いつも心に盾を 【弐】
マスター名:はんた。
シナリオ形態: シリーズ
危険
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/02/15 20:58



■オープニング本文

前回のリプレイを見る


「まず後衛が二人‥‥術を見るからに恐らく陰陽師でしょうか」
 まるで少年の様な声であった。身丈、中世的な顔立ちも手伝い、全く少年に見える。
「そして前衛が四‥‥このうち一人は軽装、泰拳士かシノビだと思われます。あとは二人程目視で確認できましたが、クラスの判別までは‥‥ですが、それ以上に気がかりな点がありますね」
 しかし、その口上に幼さは無い。
「晴人が言っておった、シノビの存在じゃな」
 金髪碧眼、異国騎士の少女が述べると彼は頷いた。
「まるで、シノビの二人組を見つけるのが目的の様じゃった」
「何かの怨恨があるのかもしれませんね」
 巫女袴の少女は言う。
「そうと疑わしい人間を虱潰しに斬ってまでも、晴らす恨み‥‥何故、賊達がシノビ達と繋がりがあるのか‥‥」
「賊として生まれる人なんて、そうそういないんじゃないかな?」
 シノビの少女は赤瞳をぱちくりさせながら、唇に指を当てながら応える。
「シノビって、一昔前は汚い仕事が当たり前だったんだから、誰かの人生を賊に堕とさせる事くらいは珍しくないと思う」
 いずれにせよ想像の範疇を超えないけどね、と彼女は付け足す。
 赤髪の彼は、面を曇らせる。集められた情報は、限られたもの‥‥これなら、もっと早く打って出て、一人でも多くの命を救うべきだったか――
「それならチャッチャと追って、奴らに直接聞いてみようかしら」
 言いながら、青髪の陰陽師は卓上に紙を広げる。
 周辺の地図だ、彼女の指はまず村の位置を指す。
「ここから、こう進むと‥‥ここ、山を越えるまで、道は限られるわ。ま、私もここまでしか追えなかった訳だけど」
 つつ、と指が動く。
「さて、ここからはどっちへ行くか‥‥うーん、そのまま山に籠った、とは思いたくないわね。探すのに山狩りをするのも億劫だし」
「その懸念は、想定せずとも問題無かろうて」
 短い金の髪を揺らしながら、彼女も身を乗り出して話す。
「もし奴らがずっと山に籠っていれば身に苔でも散りばめておろうが、そういう風でもなかった」
 それに、季節が季節だ。志体持ちだって凍死する時は凍死する。
「つまり、人里にねぐらを持っている?」
「恐らくは。襲撃時の様子を見るに、略奪に熱心でもなかった。では、どうやってその食い扶持を賄っているのか」
「文字通り、やくざな仕事をしている‥‥とかだったら笑えない冗談だわ」
「イヤその筋、考えられぬ話ではない」
 そうなると‥‥と、その場の一同、広げられた地図へ目線を落とす。
 ここは? いや、随分排他的な氏族が収めている土地柄らしい。ここの村は? 平凡平和すぎる辺境だ、やくざの出番も無い。ここは? ここは? ここは‥‥
「此処‥‥此処は、どうでしょう」
 赤髪の彼が指差した場所そこは、小さな町。さきの村よりは文化的であるとは言え‥‥『場末』、いや『辺鄙』という単語が良く似合うような場所であった。
 そしてもう一つ、その町を表す単語が存在した。それを、彼は口から出す。
 ‥‥頬を、まるで自身の髪の色のように染め上げながら。
「い、色町じゃと!」
 単語を聞いた金髪の彼女は、言葉をそのまま反復させて言う。
「賊達がそんな所になど! だ、第一、そんな所へ晴人を連れて行くのは反対じゃ! 折角少しだけ真面目になったかと思う彼奴めも、また鼻の下を伸ばして仕事にならぬ様子が鮮明に想像できる!」
 本人はもしここにいたら、彼女の言葉に反論するだろうか。
「いやーでも、結構当たりかもしれないよ♪」
 話題が話題だと言うのに、シノビの少女はいつも通りの明朗快活な様子のまま話す。
「逃走経路と道形から考えても、自然な方向だし、第一そういったお店っていうのは厄介事の為に用心棒を雇ったりしても不思議じゃないでしょ」
「まー今の所、ねぐらの確定情報なんて無いんだし、調べに行ってみてもいいんじゃない?」
 青髪の陰陽師も――やや億劫そうな表情を見せはしたが――、彼女の言葉に頷いた。

「それにしてもあの人達‥‥いえ、あの賊達は、何者なのでしょうか」
 巫女袴と黒長髪を揺らしながら言う彼女に、渋面の侍は言葉を連ねる。
「流派までは読み取らせてくれなかったが、あれは『剣技』を学んだ者の太刀筋だ」
「ええ、勿論そうですが‥‥」
 普段の、大人びた彼女の声の張りに、一瞬だけ陰りが見えた。
「正体が何であれ、奴らが市井に切っ先を向け、略奪を行った賊である以上‥‥遅れをとる訳にはいかない」
 彼は、自身に聞かせる様にしてそう言う。
 彼は、自身の装束に眼をやる。そこには、賊の刃による幾つもの切れ跡‥‥肌に、達したものもある。致命的な一撃はもらっていないが、彼自身も、相手に思うように切り込めたかと言うと‥‥淀みなく頷く事は出来ない。
(再び合間見える事があれば、その時は‥‥雑念で鈍った剣で勝てる相手ではない)



「どうだ、なかなかの強敵だっただろう。村人達は思った通りに救えたか? お前と開拓者達の――」
 声は遮られたのは、その男の呼吸気管が遮られたからだ。
 晴人の指が、嘗ての友の喉に食い込む。
「晴人、落ち着け」
 相当の力を込めて、褐色肌の男は晴人の手を相手の喉から引き離した。声は涼しいままだが、晴人が旧友の首に手を掛けている風景は正直、見るに耐えなかった。
「とめるんじゃねぇ!」
「相手殺しに来たってんなら話が違うやろ」
「そーよ。それにそういう事するのって、あんた自身や鈴音の首をも絞める事になるんだから」
 シノビの男、それに黒髪の陰陽師の諭す様な言葉――特に、鈴音という単語を聞いた時―――、晴人は何とか冷静さを取り戻す。『旧友』も、咳き込みながらも呼吸を取り戻す。
「用事があるなら聞くよ。但し、俺が知っている事だけだけどね」
「確かに強敵だったけど‥‥技や術を出し惜しむ様な極端に慎重な相手って訳でもなかったわね」
 一歩前に出て、陰陽師の彼女は話す。
「ふーむ、情報が古かったかな。いやぁ、何分人手不足なもんだからね」
「あんたのシノビ里の上忍試験って、出題課題はジョークセンス?」
「‥‥‥?」
「ご丁寧に別のシノビを潜伏させておきながら、情報が古い? 人手不足? 久しぶりに笑わせて頂いたわ」
 鼻でね、と彼女は付け足す。
「‥‥晴人、お前に言っておく事がある」
 薄く笑いながら言う『旧友』に、なんだ、と晴人は言葉を促す。
「‥‥もうそろそろ、雨が降るな」
「何?」
「雨だよ、雨。だから今日はもう家に帰ろう。あ、傘が欲しいな、傘」
 天気は連日晴れ模様、今日に至っては雲ひとつ無い快晴。『旧友』は何を言っているんだ? そう開拓者の二人は思ったが、当の晴人は、そうだな、と頷きそして踵を返した。
 何かがおかしい。不自然だ。
 充分に離れた場所で、シノビの男は晴人に聞く。
「‥‥晴人、あの不自然な言葉は――」
「そうだ、俺が現役当時の暗号――それも『信じろ、時間をくれ』だと? 一体‥‥どういうつもりだ?」


■参加者一覧
川那辺 由愛(ia0068
24歳・女・陰
霧崎 灯華(ia1054
18歳・女・陰
大蔵南洋(ia1246
25歳・男・サ
野乃原・那美(ia5377
15歳・女・シ
ナイピリカ・ゼッペロン(ia9962
15歳・女・騎
央 由樹(ib2477
25歳・男・シ
言ノ葉 薺(ib3225
10歳・男・志
八十島・千景(ib5000
14歳・女・サ


■リプレイ本文

「私が探しているのは働き口じゃあないの。宿よ宿」
「あら、残念ね」
 煙管の雁首に煙草を詰めながら、女は残念そうに言った。
「私の仕事ってのは特別に疲れるからさ。休める時に休んで、飲める時に飲んでおきたいの」
「酒が飲めるんだったら、そう言う店だってあるわよ」
 霧崎 灯華(ia1054)は、戸口へ親指を向ける。
「斡旋は、ああ言う二人にしてあげたら?」
 店に入ってきたのは、一組の男女だった。

 少しだけ時間を巻き戻す。

 若い遊女と侍風情の男妾。不貞の香りを振り撒きながら昼の色町を歩くのは、与太者二人‥‥ではない。野乃原・那美(ia5377)と川那辺 由愛(ia0068)、両者、歴とした開拓者。
「昼間は目立たない様にしないといけないですね。由愛さん、意外と似合ってますよ? だからそーんな仏頂面しないで、笑って笑って」
「不貞の輩なんて大概、仏頂面しているもんだから問題ないわ」
 晴れぬ由愛の表情は、与太者のフリとも考えられる。しかし、男装した由愛を見た鰓手 晴人(iz0177)が、「似合ってる似合ってる」と矢鱈に囃していた事を、余談ながら述べておく。(蟲の式を見せたらすぐに黙ったが)
 妾を売り込もうとする男と、その女‥‥これが、二人の偽装である。

 そして時間を戻す。

「所で女将、どうせなら腕っ節の立つケツ持ちが多い店を紹介してくれないか?」
 会話は由愛に任せ、那美は聞きに徹している。
「‥‥そんな事を聞いてどうするってのさ」
 女将は面倒臭そうに煙管をふかしながら。
「俺は小心者でね。強い奴が多いなら、安心だろう?」
 那美の肩に手をかけながら言う由愛。那美もまた、努めて妖しく笑んでみせる。
「本気なら今夜からでも働いて頂戴な。それが出来るなら何だって教えてあげるよ」
 紅の唇から、灰煙の後にそんな言葉が噴出されてきた。

 何やら曰く点きの茶屋。開拓者、大蔵南洋(ia1246)は客として居る。
 彼は堅気の人間としてそこにいる。だからいきなり直球で話を振らず‥‥まずは天気の話から、景気の話、そうそう年の暮れ頃においては付近の村で物取りに遭ったらしい、この町はどうか――
「旦那」
 ぴしゃり、と遮る調子の店員の声に、一瞬だけ南洋の胃が汗をかく。
「ここは茶屋ですぜ。まずは一杯注文お伺い出来ますかね」
 いや、大丈夫だ。
 頼んで、出て来たのは粗茶‥‥本当に粗末なお茶であった。これで二百五十文‥‥なるほど、矢張りここは茶屋ではないのだな。
「宿って一言に行っても、色々でさぁ」
 南洋が出す物を出した途端、男は流暢になる。
「それなりの期間、逗留するつもりだ」
「だったら多少値が張っても、しっかり腰を落ちつけられる所がいい」
「逆に、落ち着けない所というのは?」
「ケツ持ちが昔っからこの町を仕切っている組なら良い。ゴロツキってのはどいつも頭の出来が残念だが、この町に住んでいるゴロツキは歴史の学科だけは学習できている。尤もこの町の歴史、だけだけどな」
「ケツ持ちが新しい所は、ならず者にたかられるのか?」
「まぁそう言う店ってのは安かったり、何でも有りだったり‥‥良い所もあるんだがね。都度都度に用心棒が出てくる様じゃ忙しなくて叶わん」
「貴重な機会だ、外れを引きたくは無い」
「‥‥おや旦那、湯飲みの中が空きましたな」
「‥‥‥」
 南洋は、目を細めながら再び袖に手を入れた。

 聞き込みで情報を集めているのは央 由樹(ib2477)。
(此処まで追われている様子は無し、か‥‥)
 相手に勘ぐられれば、追っ手を向けられる可能性もある。足音、人影‥‥彼も、警戒に神経を張る。
 すると、自分の方向へ近づいてくる、足音‥‥追手? 道角を回り、由樹の目に見えたのは――
「あ‥‥これはどうも」
 ――犬耳。
「薺、か」
 言ノ葉 薺(ib3225)。髪を後ろへ持って行き縛り上げ、服も以前の村を訪れた時とは変えている。
「区画の規模から鑑みるに、ここで鉢合わせてしまったと言う事は‥‥」
「お互いに概ねの場所は歩き回った、か」
 下役に扮して、薺も色々な店を訪ねてみはしたが、中々情報の本懐にまでは辿り着けずにいた。
 とは言え、店々の場所は頭の中に入っている。全くの無駄足と言う訳でもない。
「もう暫く歩けば、地理は昼のうちにでも踏破出来るでしょう」
「そうなったら、調査の方法も変えなあかんか」
「日が落ちてからは、別の形で動く必要もあるでしょう」
「別の、形‥‥」
「私は笛吹きにでも成りましょうか。由樹殿なら、客として潜り込む事も可能かと」
「いや、それはちょっと」
「何か不都合が?」
「いや、何と言うか‥‥」
「有効な手ではあると思いますが」
「‥‥ああいう所におる女子ってよう知らんし、なんか怖‥‥苦手な気がする」
 彼の心情を知ってか知らずか、薺はいたずらっぽく笑みながら。
「こう言う時だけは、晴人殿を見習ってもいいかもしれませんよ?」
「晴人も大蔵も‥‥一体何が楽しいんや‥‥」

 その南洋は、人気無い路地にいた。「止めておけ」と言われた店を巡っているのだが、そういう店は得てして大通りからか外れている。
 心なしか、薄暗い。
(角から出て来た物盗りに脇を刺される――遭っても不自然無いが)
 如何に剣の達人だとしても、完全に不意を付かれたら反応も出来ないだろう。
 事実、彼は突然の襲撃者に反応できない。
「な――」
 襲撃者は曲がり角ではなく、上から降ってきた。
 さて、こう言った場合、襲撃者は片手に凶器、片手に狂気が定石だが‥‥男は両手で女性を抱えていた。
「――ち、千景殿!?」
 八十島・千景(ib5000)。動揺している様子もないのは流石だ。
「とりあえず、降ろして頂けます?」
「俺はこのままでもいいんだけどね」
「私は駄目です」
 残念そうに腕から千景を降ろしているのが『旧友』。千景、そして晴人と少し前まで話をしていた。千景はその会話の途中、その言い回しや台詞に不自然さを覚えて――今思えば、この時既に暗号で会話していたのだろう――暫くした頃で、段々と晴人の台詞が険悪になっていき、ついには『旧友』に取っ組みかかった。その時に『旧友』は「この場を離脱する、援護してくれ」等と叫んでいたが、今思えばワザとらしい言い方でもあった。
 そして『旧友』が煙幕を張ったかと思えば、千景は彼に抱きかかえあげられ、屋根を飛び塀を越え路地を駆け抜けて今に至ると言う訳だ。
「お仲間が追ってくるのでは?」
「晴人が相手をしている‥‥突然の敵襲に慌てるフリをしながらな。とは言え、時間が有限である事は確かだ」
 やはり、監視があったらしい。しかし、それでも彼が信用に足る人物か‥‥千景は、警戒を緩めない。
「私は忍の掟はもっと厳しいものだと存じておりました」
 だからまず、揺さぶりを掛ける。
「単純に手柄を立てたからといってそれを免罪符に出来るほど、簡単な話なのでしょうか」
「そこなんだ。頭目は今回の件、賊と晴人と共倒れが理想って思っているっぽいしなぁ」
「‥‥今まであなたが言ってきた『最善』の物語に沿っても、鰓手さんの望む『最良』の結果には、ならない様にさえ思えますね」
「ああ、そうだな」
 何て酷い、無責任な男だ。もうこんな人間と話す事なんて――
「だから俺は里の頭目を打倒して、組織を乗っ取るつもりでいる」
「‥‥!?」
 ――山ほど、有る。
「言っている事が無茶苦茶です」
「組織の動向を変えるには、自分が組織の頂点に立つか、自分が操作できる人間を頂点に挿げ替えるしかない」
「話が飛躍し過ぎですよ。それこそ簡単に出来る事とは思えません」
「その為の、根回し‥‥準備‥‥時間が掛かる。そういった意味では正直、俺はこの依頼成否は余り気にしていないんだ」
「私達を、相手の意識逸らしと時間稼ぎに使おうと言う算段ですか」
 正直を嫌って、『旧友』は抽象的な言葉を選ぼうとした‥‥が、彼を射抜く千景の双眸。物静かな瞳から滲むものを推し量り――
「そうだ。すまないと思ってもいる」
 ――引け目を感じながら、彼は呟いた。
「私からも、いいか?」
 助け舟ではなく純粋に疑問がある為に南洋が彼へ質問を投げる。
「前の依頼、襲われる村が事前に判明していたのは、潜入させた者の報告による物か?」
「半分当たりと言った所かな。里からシノビを潜伏させていたのも事実。そして賊達は俺達里のシノビに恨みを持っていて、追っている。あちらにも諜報役がいるらしい、もしかしたら元シノビの人間かもしれないな」
「潜伏者に状況を観察させながら適度に尻尾を出し、賊に情報を掴ませたか」
 南洋の言葉に『旧友』は頷く。
「最後に。今までの話を聞く所、あなたは慎重で、手より頭を動かして事を成す人物に思える。そんな人間が、一手段として権力奪取など博打を打とうとは些か短絡的に思える」
「それしか手段が無いだけだ。晴人は俺にとって、唯一生き残っている友人だから救いたい。どんな事をしてでも」


「嬢ちゃん、いい所を紹介してくれよ」
 派手な髪色の笛吹き‥‥店の女かと思われたか? 薺は曖昧に微笑を返して歩いていく。
 夕刻に差し掛かり、風景の色が落ちていくと、町の所々が色めいてきた。
 隙あらば忍び込もうとも考えた彼だったが、場末の色町とは言えそう屋宇への潜入はそう易くは無さそうだ。だから、外から拾える情報だけでも整えようと努めていた。
 『そう言ったお店』は提燈に明かりを付けて賑やかにしている。
(逆に、灯りが点いていても静かな場所‥‥この辺りに居住区ですか)
 長屋通りは、店が集中している地点からそれほど離れていない。有事の際に、駆けつけられる様な場所、という訳か。
 哀桜笛の響きは、色町の喧騒から離れていく。

(那美は飛び回っている頃かしら‥‥)
 夜の町を歩く由愛は、人魂を店々に放っていた。しかし、考える事は沢山ある。式の形‥‥冬に違和感の無い虫、鼠は店の人間に見つからない様に動かす、相手が瘴索結界を使える可能性の考慮‥‥警戒の種は尽きない。
(ま、文句を言っても情報は集まらないし――ん? この音は‥‥)
 式を介して耳に入ったそれに、由愛は唇に弧を描かせた。
(あの娘も元気ねぇ)

「店‥‥違いも分からん。どこが何の店なんや‥‥」
 オロオロ‥‥いや、ウロウロとしている由樹。情報集めの為、客として入ろうかと考えているのだが、イマイチ踏ん切りがつかない。客引きの色声に見向きもしない。このままじゃ只の散歩。
(取り合えず‥‥町で怪しい人には付いて行くなっておばばが言うてたし――)
「御用改めである!」
「な、何や‥‥?」
 甲高い聞き覚えのある声、それは少し先にある店から聞こえてきた。

「うーん、どっかに割のいい仕事無いかしら?」
 中年男性客に管を巻いているのは、灯華。
 しかしただ酒に溺れている訳ではない。
「所謂、何でも屋ってヤツかい? アンタ」
 この町の斡旋屋、探すのには手間が掛かった。
「ヌルい仕事は嫌よ。私は金もスリルも求めているの」
「こんな町だったら、むしろそんな仕事ばっかりだろう?」
 食いついた! が、面には特に何の色も浮かべぬまま、灯華は話し続ける。
「んーでもこういう所って怖い人が取り仕切ってるでしょうし、大丈夫かしら?」
「それ以前によ、お前さん。腕は立つのかい?」
 小柄な少女然の彼女だ。男が疑るのも無理は無い。
「だったら、証明してみせようかしら?」
「そう――」
「神妙にせよ! 御用改めである!」
 バーン! 勢い良く店の戸が開けられ、更に勢いの良い声で言うのはナイピリカ・ゼッペロン(ia9962)。
 彼女は昼間に仲間達が集めた情報を元に、ケツ持ちが地元のやくざ者の店々へ、この調子で突入していた。
「陽が灯り落ちようとも、道義に落日無し。さぁ神妙に御縄につくのじゃ!」
 そんな彼女の動向は大変目立つ。店の人間の一人はそんな話を耳に挟んでいた。
 葉月掘りの鉢金は開拓者‥‥店員の一人は奥へ行き、もう一人が手を擦らせながら彼女と話す。
「御縄なんて開拓者様。うちは只の居酒屋でさぁ」
「成る程只の居酒屋‥‥」
 だから裏口から客を逃がす事などもする訳だ。
「どの口が言うかー! 逮捕じゃーー!!」
「オイ用心棒呼んで来いーー!!」
「逃げろー!!」
 ナイピリカ、店員、客、と一気に場が沸き立つ。
(あれ、多分罪状とか特に調べていないだろうなー。でもこういう場所って石を投げれば違法行為に当たるだろうし、何より客を逃がそうとしている時点でこの店はクロだし、まっ気にしないでおくかなー)
「おい、逃げるぞ!」
「あ、さっきの仕事の話は――」
「逃げてから話してやる!」
(まっ結果オーライって事でいいかな)
 灯華は他の客に紛れて逃げて行く。そして立ちはだかる様に柄の悪い男達が現れる。ぞろぞろと。
「にやり、計算通り。奴らからシマを荒らす新参を聞き出せば――」
 ぞろぞろと。
「って、ちょ‥‥おま」
 ぞろぞろと出てきた男達は、三十人位か。
「先生方、お願いします」
 ズラリ!
「幾ら何も数が多すぎるのじゃー!」
「追え、逃がすな!」
 多勢に無勢。一旦逃走するナイピリカと、追う沢山の強面。
 夜の色町が、いつもと少し違う賑わいを見せる。
「何だか奴らの数が多くなっていっている気さえするのじゃ!」
「おいナイピリカ、この騒ぎ何や?」
「おお由樹! 加勢を頼む」
 まず、絶賛散歩中の央と合流。しかし流石にこれではまだ焼け石に水。私刑執行中只今逃走中。
「央、逃げながら苦無とか投げれぬか?」
「背中に目なんて付いてへん」
「ぐぬー! せめてあと一人、あと一人誰かと合流できれば‥‥む?」
 ナイピリカがそんな声を出したのは、足元を横切る『小さな何か』に気付いたから。
 何か騒がしい一行は、歓楽区画から徐々に外れていく。気がつけば細道、袋小路。
「追い詰めたぜ‥‥ん、そいつもお前達の仲間か?」
 売り物にもならないちんちくりんの異邦人、野朗、そしていつの間にか加わっていたのは‥‥
「はっはっは! 頼りのお仲間が、笛吹きの女とは笑わせて――」
 強面の声がそこで止まった。
「いい加減、男女の区別も間違えては私でも怒りますよ」
 一瞬で距離を詰め、苦無を相手に突きつける薺が、そこにいた。
 一匹の鼠――いや、鼠の形をしたそれが、その場を横切り、そして霧散していった。
(これで返り討ちにしてヤクザ達からも幾らか情報は取れるとして‥‥那美の方は上手くやっているかしら)
 長屋の壁に背を預けながら、由愛はそんな事を考えていた。
「絶対に逃がさないわよ、外道共」

 どうやら捕り方の手入れが有ったらしい。うちと別の店ばかりだったが‥‥とにかく気をつけよう。念の為、用心棒の方々にもこの事を伝えておこう。
 長屋通りへ走る男は、そんな事を考えていた。
 腕は確かな連中だ、きっとその時は力になってくれるはず‥‥男は、そんな事を考えていた。
 だから、屋根を飛ぶ影になどには意識も行かなかった。

「ふふ、見つけたのだ♪」