【妖志乃】大切な者との戦い
マスター名:hosimure
シナリオ形態: シリーズ
EX
難易度: やや難
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/06/02 19:30



■開拓者活動絵巻

■オープニング本文

前回のリプレイを見る


●妖志乃の疑問
 さて、開拓者の諸君、前回はご苦労であったな。
 なかなか面白いものを見せてもらい、我は満足であった。
 しかしふと、我は思った。
 そなた達が武器を手にし、戦う相手はいつもアヤカシや無法者ばかり。
 ならば敵となるものが、自分にとって『大切な者』であればどうなのだろう?
 むろん、本人ではない。偽物に決まっている。
 だがそれでも本人そっくりのモノが自分の敵として目の前に現れた場合、開拓者はどういう反応をするのだ?
 己の『大切な者』と似ている存在が、人間にとって害をなすモノの場合、ちゃんと迷わずに倒すことはできるのだろうか?
 ――我は知りたくなった。
 アヤカシの父譲りの好奇心は、どうにも抑えられないものらしい。
 なので教えておくれ。
 そなたらは『大切な者』と似たモノが敵となった場合、どうするのじゃ?


●新たな挑戦状
 神楽の都の開拓者ギルドで受付職員をしている野衣は、険しい表情で妖志乃から送られてきた手紙を読む。
「芳野さんと香弥さんから話は聞いていたけれど……。本当に何を考えているのか、分からないアヤカシね」
 野衣はギルド職員の制服を着たまま、妖志乃が寄越した地図に書かれてある場所の前まで来ている。
 今回はわざわざ北面国の飛脚を使い、例の黒塗りの漆箱を開拓者ギルドまで送ってきたのだ。
 飛脚に操られた形跡は全くなかったものの、箱は神楽の都の開拓者ギルドへ送るようにとの手紙と金を、飛脚の家の中にいつの間にか置かれていたらしい。
「前回と手段を変えてくるなんて、随分と頭が働くようね。…しかも嫌な方向に」
 今回は特別なアヤカシを使うということで、わざわざ説明文まで書いて送ってきたことに、野衣は人生で初と言えるぐらい強く重い複雑な気持ちにさせられる。

 妖志乃いわく、今回の敵は樹木のアヤカシ。とある森の一部に、樹木のアヤカシを植えたらしい。
 その樹木は一見、普通の樹木と見分けがつかない。しかし特別な花粉を出す。
 その花粉を吸ったモノは、自分にとって一番『大切な者』の幻覚を見る。
 しかしそれはアヤカシが己の身を守り、また生きた餌を得る為の攻撃。
 つまり幻覚が見える場所こそが、アヤカシ本体がいる場所になるのだ。
 花粉は吸った者の意識から、『大切な者』の記憶を引き出す。幻覚はまるで本人のように振る舞い、幻覚を見ている者に話しかけてくる。
 だが騙されてはいけない。もし武器を捨て、攻撃をすることを止めれば、アヤカシの枝が体に絡みつき、幹の中に閉じ込められて食べられてしまう。
 しかしその場合、『大切な者』の幻覚を見ながら無痛で――らしい。

「幻覚に囚われたまま痛覚や苦しみを感じずに死ねるならば、ある意味、幸せだろう――とでも言いたいのかしらね」
 野衣は眼をつり上げ、森の一部を睨み付ける。
 美しい新緑色の森が広がっているように見えるが、僅かに瘴気を発している場所がある。
 しかしその範囲は広く、また花粉の影響を恐れている為に依頼調役達をうかつに調査に向かわせられない。
「挙句には現れる『大切な者』は、生者・死者問わず…。…開拓者、全員の共通の弱点をつくような真似をするなんて、まるで人間のような思考ね」
 アヤカシや無法者が相手ならば、開拓者達は揺るがない正義の心を持って戦えるだろう。
 しかし幻覚とはいえ、『大切な者』が現れた場合はどうなる? いつもの敵とは全く違うのだ。
 いくら頭の中で偽物だと思い込もうとしても、敵はまるで本人のように振る舞う。
 動揺しない者など、一人としているはずがない。ましてや死んだ者まで現れるというのだ。
「森ごと焼き払うわけにはいかないし…。体に受けるダメージよりも、精神的に苦痛を負う依頼だけど、開拓者を集めなければ次に妖志乃がどういう行動に出るか分からないしね」
 野衣は悔しそうに顔を歪めながら、森に背を向ける。
「意地の悪い挑戦を、受けて立つしかないわね」


■参加者一覧
鳳・陽媛(ia0920
18歳・女・吟
秋桜(ia2482
17歳・女・シ
朱華(ib1944
19歳・男・志
リンスガルト・ギーベリ(ib5184
10歳・女・泰
リィムナ・ピサレット(ib5201
10歳・女・魔
アン・ヌール(ib6883
10歳・女・ジ
瀏 影蘭(ic0520
23歳・男・陰
源三郎(ic0735
38歳・男・サ
四ツ獄 春風(ic0767
29歳・男・巫
クリス・マルブランシュ(ic0769
23歳・女・サ


■リプレイ本文

 開拓者ギルドから妖志乃が植えたアヤカシの樹木がある場所まで開拓者達を案内した野衣は、心配そうな顔付きで森を見つめる。
 瘴気を放っている場所に向かって行った開拓者達。
 妖志乃が送ってきたアヤカシの説明文は、ちゃんと全員に読んでもらった。
 それでもなお、討伐に向かってくれたのはありがたいことなのだが…。
「…どうか心を強くお持ちください。決して惑わされないでください」
 胸の前で両手を組み、祈るような気持ちで開拓者達の帰還を待つ。


●鳳・陽媛(ia0920)の大切な者
 瘴気が濃くなってきた場所で、開拓者達はそれぞれ一人歩きを始めた。
 陽媛は戸惑いの表情を浮かべながら、森の中を歩く。
「大切な者…、私ならば……」
 アヤカシの説明文を読んだ時から、陽媛の中に浮かんだ人物はたった一人。
 すでに亡くなった両親ではなく、唯一の肉親となった双子の妹でもなく、過去に自分を好きだと告白してくれた男の子でもない。
「……義兄さん」
 ふと呟くだけで、胸の中が切なさでいっぱいになってしまう。
 両親を亡くした後、妹と共に親戚の家に引き取られた。
 そして出会った彼と、陽媛は義兄妹となったのだ。
 まだ引き取られた時には、彼のことを義兄と慕っていた。
 しかしいつの頃か義妹としてではなく、一人の少女として彼のことを見ている自分に気付いた。
 制御しようとしても思いは募るばかり。苦しくて、でも逃れられない胸の痛みは今でも疼いている。
「でも開拓者として私は今、ここにいるんです。例え誰が出てこようとも、アヤカシは倒します」
 グッと歯を食いしばり、前を向いて歩いて行く。

 ――そして愛おしい男性の姿が、陽媛の前に現れ出た。
「ああ…やっぱり、なんですね」
 陽媛が好きな優しい笑みを浮かべながら、義兄は語りかけてくる。
 けれど陽媛は自分の顔が笑みを浮かべながらも、心では泣きたくなっているのを感じた。
 溢れ出した義兄への感情を告げて、でも叶うことはなかった。
 激しい後悔とどこかスッキリした気持ちを抱え、これからは再び義妹に戻ろうと思っていた。
「…なのに私も業が深いですね」
 陽媛の頬に涙が伝う。それでもなお微笑みながら、陽媛は真っ直ぐに義兄を見つめる。
「私は義兄さん……あなたが好き。ずっと一緒にいたいです。愛して…います」
 震える声で紡いだ愛の言葉。
 二度目の告白を聞いて、義兄は嬉しそうに破顔した。
 が、陽媛の眼には鋭い光が宿る。
「やはりあなたは偽物です!」
 リュート・ブルースサウンドを手にし、精霊の狂想曲を演奏し始めた。
 精霊を巻き込んだ激しい狂想曲は義兄の幻覚を混乱させ、消滅させるには充分な威力を発揮した。
 そして新たに現れた樹木を見て、陽媛はリュートから剣・明王彫に持ち替える。
「精霊の狂想曲によって混乱状態になっている今が好機っ!」
 木の幹を斜め上から下に向かって斬った。
 斬り口から瘴気が噴出した為、陽媛は後ろに下がる。
 瘴気を発しながら樹木は徐々に消滅していく。
「…やはり幻は幻なんですね。でも…私を受け入れてくれた義兄さんの姿を、一時でも見せてくれてありがとう…。しかし私は自分の思い通りになる義兄さんのことが好きなわけじゃないんです。私の思いを受け入れてくれなくても、義兄さんらしい義兄さんが好き。だからこそ幻覚には勝てた…と思っていいんでしょうね。…皮肉なことですが」
 陽媛はその場で膝をつき、静かに泣き崩れた。


●秋桜(ia2482)の大切な者
「樹木の花粉を吸った者に、大切な者の幻覚を見せる攻撃ですか。実にえぐいですが、しかし効果的な攻撃の仕方と言わざるを得ませんね。どんな強者でも、大切な者が目の前に現れれば幻覚と分かっていても動揺しますし」
 呆れながら感心をしつつ、肩を竦めながら森の中を歩く。
 しかしふと、遠い眼をする。
「私にとって大切な者…となると、あの方しかありえぬでしょうな」
 秋桜にはかつて、生涯をかけて仕えようと決めていた主人がいた。
「まっ、メイドとしてなのか剣客としてなのか、今では分からない仕え方をしていましたね」
 それでも自分が生きる理由とした主人に仕えることは、身も心も震えるほどの喜びに満ちていた。
 そう…アヤカシによって、全てを奪われる前までは。
「仕える主人を亡くし、また主家を無くし、それでも生き延びている私を、旦那様は怒りますか?」
 秋桜の目の前には、いつの間にか亡くなったはずの主人がいた。
「幻覚とは言え、一度は生涯をかけて仕えると決めた主人に刃を向けたくはありませぬな」
 深いため息を吐くと、懐かしいその姿を改めて見る。
「…主人亡き後、旦那様が夢に描いた世界になるようにと開拓者として働き、ここまでやって来ましたが…。…改めて思えば、ただ死に場所を求めてきただけかもしれませぬ。旦那様を失った私は、生きる屍のようなものですから」
 主人の背後から、無数の木の枝が秋桜に向かってゆっくりと近付いてきた。
 それでも秋桜は動かない。
「主人の幻覚に惑わされ、命を落とす最期というのが私には似合っているのやもしれません。ですが…」
 秋桜の眼に、ハッキリした意志が表れる。
 そして長巻直し・松家興重を鞘から抜き、持ち構えた。
「私の主人を愚弄するアヤカシを、このままほっておくことも許すわけにもいきません。仕える身の上でありながら、不義と知りつつ刃を向けることをお許しくださいませ。まだ迷ってばかりいますが、近いうちに私も旦那様の元に向かいますゆえに」
 刀の柄を握る手に、力を込める。
 一気に幻覚との距離を詰め、頭から地面まで一気に切り裂いた。
 苦しむ表情を浮かべながら、幻覚は瘴気を発して消滅する。
「…短い時間でしたが、もう一度お姿を見られて嬉しゅうございました」
 口の中で小さく呟くと、姿を現した樹木に向かって一直線に走り進む。
「あの世でもう少々お待ちくださいませ」
 地面を強く蹴り、飛び上がった。樹木を真っ二つに斬った後、すぐに瘴気を浴びないようにと離れる。
「旦那様に土産話をたくさん持っていきますゆえに、楽しみにしててください」
 刀を鞘にしまうとアヤカシに背を向け、秋桜は歩き出した。
「はあ…。久しぶりに里帰りをして、成長を見てもらいたいものですねぇ。…もっとも身長が伸びていないとか、胸だけ成長したなどと言われたくありませんが」


●朱華(ib1944)の大切な者
「俺の前にはやはり、お前が現れるか…」
 朱華は幻覚を前に、苦しそうに表情を歪ませていた。
 朱華の眼に映るのは、かつて共に故郷を出た親友。穏やかな彼は、今でも柔らかな笑みを浮かべている。
 その笑みを見ていると、彼がまだ生きていた頃にかわした会話が頭の中によみがえってきた。
「ねぇ、朱華。キミは何の為に戦うのかな?」
「今更、何を…。お前の『婚約者を護る。その為に戦う』という約束を守る為だ。特にアヤカシから、な」
 何故か彼は、同じ問いを何度もしてきた。
 そのたびに、同じ答えを朱華は返していた。
「…朱華、キミはもっとワガママになっていいんだよ?」
「何を馬鹿なことを…」
 最後はいつも返答に困る言葉を言われ、つい意地を張ってしまった遠い過去。
 彼が本当は何を言いたかったのか、最期まで教えてくれなかった。
 そして朱華もどんな答えを言えばよかったのか、未だに結論は出ていない。
 生きている時と変わらず話しかけてくる幻覚を前にし、朱華の体からは力が抜けていく。
「俺は結局、お前の為ではなく、お前のせいにして生きている…」
 彼とかわした約束を今でも守り続けてきたのは、彼を死なせてしまった深い罪悪感と後悔から。
 暗い感情に自ら囚われることで、彼への誠意にしようとしていた。
「こんな俺が幻覚とは言え、お前を斬ることなんてできない…!」
 ギュッと眼をつぶった時だった。

『キミはもっとワガママになっていいんだよ?』

 再び彼の言葉がよみがえる。
「…ワガママに……そうか。俺はまた、お前を利用していたんだな」
 開けた朱華の眼に、彼はアヤカシとして映った。
 刀・長曽禰虎徹を鞘から抜き、殺気を込めた眼差しを向ける。
「俺自身が変わることは、お前への裏切りになるんじゃないかと不安だったんだ。でも…それは違う。俺は自分の為に戦っていいんだ。それがお前の望んだ答えであり、俺の答えだ。ようやく…たどり着けた」
 朱華は幻覚に向かって走り出す。
 そして刀に紅椿をかけ、幻覚を攻撃した。
「…ごめんな。俺の未練が、お前を穢してしまった」
 幻覚は醜く表情を歪めながら、消滅していく。
 彼の姿をしながら消えていく幻覚を見て、朱華の心は切り裂かれるように痛んだ。
 しかし痛みに耐え、現れた樹木を睨み付ける。
「絶対に倒すっ!」
 襲いかかってくる木の枝を切りながら、朱華は前に進む。
「燃え尽きろっ!」
 刀に炎魂縛武をかけ、一足飛びをして幹を切り裂いた。
 激しい炎に包まれる樹木を、朱華は切ない表情で、燃え尽きるまで見ていた。


●リンスガルト・ギーベリ(ib5184)の大切な者
「開拓者に興味を持つとはふざけたアヤカシよのぉ、妖志乃。望み通り、挑戦を受けて立とうぞ! …しかし妾の場合、いったい誰が出てくるのやら」
 腕を組み、首を傾げながら歩いていると、バサッと翼がはためく音が聞こえてきた。
「えっ…? 母上?」
 故郷・ジルベリア帝国にいるはずの母が、何故か眼の前にいる。
 泰国出身の母は龍の獣人で、リンスガルトは母の容姿を受け継いでいた。
「…なるほど。妾にとって母は憧れであり、大切な者。間違ってはおらぬな」
 感心しながら軽く息を吐くと、母はにっこり微笑む。
 大きな翼に長い尾、一角の角はウェーブのかかった長く艶やかな髪の間から生えている。白い肌と紅い瞳も、母の持つ色そのもの。
 ジルベリア帝国にいた頃によく見たドレスを着た母の姿を見て、眼を細めた。
「本当に妾の思い描いている母上の姿、そのものじゃ。ある意味、賞賛に値するぞ」
 リンスガルトの言葉を聞いて、母は口を開く。
『リンスガルト、あなたの活躍は風の便りでよく聞いています。あなたは私の誇りです。久し振りに会えたのですから、さあもっと近くに来てください』
 両手を広げ、まるでリンスガルトを抱き締めようとする。
 リンスガルトは俯きながらも、ゆっくりと母に近付く。
『私の可愛い娘…。ずっと一緒にいましょう』
 母の穏やかな声を聞きながら、殲刀・秋水清光の柄に触れる。
 そして抱き締められる寸前、顔を上げたリンスガルトは斬りかかった。
「でやぁあっ!」
 自身に巻き付こうとした木の枝を切り裂き、幻覚をも斬ろうとしたが後ろに逃げられてしまう。
『リンスガルトっ! 何をするのです!』
「ふんっ、見くびるではないわ! 敬愛する母上の姿をしていようとも、貴様はアヤカシであり幻覚じゃ! 惑わされてはそれこそ母上に合わせる顔がないわ!」
 刀を持ち直すと、幻覚の胴体を斬り裂いた。
 断末魔の叫びを上げながら消滅していく幻覚の背後から、樹木の姿が徐々に現れてくる。
 リンスガルトは八極天陣を使い、回避能力を上げて襲いかかってくる木の枝を避けていく。
 そして瞬脚を発動させながら、アヤカシに一気に近寄った。
「妖志乃よ! 我ら、開拓者は幻覚になど屈せぬ! しかと見届けよ!」
 一度刀を鞘に戻し、玄亀鉄山靠を発動しながらアヤカシに体当たりする。集中させた練力も叩きつけ、アヤカシの内側に衝撃波を走らせた。
 再び刀を抜くと、気力を使いながらアヤカシの体を切り刻んでいく。切られたアヤカシは瘴気を発しながら消滅していき、やがてその場には何も残らなくなった。
「ふう…。しかし久し振りに母に会いたくなったわい。…じゃが他の開拓者達は大丈夫かのぉ?」


●リィムナ・ピサレット(ib5201)の大切な者
「…っくしゅん! う〜、リンスちゃんに心配されてるのかなぁ? けれど妖志乃、次はこういう手でくるなんてね。絶対に負けないんだから!」
『リィムナ』
「えっ?」
 名を呼ばれて振り返ったリィムナの眼に映ったのは、亡くなった父の姿だった。
「お…とう…さん…」
 信じられない思いと共に、自分が花粉を吸ってしまったことに気付く。
 けれど懐かしくて恋しかった父の姿を前に、困惑してしまう。
『元気でやっているかい? 家族のみんなも元気か?』
「うっうん…。あたしも姉ちゃんも、妹達もみんな元気だよ」
 幻覚だ――とは分かっていても、口からは本物の父に語りかけるような言葉が出てしまう。
『そうか、よかった。ずっと気がかりだったんだ。大きくなったね、リィムナ』
 あたたかな眼差しは、生前の頃と全く同じもの。
 胸が切なさでいっぱいになったリィムナは、思わず叫んでしまった。
「あのねっ! お父さん! あたし、お父さんのことが大好きだよ! 大きな手で優しくあたしの頭を撫でてくれるところや、抱き締めてくれるところ、チクチクするお髭が生えている顔も、全部っ、みんなっ…! …だけどゴメンね? お父さんが死んじゃったあの日、あたしはイタズラしたせいで怒られた。自分のせいだったのに、あたしはお父さんに叱られたことが悲しくて辛くて、つい『お父さんなんて大ッキライ!』って言っちゃったんだよね。まさかそれがお父さんにかけた最後の言葉になるなんて…」
 父だけではない。母も同時に亡くしたのだ。
 残されたリィムナを含む四人の姉妹達は、身を寄せ合って必死に生きてきた。
 けれど開拓者となった今でも、父に言ってしまった心無い一言は重く心にのしかかっている。
『もう気にしていない。私も少し、言いすぎてしまったんだ。私もリィムナが大好きだよ。お母さんだって、リィムナのことが大好きさ』
「お…母さん…?」
『ああ、あっちで私とリィムナを待っている。再び一緒に暮らそう? 後から他の姉妹達も呼んで、昔みたいに共に過ごそうじゃないか。戦うことも、辛いことも何もない幸せなところで…』
「それは無理、できないよ」
 キッパリと言い放ったリィムナは、娘ではなく開拓者としての顔つきになっていた。
「あたしはもう開拓者なんだよ。人間に害をなすアヤカシを倒さなくちゃいけない。それにこの世界には大事な家族や大切な親友、それに仲間達がいる。みんなを置いて、あたしだけ逃げるわけにはいかないんだよ。…ゴメンね、お父さん」
 リィムナはフルート・ヒーリングミストを使い、魂よ原初に還れを演奏する。
『リィムナ、何故っ…! ぐあああっ!』
 苦しみながら霧散した幻覚と引き替えに、現れた樹木のアヤカシ。
 リィムナは森の中に入る前に発動させていた黒猫白猫で回避能力を上げ、枝の攻撃から身軽に避けていく。
 そして泥まみれの聖人達にて上昇させた攻撃力と知覚を使い、攻撃から避けながらも再び魂よ原初に還れを演奏した。
 消滅していく樹木を見ながらフルートから口を外し、苦笑を浮かべる。
「えへへ…。幻覚でももう一度お父さんと会えて、良かったよ。やっと謝ることができたし…」
 それでも心も表情も晴れない。
 堪えきれなくなった涙が頬を伝った時、フルートが手から滑り落ちる。
 そして声を押し殺しながら、泣き始めた。


●アン・ヌール(ib6883)の大切な者
「大切な者の幻覚を見せてくるアヤカシか。俺様の眼には、誰が見えるのかな?」
 アンには大切な者が数多くいる。その中でまだ特定の人物はいない。
 自覚が無いだけなのか、それともこれから出会うのかは分からないけれど、今は今まで出会った人々のことが大切だと胸を張って言える。
「大切な者がいっぱいいて、みんな大好きだった場合はどうなるのかな?」
 その疑問は、わりとすぐに解けた。
 ふと気付けば、いつの間にか見知った開拓者仲間がいたのだ。
「…何の匂いもしなかったな」
 アンは真面目な表情で、鼻を指で撫でる。
 ところが幻覚はいきなりグニャッ…と形を崩した。
「んげっ!?」
 驚いて引いているアンの前で、幻覚は次々と姿を変えていく。
 しかし誰もがアンの知っている人々だった。
「…あ〜、こうくるんだ。下手に一人に定まらない分、惑わされないなー…」
 姿・形は本物のようにそっくりだ。けれど次から次へと変化していくのを見ると、明らかに幻覚であると分かる。
「まっ、どんなにそっくりでも、しょせんは偽物。本物には敵わないのだよ」
 アンは呆れたようにため息を吐くと、ニードルウィップを手に持った。
「とっとと消え去れ!」
 ニードルウィップを振るうが、次に現れた幻覚を見て攻撃の先がぶれてしまう。
「んなっ!? 俺様?」
 何とアンの幻覚が現れたのだ。怯えた表情を浮かべる自分自身を見て、アンの気分が暗くなる。
「……自分自身を倒すなんて、あまりしたくない経験だよ。でも! 負けるわけにはいかないんだよ!」
 再び振るった鞭は、アンの幻覚を打ち消した。
 そして現れた樹木に、きつい眼差しを向ける。
「本当はこんなアヤカシ、燃やしちゃいたいんだけどね! 森火事にはしたくないし、大人しく鞭の餌食になるんだよ!」
 こちらに向かってきた枝も鞭で叩き落とし、樹木も幹から叩き折った。
「でも今回は幻覚で俺様は助かったな。もし本物の仲間達がアヤカシに操られて攻撃してきたら……俺様、どうしていいか、分からなくなっていたのだよ」
 迷いの表情で、深く安堵のため息をつく。
 幻覚と分かっているのならば、どんなに本物そっくりでも、優しくても、こうやって倒すことは何の苦痛もない。
 しかし本物であれば、逆にどんなに冷たくされても、厳しくされても、迷わず攻撃することは難しくなる。
「今後、妖志乃がそういうことをやらないように願うしかないか…」


●瀏 影蘭(ic0520)の大切な者
「…何か森の空気と雰囲気が重くなっているねぇ。仲間達は大丈夫かな」
 影蘭は曇り空を見上げ、生ぬるい強風を浴びて顔をしかめる。
「しかし妖志乃の考えていることが分からないね。何故こんなふうに人…と言うより開拓者の心を試そうとする? 取り乱す姿を見て楽しむ為? それともあくまでも純粋な好奇心から? …どっちにしろタチは悪いわ」
 森に入る前、仲間達は多少不安を抱えていたものの、必ずアヤカシを倒す強い意志を見せていた。
 しかししばらく経つと、森の様子が変わってきた。
 アヤカシが倒され、瘴気が撒き散っているせいか。
 それとも…開拓者達に何かあったせいなのか。
「…って、人のことを考えている場合じゃないわね。そうでしょう? ――母上」
 影蘭の前に現れたのは、本来なら今は故郷にいるはずの母親だ。
 優しく微笑む母を前にし、影蘭の表情は辛そうに歪む。
「故郷に置いてきたはずのあなたが現れるとは、ね…。私はよっぽど後ろめたいらしい」
 皮肉げに呟く影蘭が思い出すのは、悲しそうな顔をする母の姿。
 ジルベリア帝国から天儀に妾として嫁いできた母には、味方など誰一人としていなかった。
 父の第一子となる自分を産んでからも、孤独は変わらず。
 それどころか後に正妻が男児を産んだ為に、余計に周囲の風当たりは強くなり、影蘭へ歪んだ愛情を向けるようになった。
『影蘭、あなたはあの人の子。だからあの人の全てを譲り受けることができるの。全てに手に入れて、私を楽にしておくれ』
 何度もすがるように言われても、素直に頷けなかった。
 母にとって義弟は邪魔者だった。
 しかし影蘭にとっては、血を分けた大事な弟だった。
 弟の苦しむ顔を見てまでも、父の物を全て手に入れたいなどと思えなかったのだ。
「…だからこそ、私は家を出た。哀れなあなたを、あの家に置き去りにして…」
 開拓者として働いている今でも、ずっと母のことが心に引っかかっていた。忘れた日など、一日もないぐらいに。
「母上…、私を許してくださいますか?」
 苦笑しながら尋ねると、目の前にいる母は笑みを深くする。
「あなたのあたたかな腕に抱かれながら、許しをこうて永遠の眠りにつくのもいいかもしれない。…でも皮肉なことに、今のあなたには違和感がありすぎる。私の記憶の中の母は、いつも泣いてばかりいたから…」
 泣きそうな笑みを浮かべながら、影蘭は懐から三枚の黒死符を取り出す。
「私自身が生み出した幻覚の中で、眠るのだけは嫌だ。例えどんな罵詈雑言を浴びせられても、本物の母の言葉がいい! 自分に都合が良いあなたなど、必要無いっ!」
 強く言い放つと、一枚の黒死符に呪声を使う。悲痛な面持ちを浮かべながら、幻の母は消滅した。
 次に襲いかかってきた枝にも黒死符の呪声を使って、矛先を曲げさせる。
 最後の一枚の呪声は、樹木の間近でその力を発揮した。
「……いずれはあなたの元へ帰ります。その時までどうかお元気で…」


●源三郎(ic0735)の大切な者
 源三郎は腕を組み、険しい表情で森の中を歩いている。
「また挑戦状かい。全く、ふざけたアヤカシもいたもんだぜ。まっ、喧嘩を売られたところで買う義理のある相手ではないが、こんな悪ふざけで人の心を傷つけようとするヤツを見過ごすこともできねぇからな。一度関わっちまった以上、きっちり方を付けてやる」
 とは言え、前回同様、今回も姿を現す可能性は低い。
 しかしアヤカシは用意されている。とりあえず樹木のアヤカシは倒さなければいけない。
「…しかし大切な者の幻覚を見るたぁな。あっしの場合は…」
 そこまで言って、源三郎は口を閉ざす。ここで言葉に出さなくても、会えば分かるからだ。

「…やっぱりお前が現れるか。久し振りだな」
 源三郎の目の前に現れたのは、かつて愛し合っていた女性。
 亡くなった時と同じ姿で、儚げな笑みを浮かべて源三郎を真っ直ぐに見つめている。
 彼女の視線を受け、源三郎は懐かしさと胸の痛みを同時に感じた。
「懐かしいなぁ。俺がまだ開拓者じゃなかった頃、地元のヤクザの親分の情婦だったお前と道ならぬ恋に落ちたんだったな。…だが予想通り、祝福してくれるヤツなんざ誰もいなかった」
 それどころか二人の仲を引き裂こうとする者が多く、二人は安住の地を求めて地元を飛び出した。しかしすぐにヤクザ達に見つかり、源三郎は刀でメッタ斬りにされてしまう。
「……お前は俺が斬られまくっているのを見て、もう無理だと思っちまったんだな」
 自分を捕らえるヤクザの手を振り切り、崖から海に身を投げてしまったのだ。
 追っ手達は源三郎の身を、同じ所から投げ捨てた。だが漁師の船に拾われ、命は助かった。
 ――しかし彼女は助からなかった。
「その後、何だかんだあって開拓者となっちまった。…でもこうしてお前とまた会えるなんてなぁ。すまねぇな。二人でかわした約束を守れず、のうのうと生き延びちまって」
 彼女はゆっくりと首を横に振り、細い手を源三郎に向かって差し伸べる。
「…そうかい。こんな俺でも、あの世で一緒になってほしいと思ってくれるのかい。ありがたくて涙が出るな。……けどな、そんな最高な死に方、俺にはもったいなさすぎらぁ」
 業物を鞘から抜くと、源三郎は一気に彼女の幻覚を斬り裂いた。
「一人浅ましく生き延びちまった俺の最期が、お前に迎えに来てもらって逝くなんざぁ幸せなもんはいらねぇんだよ。どんだけこの身に傷を負おうが、泥水すすろうが、あがいて苦しんで俺らしく生きた後に、俺がお前の所に逝く。…それまで待っててくれ」
 消えゆく彼女の表情が、微笑んだように見えた。
「さぁて、後はてめぇを斬って終わりだっ!」
 彼女と入れ替わるように姿を現したアヤカシを見ると、源三郎は直閃を使い出す。大きく利き足で踏み込むと同時に、手にした刀を全力でアヤカシの幹に突き放した。

「幻覚とは言え、お前の姿には変わりねぇ。せめて弔いぐらいはさせてくれ」
 アヤカシが消滅した後、源三郎は数珠を手に持ち、彼女への祈りを捧げる。


●四ツ獄 春風(ic0767)の大切な者
「なるほど。本当によく似た幻覚だ。…久し振り、だね」
 春風は十年前に亡くなった恋人を前に、懐かしそうに眼を細める。
 まだ十八歳で亡くなった彼女は、春風と同じ修羅の種族。容姿は少し田舎臭さがあったものの、歌が上手で、元気がよくて気も強かった。
 春風の方が一つ年上だったものの、彼女に勝てたことなんてなかった。
 彼女とは幼馴染でもあった。互いに惹かれ合っていて、将来は結婚しようとも約束していた。
 けれど春風の実家は由緒正しい家であり、春風は長男として跡継ぎの立場だった。そのせいで彼女との結婚は大反対されていた。
 それでも結婚の約束を叶えようと、家の用事を進んでやったり、家族を説得したりと必死だった。
 だが……。
『ゴメンね、春風。あたし、死んじゃった』
 幻覚が発した言葉で、春風は頭から冷水をかけられた感覚におちいる。
『ちゃんとお別れも言えずに、ゴメンね。でもキミも悪いんだよ。あの日、村にいてくれなかったんだから。いつもいつも、自由に勝手にどっかに行ってしまうから』
「あっ……」
 そうじゃない、と言いたかった。
 ――彼女が死んだあの日、春風は村を出ていた。理由は家の用事で、村の外に出なければいけなかったから。
 すぐに戻るつもりでちゃんと彼女と話をしないまま、春風は村を出てしまった。そして戻って来た時には、変わり果てた姿に彼女はなっていたのだ。
 春風がいない間にアヤカシが村を襲い、多大な犠牲者が出てしまった。その中に、彼女がいたのだ。
『ねぇ、春風。今度はずっと一緒にいてくれるよね? この世界はあたしとキミを引き裂く。そんな世界に用はないでしょ?』
「……ああ、そうだね」
 春風は苦笑を浮かべながら、彼女に掌を向ける。そこから白霊弾が放たれ、幻覚に命中した。
『きゃああっ!』
「姿・形が似ているだけならマシだったんだけどね。生憎と俺の恋人は、俺と彼女を引き合わせてくれたこの世界を否定なんてしないんだよ」
 広く大きな世界の中で、二人が出会えたことは奇跡とも言える。その喜びを否定することなど、死んでも彼女は言わない。春風を愛しているのなら、尚更だ。
 幻覚が霧散した後、姿を現したアヤカシは無数の枝を春風に向けてきた。
 春風は力の歪みをアヤカシに使い、攻撃の矛先を変えさせる。
「ヤレヤレ…。あんな幻覚を見たと彼女にバレたら、怒られるだろうなぁ」
 ため息をつきながら、アヤカシの幹に白霊弾を放つ。しかし当たりが浅かった為に、枝が再び春風に向かってきた。枝を避けながら今度は走ってアヤカシに近付き、至近距離で二発の白霊弾を幹に叩き込んだ。
「でも会えて嬉しかったよ。…さよなら」


●クリス・マルブランシュ(ic0769)の大切な者
「妖志乃の目的が分かりませんね…。開拓者を試すようなことばかりして、いったい何を考えているんでしょう? …そして私の場合、誰の幻覚が出るのでしょう?」
 クリスは一人、ブツブツ言いながらも歩き続ける。
 しかし見知った人物が目の前に現れた時、思わず苦笑を浮かべて立ち止まってしまった。
「…ああ、そうでしたね。私にはあなたがいましたね、師匠」
 クリスの大切な者は、女師匠。
 まだ今のような強さがなかった頃、クリスがアヤカシに襲われて危うかった時に、助けてくれたのが師匠だ。
「あの時のあなたは私と比べ物にならないほど強く、美しかった…。その姿に憧れを抱き、弟子入りを志願したのですが、あなたはアッサリ断りましたね」
 拙者のようになるではない、と。
 でも一度断られても、何度も何度もクリスは頼み続けた。やがて根負けした師匠は、ようやく弟子入りを許可してくれのだ。
 その後の修行の日々は辛くても、クリスにとっては幸せの日々だった。
「…ですがあなたは私を一人前と認めてくれた途端、自分の元から離れるように言ってきたんですよね」
 しかしそれは当たり前のことだと、クリスだって分かっていた。
 師匠の教えを活かすことこそ、弟子として一人前のこと。
 師匠がようやく自分を認めてくれた時には、本当に嬉しかった。
 だがどうしても師匠と離れる寂しさはあった。子供じみた感情だと分かっていたからこそ、その感情は押し殺すことにしたのに…。
 眼の前にいる師匠は優しく微笑みながら、クリスに向かって手を差し伸べている。
「……本当なら、認めてくれた時にそうやってほしかった…」
 口の中で呟くと、クリスの頬に涙が伝う。
 それでも刀・長曽禰虎徹を鞘から抜き、構える。
「でも別れ際、師匠と私は一つの約束をかわしました。『次に出会う時は、師匠を超える者になってから』だと。今の私はまだまだ未熟です。なので今、あなたの誘いに乗るわけにはいきません! 師匠、まずは幻覚のあなたを倒してみせます!」
 力強い光を両目に宿し、クリスは幻覚を斬り裂いた。
「…やはり幻覚は幻覚ですね。本当の師匠はこんなに弱くはありません!」
 クリスの中で、弟子から開拓者の心へと変わっていく。
「本当にふざけたアヤカシです! 塵芥も残さず、滅ぼします!」
 向かって来る枝を切り落としながら、クリスは樹木に向かって走る。
 そして全力を込めて、幹を斬った。


●全員、無事に合流
 野衣達がいる場所に集まった開拓者達は、それぞれ暗い表情を浮かべている。
「…何とも後味の悪い仕事じゃ」
 リンスガルトは泣きじゃくるリィムナを抱き締め、慰めていた。
 春風はケガをした二人に、神風恩寵を使って傷を癒している。
 陽媛は超越聴覚、朱華は心眼・集を使い、周囲を探っていた。
 アンは悔しそうに、親指の爪を噛んでいる。
「前回、最後に箱を渡してきた女の子には妖志乃の容姿に関する記憶はなかった。記憶操作……忌々しいのだよ」
 挑戦状を送ってきたのだから前回同様どこかで見ていると考え、開拓者達は夜遅くなるまで妖志乃を探したものの、どんなに探っても気配すら察知することはできなかった。


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