いつも心に盾を 【壱】
マスター名:はんた。
シナリオ形態: シリーズ
危険
難易度: 不明
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/01/16 07:37



■オープニング本文

「まさか、あの頃の暗号をまだ覚えているとはね。折角出した手紙が読まれなかったら、どうしようかと思っていたよ」
「見くびるな。それにしてもお前が上忍になっているなんてな‥‥」
 二人の男がいた。
 場所は都の表通りから、外れを歩いて暫くの支道。店も無い、風景も美しくない、ただの『静かで誰も興味を示さなそうな小道』。だが、今の二人に必要な場所であった。
「里の人手不足は深刻って事か」
 男のうち、一人はまるで無頼漢丸出しの風貌である男。先程から、口調は悪態の形を取り続けている。
「全くだ。ましてや俺達の基本は隠密。お前位の腕っ節の奴も少なくなってきているんだ」
 もう一人の男は、にこやかで気の良さそうな人相だった。実際、この二人の齢は同じだが、爽やかな表情と口調のお蔭で、より若い青年に見えた。服装にも、随所にジルベリアの文化を取り入れられた若いセンスが伺える。
 だから、遠目で見た時この二人がシノビである事など、誰が気付くものか。
「今からでもお前には、里に戻ってほしい――」
「ふざけるな! どの口がほざきやがる!」
 荒々しい声は、色の無い風景にただ反響するだけだった。
「俺は、止めようとしたんだが‥‥信じてくれないか、晴人」
「部下を扱いきれないのか、とんだ上忍だな」
 晴人、と呼ばれた男の口調は一貫して辛辣だった。何故自分がこうも気が立っているのか、彼自身も分からなかった。
 今、晴人と話している彼は旧知の仲。ともなれば、幾らか懐旧の念がよぎっても不思議ではないのだが‥‥何故か今、晴人の胸にあるのは、むかつきと、いらつき。
 何故か。
「‥‥抜け忍を始末しようとするのは分かる。だったら俺だけを狙え」
「その事さ、今日この場に晴人を呼んだのはまさしくそれに関わる件ってわけさ」
「何だよ、それ?」
「事情は二つある」
「もったいぶるな」
「一つは、お前の周囲にいる開拓者の存在。当初は数を揃えればお前を捕縛‥‥ないし始末できると他の上忍達は踏んでいたが、それがこの前の手痛いしっぺ返しだ」
 この晴人と言う男、とあるシノビ里の抜け忍である。以前、彼を始末しに来た数人のシノビに襲撃されたが、開拓者達とこれを迎撃。シノビ達が逃走する結果となった。
「もう一つは、まぁ情け無い話だが、厄介な相手が登場してね」
「何?」
「最近の話さ」
「この頃、界隈で派手に動いている志体持ちの集団がいる。こちらの暗殺対象が勝手に殺されたかと思えば、またある時はアヤカシの襲撃に乗じて火事場泥棒まがいの事をする。只の賊とは思えない程に、連中は腕が立つ。正直俺も、直接切り結ぶのは避けたい位さ」
「で、手駒を消耗させたく無いし、そもそもそんな連中に注力したくないから‥‥俺に依頼か」
「ぞんざいにしないでくれっ、晴人。俺だって、旧知の人間が里に追われている現状をどうにかしたいって考えているのさ! お前が追われている理由は確か、任務の途中放棄の件だったな。協力の次第によっては、それを無い事に出来る。この件は既に、俺から頭目へ話をしているのさ。所謂、交換条件ってやつでね」
 男の仰々しい身振りに、晴人は目を細くする。
「問題が解決すれば、俺も頭目から評価される。俺にとっても、お前にとっても、これはチャンスなんだよ」
「悪党を倒して、それでうざったい追跡が無くなるってんなら分かり易くていい。例え、利用されているって分かっていても」
「‥‥厳しい口調だが、とりあえず協力の承諾、感謝するよ」
 男は苦笑しながらも一安心、と言った具合で息を吐く。
「で、敵状は?」
「正直、人数以外よくわかっていないんだ」
「おい、お前達本当にシノビか」
「素の腕っ節がいい上に、交戦しても中々手の内を見せてくれない。だから俺達も、深追いしていない。ちなみに数は十人程、アジトも分かっていない」
 言いながら、男は一つの地図を差し出す。
「アジトは分かっていない‥‥が、実は、奴らが次に襲うであろう日と場所について、実は目星がついていてね」
 晴人は地図に目を落とした。都から二日も馬を走らせれば着く、農民しかいない辺鄙な土地。人口五十人程度の小規模集落。
「分かった、じゃあ此処の人間達を守りながらの戦いになるわけだな」
 自分が柄にもなく勇んでいる事を自覚しつつ、晴人はそう悪い気分じゃなかった。
 悪人退治をして、無垢な人間達を救い、自分の過去が清算されるなら悪くない話だ。敵は未知数、強敵である事に間違いは‥‥が、晴人の胸中に湧き上がってきたそれは確かに、義侠心であり闘志でもあった。
 それなら、戦力を尽くそう。
 何の疑いもなく、罪悪感もなく行動する‥‥大事なのは、そこなんだ。
「何言っているんだ? 晴人」
 男は晴人に疑問を投げかけた。
「‥‥え?」
「ああ、すまない。俺の説明不足だったか」
 ハハハと微かに笑みさえ溢しながら。
「守らなくていい。というか、守るな」
「‥‥」
「敵の情報が少な過ぎるからな。現状のまま奴らと対峙するのはお前でも危険だ」
「‥‥‥」
「まず今回は適当に身を潜めながら相手を見るんだ。調子に乗って手の内を明かしてくれれば儲けもの。相手の編成を知れるだけでも収穫になるかな」
「‥‥やめろ」
「でも、一番知りたいのは奴らのアジトの場所だな。上手く追走出来れば、次から奴らの巣穴を攻撃できる」
「‥‥やめろ!」
「え?」
「止めろ!」
「何を怒っているんだ、晴人」
 何か含みを持たしている風でもなく―――本当に疑問に感じている様にして――、男は晴人に問うた。
「これ以上口を開くな!」
 晴人は、その面に怒りを滲ませ、胸に漂うむかつきを何とか押さえながら声を吐き出した。
「その賊達を始末すればいいんだろ! やり方をお前達に強制されなきゃならねぇ覚えは無い!」
「‥‥確かに、結果さえ出れば方法は別に問わないよ。でも晴人、改めて忘れないで欲しい。お前は追われ身の抜け忍なんだ。もしこれが上手くいかなかった場合‥‥いよいよ俺の隊も、お前の始末を任務にされるかもしれないんだ」



「‥‥晴人さん、晴人さん」
 かすんだ思考に、女性の声が入ってきて‥‥万物が輪郭を取り戻してきた。気がつけばまた飲んでいたのか、何の解決にもならない行為だと言うのに。
「全く晴人さん、飲み過ぎですわ。最近いっつも一人で夜通し飲んで‥‥健康を害します」
 丁寧な口調、流れる長髪、歳の割には幼く見える顔つき‥‥自分の雇い主、雑貨屋、保浦鈴音の顔が見えた。
「鈴音‥‥傷は、もう大丈夫なのか?」
「ええ、その節は心配をかけました。でも、もう大丈夫ですよ」
「そうか」
「ああ言う辻斬りに遭わない様に、今度遠出をする際には晴人さんに付いてきて貰いますので、その時はちゃんと働いて下さいね」
「ああ、そうする」
「‥‥今日はやけに素直ですわ。さては酔い過ぎですね」
「ああ。だからこれを、最後の一杯にする」
「全くもう。本当に、これが最後ですよ」


■参加者一覧
川那辺 由愛(ia0068
24歳・女・陰
霧崎 灯華(ia1054
18歳・女・陰
大蔵南洋(ia1246
25歳・男・サ
野乃原・那美(ia5377
15歳・女・シ
ナイピリカ・ゼッペロン(ia9962
15歳・女・騎
央 由樹(ib2477
25歳・男・シ
言ノ葉 薺(ib3225
10歳・男・志
八十島・千景(ib5000
14歳・女・サ


■リプレイ本文

 鰓手 晴人(iz0177)は、まるで己が脳が四方から引っ張られている様な錯覚さえ覚えていた。
 旧友、現実、依頼‥‥痛覚――
 ――痛覚?
「真面目な顔、ホント似合わないわねー」
 晴人の頬を引っ張っているのは、川那辺 由愛(ia0068)の細い指。
「由愛! 茶化すな――」
「別に良いじゃない。あんたは小難しく考え無い方が似合ってるわよ、ねぇ?」
「そうなのだ♪」
「何だと!」
 荒々しい口調で言う晴人であったが、迫力無いのは彼らしい。野乃原・那美(ia5377)は、笑顔のまま返す。
「悩んで解決する悩みなんてある?」
「‥‥無ぇ」
「振り返れば消える過去なんてある?」
「‥‥無ぇよ!」
「じゃー決まりだね♪」
「わかってんよ。その為に、俺はこの依頼を受けたんだ」
 里の抜けた後、鰓手晴人と言う人間は今まで気ままに流離ってきた、面倒事は御免だ――だが、もうそんな事は考えない。
 だから、由愛や那美も手を貸すのだ。
「‥‥気に入ってる鈴音や晴人、の為に私は此処に居るんだから‥‥」
「ん? 何か言ったか、由愛?」
「何でも無いわ。そういう訳だから、今回もちゃんと働きないさいよ」
「イテ、背中を叩くな!」


(こうも集まるとは。いや、その方が都合がええけど)
 行商人に偽装した開拓者達が村を訪れると、程無くして人が集まり出す。冬の田舎にしては賑やかな風景だ。
 滅多に行商など訪れないのだろう。何も買う物が無くても人は寄ってくる。
「お兄さん達、よくこんな辺鄙な所に来たもんですなぁ」
 話しかけられた央 由樹(ib2477)は、思慮に耽ていた脳を切りかえ、言葉を返す。
「年末となれば書き入れ時やさかい。師やなくとも走るもんや」
(おい、由樹!)
 後ろから晴人が小突いて言ってきたので、彼は顔半分振り返らせる。
(俺達一応商人って話なんだから)
 由愛などは礼儀を正して、何処かの令嬢然で村人と話していた。
(だからホラ、愛想良くしろって)
(‥‥満面の笑顔やろ、コレ)
(嘘だろ!?)
「あの‥‥何をお話しされていて?」
「「あ、イヤイヤこれは‥‥」」
 晴人は明らかに動揺した様子で、由樹は無表情のまま、両掌を相手の向けながら誤魔化しの言葉を考えた。
「年の瀬と言う事もあり何かと物騒、と言う話をしていた所だ」
 大蔵南洋(ia1246)は、荷を下ろしながら話し出す。
「周辺でも、最近賊が出てな。お陰で護衛仲間も傷を負っている」
「おやおや御嬢さん、こりゃあ‥‥」
 浅くない傷を負っている八十島・千景(ib5000)を見て、村人の一人が声を漏らす。千景の傷姿は痛々しく――事実、手痛い傷だが――、南洋の言葉に真実味を帯びさせた。
 千景は恭しく頭を垂らしながら言う。
「村に滞在する暫くの間、どうか人屋根で雨露を凌がせて頂ければと思います」

「しかし小さな集落じゃ。本当に賊共は来るのかのう」
「依頼主の情報が頼れるなら‥‥ですが、実際はどうでしょうね」
 箱の上蓋を少しだけ開けて、そう言うナイピリカ・ゼッペロン(ia9962)。首を傾げながら、言ノ葉 薺(ib3225)も僅かな隙間から周囲を見渡す。納屋‥‥有るには有るが、流石に施錠されている。周囲の地形で筆頭すべき物は‥‥本当に、何も無い。
「まぁ良い。来たら来たで、全力で迎え撃つのみよ」
「なるべく、外への意識を広く持ちましょう。ここまで平坦な土地であれば、逆に相手の進軍を視界に収める事も易いでしょう」
 四方へ意識を奔らせる薺の緑眼に、倒木や針葉樹――ありきたりな自然―――が映った。
(‥‥灯華殿達は、何事も無く身を潜められているだろうか)

「さてと、ちょっと暇だけどことが起こるまで隠れてないとね。何だか忍ぶのは随分久しぶりな気がするな♪」
「あんた、シノビじゃなかったっけ?」
「そうだよ♪」
「‥‥‥」
「どうしたの?」
「いや、何でもないわ」
 などと与太話をしながらも警戒の緩めないのは流石といったところか。那美と霧崎 灯華(ia1054)は、他の開拓者達から離れた場所にて潜伏。那美も今回は上衣で肌を隠している。
 さて、晴人の旧友の情報通りであれば、近々賊の襲撃があるとの事。その前に、偽装した行商組みの村入り、外側への潜伏‥‥。
「ここまでは、依頼主の話通りだね」
「そう、話通り。だからおかしいのよ、明らかに」
 相手の動向を調べ上げているのに相手の姿が見えていない、そんな情報で、納得が出来るものか。
 晴人の旧友、若しくは依頼を出したと言うシノビ里の連中には――
「――裏がある。ま、深く考えても仕方ないけど」
「そうなのだ。どんな時だって、ボクは楽しめるだけ楽しむだけだからね♪」
「お楽しみ、かぁ‥‥何はともあれ、騙し合いなら負ける訳にはいかないわ」


 老婦は家に戻ると、陽が落ちる前に地火炉に火は灯す。
 行商様方をお招きするのだ、来る前には家を暖めておきたい。灰模様も既に拵えてある。もてなしに満足して頂ければ、幾らか割引が効くだろうか。火箸で炭を引っくり返しながら老婦は考える。
 しかし聞く話、物騒な世上も気がかりではある。加えて、最近村に来た者についても聞いて来た。確かに入居した若い二人組は居るが‥‥何か、思う節が有るのだろうか‥‥。
「――るのです、早く!」
 外から、若い娘の声が聞こえてきた。声には切迫の色が濃い。
 辺りが何か、騒々しくも聞こえる。
 そして響く、悲鳴。
「お婆さん!」
 老婦が開ける前に戸は開き、見えた顔は千景の顔だった。
 彼女は一つ息を吐いて、いつも通りの冷静な声に戻してから再度口を開く。
「お話した事態になってしまいました」
「じ、事態と申されますと‥‥?」
「賊の話です。ここは危な――」
 千景の声は遮られた。
 戸の反対側から、破砕音が耳に殴り込んで来る。
 壁は砕け、破片が飛散する。
 土埃や粉々の木片等を散らせながら、大男が自分の背丈程もあろう大太刀を袈裟に振っていた。家屋を粉砕する膂力、能力‥‥賊は志体持ちである事に寸分の疑いも無い。
 避けた由樹でさえ、目の当たりにした一撃の威力に、胸中ぞっとしなかった。
 屋内に更に一歩、踏み込もうとした所で千景が前に立ちふさがる。
「こちらを狙うのならどうぞ」
 千景は平ったい口調で言う。
「ただ、このまま由樹さんと挟み撃ちにさせて頂く事を、予めお断りしておきます」
 自分を蝕む傷の痛み、背中にいる村人。切り結んでの勝算など皆無であろうが、時間稼ぎ位出来る。その為なら、鎌かけだってかけよう、余裕を偽った微笑だってしてみせる。
「負傷しながら剣を構えるのは初めてか?」
「‥‥え?」
 男はさっと家の中を一瞥した。
 女一人、それと老人‥‥だけ。
「傷を庇う構えになっている‥‥あと、アレだ」
「‥‥‥」
「笑顔が不自然だなっ」
 言うだけ言って男は屋内から視線を外し、屋外にいる由樹に向けて走り出す。
「今のうちに行きましょう」
 千景は老婦の手を引き、外へ出る。
「ああ、何て事なの‥‥」
 外の風景に、老婦は声を震わせた。
 暴れまわる賊と、それと戦っているのは先の行商達。幾つもの家が損壊し、幾人もの人間が倒れている。
「お婆さん、落ち着いて‥‥他の方も、こちらに!」
 出来るだけ、出来るだけ冷静な声を努めて千景は、逃げ惑う村人達を避難させるべく誘導していた。
 情け無い男の奇声が聞こえる――恐慌状態の若者が一人、遁走している。
 手を伸ばし千景が声をかける――前に、若者の背中に刃が刺さっていた。
「貴様ァああ!」
 賊は素早く合口を引き抜き、叫びながら切りかかるナイピリカの剣を避ける。
「これ以上――これ以上の暴虐は振えると思うな!」
「商人の護衛‥‥にしては、見た目が派手すぎるな」

「お前達が本当に、只の行商なら、この村を救う理由なんて無い筈だ。手を引いてくれないか」
「勝手に自分達の定規を当てやがるな!」
「同感ね」
 晴人と由愛、対面して戦う賊の一人が口を開いたが二人の拒絶は当然。
「なら‥‥」
 付近で逃げ惑う一人の農夫が、賊の目に映った。
「手を引きやすくしてやる」
 首に刀を押し当てる。
 人質。
 分かり易い構図だし、効果的だろう。現に晴人は、苦虫を噛み潰したような顔で相手を見る事しか出来ない。
 しかし、紅の双眸は、眼力を衰えさえさせる事なく。むしろ、よりその強さを増して賊をにらめ付ける。
「舐めんじゃないわよ、ど三流。それで優位に立ったつもり?」
「‥‥戦いの場で、取捨選択を即座に出来るのは良い事だ」
 賊の、柄を握る指がピクリと動く。農夫はくぐもった悲鳴を上げ目を瞑った。駆け出そうとする晴人――
 ――だが、農夫の首には、傷一つ無い。
 ぺたぺたと自分の首を触りながら、農夫が見たのは地に刀を落とす賊の姿だった。
 この指の痙攣は? 賊自身も、分からなかった。
 その時、賊は感じていた。背後から己が肩を掴む、冷たい手、風切音、声――
「――後ろががら空きなのだ♪」
「うおおおおおおおお!」
 叫び、咄嗟に首を逸らした。刃は賊の肩に突き刺さり、赤き奔流を作る。
 屈んで足払いをしながら背後に振り向くも、その時既に刃の主は既に、身を木の陰にしていた。
 生娘の愛嬌を含む声、敏捷性、そして躊躇なき刃‥‥彼女を知る者なら、姿を見なくても誰か分かる。
 那美だ。
「残念、本当はもっと斬り心地の良い所にいく筈だったのに♪」
「赤い目の女に碌な奴は居ない‥‥学ばせて貰ったよ。おい、治癒を頼む」
「毒蟲の方までは面倒見れないし、肩の傷だって、こんな物で塞ぎきれない」
 ナイピリカの剣を避けながら、呼ばれた男は術を行使する。由愛は毒蟲を知っている様子から、そしてナイピリカは式が治癒符を成して行く様子から、この男は陰陽師だと勘付く。
「目的は何じゃ?」
「賊に聞く事か?」
「昨今、天儀の賊は錠前さえ壊せぬ程に非力か?」
「‥‥‥」
 賊達は納屋などまるで目もくれず、村人達へ向かい、刀を振う――その、背中に暗色の刃が刺さる。
「‥‥血が見たいんなら俺が相手したる」
 由樹の投擲。
「余所見とは余裕だな!」
 大男の刺突に貫かれたのは由樹の胴――が、一瞬前に存在した空間。
 回避しながら、無理な体勢のまま由樹は更に散打を放つ。
 由樹の眼前の賊は二つ、彼の戦闘に感心した。
 一つは、背後狙いとは言え、崩れた姿勢で手裏剣を相手に当てる投擲の腕。
 そしてもう一つは‥‥献身の心だった。
「自己犠牲とは泣ける話だ!」
 男が突き出した剣先を横に振れば、由樹の胸部から血が噴き出るのは必然だった。
 しかし。
 それでも。
(襲われている村人は‥‥再装填、間に合うか‥‥)
 由樹を動かしている精神は献身ではなかった。彼は現に、足元に転がる若者の遺体には見向きもしない。彼は目前の死に何も感じる事ができない。彼は生命の有無、こと生死に関して平等に考えていた。
 自身の生命さえ。
 だから、自分の命一つで目に見える幾つかの命が救えるならば、それで良い。至極単純な思考だった。
「だからってテメェに死なれても目覚めが悪いぜ畜生!」
「何!?」
 大男と由樹の間に割って入り、疾駆の勢いをそのまま忍者刀に乗せて相手を切りつけたのは、晴人。
「手裏剣一つで致命傷にはならんだろ、向かってくる賊達の対応はお前がやれ!」
 晴人は、由樹の背に自分の背を向けながら言う。
「‥‥俺なんかに、背中を預けてええんか?」
「俺だってお前位に、複数の敵を相手取っちまっているんだ。だからこうするしかないだよ!」
 巨漢はにやり笑いながら晴人を見下ろす。
「どちらにしたって、小刀二人じゃ俺にとっては役不足だ」
「ならばこれで満足頂けますかね」
 大男が声の方向を向けば、矛――自身の倍では利かない長物――を構える薺が見えた。
「ガキはガキの身丈でモノを選びな!」
 袈裟切りに放たれる大太刀、薺は斬撃に向けて穂先を奔らせると、打つと同時に手首を返し力の流れを外側へと払う――が、勢いを殺しきれない。肩まで衝撃が伝わるのを感じた時、薺は相手の膂力が、自分の技術を上回っている事に気が付く。
 では、降参か?
 何を馬鹿な事を。
 沸き上がった棄却の念を一瞬で払い捨て、薺は踏み込む。彼の足が地を叩いた瞬間、突き出された矛の動きに大男は構える。軌道を捉え、大男は迫る穂先に太刀を向ける。
 刹那、揺れる穂先に大男は目を剥く。
「‥‥それでも、一撃には成りませんか」
「ガキには過ぎた技だぜ」
 刀背でその進行を受け止められる矛。あと紙一枚分で、刃は皮膚に達していた。

 敵の踏み込みに合わせて、南洋は切っ先を僅かに下げる。己が芯の臓に奔る剣閃、それを凌駕する速度で手首を返して打ち払うと、漆黒の瞳は相手の空き胴を直視した。寸毫の間隙も生まずに、刀身は袈裟の軌道を描く。
(‥‥浅い)
 裂いたのは、皮一枚。
 相手の刀は、既に上段に構えられている。
 振り下ろされる――白刃の上に、白刃が走る。賊の剣撃を、翳した刀で受けると南洋は剣を横に払って再び相手との距離を取る。賊も正眼に構え南洋を見据えている。
(喧嘩で生まれた剣ではないな)
 南洋の中に確信があった‥‥この者の腕は流派にて習い培われ、習熟されたものだ、と。
「居たぞ、こっちだ!」
 声をあげた賊の方向に目をやると、そこにはいるのは若い男女。
 南洋は、何かを予感した。その二人こそ彼が事前に聞いていた、最近越してきた二人組。
 賊が彼等を捕らえようとするが、二人は農民不相応の動きでこれを逃れる。
 どういう事だ? 開拓者達が浮かべる疑問の解など碌に出されぬ状態のままだが、賊達は二人組を追う。
 突如、賊達の視界が灰色の煙覆われた時、真っ先にそれに気が付いたのは、晴人だった。
「あれは、里のシノビだぜ‥‥」
「何やと?」
 煙の奥から、賊達に向けて手裏剣、苦無が幾つも放たれる。
「煙遁、散打、そのタイミング‥‥ムカついてくるぜ! ここまで教科書通りだとな!」
 賊達は、凡そ半分で二人組を追い、そしてもう半分は――この時機に漸く――納屋を壊して食料等を奪い、そして去っていった。


 里のシノビ、それを追う賊、それに戦う事で相手の中には技を使ってくる者もいた。得た情報と同じ位、不明な点がある。整理しなくてはいけない事は山ほど有る。
 だが、村人達を救った。全てでは無い、失った者も多い。
 しかし、確かに救われた命が幾つもある。
 開拓者達が救った、確かな命がそこにあるのだ。


 僅かに滴る血が血痕を作り、音を殺した足がそれを追う。
(隠密は本業じゃない分‥‥どこまで追えるか分からないわね)
 灯華の追跡は、それほど近づけないでいた。じきに見失うかもしれない。
 だが、これ以上不用意に近づけば、殺される。
 いや、すぐに殺してくれる様な相手なら、彼女も戦慄いたりはしていないだろう。
 これは、恐怖? 分からない。だが自身の唇が弧を描いている事に気が付いた時、彼女は誓う。
(次は、斬り合いでこの感覚を楽しませて貰うわ)