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■オープニング本文 前回のリプレイを見る ●妖志乃の新しい恐怖の与え方 夜、すでに太陽は沈み、月が空高く浮かんでいる。 今夜の神楽の都は、いつもよりも賑わっていた。 その理由は『流星祭』という祭りが行われているからだ。 しかし祭りの参加者の間を、開拓者ギルドの受付職員用の制服を着た男女が走り抜ける。 「兄さんっ、もっと早く走ってよ!」 「だったらお前が箱を持てよ!」 走っているのは京歌と京司の兄妹だ。京歌は手ぶらだが、京司は黒い漆塗りの箱を抱えている。 多くの人々が密集する中、突如、悲鳴が響いた。 「きゃあっ!? この浴衣、何なのよ!」 若い女性の声を聞いて、二人は顔を見合わせる。そして悲鳴が上がった場所に、急いで向かう。 幸いにも近くにその女性はいた。まだ二十代前半ぐらいの若い女性だが、普通の女性とは違った空気を身にまとっている。 「あっ! 京歌、あの人、ギルドで見たことある! 開拓者だ!」 「ったく…! 開拓者なら近寄ってくる危険物ぐらい、余裕で避けなさいよ!」 女性は美しい浴衣を着ているのだが、何故か戸惑いながら脱ごうとしていた。 だがそんな女性に向かって、筋肉ムキムキのマッチョ男達が近付いてくる。 男達を見た女性の表情が、恐怖に歪む。 「ひっ…!? なっ何よ、アンタ達! あたしはマッチョな男が大ッキライなのよ! 好みは年下の可愛い男の子なんだから、近付かないで!」 女性が叫んでも、男達は近づくのを止めようとしない。それどころか興奮した様子で更に歩み寄ってくる。 「きゃああっ!」 「おいっ!」 しゃがみこんだ女性の元へ、一人の青年が近付いた。そして浴衣の帯の端を掴んだ途端、浴衣は女性の体から離れる。 女性は元着ていた浴衣に戻ったことに、安堵のため息を吐く。 近寄っていた男性達はハッと我に返り、それぞれ行ってしまった。 浴衣は宙に舞うと、真っ白な着物へと変わる。そして今度は、帯を掴んだ男性に襲いかかった。 「うわあっ!」 避ける暇なく、男性は着物に包まれる。すると着物は、男性によく似合った浴衣へと変わってしまった。 「くそっ! 何でこの浴衣になったんだ?」 「兄さん! あの人も開拓者よ!」 「ちくしょう…! やっぱり開拓者狙いか!」 京歌と京司が深刻な話をしている間に、男性は若く美しい女性達に囲まれ始める。女性達は興奮した表情で近付いて行くも、男性は青い顔色になった。 「ひぃっ! よっ寄るな! 俺は若い娘よりも、熟女の方が好みなんだ!」 男性開拓者の叫びを聞いて、京歌はふと冷静に戻る。 「……開拓者達、何かいろいろイタイことを暴露しているわね」 「呆れてないで、紙に書いてあった浴衣の外し方を実践するぞ!」 「ああ、そうだったわ」 二人は先程まで襲われていた女性開拓者に近付き、こう頼んだ。 「あの浴衣に向かって、攻撃してください」 「生身の所は狙わず、浴衣にぶつけるような攻撃でお願いします」 「えっ? …あぁ、分かったわ」 女性開拓者は二人を見るとギルドの受付職員であることを理解し、頷く。 そして隠し持っていた飛苦無を両手に持ち、浴衣に向かって放つ。飛苦無は帯の部分にぶつかると跳ねて地面に落ちるも、浴衣は男性から離れ、白い着物となって再び宙に浮く。 すると女性達は正気に戻り、それぞれ散っていった。 「やっぱり! 妖志乃のヤツめっ、妙な呪いの浴衣を作りやがって!」 「オレは別の意味で少し感心するけどな」 ――事の起こりは今日の夕方、前の二件と同じように妖志乃から神楽の都の開拓者ギルドに挑戦状が届いたことから始まった。 ●妖志乃オススメの納涼の仕方 久しいのぉ、開拓者達よ。 暑い日々が続く中でも、元気にしておったか? 実はの、暑い中でも働くそなた達の為に、面白い道具を作ったのじゃ。 それは簡単に言えば、『呪いの浴衣』じゃ。 流星祭が行われる夜に、その浴衣を世に放つ。 一見は白い着物じゃが、開拓者を見つけると襲いかかり、浴衣として体に着用するのじゃ。ちなみに浴衣は、身につけた者に一番似合うものか、こういう浴衣を着たいと願ったものになる。 そして一度着用すると、身につけた開拓者は絶対脱げられぬ。 更にその浴衣を身につけていると、その人物にとって『一番苦手な異性のタイプ』が近寄って来るのじゃ。 あっ、ちなみに浴衣の影響を受けるのは人間のみ。 彼らは浴衣にかけた力によって操られているだけであって、影響を受けている間の記憶は抜け落ちる。 浴衣は着用していない開拓者が脱がそうとして触れるか、あるいは開拓者の攻撃を受けることによって、危険を感じ取ると離れていく。 だがまた再び開拓者を見つければ、同じことが繰り返される。 「何故こんなことをするのか?」と思うであろう。 前回は『大切なモノ』に対しての反応を見せてもらった。 ならば次は『苦手なモノ』に対しての反応が見たいのじゃ。 『苦手なモノ』に近付かれると、人間や開拓者は寒気を感じるそうじゃのう。 熱帯夜には相応しい、涼しい依頼じゃと思わぬか? 例のごとく、依頼料は箱の中に入れておく。 祭りの夜に、開拓者の悲鳴が響くことを願っておるぞ。 ●呪いの浴衣をどうするか 箱の中から手紙を取り出し、声を出して読んだ京歌は怒りを爆発させた。 「んがっー! 妖志乃め! 自分一人だけ絵師の東屋様に絵を描いてもらったからって、調子に乗っているんじゃないの? あんな美少女に描いてもらいやがって! 羨ましいわ!」 妹の叫びに、兄の京司は寂しそうに遠い眼をする。 「…オレ達はまだ、姿が無いしなぁ」 「うっさいわっ! 兄さん! ……はあはあ。とっとりあえず、このままじゃ流星祭に参加している開拓者達が、怪談を聞いたり体験するよりも恐ろしい恐怖を味わってしまう…! 呪いの浴衣を何とかしなきゃね!」 「今年は特に、多くの開拓者が流星祭に参加しているみたいだからな。お楽しみ中悪いが、声をかけていくか」 |
■参加者一覧
龍牙・流陰(ia0556)
19歳・男・サ
鳳・陽媛(ia0920)
18歳・女・吟
リンスガルト・ギーベリ(ib5184)
10歳・女・泰
アン・ヌール(ib6883)
10歳・女・ジ
瀏 影蘭(ic0520)
23歳・男・陰
クリス・マルブランシュ(ic0769)
23歳・女・サ |
■リプレイ本文 「クリスさん!」 「流隠殿! あなたも声をかけられましたか」 人が多い祭りの中、龍牙・流隠(ia0556)とクリス・マルブランシュ(ic0769)は互いの姿を見つけると、駆け寄って話を始める。 「僕はこの流星祭に息抜きをしに来たんですけどね。どこでも厄介事って起きるものですが、これも修行の一つだと思うことにします」 「そうですね。とにかく宙に浮いている白い着物か、着ている浴衣を脱ごうとしている人を見つけなければ」 二人は頷き合うと、周囲を見回しながら目標を探す。 すると流陰が、夜空に白い物が浮かんでいるのを見つけた。 「あっ…アレじゃないですか? 僕、真空刃で斬ってみます」 流陰は長巻直し・松家興重を鞘から抜き、両手に持って構える。そして刀に練力を集中させ、真空の刃を放って切り裂こうとした。 しかし白い着物はまるで風に吹かれたかのようにひらっと動き、攻撃を避けてしまう。 「なっ…!」 しかも驚いている流陰に向かって、素早く近付いてきた。 「うわあああっ!」 「流陰殿っ!」 クリスの目の前で、流陰は白い着物に襲われる。――が、次の瞬間、青い生地に金色の龍の模様がある浴衣を着用した流陰が現れた。 「……ビックリしました。でも体は特に、異常はないようですが……」 「おおっ、流陰殿。涼しげな雰囲気の浴衣がよく似合う…って、うわっ!」 「クリスさん!? どうかし…って、あわわっ…!」 流陰を囲むように、成人した色気のある女性達が集まりつつあった。どうやらクリスはその女性達から突き飛ばされたらしい。 だが流陰は妖艶な雰囲気を持つ女性達が近付くにつれ、顔色が真っ青になっていく。 「こっ来ないでください…! 僕、実はあまり女性と接したことがなくて、仕事繋がり以外で女性とはあまり話さないんです…。だからどうすればいいのかっ…!」 流陰の青い眼がグルグルと回りだしたのを見て、クリスは慌てて立ち上がる。 流陰に触れようとした女性がいたので、大地を響かせるような大きな雄叫びを上げて怯ませた。 「くっ…! スキルの咆哮は本来なら、注意をこちらに向かせる効果があるはずなのに…。あの浴衣の呪いが強すぎますね!」 それでも女性達はフラフラとしており、今がチャンスとばかりにクリスは流陰の側に向かう。 「とりあえずここから離れましょ…う?」 流陰の手を掴むつもりだったが、取り乱している流陰がいきなりしゃがみこんだ為に肩に触れてしまう。 触ってしまった途端、浴衣は流陰の体から離れ、今度はクリスに襲いかかる。 「しまった…!」 「あっ、クリスさん!」 流陰が顔を上げた時には、クリスは桜色の生地に藤の花柄の浴衣を着ていた。 クリスは浴衣を見て、嬉しそうに頬を赤く染める。 「…けっこう可愛い浴衣ですね。似合っているかどうかは分かりませんが…」 「と言うことは、クリスさんはそういう浴衣を着たかったんですか? とてもよく似合っていますよ」 「はっ!? ちっちが…うわあ!」 クリスは自分に向かって、チャラい男達が近付いていることに気付く。ニヤニヤしながら寄って来る男達を見て、クリスは顔を引きつらせた。 「わっ私、実はああいう軽薄そうな男が苦手なんです…! 女性に気軽に声をかける軟派な人は嫌いです! 何を考えているのか分かりませんし…、ひぃっ! もう近付かないでぇ!」 クリスは耐え切れなくなってとうとう走り出すも、男達はその後を追う。 「操られている人にケガをさせるわけにはいきませんが、クリスさんの為に大人しくしてもらいます!」 流陰は自分の体の中から発せられる剣気を男に叩きつけ、威圧した。 流陰の剣気に怖気づいたのか、浴衣はクリスの体から離れて白い着物に戻り、そのままどこかへと飛んで行ってしまう。 別の場所では、合流した瀏影蘭(ic0520)とアン・ヌール(ib6883)が上手く人を避けながら走っている。 「それにしても今回、妖志乃(iz0265)ちゃんは『開拓者の苦手なモノに対しての反応が見たい』そうだけど…。そのやり方が『呪いの浴衣』ってところが可愛いというか何というか…」 「俺様は苦手なヤロウに囲まれるのはイヤだな。暑苦しそうだ」 失笑を浮かべる影蘭と顔をしかめるアンはふと、人々が立ち止まって何かを見ているのに気付いて足を止めた。 「あら? あそこに人が集まっているわね」 「何かあるのか?」 二人は素早く視線をかわすと、そこへ行こうとする。 ――しかし人々の視線の先には既に事を終えた流陰とクリス、それに浴衣の力によって集められた人達がいるだけだった。 二人の頭上を飛んでいた白い着物は、次の標的を見つけるとすぐさま下りていく。着物が選んだのは……。 「…ん? うわぁ! 何だこの着物!」 着物はアンに襲いかかった。アンは白い生地にひまわりの花柄の浴衣姿になるも、浴衣を見て眼を輝かせる。 「おおっ! 俺様の好きな明るい感じの浴衣だな!」 アンはついつい依頼のことを忘れ、上機嫌にその場でくるっと回ってみた。 ――が、不意に寒気を感じて、我に返る。 恐る恐る顔を上げると、ムキムキのマッチョながらもどこか女性らしい仕草の男達が、アンに近寄っていた。 「うわあっ、寒いっ! 熱帯夜なのに寒いぜ! 俺様はマッチョの体をしたおねぇ系の男が苦手なんだっー!」 叫ぶアンの眼には涙が浮かんでおり、全身には鳥肌まで立っている。 「おや、まあ…。本当に浴衣の呪いって凄いんだね。とりあえず狼煙銃で居場所を仲間達に知らせましょうか」 影蘭は空に向けて、狼煙銃を撃つ。真っ暗な空に、音と共に白煙が上がった。 「それと浴衣は簡単な攻撃でも離れるんだったわね。なら、この程度で十分かしら?」 懐から陰陽符を一枚取り出し、人魂のスキルを使って雀へと変える。そして雀をアンが着ている浴衣の帯に向けて放った。雀は帯にぶつかると消滅し、浴衣はアンから離れる。 「アン、大丈夫だったかい…って、今度は私の番か!」 アンに駆け寄ろうとした影蘭だったが、白い着物は上空に飛ばずにそのまま影蘭を襲った。 影蘭は黒い生地に白い花の模様の浴衣を見て、とあることに気付く。 「おや、この模様は夏の花の月下美人じゃないか。花言葉は確か儚い美しさ、儚い恋、繊細、快楽、艶やかな美人だったわね。…ふふっ、希望する浴衣は考えていなかったけれど、この浴衣が一番似合うってことかしら? 嬉しいわね」 影蘭は気分良く浴衣を見るも、アンは影蘭に近付いていく人々を見て慌てて声を上げる。 「おいっ! 何かナヨナヨした男達が近寄って行くぞ! …って、アレ? 影蘭もナヨナヨしているけれど、性別は男だったよな? 確か浴衣の力の影響を受けるのって、『異性』だったような…?」 アンは疑問を感じて腕を組む。 しかし影蘭は不愉快だといわんばかりに顔をしかめ、男達を睨み付けていた。 「…スキルの呪声を使っちゃいけないかしら?」 「人が多い祭りの会場内ではやめてくれ! とにかく落ち着けっ! 俺様が何とかするから!」 アンは急いでニードルウィップを手に持って構え、影蘭の帯を狙って軽く打つ。バシンっと音がした途端、浴衣は影蘭から離れる。 しかし思いの外アンの攻撃に驚いたのか、白い着物になると空高く舞い上がり、飛んで行った。 「狼煙銃の煙と音はあちらから聞こえました!」 「ちっ! アレかっ! せっかく恋人と祭りを楽しんでいたというに! 妖志乃め!」 超越聴覚で白い着物を探していた鳳・陽媛(ia0920)と、親友兼恋人と浴衣姿で祭りに来ていたリンスガルト・ギーベリ(ib5184)は険しい表情で宙を飛ぶ目標を目で追う。 人気がない広場に来た時、陽媛は竪琴・神音奏歌を持ち上げ、リンスガルトに見せる。 「私はこれからスキルの一つである精霊の狂想曲を演奏します。上手くすれば混乱状態にさせられます」 「分かった。妾は少し離れていよう」 陽媛は竪琴を使い、精霊の狂想曲を演奏し始めた。精霊を巻き込んだ激しい曲は、敵に聞かせると混乱させる効果があった。 射程内にいた白い着物は演奏によって、動き方がおかしくなる。激しく右へ左へ上へ下へと動いていたが、突然陽媛に向かってきた。 「しまった…!」 演奏中だった陽媛は逃げることができず、そのまま着物は浴衣へと変わる。 薄い紅色の生地に、桜の花びら模様の浴衣は陽媛に似合っていた。陽媛も浴衣を見て、表情を和らげる。 「あっ、なかなか可愛いですね」 「陽媛っ! 汝に向かって小麦色の肌をしたムキムキマッチョ男達が集まっておるぞ!」 「えっ? きゃああっ!」 鼻息も荒く、興奮しながら近付いてくる男達を見て、陽媛は恐怖に身も心も竦んでしまう。 「逃げられぬか…。では妾にその浴衣を譲れ!」 リンスガルトは男達よりも早く陽媛の側へ行き、彼女の肩に触れる。すると白い着物はリンスガルトに移った。 正気に戻った男達は何故ここにいるのか分からないといった顔をしながら、会場へ戻って行く。 「ほう…。黒い生地に白いレースが付いている着物ドレスじゃな。裾は短いが、妾好みじゃ。…しかし妾には、苦手な異性のタイプが思いつかないんだが」 しかしふと、陽媛は近付いてくる人々の気配を感じとり、涙が滲んだ目元を手で拭いながら眼をこらす。 「あれ? 小さな男の子達が集まって来ていますよ?」 「なぬっ!?」 確かに十歳ぐらいの男の子達が、リンスガルトに視線を向けながらこちらに歩いて来ている。 「うっ…! こうきたか…。確かに妾は悪ガキが苦手じゃ。なので逃げる!」 リンスガルトが背を向けて走り出すと、男の子達も走り出す。 「のわーっ! 追いかけてくるではない!」 背拳を発動させて、背後からの攻撃を避けていく。更に八極天陣にて回避能力を上げる。その上、瞬脚にて素早く移動するリンスガルトを見て、陽媛はふと首を傾げた。 「あの、リンスガルトさん。男の子達に攻撃しないことはいいと思いますが…。何故そんなに必死になって、逃げるのですか?」 「…実は妾は今、下着を身に付けておらぬのじゃ。この浴衣一枚下は、生まれたままの姿になっておる。浴衣は下着の形がくっきり出てしまう為に、付けぬ方がいいと教えられておったからのぉ」 「ええっ!?」 「自業自得とは言え、妾の肌は愛する者にしか見せぬ! ゆえに一生懸命、必死に逃げるのじゃ!」 アヤカシと戦っている時よりも素晴らしい回避の姿を見せるリンスガルトはある意味、とても尊敬できる。 「……分かりました。少々手荒になりますが、リンスガルトさんの気持ちを守ります!」 陽媛は真剣な顔で頷くと、竪琴で今度は夜の子守唄を奏で始めた。このスキルは数多くの者を睡眠状態にする効果があるのだが、範囲内にいたリンスガルトまで眠りに落ちてしまう。 「なっ何故、妾まで…」 という言葉を最後に、リンスガルトは男の子達と共にバタッと倒れた。同時に浴衣はリンスガルトの体から離れ、宙に浮く。 「すみません。このスキル、巻き込み系なんです」 演奏を終えると陽媛はペコッと頭を下げ、次に呼子笛を取り出して思いっきり息を吸って鳴らす。 ピィーーーっ! 「さて、仲間達が駆け付けるまで、再び精霊の狂想曲を演奏しましょうか!」 再び陽媛はスキルを使う。白い着物は先程より激しく動き出すも、開拓者を狙ってはいる。演奏が終わると同時に、再び陽媛に向かって飛んできた。 「陽媛さん!」 「伏せてください!」 刀を持った流陰と、刀・長曽禰虎徹を持ったクリスが陽媛の前に出て、白い着物を斬ろうとする。しかし白い着物はヒラリ、ヒラリと避けた。 だが浮き上がろうとした白い着物の裾の部分にアンの鞭が当たり、ボロっ…と生地が宙に舞い上がる。 「もういい加減、逃げるのは無しだぜ!」 「怖い思いをさせてくれたお礼をしなきゃね」 続いて影蘭が一枚の陰陽符を取り出し、幽霊系の式を召喚して呪声を響かせた。 「まあなかなか面白い体験だったけれど、そろそろお開きにしましょうね。悲鳴が響くお祭りなんて、楽しくないもの。ねぇ?」 影蘭がチラッと後ろに視線を向けた時、陽媛に起こされたリンスガルトが暗雲を背負いながら殲刀・秋水清光を鞘から抜いていた。 「これ以上、恋人を待たせられぬ! ここで成敗してくれるわ!」 リンスガルトは瞬脚を発動させると刀を構えて一気に走り出し、脚絆・瞬風の力も使って地面を強く蹴って飛び上がる。そして白い着物を上から下に、真っ直ぐに切り裂いた。 ボフンッ! そして着物は白い煙を上げながら消滅した。 ●怪しき蝶蝶 「ああっ、もうこんな時間ではないか! 影蘭、治療ありがとうなのじゃ。妾はそろそろ恋人の所に行かねば!」 「そうかい? 気をつけてね」 リンスガルトは慌ただしく会場へ戻って行く。白い着物を斬ったまではよかったが、ふと下着をつけていないことを思い出し、空中で体勢を崩してしまった為に着地に失敗したのだ。 影蘭はリンスガルトを治癒符にて傷を癒し、見送った後、深く息を吐いた。 「眠っていた子供達も起きて会場に戻ったことだし、私も気分直しに遊んでくるわ。じゃあね」 軽く手を振って、影蘭も会場へ向かう。 流陰とクリスはぐったりした姿を見せていた。 「はあ…。今回の敵はアヤカシや賊なんかよりも、恐ろしかったです。僕はまだまだ修行不足のようですね」 「私もあの手のタイプに囲まれるとおびえてしまうなんて…、…師に合わせる顔がありません。……ですが浴衣は可愛かったです」 「えっ?」 「はっ! いっいえ、何でもありません。流陰殿! 私は会場に戻りますので!」 赤い顔で慌ててクリスは会場に向かって走り出す。 「では僕も行きますね。まだまだ祭りを楽しみたいので」 流陰はペコッと頭を下げ、歩いて行く。 最後に残ったアンと陽媛は互いの顔を見ると、にっこり笑う。 「じゃあ俺様も行くぞ! 祭りは楽しまないと損だしな!」 「そうですね。私も会場に行くことにします」 ――何でもないかのように、二人は別々に会場に入る。 しかしアンは祭りを楽しみながらも、周囲を警戒していた。 「(妖志乃のヤツ、絶対どっかで見ているはずなんだけどなぁ。どこにいるんだ?)」 そして陽媛は超越聴覚を発動させながら、祭りの会場内を歩いている。 「(挑戦状を送りつけているのですから、どこかで事の顛末を見ているはずなんですけど…。いつもどこから見ているのでしょう?)」 真剣な表情で妖志乃の姿を探す陽媛の近くに、金色の蝶蝶が飛んでくる。 「……こんな所に、金色の蝶蝶?」 『クスクス…』 すれ違いざま、蝶蝶から女の笑い声が聞こえた。 驚いて振り返った陽媛だが、すでに蝶蝶の姿は消えていた。 <続く> |