく微笑んだ。


●開拓者ギルドにて

 受付職員の鈴奈は妖志乃からの挑戦状を見て、険しい表情を浮かべる。
「今回は妖志乃自身ではなく、別の中級アヤカシが相手なのね」
 しかも一度開拓者に敗れている為、その恨みは激しそうだ。その上、愛鬼姫の魅了の術にかかってしまい、とらわれた挙句に生命力を吸い取られ続けている一般人が待ち構えているらしい。
「行方不明者が最近妙に多いと思ったら、また厄介な……。でもちゃんと考えてみれば中級アヤカシを倒せる上に、行方不明者を取り戻せる良い機会だわ。厄介度はかなり高いけど、開拓者を集めなきゃ」


■参加者一覧
リィムナ・ピサレット(ib5201
10歳・女・魔
ルゥミ・ケイユカイネン(ib5905
10歳・女・砲
ナキ=シャラーラ(ib7034
10歳・女・吟
クリス・マルブランシュ(ic0769
23歳・女・サ


■リプレイ本文

 妖志乃(iz0265)が開拓者ギルドへ送った挑戦状の中には、愛鬼姫の果たし状も同封されていた。
 果たし状に書かれていた日は月が見えない新月の夜、人間が住む場所から遠く離れた山の中だ。
 山へ向かう開拓者達の中で、先頭を歩くリィムナ・ピサレット(ib5201)は片眼鏡・斥候改と大鎧・戦鬼を装着しており、精霊武器の芭蕉扇で目の前の空気を払うようにパタパタと扇ぐ。
「う〜ん……。やっぱり指定された山に近付くにつれて、瘴気が濃くなっていくよ。スキルの暗視を発動させていないと、今夜のような月がない夜に動くのは危険だね」
 列の一番後ろを歩いているルゥミ・ケイユカイネン(ib5905)は、先を歩く仲間達の足元を照らしているシャッター付きカンテラを見てため息を吐く。ルゥミの首から銀の鎖で下げられている灯りは、ユラユラと揺れながらもしっかりと夜道を照らしている。
「視界が悪いのは、ちょっと不安だね。でも愛鬼姫は月が見えない夜に動くようだし、奇襲の成功は五分五分かな?」
 提灯・福来を腰に差してルゥミの少し前を歩くナキ=シャラーラ(ib7034)は、難しい顔をして唸った。
「まあとにかく、人質を無傷で助け出すことを優先にしようぜ。そうすりゃあ後は山ん中だし、多少派手に暴れたところで誰にも迷惑をかけないしな!」
 リィムナの少し後ろを歩くクリス・マルブランシュ(ic0769)は、『派手に暴れる』仲間達を想像して青ざめる。
「しかし今は乾燥している季節ですし、うっかり火なんて使った時には山火事になりかねません。開けた場所に、愛鬼姫と人質達がいると良いのですが……」
 クリスの大人の意見を聞いて、三人は何とも言えず少しだけ口元を引きつらせた。


●愛鬼姫対開拓者
「それじゃあナキちゃん、遠見の眼鏡を貸してくれる?」
「おうよ」
 草むらに隠れているリィムナはナキから遠見の眼鏡を借りて、瘴気が濃い場所を見る。
 指定された場所からほど近く、アヤカシの瘴気がリィムナ以外の三人にも感じ取れる所まで来た。
 数メートル先には一台の牛車と、十人の人間の老若男女がいる。人間達は衰弱しているが、その手には刀・弓矢・斧などの武器を手に持っていた。
「……ああ、いるね。とりあえず、愛鬼姫にご挨拶しておこうかな?」
 リィムナは遠見の眼鏡をナキに返すと、突然スキルの黄泉より這い出る者を牛車の牛に向けて放つ。
 しかし攻撃が当たったかと思いきや、牛は突如青い炎に包まれて、リィムナのスキルによる攻撃は飛び散った。
「アララ、随分と強固な結界だね。今まで数々の上級や大アヤカシを倒してきたから、今更中級程度と思っていたけど、ホント厄介みたい」
「リィムナちゃん、伏せて!」
 後ろからルゥミがリィムナの背中に飛び付き、二人は地面に伏せる。二人の頭上を青白い炎をまとった玉が通り過ぎ、木に当たって破裂した。
 炎の玉が飛んでくる間にルゥミは、シャッター付きカンテラに蓋をして灯りを消す。
「アヤカシの牛が青い炎を放っているおかげで視界は良好だけど……、かなり防御力は高そうだね。でも青い炎の玉はぶつかれば消滅して、燃え広がらないのは良かったよ。山火事にならずに済んだね」
「スキル一発ぐらいじゃあ、牛すら倒せないってことか。さすが妖志乃の知り合いのアヤカシだね」
「妙なところで感心しないでくださいよ、リィムナ殿。……しかしやはり、人質の存在が厄介ですね。牛車に向かって一気に突進しても、邪魔をしてきそうで正直怖いです」
 同じく地面に伏しているクリスは苦しそうに、操られている人々を見る。
「そんじゃああたしの出番だな。眠りのスキルをいくつか使えるから、牛車から人質を離して、おまえ達もあたしから距離を取れば発動できるぜ」
 ナキは伏せながらも、自信ありげに親指を立てた。
「ではナキ殿の作戦通りにしましょう。人質からの攻撃は私が防ぎますので、ナキ殿はスキルを発動することに集中してください」
 クリスは刀・長曽禰虎徹を鞘から引き抜き、しっかり柄を握り締める。
「あたしも攻撃を防ぐ側になるよ。大鎧を着てきたから、普通の攻撃ぐらいは凌げるしね」
 リィムナは自信たっぷりに、鎧の肩の部分を拳で叩く。
「あたいは人質全員が眠ったら、スキルで牛を攻撃してみるよ。いくら防御力に優れているアヤカシでも、開拓者のスキル攻撃をずっと受けて平気なわけないしね。きっと限界があるよ」
 ルゥミは背負っていたクラッカー大筒を外して、両手で抱える。
「よしっ! 作戦は決まったな。あたしは人質を挑発してみるぜ。こっちに気を向けさせなきゃ、はじまらないしな」
 ナキはスキルを発動するのに必要なフルート・ヒーリングミストを手に持ち、炎の玉攻撃が止まった後に草むらから飛び出た。
「しょぼい攻撃だったなぁ。そんな攻撃が、開拓者に当たるかよ!」
 人質を威嚇するようにフルートを振り回し、ニヤッと笑いながらナキは近付く。
 すると人質は牛車を守るように、後ろに下がった。
「はっ! そんなに大事に守るほど、愛鬼姫とやらはキレイな顔をしているのか? いつまでも御簾の奥に隠れていると、見られた顔じゃないと言っているようなもんだぜ? それとも前に開拓者にやられた傷が疼くのかよっ!」
 ナキが大声で怒鳴ると、ヒュンッと矢が飛んできて、頬をかすめて木に突き刺さる。
「……げっ。飛び道具は厄介だぜ」
「ナキ殿っ、人質が向かって来ます!」
 クリスの言葉通り、人質全員が武器を振り回しながら、ナキへ向かって来た。
「うおっ!? 眼が泳いでいる上に、動きがフラフラしているぜ! まるでゾンビに追いかけられているみてーだっ!」
 ナキを先頭に、その後ろをクリスとリィムナが守りながら走る。
 開拓者達はここへ来る途中、木が無い原っぱの場所を見つけていた。そこへ向かっているのだが、絶えず鉄同士がぶつかる音と火花が、夜の闇の中に生まれては消えていく。
 原っぱに一番早く到着したナキはクルッと振り返るとフルートを持ち構えて、夜の子守唄を演奏しはじめた。するとクリスとリィムナはスキルにかからないように、射程外まで移動する。
 ナキを追いかけてきた人質達は曲を聴くと、次々と武器を手放して眠っていく。全員が眠りに落ちた後、ナキは演奏を止めてため息を吐いた。
「後はスキルの安らぎの子守唄の演奏を聴かせれば、精神異常はなくなるぜ。だがこのスキルは、五人までしか効かないんだ。人質は十人いるから、二回は演奏しなきゃいけないんだぜ。悪いが終わるまでは、そっちの戦いに参加できないぜ」
「分かりました。こちらはお任せください」
 そう言ってきたのがクリスだけだったので、ナキはキョロキョロとリィムナの姿を探す。
「アレ? リィムナはどこだ?」
「人質を無力化したことをご報告に、ルゥミ殿の所に行きました」
「そうか。それじゃあクリスにだけ、スキルのファナティック・ファンファーレをかけてやるぜ。このスキルにかかれば、行動力を上昇させることができるんだ。牛車を破壊するには、行動力を上げておいた方が良いぜ」
 ナキは言い終えるとすぐに、演奏をはじめた。
「ありがとうございます。必ず愛鬼姫は倒しますね」


「ルゥミちゃん、人質は全員、無事に眠らせることに成功したよ」
「良かったぁ。……ところでリィムナちゃん、あの牛の存在感が薄くなっているの、分かる?」
 ルゥミは三人が人質に追いかけられている間、ずっと草むらに隠れて牛車を観察していた。そして気付いたことが最初に見た時より、青い炎をまとう牛の存在が薄くなっていることだ。
「リィムナちゃんの攻撃は、確かに効果があったみたい。後は何度か攻撃を当てれば、少なくとも牛のアヤカシは倒せるはず」
 ルゥミはスっと眼を細めるとリィムナから離れて、クラッカー大筒を両手で抱え直す。牛には気付かれないように、攻撃の方向をあえてそらす。そして奥義スキルのルゥミちゃん最強モード!で身体能力を極限まで上げた後、参式強弾撃・又鬼も発動してクラッカー大筒を撃った。
「これでどうだっ!」
 放たれた攻撃はスキルのクイックカーブで急カーブをして、牛に向かって当たる。大きな爆発音が鳴り響き、紙吹雪と光の粒が派手に舞い散る中、攻撃を受けた牛の姿はよりいっそう薄くなった。
 そこへクリスがスキルの払い抜けを発動しながら牛へと駆け寄り、その胴体を斬り裂く。牛の姿は黒い瘴気となり、一瞬にして霧散した。
「いい加減、隠れていないで出てきなさいっ! 愛鬼姫!」
 クリスはクルッと振り返ると、続けてスキルの地断撃を発動させる。大地を割くほどの衝撃波は、屋形を切り裂いた。
「くっ……! 攻撃を受けても、魅了の術は健在ですか……!」
 クリスは術の影響を受けてグラリッ……と体勢を崩すが、自分の足元に黒い髪の毛が地面を這って近付いてくるのをその眼に映す。
「私を引き込もうとしても、無駄です!」
 髪の毛を刀で斬り払うと、クリスはリィムナとルゥミの所へ走り戻った。
「……申し訳ありませんが、愛鬼姫に近寄り過ぎたようです。今はまだ正気を保っていますが、これ以上はちょっと……」
「分かったよ。クリスさんは後で、人質と一緒に治療するから」
「後はリィムナちゃんとあたいに任せて、休んでね」
「はい……」
 苦しそうに息をしながら辛そうに顔を歪ませるクリスは、屋形から見えない所に身を隠す。
 その場に残った二人は、真っ二つに割れた屋形に視線を戻した。
 すると長い黒髪が白髪になり、険しい鬼の形相になった愛鬼姫が壊れた屋形からのっそり出てくる。その顔には大きな黒いヒビが入っており、黒い煙のような瘴気が愛鬼姫の体から立ち上っていた。
「開拓者どもめ……! 一度ならず二度までも、私の顔に傷をつけおってからに! 許さぬ……、許さぬぞっ!」
 金切り声を上げながら愛鬼姫は、白い髪の毛を伸ばして蛇のようにうねらせる。
「……なるほど。あの顔の傷は前に戦った開拓者に、つけられたものなんだね」
「じゃあ愛鬼姫は無傷の姿を保てないほど、ダメージを負ったってことになるよね」
 リィムナとルゥミは冷静に言いながらも、それぞれスキルを発動させる為の道具を手に持つ。
「さっきは牛に防がれちゃったけれど、もう守るものがいないなら良く効きそうだよ」
 リィムナは愛鬼姫に向かって、黄泉より這い出る者を発動させた。
「ぐはっ!? がはっ、ごほごほっ!」
 スキルを受けた愛鬼姫は血反吐を吐いて地面に倒れ、のたうちまわる。
「これで最後だ! あたいの攻撃、その身に受けてみろ!」
 ルゥミは再びルゥミちゃん最強モード!を発動させて、クラッカー大筒を愛鬼姫に向けて撃った。
 攻撃は直撃して、愛鬼姫は人の形を保てないほどボロボロになる。
「お二人とも、どうですか?」
「愛鬼姫は倒せたか?」
 そこへクリスとナキが、駆け付けた。休んでいたはずのクリスまでいることに、リィムナはびっくりする。
「クリスさん、大丈夫なの?」
「ええ。愛鬼姫が重傷を負ったおかげで、魅了の術が切れたようです」
 確かに、クリスの顔色は良くなっていた。
「人質のことは、大丈夫だから安心してくれ。あっちはどうだ?」
「リィムナちゃんとあたいのスキル攻撃を受けたから、そう長くは持たないと思うよ」
 ナキの問いかけに、ルゥミが静かに答える。
「……しかし妖志乃は、あくまで自分から戦おうとはしませんね。いつも見物側で、自ら仕掛けてこないところが卑怯と言いますか、策士と言いますか……。まあ何か仕掛けてきても全て破り、必ず追い込むだけなんですけどね」
「――おやまあ、随分と威勢の良いことを言う」
 クリスの言葉が終わってすぐ、艶がある女性の美しい声が聞こえてきた。
 すると滅びかけている愛鬼姫の側に、いつの間にか鳥の羽根模様の着物を着た妖艶な美女が立っている。
 四人の開拓者は慌てて構えるも、美女は鼻をふんっと鳴らした後、愛鬼姫を冷たく見下ろした。
「どうやらここまでのようね、愛鬼姫。妖志乃様のお力を分けていただいておりながら、顔や体が傷つくことを恐れた為に防御力だけを上げて、攻撃力や策を高めなかったことが貴女の敗因よ」
「ぐっ……! 嫌味を言いに来たの? 衣羽魅」
「それもあるけどね。ああ、ちなみに妖志乃様は既に飽きられて、お屋敷にお戻りになったわ。わたくしは言ったわよね? 『妖志乃様を退屈させないように』と」
 背筋が冷たくなるほどの声で淡々と話しながら衣羽魅は屈み込むと、地面に力なく広がっている愛鬼姫の髪の中に手を入れて一本の黒い髪の毛を掴んだ。
「妖志乃様のお力を入れたこの御髪は回収させてもらうわ。貴女はとっとと無に還りなさい」
 衣羽魅が髪の毛を力強く引っ張ると、愛鬼姫の頭から抜ける。すると愛鬼姫は絶望の表情を浮かべながら、声無く消滅した。
「……随分とあっさり見捨てるんだな。そいつ、仲間じゃなかったのか?」
 ナキが問い掛けると、衣羽魅は目線だけこちらに向ける。
「アヤカシだからと言って、一括りにしないで。こんなのが、妖志乃様とわたくしの仲間なわけないでしょう?」
 ため息と共に吐き出された返答には、何の感情もこもっていない。
「でも使い捨てにするなんて、妖志乃って恐ろしいアヤカシなんだね」
 ルゥミの言葉に、何故か衣羽魅は微笑みを浮かべる。
「ええ。あのお方は恐ろしく、賢く、強く、そして美しいんです。実にアヤカシらしいでしょう?」
「はっ! だったら次はアヤカシらしく、自分で事件を起こしてみたら?」
 リィムナの挑発を聞いて、衣羽魅はふむ……と考える姿を見せた。
「一応、伝えておくわ。『見るだけなのもつまらない』と、最近おっしゃるようになられたし。麻牙巳は過保護過ぎて屋敷から出すのすら嫌がるけれど、妖志乃様の素晴らしさはこの世に広めたいとわたくしは思っているからね」
 クスクスと笑いながら、衣羽魅は自分の人差指に巻き付けた黒髪に愛おしそうに口付ける。
 その表情があまりに慈愛深いものだったせいで、四人は一瞬気を取られた。
 するとその隙に衣羽魅の体は突然竜巻に包まれて、次の瞬間には鳥の羽根を撒き散らしながら姿を消した――。


 リィムナは人質や仲間達にスキルの閃癒をかけながらも、戸惑いの表情を浮かべている。
「リィムナ、そんな顔してどうした? どっか痛むのか?」
「あっ、ううん。ナキちゃん、平気だよ。ただ……衣羽魅に余計な一言を言っちゃったかな?って」
「大丈夫だよ! 例えどんな事件を起こしたって、あたい達が解決すればいいだけなんだから! ねっ、クリスちゃん」
「ルゥミ殿の言う通りですよ。妖志乃の企みは、最期まで潰せばいいだけです」


<終わり>