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■オープニング本文 前回のリプレイを見る ● 十塚は最大の街、須佐。その地を治める氏族、天尾家の当主……秀正は手元の報告書に目を落として難しい顔をする。 「……異変は尚も続く、と」 それは十塚の各地から寄せられるケモノの異常についてだ。以前起こった熊ケモノの豹変と同様の事件がいくつも報告されているのだ。しかも、日増しに増え、各地に広がっている。 原因は分かっている、先日見つかった遺跡だ。 秀正は読み終えた報告書を横に置き、机に置かれているもう1つの紙束を手に取る。それは遺跡に潜った開拓者と傭兵が得た資料を、専門家に解読を任せた結果だ。 そこには、あの遺跡が一体何なのかが記されていた。 「『箱庭』の管理施設……ですか」 箱庭。旧世界での最終決戦の前後に見つかった、多種多様な生物が棲んでいる小さな儀。世界派の者が、新世界の為に種の保存を目的として作り上げた島だ。 とはいっても、十塚に眠る遺跡はその箱庭の管理施設ではない。また別の箱庭の管理施設らしい。つまり、箱庭は複数存在したということだ。 箱庭の管理施設が何故十塚に埋まっているのかまでは情報に無いが、推測はできる。 「落ちた、んでしょうね」 何せ今も浮かぶ箱庭の方も始祖帝により施設が破壊されている。同様に破壊された結果、浮力を失って墜落した箱庭があっても不思議は無い。遥か昔にこの地に落ち、そして長い年月を経て地形の変動などで現在のように埋まったのだろう。 箱庭の違いは、それだけではない。 様々な命が生きている、豊かな水を蓄えた箱庭――水庭は種の保存を目的として作られた。だが、十塚に埋もれた箱庭は違った。 「より強い種を作る為の――箱庭」 種を掛け合わせ、改造し、強化し、より強い生物を作る為の実験施設。何故そんな施設を作り上げたのかは、情報が不足しているせいで推測するしかないとのこと。 生み出された強力な個体には、旧世界の神話や伝説に出てくる刀剣の名を与えて管理していたらしい。 「強き力を持つ『剣』を作り出す箱庭。名付けるとしたら剣庭……十塚剣庭といったところですか」 これであの遺跡が何かは分かった。問題は、十塚剣庭を誰がどのような目的で稼動させているかということだ。 何せ、悠久の時を地の中で封じられていた遺跡だ。生きている人間がいるとは思えない。また、瘴気が見当たらなかったことからアヤカシが絡んでいることもないだろう。 しかし、事実として遺跡は稼動し、十塚に棲むケモノに影響を与えている。どうやってケモノを暴走させているかは以前破壊した人形の解析によってある程度判明した。 「ケモノの思考を操作する特殊な念波……」 解析報告書には技術者にしか分からない理論がいくつか書かれていたが、要約するとケモノを思い通りに操る念波をあの人形が発していたのだという。 但し、正確には人形が備えていたのは発信機と受信機。人形単体が複数のケモノを操作する計算力を備えているか怪しいことを考えれば――。 「念波の発信源は遺跡の中にあるだろう装置……人形は念波をより遠くに届ける為の中継装置と考えるべきか」 いくら人形を叩いても一時凌ぎにしかならない。遺跡内の装置を破壊する必要がある。 これからの指針をどう立てていくべきかと考え始めた秀正の思考を、慌しい様子で部屋に近づく足音が中断させる。襖を開いて顔を見せるは秀正の娘である天璃。 「大変です! 遺跡近くにある村が、その、黒龍により……滅ぼされたとの報告です!」 ● 時はやや前後して閃津雨山。その中腹の広場にて、黒龍――叢雲は伏せていた。 不調は依然として快復に向かわず、人間の姿を取るのにも消耗が激しいということで、本来の姿で体を休めているのだ。 「……まさかこんな事になるとはなぁ」 「あの遺跡をどうにかするまでは……このままなのかしら……」 勿論、叢雲1人というわけにはいかず、武蔵と扇姫が護衛として彼についていた。 ――異常に先に気づいたのは、武蔵だ。 「……ちっ」 ケモノに囲まれている。茂みから飛び出した狼は叢雲に噛み付こうと飛び掛るが、横合いに割り込んできた武蔵の蹴りで大きく吹き飛ばされる。 「くっそ。無闇に斬れねぇっつうのは面倒だな……!」 「殺さない程度に……無力化……するしか、ないわ」 扇姫も加わり、狼の対処をする2人。故に、別の存在が背後から叢雲に近づいているのに気づくのが遅れた。 「あ、なんだありゃ……?」 気づいた時には既に、それ――6体の人形がやや離れた所から鈍く輝く剣の先端を叢雲へと向けていた。 金属の歯車が噛み合う音。それと同時に人形が構えていた剣が矢のように射出され、叢雲の体へと飛んでいく。 風切り音を伴って飛ぶ6本の剣。それは剣というよりも―― ――鳥の羽根? 武蔵の目には、そう見えた。 羽根は空中で妙な軌道を描き、叢雲の両前足、両後足、そして背中の翼の間の部分。最後に首の付け根に1本ずつ突き刺さっていく。 「グオアァ!?」 叢雲が痛みで吼える。その咆哮を背に受けて、武蔵は怒りのままに大太刀を振るった。 「テメェ、何してんだァ!」 一刀両断。剣を射出し終えた人形は、いともあっさり崩れ落ちていく。役目を終えたと言わんばかりに。 気づけば狼の姿も、消えていた。敵の姿が無いことを確認して、武蔵と扇姫は叢雲に駆け寄る。 「おおおおい、大丈夫か!? 扇姫、扇姫、回復!」 「分かってるわよ……えっ?」 癒しの術を発動しようとした扇姫の動きが、驚きで止まる。先ほどまで伏せっていた黒龍がいきなりその身を起こしたからだ。6本の剣が突き刺さっているにも関わらず。 「……ちょっと……?」 彼女の困惑をよそに、叢雲は動きを止めず翼を広げ、大地を蹴り――飛んでいってしまった。 「な、何がなんだか分からねぇが。追うぞ!」 ● そして2人が叢雲に追いついた頃には、既に村が1つ跡形も無く破壊されていた。 不幸中の幸いは、遺跡が危険視されたことで、安全の為に住人は別の場所に避難していたことだろう。 「おい叢雲……テメェ何やってやがる!?」 武蔵の追及に、叢雲は顔をこちらに向けるだけ。黒龍は何も答えようとしない。 だが、 『アーク4中枢管理システム・ヘパイトスより警告します』 黒龍に突き刺さった剣から、機械で作られた音声が響く。 『この地域一帯を我がプロジェクトの為に接収します。この土地に住む全ての人間は直ちに退去してください』 合成音は無情に響く。 『さもなくば――強制的に排除します』 「あぁ!? 何わけわかんねぇこと言ってやがる……!? テメェが叢雲を操ってんのか!?」 『肯定します。コードネーム天叢雲剣は本来我々が管理すべきです』 「よし分かった! ぶっ潰す!!」 「ちょっ、馬鹿……どうすればいいのか……分かってるの……!?」 『敵対の意志を確認。排除します』 剣より響くヘパイトスの声に応答するように、黒龍が吼えた。 |
■参加者一覧
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
水月(ia2566)
10歳・女・吟
リューリャ・ドラッケン(ia8037)
22歳・男・騎
以心 伝助(ia9077)
22歳・男・シ
ジークリンデ(ib0258)
20歳・女・魔
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔 |
■リプレイ本文 ●ヘパイトス 報を受け、現地に急いだ開拓者達。到着した彼らの目の前に広がる光景は黒き巨龍……その龍の眼前で膝をつく2人の男女の姿だった。 「く、そ……がっ……!」 倒れてしまいそうな傷だらけの身で黒龍を睨む武蔵。だが、 「あれが叢雲……」 リィムナ・ピサレット(ib5201)が見上げる先には、伝聞だけでは実感できなかった威容を誇るほぼ無傷の巨龍の姿があった。 圧倒的な戦力差。武蔵と扇姫を庇うように、開拓者たちが割って入る。 「これは一体……何が起きている……?」 叢雲と相対しながら、背に庇っている武蔵たちへ問うリューリャ・ドラッケン(ia8037)。 「妙な剣が……叢雲に刺さったと思ったら……」 「そしたらわけわかんねぇヘパイトスとかいう野郎が叢雲を操ってるとかぬかしやがった……!」 「何?」 言われて、叢雲の体をよく見る。確かにその体には合計6本の剣が突き刺さっている。剣はまるで鳥の羽根のように見えて――。 以心 伝助(ia9077)はその剣に何か引っかかりを覚える。 「羽根のような剣……いや、剣のような羽根?」 『剣』ではなく、『羽根』こそが本来の在り方なのではないか。そう思えてしまうのは……遺跡の最奥にいたらしい、鳥の化け物の存在。 「確か――」 傭兵たちから伝え聞いたところによると、鳥は鈍く輝く灰色の羽毛を身に纏っていたらしい。鋼と同質の硬質的な羽根ならば、羽毛が輝いているように見えたのも納得できる。 「なら、叢雲さんに刺さっているのは遺跡奥にいる鳥の羽根ってことっすか……?」 「そう考えますと……あの羽根が原因とみてよいでしょうね」 柚乃(ia0638)が目を細めて叢雲に突き刺さっている剣を睨みつける。地域一帯のケモノを操る遺跡産の羽根……危険視するには十分すぎる。 更に、だ。操っている存在の名を武蔵が聞いていた。 「ヘパイトス……ですか」 告げられた名を確かめるようにジークリンデ(ib0258)が呟く。その存在を確かめるように、半ば叢雲へと問いかけるような形で。 果たして、ヘパイトスの反応は―― 『増援を確認。アーク4中枢管理システム・ヘパイトスより再度警告します』 あった。無機質な音声が剣より響く。 『この地域一帯を我がプロジェクトの為に接収します。この土地に住む全ての人間は直ちに退去してください。さもなくば、強制的に排除します』 一方的な通告。 「あんたらの目的……そのプロジェクトとやらは一体なんなんっすか?」 納得できるわけがないと伝助がヘパイトスへ疑問を投げかける。 『新世界を生き抜く強き種の創造――それがアーク4の作られた理由です』 「強き……種……?」 『たとえどんなに過酷な世界であっても、生き抜くことができる生物。ひいては災厄を退ける、他の生物にとっての守護者を作り上げることこそが、我がプロジェクトの最終目標です』 「……理念そのものは、理解できなくはないですが」 ヘパイトスの告げた言葉に、ジークリンデが眉を顰める。世界の終焉を体験した世界派の人間が、新世界もまた過酷な世界になることを想定し、適応した種を作り出そうという考え方自体は理解できる。 だが、 「それはあくまで当時想定していた世界の話です。今……私達の生きるこの世界においては、そのような種を作り出す必要は無いのでは? プロジェクトを凍結してはいかがでしょうか」 『否定します。コントロールした動物を通じて、瘴気といった脅威が世界に在ることを確認しています。故に、プロジェクトは継続すべきだと判断しました』 ヘパイトスの言葉は正しい。護大が消滅したとしても、アヤカシや瘴気そのものが世界から消え去ったわけではない。それどころか依然としてアヤカシは魔の森を拡大して瘴気を作り出すことが可能であり、世界の脅威は未だに残っている。 そう、判断した――ヘパイトスの言葉に、リューリャは危機感を覚える。 「システム・へパイトスに問う」 危機感の正体を。 「それを判断したの誰だ? また、プロジェクト継続に伴う略奪権限は誰に許可されたものか」 『判断を下したのはヘパイトスです。また、プロジェクトを継続するにあたって必要な資源等は、独自の判断に従い接収することとプログラムされています』 ――ちっ。 ヘパイトスがどのような存在かは未だ分からないが、似たようなものは彼の知識の中にもある。からくり――しかも亡くなった主人の命令に律儀に従い、それを決して曲げない厄介なタイプだ。 「止めたければ力ずくってことか……!」 『状況説明は以上で十分だと判断しました。では、直ちにこの地より退去を』 「猶予は?」 『ありません。退去されないのであれば、強制的に排除します』 ヘパイトスの最後通告。開拓者たちに退く気は、当然無い。 敵意ありと判断したヘパイトスはその意志を言葉ではなく、行動で示す。――叢雲の咆哮が開戦の合図となって、世界を震わせた。 ●白き世界 「武蔵さん、扇姫さん! 叢雲さんを止めてくれてありがとうございやした。ここからはあっしらに任せて撤退お願いしやす!」 「なっ、俺ぁまだ――」 「戦えるわけ……ないでしょ、馬鹿っ……!」 扇姫に引きずられて撤退する武蔵の姿にほっと胸を撫で下ろしながら、伝助は相棒の炎龍である焔に騎乗する。 最初に報告を受けた際に飛行能力を持つ巨龍と戦闘の可能性を想定し、伝助だけでなく開拓者たち全員何らかの飛行手段を用意していた。 柚乃が伝助同様に龍への騎乗。水月(ia2566)、リューリャ、リィムナが輝鷹との同化。ジークリンデはグライダーに搭乗することで飛行を可能としていた。 水月は相棒と同化を果たしながら、いまなお咆哮を続ける叢雲を見やる。 「……っ!」 魂まで縛り付けてくる威圧的な叢雲の眼光。咆哮は、耳栓で聞こえにくくしていてもなお本能を恐怖で揺さぶってくる。 恐れは体へ伝播し、彼女本来の動きを阻害する。だが、本能が恐怖で支配されていても、水月のある感情は決してぶれなかった。 「……絶対」 叢雲が体調を悪くしたという話を聞いて、水月は何もすることができなかった。それは仕方のないことであり、他の者にとっても同様のことだ。 だが、彼女は仕方ないで済ませるのをよしとせず、性根の優しさから後悔に苛まれていた。 「……絶対っ」 だから。 せめて、今この時、叢雲にしてやれることは、全力でやる。その想いが彼女を羽ばたかせていた。 「……絶対――」 少女が、翔ける。 こうして各自は散開して、叢雲へと接近する。 対する叢雲は、軽く翼をはためかせると、四肢に力を込めて、跳ぶ。飛行ではなく跳躍だ。 狙いは上に陣取っていた柚乃。その巨体による単純な突進は、それだけで強力な攻撃になっていた。 「ああぁ!?」 突進を受けて、みしみしと嫌な音が耳に入る。それは自分から発せられたものか、騎乗している灼龍から発せられたものかは判然としない。ただ振り落とされないように相棒にしがみつくのが精一杯であった。 叢雲はそんな彼女らを気にすることなく、着地。ちょうど跳躍前と前後が入れ替わる体勢に着地した彼の視界には、背後から迫ろうとしていたリューリャとジークリンデの姿があった。 「ゴアアァァアアァアァッッ!!!」 黒龍が吼えると同時に、口から精霊力の弾丸がそれぞれ2人にめがけて放たれる。直撃。 「ぐっ……これが龍の咆哮か」 リューリャは盾でなんとか受けるが、ジークリンデにはそのような手は取れなかった。 「っ……まずいですね」 殆ど防御能力を持たないグライダーが直撃を受けたのだ。早くも黒い煙を上げて、高度が下がっていく。彼女自身もグライダーを操縦しながらだった為、普通に攻撃を受けるよりも被害が大きい。 再び口を開いて、追撃の一手を放とうとする叢雲。だが、そうはさせじと伝助が動いた。 「まずは、視界を奪うっす!」 炎龍で叢雲の顔近くまで飛翔した伝助は煙遁を発動。叢雲の顔を中心として、その全身を包むように煙が辺りに広がっていく。 叢雲の顔が煙に覆われ、威圧の眼光が消えたことにより、水月を始めとした数名の心の枷が軽くなる。煙遁はそれを狙って――だけではない。 「よ、し――着地成功……!」 煙に紛れ、伝助は相棒の背を蹴り跳躍……叢雲の首の根元近くにしがみつくことに成功していた。狙いは首に刺さっている剣。 ――ちょっと、遠いっすね。 だが現在の場所からは手を伸ばしても届く位置ではない。もう少し移動しなければならないだろう。 当然叢雲――をコントロールしているヘパイトスも伝助の行動に危機を覚えたのか。翼を広げる。 「そうは、させないよ!」 ならばとリィムナが叢雲の正面まで飛翔する。 「こっちだよデカブツ!」 彼女の投擲した鑽針釘は狙い通りに叢雲の顔面を掠る。気を引くのが目的の攻撃だ。 だが、 「えーっ、無視!?」 叢雲はリィムナを一瞬見たぐらいで、彼女への攻撃よりも伝助の排除を優先した。それもそうだ。先ほどの投擲は叢雲に傷ひとつつけてない。攻撃力を持たない者を積極的に狙う理由は、無い。 対処すべきは伝助だと判断した叢雲は、翼を広げ、空高く飛ぶ。 「――ぅ――ぁ――!」 とてつもない速度で空気の壁にぶつかり、呼吸すらままならなくなる伝助。だが、彼は手を離さなかった。 黒龍が空中で静止。その隙に、伝助は剣までにじり寄る、と。 「うおぉぉっ!」 掴んだ。 同時、彼の視界が上下反転する。叢雲が空中で1回転したのだ。 その勢いで伝助は空中に投げ出される。完全に身動きの取れない空の下、彼の目に映った光景は、ただ――白。 ――龍の口を始点として、世界を二分する白線が空に描かれた。 光の奔流に身を包まれた伝助は完全な無音の世界にいた。音すら干渉することのできない光だけの世界に身を置いているからであろう。 そして、伝助は光が消えるより先に自身の意識が無くなることを覚悟していた。そのまま地面に叩きつけられることも。 だが、最低限の仕事は成し遂げた。伝助は自分の右手ある剣の羽根が光に呑みこまれ消滅していくのを見ながら、そう考えていた。 ●令剣 地面に空いた大きなクレーター。その中心部に意識の無い伝助が横たわっていた。 今すぐに彼に駆け寄りたい気持ちが開拓者たちに芽生えるも、しかしそれを我慢する。 なぜならば、極白のブレスを放った叢雲が、脱力したように地面に降り立ったからだ。 しかも、 『第一令剣喪失。第二令剣をサブからメインに昇格し復旧する』 着地に際して足元が覚束ないのか、たたらを踏んだ。そんな明確な隙を、今までずっと機会を探っていた少女が見逃す筈が無かった。 「……今!」 飛翔する水月が叢雲の懐に入り込まんとした次の瞬間、彼女の姿が消えた。――直後、彼女は叢雲の右足のすぐ傍にいた。まるで空間転移にしか見えない所業……夜を使った時間停止中の移動だ。 少女の想いが拳に集い、真っ赤な爆炎となって顕現する。 ――背中に乗せてもらうって約束、まだ果たしてもらってないの。だからっ! 「絶対――助けるの!」 炎の形が鳳凰へと変わり、鳳凰拳が剣羽根に叩き込まれる。けたたましい鳥の鳴き声に混ざって、鋼の砕ける音が辺りに響いた。 『第三令剣喪失』 反撃の叢雲の巨腕が水月に叩きつけられんと、大きく振り上げられる。しかし、空中より飛来したトネリコの槍が、腕を貫いて叢雲を怯ませた。 「すまん。……だが、今は我慢してくれ」 グングニルを投げたリューリャは叢雲に謝罪しながらも、一直線に飛ぶ。狙いは叢雲の背中。腕が再び振るわれるより先に、背中に着地することに成功する。 「っし……!」 剣の所まで、リューリャは背中を走る。 だが、ヘパイトスもコントロールを完全に復旧したのか。先までのどこか緩慢な動きは消え、叢雲が後ずさるように跳躍する。 リューリャは振り落とされないよう背中にしがみ付くことを余儀なくされ、水月の放った再度の天呼鳳凰拳は左足剣に掠るに留まった。 「――あ」 水月の視界を鋼鉄の爪が覆う。刹那、視界は赤に変わり、灼けるような痛みが彼女の全身に襲い掛かる。 懐に潜り込んだ彼女は成果を上げたのも確かだが、その分危険も大きかった。水月は倒れた身への踏みつけを受け、肺の中の空気が血と一緒に吐き出されると同時に意識を失った。 「水月さんの頑張り……無駄にはしません……!」 柚乃がアイシスケイラルを放つ。狙うは水月が攻撃を掠らせた左足剣。氷の槍が2発、3発と当たると、鳳凰拳を受けていたこともあってか、根本からぽきりと折れた。 『第四令剣喪失』 「ぐっ、あっつぅ……!」 翼の根本にしがみつくような体勢だったリューリャは、頭上から叩きつけられる尻尾の一撃を何とか盾で凌いでいた。 ……だが、これじゃあジリ貧だ! 盾を持つ腕が嫌な音を鳴らしたのをきっかけとして、リューリャは叢雲の背中を蹴る。 「つか、む!」 背中の剣を、掴んだ。同時に、軽い頭痛に苛まれるが、それを気力で振り払う。 「うおおおおおお!!」 引き抜く、と同時に再び尻尾が叩きつけられ、リューリャは空中に投げ出される。 空中で無防備な彼の体に、黒龍の咆哮弾が1発、2発と叩き込まれ、まるでボールのようにリューリャの体は跳ねていった。 『第二令――失。第五、第六令剣を並――インでコント――ル――』 「これ以上は……させません!」 地上に降り立っているジークリンデがデリタ・バウ=ラングルで叢雲の後ろ足を狙う。剣だけを狙い撃ちするという難易度の高い行為な為、何度か外すが、最終的に剣は灰色に呑まれて消滅していった。 『第―――――。――ト――ルを暴――――――で被――与――』 「わわっ、なにこれっ!?」 もはや見境無く暴れているに等しい叢雲の放った咆哮弾を、リィムナは精霊壁で受け止めながら、状況を観察する。 突き刺さった剣が残り1本というこの状況。だが、叢雲は止まることなくむしろ――。 「あっ、これってさっきの……!」 大気が再び振動する。とはいっても叢雲が吼えたわけではない。超々高密度に圧縮された精霊力が、その余波で震わせているのだ。 極白の破壊光が再度放たれ、リィムナを呑みこんだ。神風による回避は間に合わず、精霊壁で受ける。 「う、ぐぐ、うー……!」 永遠にも思える白の世界。だが、それは唐突に終わりを告げた。 「間に……」 「……あいました」 柚乃と、ジークリンデが術を放った姿勢のまま、安堵したように息を吐く。その息が空気に溶けるのと同様に、最後の1本もまた消滅していった――。 ●番人 戦いが終わって数日後、ずっと眠ったままだった叢雲は目を覚ましあることを告げた。 「……意識を乗っ取られて分かったことがあるんだ」 それは自分に刺さっていた剣のこと。 「あれは、剣庭の番人――ハルファスの体の一部」 ハルファスとは。 「魔神だ」 |